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  息子
新装版「夜鴉おきん」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
今年になって新刊は出るは、スカパーでは夢のようなドラマも放送されるはで、久々にワクワクしていますが、そのドラマでは東吾さんのその後についての新情報もあったそうで、もしかしてこの先何かの展開があるのではないかと、期待しています。

さて、春季の「目籠ことはじめ」には、たくさんの句をお寄せくださって、ありがとうございました。またたくさんの感想も、ありがとうございました。
新キャラの「まなこちゃん」には、ぜひまた、登場してもらいたいですね。

そして、今季は「息子」を選びました。
選んだのですが、実は自分でも「これ、まだだった?」と心配になり、何度も確認してしまいました。以前「代々木野の金魚祭り」を詠んだので、余計に心に残っているのでしょうね。
さあ、今季はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成二十五年夏)



  麦わらぼうしさんの五七五 

「息子」というと、NHK平成版の「息子」を思い出します。高橋長英さんの棟梁がとてもよかったです。「うめえなぁ、馬鹿野郎」のシーンは原作の雰囲気そのままで、印象的でした。(ここも詠みたかったのですが、出来ませんでした…)
(麦わらぼうしさんの談)

髪の白いほうが、若い男の横っ面を思い切って、ばんばんとひっぱたき、若いほうは衿許を摑まれたまま、僅かに顔を振って攻撃を避けようとしている。
「息子」より
毎度アニメネタですみません・・・戦国BASARAというゲーム原作のアニメがありまして、その中で武田信玄と真田幸村が主従関係という設定で、その二人はよく殴り合いをするのですが、別に仲が悪い訳でなく、深い信頼があるゆえに熱くなって殴り合いになるという、これをファンの間で「殴り愛」と呼んでいます。
冒頭の源太と小源の殴り合いの場面で、この言葉が浮かんできました。少年マンガによくある拳と拳で会話する、ってやつですね。


俺たちの会話の仕方は殴り愛


「戦国BASARA」って、コマーシャルで聞いたことがあります。ゲームを通して歴史好きな人が増えそうですね。「殴り愛」なんて、いかにもファンの間に生まれそうな造語ですね。
(こでまり)



「源太の死んだ女房は、商家に奉公していて、職人の女房になったことをあまり喜ばなかったといいますから、上の二人の息子はそのせいもあって、父親と同じ仕事につかなかったと、名主はいっています」
「息子」より
「シンデレラ」でも「リア王」でも「三匹の子豚」でも、三人きょうだいの上二人は意地悪だったり、親を大切にしなかったり、思慮が浅かったりと、あんまりいい役でなく、末っ子はやさしくて親思いで賢い・・・そこまでひどくなくても、このお話でも兄二人はいまいち頼りないように描かれていますが、小源がグレている頃から奉公に励んでいたりと、地味ながらがんばっていたと思います。
きっと大工には小源の方が向いている、親父の跡継ぎはあいつに任せて、俺たちは商人としてがんばっていこうと決めたのでは。というふうに三人姉妹の真ん中である私は、兄たちを庇いたくなるのです。


奴かんな俺らそろばん握りしめ


わ~確かに末っ子に比べて、上二人は分が悪いですね。このことについては、浅黄裏さんもちょっと似たような考えをお持ちのようです~。でも大工になるかどうかもわからない子に「小源太」って名前をつけたことからして、先妻さんや兄さんたちは心穏やかではなかったかもしれませんね。
(こでまり)



(天空にいる)親父を思い出したくなったら親父橋へ行く・・・殴り愛をしたあの橋へ・・・ここでなら思いっきり泣ける、と小源は思ったような気がして。


天空と地上をつなぐ親父橋





  あっちの管理人さんの五七五 

前回は無念の(笑)欠席でしたが、今回は〆切ぎりぎりになりましたが、提出間に合いました。今日もこちらは青空で、梅雨とは思えないいい天気です。今週はずっと晴れマークで真夏日となりそうです。暑いのが苦手な私のとってはその気温を見ただけでため息が出ちゃいます(笑)
(あっちの管理人さんの談)

袂から、東吾が二枚の鉋屑を出した。
「こっちが親父、こっちは息子だ」
どちらも薄く長い鉋屑であった。
「よくみると、親父の引いた鉋屑のほうが表面に艶がある」
「息子」より
「息子」というとテレ朝の沢口るい、村上東吾版で放送されたものが印象深いです。
ついこの間テレビでいろんな分野の名人を紹介する番組があって、鉋引きの名人のひいた鉋屑がものすごく薄く、鉋屑を通して新聞が読めるほど透けているというのをやっていました。それをみて、源太棟梁もきっとこんな薄くて艶のある鉋をひいたんだろうなと思いました。


鉋屑 艶と薄さに父の技


ココ、もちろん競作ポイントの一つで私も参戦したのですが、こんな風にすっきりと詠みたかった!
(こでまり)



「小源の奴、どこへ行っちまったのか」
東吾はそれが気がかりであった。
「棟梁は息子が心配でたまらねえんだ。口では、ぽんぽんいってやがったが、冴えねえ顔をしていたよ」
「息子」より
口ではお互い強がりばかり、意地の張り合いで優しい言葉一つかけるわけじゃないけど、棟梁にしたら3人いる息子の中、唯一跡を継いでくれた小源さんが可愛くて、心配でならなかったんじゃないでしょうか。
無骨な親父は口べたで意地っぱりですよねぇ。


口にせず背中で語る父子鷹





物語の先を知っている私達読者からすると、この先小源さんは、お石ちゃんという良い伴侶を得て幸せになることを知っているので、親父橋の上で涙する小源に思わず「がんばれ!きっと良いことがあるから!」と声を かけたくなりました。


親父橋 川の流れや夏の霜


ほんとですね~。それにしても橋の上で源太に対し、ぶつかりながら啖呵を並べていた小源と、「十三歳の仲人」の小源、これが同じ男かと思うほどですね。
(こでまり)



  すみれさんの五七五 

人気のあるお話で、新旧でドラマ化もされていますね。どの役者さんを思い出されるでしょうか。最後の場面が印象深いです。句作ポイントで、競合必至でしょうが、自分には、とっても難しいです
(さんの談)

「八丁堀の旦那だぞ」
と走って来た奴が叫ぶ。その後から畝源三郎の陽に焼けた顔がみえた。
「どうも、毎度、御厄介をおかけ申しまして……」
名主が畝源三郎に頭を下げ、取っ組み合いをしていた親父と息子は肩を並べるようにして神妙になった。
「息子」より
火事とけんかは江戸の華・・・祭りが過ぎて、何かを期待している皆の衆には格好の喧嘩かな?収めるのは やはり頼りがいのある源三郎さんで・・・押し込み強盗の探索もあるしね・・・


陽焼け顔今日もご多忙巻羽織


「陽焼け顔」は、ドラマ化されていない山口源さんが浮びましたよ。今季唯一の巻羽織句でした~。
(こでまり)



東吾は飽きもせず、見物していた。
源太が来て板に鉋をかけて行く。入れかわりに小源がやって来て、同じように板の表面に鉋をかける。東吾は鉋屑を拾って眺めていた。
どちらも紙のように薄い鉋屑であった。
「息子」より
職人技を継いでいくこと・・・父親は心中では嬉しいに違いありません。でも、意地っ張り同志の似たもの父子だから、すぐに口喧嘩になっていまいますね。
かんな屑で、技量が判るって、職人の世界は素敵で、厳しいです。


ひとひらで互い見透かし若葉風


同じ場所で鉋を引いているわけだから、当然お互いの鉋屑も眼に入る。でも私は、艶のある源太の鉋屑ばかりに気が行っていたので、互いの技量が見透かされていたという視点に、お~っと思いました。
(こでまり)



異腹の兄さん達との確執とか、複雑な思いを抱えてきたけれど、父譲りの腕で立派な大工になれました。これから小源さん、この橋を気持ちのよりどころにするのでしょうね・・・少し気弱なときにここへきて元気をもらうように思います。
素敵な伴侶を得ることは、ここでは判っていないのが、勿体ない。教えてあげたいなぁ


夏の川偲ぶ人影親父橋





  たまこさんの五七五 

今季は本当に手抜きになってしまって申し訳ないです。「親父橋」は、今はもう無いし、日本橋のいろいろな町名も失われてしまったものが多いですが、それでも探して歩けば、まだ江戸や戦前の東京の面影が残っている部分があるのを、大切にしていきたいものです。
(たまこさんの談)



子は親に親は息子に甘えたい


このお句を拝見したとき、あまりにストレートでどう解釈したらいいか、戸惑ってしまいました。自らの死期を感じていた源太の、切実な思いにぶつかったような気がして、ちょっと胸が苦しくなります。
(こでまり)



掘割にかかった小橋の名前が「親父橋」、その橋の上で、親父を失った息子がたった一人で号泣している。
「息子」より


親父橋失ってみてわかるもの





東吾がそっといった。
「いい棟梁になれよ」
小源が笑った。
「親父のような鉋屑は、なかなか出せませんがね」
「息子」より


親父橋たしかに受け継がれしもの


このあと、若き棟梁として父親の跡を担っていくわけですが、父の姿は見えなくなっても、何かあるごとに源太がしていたことを思い出し、自分の中にどれほどの財産が残されたかを感じるのではないかと思いました。
(こでまり)



  紫陽花さんのおまけ 

何回か読み返しましたがあいつらが見つかりませんでした。食べ物の横にいる場合が多いのですが、今回は「かわせみ」にいないのか見つかりませんでした。忙しいのか、もしかしたらまだ狸穴から帰ってきていないのかもしれません(笑)無理やり描きました。
(紫陽花さんの談)

源三郎が懐中から折りたたんだ紙を出した。
なにやら、墨痕鮮やかに書いてある。
  (略)
源太が、すぐに応じた。
「あっしのお出入り先でございますが……」
「息子」より
字体を何にしていいのかわからなくて角度を変えると読みにくくなるし、なんかバランスが悪く変!でも30日だし送っちゃう。よろしくお願いします。

むふっ、今月はこの場面ですか。字体の苦労も知らず、「何か面白いことを紛れ込ませて書いてないかな~」などと見ていたら、なんと!「本家翡翠」に「読売屋 玉」に「俳諧師 小手毬」だとお~~。ったく、油断も隙もないですな。(←実は喜んでいる)
ところで、一つ質問。湯呑みがさわっているのは何?
(こでまり)



  ぐりさんの五七五 

この頃は全編を読み返しており(順番にではなく手当たり次第に)かわせみワールドに浸っておりましたのに お題にかかるのはギリギリになってしまいます 新かわせみが出てから(見てはいないですけど)ますます想像するのは小野寺東吾さん真野るいさん山口源さんです
今回のお話は忘れた頃になって小源さんはかわせみの重要な登場人物になるんですけど この時はまだ1話の中の一人ですね いかにも江戸っ子らしい源太棟梁と息子小源さん印象深いお話でした、かんなくずの比較のところ読みたいと思ったんですが なかなか読めませんでした、いつももっとじっくり取り組みたいと思うのですが~
(ぐりさんの談)

橋の上で小源が泣いている。
子供のように両手を顔に当て、おいおいと声を上げて泣きじゃくっていた。
「息子」より
棟梁今で言う肝硬変だったんですね なくなるまで働いていたなんてすごい意志だと思いました
小源さん人間本当に悲しいときは泣けないといいますね よく まあ~人にもよるとは思いますが意地っ張りな小源さん  一人になってようやく思い切り泣けたんですね


夏の月 一人になりて 泣けてくる





堀江六軒町から堀江四丁目にかけて、掘割に架っている橋の上で、男が二人、取っ組み合いをしている。
  (略)
集った連中は橋の袂にかたまっている。
「息子」より
お互いに意地っ張りな江戸っ子の二人
想い合っていても口には出せないんですね


江戸っ子は 喧嘩も派手に 江戸の華





「源太が一番、知りたいのはそれだろう、もし、大和屋に二人組が入って、それが悴でなければ、あいつにとって、どんなに喜ばしいことか」
源太の不寝番はそれを確かめることにあるといってもいい。
「息子」より
源太さんは息子さんを信じていたでしょう
でも東吾さんの言うように昔がある 帰ってこない夜もある 苦しい胸の内だったでしょうね


信じては いるがもしやの 雲の峰


そんな父親の心がわかる小源も、棟梁の体を考えると一刻も早く解決したいという思いが「雲の峰」となっていたでしょうね。
(こでまり)



東吾さんの紋付姿は時々出てきますね
颯爽として男振りも上がったでしょうね


紋付の 夏羽織着た 男振り


ココはあと、千姫さんと私が詠んだのですが、二枚目なのはぐりさんのだけ。何故か私たちが詠んだら三枚目になってしまいました~。
(こでまり)



棟梁のおかみさんは職人の妻になることを喜ばなかったといいますから 案外棟梁は寂しかったのかもしれないですね それが芸者に子供を産ませることにつながったのではないでしょうか
上のふたりの息子よりむしゃぶりついてくる小源さんが可愛くてしょうがなかったんではないでしょうか
自分を継ぐ腕を持ってきていい若者になった小源さんに安心したでしょうね


冷酒を きゅぅといっぱい 大往生


俗に「ピンピンコロリ」なんて言いますが、息子と久々に一杯やって、幸せな最期でしたよね。
(こでまり)



  浅黄裏さんの五七五 

この名作が今回初めてお題になっていたことにまず驚きました。
さて、商家に奉公している息子二人が情けなく、特に小源に比べて棟梁に対する気持ちが弱いような気がしますが、これも小源を含めて子ども三人の生い立ちを考えればいたしかたないことだと思います。このことについて、以前たまこさんも同じように発言されていましたね。亡き母の意向と自分達の希望もあっての商家勤めではあったでしょうが、心の底には結局父親に認められているのは腹違いの小源の方なのだという軽い妬みもあったのではないかと思います。
父親と小源が強盗に立ち向かっているのに息子二人は奥で震えていたとか批判されそうですが、凶悪な強盗犯が怖いのは当たり前ですし、通夜の席での態度が淡泊に見えるのも仕方のないことでしょう。何を大事に思うかの価値観を身に着ける過程(育てられ方)が小源とは違っていたわけですから。ぐれていた過去があり、賭場でいろいろと聞きまわるコネも知識もあった小源と奉公一筋で来た(←こちらの方が世間的には褒められるはず)二人を同じに見ることはできませんね。
(浅黄裏さんの談)

つまり、一息に引き切って、鉋の扱いにためらいがない。
「しかし、小源のほうだって、たいしたもんだぜ。三年かそこいらで、これだけの鉋屑を引くんだ。とてもじゃないが、侍に化けて押し込みなんぞやってる暇はねえ筈だ」
「息子」より
棟梁と小源です。


鉋屑汗手ぬぐいでツヤ競う





この時期のお江戸はあちらこちらの橋は涼む人でいっぱいだったことでしょう。


歩き出し又たたずんで橋涼み


言われてみれば、江戸湾のいい風が川を伝って吹き上がって来たでしょうから、橋の上って気持ちよかったでしょうね。
(こでまり)



源太は悴を信じてはいるのだろうと東吾はいった。
「だが、小源にはむかし、ぐれて悪い仲間とつき合ってた過去がある。親父としては、信じているものの、もう一つ、不安になったのだろう」
  (略)
考えた末に大和屋へ不寝番に入ったのだとは容易に見当がつく。
「息子」より
病をおして強盗を待ち構えている棟梁の気持ちを考えるとなんとも言えない気にさせられますね。 早く強盗をやっつけてやりたい、でも一味に小源が含まれていたら…と。


誘蛾灯じりじりじりと時の過ぐ


源太の気持と誘蛾灯が、よく合っていますね。「じりじりじり」と三回くり返したのも効いていると思いました。
(こでまり)



「……もう一ぺん、旨えなあ、馬鹿野郎って……それっきりです。あとは医者が来たあとも、一言も口きかねえで……大往生でした」
「息子」より
小源が一味ではなく、自分を「父(ちゃん)」と呼んでかばってくれたことを棟梁はどんなに嬉しく思ったことか。
棟梁のあの「馬鹿野郎」には、とてつもなく大きな安堵感と嬉しさ、喜びが込められていたのだと思います。
その言葉を小源は一生思い続けるのだと思います。


走馬灯あの日の父のあのせりふ


ココ、私も詠みました。この「馬鹿野郎」は、本当にいいですよね。
(こでまり)



  はなはなさんの五七五 

「息子」、名作なのですがそれだけに苦しんでしまいました。と、いうか私が集中できなかっただけかも(涙) 遅れた上にこんな出来で申し訳ありません。これ以上は引き伸ばせない・・・と覚悟の提出です。皆さまの力作を拝見して涙を飲もうと思います(号泣)
(はなはなさんの談)

女々しくなく、それでもほろりと泣かせてくれるこのお話、どこから攻めれば良いのか…途方に暮れて断片のような句になってしまいました。
私が親ではなく、また子でありながらまだ親の有難さを素直に受け止められないからかもしれません。


鉋引く艶めく屑に親を恋う





このお話を読んでさらに「十三歳の仲人」を読み返してしまったのは 私だけじゃないかもしれませんね。小源の述懐とともに、麻太郎・東吾の名乗れぬ親子、2組の親子関係を託してみたいと思いました。
まいまいはみずすましのことです。寡黙で、死の直前まで職人を貫いた源太を描いてみたかったのです。


まいまいは事切れるまで円を描き





「親父がやめたのに、俺だけ飲んじゃすまねえと思って、家じゃ飲まなかったのに、酒を買って来い、一緒に飲もうって……いい出したら、きかねえ親父でしょうが……」
「息子」より
源太の最期はどんなにか幸せだったろうと思うのです。歳を取って得た自慢の息子。口煩くしたのも可愛さゆえ。自ら死期を悟って思い遺すことなく逝った源太に豊かさを感じました。


月満ちて子と酒を酌む終の餞(ついのはなむけ)


世代的にも、源太の気持に寄っちゃいますね。この夜があって、小源も大いに救われたでしょう。
(こでまり)



るいが、東吾の袖をひいた。
橋の袂の欄干に、橋の名前が書いてあった。
「親父橋か」
「息子」より
冒頭の親子喧嘩と、源太亡き後同じ橋の上で泣き咽ぶ小源。内心親を思いながらも逆らうばかりだったであろう小源の気持ちを思うと、うまく言葉を紡げませんでした。


拳固さえ懐かしや名は親父橋


橋で始まり橋で終るお話でしたね。一話を通してうまくまとめられたお句だと思いました。
(こでまり)



町奉行所へ戻る畝源三郎と別れて、東吾は八丁堀へ戻った。
翌日から東吾は狸穴の方月館の稽古に出かけ、戻ってきたのは十日後の夕方である。
例によって大川端の「かわせみ」へ草鞋を脱いで、るいの部屋で一夜をあかしたのだったが、朝、目ざめてみると庭のほうで鉋を引く音が聞える。
「息子」より
これはおまけ♪
10日ぶりのるいとの逢瀬に夏の夜は短すぎて、東吾にとっては恨めしかったのではないでしょうか。


明易し離れし十夜を折畳む


はいっ、久々にありがとうございますっ!!それにしても「十夜を折畳む」って・・・。
今夜も熱帯夜かしら。どちら様も、ご機嫌よろしゅう。
(こでまり)



  千姫さんの五七五 

梅雨の最中に詠み始めて、投稿する今日は晴れているのに梅雨明けを思わせる雷がなってます。って、締切から一週間も遅れてますね。「息子」は沢口るいさんのドラマ、橋のたもとで小源が慟哭しているラストシーンが鮮明に記憶に残っています。源太も小源も配役がぴったりでした。
物語を読みながら17文字が浮かぶこと、浮かぶこと。♪だ~作 サクサクゥ~♪今季は五七五の神様が下りて来ましたぁ。言葉を考えすぎて文章がヘンテコになっちゃったので、二日寝かせていました\(^O^)/!
(千姫さんの談)

『糊効いてロボット歩きの夏衣』この時はまだ生まれていない(不思議な感じですね)麻太郎ならまだしも、東吾にロボット歩きは合わないですよね。
この17文字捨てちゃうのは惜しいので


夏衣のりの姿(かたち)に動きおり


テレビの時代劇で見る羽織や裃はパリッとしていますが、当時の夏羽織、お句のようにのりがしっかりきいていたんでしょうね。今季は他にも原句を残してくださって、ありがとうございます。
(こでまり)



「小源ってのは、いくつだ」
「二十三ですって」
「そうすると、俺も血気盛んな年頃ってわけだな」
るいが軽く袂をあげてぶつ真似をして、お吉が首をすくめた。
  (略)
焼き茄子に鹿尾菜と油あげの煮つけ、それに山芋のすりおろしたのは、るいが器用に卵と合せて渡してくれる。
「息子」より
バカップルって言葉をたまこさんの句で知ってから、私もいつか使おうと思っていました。マンガ風の絵が浮かんで、ついに出来たぞ~。


焼なすび バカップル会話 聞かされて も一度焼けて 炭となりけり


「バカップル」って言葉、私も覚えていますよ。何のお題の時だったっけ。
引用の部分の会話も、どこで切っていいか迷うほど弾んでいて面白い場面。念願の「バカップル」、おめでとうございます~。
(こでまり)



「旨えなあ、この馬鹿野郎……ありゃあ、いってえ、なんだったんですかねえ……」
  (略)
小源の声は、むしろ陽気に聞えた。
一人で喋り、通夜の客に酒を勧め、お辞儀をして廻っている。
「息子」より
通夜の席での小源の振る舞い、何度読んでも切なくて胸がつまります。死の悲しみというより、もう親子の時間がないのだという喪失感なのでしょうか。最後の日に父子二人の時間が持てた事が救いですね。源太の最期の言葉「旨えなぁ、この馬鹿野郎・・・」は競作ポイントなのかも。私は♪だ~作 サクサクゥ~♪ですぅ。

頑固な職人気質の父
  『旨えなと息子に残す褒め言葉』
お互い素直じゃないところまでそっくりなので
  『馬鹿野郎俺似の息子照れで呼ぶ』
小源は父の言葉の意味をそう理解したかったのだと思います。
  『通じ合う言葉残して父が逝く』
結局、季語を考えてこれになりましたが、意味が通じない五七五になってしまったので、捨てずにコメントで使っちゃいました。


花火散る次の花火を用意して





親父橋の下を流れる水は、この先の思案橋を通って日本橋川から大川へ注いでいる。
夏の月が、橋と人と川の水を照らしていた。
「息子」より
父と同じ道に進んだ小源は、嬉しいにつけ悲しいにつけ、この橋に来て、ある日ふと気づくのでしょう、そこに若い日の父の姿が映っていることに・・・。(私のやなぁ、と思う五七五です。季語を替えて何度か詠んでる気がします)


梅雨空や川面に映る父の顔


今の私たちが橋の上から川面を見ても、橋が高すぎて自分の姿を見つけることはないように思いますが、この頃はもっと川と暮らしが近くにあって、お句のような日もいつかきっと来るだろうと思いました。
(こでまり)



  こでまりの五七五 

梅雨も明けないうちから続く酷暑の日々、皆様お元気ですか?お見舞い申し上げます。
さて、「息子」ですが、以前読んだ時よりも源太・小源太親子の情愛が感じられ、読み返して良かったと思いました。ところで最後の橋の場面ですが、東吾さんたちを見送って小源が出てきたので、あの時源太の亡骸は家に一人で(?)寝かされていたわけですよね。その源太の所に戻ってからでなく、あの橋の上で初めて泣いたというのが、何とも心に沁みるなあと思いました。それから二人の兄との関係は、ちょうどニュースになった婚外子の権利をめぐる裁判の話題と重なりました。大工になったことで、小源はこのあと無事に源太の跡を継げましたね。
(こでまりの談)

「喧嘩だ、喧嘩だ」
と叫ぶのが聞える。
そういうことが嫌いなほうではないから、東吾は足を早めて掘割のほうへ近づいた。
「息子」より
ちょうど気の張る挨拶が終ったところ、今の男性ならネクタイを緩めながら歩いているようなものでしょう。そんな所に聞えてきた「喧嘩だ」の声。そりゃあもう、かけつけますよね。東吾さんが「足を早めて」っていったら、並みの人なら走るほどだったと思います。


夏羽織風はらませて駆け抜ける





鉋屑に艶を出すのに、どれほどの年月がかかるか。後半自分でも言っていますが、さすがに小源はわかっているみたいですね。


鉋くず艶出す年季夏つばめ





体調のすぐれない源太が飲むというのだから、もっと少量でもよさそうなのにと思うけど、一升買ったのは、久々に飲みたいと言う言葉を聞いた小源の嬉しさも含まれていると思いました。もっとも、この時代は一升単位くらいで買うのが普通だったかもしれませんが。


夏の灯や一升酒買ふ角の店





仕様がねえから、角の酒屋で一升買って来て、茶碗でさあ、ぐっと一杯やっちまって、旨えなあ、この馬鹿野郎って……そういったんですよ」
「息子」より
源太は本当に嬉しかったのでしょうね。そしてこんなに優しい「馬鹿野郎」もあるのですね。


月凉しこの馬鹿野郎とほめてやり





「あいつ、どこへ行くんだ」
気になって、東吾はるいと後戻りをした。
小源の歩いて行った先は、あの橋の上であった。
「息子」より
通夜の席で泣いていなかった小源が、親父橋の上で初めて泣いた。つい先日殴られた時の感触や痛みや、喧嘩できるほどの元気だったことを思い出し、急に実感がわいたのかもしれませんね。


夜半の夏親父の張り手しのぶ橋