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  手妻師千糸大夫
「小判商人」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
いったい今年は、何という夏だったのでしょう!
天気予報の日本地図は猛暑日を示す真っ赤に塗りつぶされ、フェーン現象も重なって、当地の気温が日本一になったこともありました。立秋をすぎても、水分補給に努めながら、熱中症に気をつけなくてはいけない日々がかなり続きましたね。

夏季の「水郷から来た女」にはたくさんのご参加をいただき、本当にありがとうございました。久々の情念系談義やら、方斎先生の貞操話やら、お句の感想の他にもいろいろな話題が尽きることなくて、とても楽しかったですね♪

さて、今季は「手妻師千糸大夫」を選びました。夏季に比べて、ぐんと近間のお話です。例によって長助さんが持って来た話に食いついたお吉さん。そのお吉さんの願いを叶えてあげたい千春ちゃんの気持ちをくんで、兄貴分の二人が動き出します。
またこれは、懐かしいあの人の再登場としても忘れられないお話ですね。

さあ、今季はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成二十二年秋)

こでまり宗匠、いつもお世話になっております。
今季のお題、粘ってはみたのですが、
今回は残念ながら欠席させていただきます(涙)
次回はなんとか参加したいと思っておりますので、
またお仲間に加えて下さい!
(コシキブさん)
小判商人、ずっと見当たらず探していたのですが
見つからず今月は提出できません。というメールを
送ろうとしていたその日に、久しぶりに使うバッグを出したら
そこに入っていました(泣) それから・・・と思ったのですが、
ただでさえ貧困なボギャブラリーなのに即興で作れる訳もなく
今月はお休みさせていたいただきます。
(茜雲さん)



  すみれさんの五七五 

子供達の活躍、千春ちゃん、秋月ことお秋さん、兄上、千糸太夫、長助とお吉、東吾さんと源三郎さん・・・どの場面に注目すれば良いのか、迷うほど内容が詰まっていて、ドラマ化されたら面白いだろうな。 詠むとなると、焦点がしぼれず、暑さぼけの頭はからっぽのまま(汗)・・
今季のお話は、句作ポイントがいっぱいあるので、皆様とどこで ご一緒できるかとか、自分に考え付かない視点からの五七五に出会える かな?の楽しみを充分に満たしてもらいました。
(すみれさんの談)

両国広小路の高座に、この夏から出ている手妻師千糸大夫の評判を「かわせみ」に持ち込んだのは、例によって深川長寿庵の主、長助であった。
「(略)滝の水のような白糸の中から、ひょい、ひょいと唐傘を取り出す。おまけに最後は本物の鯉の滝上りと来ますんで、見物は拍手喝采、そりゃもう大喜びでございます。(略)」
「手妻師千糸太夫」より
商売がら、ネタを持ち込む長助さん、噂好きのお吉さん、二人から始まる痛快なお話しでした。


口こみの糸の手妻に大騒ぎ





「(略)大事を小事にて食い止めた働きは大人にも及ばぬと申してよかろう。但し、二人の親がそれを知った時の気持はどのようなものであったと思う。親は誰しも、我が子の無事を最上と心得て居る。(略)」
「手妻師千糸太夫」より
いつにもまして、通之進兄上の、見事な裁量がこのお話を引き締めてくれますね。
チャリティ企画も、素敵でした。子供達の一生の思い出になるに違いありません。


爽やかに誉めて諭して家長なり


今回の通之進さんも、かっこ良かったですね〜。ここは競作ポイントの一つでした。
(こでまり)
颯爽とした兄上ぶり、父上ぶりが髣髴としますね。茶目っ気もあって、優しく、本当に満点のパパぶりでした。
(はなはなさん)



縞の着物に地味な帯を締め、丸髷に結った髪に陽よけの手拭をかぶっていたのを、東吾の姿を見て、その手拭をするりとはずした手つきが、風体に不似合いなほど粋であった。
「あんた、お秋じゃないのか」
東吾の言葉に、女の顔が輝いた。
「手妻師千糸太夫」より
秋月さんが、気持ちの良い再登場をしてくれました。これまでの彼女の歩み、しっかりと覚悟を決めて、辛抱強い頑張りがとっても嬉しいです。


立ち姿往時の粋よ秋の橋


ココ、詠みたいと思ったんですよ。でも粋な場面が野暮ったくしか詠めなくて諦めました。こんな風に詠みたかったという句に出会えて嬉しいです。
(こでまり)
この場面のお伊乃ちゃん目線のお話が
届いていますよ。こちらからどうぞ!
お伊乃ちゃん視線は思いもよらなかったですね〜さすがです。
(はなはなさん)
自分の拙い独り言に、素敵なお月見の レイアウトをしてもらって、お伊乃ちゃんもさぞ嬉しいことでしょう(笑) 秋月さんのこれまで・・・筆達者ならAnother storyを作れるところですが・・・ 幼い呟きに皆様から温かいお言葉をいただいて喜んでおります。
(すみれさん)
今季の「はいくりんぐ」、私も皆さんと同じく、「お伊乃ちゃん」にやられました!これを読んでから、もう一度本編の出会いのシーンを読んで、改めてすみれさんの脚色力(?)に脱帽。すみれさんも書いていらっしゃるように、6−7歳の女の子だったら、こういう時の母親の心理はカンペキ理解・共感できると思います。私も子・孫共に男女いるので、こういう事のカンの良さが全く違うっていうのはすごくわかりますね〜〜お秋さんの子が息子だったら、単に「鰻と卵焼き食った」だけの記憶だったでしょう(笑)
そして「お月さま」に語りかける、という発想が何とも秀逸ですよね。実は私もこのシーンは是非作りたかったのだけど「鰻屋のサイドメニューは卵焼き」(いちおう五七五)しか出来ずあきらめたんです(泣)
すみれさん、今後ともますますパワーアップの「独り言シリーズ」期待しています!
男の子の場合は思いつかなかったけど、男の子なら「鰻屋のサイドメニューは卵焼き」には座布団10枚をあげたいです。
(こでまり)
牡蠣殻の「サイドメニュー」を太字にするのは止めて下され〜〜 皆さんお仕事が速すぎ!
(たまこさん)
ん?姐さんが紫陽花さんみたいなことを言ってるぅ〜(←と、何となくフェードアウト)
(こでまり)
わはは、姐さんも宗匠にはかなわないですね(笑)
(はなはなさん)



芸事の道から、一般家庭へ入り、家族と暮らす幸せ、家族の幸せはなくとも、芸事を極めて、大衆から愛される幸せ、両方を合わせ持つのは今昔を問わず、至難ですよね。
千糸太夫が土産にくれた紙の蝶が印象に残って、感慨深いです。


秋の蝶夢幻の時よわが幸よ


最後の「わが幸よ」、芸に賭けた千糸太夫のせつなさが、呼びかけるような下五に詰まっていますよね。美しく幻想的な御作だなぁ、と思います。
(はなはなさん)



  たまこさんの五七五 

作中の東吾さんとお秋さんの再会も勿論ですが、5年前のやはり9月に「浮世小路の女」がお題になり、その後の「はいくりんぐ」の益々の発展を思うと感動です。
(たまこさんの談)

源太郎は「麻太郎と一緒に」といい、麻太郎は「源太郎と一緒に」(笑) 大夫一座を見に来た他の人々も、誰かに「誘われた」人ばっかりだったかも。
亭主族ばかりでなく、私たちも胸に覚えがあることです(^^ゞ


誘われた面子ばかりで幕が開く





用人が取り次いできた。
「畝源三郎父子と、東吾様がおみえになりました」
「これへ通せ」
用人と入れかわりのように、東吾が顔中を汗にして入って来た。
「手妻師千糸太夫」より
「そこで汗を流している者共、一件落着じゃ。帰ってよいぞ」
兄上のセリフ、一生に一度くらい言ってみたいですよねぇ。「天知る、地知る、 人知る」というのも・・・


「落着じゃ」汗もとどまる鶴の声


すみれ様とはまた違う角度からの御作なのですが、、 源さんや東吾さんまで恐れ入る感じが共通していますね。私が詠むと「好い殿御」にしかならないんですが、それだけじゃないのが通之進兄上の素晴らしさですものね。
(はなはなさん)



夕風はすっかり秋めいて、大川の岸辺には尾花が穂を出している。
蓮長寺は小さな寺だったが、境内は広く樹木がほどよく茂っていて池もある。子供が遊ぶには究竟で、実際、東吾が行った時も、そこここで大きな子供が小さな子供を遊ばせていた。
「手妻師千糸太夫」より
谷中は今でも江戸当時の寺町の風情が残っていて、中には保育園をやっているところもあり、物語の住職さん・玄斎師匠と子供たちの姿が重なるのを感じました。
槿は作中には出てきませんでしたが、境内や、寺と寺の間の通りに咲いている所が多かったもので。


寺町の路地の槿(むくげ)や童歌


さすがに谷中を歩かれていればこその、コメントとお句ですね。暮らしを取り巻くいろんな音が、小さくあちらこちらから聞えてくるような気がしました。
(こでまり)



「人の生き方は人それぞれでござんすし、後悔したところで、やり直しは出来ない。あたしはあたしだと覚悟は出来ていますけど、時には秋の風が身にしみる夜もあるもんですよ。それはそれで悪かありませんがねえ」
「手妻師千糸太夫」より
「秋の風が身にしみる夜」は、夫や子供に恵まれた平凡な暮らしの中にも無い訳ではないですよね。一生ずっと春の陽だまりのようにとは、どんな人もなかなか行かないもの。どちらの生き方を選ぶのが正解かでなく、どちらを選んでも、「それはそれで悪かありませんがねえ」と言える生き方が出来るかどうか、ということでしょうね。


行く道の右も左も秋の風





外は星空であった。
夜更けまで賑う広小路も、この時刻は流石に人通りが少くなっている。
両国橋の袂に、源三郎が待っていた。
「手妻師千糸太夫」より
東吾さんと源さんが、夜の川を舟で帰っていく場面は、あの「秋ですな」の 「八朔の雪」以来でしょうか?このお話では、あの時よりも、もうちょっとだけ秋が深まっている感じかな?


友と乗る夜舟に秋の風渡る


最初のコメントで、過分なお言葉をいただいて、恐縮しています。あの「浮世小路の女」からもう5年なんて、改めて驚くとともに感慨深いです。こうして以前のお題とあわせて思い出していただけること自体、とても有難くて嬉しいことです。
(こでまり)



【おたま姐さんのブラたまこ】 今季も素晴らしい現場検証が。(感謝!)
たまこさんの「ブラたまこ」ぶりも、ますます
冴えていますよ。こちらからどうぞ。
ブラたまこも両国界隈の賑わいから、お寺のゆわれ等、今回も盛り沢山で 残暑厳しい中、たまこさまのパワフルな取材ぶりにただ感謝です。
(すみれさん)
「ブラたまこ」パワフルですねぇ〜♪今回は格別に広範囲に及んでいて、いろいろな考察も変化に富んでいますよね。(江戸時代の百恵ちゃんには参りました!!)江戸から現代まで縦横無尽、本家「ブラタモリ」も顔負けですよね。(今夜のブラタモリには「軍艦操練所」がしっかり登場しましたね♪)両国も谷中も自分でずいぶん歩いたんですが、(両国駅はレトロでいい駅ですよねぇ。谷中のいせ辰も楽しかったなぁ) おたま姐さんの視点の幅広さには全然かないません。
(はなはなさん)



  麦わらぼうしさんの五七五 

ものすごくひどい事件が起こったわけでなく、さわやかな読後感のお話ですよね。いろいろ詠みたい場面はあったのですが、うまく詠めず…(毎度のことですが) 今月もよろしくお願いします。
(麦わらぼうしさんの談)

「源太郎君は手妻をみたことがあるのか」
「一度も、ない」
「わたしもだ」
そこで二人は二人にだけ通じる表情になった。
「手妻師千糸太夫」より
あ・うんの呼吸の東吾さんと源さん、その息子たちですからね♪


まなざしで通じ合えるは父譲り


この別れ際の会話、この子らもこんな年になったんだ〜と思ってしまいました。
(こでまり)
私もこういうふうに詠みたかったなぁ。源さんと東吾さんにかさなるようで、本当に微笑ましい。
(はなはなさん)



空は晴れていて、蒸し暑く、すれ違う人々は申し合せたように気息奄々としていたが、二少年はまことに元気であった。どちらもやましい顔はしていない。
「手妻師千糸太夫」より
見るもの聞くものすべて新鮮で、いろんな事を経験したい、疲れなんて知らない…私にもそんな時もあったっけ(遠い目…)青春真っ盛りの二人、いいですね!


両翼よそらの果てまで飛んでいけ





「外に出て行く姿を見送る時は、怪我もなく、つつがなく家へ戻って来るよう心中に合掌するものじゃ」この兄上の言葉に、激しくうなずきました。私も子供たちの帰りがちょっと遅いと、あれこれ悪い事をついつい考えてしまいます。無事な姿を見るまでは落ち着かないというか。刃物を持った男に立ち向かったなんて聞いて、香苗さんの心配は尋常じゃなかったろうなと思います。


一日の終わりを飾る子の笑顔


最近子どもが犠牲になる悲惨な事件がいくつも報じられたので、こういうお話はもちろん、こういうお句を拝見するとホッとします。
(こでまり)



  はなはなさんの五七五 

かねがね「手妻師千糸大夫」は深いお話だなぁ、と思っていました。未来のある少年少女達、好きなひとと添い遂げる事を選んだお秋、ある意味で時間を止めて夢を売る千糸大夫。さまざまな生き方が重なり合い、つづれ織のようです。一度は物語を去った菊花亭秋月がお秋となって子連れで再び登場し、その師匠の玄斎や、登場しなかったけれど秋月の先輩である千糸大夫が現れる、長い物語であるかわせみの歴史を垣間見ることのできる素晴らしいお話でした。玄斎の老後や、満点パパぶりを発揮する通之進兄上、噂に乗った哀れなお吉と長助、両国広小路のにぎわいなど、競作ポイントが満載なので、皆様の御作を楽しみに拝見したいです。
(はなはなさんの談)

「若先生、憶えていて下さったんですか」
「姿が変っているんで見違えたよ。菊花亭秋月のお秋だろう」
「お久しぶりでございます。こんな所で若先生にお目にかかれるなんて……」
「八丁堀を訪ねて来たのか」
「娘に、母親が子供の頃、育った場所をみせてやりたくて、ぐるりと一廻りして来たところなんです」
「手妻師千糸太夫」より
秋月ことお秋を10年ぶりの再会に見分けた東吾は、「浮世小路の女」のときよりは多少男を上げたようですね。うっかり「かわせみ」に来いといってしまうあたりはまだまだですが「行きたくない」というお秋の気持ちに納得できるようになりましたから。ま、年を取った、落ち着いた、ということでもありますね(笑)
お秋は八丁堀を巡って、幼いころの思い出や10年前のあの事件の時の東吾との関わりをたどっていたのでしょうね。鰻を食べながら東吾と話すのも10年ぶり。「秋鰻」という季語はないと思うのですが、「現在」という豊かな実りの時を育んだ10年の年月を経た二人の関係をこの言葉に託してみました。


道たどり想ひもたどり秋暑かな



十年(ととせ)経ちまた頬ばるは秋鰻


はなちゃんの、東吾さんへのあしらい具合に笑ってしまいましたが、鰻屋での会話は今のお秋さんの充実した暮らしぶりが伺えて、いい場面ですね。長いシリーズものならではの人間関係が、こんな風に時々出てくると、ファンとしてはとても嬉しいですね。
「落ち鮎」という季語があるので「落ち鰻」もないかと探してみましたが、やっぱりなかった(あはは)
(こでまり)



組屋敷が見えて来た時、麻太郎がそれまで考えて来たことを口に出した。
「わたしは今日の出来事を父上に申し上げ、お詫びをしようと思うが、源太郎君はどうする」
源太郎が眩しそうな目で友人を眺めた。
「わたしもそれしかないと思っています」
「手妻師千糸太夫」より
麻太郎と源太郎、少年時代の東吾さんと源三郎もそうだったのだろうと想像させて微笑ましいですね。騒ぎを起こしたことを(自分達の否ではないのに)ちゃんと謝ろうとする潔さも素直で気持ちが良いですね。明治編でも二人はすっかりお神酒徳利として定着しましたが、輝かしい二人の少年の前途を祝すような秋の高い空と鰯雲。たまこさまの力作「鰯雲」も思い起こしました。


少年ら駆けるあとから鰯雲





丁重に礼を述べた東吾に、にっこり笑った千糸大夫の顔は、すでに白粉を落し、素顔の老女に戻っていた。
「そうおっしゃって頂けて、嬉しゅうございます。これで冥土の土産が出来ました」
「芸人に年齢はないとつくづく思い知ったよ。それにしても、あんたはたいした人だ」
「手妻師千糸太夫」より
千糸大夫は真摯に迷いながら、「独りの人生」を選んできたのだろうと思います。恋もしたであろうし、芸を捨てようとしたこともあったのかもしれませんが、(年下の恋人とのあれこれを想像して悪酔いしそうになる東吾さんってば失礼だわ)お秋のようにはならず、人気者ではあっても老境に入った彼女の想いを想像しました。
染指草(せんしそう)は鳳仙花のことだそうです。実に触れると種がはじけることから花言葉は「私に触れないで」。言葉の音が共通するのに気付いて、ちょっと嬉しかったです。


恋もまた糧にて候(そうろう)せんし草



花野ゆく仆れて独りそれも夢


「せんし草」を見つけた時は、ワクワクしたでしょうね。こんなつながりを見つけたら、絶対に詠みたくなる!
ココは今季一番の競作ポイントで、大夫の言葉に共感も広がったようです。「仆れて」は「倒れて」なんですね。勉強になりました。
(こでまり)
芸に生きる大夫をテーマとしたはなはなさんならではの名句は、いくつも出来ると予想してましたが、「せんし草」と「千糸」に気がつくなんて、さすがすごいです!
染指草は白粉花じゃなく鳳仙花なんですね(ホウセンカの変換が出来ない…前は出来たのに(怒)
はなはなさんの、東吾さんの「悪酔い」へのお怒りも共感です(^O^) ほんと失礼ですよね〜 30歳くらいの歳の差で驚いているようじゃ東吾さんもまだまだ修業が足りませぬなぁ(笑)自分だって、香月様との歳の差は結構あったはずなのに、、 もっとも、はなはなさんが30歳年下となると、加藤清史郎クンぐらいしかいませんけど(^^ゞ
(たまこさん)
そうそう、突っ込み忘れていたけれど、はなはなさんの東吾さんへのプチ怒り、私もメッチャ受けました〜。そうよね、全く失礼よね〜。でも、はなちゃん−30才で加藤清史郎君なの?私だと三浦春馬くんとか石川遼くんあたりか?
(こでまり)
拙作「せんし草」に過分のお言葉ありがとうございます。「加藤清史郎」くん…うーん、可愛いけど、もう少し育ってからがいいかも(笑)せめて「麻太郎」にして(爆)
(はなはなさん)
「仆れて」はじめての言葉でした。調べました。「至芸」も調べちゃった。あと「片敷く」と「結葉」。皆さん難しい言葉を使いこなしているのでついていくのが大変です。
(紫陽花さん)



  紫陽花さんの五七五 

麻太郎と源太郎は行動も発言も出来すぎだと思う。それに両国の盛り場で人気があるというのもある意味出来すぎだと思う。
(紫陽花さんの談)

二匹の蝶はやがて四匹になり、八匹になり、高座は無数の蝶の乱舞に変った。
麻太郎も源太郎も、幼い子供に戻ったように、無心に蝶の行方を目で追っている。
それは、後方にいる大人達も同様であった。
「手妻師千糸太夫」より
締め切りぎりぎりになってしまいました。俳句がないぶんオマケが大きくなってしまいました(笑)

大きなオマケをありがとうございます!彼らも来ていたのか〜、さすがに狐火は遠慮したみたいですね。
この頃の麻ちゃん、源ちゃんはいくつくらいなんでしょうね。しっかりとした応対をするかと思えば、母を思って涙を流す……、何だかそのアンバランスさが思春期の表れなのかな。出来すぎっていえばこんな出来すぎはないんですが(わはは)、小さい頃から論語とか読んで剣の修業もして来た子は、こんな子達であってほしい〜みたいな気持が、出来すぎ感を減らしているのかもと思います。
(こでまり)
紫陽花さまの大きなオマケもいいですねぇ。扇、描くの面倒じゃなかったですか?あのシーンは本当に美しいと思いました。
(はなはなさん)
今年はほんとに暦と気候がずれまくりでしたけど、昨日今日の関東地方はようやく、この季節らしい秋日和となり、紫陽花さんのイラストの、秋の青空を背景にした扇と白蝶を思い浮かべながら道を歩いていました。
(たまこさん)
こでまりさんアップお疲れ様でした。狐火すっかり忘れていました。最近よく忘れます。
(紫陽花さん)



  こでまりの五七五 

またまたUPに時間がかかり、お待たせをいたしました。いつもながら、面白い話と詠めるかどうかは全く別で。でもUPの準備で読み返していたら、東吾さんとお秋、東吾さんと大夫の場面など、やっぱりいいお話だな〜と思いました。
旧暦では今日が月末ですが(ご本家でチェック済み)、千糸大夫が子どもたちのために滝の白糸を披露したのは、こんな夜だったんですね。月の終わりとあったので、当然月は見えない日。今では想像できないほどの闇の中で浮かび上がる舞台の美しさと華やかさは、子どもたちにとってどんな風に映ったことかと思いながら、この二、三日の細い細い月を見上げていました。今夜は星がたくさん見えそうです。
(こでまりの談)

どちらも少々、心が浮き立ったような感じなのは、親に内緒でささやかな冒険をするという気持の故で、目に入るものを次々と英語でいってみたり、この頃、二人の間で凝っている万葉集の歌を思い出せる限り、時には肩をぶつけ合い、笑い合いながら早足で歩いて行く。
「手妻師千糸太夫」より
俗に「箸が転げても可笑しい」と、若い女の子のことをいいますが、男の子でもそんな感じの時があるんですね。それにしても、万葉集の暗誦がマイブームとは。


秋空に響く英語と万葉歌





「さて、二人が本日、見世物小屋にて、たまたま乱入した男に立ち向い、千糸大夫とやらをはじめ、芸人共を凶刃より救いたる段、まことに見事な働きであったとか。賞めてとらす。 (略) 本日の一件につき、二人の母がどれほど心を痛めたか、夢、忘れるでないぞ」
「手妻師千糸太夫」より
この場面の通之進さんの話し振り、本当に「うまい」ですね。子ども達の意見を自由に話させて、賞めるところは賞めて、最後は母親を持ち出してくるなんてね〜。


賞めておき釘も忘れぬ名与力





楽屋見舞に提げて来た大徳利を渡すと、千糸大夫は自分で湯呑を二つ持って来た。
「こんなもので、御無礼ですが、おもたせで一杯、おつき合い下さいまし」
徳利の酒を湯呑に注ぎ、東吾が一つを手に取るのをみて、会釈をし、いい呼吸で飲み干した。
「手妻師千糸太夫」より
この日の「滝の白糸」は、大夫の善意や橋筋の者たちの心意気、通之進さんの配慮などが重なった、奇跡のような舞台でした。利害を抜きにしたこんな舞台こそ、演ずる者にとって忘れられないものでしょう。この夜東吾さんが持って来たお酒の美味しさも、忘れられないことでしょうね。


深秋の満ちたりし夜や湯呑酒


「満ちたりし夜や」になんだか嬉しくなりました。千糸太夫の生涯が満ち足りていてくれるといいなぁ、と思います。湯呑みで吸い口を切るようにすっと飲み干すかっこよさ。ああ、こういうお酒の呑み方がしたいなあ、とずっと思っていて、最近はやっとちょっとは近づけたかなぁ、と自己満足して毎夜、生中(ビール)をぐっとあおるんですけどね(汗)
(はなはなさん)



そんな大夫にさえ、「お秋のような生き方が一番と思う」と言わせるところが、平岩先生らしいと思いました。そんな自分を「悪かありませんがねえ」と少し突き放してみたくなる……いかにも秋の夜更けの感慨という感じですね。


あの道も思ふ露けし夜なれば





千糸大夫の指の先で、一匹の蝶が二つになる。一つを東吾へ差し出した。
「思い出にさし上げます。客席にお出でだった、かわいいお嬢さんにお土産……」
「手妻師千糸太夫」より
舞台の上から千春ちゃんを見極めるとは、さすがの眼力ですね。それにしても大夫の「滝の白糸」は、どんな舞台だったんでしょう。「秘曲」の「鷺の舞」とともに、見られるものなら見てみたいです。


秋の夜の至芸の名残り紙の蝶





  浅黄裏さんの五七五 

かわせみキッズたちの活躍もさることながら周りの大人たちの行動がとても気持ちの良いお話ですね。誰かのために周りが心を砕いて…という展開が、岸和田のお姫様のお話を思い出させます。また、麻太郎くんと香苗さんとのやりとりや二人を見守る通之進さんの言葉など涙が出てきそうでした。でもそのあたりは詠めず、秋月さんと千糸太夫を詠んでみました。
(浅黄裏さんの談)

「若先生、せめて一口召し上って行って下さいまし」
  (略)
「野暮なことを訊くようだが、千糸大夫というのは、いくつなんだ」
小声で聞いた。お秋が黙って東吾の掌に自分の指で還暦と書いた。
「手妻師千糸太夫」より
地の文では還暦と書いたとしか述べられていないので、本当に「還暦」と漢字で書いたのか、実際には「かんれき」だったのかは不明です。でもどうせ小声で会話していたのなら口で言ってもいいところを東吾さんの手をとって書いたのですよね。しかも画数の多い「還暦」と書いた心はなんだったのだろうかと考えました。
恋心はなくてもどこか若いころを思い出しての浮き立つ気持ちがあったのでしょうか。それとも普段娘さんに字を教えるときにはそうしていて、ついその癖が出たのでしょうか。


秋うらら手に仮名でなく書くこころ


もーっ、こういうところに目が行くなんて、浅黄裏さんしか考えられないっ!
言われてみれば不思議な行動ですね。「浮き立つ気持」までは想像できますが、「子どもにいつもしている癖」…なんていう想像が、またまた浅黄裏さんらしいわ〜。
(こでまり)
浅黄裏さまの「かんれき」分析はスゴ過ぎますよぉ。でもオチは笑っちゃう。どうして情念系で終わってくれないんですか(笑)
(はなはなさん)
浅黄裏さんの、「手のひらに書くこころ」視点、参りました。一言の場面から、これほどの心情を読み取れるって、さすが鋭いですね。
(すみれさん)
浅黄裏さんの「還暦」問題も鋭い〜
ここは私も「えっどういうふうに書いたんだろう?漢字?仮名?」と思っていた所です。(でも、ここを詠むっていう発想はなかったので…さすが浅黄裏さん!) そもそもこんな複雑な文字を手のひらに書かれてわかるもんでしょうか?私だったら還暦なのか喜寿なのか古希なのか、それとも不惑なのか迷っちゃう(笑) ひらがなだとしたって、当時の仮名は同じ音にいくつもある変体仮名ですしねぇ。
>どうして情念系で終わってくれないんですか(笑) と、はなはなさんがおっしゃるのはもっともでございますが(^^ゞ 子供に教える時・・・っていうのは私も目からウロコでした。お秋さん自身も、芸人時代は仮名くらいしか読めず、漢字は大店のおかみになって修業したものかもしれませんね。紙も墨も無駄にしたくないと、何度も自分の掌に書いて覚えたのでしょうか。難しい文字も書けるようになった、ということを東吾さんだけにはこっそり伝えたかったのかなぁ?
(たまこさん)
浅黄裏さんの「還暦」!これが俳句になるなんて!疑問に思うこともなく読み飛ばしていました。「言葉にしてはいけない言葉」だから書いたのかと思っていました。でもそれが漢字か仮名かなんて考えなかったし確かに画数が多くて手のひらに書かれてもわからない。 なんでもいいから「東吾さんの手のひらに書きたかった」そういった発想はわたしにはまったく出来ません。“書くこころ”かぁ〜すごいなぁ ……一度投稿したあとふと気になったんですが、これが東吾さんじゃなく源さんだったら手のひらに書いたんだろうか…源さんの手のひらにだったら「60」と数字を書くかも(笑)……
(紫陽花さん)
「還暦」話題、ありがとうございます。 たまこさんの御指摘があったように変体仮名だったらどの仮名をつかったのか組み合わせを考えてみたくなりました。 紫陽花さんからの「もし源さんに対してだったら」ですが、たぶん手はとらなかっただろうと思います(きっぱり!笑)。 声に出しては言いにくそうなお秋さんを察してさっと書きつけるものと筆を出しただろうと思います。 そうして、女性に手をとってもらうチャンスを逃すのが源さんなのでは?という感じです。
(浅黄裏さん)
>察してさっと書きつけるものと筆を出し
>そうして、女性に手をとってもらうチャンスを逃すのが源さんなのでは まさに言い得て妙だと思います。 七重さん祝言の夜、大雪の身投げ未遂に遭遇しても、源さんだったら、琴江さんを送り届けた次の瞬間に回れ右してお千絵さんの待つ自宅に戻りますよね(笑)
(たまこさん)



「勝手をいってすみません」
あやまりながら、お秋は嬉しそうであった。
「若先生とは鰻屋に御縁があるんですね」
最初に、お秋の頼みをきいてやったのが、横山町の鰻屋だったと東吾も思い出していた。
「手妻師千糸太夫」より
秋月さんの江戸での思い出は東吾さんとのやりとりに凝縮されていたのかもしれません。嫌なことも多かっただろうに、それは秋月さんには幸せなことですね。
江戸を離れてからのつらいことも江戸での楽しかったことを鰻の味とともに思いだして耐えられたのかもしれません。


取り出して数う鰻や墓参り





こちらは千糸太夫さんです。
若い夫(?)は、例えば「付き合いだから」と外出し、遅く帰ることがあるかもしれません。千糸太夫さんは、夫がいずれは出たまま戻らなくなることもちゃんとわかっているような気がします。いろんなことを全て飲み込んで芸に昇華させているような気がします。


送り出し衣片敷く秋夜長


「片敷く」の意味、今回初めて知りました。片敷いているのが若い女だと、「秋夜長」よりは「短夜」と怨念めいてきますが、大夫の場合には違ってきますね。コメントにお書きのような潔さもあって、「秋夜長」によく合っていると思いました。
(こでまり)



  あっちの管理人さんの五七五 

酷暑もようやくおさまり (もっとも昨日今日はまた夏日ですが)朝晩の風はやっと爽やかになって きました。今季もきっとまた盛況ですね!アップ楽しみにお待ちしています。
拝見しました!宗匠アップありがとうございました&お疲れ様でした。今回も盛況でしたねぇ。すみれさんの「お伊乃ちゃんの独り言」も紫陽花さんのオマケもたまこ姐さんの「ブラたまこ」もどれもすっかりお馴染みで、はいくりんぐに無くてはならない豪華なオマケ!(笑)堪能させて頂きました。
(あっちの管理人さんの談)

大川沿いの道を今日、習った日常会話の復習をしながら戻って来て豊海橋のところまで来ると、千春が「かわせみ」の脇の空き地のところに立ってこっちを眺めていた。麻太郎と源太郎の姿をみると大急ぎで走って来た。
「千春、何かあったのか」
「手妻師千糸太夫」より
この話の頃は千春ちゃんは8、9歳でしょうか。物心ついた時からいつも傍にいてくれて何くれとなく世話を焼いてくれる大好きな兄様。今回もまずは兄様に相談と帰りを待っていました。


兄めがけ駆けよる妹背菊花ゆれ


いい年をしてなんですが、何かあると麻ちゃんや源ちゃんみたいな頼れる存在がいる千春ちゃんが、羨ましいです♪
(こでまり)



「うちの母上は、麻太郎君と一緒だといえば、どこへ行くとはおっしゃらないから……」
「わかった。わたしもそうする」
  (略)
翌日、午食をすませると二人の少年は何食わぬ顔で各々の屋敷を出て、日本橋川の岸辺で落ち合った。
肩を並べて大川沿いを両国橋へ向う。
「手妻師千糸太夫」より
千春ちゃんから相談を受けた麻太郎と源太郎、この2人を見る度に東吾さんと源さんに重なります。2人の友情は子供達に引き継がれ、そのまま変わることなく麻太郎と源太郎に繋がっていますね。今の2人の活躍を見るにつけ幼なじみっていいなぁと思います。


道急ぐ幼なじみの秋日和





「すんなり行ったわけじゃありませんでしたけど二年目に姑さんが舅さんを取りなしてくれて祝言をあげ、翌年、この子が生まれました。あとは信じられないほど順調で……」
さりげなく話しているお秋の目のすみに涙がたまっているのを見て、東吾はお秋の苦労が想像出来た。
「手妻師千糸太夫」より
今回は懐かしい菊花亭秋月さんが再登場!東吾さんのみならず長助親分、源さんまでも惹きつけた「いい女」のお秋さんは素晴らしいご亭主と可愛いお子さんに恵まれて幸せな生活を送っていましたね。何事も死に物狂いでやり遂げるお秋さんだからこそ今の幸せをつかむことが出来たのでしょう。穏やかな中年の姿に今の幸せが感じられます。


懐かしき女の来し方照紅葉


再会したお秋さんの幸せな姿が、「照紅葉」によく表れていますね。華やかな芸の世界を捨てて、堅実に日々を過してきたのでしょうね。
話は変りますが、先日「小野寺東吾さん」と偶然出会われたそうですね。管理人さんの日頃からの「かわせみ」に対する心根が招いた出会いのような気がしてなりません。小野寺さんの前の管理人さんも、きっと「照紅葉」だったんだろうな〜。
(こでまり)
宗匠UPお疲れ様です〜〜 あっちの管理人さんの嬉しい「東吾さま遭遇」も、もうちゃんとコメントに入っていてビックリです。
(たまこさん)
お句に添えられた宗匠のコメントに、リアルタイムのアップ作業を見て「宗匠、仕事はやっ!」
(あっちの管理人さん)
お秋さんにぴったりの華やかな御作ですね。幸せの形は違うけれど、お秋も自分なりの幸せを見つけることができて本当に良かったと実感させてもらえる御作です。
(はなはなさん)



千糸大夫の見事な芸を子供も大人も堪能し、誰もが愉しいひとときを過ごしたことでしょう。東吾さんが大夫からお土産に貰った紙の蝶、猪牙で待つ源さんに白くぼんやり浮かんで見えたかなぁ。


深更の秋の夜長に白き蝶





  ぐりさんの五七五 

今月のお話は懐かしい人が出てくる大好きなお話です、幸せに暮らしていてそれもうれしいですね
今回はキッズの活躍もうれしい 頼もしくなりましたね
(ぐりさんの談)

最後に千糸大夫が滝の中から取り出したのは二匹の蝶であった。
白い紙の蝶は、どういうからくりがあるのか、白扇の動きと共に高座を舞い飛び、千糸大夫の体もまるで蝶の化身のように軽やかに踊っている。
「手妻師千糸太夫」より
魔法のような千糸太夫の扇
どうなっているのかな〜不思議でしょうがないです
お土産にもらった千春ちゃんも喜ぶ顔を想像してしまいます


扇振り 白蝶踊る 手妻かな





「実をいうと、万石屋の大番頭さんは、あたしの師匠の乾坤坊玄斎を贔屓にしていて下さって、その筋から道がついたんですけどね。玄斎師匠からいわれたんです。人間死ぬ気になれば辛抱出来ないことはない、江戸でお前を助けて下すった若先生や麻生宗太郎先生、お役人の畝源三郎旦那のお顔を潰さないよう、しっかりやれと……」
「手妻師千糸太夫」より
人の縁はいなものお秋さんから玄斎師匠そして旦那様も師匠に関わり合いがあり 千糸太夫にも〜そして東吾さんへ


結葉も 人の縁の 糸結ぶ





「おいしい。こんなおいしいお酒は何年ぶりでございますかねえ」
二杯目は東吾に注いでもらって、今度はゆっくり味わうように飲んでいる。
「お秋ちゃんから随分、若先生のことは聞かされていたんですが、あたしはなんでも話半分にしか聞かないから……でも、お目にかかってお秋ちゃんはよい御方に廻り合ったものだと羨ましゅうございました」
「手妻師千糸太夫」より
千糸太夫と東吾さんの語らい 太夫は舞台で咲く花なので夕顔にたとえてみました


夕顔の 君くみかわす 酒2杯


UPの準備中に、女優の池内淳子さんの訃報を知りました。大夫よりもずっと年上の池内さんですが、華のある舞台、芸に生きる姿勢など、大夫と重なるような気がしました。
(こでまり)
そういえば宗匠がコメントされていた池内淳子さんの連想もあっと思いました。確かに千糸大夫のイメージ、池内さんぴったりですね。私はなぜかずっと先代の水谷八重子イメージで読んでいまして…(いくら何でも古過ぎ)
(たまこさん)



麻君と源太郎君息の合い方は〜


あんうんは 親譲りです 合歓の花





圧巻だったのは、再び千糸大夫の両手から白い糸が次々と繰り出され、高座の天井から滝のような白糸が落下し、その中から生きた鯉がとび跳ねながら滝を上って行くもので、
「これよりは滝の白糸、出世の滝上りにござりまする。御意にかないますれば、これにてお暇申し上げます」
「手妻師千糸太夫」より
生きた鯉の滝登り縁起がいいというのもうれしいですね


息をのみ 見つめる中で 鯉登る


唐傘とか紙の白い蝶とか、物ならまだわかる気がしますが、生きた鯉が滝を登るなんて、どんな芸なんでしょうね。あまり丹念に書かれているので、平岩先生の想像の芸というより、実際に見られたのではないかと思ったりしました。
(こでまり)



  千姫さんの五七五 

好きな物語で、詠みたい事もいっぱいあるのにまったく詠めない。思い入れが強すぎて、なかなか五七五にまとまらない。スランプなのかなぁ、だけど参加はしたいとひねり出しました(^_^;)
(千姫さんの談)

浄瑠璃寄せ場や子供芝居などが続くむこうに寄席の小屋があって、数多くの幟の中に「滝の白糸、出世の滝上り」「手妻師千糸大夫 江戸御目見得」などの文字をみつけた時、源太郎と麻太郎は片手をぶつけ合って大喜びした。
「手妻師千糸太夫」より
お題が出て読んだ時にハイタッチを見つけた時、これを必ず詠もうと決めていました!!


天高し我を忘れてハイタッチ


お千ちゃん、「ひねり出して」くれてありがとう♪
私も「もう少し詠みたい所があるはずだ」と何度も頭の中が行ったり来たりしました。
でも「ココ」と思う場面に出会った時は、スッと句になるものですね。きっとこのお句もスッと出てきたことと思います。
(こでまり)