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  柿の木の下
「犬張子の謎」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
いよいよ春到来。
昨年来ご案内の通り、「季刊はいくりんぐ」もスタートです。
最初はペースをつかみにくいかもしれませんが、これまで同様、どうぞよろしくお願いいたします。

さて、この春は「柿の木の下」を選びました。

本当はこんな世の中ですから、パーッと明るく楽しいお話でも良かったのですが、ご常連の皆さんがご贔屓の「彼」も出てきますし、こちらを選んでみました。
「柿」の文字だけ見ると秋のお話みたいですが、一本の柿の木をめぐって、春の訪れとともに物語は展開していきます。
誰が誰を、またはどこに、心を寄せながら詠むのかも楽しみなところですね。

さあ、今季はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成二十一年春)



  麦わらぼうしさんの五七五 

こんにちは、今季の五七五おくります。
考える期間はタップリあるから〜と思っていたら、あっという間に3月…どうにかこうにか出来ましたが、時間があるからいい句が出来る訳でないという事を実感いたしました… とにかく新生はいくりんぐ第一回に参加出来てホッとしています。
本当に力作ばかりですね。詠みたいけど詠めなかったところ、気づかなかったポイント(お光さんの動機は深く考えませんでした、浅黄裏さまの妄想を読んで、うん、そうかも!と思いました)みなさまのコメント、どれも味わい深くて、また一つ一つじっくり拝見してこようと思います。
(麦わらぼうしさんの談)




そんな方角に末社があったのかと、のぞいてみる気になって玉垣に沿って歩いて行った。
近づいて、東吾は女の後姿があまりにも真剣に祈っているのに気がついた。
「柿の木の下」より
お光自身は手を下したわけでないけど、強い想いが悲鳴という形になって勘左を殺した…そんな事を考えていたら、「刀も銃も核兵器も、それ自体はただのモノ。それが使う人の意思次第で、大変な被害をもたらす兵器になる」と、ちょっと話がそれますが、考えてしまいました。


想いこそ何にも勝る兵器なり


「季刊はいくりんぐ」の一句目は、麦わらぼうしさんらしい、正義感に溢れるお句からスタートです。ありがとうございます。
人の想いについては、本当におっしゃるとおりですね。ユネスコ憲章の「戦争は人の心の中で生まれるものであるから、人の心の中に平和のとりでを築かなければならない」という有名な前文を思い出しましたが、想いをどこに向け、どこに届けようとするかは大切なことですね。
(こでまり)



「小文吾は、お光が好きだったようですよ」
但し、と小さく、つけ加えた。
「お光は、小文吾の気持を知りません。小文吾も、それでよいと申しています」
「柿の木の下」より
旅立つお光への、小文吾の気持ちです。


最高のはなむけそれは“告げぬこと”





源さんが登場するシーンはありませんでしたが、直接かかわらなかったにしろ、事の顛末は耳にしたはずです。そして、素人の娘が私怨を果たすような悲しい出来事が二度と起こらぬように、弱い者が泣きをみるような事がないように、いっそうお役目に励む事を、柿の木の下で誓ったのではないかと思いまして。


木の下で誓い新たな巻羽織


源さんならそうしただろうと、他にも思われたご常連がいたみたいですよ。
(こでまり)



  千姫さんの五七五 

「季刊はいくりんぐ」になっても、投稿がぎりぎりになるのは同じでしたワと、いい訳から始めるなんて…今年も前途多難ですぅ。
今季のお題が発表された時「柿の木の下」は以前にもうお題になっていたはずでは?、と思ったほど記憶に残っているので調べたら、ご本家の「気になる人物アンケート」で、私がお光を選んでいたのでした。物語の記憶が強く残っています。あれからもう八年なんですね。
(千姫さんの談)

おもむろに、体の安定を保ちながら上段に足を絡めて体を宙に浮すと、足をはなして片手立ちになった。その瞬間である。
絹を裂くような女の悲鳴が上った。
「柿の木の下」より
時間があった分、数はたくさん出来たけれど(駄作サクサク〜♪)、また時間があった分、殆どがボツになってしまいました。(残ったから納得作という訳ではないのが情けない) 四句とも小さい「っ」に悩み、振り回されたので、コメントも句の背景ではない…ものになってしまいました。


ただ一声(いっせい)仇討つ願い成した初春


「ただ一声」に、お光さんがそこに掛けた思いの強さを感じます。
(こでまり)



これだけ大きな柿の木なんだ、ちっとやそっとで折れるわけはねえ。なんなら手前がためしてみろ、手前が登らねえなら、手前の妹に登らせるぞ。
「柿の木の下」より
折れるわけがないといいながら何故、止めた勇次やお光が登る事になるのでしょう???
あほちゃいますかぁ、この勘左はん。


なんやねん自分で登って見せたれや


今もいるんでしょうね〜、こういう人。播州弁で詠まれている分、千姫さんの怒りもよく伝わってきます。
(こでまり)
千姫さんの「なんやねん」という正義の叱責には「そのとおり!!」と叫びたくなりました。
(浅黄裏さん)



お光を誰も責めていないんですよね。私も同じ立場ならお光と同じことがしたかった、と思います。(字足らずなので大きな「つ」で読んでやって下さいませ。)


天晴れと褒めてやりたや胸の内





それは、侠客の女房になって深川へとどまることが、決してお光のためにならないと承知している男の言葉でもあった。
「柿の木の下」より
「黙り見送る」にしようかなぁ、否、小文吾の雰囲気じゃなくなってしまいそう、なのでそのままです。


好きだから黙って見送る冴ゆる朝





  あっちの管理人さんの五七五 

こんにちは。季刊になって初めての「春のお題」、題名からしてすっかり秋のお話を思っていましたが、春だったんですね。話自体はよく覚えていたのですが、季節はすっかり飛んでました(笑)
2月の初めはまだ冬の盛りの頃でしたがこのところすっかり陽も延びて、吹く風にもなんとなく春の気配がするような。桜の開花予想では今年は少し早いとか。伊勢に向って旅立ったお光さんの穏やかで明るい未来が見えるようで、久しぶりの発句を楽しみました。
久々のUP、待ってました!宗匠どうもお疲れ様でした&ありがとうございました。
宗匠もお書きのように、時間に余裕があった(と言いつつ締切りが近くなって慌てて提出したのですが…)せいか、ほんとにいいお句が揃いましたね!競作ポイントもしっかりチェック出来たし、姐さんの「源太郎日記」と「現場検証」、紫陽花絵師の期待を裏切らない二人とオマケも超豪華!春一番の「はいくりんぐ」し〜っかり楽しませて頂きました!
(あっちの管理人さんの談)




「花坊も来たのか」
東吾が近づくと、花世はすばやく文吾兵衛の腕から東吾の背中にとび移った。
「柿の木の下」より
節分の初乗りから物語はスタート。今でも続く木場の筏乗りは実際は見たことがありませんが、軽やかな身のこなしで水に浮かぶ木材を乗りこなす様はただただビックリです!
髭もじゃもじゃに抱かれた花世ちゃん、東吾さんにささっと乗り移る様子は木場の川並も顔負けですね(笑)


誰に似た女川並 花笑顔





そして惨劇が…直接手を下さずとも、緊張した場面ではほんとにちょっとしたことでその緊張を崩すことが出来るんですね。怖いです。


水面裂く絹の一声 筏(ばつ)揺らす


事故(事件)の起きた一瞬が甦るようなお句ですね。一声のあとに続くいろんな音まで聞えてくるような気がします。
(こでまり)



菓子といっても、それは丹波栗を渋皮ごと柔らかく煮ふくめたもので、麻生家が贔屓にしている日本橋の料理屋の特製であった。
  (略)
「世の中には、こんな旨いものがあったとは知りませんでした」
と相好を崩したのをみて、七重はついでがあると、取りよせて文吾兵衛に渡してやるらしい。
「柿の木の下」より
花世ちゃんとの縁で麻生家に出入りするようになった永代の元締一家。髭もじゃもじゃの大男が甘い物が好物とはなんだか可愛いですね〜!


強面も甘露に崩す春日和





「よし、俺も品川まで見送りに行ってやろう」
「行って下さるのは、けっこうですが、小文吾のお株を取らないで下さい」
「なんだと……」
宗太郎が、この男らしく奥行きのある微笑を浮べた。
「柿の木の下」より
小文吾と東吾さん+引き込まれた宗太郎先生の連携プレーで無事お光さんを助け、しかも新たな旅立ちまで世話しちゃうってやっぱり「かわせみ」ファミリーの世話好き、優しさには感服します。
兄の敵を討ったとはいえ、若い娘が負った心の傷はあまりにも深く、あのままではきっとその重荷に耐えられなかったでしょうから、その前に無我夢中になれることに導いて自分自身に立ち向かう勇気を与えた宗太郎先生は今でいう心療内科の先生のようですね。
伊勢に向うお光さん、辛い旅立ちだけど道はきっと明るいと思います。


春光に導かれ行く伊勢路かな


東吾さんや宗太郎さんたちのチームプレーを「春光」と詠まれたのは、とてもピッタリだと思いました。お光さんはどこまで気づいているかわかりませんが、暖かな光につつまれたような旅立ちだったと思います。
(こでまり)



見送る小文吾の気持ちを考えると…やっぱりいい男は心まで良いんですね!


口にせず見送るだけの桜東風





  茜雲さんの五七五 

こんにちは。昨日は好天に恵まれたのに、今日はしとしと雨が降り続いています。こうめまぐるしくお天気が変わると中々身体がついて行きません。時間をとって頂いたのでいつもよりは少し早く提出できます。
詠みどころはすぐ決めたのですが、中々うまく出来ず今月もまた悪戦苦闘でした。
(茜雲さんの談)

最後まで妹を守ってくれた優しい兄がいつもお光には見えていたのかなって思います。
本音をいうと、思いとどまってくれていたらと思うのですが。


冬枯れの柿の木に棲む兄に問い


なるほど、確かにお光さんは兄さんのつもりで、何もかも語りかけていたんでしょうね。
(こでまり)



祖父の源右衛門が祖父馬鹿で、わざわざ花世のために、小さな木剣を注文し、祖父と孫娘が、威勢よく、小半刻もえいえいと叫んでいるのだと、七重は眉をしかめてみせる。
「柿の木の下」より
麻生源右衛門さん、一番好きなキャラです。
なんとしても詠まないと(笑)


祖父(じじ)と児の掛け声響く春の朝


源右衛門さんは自分の娘たちが小さい頃は忙しくて、こういう時間を持ったことがなかったんでしょうね。今になってその時の分まで、いやそれ以上に楽しんでいるみたいですね。
(こでまり)



「そこでお光なのですが、慶光院様にお願いして、伊勢へのお供を許されたそうですよ」
最初のうちは普通の下女奉公だが、やがては当人の意思が変らないならば、出家して尼になり、慶光院様に仕え、修行をすることになるだろうという。
「柿の木の下」より
春夕焼けが競作スポットかなと思いながらうまく詠めずです。


供をして行く伊勢の旅遍路道





  たまこさんの五七五 

季刊はいくりんぐの第一回、だいぶ先だと思っていたら、あっと言う間に締切が近づき…
このお話、宗太郎さんが心配したように、首くくりの枝に切り込みを入れる加減がとても難しいと思うのですが、東吾さんはどうしてあんなに自信満々だったのかなぁと考えていたら、久々に「源太郎日記」の妄想が入ってしまいました。
最初、源太郎とお千代ちゃんの二人で考えていたんですが、待てよと思って見てみると、お千代ちゃんはこの時、まだ生まれてなかったんですよね。うわぁ〜昔だ〜〜 麻太郎くんも江戸にはいなかったし… 源太郎もまだ日記を書ける年齢じゃないと思うんですが、そのあたり目をつぶっていただいて(汗)
ほんと久々の「UPしました」「拝見しました」嬉しいですね〜〜〜 そして、宗匠の言われるとおり、なんだかぐんとレベルアップした諸作品の中にあって、自作の雑さが目立つ(ううっ) 今回も、本筋のお話が全然詠めてないし… それだけに、「あぁこう詠みたかったんだ」というものが次々と出て来て、引き込まれました。
「出て来ない源さん」に関しては、案外多くの方が気づいて、巻羽織句や源さん句を寄せられるんじゃないかという期待はバッチリ当たりました!(嬉)
(たまこさんの談)




初乗りが始まるのは午すぎからで、これはあまり早い時刻だと、筏の上に霜が下りていたり、氷が張ったりしていると、すべって危険だからということらしい。
  (略)
永代橋を渡って深川へ入ると、長助が番屋の脇で待っている。
「いい具合に風がありませんで……」
「柿の木の下」より
先日新聞に、都立高校入試問題が出ていたんですが、一番上のページが国語の読解問題で、「永代橋」という文字が目に入り、「おっ」と思って見てみたら、橋本紡という作家の「永代橋」という小説からの出題でした。読んだことないんですが、かなり新しい作家のようですね。それにしても、試験問題になると、せっかくの作品の魅力が損なわれてしまうような感じがしてつまらない…論文調のものなら別なんだけど。
「橋」と「霜」それに足跡とくればもちろん、平岩先生が書かれた蜀山人伝「橋の上の霜」からの連想なんですが。


霜解や足跡重なる橋の上



風凪ぎて子ら駆けてゆく鬼やらい


橋の上は普通の道より冷え込んでいますから、霜もくっきりついていたのでしょう。そこに早起きの職人さんたちの足跡がついている……この時季の朝らしい風景ですね。
教科書やテストに出た小説は勉強に結びついてしまって、確かに楽しむものからは遠のいてしまいますね。
(こでまり)



「あいつ、変なことを心配したんだ。俺が細工をした枝が、お光が紐をかけたとたんに折れたら、どうなるかなんぞといいやがって。細工はりゅうりゅう仕上げをごろうじろ、さ」
「柿の木の下」より
もちろん、すみれさんの以前の御作「神かくし理系の俺にゃ通じねぇ」からの連想です。どうも今回は、パクリばっかりになってしまった(>_<)


細工なら理系の俺にまかせとけ


源太郎さんの日記…理系の東吾さんらしく、子供を使って予習していたなんて♪ たまこさま、続いて下さってありがとうございます。
(すみれさん)



   【 源太郎の日記より 】
立春の日の午後、父上が急に町廻りの途中で屋敷に寄り、
「東吾さんが、お前たちに手伝ってほしいことがあるそうだ。急いで富岡八幡宮まで行くように。長寿庵の長吉もいるから。」
とだけ言い残すと、また出かけてしまった。
訳のわからぬまま、八幡宮へ行ってみると、神林先生と長吉が大きな柿の木の下にいて、先生は、海軍操練所で使っておられるらしい定規やいろいろの道具を使って、しきりに木の枝を調べておられた。
「おお源太郎、急に呼び出してすまないな。この柿の木だが、あの枝に手ぬぐいが二本結びつけてあるだろう。あれをつかんで、ぶら下がってくれないか。枝が折れるかもしれないが、その時は支えてやるから、心配しないで思い切りぶら下がってみてくれ。」
長吉と私は、言われるままに、一人ずつ、時には二人いっしょに、手ぬぐいをつかんで、まっすぐにぶら下がったり、ぶらんこのように揺らしてみたりと、何度もぶら下がったり飛び降りたりを繰り返し、そのたびに先生は、枝の根本に少しずつ刀で切りこみを入れて、ぶら下がった時に枝が折れると、折れた所を仔細に調べ、矢立と紙を出して何か書きこんだり計算のようなことをしておられた。

何本も試してみた後、ようやく先生は、
「うん、よし、これで大丈夫だろう。これで終いだ。長吉もご苦労だったな。今日はちょっと忙しいが、二、三日したら、褒美にどこか連れて行ってやるぞ。それからな、この事は、お前たちの家の人や、本所の麻生先生は知っているからよいが、他の所では、しゃべっては駄目だぞ。」
と言うと、落ちた枝を片付け始めた。

長吉が上を指さして聞いた。
「先生、あそこの大きな枝はまだやっていませんが、あれは……」
「むふふ、枝が全部なくなってしまっても困るんでな。もうそろそろ日も暮れかけてきたから、気をつけて帰るのだぞ。」
そこに長吉のお祖父さんの長助が来て、八丁堀の家まで送ってくれた。

なぜ柿の木の枝なのかよくわからないが、あれもきっと、海の向こうから賊が襲ってきたり、御公儀に刃向かう者が出てきたりした時、それを防ぐ、重要な技術に関係している事なのであろうと思う。
そのような大事なことのお手伝いが出来て良い日だった。

【たまこさんの現場検証】 東吾さんの言う「細工はりゅうりゅう」とは、こういうことだったのか……。と、久々の「源太郎の日記」をお楽しみいただいたところで、続けてこちらもいかがですか〜。
今月の現場検証は
こちらから♪

深川の検証は、なんと5回目になるそうですが、今回も木場の今昔から美味しいものまで、興味がつきない話題がイッパイ。いつも本当に、ありがとうございます。
たまこさんの現場検証、今回も冴えていますね。深川あたりって、もう結構知っている気になっていたのですが、まだまだ広さも奥行きもあるところなんだなぁと思いました。
それにしても拝見して最初に思ったのは「これって、お茶漬けのもとの???」でした…。浮世絵を見て、そういう感想がまっさきに思い浮かぶ私めを笑ってやってください。でもきっと若い方はご存じないですよね。
源太郎くんは、先生の行動の意図を考えて律儀にも自分で結論を出しているのが、「らしくって」笑えます。
(浅黄裏さん)
浅黄裏さんの←妄想もおもしろいですね。お茶漬けの素?そうかもしれないですね♪
現場検証は今月も見所、味どころをきっちりと押さえてあって充実していて、毎回、脱帽物です。先日、本屋さんで、「江戸切り絵図」(みたいな題名)の古今のお江戸を写真と絵図で紹介する本をぱらぱらと見ました。姐さんの検証シリ−ズの方が、もっと詳しいぞ…と、つっこみを呟いて帰ってきましたよ♪
(すみれさん)
「お茶漬け」の名画カード、皆さんご存じだったようですね(^O^) 私もなんか微妙なデジャヴ感があったと思ったら、画像のサイズがちょうど、このくらいだったですよね〜
実は現場検証を始めた頃は、まだ広重の「名所江戸百景」を見ていなかったのですが、その後図書館で見て「なんと、かわせみ現場のあれもこれもある!」 「浮世絵の画集なんて高いんだろうな〜」とビビっていたのですが、なんとAmazonのユーズドで、\500と\750で、2冊組になっている「名所江戸百景」(集英社愛蔵普及版シリーズ)をGETできたんです。他に「名所江戸百景を歩く」というサイトは、広重の描いた江戸百景すべてと、現在のその場所の写真とを、並べて対比出来るようになっていて、すご〜く面白いサイトです。
静岡の広重美術館にも一度、東海道五十三次を見に行きたいなぁと思ってるのですが…
(たまこさん)



いつもながら、ラストシーンの季節感と風景の美しさが余韻を残していますね。


御仏(みほとけ)の慈悲の光りか茜空





  すみれさんの五七五 

ご無沙汰しております。最近はかわせみ△も、読み逃げばかりで失礼しております。締め切り間近くなって、やっと頭を解凍してみました(苦笑) 相変わらず、参加するのが精一杯のテイタラクですが、図太さだけは一人前以上(トホホ) よろしくお願いします。
節分の豆まきで風邪の鬼は外!を念じたのですが、居心地が良いのか、風邪の鬼さんに居座られてぐずぐずと過ごしております。歳だなぁ、グスン(涙)
皆様、お久しぶりです。そして、宗匠、ありがとうございます。今季のお話、皆様のお作を拝見しながら、自分も参加できて良かったなぁ…(しみじみ) 感慨深いです。
競作ポイントの小文吾さんの心情、それぞれ趣きがあって、はいくりんぐの良さを味わいました。
(すみれさんの談)




太くて重い材木が、川並鳶の足さばきで、くるりくるりと回転する。
それが手はじめで、乱れ返し、水車、八艘とび、三段がまえなど、数人ずつ、入り乱れての競演になる。
見物人の間から盛んな拍手や歓声が湧いて、掘割の中は熱気が渦を巻いた。
「柿の木の下」より
冒頭は、これぞ、お江戸!の情景で、句作ポイント一杯と、意気込んでみたものの、頭が冬眠したままで(苦笑)難儀しました。(自分に喝!)
水上の角材を足で器用に操る技は、さぞかし見ごたえのあるものでしょう。当地でも加賀鳶の梯子乗りの技が、毎年の祭りで披露されているので、緊迫感は実感しています。地上でも大変な技なのに、揺れる筏の上でのはしご乗りは、余りにも危険でしたね。


春隣弾む水面や鳶のわざ



いさみ肌春呼ぶ鳶の宙に立つ


ここは今回のお話の中で一番華やかな場面ですが、どちらも、その雰囲気を生き生きと伝えてくれるお句ですね〜。「加賀鳶」の名は隣県の私もよく知っていますが、やはり鳶の技が受け継がれている地にお住まいだからこそのお句と感じました。
(こでまり)



お光は兄の仇を遂げたけれど、心は救われませんでした。それを見事なチームワークで救ってくれたかわせみ男衆、東吾さん、宗太郎さん、長助さん、小文吾さん、それに源さんも…お話に直に出番はないけれど、きっと後方支援をしている筈ですよね


あだ討ちの副作用に効く五人衆





西の空が鮮やかな朱色に染まっている。
伊勢へ向って旅立つ女に、このきれいな夕焼はなによりのはなむけのような気がして、東吾はるいに声をかけた。
「柿の木の下」より
このお話のスピンオフでもある「鰯雲」(たまこ姐さん著作)を再読して、改めて、ご本家にひけをとらない名作であることを実感しました。「鰯雲」に最敬礼です。


行く末は柿の木ぞ知る春の雲





  こでまりの五七五 

「季刊はいくりんぐ」のスタートに、このようにご参加くださってありがとうございました。今季もいろんな視点からのお句やオマケをお送りいただいて、編集していてもとても楽しかったです。それと時間にゆとりが出来て良かったのは、私だけではなかったようですね。皆さんのお句も、本当に良い感じ〜♪
最初にこのお話を選んだ時に、「で、お光さんがもう一回出てきたのは明治編のどのお話だったっけ」と真面目に考えていたのですが、はなはなさんが思い出させてくれました。そうでしたぁぁ、たまこさん作の「鰯雲」だったんですね。私も改めて読み直してみたのですが、本当に面白かったです。またご常連のどなたかに、創作の神様よ、おりて来て〜。
ところで、お光があんなことをする引き金になったのは、いったい何だったのでしょう。恨んでいたとしても、人ひとりを殺める決心をするには、何か相当なきっかけがあったと思うのですが…。
(こでまりの談)

「何がきっかけで」は、本当にそうですよね。遠因は同居していた祖母の死でしょうが、もっと大きな直接的な何かがなければ、今、このときにこんなことをするわけがわかりませんものね。
私の妄想としては、いやいや担ぎ出されることになった川並衆の会話をどこかで聞いたんじゃないかと思うのです。「絶対に無理だ、こっちの身もあぶねぇ」「だが断れるものじゃねぇ」とか。
そのとき無理やり木に登らされることになった兄の姿を重ね合わせてしまったのではないかと。
(浅黄裏さん)
お光の「犯罪」は、現代でいうと、いわゆる「未必の故意」にあたるものだと思うんですが、きっかけというのは、私も、浅黄裏さんが書かれているような感じで「今がチャンス!」ということじゃないかと思います。でも、もし叫び声をあげても、相手がそれに動じずに角乗りをやりおおせたら、お光さんはどうするつもりだったのでしょうかねぇ。今度は別の復讐手段を考えるつもりだったのか、天に見放されたと思って、兄や祖母の後を追うつもりだったのか… 小文吾のほうは、お光が深川にいる限り、昔のことがトラウマになると考え、新しい土地で新しい人生を始めてほしいと思っていたのでしょうが、この似合いの二人が別れ別れになったままなのは惜しく、明治の世の中になって環境のほうが変われば、二人が結ばれてもOKなのではないかと思ったのが、妄想(鰯雲)の始まりでした(^^ゞ
(たまこさん)



岸辺には細い股引に半天という威勢のいい恰好の川並鳶の面々が勢揃いし、神官が幣を持って、彼らの頭上を祓った。
「柿の木の下」より
「川並は江戸でしか使わない」なんて、美味しい情報〜♪これは詠まずにはいられない!(もちろん出来は二の次)
行事やお祭を大切にした江戸の人たち。この日身につけた半纏は、やっぱり誂えおろしのものではなかったでしょうか。そんな男たちが並んだ掘端は、いやでも盛り上ったでしょうね。


半纏の川並揃ひ春の木場





川並鳶たちは返事も出来ないでいた。大梯子を支え、自分の体を筏の上で安定させるためには、下手に首を動かすことすら危険であった。
勘左が大梯子にとりつくと、見物人の中からざわめきが消えた。みんな、声を消し、木場は水を打ったように、しんとなった。
「柿の木の下」より
演じる者も見る者も、みんなが一つになって何かに向かっていく緊張感、読んでいるだけでも引き込まれますね。


春の掘声なき熱気漲りて





「おけいこをしますから、むこうへいっていてください」
という。
  (略)
ちょうど患者はみな帰ったあとらしく、宗太郎は薬研を碾いている。
「柿の木の下」より
患者が帰ってほっとする時間、暖かな日なら障子を開けていたかもしれませんね。薬研(やげん)をひきながら母屋から聞えてくる琴に、我知らず調子を合わせることもあったと思うのですが、そこは花世ちゃんのお琴。時々ガクッとずれたと思います!


春の午後薬研の音と琴の音





お光を救うためといいつつ、その一連のことにワクワクしながら関わるかわせみファミリーを、最初は詠もうと思っていたのです。でも、何度も読んでいるうちに、ふとお光を救ったのは「柿の木の精」ではないかと思ったのです。兄が亡くなったことも、お光が真剣に祈っていたことも、その後の苦悩も、そしてそれを見守っていた小文吾のことも、全て知っていたのは柿の木です。東吾さんたちを引き込んでお光に救いの手を差しのべたのは、実は柿の木霊(こだま)であった……そんな気がしました。


浅き春柿の木霊のひと仕事


宗匠の句の中に「木霊」が入っているのは、さすが内田康夫ファン?
(たまこさん)
むふふ、その通りでございますぅ〜。
(こでまり)



ここは大競作ポイントでしたね。今月は季語に悩んだ月になり、最後も実は「二月尽イブ?」と思いながらなのですが……。
それはさておき(←おくんかい!)、この場面の小文吾は、競作とわかりつつやっぱり詠んでみたかったです。


男伊達黙って送る二月尽





  紫陽花さんの五七五 

締め切りぎりぎり滑り込みといった感じですがよろしくお願いします。
(紫陽花さんの談)

外はまあまあの節分日和で、霜どけの道では、子供が鬼の面をかぶって追いかけっこをしている。
「柿の木の下」より


おさな児のいさましき声「鬼は外!」


最近大阪の「探偵ナイトスクープ」という番組で「ゾンビに立ち向かう3兄弟」というのを見ました。突然やって来たゾンビ(に扮した人)と3人が戦うのですが、中でも2番目の長男くんが必死に立ち向かっていく姿が可笑しくも愛しく、ちょうどお句と重なってしまいました。誰か見た人いない?
↓は想像もしていなかった姿です。
(こでまり)



オマケ 
常連のみなさんはこいつらのこの姿を想像しているかもしれない。
裏をかいてと思ったけど他は全然思いつかなかった…。

紫陽花さんの彼らは、柿の木に登ろうとしているのでは…という読みは完全にはずれた。やっぱり私、着想が平凡だわ〜
(たまこさん)
紫陽花さんちの彼、よーく見てみるとちゃんと角を出しているんですね。こまかいーっと感心しました。
(浅黄裏さん)



「おい、明日は上天気になりそうだぞ」
手文庫を開けて、お光へ持たせる餞別を包んでいたるいがいそいそと立って来た。
大川に射す西陽は、もう春のものである。
「柿の木の下」より
“枝”ではなく“柿の木”にしようと思ったんですが、“柿”とはいると秋の俳句っぽい感じもするので“枝”にしたけど旅立ちを枝に見送られるっていうのも変だなぁと思っています。まぁいいかもう締切日だしといったところです。
「あと2日で弥生」ということは旅立ちの日は2月26日か…芽がでるにはちょっと早いなぁと思ったんですが、旧暦だと(ご本家のカレンダーは便利です)今年で言うと3月22日にあたるので芽もでているわよねと見切り発車です。そのころまた柿の木見てみますね。
現在もちょっと黄緑の芽が確認できます。アップの頃には「新芽伸び」になっているかもしれません。


旅立ちを見送る枝に新芽出(い)


この「新芽出で」はいいですね〜。お光さんの心はそこまで晴れやかではないかもしれませんが、見送る人たちの気持を表しているように思えます。この小さな芽が、なんとか無事に育ってほしい、そんな思いが伝わってきます。
(こでまり)



  はなはなさんの五七五 

「柿の木の下」ですが、好きなお話の一つかもしれません。渋皮栗の含め煮が出てきたのもこのお話でしたね。(やはり食い気…笑) 文吾兵衛の意外な一面に触れられていたり、たっぷり描かれた節分から立春、春へと移り変わる江戸の風情もお気に入りなのですが、平岩先生の視線の暖かさとか、お話の運び方が好きなのです。それだけに苦吟してしまいました。ちょっと観念的に過ぎたような気がしますが、今はこれまで。川並鳶や、節分に駆け回る子等の明るい情景、またくっきりと描き分けられた東吾や花世、小文吾、文吾兵衛も詠もうと思いましたが、あまり上手く行かなくて、また暗いほうへ(笑)行っちゃった。成長してません(汗)
(はなはなさんの談)

「その祖母ちゃんが昨年の暮に、風邪をこじらせて、あっけなく死にました」
小文吾が、お光の姿を富岡八幡の柿の木の下でみかけるようになったのは、それからだといった。
「柿の木の下」より
じっと息を潜めるようにして、お光の中に殺意は育っていたのでしょうね。引き留めていたのは祖母の存在だったのでしょうね。身動きのできない、でも滾る思いを秘めていたはずのお光を詠みました。


凍蝶の胸は火宅をひそめけり





節分に殺人を実行してしまったお光。
鬼やらいの声も身に沁みたのではないでしょうか。


明日からは春よ豆もて鬼打てよ


節分の豆まきは夜になってからですものね。暗い家の中まで、鬼やらいの声は聞えてきたでしょう。
自分が鬼に投げつけたつもりの豆に、いつの間にか自分が打たれているような思いがして、情けなかったでしょうね。
(こでまり)



お光が小さく身慄いした。
「お役人ですか」
探るように東吾にいい、次に投げやりな口調になった。
「いいんです。もう、終ったんですから……」
「柿の木の下」より
仇討ちは成功したのに、心は空虚なままだったのでしょう。きっと、兄の勇次が死んでしまってから、お光にとって世界はひび割れたまま、何も変わりはしなかったにちがいありません。
「終ったんですから」と投げやりに放たれたお光の言葉が痛々しかったのです。


あの日から空ひび割れしまま寒明ける


お光さんは勘左を憎む気持と同じくらい、自分を助けるために兄が死んだということへの申し訳なさも、ずっと抱えていたのでしょうね。
(こでまり)



茜色に染まった西の空は、業火を消しに伊勢へ向かうお光には 何よりのはなむけかもしれません。西は彼岸の方向でもあり、あの世でもある。 お光は、兄と祖母の元へ旅立ちたかったのかもしれませんが、救いの光も見えるように思います。お光が手を伸ばして、何かに縋ろうとしているようにも思えました。


春浅く伸びゆく枝の茜の先





  浅黄裏さんの五七五 

節分のころから弥生三月のころまでのお話ですね。ぬくぬくとあったかい季節ではなく、閉じこもる季節でもなく、変ないいかたですが、この季節だからこそのお話のように感じました。
本当は、小文吾の思いなども詠んでみたかったのですが、できませんでした。かわせみに描かれる小文吾たちは、侠客ではあっても非道なことをするような人たちではありません。それゆえ、なぜ侠客(ではあっても、小文吾)の女房になることはお光のためにならないのか、なぜお光に思いを伝えられないのか、そこのところにう〜むと唸ってしまいます。表もあれば裏もあるように、見せていない部分もあるのだ、ということなのでしょうか。
たまこさんのようにお光と小文吾のその後を平岩先生が考えていてくれるといいのですが。
もう嬉しくって、だだーっと下まで読んで、それからトップにもどってゆっくり読んで、またまた最初にもどって読んだところです。またゆっくり拝見してきますね。お忙しいところのアップ作業、本当にありがとうございました。
(浅黄裏さんの談)




「どこの句かわからない句ができて」というのは、この句のことです。
格を求められる席でもなく、何日も前から着るもの、食べ物を用意してでかける催しでもなく、ご近所より少し足を延ばすだけなら、きっとやわらかい着こなしで出かけたのではないかと思いました。でも実際にるいさんがそうやって着ていたという描写はないので、いちおう妄想句ということでお願いします。


やはやはと衣紋ぬきいて春の風


パッと読んだ時には、「やわらか物の着物の衣紋を春の風が抜けていった」のかと思ったのですが、「やはやは」は着こなしのことだったのね〜。おしゃれなるいさんがどんな装いだったのか気になるのも、春らしいことですね。
(こでまり)



やりすごしておいて、東吾は女の立っていた場所まで行ってみた。やはり、なにもなかった。目の前にあるのは、大きな柿の木だが、今の季節、葉は落ちて、太い枝が天空へ向けて伸びている。
あの女は、柿の木に向って拝んでいたのかと思う。
「柿の木の下」より
枯れ木のなかにもちゃんと水がとおっているのですよね。そうして春を待って、あの艶々とした葉を茂らすようになる。
かたくなに張り詰めていたお光。枯れ木の中の春の声に気付いていたら実行にはいたらなかったのでは、と思います。たまこさんの「続編(?)」のように幸せになってほしいと思います。


聞かまほし幹のうちにも水の春


本当に柿の幹に耳をあててみたなら、何か違った声が聞えたかもしれないのに……と思います。
(こでまり)



「わくわくしたような顔で」お吉さんが聞いた首っつり。 こういう場面もかわせみならではですね。ホッとします。


春の夜やわくわく待たる首っつり





しかし、東吾もお光の決心に安心していた。
兄の敵討には違いないが、人を殺したお光の心の中には、地獄の業火が燃えている。その火を消してやるには、なによりの分別という気がする。
「柿の木の下」より
法要の際に撒かれる散華ですが、亡くなった命も散華というそうです。勇次の死も勘左の死も散華と呼んでいいのかどうか悩みましたが、ここではそういうことにしようと思います。
季語が入っていない気がするのですが、華=花ということで…。


散る華はなべて連れゆく伊勢の路





  コシキブさんの五七五 

ご無沙汰しております。ここ最近忙しくしておりまして、掲示板もたまに覗くことしか出来ない状況ですが、宗匠やたまこ様、ご本家管理人様のいつも変わらない暖かな語り口のお書き込みに心なごませております。本当に私にはありがたい場所です。
さて、年四回になってはじめてのお題でしたね。「柿の木の下」は前に読んで印象に残っていましたし、今回も早い段階で読み返しました。やはり「いじめ」のような事が発端となっているお話なだけにスッキリした読後感では無いのですが、個々の登場人物の心情が細かく描かれていて、深いお話だったんだな、と改めて思いました。
私も今気がついて見てきました!宗匠、UP作業ご苦労様でした。久しぶりのはいくりんぐ、ワクワクしながら読み始めましたが、いやあ皆様のお句もコメントもいつにも増して深い深い!これは数日がかりでゆっくりと味わっていこう、と決めました!暖かくなって気分も春めいてきて。楽しみも増えて。嬉しいな!
(コシキブさんの談)




その長助がいつも捕物の智恵を借りに来る大川端の「かわせみ」の帳場で、番頭の嘉助と女中頭のお吉に川並鳶の講釈をした。
  (略)
長助の話を、お吉が早速、晩餉の時に東吾とるいの前でお喋りした。
「柿の木の下」より
長助親分が町内の噂を持ってきて、お吉がそれを東吾とるいにお喋りする、という典型的な「かわせみに事件来る」パターンですね。
東吾もるいもどちらかというと世間の噂には関心を持たない人たちなのですが、長助(又は宗太郎)→お吉という最強ラインがあれば、かわせみの座敷にいても、たいていの事は耳に入ってくるのでしょう。ちょっと羨ましいです。


深川の親分来たり冬が去る





東吾の、花世への配慮は流石でしたね。咄嗟に目隠しをする動きは武士ならではですね。その後、子供をああいう場所へ連れていくべきではない、と語ったり、父親の宗太郎先生に花世の様子を心配してたずねたり、いかにも東吾さんらしい思慮が描かれていますね。


川風にほつれ毛揺れて春隣


これが「おくれ毛」というと色っぽい感じですが、まだまだ可愛いという方が似合う花世ちゃんですね。
東吾さんの咄嗟の動きは、やはり修羅場を何度もくぐっていればこそできるもの。でもこんな東吾さんの配慮も知らず、花世ちゃんはその後も何度も事件に巻き込まれましたね〜。
(こでまり)



ちらとみた女の顔が思いつめていた。後姿になんともいえない悲しみがある。
「すまないが、寄り道するよ」
小文吾にささやいて、東吾は富岡八幡の境内にふみ込んだ。無論、小文吾もついて来る。この前、甘酒を飲んだ茶店のところまで来てみると、女は境内の奥を歩いて、柿の木の前に立った。
「柿の木の下」より
お光にとって、川並鳶も筏乗りも苦い思いしかない、見たくないものだったでしょう。しかし木場で生計をたてて暮らしている以上その空気からどうしても逃れられない。思いつめて敵討ちを遂げたものの、孤独感と罪の意識に苛まれる…。そんな痛々しい姿を実は心から案じている人がいるとは、知るよしもなかったでしょう。
小文吾に、東吾という強力な味方が加わって、見事な連携プレーでお光の命が救われました。
寄る辺なき背にひとひら柿落ち葉





最初に読んだときは、「どうして小文吾はお光といっしょにならないのだろう」と単純に思っていました。が、侠客という身ではお光に心静かな暮らしをさせられない、という大人の配慮だったのですねー。読みが浅かった。


冬あかね遠く見送る男道


潔い気もしますが、こうなると小文吾さんはどんな人となら一緒になれるっていうんでしょうね〜。(親戚のおばさん気分)
(こでまり)



  ぐりさんの五七五 

既刊になっても相変わらずぎりぎりで滑り込みすみません 今夜は暖かい夜で暖房も付けず過ごしています 3月になるとやはりすこしづつ違ってきますね 柿の下は相変わらず鋭い東吾さんの勘で解決したお話ですね 小文吾さんの初恋(?) この後彼は結婚しなかったのでしょうか 侠客の女房に適した人は現れなかったので しょうか?気になるところです たまこさんのお話ではおみつさんと一緒にアメリカへよい展開でしたね
余談ですがおまんの方が三代将軍家光公に見染められたのはやはり挨拶に伺った時だったのでしょうね 確か大奥で見た気がしますが忘れました でもそれ以外機会はないですものね
宗匠アップありがとうございました 季刊と言ってもなんだか早かったような気がします やっぱりアップされるとうれしいですね 今回もやはり締め切りまでの期間があったせいか皆さん秀作ぞろいですね たまこさんの現場検証、源太郎君の日記、彼らも見所満載ですね また何回も楽しませていただきます
(ぐりさんの談)




ぐり様、ご存じかもしれませんが、お万の方については、吉屋信子さんの「徳川の夫人たち」という名作がありますよ〜大分昔の作品ですが。
(たまこさん)
たまこさまそうでした「徳川の婦人たち」がありました(今頃気づきましたー遅い) 教えてくださってありがとうございます
(ぐりさん)



寒い時期ですからちょっと一杯
体を温めて向かわないと


甘酒で 温め向かう 掘割へ





「まるで、女川並だな」
そんなおてんばをすると、お母様にいいつけてやるぞ、と東吾がいっても、きゃっきゃっと喜んで首っ玉にしがみついている。
「柿の木の下」より
花世ちゃんの描写のところ生き生きとしていつも楽しい気分になります大好きです
子供は身軽ですからこんなことも平気で出来るのですねでも花世ちゃんはかなり運動神経も敏感で 今でいう固太り(決して太っているとかいうことではありません)健康的ではちきれんばかりのつやつやした肌の子だという気がしますそんなイメージなんです


角乗りも 負けそうなほど はちきれて


花世ラーのぐりさんとしては、見逃せない場面ですね。「はちきれそうな固太りの子」と連想されたのは、ぐりさんのお孫さんもそうだからでは?身近にそんなお子さんがいればこそのお句だと思いました。
(こでまり)



七重が時折、珍しい食べ物などを用意して持たせてやるのだが、文吾兵衛が目を細くして喜んだのが、実は丹波栗の渋皮つきの煮ふくめだったのである。
「柿の木の下」より
栗の渋皮煮今でこそ庶民にも作れて味わえますが、作ると結構面倒です何度もゆでこぼしでもあの渋をごしごし擦るときの快感好きです あのまったりした味を味わっている姿目に浮かぶようです
秋に収穫した栗が今頃まであるというのがあの時代どうしていたのだろうと思いまし たが ふと思い出しました子供のころ家で砂に埋めて冬まで取っておいたことがありました そんな風に保存していたものでしょうか


栗煮に 相好を崩す 侠客が


深川中の人から一目おかれる文吾兵衛が、栗の煮ふくめに目がないなんて!そういうキャラクターの作り方がまた、「かわせみ」の魅力ですね。
(こでまり)



合掌するのかと思ったが、今日はただ、そこに立ちすくんでいるだけである。
「どうも、あの柿の木が気になるんだな」
「柿の木の下」より
お光さんの心の中では


寒雀 罪の深さに おののいて





東吾さん宗太郎さんの優しさで
きっと救われますね
今回は源さんの登場がないのがちょっとさみしいですね でも東吾さんと宗太郎さんの優しさに癒されました


冬木立ち 一刃入れておく 優しさや