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  水郷から来た女
新装版「水郷から来た女」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
四月の尽句では「クリーニングをいつ出そうか」という話題も飛びかうほど寒さが残っていましたが、大型連休には全国的に良いお天気に恵まれ、立夏を迎えて夏日になりました。

春季の「浅妻船さわぎ」にたくさんのご参加をいただき、ありがとうございました。今に通じるような投機話と、やんごとない方の噂話、人の世は余り変らないものですね。また、たまこさんちで早速取り上げられたお句もあり、後からも楽しませもらいました♪

さて、今季は「水郷から来た女」を選びました。私の大好物の「初期&祝言前」のお話です!
「あら、前にやったんじゃないの?」と思われたあなた、鋭いです!
実は最初の年の四月に「ドラマで五七五」という企画をやり、選んだことがありました。ただ、この時に「水郷〜」を詠まれたのがはなはなさんお一人だったので、今回改めて選ばせていただきました。
はなはなさんには大変申しわけないのですが、もう一度チャレンジするか(←わはは、ハードル上げてる)、前回のを再度お出しくださいませ。どうぞよろしくお願いいたします。

さあ、今季はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成二十二年夏)



  千姫さんの五七五 

5月に「花世の立春」を読んだばかりだから、この「水郷から来た女」を読んで親世代の青春してる頃が懐かしかったです。
(千姫さんの談)

その時は苦しさの余り、ろくな言葉も出ず、ただ、東吾が握りしめてくれた手にすがりつくような思いで眼を閉じていた。
「水郷から来た女」より
ここは競作ポイントでしょうね。あっちの管理人さんが胸を熱くしているだろうな〜って思いながら、私も頑張りました。


夏風邪や手の温もりにまた涙


お話を読みながら、「親世代の青春してる頃が懐かしい」とか「○○さんがココに感動しているだろうな〜」という気持が共有できることに、△の関係の楽しさと有難さを感じます。(こでまり)
東吾さんの看病シーンも競作ポイントでしたが、千姫さん、はい、私も詠ませてもらいました!でも同じシーンでありながら、千姫さんは手のぬくもりを、私はひんやりと、となってこういう詠み手それぞれの感性が楽しいですね!
(あっちの管理人さん)



おふじさんは母が亡くなった時にはもう19歳で、許婚は妹の方が好きだと修行の旅に出てしまうなど、人には打ち明けられないつらい日々の葛藤があったのだろうと思います。器量よしと言われて育った自分にも、わずかな希望を持って意地を通したのでしょうか。
それよりも、皆の後の事を考えて、覚悟の上でのかけおちだったように思います、相手は誰でも良かったのだと。


幾たびの藤に佇む日も病みて





「俺は、どなたかさんのほうが、ずっと若くて、きれいだと思ってるよ」
「嘘……」
「嘘なもんか、なんなら源さんにきいてみろ」
源三郎が大きなくしゃみをした。
「水郷から来た女」より
気をきかせた?そんな事より、誰の風邪がうつったんだ〜(笑) 好いた嫁さんを貰って、Jr.も立派に活躍している事を教えてやりたいなぁ…源さん頑張れ!!(調べるとくさめは冬の季語らしい…)


くさめして濡れてひとりの巻羽織


冷静に拝見するととても寂しげなお句なのに、絶対に源さんが笑っている気がして、こちらまで笑ってしまいそうです。
(こでまり)



  麦わらぼうしさんの五七五 

初期の名作、詠みたい場面はたくさんあったのですが、るいさんたちレギュラーメンバーは、まったく詠めなくて、結局、鹿島の人たちゲストメンバーに関する句ばかりになってしまいました。
予想通り、私はまったく詠めなかった情念系の力作がオンパレードですね!名作だけにお句は力作ばかり、オマケも豪華、盛りだくさんの内容ですね。こでまりさま、UPお疲れ様でした!
(麦わらぼうしさんの談)

草深い田舎でくすぶっているのは残念だと、なにかにつけて、江戸へ出る機会をねらっていたようなところがあったからで、おふじを連れて江戸へ出たとすれば、まず、身すぎ世すぎのためにも、適当な町道場あたりへ師範代としてころがり込んでいそうな気がしたからだという。
「水郷から来た女」より
尾形彦三郎という男、最初から、幼い子供を平気で殺すよう悪人だったのかなと思いまして。ちょっとしたチンピラ程度だったのでは。おふじと過ごすうちに、本当に愛しているのは俺ではない感じ取り、彼なりに心が傷ついたのでは。そうしてだんだんと残忍な人間になっていったのではないかと思いました。


偽りの心で育つへびいちご





一つには、おふじとの縁談を拒むためと、今一つには、おひろ以上の剣士になるため、故郷を発って、修業の旅に出たという。
「そのことを、おふじどのは知っていたのですか」
東吾の問いに、源太郎はうなずいた。
「水郷から来た女」より
源太郎、おふじ、おひろ…それぞれお互いを思いやったあげくの行動なのに、その結果悲劇が生まれてしまった…犠牲になった人たちの死を無駄にしないためにも、おひろと源太郎には幸せになってほしいです。


すれ違う想いの先に蟻地獄


源太郎さんの本心を知っていたのなら、おふじさんは本当に辛かったでしょうね。私としては、それなら何故父親が、さっさと新しく良い人を見つけてお嫁に出してあげなかったのかと思ってしまいます。
(こでまり)



おふじは本当は江戸へは出てきたくなかったのではないかと思います。せめて魂だけでも故郷の鹿島へ帰り安らかに眠ってほしいという願いをこめて。(しかしおふじは、はたしてお藤なのか?もしかしてお富士だったりして…だとしたらこの句は成り立たないのですが…)


藤の花水の郷にて咲き誇れ


私も「おふじ」は「お藤」のような気がします。
(こでまり)



  浅黄裏さんの五七五 

これも“余計者がひとりいる構図”のお話だなと思いました。「酉の市の殺人」でのお紀乃さんと同じくおふじが余計者で、結局その余計者は殺人によって取り除かれるお話です。残った者たちはそれぞれ良い位置につき、幸せになれるのでしょう。ジグソーパズルでピースがひとつ多かったような感じです。
拙説および句に感想をたくさんいただいて、ありがとうございました。菖蒲・あやめの水郷から始まって、藤の花、紫の友禅とむらさき尽くしですね。これもはなはなさんが書いていらしゃる「このお話のイメージはむらさき」って、ピッタリです。
(浅黄裏さんの談)

「ジグソーパズルの余りピース」も「鋭いっ」と思いました。平岩さんは、かわせみシリーズでも、他の作品でも、脇役にこのような「余りピース女」がちらっと出てくることが多く、作者的にはわりと厳しい眼を向けている感じですが、考えてみれば、おるいさん自身、父は失脚し、思う人は身分違い、八丁堀の中では「余りピース」になりかけていたわけで、でもそこで流されていくのではなく、新しい道を求めて自立し幸せをつかんだわけですよね。「師走の客」なんかも余りピースの成功物語といえますよね。「余りピース女奮励努力バージョン」と「余りピース女流されバージョン」他にも探してみようかな〜
(たまこさん)
「あまりものピース」悲しい言葉ですけど確かに「師走の客」は成功物語ですねたまこさまのおっしゃる通り「藍染川」の新之助などもやはりそうでしょうか
(ぐりさん)
浅黄裏さまの「あまりピースの女」「東吾踏み台説」「笑める男」…発想の鋭さ・目の付け所のユニークさにびっくりしたり感動したり。たまこさまがきっと「あまりピースの女」をコレクションしてくださると思います(わはは)。
(はなはなさん)
「余りピースの女」の探索は、たまこさんにお任せします。
今季のお話を読んでいて、どこかでもこんな「この人だけ居場所がなくて、この人以外は全てはピッタリとはまる」という余り感(?)を感じたのです。すぐに思いついたのが「酉の市の女」でした。でもおるいさんとの共通点には気づいていませんでした。ましてや同じ余りピースでも「奮闘努力バージョン」と「流されバージョン」に分かれることなど思いつきもせず、でした。
余りピースにしてしまったのは、本人の気持ちもあるけれど父親も足らなかったと思います。おひろさんの成長過程に偏りがあったようにおふじさんの居場所をなくしてしまったのは父親であったかもと思うのです。兵法者として良くても娘の父としてどうだったのでしょうか。年長者ならではの知恵を活かせなかったものかと思ってしまいます。
(浅黄裏さん)
浅黄裏さまが書いておられたとおり、私も小田のお父さんに問題ありだと思って「おふじ」を書いたのでした。父親は家のこと・娘のことを考えたつもりでも、実は本人には伝わらなかったのではないか、または的確ではなかったのではないか…あの時代なら当たり前の思考だったかもしれませんが。
(はなはなさん)



四日前から風邪をこじらせて、高い熱が出た。
夏の風邪はたちが悪いというが、るいのもそうで、全身がけだるく、咳が出て、一夜ひどく苦しんだものだ。
「水郷から来た女」より
まだ熱の高いるいさんの額から頬をなでている指もあごあたりで止まっていそうだなと思って。


蚊帳青し這う指とどむ熱の息





ようやく安心できる状態になったるいさんについている東吾さんです。
勝手ながら私は、かわせみには三人の笑める男がいると思っています。通之進兄上なら「端座して笑める男」ですが、東吾さんなら手枕で寝転がりながら嬉しそうにるいさんの顔を見ていそうな気がするので「寄り伏しの笑める男」。もうひとりの笑める男が宗太郎さんですが、病人の床のすぐ横にはいないで部屋の端っこで病状を何かに書きとめていそうなので「顔をあげ笑める男」です(笑)。


寄り伏しの笑める男に風青し


おもしろいですね〜「笑める男考」!三人の特徴をよく掴んでいますね。さしずめ源さんなら「背中で笑める」とか?
それから最初のコメントにあった「酉の市の殺人」との比較も、目からウロコでした。ジグソーパズルの余計なピースというのが悲しいです。
(こでまり)
「笑める男」は、くっきりと書き分けられた平岩先生ならではの男性観を象徴しているようで瞠目しました♪うーん、浅黄裏さま&宗匠の分析によれば、本当の良い男は源さんなんだろうなぁ。
(はなはなさん)



お吉も嘉助もついていることだし、なにも心配はないからと、いくらるいがいっても、東吾は三日間、「かわせみ」に泊って看病をし、四日目の午に、雨の中を八丁堀へ帰って行った。
翌日は、早々とるいの好物の葛菓子を買ってやって来て、夜まで枕許にいて、とりとめもなく世間話をして、るいを退屈させない。
「水郷から来た女」より
床上げしてからのるいさんを見舞う東吾さん。
東吾さんの魅力のひとつにこの“頼まれてもいないのにひょいと思いついて何かを買ってくる”というのがあると思います。甘いもの系からお節句の飾り物まで。これが周りのひとに歓迎されているわけですね。


葛菓子を揺らしつ下げつ通う道





方斎を奥へ残して、東吾は道場へ出た。
驚いたのは、そこに女がすわっていたからである。
もっとも、女と気がつくまでに、多少の時間があった。
「水郷から来た女」より
少年のようななりをして江戸の道場に都に込んできたひろさんです。


木刀を携え来たり青嵐





かすかに頬を染めてかの人をみつめるひろさんは、もう“少年”ではないでしょうね。桜の実が熟するには、何段階かが必要で、その最初のステップが東吾さんの前に着飾ってみせたときだったのではないかと思います。この時の東吾さんは完全に踏み台ですね。そして本命の人と向き合って、だんだんと熟していくのだろうと思います。


かんばせに想い映れり桜の実


わはは〜「東吾さんは踏み台」は、確かにそう。そしておひろさんを「桜の実」にたとえたこのお句は、とても初々しくて爽やかですね。一つ前の「木刀を……」とのコントラストもいいです。とっくに熟れていていいはずのおひろさんなのに、そんな遠回りもいつか笑って話せるようになるかな。
(こでまり)
(東吾さまは踏み台」思わず笑えました
(ぐりさん)
「踏み台男」は納得ですよね。大人の女への通過点にはきっと東吾のような男が必要なんでしょうね。
(はなはなさん)
東吾さんを踏み台としたのは、別にバカにしたわけではありません。剣術ひとすじで他に目を向けることのなかったおひろさんが一気に成熟していくのにちょうど居合わせたのが東吾さんだったと思うのです。普通ならいくつもの季節のなかで身近な男性に無自覚のまま心が動いたりするものでしょうが、おひろさんにはそれもなかったわけですし。
立ち会って剣を合わせた仲ですから普通に知り合うよりもずっと早くに進んだという感じです。はなはなさん曰くの「大人の女への通過点」ですね。まぁ、一気に本命の源太郎さんへ向かって行って、本当に通過点になってしまったわけです。
(浅黄裏さん)
浅黄裏さん 東吾さんをばかにしたなんて思っていませんよ おひろさんにとって東吾さんは 自分を破った強い相手尊敬もあこがれもあったでしょうから カルチャーショックを受けた相手に恋心というのはよくありますものね 諸説興味深く拝見させていただきました
(ぐりさん)
「踏み台」は、そこはかとなくユーモアも感じて「東吾さんらしい」と思いました。いつもの好き心を発揮しながらも、けっきょくるいさんの存在があって一歩踏み込めないし、おひろは皆様の分析通り一挙に大人の女になって行きましたし。浅黄裏さまらしい面白い視点だった思います。
(はなはなさん)



  はなはなさんの五七五 

「水郷から来た女」は好きなお話のひとつです。おひろの、恋にも晩生な一途な少女っぽさと男装のりりしさ(今年の大河のお佐那さんを演じた貫地谷しほりさんが似合いそう)も素敵。またおふじの複雑な心理を想像して切なくなったり、でもなによりもおるいさんと東吾さんの恋模様のあでやかさ・濃厚さが お気に入りなんですよね♪(情念系宣言!!) このお話のイメージは「むらさき」。淡い藤色から濃くつやつやとした江戸紫まで、何とか言葉で描いてみたいと思いましたが…できたのかな(汗) あっ、それから宗匠にいただいた「ハードル上げて再チャレンジ」の課題にも取り組んで、あれこれがんばってみましたが…どんなもんでしょうか〜(汗汗)
それにしても匂うようにみずみずしい御作の数々で、梅雨空が真っ青に洗われたような、そんな気がしました。情念系もいっぱいあって「お仲間お仲間〜」と嬉しかったです。
(はなはなさんの談)

「尾形何某という男を探し出す手助けをしてやると約束したそうではありませんか」
東吾は照れた。
「話の行きがかり上、そうなったまでだ。源さん、なんとか力を貸してくれないか」
「手前のほうは、それどころではありません。猫の手も借りたいくらいのものでして……」
「水郷から来た女」より
めずらしいおるいさんの病臥シーンは以前に詠んだのでパスして(あの「葛菓子」は自分でも気に入ってます) 東吾さんの頼みをめずらしくも拒否する源さん、いいですねぇ(ま、当然です)。結局は、おひろに結びつくあたりはお話だから仕方ない(笑)。可愛らしい女に安請合いした東吾さんを責めているようなのは、おるいさんへの気遣いなのかしら。不粋なようでいて、よくわかっている(らしい)源さんのお仕事シーンを詠んでみました。


梅雨晴れ間糸口求め巻羽織


源さんのこういう姿を詠まれるのって、はなはなさんにしては新しい切り口のような気がします。新鮮〜。
(こでまり)



作法通り挨拶をして、二人が道場の中央に立つ。方斎の眼が鋭くなった。
女は、女にしては背の高いほうである。それが、腰を落して正眼に木刀をかまえたまま、ぴたっと静止してしまった。まるで動かない。
「水郷から来た女」より
おひろのきりっとした中性的な美しさが好きです(倒錯的ともいえますな) 以前もあやめに例えましたが、もう少し詠んでみたくて再トライしました。自覚していない女らしさを剣に隠しているような、おひろです。


あやめ咲く切先に似し葉のかげに





実はおふじが気になっています。おひろにはおふじの思いが伝わらなかったようですが、女として、姉として、また兵法家・小田元治の娘として、おふじの気持ちは 複雑だったのではないかと思います。 と言うことで、はなはなさんから
おまけが届きました。
久々です〜こちらからどうぞ ⇒ 


紫陽花は移りし色に想い秘め





風邪が治ってから一度も行っていないのは、病後のるいの体を思いやってのことであった。
久しく、るいの女躰に触れていないせいか、藤の花の甘い香の中にいるだけで、東吾はなやましい気分になってくる。
「水郷から来た女」より
藤棚の下でおるいさんを想う東吾さんは、情念系にはまるで「猫にまたたび」ですわ〜。
初期のかわせみには、少々なまなましい愛欲をさらりと表現する箇所があってどきどきしますね(笑) 真野るいさんと小野寺東吾さんは、歯切れのいい江戸の武家を表現しながら、色っぽい恋模様もこなす絶妙の色気がありました。前回ははいくりんぐも初期の頃、遠慮がちに情念系していたのが懐かしいです(笑) もう一回トライ♪ 「ふち」は「渕」と「藤(ふぢ)」を掛けてみました。


ふぢかをる手巻く黒髪肌の絖(ぬめ)



くるまれておぼれゆくふち濃むらさき



あ〜、「猫にまたたび」だったわね!最近、初期のような色っぽい場面がなくて寂しいですが、かといって千春ちゃんなんかがそうなったら、別の意味でドギドキしてしまいそう。
同じお題を選んだので心配していたのですが、杞憂だったようです。ありがとうございました。
(こでまり)



最後の源さんのくしゃみは今回もしかして競合シーンのひとつかな(笑) 拗ねるおるいさんも、ムキになる東吾さんも可愛らしいです。これが初期かわせみの醍醐味ですよね(笑) ソフト情念系で締めますね♪


雨音も夢紡ぐ夜はやはらかに





  ぐりさんの五七五 

実は昨夜拝見したのですがコメントがかけずもう一度見てきました初期の名作皆様の句も 数々の名言も
同じ読みところでも読まれる方によって微妙に雰囲気が違っていて楽しく読ませていただきました情念系もありました
(ぐりさんの談)

先日のブラたまこから一句
水郷をゆく花嫁さん情緒ありますね 心に残る結婚式になるのではないでしょうか


菖蒲や 花嫁舟に 手を振って


あれは江戸の頃から続く光景なのでしょうか、とても素敵でしたね。たまこさんのように通りかかったら、きっと知らないお嫁さんでも、手を振って幸せを願うと思います。
(こでまり)



薄紫の大きな花房がいくつも垂れて、あるかなしかの風にかすかに揺れている。
藤の花から東吾はるいを連想していた。
「水郷から来た女」より
白藤にも芙蓉にも似ている人
芙蓉というのは楊貴妃の例えだとか
小柄なというだけで容姿については書かれていないのですよね でもるいさんがそこにいるだけで周りが華やぐような人なんでしょうね といってもきらびやかにというのではなく楚々として華やぐ


藤の香に かの人うかび なやましく





「小母ちゃんのおててに、お花が咲いてたの、赤いお花が……」
「腕に赤い花……」
蒼白になっていた嘉助の顔に、血の色が浮かんだ。
「ひょっとすると花札のお滝じゃ……」
「水郷から来た女」より
子供の目は見つめていますね
おんなこのだから花は目についてのでしょうね


ぼうたんの 赤眼にとまり 糸口に


女の白い腕に彫られた牡丹の花の赤。そこに目が行ったという、いかにも女の子の視線らしさを感じさせる設定ですね。
(こでまり)



二人の熱い様子をどんな気持ちで聞いていたのかな〜源さん
初期のころはやきもちもこんがりで懐かしい


梅雨寒に かわせみの居間 熱いよう





着ているものも、るいの着物を借りたのか、紫に桐の花を染めた友禅に繻子の帯で、これが、木刀を掴んで道場の中央に立っていた女剣士と同一人物とは、どうにも信じ難い。
化粧した顔は浅黒いが、目鼻立ちは、はっきりとしていて、花のような愛らしさである。
「水郷から来た女」より
美人か?と聞く東吾さん
やっぱりそこなんですね
るいさんがやきもち焼くわけです
源さんの返事もふるっていますね


友禅の 単衣に映る 美人顔


ぐりさんのお句にあった友禅ですが、この友禅で詠んでみたかったのですが、だめでした。この友禅、るいさんらしくやはり紫のものでしたね。友禅って、わりと派手で若々しいものが多いと思っていたのですが、紫に桐の花ならきっとシックなものだったろうと思います。
(浅黄裏さん)
友禅のシーンは面白かったのですが詠めませんでした。友禅の着物に託して微妙な東吾への心理を読みたかったのですが。むらさきの友禅…きっとおるいさんは若いときからシックだったんでしょうねえ。
(はなはなさん)



  たまこさんの五七五 

「水郷」ってロマンティックな響きがありますよね。世界的には、はなはなさんもご推薦のヴェネツィアが水郷のトップでしょうか。ヴェネツィアと並んでは、潮来もちょっと気が引けるかもしれないけど、水郷といえば欠かせない、船を操りながら響かせる歌声…潮来にもちゃんとありますから!「潮来花嫁さん」「潮来の伊太郎」が常時流れてます(笑) 4分の3茨城県人としては、頑張らなければならなかった今回のお題でしたが、やはりいつものように駆け込みやっつけになってしまいました(泣)
宗匠UPお疲れ様でした!サッカーも選挙も終わって絶妙のタイミング(笑)まずはUP有難うございました!
皆さまの「情念句」改めて拝読しています。なんか高校生の時数学で、一次方程式までは何とかついていったのが二次方程式くらいから落ちこぼれ、微分積分とかで完全に置いていかれた時の気分を思い出しています(笑)
でもお題がUPになると、つい、前々の「はいくりんぐ」も遡って読んでしまいますね!「捩花」って宗匠前にも詠まれていたなぁとか、初期の作品は「寝技も一本も取り放題」なんて話題、あらためて楽しんでいます。
(たまこさんの談)

それでも、一緒に暮らしていない心細さが、こうした病気の時には一ぺんに出て、嬉しいにもかかわらず、すぐ泣けてしまう。
「るいは、いくつになっても泣き虫なんだな」
小火鉢の上で薬を煎じながら、東吾が笑う。
「水郷から来た女」より
るいさんがいて東吾さんがいて、おぉ〜るいさんは布団に!う〜んでもここは、情念系ではなく看病系なのだった…


夏火鉢寝て見る湯気に揺れる影


たまこさまの「看病系」もいいですね(でも、プチ情念系な感じもします(^^♪)。
(麦わらぼうしさん)
新しい「看病系」というジャンルも大ウケしてしまいました。たしかに明治編の嘉助さんやお吉さんをみていると「介護系」もこれからはありかと思います。
(浅黄裏さん)



いい枝ぶりの松だの梅だのをみて、方斎が植木屋の老爺と話し込んでいる間、東吾は藤棚の下の縁台で待っていた。
これは、見事な藤であった。
「水郷から来た女」より
藤の花です!情念の香です!なのに、あらららなぜか、東吾さんのやるせなさではなく、方斎先生の句になってしまう私って…


藤の香に一人機嫌や老の松


ええーっ、看病系?藤の香に包まれながら、なぜに方斎先生? ま、この靴の上から足をかくような、服の上から背中をかくような情念系への空振り具合は、私もいつものことですが。
(こでまり)
たまこさまと宗匠の「非情念系」やり取りはおかしかった!!藤の花で方斎先生もすごいけど…でも絶対おたま姐さんは狙って「非情念系」したと思うけど…(笑)楽しいお遊びですよね〜つくづく「はいくりんぐ」の楽しさを感じます。
(はなはなさん)
でも方斎先生も(まだ言ってる往生際が悪い)作者は「一生妻帯しなかった」とは書いていますが、上杉謙信みたいだったとは書いてませんし、案外若い時は眠狂四郎みたいだったりして〜(^O^)
(たまこさん)
姐さんの数学の例え、すっごくわかります!うひ、方斎先生が若い頃は眠狂四郎みたいとは、見る目が変わるわ〜〜。でもこのお句、今咲いている藤を楽しんでいるようでもあり、藤の下で遠い昔を懐かしんでいるようでもあり、味わい深いと思います。(←最初の感想に書けよ!)
(こでまり)
方斎先生・眠狂四郎説は面白いですね。だからこそ東吾さんを可愛がっているのだったりして(笑) 今でいうなら「枯れ専」?結構藤の花が似合うような気もしたりして。
(はなはなさん)
方斎先生についての考察が楽しいですね。 たしかに妻帯しなかったイコール…とは限らないわけですし、なるほどと思いました。しかし、そこから「枯れ専」まで行くとは!その説には東吾さん側の同意も必要なので、ど、ど、どうなんだろう〜と思わず動揺してしまいました(笑)。
(浅黄裏さん)
「枯れ専」最近は女性が素敵なオジサマに惹かれるのも「枯れ専」というのだとか。東吾さんもいつかは年齢的にそうなる可能性もあったわけだし…(かえすがえす明治編が残念です)でも方斎先生と××というのも、私は個人的には…好み…いやいや(笑)
(はなはなさん)



小田源太郎。この時点では作者はまだ、源さんに息子が出来るなんて思ってもいなくて、この名前を使っちゃったんでしょうね(^^ゞ
源太郎とおひろさんの出立シーンは、確かドラマにはあったような気がしますが、小説にはないですね。でも源太郎は、かわせみには泊まらず、おひろさんと夕飯だけ済ませて自分の宿に帰り(なんたって「源太郎」だしさ〜) 朝また迎えに来たんじゃないでしょうか。なのでこれは、二人が夕飯の後、お茶を飲みながら故郷をしのんでいる所です。健全青春系。


雨音に二人の想い花菖蒲



梅雨空の行く手明るき水の故郷(さと)


ドラマの影響かもしれませんが、私はてっきりお泊り♪だと思っていました。
「水の故郷」は「水郷」とも重なり、お句のように明るい気持ちになります。
(こでまり)



「どうも、風邪をひきました。これで失礼して、独り者は早寝をするに限ります」
笑いながら帰って行く律儀な友人を見送って、東吾はるいにささやいた。
「水郷から来た女」より
というわけで結局、今回も、かすりもせずに終わった情念系でした。


お邪魔虫くしゃみ一つを置き土産





【おたま姐さんのブラたまこ】 たまこさんから【今季のブラたまこは】が届いております。先日掲示板で紹介された「潮来」以外にも情報が満載。さあ、こちらからどうぞ〜。
おまけも豪華!たまこ姐さんの現場検証、水郷だけでなく秋葉様も登場して、姐さん西に東に足を運んで頂き、本当にありがとうございます。
(あっちの管理人さん)
ブラたまこ水郷編をしっかりと楽しみました。確かに本編に潮来の記述はないけれど、お江戸から水郷といえば、あの辺りになるのでしょうね。写真の掲載もたっぷりで、いつもながら、自分も一緒にぶらついている気分にさせてもらってます。(実際、一緒に歩いたら、あの健脚には付いてゆけないでしょう)
(すみれさん)
たまこさまいつもの健脚ぶりに頭が下がりますいつもありがとうございます
(ぐりさん)
おたま姐さんは相変わらず縦横無尽ですね〜。潮来では嫁入り舟に遭遇できて良かったですね。鹿島神宮と合わせてぜひ行きたくなりました。水の風景というのはどうしてこうも惹かれるのでしょうね。ヴェネツィアは水郷というより「島」なので…どちらかというとアムステルダムが水郷でしょうかね。
日本にも近江八幡とか柳川とか大垣とか…風情がありますよね。なぜおひろ・おふじの故郷を水郷にしたのか…追求してみたい気がします。
(はなはなさん)
なぜおひろ・おふじの故郷を水郷にしたのか?というのは面白いですね。ご実家が神官ということで、全国的に神社関連は資料もあり身近に感じていらっしゃったでしょうし、女性で剣の達人となると、普通一般の道場よりは鹿島神宮のような所で育ったというほうが自然で、江戸ともそんなに遠くないしという選択だったかもしれませんね。(ちなみに「花御堂の決闘」は下総の網元がスポンサーになった道場というのが出てきましたが、それにも「鹿島新当流の印可も受けた」とあり、関東一円では大きな存在だったようですね。) でも、せっかくタイトルに「水郷」があるのに、潮来の地名やちょっとでも描写があったら良かったのに、と思ってしまいました。この頃はまだ新人作家で、枚数的にあまり割り当てがなかったのかな?
(たまこさん)
女だてらに剣術となれば、武張った土地柄であるほうが自然ですよね。ましてや鹿島新当流の本拠で兵法家なら全く不自然さがないですものね。当時のお江戸は北辰一刀流に代表されるような道場乱立時代ですものね。当時の江戸では鹿島新当流がどれぐらいの位置づけだったのか調べてみたいですが、平岩先生の書きぶりだと「田舎剣法」と見られていたような印象です。
「水郷」があるのになかなか描写がでてこなかったのは、売出し中の平岩先生が現地に取材に出かける余裕がなかったのかな、とも推察できますね。または、描写があったかもしれないですが、たまこさまが推察されているようにページの都合や、ストーリーを際立たせるための削除だったかもしれないですよね。いずれにしても水郷出身というのは、涼やかな印象がありますね。ある種の異国情緒の演出でしょうかねぇ。
(はなはなさん)
水郷出身とした背景についても興味深いです。確かに出身地を言いきっているわりに具体的な描写はないですしね。剣術・神道つながりから地名が出てきたのかも、もそうですが、新人作家ゆえの枚数割り当てによるものでは、というのも鋭くて驚きました。ここを平岩先生が見ていてくださったらなぁと思わずにはいられません。先生の最初の創作の頃のお話をぜひ伺ってみたいです。
(浅黄裏さん)



  すみれさんの五七五 

凶悪な誘拐事件と女剣士をからませた読み応えのあるお話で、若いるいさんと若い東吾さん、二人の魅力がいっぱいですね。初期のシリーズ中、名作の一つでしょう。
力作ぞろいの皆様のお句を拝見して、まず一息、皆さんに拍手!皆様の五七五、競作ポイントはここかな?の予想はだいたい当たった感じですが、だれの視点から詠むかで、雰囲気も変わるところが、はいくりんぐの興味深さでもありますね。これから、何回も楽しみます。本当にありがとうございます。
雨の日がまだまだ続くようですから、皆様、何事もありませんように・・・
(すみれさんの談)

東吾さんは、剣の達人にして名与力の次男坊、男前、捕り物の名推理…欠点は女性に好かれやすいところ?
るいさんは、だれもが振り返るほどの美人で、気立てがよくて、所作もたおやか、でも小太刀の使い手にして、客さばきの上手な女主人…欠点(可愛いところ?)はやきもち焼きそのるいさんが、高熱で寝込んでしまって…


病み臥してなほ愛されて藤の精



剣よりも夏風邪退治のむずかしき


「藤の精」という言葉は、ハッとするようなきれいな言葉で、るいさんをとてもよく表現していますね。
るいさんのやきもちはかわいいけれど、今回はそんな気持ちなのに自分の友禅をおひろさんに着せて東吾さんに引き合わせるのが、ちょっとわからないなあと思ったりもしました。
(こでまり)



吉助という岡っ引が功をあせった為に、とんだことになったと、お吉はしたり顔でいう。
  (略)
宿帳をるいにみせるためにやって来た嘉助までが話に加わった。
もと八丁堀の鬼同心の娘とその奉公人だっただけに、こういう話になると、誰も眼つきが変ってしまう。
「水郷から来た女」より
凶悪犯の推理話で盛り上がるかわせみの人たち…るいさんが元気になった証です


捕り物で快気祝いよ夏座敷





この尾行に失敗したら、孫娘の命が消える。そう思った時、老練の小者だった嘉助の額から緊張の余り汗が流れたに違いない。
しかし、嘉助は尾行に成功した。
「水郷から来た女」より
嘉助さんが、かどわかされた孫娘を助けようと探索にのりだす心情は、察してあまりありますね。現役の時を思い出しながら、必死に尾行したかいがありました♪


孫よ孫じぃの追跡五月闇


この場面の嘉助さんの気持ち、察してあまりありますね。
(こでまり)



「おるいさま」
「おひろさん……」
男の太刀が、がんと大気を斬った。女二人が胡蝶のように左右に散る。
「水郷から来た女」より
お民さんに化けたるいさん、夜鷹に化けたおひろさん、二人の女剣士が大活躍!源さんもかすみそうでした。


夏の蝶つるぎの舞いで悪を捕り





  コシキブさんの五七五 

ご無沙汰しております。私事で毎日バタバタとしておりまして、ネットも読書もあまり時間がとれない状況なんです。今回はタオルを投げ入れてしまおうかな、、と思ったのですが、「水郷から来た女」は宗匠と同じく私も初期のお気に入り作品のひとつでNHKで新旧シリーズともドラマ化され、それぞれとても印象に残っています。
なんとか参加できたら、と久しぶりに古ーい文庫本を手にとり読み返してみました。
(コシキブさんの談)

「源さんが、お吉にきいたといって知らせてくれたんだ」
思いがけない恋人の来訪に驚いているるいへ、そういって、東吾は不器用な手つきで、手拭いをしぼり、るいの額へあててくれる。
「水郷から来た女」より
最初から二人の熱愛ぶりが凄いですね〜。東吾の誠実さがこれでもかと伝わってきます。
私も最初に読んだ時は「こんな風に愛される女性を目指そう!」と思ったものでした。が、しかし…(略)


夏風邪の手と頬に触れる君の指


あ、同じです、私も「こんな女性になりたい」と思っていました!(←すっかり過去形)
(こでまり)



別れ道へ来て、東吾はちょっと悪戯っぽい表情できいた。
「そいつは美人か」
「さあ、一度もそのようにいった者はありませんから……」
大真面目な顔で、源三郎は珍しく陽の当り出した道を日本橋のほうへ歩いて行った。
「水郷から来た女」より
偶然出会った東吾と源三郎が小田ひろの話をする場面。別れ際の二人の会話がそれぞれのキャラを良く表していていいですね。やんちゃな東吾と真面目な源三郎。でも二人は親友。いたずらっぽい東吾の質問に真面目に答えた源さんですが、歩き出してからはきっと苦笑してたのでは?と想像しました。


青年の別れ道には笑顔あり





おひろの道場破りの理由は、姉と出奔した男を捜して義兄へ詫びる、というやや回りくどいものでしたが、本当に探したかったのは義兄の源太郎だったのでしょう。剣術で男性と張り合ってきた気の強さと、思いをあからさまに出来ない事情がこのような行動に走らせたのだと思います。そんなおひろの一途さを水郷にかけて「夏河の流れ」と表現してみました。
おるいさんが焼餅をやいてましたが、おひろは東吾にも少し惹かれてたのかな?うーん、私にはそうは読み 取れませんでしたが…。


夏河の流れの下に光る石


源太郎さんが「光る石」に気づいたのと、おひろさん自身が自分の「光る石」に気づいたのは、かわせみで再会した時だったのかもしれませんね。
(こでまり)



  あっちの管理人さんの五七五 

なんだかとっても久しぶりにお題に取り組むような気がしますが、今季のお題「水郷から来た女」も初期の懐かしいお話ですね。久しぶりにこのお話のドラマ化を見てみたいなぁと。NHK初代版とテレ朝版。どちらも冒頭の熱々シーンが 素敵でしたね(笑) 梅雨の季節は気分も鬱陶しいですが、みなさんの作品を拝見したら爽やかな気持ちになれそうです。アップ楽しみに待っています。
宗匠、お忙しい中アップありがとうございます。昨日の夜、もうそろそろかなぁと覗いてみたりしていました!(笑)
やっぱり冒頭のラブラブシーンがあるし、情念系も結構ありましたねぇ♪
(あっちの管理人さんの談)

冒頭のるいさんが風邪でふせっているシーンでは東吾さんが馴れない手つきで氷り水で絞った手拭いをるいさんの額にあてる、祝言前の2人の甘やかなやりとりが印象的でした。


夢うつつ すがりつく手のひんやりと





「ええ、あれは七つか八つの頃、東吾様がるいの人形をぬかるみに落してしまった時でした」
「おぼえていないな」
「るいは、忘れたこと一つもありません」
「水郷から来た女」より
「るいは、忘れたこと一つもありません」
子供の頃から東吾さん一筋のるいさんから出たこの一言、2人の思い出をずっと大事に大事に紡いで来たのだと思います。


何ひとつ忘れず君の許へ嫁き


「何ひとつ忘れず」の御作は美しい恋の御作だなぁ、と思います。るいさんの一途さがすっきりと優しく表現されていると思いました。
(はなはなさん)



「今まで、何度も尾けることには馴れて居りましたのに、今夜ばかりは命の縮む思いがしました」
「かわせみ」へ戻って、一段落してから、嘉助が、また興奮して話した。
「水郷から来た女」より
今まで幾度となく悪党の後を追けた嘉助でも、自分の孫の命がかかっているとなると、この尾行には失敗出来ないと、さぞ緊張したことだろうと思います。


目を凝らし ひたと追けゆく 闇の道





姉の許嫁であれば自分の思いを口にすることは出来ない。そんな妹のために自分を捨ててしまった姉。誰もが心の中の思いを口にせず、すれ違ってしまった。


口にせず 雨中にかおる梔子の


先日S.ファロウの歳時記で話題になったばかりの「梔子」を入れての一句。ゲスト三人の「口にしない思い」と重なり、余韻がありますね。
(こでまり)



「あいつ、やっと気をきかすってことをおぼえたらしいぜ」
雨の音も、今夜は気にならない「かわせみ」であった。
梅雨は、まだ続くらしい。
「水郷から来た女」より
最後に情念系を一句頑張ってみました。頑張って詠むものでも ないでしょうが(笑)、はなはなさんには遠く及ばず!


五月雨も消せぬ吐息の深夜(ふかよ)かな


きゃ〜、これはこれは。はなはなさんも浅黄裏さんもニヤリとしそうな、立派な(?)情念系ですね。
(こでまり)
「五月雨」の情念系御作は私も同じところを詠ませていただいたので嬉しいです。管理人様のほうが熱〜いですよね?(笑)
(はなはなさん)



  茜雲さんの五七五 

ここ数日蒸し暑い日が続いていましたが、今日は結構涼しい一日になりました。それでもまだ少し梅雨は続きそうですね。さんざんお時間をいただいているのに、結局いつもギリギリになってしまって本当に申し訳ないです。読みどころが多すぎて全然絞れず、ボギャブラリーのあまりのなさに情けなくなりましたがこれ以上考えてもどうにもならないのでギブアップでもう送ります。情念系は私にはまだ10年早いようです。
(茜雲さんの談)

東吾は苦笑し、るいは白粥を食べながら、涙をこぼした。
他人でなくなって数年、晴れて夫婦というわけではないが、東吾の真実を疑ったことは一度もないるいであった。
「水郷から来た女」より


夏風邪に臥せて見えたる君の情


東吾さんの誠実さは、お吉さんのように語らなくとも、嘉助さんやるいさん本人にしっかりと伝わっているでしょうね。
(こでまり)





あでやかな藤に重ねてるい想う





るいが持って来た提灯が、地に落ちて燃え上っていた。
男の顔が、炎の中に浮び上る。
「尾形彦三郎……」
驚愕と共に、おひろが叫んだ。
「水郷から来た女」より


美女剣士梅雨闇とおし敵を知り





【おまけ】 記念すべき旧NHKの第1作目ですが、るいの夏風邪と東吾の看病、狸穴の道場、嘉助の娘さんと孫娘さん、るいと東吾の立ち回り、思いっきりののろけ…とそれはそれは盛りだくさんで、登場人物の紹介も兼ねられて、まさにテレビ化して下さいという作品でしたね。思わずまたドラマの方も見たくなってしまいました。


この話場面も人もゴージャスで 流石はTV化第一話


確かにその通りの一首ですね!これだけの内容が45分のドラマに納まっているなんて、本当にゴージャスです。私もドラマが見たくなりました。
(こでまり)



  紫陽花さんのオマケ 


提灯が、お民の足許だけを照らしている。
そこから、僅かにはなれた古い茶屋のかげに男と女が立っていた。
  (略)
男が顎をしゃくって、女がお民へ向って歩き出した。
女の足音をきいて、お民が顔を上げた。
「水郷から来た女」より
結局五七五は出来ませんでした。オマケだけ送ります。
それにしても「お粥くらい自分で食えー」と言いたい(ひがみ?・笑)

紫陽花さん、今季もありがとうございます。彼らも板倉屋の用心棒をしていたのですね。
この場面、以前の文庫本では「丑の刻」となっていたのに、新装版になって少し早まったようです。といっても真夜中には違いがないので、狐火の灯りは役に立っていそうです。
(こでまり)
とりあえず自分のところだけ拝見しました。あいつらが守っているのは河内屋のお民のふりをしているるいさんです。こっそりついてきたようです。悩んだのが履物で足袋は履いているんだろうか。雨の日は下駄?前回のこともあるし…とか まぁいいかと、るいさんは足袋をはかせお滝は裸足にしました。
また拝見しますね。きょうのところは自分のところ、こでまりさんのコメントだけ拝見しました。お忙しい中のアップありがとうございます。
(紫陽花さん)
紫陽花さんのトリオはやっぱり神出鬼没、あの現場にいたんですねぇ。
(あっちの管理人さん)
紫陽花さんさん(笑)のオマケ、またまた意表をついてすっかりやられました。
(たまこさん)
紫陽花さん、ごめんなさーい。それはそれは失礼しました。足袋を履いた人は女性でそうでない人は男性と思い込んでいたので(←単純)、お滝とるいさんだとは思いもよらず・・・。こういう発想の違いが、毎回の彼らの独特の雰囲気を作っているんでしょうね。「紫陽花さんさんの」となっているのと併せて早速訂正しますです。申告してくださって、ありがとうございました。
(こでまり)
トリオの足袋の違いにはもう一度見てきましたなるほどこういうところに気をつけていらっしゃるのですねそれが面白くしているんですね
(ぐりさん)
紫陽花さまのおまけも意外なシーンでびっくり。そうか、あの修羅場に居てくれたのね。足許を照らしてくれてがんばっていたのねえ。湯呑みのお茶は雨で薄まったり巻き込まれてこぼれなかったりしなかったかしら(笑)
(はなはなさん)



  こでまりの五七五 

今月は姐さんの現場検証、紫陽花さんの彼らという恒例のオマケのほか、はなはなさんからもお話のオマケを頂きました。また、「出来ない」と言いつつ何気に「情念系してる」お句もたくさんあり、本当に皆様、ありがとうございました。
やはり初期のお話は展開も面白いし、二人の関係もラブラブだし、詠んでいても楽しいですね。でも知ってる人の若い頃を見ているみたいで、ちょっとくすぐったい気分になるのは、私だけじゃないのでは。
(こでまりの談)

かつての秋葉様はかなり広かったようですが、近くで女房を待つ板倉屋の主にとって、一刻の時は途方もなく不安で長い時間だったことと思います。現場の一つとなったのは菖蒲池。きっと菖蒲の花だけが、惨劇を見ていたのでしょう。


秋葉社の静寂(しじま)の底に花菖蒲





翌日の午後に、やっと熱が下って、お吉が丹精こめて作った白粥を、これも東吾が危っかしい手つきで、るいの口へ養っているのを、お吉は涙ぐんだような眼でみていてそんなことをいう。
「水郷から来た女」より
丹念に粥を炊いてくれたお吉さんや、それを不器用な手つきで食べさせてくれる東吾さんの優しさは、白粥そのもの以上に、るいさんに力を与えてくれそうですね。


ひと口の白粥の滋味籠枕


初代版でるいさんが東吾さまにおかゆをやしなってもらうし〜んいつも思っていました おかゆを入れるさじがちょっと大きすぎて食べにくいと〜今は本当にすぷ〜んのようなさじがありますこれをあのし〜んに使ってほしいな〜とおもいます この小さいのよく売れているらしいんです
(ぐりさん)
あ〜っ、そんなシーンがありましたね。「さじ」というより「しゃもじ」という感じで、るいさんのお口のまわりにお粥がついてしまいそうでした。懐かしいです。
(こでまり)



そんな日が、又、三日続いて、るいは床上げをした。
まだ無理ではないかと、お吉が案じるのもかまわず髪をあげ、化粧をして、着るものもさっぱりと明るい色を選んだ。
「水郷から来た女」より
一週間余り寝付いたあげくの床上げ、さぞかし気分は軽かったことでしょう。久しぶりに結った髪は、少し重く感じられたかもしれません。この日は着物と同じように、髪を飾る手絡も明るく夏らしい物を選んだのでしょうね。


床上げの髪の重さや夏手絡





姉の死を、おひろは泣かずに聞いた。
しかし、投げこみ寺に捨てられていた姉の骨を拾い、「かわせみ」の世話で供養をいとなんだ時には、声が出なくなるほど泣いていた。
「水郷から来た女」より
人から聞く姉の死では泣かなかったおひろさんでしたが、墓に行きその骨を見て、突如として実感が湧いたのかもしれませんね。


五月闇姉の遺骨の小さきこと


宗匠も、麦さまも千姫さまも、おふじに心を掛けておられて私もほっとしました。宗匠の「骨」の御作は、私のように言葉を弄さずともおひろやおふじの気持ちが伝わってきて、これもたまらない思いがしました。
(はなはなさん)



この日江戸へおひろさんを探しに来た源太郎さんは、自分の気持ちを真直ぐに伝えて連れ帰る覚悟が出来ていたと思います。おひろさんがどう言おうが、全部包み込んでしまうような覚悟で。


捩花のねじれしままに手の中へ


宗匠の「捩花」は源太郎さんのおひろへの思いをつつましく、でもおおきく詠んでおられて好きです。
(はなはなさん)