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  梅の咲く日
新装版「雨月」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
俗に「節分寒波」と言いますが、今年は全国的にその通りのお天気になりました。まるで冷蔵庫の中のような列島は、寒さだけでなく雪も多かったです。その後、大変な強風が吹き荒れた「爆弾低気圧」もあり、今年は梅も桜もすっかり遅くなりました。

さて、冬季の「初春弁才船」は年末の忙しい時期に向う中、たくさんのご参加をいただき、本当にありがとうございました。一人の若者の成長と無事を願う「かわせみ」の人々の痛いほどの真心が、心に深くしみるお話でした。

そして、今季は「梅の咲く日」を選びました。

東吾さんが手ほどきをした長吉くんの手習が、天満宮の絵馬堂に貼り出されます。それを聞いたるいさんとお吉さんが見物に出かけ、境内の一角に置かれた縁台で、かわせみのお客を見かけたところから、お話が動き出します。
その門前の店で出される「梅飯」は、以前掲示板でも話題になりましたっけ。

さあ、今季はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成二十四年春)



  麦わらぼうしさんの五七五 

徳兵衛ら父子の心情や梅飯など、詠みたいポイントはたくさんあるのですが、冒頭の東吾さんと子供たちのお話しか出来ませんでした。いつもの事ながら、自分のは置いといて、みなさまがどこをどのように詠まれるか楽しみにしております。
今回も詠み応えタップリですね!そしてUP後のみまさまの書き込みも楽しいです(^^♪こでまりさま、ありがとうございました。
(麦わらぼうしさんの談)

東吾は子供好きであった。
子供のほうも、東吾によくなつく。
狸穴の方月館にいる正吉は、東吾を実の父親のように慕っているし、畝源三郎の悴の源太郎も、父親より東吾に親しんでいる。
「梅の咲く日」より
東吾さんのまわりには自然と子供が集まりますよね、まるでかわせみが保育園みたい…(かわせみ園)。東吾さんは遊びの天才なので「遊戯王」。カードゲームで有名なジャンプマンガからタイトルだけ拝借しました。
内容は関係ないですが響きがいいなと。大河ドラマの「海賊王」に対抗して「遊戯王」…という訳ではないですが(^_^;)


剣豪はかわせみ園の遊戯王





この正月も、源太郎は東吾に作ってもらった凧を一緒にあげていたし、独楽を廻すのも東吾に教えてもらっていた。
「梅の咲く日」より
そんな遊戯王東吾さんが大好きな源太郎ですが、本当の気持ちはこうでしょうね(^.^)


凧に独楽へたでもやっぱり父が好き


「遊戯王」のお句は、子どもから慕われる東吾さんを麦さんらしく表現されていますね。
そんな東吾さんはもちろん好きだけど、本当は……というこのお句、「その通り!」って思いました。
(こでまり)



  すみれさんの五七五

「父帰る」の設定に、かわせみ流アレンジをつけたお話ですね。
今年は寒さのために梅も桜も開花が遅れていて待ち遠しいです。UPされるころには、お花見も終わっていることでしょう。可憐な花々は、気持ちを和ませてくれますね。
今季のお話、ちょうど当地の満開と一緒になりました。いつもありがとうございます。これで三○○揃い踏みとなりましたよ(爆) 心情の表現に梅の蕾をつかわれているのにも、なるほどねぇ・・・納得です。蜆貝より絵になるわ・・・ まだ、さっと見ただけなので、いつものように、何度でも拝見して、味わいます。
(すみれさんの談)

そのちびが五歳になって近所の寺子屋へ通っていたのだが、この正月の書初めがよく書けているというので、他の子供達のと一緒に天満宮の絵馬堂に張り出された。
「二十日から二十五日までってことでございまして……」
「梅の咲く日」より
長助さんの、孫自慢・・・気持ちはよーく解かります。そして、るいさんが、書初め展へ出かけるまで、それぞれを思いやる人たちの心情が、かわせみファンには大好きなところだと思っています。


書初めや孫の手柄をふれあるき


「ふれあるき」がいいですよね。最初は遠慮しながら言ったかもしれないけど、一、二度話したら勢いがついて、どんどんあちこちと行ってしまいそうな嬉しさが伝わります。
(こでまり)



「家内は、長唄をやって居りまして、そちらの仲間も多うございますし、よく芝居見物にも出かけ、けっこう楽しくやって居りますが、手前は、どうも、そういうのも好きませんで……」
今更、こむずかしい稽古事をする気にもなれず、近いことなので、よく天満宮の境内を散歩がてらうろうろしている。
「梅の咲く日」より
天満宮の境内が隠居さん達の溜まり場になっているのは、現代にも通じるかもね。そんな男性陣に比べると、女性陣は歳を重ねても、楽しみを見つけるのが上手みたいですね。


楽隠居もてあます幸梅の園


ここ、私も詠みました。
(こでまり)



息子の徳松は、実の父徳兵衛が、女房、子を捨てていったことへの償いの金を拒絶しました。苦労した母おはまや、育ての父源造への感謝の気持ちと自分なりの意地でけじめをつけたのでしょう・・・
自分だったら、子供のためにと言い訳して、金だけもらってしまうかも知れません(苦笑) とっても潔く気持ちのたくましい男に育ちましたね。
どんな事情があったにせよ、妻子を置き去りにしたことは許してもらえないでしょう。


梅飯や香よし味よし気風よし

蜆貝こころ通わぬ水底に


二句とも徳松の心情をよく表現していますが、蜆貝のお句が特に好きです。蜆で徳松の思いを表すなんて〜って思いました。
(こでまり)



一つには、こんな日でも町廻りに出ている源三郎に代って、源太郎について行ってやりたいと思ったのと、もう一つは、徳松の店の梅飯と蜆汁を女達に食べさせてやろうと考えたからである。
「梅の咲く日」より
源三郎さん、相変わらず、お役目熱心で源太郎さんと遊ぶ暇はなさそうですね。昔はそんな父親像が当たり前でした。


巻羽織花を横目に江戸の町





  たまこさんの五七五 

今もなお東京下町の観光スポットの一つ、亀戸の天満宮を舞台にまだ固い蕾だった梅が満開になるまでと、事件の始まりから解決までがちょうど重なっている、印象深いお話ですね。
花を愛でるだけでなく、「梅飯」になって味覚も満足させるという所が「梅」らしくていいと思います♪
(たまこさんの談)

「源さんときたら、ぶきっちょでさ、あいつの凧はいつだって風にのらないし、独楽はぶっこわしちまうし……、源太郎が似ないでよかったよ」
「梅の咲く日」より
源太郎は、手先の「ぶきっちょ」は父親に似なかったかもしれませんが、恋愛に関しては直伝(^^ゞ


不器用の遺伝は開化の世にまでも


も〜、「恋愛に関しては直伝」がツボに入って、本当に可笑しいです!よくまあ、あの奥方を貰えたものですね。
(こでまり)



その、うしろ姿を見送って、
「本当にもう、なにかというと藪を突ついて蛇を出すのだから……」
おかんむりになったるいの顔を見て、お吉はあたふたと台所へ逃げて行く。
「梅の咲く日」より
お吉さんのそばでは、蛇もなかなかゆっくり冬眠も出来ません。


好奇心小さな藪も見逃さず


この「小さな藪も見逃さず」も、ツボでした。
(こでまり)



「先方も、あんたの気持はわかっているさ、清水へ帰って余生を送るといっていたよ」
「くれぐれも達者で、と、お伝えを……」
「ああ、そういっとくよ」
蜆汁と梅飯を食べて、東吾が腰を上げた時、徳兵衛の姿はもう消えていた。
「梅の咲く日」より
昔捨てた息子に、実の父親が思いを伝えようとする物語はかわせみシリーズの中にもいくつかありますが、徳兵衛がよそながら息子の店を最後に見に来る所は、それらの中でも心に残る名場面だと思います。


臥竜梅この三十年(みととせ)が夢ならば

子の声を背で聞く父に梅の影


それまでは外から店を伺っていて、実際に店に入ったのは、この日が初めてではなかったかと思いました。人は子育てをしながら、親らしくなっていくのではないかと思うので、本当なら徳兵衛も、良い父、良い祖父になったでしょうに。そんな思いが「夢ならば」に詰まっているように感じました。
(こでまり)



本所五ツ目から大島橋までは結構あります。東吾さんはともかく長助親分は、かなり息切れしたんじゃないでしょうか。


地蔵堂めざして駆ける夜の町





【おたま姐さんのブラたまこ】 今季もステキな検証が届いておりますよ。自分で調べてもよくわからなくなったんですが、スッキリしました。いつもありがとうございます。
それから青空を背景にしたお写真もとても綺麗!個人的には「鷽」の車よけがお気に入りです!
それではこちらからどうぞ〜。
たまこさまの現場検証、今回も新旧の対比をしながら、わかり易くて楽しいです。清盛ブログとともに、たまこ先生の講義は、興味深くなっていて惹かれます。
(すみれさん)
たまこ様の現場検証、堪能しました。多少土地勘がある辺りなのでなおさらです。地蔵堂がまだ残っているのがいいですねぇ。平岩先生はもしかしたら実際に地蔵堂をごらんになって書かれているかもしれない、なんて妄想すると楽しくなってきます。
(はなはなさん)
おたま姐さんのブラたまこも写真が一杯で見ごたえがあり、これが東京の今昔という記事に、「いつかは江戸へ」と憧れ続けています。それまで姐さん、「長生き」していて下さいね〜
(千姫さん)



  浅黄裏さんの五七五 

長く別れていた父子が涙と共に再会を果たす話かと思いきや…意外と淡々としたお話だなぁと改めて思いました。 息子の方は、もう縁は切れているからと言い、父親の方も江戸には近づかない方が息子の為だと去る。
まだしっかりとは開ききらない梅の花の下でお話が進むのは、そうした父子の心情に合わせてあるのかもしれないと思いました。
晴れての再会が叶わなかったにもかかわらず、題名が「梅の咲く日」であるのは不思議なことです。どんな花でも「咲く」といえば、願いが叶うという意味だと捉えていたのですが。「咲いた日」ではなく、「いずれ咲く日」という未来形なのでしょうか。
(浅黄裏さんの談)

さっと拝見したなかで、心に残ったお句やコメントたくさんありますが、浅黄裏さまが書かれている題名に対する疑問、まったく気づかなかったので特に印象に残りました。
(麦わらぼうしさん)
タイトルがなぜ「梅の咲いた日」ではなく「咲く日」なのかというのも、言われるまで気が付きませんでしたが、そういえば、特定の日をさすのでなく、梅は毎年毎年咲く、その「咲く日」という感じを受けました。
徳兵衛さんも死んでしまった訳ではないので、将来また何か思いがけない縁で息子と会うことが絶対ないとは言い切れない訳で、未来へつながる明るさのあるタイトルですよね。
(たまこさん)



墨痕鮮やかとまではいかないが、各々が力一杯書いた書初めが、ずらりと並んでいる。
「ありましたよ、これですよ」
お吉がけたたましく叫び、るいを呼んだ。
「梅の咲く日」より
現代のピアノやバレエの発表会でも会場のほとんどは家族・親戚・友人などですね。
互いの家の子の出来栄えを褒め合いながら一日を過ごすのも春ならではのことだと思います


水温む幼い書にも人つどう


子どもの一生懸命な姿や作品って、家族や親族でなくても、楽しんだり励まされたりしますよね。そんな時の温かな気持に「水温む」がよく合っていると思います。
(こでまり)



これは息子の方を詠んでみました。
近くに父親が来ているかもしれないと思いながらも心が乱れる事がなかったのは、よほどの固さで思い定めていたからでしょう。


ほころびぬ蕾を腹に梅の飯


今度は「梅の蕾」で徳松の心情が詠まれていますね。こちらも、なるほどと思ったお句です。
(こでまり)
拙句ですが、「ほころばぬ」なのか「ほころびぬ」なのか、わからなくなってきました。どっちが良かったんでしょうか。頭がこんがらがってしまて…。
(浅黄裏さん)
「ほころばぬ」「ほころびぬ」そう言えばどっちなんでしょう?「ほころぶ」「ほころびる」両方ありますもんね〜 「転ぶ」なら「転びる」っていうのは無いから、「転ばぬ先の杖」の「転ばぬ」になるんでしょうけどね。日本語は難しい〜〜
(たまこさん)
ところで、「ほころびぬ」と「ほころばぬ」について、ちょっと身近でそういうのを専門にしてるやつがいたので聞いたところ 「ほころびぬ蕾」 は(古文の)完了形で「ほころびたつぼみ」という意味になるので、もともと肯定利用の多い単語なので、特に俳句だったらそうとられることが多いのでは・・・ということで 「ほころばぬ」のほうが適してるかも・・・とのことでした。
但し、間違ってたらごめんね・・・とのことですが。
考えれば考えるほど本当に難しいですね。
(茜雲さん)
「ほころびぬ蕾」の意味を茜雲さんの解説を読むまで、もったく真逆に受け取っていました(^_^;)。固い蕾=徳松の固い決意(腹)とをかけてあるのかと・・・
俳句はたった17文字なので、言葉選びが難しいですね。気持ちを表すよい言葉が浮かばなかったり、迷ったり、ご本家の尽句の折には私も、はなはなさんに教えてもらった事があり、たいへん勉強になります。
(千姫さん)



徳松の店は込んでいたが、なんとか席があいて東吾は女達をすわらせ、蜆汁と梅飯、源太郎には団子を註文した。
ふと、気がつくと店のすみのほうに徳兵衛がいた。東吾と視線が合うと、さりげなく目を伏せ、こちらに背を向けた。
「梅の咲く日」より
こちらは父親の方です。
袖を濡らすのはなんだかめめしいかなとも思いましたが、おそらく息子の顔をしっかり顔をあげては見られなかったであろう父親ですから、これでもいいかなと。


梅見茶屋濡れそぼる袖たたみおり





  はなはなさんの五七五 

今季もぎりぎりで申し訳ありません。相変わらずバタバタしています。それでもやっぱりお題は提出しなくっちゃ、と 準備はしていたので(全然できてなかったけど)がんばって提出します。
お忙しいとは思いますが、アップ、がんばってください♪
今季も皆様の御作がいろいろな視点で暖かく詠まれていて読み応え満点です。梅の香りが漂ってきそうな(最近、白梅の蕾のお茶を愛飲しているのでなおさら♪)気がします。自分的には今回は競作ポイントに参入できて満足でございます。宗匠お忙しいところお疲れ様でした。もっとゆっくり味わってきます。
(はなはなさんの談)

正月、と威勢のいい文字が紙からはみ出そうであった。ちょうきち、と仮名で名前を書いたのが愛らしい。
「梅の咲く日」より
冒頭の東吾さんが照れるシーンを読もうと思ったのですが上手く行きませんでした。お互いにお互いを思いやって、やっぱり夫婦になっても東吾さんとおるいさんはらぶらぶ♪子どもができる隙はやっぱりなかったのかも…。
元気な長吉の書初めを表現してみました。


うららかに子の蹟の跳ねる初天神


競作で〜す。
(こでまり)



「お嬢さん、あそこの縁台に腰をかけてるのは、うちの梅の間のお客さんですよ。清水からお出でになった孫八さん……」
たしかに、お吉のいう通りで、五日ほど前から「かわせみ」に滞在している老人が、つくねんとすわって池のほうを眺めている。
「梅の咲く日」より
よそながら徳兵衛が徳松を見守っている。どう声を掛けていいものやらわからないままに縁台に腰掛けていた徳兵衛は哀れです。
それに気付かない徳松をまだ固い蕾の梅に託しました。


そそぐ陽のぬくみ知らずや梅蕾


こちらも徳松を「梅蕾」と表現されていますね。徳兵衛・徳松親子の関係を、上手に詠まれていると思いました。
(こでまり)



徳松は実父の愛に代えて、養父・源造に愛しまれて育ったようです。長吉も源太郎も家族の愛・周囲の愛につつまれています。
親を信じ、周囲に守られた子どもの無邪気な笑顔はまるで紅梅がほころぶようだ、と思います。


愛享けてほころぶ子等の紅き頬





悴夫婦にそれとなく別れを告げる気で、そっと店を訪ねた今日、帰りに、ばったり辰蔵にみつかってしまった。
「あいつに呼び出されて……さし違えても、あいつを殺す決心でございました。あいつが生きていては、悴夫婦に難儀が及ぶ。自分の播いた種は自分で摘み取ろうと……」
「梅の咲く日」より
徳兵衛が、辰蔵を殺そうとする心根は哀れで切ない、と思います。江戸を出たのも妻子を守らんがため。ま、おくめに手を出さなきゃそんなことにはならなかったんですけどね。徳兵衛が最初かわせみのみんなに「岡場所の女に馴染んで江戸を出た」と小さな嘘を言ったのもいじらしいです。
野焼は害虫を殺し、芽吹きを助け、肥料になるそうですね。徳兵衛は自ら罪を償うために罪を犯し、徳松の行く末に禍根を残すまいとしたのですね 。


子思ひし父の業火は野を焼いて





「涅槃西風(ねはんにし)」は伊勢・伊豆地方で旧暦2月25日の涅槃会の頃に吹く西風をいうのだそうで 「貝寄風」「彼岸西風(ひがんにし)」と同じものだそう。西方浄土からのお迎えの風なのだとか。
老い先短い徳兵衛の寂寥が詠めたらいいな、と思いました。


見ぬ父は涅槃西風吹く頃に去ぬ


はなちゃん、「寂寥」は十分出てると思うんですけどね、五十七、八の徳兵衛を「老い先短い」と言ってしまうと、あちこちに障りがあるんじゃないかと思いますですよ。あ、私ではなくて、あの方とか、あの方とか……(コホン)。
(こでまり)
はなはなさんのお句の件で「○○のある」人とは、先ずはわたくしのことでしょうか?でもアノ方とかアノ方に比べればわたくしなどはまだまだ…、いえ、失礼しました(ゲフンゲフン)
(浅黄裏さん)
老い先短いそうですね 江戸の時代ならそうなんでしょうね でも現代ではまだひよっこという感覚―ーなんて図々しいかな〜 でも第2の青春のような気持ちです (気持ち的には)
(ぐりさん)
ぎゃ〜申し訳ありませんm(__)mm(__)m 老い先だなんて…皆さま長寿でいらっしゃいます(笑) すっかり物語の世界に入り込み過ぎて周りが見えなくなっていましたわ〜〜徳兵衛があまりに老人老人していて…58〜9才どころか70〜80才ぐらいの感覚です。今だったら「まだまだイクぜ〜これからだぜ〜」の年齢なんですけどねえ。他意はございませんのでご容赦下されませ〜〜。
(はなはなさん)
はなはなさんが書いてらっしゃるように、このお話の徳兵衛さんって70歳は過ぎてるってイメージですよね。よく考えてみたら「年下男」だったとわかってビックリしたのは、たぶん私の他にもう一人二人(笑)はいらっしゃると思いますが!(^^)!
そういえば先日、同級生のメーリングリストの中で、誰かが「役所のオジサンとなかなか話が通じなくて」とか何とか書いていたら、別の誰かが「オジサンオジサンと言うけれど、現役で働いている男性は私たちよりは年下なのよ」と突っ込んで大笑いになりました。
(たまこさん)



  あっちの管理人さんの五七五 

今年はなかなか暖かくならなかったので、いつもなら桜が咲こうかという頃なのに、あちらこちらで梅が満開です。「梅の咲く日」、梅飯と蜆汁がとても美味しそうですごく印象に残っているのですが、何故か「独楽と羽子板」の話とごっちゃになっていました。生き別れた親が子に会いに来るというお話のせいでしょうか。
宗匠アップありがとうございました!今回も嬉しいしかけ満載、はたまたあちらこちらに差し障りの出そうな箇所あり(笑)で、楽しかったです♪おたま姐さんの「長生き」PCの前で大受けでした。
親と子、それぞれの心情を詠まれたお句が多かったのも印象的でした。梅飯と蜆汁はぜひとも食べてみたいなぁ。お吉さんは最後まで食い気でしたねぇ。
(あっちの管理人さんの談)

子供のいない東吾としては、あからさまにそういわれると、いささか、るいの手前もあって、いつものように、
「よし、見に行こう」
とはいいにくかったのかもしれないと思い、るいはお吉を誘って「かわせみ」を出た。
「梅の咲く日」より
冒頭長助親分の孫、長吉ちゃんの書き初めから始まりますが、その書き初めを見に行くということで、東吾さん、るいさん、お吉さんそれぞれがまだ子のない東吾とるいを気遣って、なかなか素直に言い出せない。


書き初めや吾子への想いそれぞれに





血の繋がった親子といえども、捨てられた子にとって 親の事情など理解出来るわけもなく、一度離れた深い溝はそう簡単に埋められるものではないですね。


父と子の歳月数え匂い草


二人の子の親になった徳松は、親として、また子としての両面から考えたのでしょうね。匂い草は梅の異名だそうですが、梅の季節が巡り来るたび、徳兵衛のことも思い出すのでしょう。
(こでまり)



「ええ。帰って来たら、早速、板前さんに、こんなふうだ、あんなふうだ、梅干はよく叩いてから切れの、紫蘇の刻み方が悪いだの」
「板前は災難だな」
「多分、今夜はへんてこりんな梅飯を食べさせられますでしょうよ」
「梅の咲く日」より
食いしんぼうのお吉さん、東吾さんやるいさんから話に聞いた梅飯と蜆汁、早速嘉助さんと食べに行き、帰って来るや板さんに作り方をあれこれと指南。案外味に肥えたお吉さんのことだから美味しい梅飯が出来るのではと思いますが、如何なりや。


かわせみの新メニュー入り梅の飯


こういうお吉さんの叱咤激励で、かわせみのメニューも増えているんですね。それにしても、翌日板さんを連れて行けば済む話なのに、思い立ったら待てないところが・・・。
(こでまり)



  茜雲さんの五七五 

今日はすさまじいばかりの春の嵐ですが、ようやく治まってきました。桜の便りももうすぐ聞こえてきそうです。いつも以上に忙しい年度末で、あまりゆっくり考える時間がありませんでしたが参加することに意義ありと、未成熟なままですが2季ぶりに参加させていただきます。
(茜雲さんの談)

うつむいた横顔の皺が深かった。
「亀戸天神の近くに、悴がいるそうだが……」
「門前で、それはそれは小さな店ではございますが、一膳飯屋のようなのを夫婦でやって居ります」
「梅の咲く日」より


名乗れずも親子をつなぐ蜆汁


茜雲さん、ようこそようこそ!
板前になった息子が作った蜆汁、徳兵衛はどう味わったんでしょうね。
(こでまり)



「辰蔵にめぐり会いましたのは、捨てた子に未練を出した手前に、神仏が罰をお与えになったのでございましょう。二度と江戸には参りません。それが、我が子に出来る、たった一つの償いと存じます」
「梅の咲く日」より


災いも幸に転じて梅見頃


この一編を簡潔に表現したお句ですね。
徳兵衛は思いがけず人を殺めることになり、息子と名乗りあうこともお金を渡すことも出来なかった。けれど、毎年梅の頃には、コレで良かったと思えるのではないかと思いました。
(こでまり)



  ぐりさんの五七五 

今日は三月の終わりというのに雪で一日荒れる日でした
最近はかわせみもなかなか読めません 前は一年に数回は読み通していたんですが 写真のお師匠さんと思っている方が読書が趣味で あれこれ面白かった本を教えてくださるのでつい読んでみたくなり 寝る前に読んでいます でもそれをピン子が嫌がるので つい電気を消して寝てしまう最近です
はいくりんぐのおかげで1冊を読み通してからお題にかかります
こでまり宗匠お忙しい中お疲れ様でした、長吉ちゃんの習字が読みどころだったんですね、私はかなりずれている〜あれ
(ぐりさんの談)

「ひょっとすると、梅屋敷の梅が咲きはじめているかも知れませんね」
道々、お吉が気の早いことをいったが、天満宮の境内の梅は、まだ蕾が固そうに見えた。
普通、ここらの梅は立春から二十七、八日目ぐらいが見頃といわれている。
「怪訝しいですねえ、ぼつぼつ咲いてもよさそうなものだのに……」
「梅の咲く日」より
先日梅のことを花の兄という季語があると教えていただきました ぜひ使ってみたいと挑戦しました
春を待つ気持ちはお江戸のころは梅を待つということだったのではと思います


花の兄 はやる気持ちで 待つお江戸


こちらでは梅の季節はまだまだ寒いように思うのですが、お江戸の春は「まずは梅」という気持だったのかもしれませんね。
(こでまり)



「心配するな。お前が殺した相手はお上が追っていた盗賊だったんだ。お上にだって慈悲はあるだろう」
  (略)
すでに捕えられていた助八も処刑され、徳兵衛には、なんのおとがめもない。
「梅の咲く日」より
終盤に来て話は意外なほうへ
でも徳兵衛の気持ちは純粋に子供のことを思ってやったこと
お裁きにも温情がありました


春動く 盗賊退治 とがめなし


最後の大きな立ち回りで、徳兵衛が捕まったり亡くなったりするかと思ったら、無事に放免になりました。徳兵衛の人生の大転換と「春動く」の季語が、よく合っていると思いました。
(こでまり)



事件解決春の日に江戸を旅立つ徳兵衛
気落ちも吹っ切れていたでしょうか


春日和 江戸を旅立つ 好々爺





やつれた顔に涙を浮べ、東吾と源三郎に見送られて、徳兵衛が江戸を去って数日後、東吾が「かわせみ」へ帰って来ると、台所のほうで、お吉がしきりに板前といい争いをしている。
「なにをやっているんだ。あの連中……」
出迎えたるいに太刀を渡しながら訊くと、るいが袂を口許に当てて笑い出した。
「梅の咲く日」より
お吉さんの説明であれやこれやともめて作った梅飯 味のほうはどうだったのでしょう?
板前さんですからそこはそれなりではと思いますが


梅東風に 梅飯の味 如何になり





江戸っ子は何でも季節を先取りするのが好き
お吉さん炬燵もまず一番に取る?
東吾さんは名残惜しそうなんではなんて思いました


江戸っこは 炬燵取るのも 競ってし


そういえば、東吾さんは炬燵好きでしたね。まだ肌寒い季節でも、お吉さんなら「火鉢がありますし」なんて言って片づけてしまうかも。炬燵を名残り惜しく思うのも、春先らしい感じです。
(こでまり)



  こでまりの五七五 

今年は寒さが長く残り、春がなかなか来てくれませんでしたね。梅もかなり遅くなったようです。桜は東京とこちらでは、完全に一週間くらい遅くって、東京の開花の様子をテレビで見ながら、間もなくこちらの番だな〜とワクワクしています。
「梅の咲く日」は何となく「悪い父親」という印象を持っていたのですが、別の話と混ざっていたようで、最後には救いのある内容でした。本編にも「若気のいたり」という言葉がありますが、徳兵衛ほど大それたことではないにしろ、ふと自分もそういう言葉をいう年頃になったなあと思いました〜。
(こでまりの談)

習字なんて、もう何十年もやっていないです。時々新聞に載っている小さい子の元気イッパイの字は、その勢いだけでこちらまで元気になるような気がします。


のどかさや手習ひの字のはみ出して





わりと裕福なご隠居さんたちが、お互いにつかず離れずの距離感で寄り合っている様子がいいですね。


もて余す日を好きずきに日向ぼこ





「番頭さんには知り合いを訪ねて来て、ついでに江戸現物をして帰るって……お帳場にはかなりのお金があずけてあるみたいです」
また、ちらりとるいを見る。
るいが針の手を止めた。
「あんまり、お客様のことを詮索しないようにといっているでしょう」
「梅の咲く日」より
お吉さんの好奇心は、この度ばかりではなく、毎度のことですよね。るいさんは針を持ちながら、「だから、いつもやめなさいって言ってるじゃないのおぉぉ〜〜」と、イライラしたんじゃないでしょうか。お吉さんのお口が動くたびに、針の縫い目が荒れたりして。ま、半衿だし表から見えないからいいけど〜。


春昼や針の目少しずつ荒れて





若気のいたりだが、結局、手に手を取って江戸を逃げ出す破目になったという。
「それじゃ、お内儀さんや赤ちゃんを捨てて行ったんですか」
お吉があきれ返ったような声を出した。
「全く、面目次第もございません。今、思うと魔がさしたとしか……」
「梅の咲く日」より
はじめは生き別れた息子を探す気の毒な父親と、同情を寄せていたようですが、別れた理由が明らかになると、同情した分、すっと気持がさめたようです。特に女性は、そうなんじゃないでしょうか。


肩入れをする気の失せて浅き春





「さあ、二人で取りかえるんだ」
  (略)
源太郎と長吉が神妙におたがいの鷽を取り替え、長吉は嬉しそうに寺子屋仲間のほうへ戻って行った。
境内では、あちこちで、鷽の取り替えをしている人々がいる。
「梅の咲く日」より
源太郎ちゃんと長吉ちゃんは、普段は直接の交流があまりなかったと思います。しかも同心の子と蕎麦屋の子、普通ならそんな二人で鷽替えなどしなかったと思うのですが、東吾さんを介して楽しい思い出ができました。


梅の香や侍の子と鷽を替え





  紫陽花さんの五七五 

4月になってしまいました。遅刻ですがよろしくお願いします。
(紫陽花さんの談)

「二、三日したら、清水に帰るといったよ。まあ、むこうには知り合いも多いのだろうし、金もある。老後を養うには不自由はあるまい」
「梅の咲く日」より
静岡では桜が咲き始めました。
梅は散ってしまいましたが、徳兵衛さんにはと言ってあげたい。
“梅園はある” は最初 “待つ人はいる” だったんですが季語がないので梅園にしてみました。


清水にも梅園はある帰って来い


住み慣れた地に戻れば、徳兵衛もまた、新しい希望が見つかるかもしれません。このお句は、紫陽花さんにしか詠めないお句ですね!
(こでまり)
今季はなんといっても紫陽花さんの「○○はある」に一票です。もう〜、大ウケで笑いました。たしかにそうですよね〜♪
(浅黄裏さん)



「たいしたものですねえ。とても五つの子の書いたもんじゃありませんよ。うちの若先生はよくよく教えるのがお上手だから……」
「梅の咲く日」より
おまけですが、あいつらはいません。いくら探してもいません。
本人たちはいませんがなんとなくにおいがするというか気配があるというか…

あいつらどころか、あの人も、この人も、あ、私も!
(こでまり)
イラストも凝っていますね。眺めてはニヤニヤしてしまいましたわ。
(浅黄裏さん)
老い先短い 長生き ←爆笑でした♪
浅黄裏さんも書いてらっしゃるように、いろいろと仕掛け満載のようで笑える所もいっぱい(^O^)
(たまこさん)
書初め展・・・紫陽花さまのおかげで、こちらで拝見できるなんて素晴らしい発想に感謝です。縁のある方々の書に、パソコンに向かって大笑いしています。自分だったら「ぴんぴんころり」って書くかも(^^ゞ 宗匠のコメントも、冴えてますよね・・・
(すみれさん)
書初め展は笑っちゃいました♪
参加できて光栄です。
(はなはなさん)
なにやら危険なものを踏んでしまった気分です。
おたま姐さんだったら書初めに何を書くかと考えた結果最初に思い浮かんだのが“元気で長生き”でした。それでは長すぎて書き切れないので“長生き”になりました。“元気”でもよかったんですが…長寿や福寿というのも考えたんですがそれはおたま姐さんとはちょっと違う感じがしたもので…おたま姐さんというのは一体いくつなんだろうと今頃考えています。
それより悩んだのは名前で、こういう場合は「おたま」なのか「たま」なのか「たまこ」なのかでした。悩むところがずれているようです。しばらく小さくなっていようと思います。何かご希望のお言葉がありましたら訂正させていただきます。
「毬」はマリと読むかイガと読むかはいろいろかと思うところです。
書初めの「毬」は、いささかのためらいもなく「イガ」と読みました!でも人様には「マリ」か「イガ」かと迷わせるあたりが、こでまりらしい、うひっ。
今回の書初め、思ったとおり大好評ですな。紫陽花さん、小さくならないでね!
(こでまり)
私は迷わず「まり」と読みました。いがと読めなかっただけですが(トホホ) たまこさんのは本当に爆笑ですけど、消した方の意味は全然思いつかなかったので、 これこそたまこさんのたぐいまれなる想像力のなせるわざですって。
(茜雲さん)
紫陽花さんのおまけには、大爆笑しましたー!!
(千姫さん)



  千姫さんの五七五 

遅くなってすみません。取りかかったのは早かったのですが・・・ 今年は物語と同じく梅が咲くのが遅かったので、 梅の咲く日を待つ気持ちがよくわかるのに、そんな五七五が出来なかったのが残念ですぅ。今はユスラ梅が満開です。
(千姫さんの談)

「寺子屋の先生じゃ、なかなか、そこまでは教えて下さいませんので、長吉の書初めがよく出来ましたのは、偏に若先生のおかげでございます」
「梅の咲く日」より
長助の喜びが控えめながら、いっぱい出てきますね。 孫自慢というより東吾に対する尊敬の気持ちは,、長助の人柄が表れていて微笑ましい。


書初めや墨の跳ねまで孫自慢





「すみません」
神妙に頭を下げたが、口のほうは勝手に先へ進んで、
「あのご隠居さん、もう三日も亀戸天神へ通っているんですよ」
話を途中でやめる気はさらさらない。
「梅の咲く日」より
これって、前にも詠んだかもしれないと思うほどいつもの光景なのですが、一人ひとりの表情が浮かんできて笑っちゃいます。


口元目元むずむず春の虫


私はるいさんの方を詠みましたが、お吉さんと春の虫の取り合わせが、何とも楽しいです。
(こでまり)



徳松の言い分、態度は天晴れですが、大工の父に育てられて板前になっているのは、本人の言った「切れた縁」ながら血は争えない。


父ゆずり味が自慢の蜆汁


私は親子とも板前いうことを、うっかり忘れていたんですよ〜。不思議な縁ですね。育ての親はその選択をどう感じたんでしょう。でも、それが気にならないくらいの関係が、源三と徳松の間にはあったのだろうと思います。
(こでまり)