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  女同士
新装版「二十六夜待の殺人」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
いよいよ本格的な初夏かと思った矢先、まるでアメリカ映画のような巨大な竜巻に、関東の住宅地が襲われました。いつ、誰が被っても不思議ではない「怖いこと」が、また一つ増えた気がします。被害にあわれた方に心からお見舞い申し上げます。

春季の「梅の咲く日」にご参加をいただき、ありがとうございました。長吉ちゃんや「彼ら」の書初めのそばに、△管理人たちの書初めまで貼っていただいて、楽しませていただきました。連休中には梅干を買いに出かけたので、蒸し暑い季節になったら、一度梅飯を作ってみたいと思っています。

さて、今季は「女同士」を選びました。
お話は、五月五日、初孫の端午の節供を祝う、京菓子所三升屋の店先で、二人の女が再会したところから始まります。一人は三升屋の若女房、もう一人は貧しい御家人の妻。
二人の心情が明らかになるにつれ、自分の中にも、二人それぞれに通じるところがあるような気がしてくるのは、私だけでしょうか。

さあ、今季はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成二十四年夏)

梅雨特有のじめじめした毎日が続いています。
内陸の当地はあるあたりの気温が32,3℃にはなるといわれていてうんざりですが、
九州地方の甚大な被害を目の当たりにして、文句は言ってられません。
これ以上の被害が広がらないことを祈るばかりです。
昨日、早速アップされた「女同士」を拝見させていただきました。
毎回ながらきめ細かな引用とコメント、楽しく読ませていただきました。
今回は早くに本だけは読んでいたのですが、なかなか落ち着く暇がなく
気づいたら締切が過ぎてしまっていました。
次のお題が出たら次こそは参加させていただこうと思っていますので、どうぞ見捨てないでくださいね。
(茜雲さん)



  あっちの管理人さんの五七五 

今季のお題「女同士」を提出します。今回は少し早く出せるので嬉しい、とはいえ、もっと推敲してとも思ったんだけど、これ以上ない頭を絞ってもしようがないので、まずは早く提出ということで送ります(笑)
そろそろ暑い夏がやってこようかという頃、今年の夏は昨年にも増して節電の夏になりそうですね。お江戸の暑い夏をならって、上手に涼を取り入れて今年の夏を乗り切りたいですね!でもあんまり暑くならないといいなぁ。
こでまり宗匠、アップお疲れ様でした。みなさんがお書きのようにそれぞれの心情を思いやったお句に、お話の読みの深さを感じました。幸二郎さん人気にもビックリ!(笑) 確かに金杉の仙八とっつぁんと同じように懐のおっきい頼りがいのある人物ですね。
たまこ姐さんの現場検証で江戸の風を感じ、紫陽花さんの和菓子で美味しさを想像し(本物が食べたくなりました!)、今季のお題もたっぷり楽しませて頂きました。
(あっちの管理人さんの談)

健やかな我が子の成長を願う節供であった。
「正吉も大きくなったものだな、ここへ来た時は、これっぱかりの背丈だったのに……」
東吾が手で高さを示し、正吉が胸をそらせて立ち上った。
「女同士」より
今は「かわせみ」の立派な番頭に成長した正吉君がまだ子供だった頃の話。歳月を感じながら読みました。
方月館へ来る前の正吉君は子供心にも我慢することも多く、寂しいと思うことも多かったけど、東吾と知り合い方月館で暮すようになってからは、本当に心安らぐ 毎日だったろうと思います。母親に甘え、東吾に甘え、方斎先生に可愛がられすくすくと成長して行きましたね。


背くらべ 見上げる吾子や 花菖蒲


端午の節供のこの日、おとせさんの嬉しさは、正吉くんの成長はもちろんでしょうが、管理人さんが書いていらっしゃるように、子供らしく暮らせる「環境」に恵まれたことにもよるのでしょうね。
(こでまり)



大事な一人息子を拐かされ、伝手を頼ってるいの元を訪れた三升屋夫婦。器量よしだが気の強い女房と、気の弱い亭主。きっと玉の輿をねらって、文字通り気の弱い春之助を狙い撃ちで、おぎんから奪ったんでしょうね。
老舗菓子屋の若女房におさまったお美也にしてみれば、過去の貧しい自分も、その頃の暮しも何もかもすべてなかったことにしたかった。
もし今の幸せに感謝し、お梅に声をかけられた時笑顔の一つも返していたら、こんな事件は起こらなかった。お金はあっても心の貧しさは消えていなかった。無理矢理手に入れた今の暮しでも、そこに感謝の心さえあれば、春之助の女房として、三升屋の嫁としてもっと幸せな人生を送れた筈なのに。


明と暗 行く手を分ける心の闇





「口先ばっかり……」
ふっと袂を上げて、るいが東吾を打つ仕草をし、道行く人がふりむいた。
「女同士」より
菊屋の主人から話を聞いた帰り、うちの女房は外っかわも中身も極上と、相変らず女房に甘々でしたが、源さんあたりに言ったら早々に帰られる所でしたね。
何度もいうようですが、この頃の東吾とるいさんの関係、熱々甘々でほんとに読んでいてにやけちゃいます(笑)


手をあげて 夫うつ手の色っぽさ


「袂ごと打つ」っていうのが、いかにも若い仕草です可愛いですね〜。
(こでまり)



  浅黄裏さんの五七五 

凶悪事件でもないし、ものすごい悪人が登場したわけでもないのに、私にとっては妙に印象に残ったお話です。ちょっとだけこころがけが悪い人、ちょっとだけ押しが足りない人、ちょっとだけ自分を見失ってしまった人などはどこにでもいるわけで、そういう自分はどうなんだ?と問いかけられているようです。
いつでも自分が登場人物のひとりになれそうで、妙な居心地の悪さがあります。
アップ、ありがとうございました。こでまり様と競作になった句もあり、嬉しかったです。
(浅黄裏さんの談)

五月五日端午の節供の日、青山御手大工町にある京菓子所、三升屋六右衛門の店の前は、とりわけ、華やかな武者絵の幟が十数本も風に、はためいて居り、又、表座敷には見事な冑人形が飾られて、往来を行く人々の目を惹いた。
「女同士」より
三升屋の面々です。
孫に一太郎と名付けたことでもわかるようになんだかんだ言っても初孫への期待が大の三升屋ですものね。でも実はこのとき「売り物の柏餅より幟の数の方が多いんじゃねえか」などと陰口をきかれていたかもしれません。


孫見せの羽織居並ぶ初幟





女は、暫く、お美也を眺めていたが、やがて別な客に押しのけられるようにして店先から姿を消した。無論、三升屋の店の者は、誰一人、その女に注目していない。
「女同士」より
お梅さんです。
押しのけられて、存在も忘れられてしまうような人…という印象です。


人波に押しのけられて重五の日


私の歳時記には「重五(ちょうご)」は載っていなかったのですが、検索したら「五月五日=五が重なる」ということだそうですね。ちなみに「長九」はありました♪
(こでまり)



菊屋の御主人です。
おぎんさんを庇ってのことでしたが、さすがと思わせる凛とした言動でした。


裾払う心はしるき夏羽織


ココ、競作でした〜。
「しるき」は「しろき」の変化で、菊屋の清廉な佇まいや生き方を表現しているのかな〜って思いました。
(こでまり)
菊屋のご主人を詠んだ句での「しるき」は「著(しる)し」で、はっきりとしているという意味です。
(浅黄裏さん)
はあ〜、著しいという字ですか。浅黄裏さんのお句からは、いつも何か新しい言葉を発見しています。ありがとうございます。
(こでまり)
菊屋幸二郎さんの大人気、私もコメントだけはしたんですが、詠むことが出来なかったのは残念無念。そうか〜「夏羽織の裾を払う」がポイントでしたね。
(たまこさん)
「しるき」という言葉も勉強になりました
いつか使ってみたいです
(ぐりさん)



春之助は、みてくれはいいが、なかみの悪い女房をもらってしまったのだと、幸二郎はいいたげであった。
「どなたもそうかも知れませんが、若い中は外側ばかりが目につきます」
「女同士」より
言うまでもなく春之助です。
一度目の事情聴取(?)の時におぎんさんとちゃんと一緒になるつもりだなどといわなければ良かったのに、と思います。その場その場で相手にいいことを言ってしまう習性の男なのでしょう。


男とはわりなく愚か羽抜鳥


「羽抜鳥」が上手いと思いましたが、なぜかこの春離婚したという、某局の朝のキャスターを思い出しました。彼の場合は、適切に(?)対応したみたいですね。
(こでまり)



  麦わらぼうしさんの五七五 

今回、読み返してみて印象に残ったのが「正吉大きくなったよなぁ〜」というあたりの場面。以前読んだ時は、さして気にも留めなかったのですが、ちょうど正吉ぐらいの息子を持つ立場になって、おとせさんの気持ちに目がいくようになって。その時々によって気になるポイントが変化していくというのも、かわせみの楽しみの一つですね。
こでまりさま、UPありがとうございます&お疲れ様でした。本当に、凶悪事件ではなかっただけに、登場人物の心情を深く詠まれた御句やコメントが多くて、今回も読み応えタップリですね。
なんかこのお話、一番悪いのはお美也、みたいな描き方になっていますが、冷静に考えてみると、
(1)他人の、1歳になったばかりの子供をさらう(2)久しぶりに会った昔なじみに、そっけない態度をとる(3)同僚の彼氏(彼女)を奪う
この三つのなかで一番悪いのはどれか?というと、まちがいなく(1)だと思うんですけど。どんな理由があれ、抵抗もできない程の小さい子供をさらうなんて許される事ではない
(2)も、いい事ではないけど、自分は絶対そんな事はしない!とも言い切る自信がない…誰にでも起こりうる可能性はある (3)は、結婚している人から奪うなら悪いけど(でも、そういうのもめずらしい事でもないですよね)現実にそういう事ってありますよね。心変わりというか、「すまない、他に好きな人が出来た、別れてくれ…」みたいな。
お美也みたいな人は好きでもないし、お友達になりたいとも思わないけど、そ〜んなに言われる程悪い人でもないよなぁと思うのです。(だからこそ、こういうお話が出来るわけですね(^.^))
(麦わらぼうしさんの談)

この“上から目線”は、よく使われる“優越感を持って見る”とか“見下す”という意味はなく、文字の通りの“目線が上にある”と受け取って下さいませ。正吉に対するおとせさんの気持ちを詠んだものですが、今の私の気持ちでもあるのです。
友人たちが「ウチのバカ息子、図体ばかり大きくなって、私を見下ろすのよ〜」と、口調とは裏腹に、うれしそうに話すのを聞くと、「くそ〜、いつか私もそのセリフ言ってやる!」と思うのです。高3の長男は私より数センチ上で成長が止まったみたいでそういう経験が出来ず、目下、中2の次男に夢を託しているところです。


若駒の上から目線夢に見る


あ〜、男の子がいるお母さんには、そういう「楽しみ」もあるんですね。夢が叶うといいですね!
(こでまり)



「おぎんと申しますのは、手前の娘の乳母の子でございます。その縁で早くから奉公に参りまして、手前も家内も我が娘同然に可愛がって居りました。とりわけ器量よしというのではございませんが、気だてのよい素直な娘でございまして縫い針の仕事はもとより、茶の湯の心得も教えまして、どこへ出しても恥ずかしくないように躾で参ったつもりでございます」
「女同士」より
恋人は奪われる、濡れ衣を着せられる、さんざんな目にあったおぎんですけど、苦労した分、きっと幸せになれると思います。菊屋の主人夫婦もいい人たちみたいだし。


こねられてうまみの増した柏餅





「女って……いやなものなんですね」
ぽつんとるいが呟いた。
「見栄を張ったり、人を羨んだり……」
「女同士」より
女同士全般ではなく、今回のお話のお梅とお美也についてです。お美也はお梅に対してそっけない態度をとらなければ、そしてお梅は、お美也の性格をわかっているはずだから、大勢いるお客さんの前でなく、客足が途切れて誰も見ていないような時を見計らって声をかければ、もしかしてお美也の態度も違ったかもしれず、今回の事件も防げたかもしれません。
しかし、お美也の態度、酷かったんだろうけど、子供をさらわれる程の罪だったのかな〜と思います。


思いやり女同士に足りぬもの


今回、お美也一人が悪いという方があまり居なくて、皆さん冷静だなあと思いましたが、お梅も話しかけるタイミングを計るべきだというのには、なるほどと思いました。
無視しているつもりはなくても、思いがけない形で再会したりすると、自分がどんな顔をしているか不安で、目をそらしてしまうことはありますね。普通にしていようと思う気持が強すぎて、かえって不躾に見つめているんじゃないかと思ったりして。
以前と同じように接してもらえることは、自分が苦しい時ほど励ましになるもの。意識せずに、そんなふうにできればなって思います。
(こでまり)



  すみれさんの五七五 

古今を問わず、所帯を持った後に、人生が色々と変化するのは、男女で比べれば、女の方が多いのかな・・・端午の節供の祝いの華やかさに始まって、お話の終わりまで、心がけに差はあるけれど、本当に悪な人は登場しないのが、好ましいです。
こでまり宗匠、毎度、お世話になりありがとうございます。皆様と共通の思いを持てたなぁ・・・とにんまりする所が結構あって、とっても嬉しいです。ちょっとした思いやりを相手にかけられるかどうか・・・人との関わりを保つためには 大事なことなんだ・・・皆様からのコメントにも表れていますね。
(すみれさんの談)

「三升屋さんでも、ご主人のお孫さんの初節供だそうで、幟がそれは沢山並んで居りました」
おとせの横から、方月館の番頭役の善助もいった。
「三升屋は、あのあたりでは老舗でございます。家作を何軒も持って居りますし、なかなか、裕福でございますから、節供の飾り物も贅沢なようで……」
「女同士」より
二軒の京菓子屋、三升屋と菊屋の生業への覚悟の差が、お話の伏線になっていて、読み応えがあります。
三升屋の人々・・・初孫の節供に浮かれて、派手に飾りたて、お披露目したい気持ちは、解るけれど、ほどほどにしないといけませんね。


のぼり旗客寄せもして初節供





店のすみの土間伝いに奥へ行くと庭に出る。そこに茶室があった。
炉に釜がかかっている。
点前は、幸二郎がした。客は東吾とるいの二人だけで、ひっそりと静かな茶室には、通二丁目の賑やかさは伝わって来ない。
「女同士」より
菊屋・・・上品な店構えで、奥の庭には茶室をしつらえて、上客をもてなすのが当たり前、主人の小気味良さが好ましいです・・・人物を見抜く眼力をもっています。小ぶりな庭の風情も主人の心意気と一緒で、丹精されていることでしょう。
できたての菊屋お菓子でわたしも一服いただきたくなります


二服目のこころも汲んで風炉手前


加賀百万石のすみれさんですから、お茶もお菓子も、生活にしっくりと馴染んでいるのでしょうね〜。
私はいつまでたっても、そんなお席はドキドキです。
(こでまり)
幸二郎のきっぱりした態度にこれだけ人気が集まるなんて、自分だけかな・・・なんて 独りよがりな思いを吹き飛ばしてくれました(爆)
(すみれさん)



大橋子市郎の家の裏へ廻ってみると、ちょうど赤ん坊を背負った女が、井戸へ水を汲みに出て来たところであった。
「大橋どののお内儀ですな」
源三郎がおだやかに声をかけた。
「三升屋の悴、一太郎を迎えに来たものです。どうかお渡し下さい」
「女同士」より
お江戸の人情裁き・・・無事に子供が戻ってきたから、お咎めなしにしてくれる。一歳位なら子供の記憶には残らないだろうし、大丈夫でしょう。現代では、無理ですね。両親達に多大な心配をさせた罪は免れませんからね。
丁度、テレビで「八日目の蝉」を観て、親子のことなど、色々と考えました。お梅さんが、母性の強い女性だったのが救いでした。三升屋のお美也さんのこれからは、他人の所為にせずに、自分も変わっていけると良いですね。


不確かな母の面影昼寝の児

罪問わず十手は腰に若葉風


「一歳位なら記憶に残らない」というのは、子育て・孫育ての経験に裏打ちされたひと言ですね。これを読んでちょっと安心しました。
この二句とも、とても心にしみます。
(こでまり)



  たまこさんの五七五 

このお題が発表になった時に、芸能界でもちょうど「二股男」が話題になりましたが、事件の原因は実は「二股」ではなくて、周囲の誰も気づかなかったような、ほんのささいな出来事だった・・・という展開が、初めて読んだ時から非常に印象に残っていました。
ところで日本橋の「菊屋幸二郎」は、「江戸は雪」の芝金杉「伊勢屋仙八」と並んで、渋い良いキャラですよね♪(どうせ、二人とも「年下の男の子」だけどさ、フン)
(たまこさんの談)

その日、麻布狸穴の方月館でも軒に菖蒲蓬を挿し、庭には鯉幟が風に泳いでいた。
稽古が一段落したところで、東吾が母屋へ戻ってくると、松浦方斎は正吉と一緒に、柏餅を食べ、おとせの汲んだ茶を旨そうに飲んでいた。
「女同士」より
このお話が書かれた当時は、正吉くんが成長してかわせみの番頭さんになるなんて平岩先生も想像してらっしゃらなかったでしょうねぇ。
ちなみに、菖蒲の葉は知ってるけど、「菖蒲蓬」のイメージってちゃんと記憶していなかったので検索してみたら、和紙工芸家の方のサイトでこんなのがありました。綺麗ですね〜


母心映して菖蒲蓬かな


ステキなサイトを紹介してくださって、ありがとうございます!これまでに見たことがありませんが、青々としていい飾りですね。
(こでまり)
たまこさん 伊勢や仙八いい男でしたね大好きですが菊や幸二郎もまたきりっとした男ですね 皆さんのいろいろ目線参考になりました 何とか正吉君の成長に参加できた気分です
(ぐりさん)



子供の時から東吾よりは甘いものが好きだった兄の通之進が、幟の下にいる弟へ、そっと自分の柏餅をくれたのが、母が死んで間もなくの端午の節供だったせいかも知れない。
「女同士」より
三升屋の豪華な節供飾りから、質実剛健(?)な方月館の菖蒲蓬と鯉幟、そして東吾と兄の思い出の鯉幟へと、冒頭シーンの映像的な流れがいいですよね。


兄の手の温み懐かし柏餅


ココは詠まなかったのですが、改めて読み直すと美しい思い出ですよね。
(こでまり)



「いや、気は強いでしょうな。春之助という亭主は、尻に敷かれていますよ」
  (略)
「わたしは、どうもお美也という女が、かなり強引に、おぎんから春之助を奪って夫婦になったような気がしますよ」
源三郎がつぶやいて、東吾は笑った。
「女同士」より
お美也の性格や、春之助との夫婦関係など、一目で鋭く見抜く源さんですが・・・ 「目利きすること」と「うまくやること」は、全く別なんですね(^^ゞ


野暮天も他人の仲は目利きなり





菊屋幸二郎の話に反応する東吾さんとおるいさん、この当時は若かったですね〜 日本橋の真ん中で二人で何やってるんでしょうか(笑)
ここでは「馬鹿ばっかし」 の別バージョンですね。


風薫る口先ばっかり馬鹿ばっかり





「そこです」
おきみが指さしたのは梅の老樹の下であった。
「梅の実が生っているのをみていたら、いつの間にか女の人が傍へきて、そこの酒屋の娘さんでしょうって……」
「女同士」より
現在の梅窓院には、梅の木はなくなってしまいましたが・・・ 「梅の実が生っているのをみていたら」というおきみの言葉や、正吉とのやりとりなどは、話の流れの中では省略されても構わない部分ですが、こういう、ちょっとした所が、物語を生き生きさせていて、これだけ長く続いた秘訣ではないかという気がします。


子守娘(こ)と赤子に実梅笑いかけ


私もココで詠んだのですが、おっしゃるように、こういう部分があって、想像が広がるんですね。
(こでまり)



【おたま姐さんのブラたまこ】 今季も、現場検証をいただいておりますよ。緑滴る写真もたっぷりと載せられたページは、見ているだけでも深呼吸したくなりますです。
それでは、こちらからどうぞ〜
ブラたまこもますますの健脚ぶりで楽しませてもらいました。そうそう、お能にも関わりのある金王八幡も拝見できて嬉しいです。
青山は折にふれて良くぶらぶらしていますが、おしゃれな表通りから道を1本裏へ入ると意外に生活感があってびっくりします。初めて岡本太郎記念館に行ったとき「青山に団地があるなんて」と驚いたことを思い出します。いまやハイソな街・おしゃれな街の代名詞ともいえる渋谷や青山が、田舎であったり、それも貧乏な御家人達の住まいがあったりしたと思うと不思議な気がします。
(はなはなさん)
それから、たまこさまの検証は、今回もたっぷりと歩き目線で細かく検証していただいていて、画像も多くで解り易いです。竹林の向こうにビル?が見えるのが現代の東京らしいですね。
この後も、ゆっくりと楽しませてもらいます。いつもありがとう(#^.^#)
(すみれさん)
おたま姐さんの現場検証もよみごたえたっぷりですね。
(紫陽花さん)



  紫陽花さんのおまけ 


遅ればせながらざっと拝見いたしました。またあとでゆっくり読みたいと思います。実のところこのお話は全然覚えていませんでした。みなさん結構思い入れがあったんですね。
みなさんからも小さいおまけたちにコメントありがとうございます。数年前に東京の有名和菓子屋さんが開催した和菓子展のパンフレット(チラシかな)を参考にさせていただきました。どれも素敵な名前がついています。
(紫陽花さんの談)

通二丁目の菊屋は門口も広く、如何にも京菓子を扱う上品な店がまえであった。
るいがあれこれと菓子をえらんでいるのを、いささか照れくさい面持で東吾が待っていると、誰が知らせたのか、奥から主人の幸二郎が出て来た。
「女同士」より
五七五は出来なかったです。おまけだけ。
これらは何なのかわかるかなぁ。本文とは絡んでないしこでまりさんがどこを選んでくれるか楽しみです。

きゃ〜紫陽花さん、ハードルを上げないでくださいよ。これはもちろん「京菓子」ですよね。
和菓子屋をやっている友達がいるんですが、たまにそこで生菓子を買って、コーヒーと一緒に食べるのが、私の最近のお気に入りです。
(こでまり)
紫陽花様の和菓子大集合も楽しいですし(湯呑みも茶托も揃っているのでいつでも「お茶」できますね)
(はなはなさん)
紫陽花さんの和菓子、楽しいです。生菓子には固定の名前があったりしますが、いろいろと想像しながら拝見しました。「あじさい」とか「常夏」とかが入っているような…。
(浅黄裏さん)
紫陽花さんのオマケいろいろ考えていたんですが、またまたはずされてしまいました。「ハードルの上がった」オマケだったんですね〜しかし本当におるいさんでなくても、あれこれと選ぶのに迷ってしまいそうです。(紫陽花もある!!)
ところで一番上の一番左の青二色(?)のような和菓子は何でしょう?
(たまこさん)
紫陽花さんのお菓子・・・どれも美味しそうです・・・すみれの画のお菓子もちゃんと作って もらって、思わず手が伸びそうになりましたよ(嬉し♪)
(すみれさん)
こでまりさんなら絶対このところを選んでくれるだろうなと思っていました。皆さん一人ひとり一句一句に本文から選んで付けてくれる…ありがとうございます。みなさんからも小さいおまけたちにコメントありがとうございます。数年前に東京の有名和菓子屋さんが開催した和菓子展のパンフレット(チラシかな)を参考にさせていただきました。どれも素敵な名前がついています。
(紫陽花さん)
「女同士」思わず読み返しました。 皆さまの御作を拝見した後は、お話自体が深みを増す気がします。 それにしても、彼らの和菓子は某有名東京老舗和菓子店…「とらや」かな♪ 生菓子は見ているだけでうっとりしますよね♪
(はななはさん)



  はなはなさんの五七五 

空梅雨、というには台風が上陸したり、気温がなかなか上がらなかったり、夏に向けて波乱を感じさせる6月でした。それほど湿気のない、爽やかなシャワーのような雨が何度も降って、私には過ごしやすい梅雨です。まだ1ヶ月近くは続くのでしょうが、湿度も気温もほどほどだといいのにな、と勝手なことを思っています。
「女同士」はやるせないお話ではありましたが、私は東吾さんがいうように、女性に限らず誰にでも起こりそうな話だと思いました。思いがけないことで人の運命が変わっていく瞬間がどこにでも転がっている、そう思いました。
女同士」アップ、拝見しました。皆さまの深い読み、あたたかい詠みぶりに、目からウロコがぽろぽろと落ちました。お美也、お梅、おぎん、るいさん、とそれぞれの立場に対してご常連の「女」の目線が感じられて、お仲間でいることが嬉しくなりました。それにしても皆さま幸二郎さんファンなのねぇ。競争率高いわー。
(はなはなさんの談)

お美也は、最初、戸惑ったように、その女をみたが、満更、見知らぬ顔でもなかったのか、軽く会釈をしたものの、すぐ、別の祝い客のほうへ視線を向けてしまい、二度とその女をふりむくことはなかった。
「女同士」より
確かにお美也の心がけは悪かったのでしょう。人の不幸を顧みないやり方で恋人を奪う(いっとき話題になった二股オトコのような春之助もしょうもない男ですが)いやな女でしょう。自分の都合で、それほどつきあいがあったわけでもなさそうなるいさんを思い出す、ジコチューな女、お美也はそんな女です。
でも、幸せの絶頂にあるとき、それ以外のものが目に入らない、そんな愚かさも人間は持っているのではないでしょうか。


手を掛けた青葉まばゆく陰忘れ


このお句を拝見して、う〜んと唸りました。老舗の嫁として、また跡取りの母として認められたお美也の心を、なんてうまく詠んでいらっしゃるのかと!
(こでまり)



菊屋の主人・幸二郎はチョイ役ですが私好みのシブイおやじですね♪でも句にはならなくて(涙) やはり気になったおぎんでひとつできました。
思いがけない濡れ衣、それも失恋した相手からさらに傷つけられ、どんな思いだったんでしょう。


ぎんいろの針さみだれが私つらぬく





貧乏のどん底にあえいでいる者は、むかしの友人の思いがけない出世を羨みもし、口惜しくも思う。まして、その友人から冷ややかな扱いを受けて逆上した。
「女同士」より
貧乏は、人の心をすさませることがありますよね。頼りになるはずの夫はきっとお役目もなく、自暴自棄で酒に溺れ、病気にもなる。小さい子ども抱えて、お梅は追い詰められていたでしょう。お美也の玉の輿、幸せそうな初節句に、わが身を引き比べたお梅の気持ち…。
生命力にあふれた梅の実と赤子、無心な少女。お梅の心の中で何かが狂ってしまったに違いありません。


実梅満ち尚さかんなり子を攫う





石になったような女の背から、源三郎が赤ん坊を抱き取った。それまでおとなしく背中にくくりつけられていた赤ん坊が、急に激しく泣き出した。その声に誘われたようにお梅の両目から涙があふれた。
「女同士」より
心に重いものを抱えて、その罪の証拠をおぶって家事をするお梅に声をかけるのはやはり苦労人・源さんしかいないでしょう。その声でお梅はやっと楽になれたのではないでしょうか。
それにしても大橋子市郎(どう読むんでしょう?こしろう?こいちろう?)は、お梅が何処の子ともしれない赤ん坊をつれてきたことになにもいわなかったのでしょうか。


子が泣いて蛍袋に灯が点り


源さんに声をかけられ、一太郎の泣き声で張り詰めていた心が解き放たれた一瞬を、よく詠まれていると思いました。大それたことをしたわけですが、「蛍袋に灯が点り」という温かで幻想的な表現に、救われる思いがしますね。
(こでまり)



  千姫さんの五七五 

台風一過、今は梅雨の真っただ中で、姫路は今日も雨が降っています。締切りを過ぎてしまいましたが、間に合いますよねっ。
私は、お美也がこんなに非難されるような悪い生き方だと思えないのです。おぎんさんの受け身過ぎる生き方や、お梅さんのように無視されて傷ついたと直接対決することもできずに人の道を外すような行動をしてしまう女性より、自分のしあわせを自分の手でつかもうと手段は別として、まっすぐに進んだお美也の生き方の方が好きです。という私は今、お梅と同じ立場かもしれないけれど、出会うことを避けて生きる性格ですぅ。
(千姫さんの談)

意味不明な五七五なのですが・・・。
人生後半の美人って、顔じゃないんですよね。その人の内面からくる美しさが顔に表れて、その両面をみて「美人やなぁ」って思います。私の周りに顔がきれいで、性格も良い人がいます。性格が良いからもっと美人に見えて。私はそれを妬んだりしません。私もせめて性格だけでも頑張ろう!って思っています。


美不美人蝸牛ほどの差であろう


「意味不明」だそうですが、言いたいことはすごくわかります!俗に「友達は財産」などと言いますが、その友達が「顔がきれいで性格も良い」というのは、そういう人を惹きつけているお千ちゃん自身の魅力の証明でもありますよね。「人生後半の美人は内面からの美しさ」・・・、含蓄ある言葉です。
(こでまり)
このお話を読んで、なんとなくモヤモヤしていたものを、スッキリ!させて下さったのが(千姫さんの談)です
(麦わらぼうしさん)



母親のおとせが昨年の秋、丹精して縫い直した着物が、一冬を越した今、丈も裄も、どことなく短めになっている。
「女同士」より
この時代の親は肩上げや身揚げで、子供の成長をみていたのでしょうね。


裄丈の身揚げ下ろして端午かな





賑やかに笑いながら、東吾は正吉と庭へ出て鯉幟を仰いだ。
少年の日、やはり八丁堀の屋敷の庭で、兄と二人、鯉幟を眺めたことが思い出された。
「女同士」より
心細くても泣かない小さな「東吾ちゃん」の後ろ姿が浮かんできて、自分で作っていうのは厚かましいけれど大好きな五七五です。


兄の手をそっと握って鯉のぼり





「菊屋の主人が、スッとんちきなことをいいやがったな。若い中は器量にばかり目がくらんで、いい女をとりそこなうだとさ。よっぽどいってやろうかと思ったんだ。世の中には俺の女房のように、外っかわも中身も極上の女もいるんだってさ」
「女同士」より
東吾がるいを称賛する言葉が明るくて好きだなぁ。時も場所も選ばす、気持ちを素直に言葉にして、聞いたものは天も地も鳥も、笑うしかないですよね〜 (季語を間違った使い方ですが、うまいでしょう♪)


すべて良し夫のノロケや山笑ふ


ココは「山笑ふ」で正解〜!でも東吾さんは、年中こんなことを言ってますよね、ほほほ。
(こでまり)



  ぐりさんの五七五 

息子の結婚へのお祝いの言葉ありがとうございました ブログを始めたころはまだ3人とも家に住みにぎやかでしたが 2人とピン子とだけの家族になってしまいました (みゅう)は家出をしました 仲が悪い2匹でしたから家を捨てたのかもとショックでしたが もうピン子がいる間は 新しい子は飼わないと思っています
女同士このお話は被害にあったほうも後どうなったかと気になりますし さらったほうもかわいそうでね
こでまり宗匠毎季ありがとうございます、お疲れ様でした
(ぐりさんの談)

ちょっとしたことが心にわだかまってしまうのですね
お美也も懐かしがって笑顔を見せていたらこんな事態にはならなかったでしょうね


若葉風 笑顔ひとつで 救われる





「今が一番、伸びる盛りだな」
「間もなく東吾に追いつくな」
「それより、おとせさんが追い越されるのが先でしょう」
「女同士」より
正吉君このころは10歳くらいになっていたのでしょうか 伸び盛りでおとせさんや方月館のみんなに見守られすくすくと育っていますね


裄丈も 短くなるや 今年竹


ぐりさんの三人のお子さんそれぞれにも、こんな時期があったんでしょうね。大変だけど、楽しみで頼もしい時ですね。
(こでまり)



るいの部屋から眺める「かわせみ」の庭は藤の花が咲いていた。
甘い花の匂いが、夜の中にただよっている。
「今年は、いつもより咲くのが遅うございました。藤だけではなくて、つつじの花も、桐の花も……」
「女同士」より
かわせみの庭にはいろいろな花が咲いていますね 特に木の花が多いような気がします
6月桐の花の 写真を撮ってお持ちしたいと思っていたのですがなかなか撮れませんでした 古い町並みの藤の花を撮ってきました。


藤波の 漂う香り 宿の庭


ぐりさんのブログは、いつも季節の花々が咲いていて、本当にキレイですね。かわせみの藤はどんなふうに咲いていたのかわかりませんが、お写真のような咲かせ方もあるのですね。ありがとうございました。
(こでまり)



  こでまりの五七五 

皆さんお書きになっているように、私も前々からこのお話は気になっており、いつかはお題に選びたいと思っていました。
思いつくままに作って読みなおしてみたら、それぞれの親子のことを詠んでいました。親はどうあれ、子どもには責任のないこと。それぞれ幸せに育ってほしいものです。
それにしてもお話の女たちの行動は、気づかぬままに(時には気づいていながら)、自分もやってきたことのように思えて考えさせられます。
(こでまりの談)

当主、六右衛門の初孫、一太郎の初節供なのであった。
  (略)
黒紋付の裾を浅黄色にぼかして、そこに鯉の模様を染め出した晴れ着をきせられて、乳母に抱かれている。
「女同士」より
初節供のお披露目の紋付。柄などを選んだのはお美也ではなかったかもしれませんが、その立派な衣装を見て、さぞかし嬉しく、誇らしかったことでしょう。柄は「鯉」と書かれていますが、勝手に「鯉の滝登り」を想像しました。


のぼり鯉裾もようとし初節供





お美也の仕打ちを思えば、手にしている柏餅など捨ててしまいたかったろうに、おそらくやっとの思いで息子のために買ったもの。他の店で買いなおすゆとりもなく、喜ぶ顔を思いうかべると捨てるわけにもいかず、お梅は重い心で帰途についたことでしょう。


胸ふさぐ柏餅手に帰り道





我が子に背丈を追い抜かれる日、親として何ともいえない時でしょうね。女で一つで正吉ちゃんを育ててきたおとせさんのそんな日も、もう間もなくですね。


母の背を越す日の間近こいのぼり





「ありがとうございますが、三升屋さん夫婦の前に居りますこと、おぎんにとっては、さぞかし、つらい思いかと存じますので、これで失礼させて頂きます」
夏羽織の裾を払って、菊屋幸二郎はおぎんをつれて帰って行った。
「女同士」より
今回予想外だったのは、菊屋幸二郎のご贔屓が多いことです。当然ここも、競作ポイントになりました♪
血は繋がっていないとはいえ、娘のようなおぎんのことを思えば、この仕草にも納得がいきます。これまで跡取りを預ってきた三升屋との関係も、これでお仕舞いにする覚悟が見えますね。


夏羽織ひと払ひして座を分かち


「これが三升屋との関係も最後」も読みが深いですねぇ私ぜんぜんそこまで気づいていませんでした。
しかし、三升屋と菊屋の関係がここで切れてしまうとなると、またまた妄想もわいて来てしまって、17年くらい後、一太郎クンが成長して、店の経営方針で父母と対立し、店を出て身分を隠して菊屋に奉公、菓子職人と所帯を持っていたおぎんの娘と恋仲に…などという続編が出来たら面白いのに。明治の三升屋・菊屋はどんなふうになっているかも知りたいですよね〜
(たまこさん)



青山の通りは、両側が殆ど武家地であった。
小身の侍たちの住宅がぎっしり軒を並べている。どの家も敷地が狭く、隣家と軒を接しているのが多い。
  (略)
三人は、そこから梅窓院へ道を渡った。
「女同士」より
人は何かの時に「どうしてこんなことになってしまったんだろう」と、自分の過去を振り返ることがありますね。若いうちから苦労してきたお梅。自分の名前と同じ梅窓院の梅を見上げながら、何度もそんな問いかけを繰り返してきたのではないでしょうか。


梅の実のやがて毒にも薬にも


姐さん、「大暑」の人形句に選んで下さって、ありがとうございます!週末はこちらでも大雨が降り、そのせいか今朝は少し涼しく感じましたが、午後からは大暑らしい暑さが戻ってきました。さっそく今季の中から選んでいただき、感激♪
(こでまり)
気がつけば大暑、夏真っ盛りですね。こでまりさま、お人形句おめでとうございます♪梅の実というお言葉のように、味わい深い御句ですね。
(麦わらぼうしさん)
梅の実は、大暑の季節とはちょっと季語としてずれているかもしれませんが、先日のお題の中で早速目をつけていたもので、使わせていただきました。現実には、酷暑の季節はこれからという所ですが、節気的には、大暑が夏の最後で、この次はもう立秋(秋ですな♪)なんですね〜
(たまこさん)