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  残 月
新装版「かくれんぼ」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
数日後には立秋を迎えるという頃になっても、全国的に梅雨が明けきらないなんて、今年の夏はおかしな天候でしたね。
夏季の「煙草屋小町」には、たくさんのご参加をいただき、ありがとうございました。平成の世ではすっかり嫌われている煙草ですが、お話のおかげでずい分と句に詠んでもらえて、久々に光が当たったみたいですね。

さて、今季は「残月」を選びました。

お話は、源さんが洗い髪の何やらわけありな女を伴って「かわせみ」にやって来るところから始まります。
おりしも今夏、日本で初めての「裁判員裁判」が始まりました。人を裁くにあたり、どこまで当事者の真実を見極めることができるか……、「残月」を読みながら、その難しさや大切さを考えさせられました。(←ちょっと大袈裟かな)

さあ、今季はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成二十一年秋)

朝夕は涼しくなり、秋の気配を感じる頃ですね。お元気でお過ごしですか?
大変、大変に残念なのですが、今季のはいくりんぐは
欠席させていただくことにしました。次回は参加できると思います。
みなさまのお句を拝見するのを楽しみにしております。
掲示板にも出没すると思いますので宜しくお願いいたします<(_ _)>
(コシキブさん)



  こでまりの五七五 

お盆を過ぎてから急に暑くなったこの夏でしたが、それもようやくしのぎやすくなってきましたね。本を読んでもお話の中に入りやすいような気がします。このお話はおきたの「母親としての覚悟」が軸になっていますが、娘を守るために即座に罪をかむることを決め、素早く義母につなぎをつけておよねに渡す金を工面させ、捕われてからは源さんパパを悩ませるほどに口を閉ざす……、何事もなければ大店を立派に切り盛りしていた人なんでしょうね。なげやりに装っていますが、どんな状況の中でもその環境なりの幸せを見つけられる人のように思いました。
今季もご参加くださって、本当にありがとうございました。「残月」にはおきた、おうの、近江屋の隠居、事件の鍵を握るおよねなど、女性の登場人物が多いですね。今回面白かったのは、皆さんの関心がその中の1人に集中せず、お句やコメントでほとんどの人に触れられていたことです。おきたに心寄せる人もいれば、おうのを心配する人もいる、隠居を気遣う人もいれば、およねをバッサリと……などなど、今回も読みどころ満載ですね。
また先日のUPの時にも書こうと思ったのですが、「そもそもこういう事件になるべきことだったのか?」という疑問を何人かの方がお持ちだったのも、今回の特徴的なことでしたね。
(こでまりの談)

その背後に、裾を高くはしょった女が、どことなく顔をそむけるようにして軒端に立っている。
  (略)
嘉助が声をかけ、源三郎が女にいった。
「かまわぬから、入りなさい」
「残月」より
三日ばかり雨が続いていたそうですが、おきたさんを迎えに行った源さんは番傘を一本しか持っていなかったような……。


細き肩かばう番傘秋しぐれ





この時代は「時効」なんてなかったんでしょうね。先代の源さんパパが書いた憶え書きには、源さんも何度も目を通したことでしょう。


手文庫の奥底に聴く秋の声





来た時と同じように草をかき分けて表へ出た。陽が暮れかけている。
夕闇の中でみる廃屋はまるでお化け屋敷のようであった。
「残月」より
当時のままに忘れ去られたような隠居所ですが、東吾さんたちが訪れたことにより、新たな時を刻み始めたようです。


分け入りし穂草の庭や時動く





「でも、あなたは罪の償いはなすったんですから……」
いいかけたるいに、おきたがかすかに笑った。
「それは、人殺しなんぞをなすったことのないお方のお考えなんです」
一度、罪を犯した者は、生涯、その烙印を体に刻んだまま生きねばならない。
「だから、あたしは……」
「残月」より
自分はどうなっても我が子を守り抜く……。
悪気のないるいさんの「正論」に対し、
一瞬見せたその強い意志は、同じくらいに強い意志によって、再びなげやりな仮面の下に隠されました。


烙印はその身に受けて散紅葉





島に戻ったおきたさんは、先代への恩も含めて、源さんのためにせっせと黄八丈を織っているような気がします。いつか、巻羽織の下に身に着ける日が来るかもしれませんね。


夜なべして当代に織る黄八丈


期せずして、こでまりさんと同じ場面を詠むことができたのも嬉しかったです。そして、新しい人形句もこでまりさんのお句ですね。さっそく新句をかっさらって行く…じゃなかった、採用されるとは、たまこさんの素早さにも驚きです。
(浅黄裏さん)
たまこさん、今月の拙句を人形句にとってくださってありがとうございます。源さん本人も巻羽織も出てこないので想定外、でもその分嬉しいです!春霞さんのお人形のお陰だわ。また編集についても過分なお褒めの言葉をいただいて、ちょっと落着かないくらいです。(←小心者) ありがとうございました。
(こでまり)
宗匠の黄八丈の御作、ステキだなぁ、と思っていたのですが、さすが姐さんは見逃さないですねぇ。物語が生まれるってことはこういうことなのかも。宗匠お見事です。
(はなはなさん)
>源さんと源さんパパ、長助親分と源さんパパの関係を情緒豊かにさまざまに描いておられる御作♪がたくさん (byはなはなさん)
そうそう、まさにそうなんです(うはははは)それで、さっそくこでまりさんのを頂いて来てしまったという訳です。実は、UP前に仲秋の人形句として考えていたのもあったのですけど、それはまたのお楽しみということで。「巻羽織」句は多数、「羽織下」の御句もありましたが、「黄八丈」、これはどうしても使わなくっちゃね。
(たまこさん)
宗匠の「黄八丈」は、正にぴったり合ってますね。さぞ、島での暮らしの励みになる事でしょう!
(すみれさん)
宗匠の黄八丈織っているおきたさん想像してみました おめでとうございます
(ぐりさん)
こでまりさんの人形句の「当代に織る」当代?わからなくて辞書引いちゃった。自分がなんて馬鹿なんだと思いました…
その上こんなの描いて遊んでいるからなかなか書き込み出来ないんだ!と自分では思っています。
(紫陽花さん)
お、彼らは黄八丈を織っているんですね〜源さん用にはちょっと細過ぎ?(笑)小さな源太郎君用にいいかも〜♪細かいイラスト♪さすが紫陽花絵師ですね。休日のステキなプレゼント、ありがとうございました。
(はなはなさん)
紫陽花さんのイラスト!彼らはついに機織りまで…しかし湯呑みの手つきを見ていると、糸から布にしているのか、もしかして布から糸にしているのか(笑)と思えるところも面白い♪両方向切り替え動画?なんちゃって(言ってみただけ)
(たまこさん)



  すみれさんの五七五 

哀しい母娘のお話ですね。とても印象に残るお話だったので、お題になった時に、直ぐに思い出しました。お芝居にできそうな雰囲気もありませんか?特に最後の場面は余韻があってしばらく次の話へ進めませんでした。
こでまり宗匠、UP作業、いつもありがとうございます。拙いおまけにも吾亦紅で飾っていただいたお陰で、秋らしい雰囲気になりました。(嬉) お話の内容の濃さに負けないくらい、皆様のお句やコメントも深いですね。源さん、長助さんの男性陣への想い、登場したほとんどの女性への想いが詠まれているのが、心に響いてきます。皆様の五七五から秋の風情、心情が伝わってきて、嬉しくなります。何度も読み返して、味わいたいです。
(すみれさんの談)

暮しむきは質実剛健そのもので、着るものや食べるものには贅沢をする八丁堀の中で、とかく噂になるほど質素であった。その代り、自分が手札を与えている岡っ引には面倒みがよく、その家族にまで行き届いた心くばりをしていた。
「残月」より
源三郎さんにしか出来ないお役目への姿勢が丁寧に描かれていて、源さんファンにはたまらないお話かな。その一番の理解者である、東吾さんや、るいさん初め、かわせみの人達のサポートも良いですね。


身に入むや情けの十手父ゆずり





「どっちみち、腕自慢がしたいなら、少しでも、世の中の役に立つように、その代り、弱い者いじめはまかりならねえ、とおっしゃって、親父に話をつけて下さいました。昼は旦那のお供をして町廻り、夜は稼業の蕎麦屋の修業をするってえことで……」
「残月」より
長助さんの昔話なんて、初めてのことかしら?源さんの父上に捕り物を習い始めた頃には、時代を超えて長ーいお勤めになるなんて想像もしていなかったでしょうね。


夜は蕎麦昼は捕り縄温め酒


ここと、前のお句でも触れられている源さんの父上のお話は良いお話ですね。こういうつながりが、嘉助さん・お吉さんとるいさんの父上との間にもあったんでしょうね。
(こでまり)



おきたさんは、本当に強い母親ですね。娘の為に己の全てを投げ打って、人殺しの汚名をかぶり、二十年後には、再び娘を救うためとはいえ、本当の人殺しになってしまうなんて… 助けられた方の、おうのさんのこれからがとても気がかりです。


冷まじや運命に負けぬ母一人





半月後、おきたは再度、八丈島へ流刑と決った。
  (略)
「それに、お上も事情はよくわかって下さっているんだ。今度の島暮しはそう長いことじゃない。おっ母さんが帰って来たら、温かく迎えてやることだ。親孝行はそれからだって遅くはない」
「残月」より
おうのさんに、四歳のあの記憶はあったのでしょうか?これまで以上の世間の好奇の眼を受けながらの暮らしに耐えていけるでしょうか?祖母のおたつが亡くなったなら、異母弟の新吉にもっと厄介者扱いされるに違いありません。何か、救いがありますようにと祈りたい気持ちです。
おきたさんの帰りを待つことだけが生きがい…これも切ない事ですね。


月明かり封印とけて影長し


これまでは祖母と母によって守られてきた平穏でしたが、この先はおうのさんの生き方次第で、祖母も母も幸せにすることができます。まだ遠い道のりかもしれませんが、「封印とけて」にその兆しが見られる気がしました。
(こでまり)



下手なおまけが付いています。(大恥)こんなので良ければお使い下さいませ。(滝汗)
プチ妄想ですが、たまこ姐さんやはなはなさんの文才には遠く及ばないは当たり前の事!!でも、おうのさんが可哀想で…書いちゃいました(苦笑)
《御宿かわせみ 宵節句、百千鳥の琴、金波楼の姉妹》などのお話を参考にしました。
それからのおうのさんは、こうだったら良いな
(by すみれ)

と、ここまで読めばもうお気づきですね?そうです、読書の秋にふさわしいオマケが届いておりますよ。すみれさん、ありがとうございます。
では、こちらから、どうぞ!
すみれさんの「その後のお話」もこういう出会いもありだなぁと思う展開で嬉しい「その後」でした。
(あっちの管理人さん)
今回は、すみれさんの「その後物語」もあって、私も「ありがちな展開」を予想して読み進んでいったところ、思いがけなくなおかつ一番ふさわしい!と思える、そしてさらに続く「その後物語」も期待できそうなお話で、とても心があたたかくなりました。
(たまこさん)
すみれさんの「おうのさん」についてのおまけを嬉しく読ませていただきました。そうですよね、そういうふうに人との縁に救われて明るくなってほしいですよね、と一人で頷きながら読み終えました。
(浅黄裏さん)
すみれさんの「それからの〜」は、いい終わり方ですよね。私は最初に読みながら「で、誰と一緒になるのかな」と頭の中で適当な人を探しながら読んでいたので(←今書いていてもありがちな発想じゃ)、いい意味で「ヤラレた」という感じでした。
(こでまり)
>「で、誰と一緒になるのかな」と頭の中で適当な人を探しながら
私も全く同じ(汗)もちろん、そういう展開だったとしても悪くないと思うんですけど、すみれさんのお話、さすがに人生の達人ならではだなぁと膝を打ちました。
(たまこさん)
皆様、拙いプチ妄想にお付き合い頂いて、ありがとうございます。それからのおうのさん、時代の大激変を目前にして、どう生き方が変わっていくのか… どうぞ、ご自由に妄想なさって下さいませ……自分はこれが精一杯(恥) たまこさんから、「人生の達人」などど、過大なお言葉を頂いて恐縮です。
ここ何年間か、人の世話する事の喜怒哀楽を経験したことで、少しは 世話をされる人の気持ちも判ってあげられるようになった事くらい でしょうか?母に助けられるばかりの、おうのさんが可哀想に思えて、つい書いてしまいました。
(すみれさん)
すみれさんの「それからの おうの」や、たまこさんの「現場検証」を読んでいるとみんな、しっかり物語が頭に入っているんだなぁ、と感心します。
おうのちゃんがお母さんを待つ間に、おるいさんのお陰で淋しい思いをせず、心の支えと出会えたと、ほっとしました。って私の頭の中で、すみれさんのお話が平岩先生の本編と一つになって納まってしまいました\(-o-)/
(千姫さん)



  あっちの管理人さんの五七五 

今季のお題、早くに発表になっていながらやっぱりこの時期になってしまいました。9月になったところで3日が締切りと勘違いして大焦りしましたが、もう一度確かめたら20日でしたので、またそこで腰がすわってしまって(笑)やっと提出出来ます!
「残月」はやりきれない事件だったけれど、子を思う母の心情が心に残る物語で、 落ち着いた今の季節にピッタリのお話でしたね。親子の情愛、事件の謎解きと「かわせみ」らしさが充分味わえる作品でした。
今回も盛況、オマケ(もうオマケなんて言えないメインキャラ並み!)も大充実。秋のお題のせいか、やはりしっとりした作品が多かったですね。
(あっちの管理人さんの談)

大体、岡っ引というのは、自分の縄張り内の商家へ顔出しさえすれば、必ず、いくらかの金を包んでもらえるという特権があるのだが、畝家ではそれを禁じ、その代り、月々、充分な手当を身銭を切って与えていた。
そうした父親の気風は、そのまま、悴の源三郎にも受け継がれている。
「残月」より
どこまでも面倒見のいい源三郎の気質は親爺様から受け継がれた物だったのですね。下の者に手厚く接し、こつこつと事件の解決に尽力し、常に同心としての誇りを胸に江戸の町を歩き廻っていた父の心は、源吾から源三郎へ、そしてそれはまた源太郎にもしっかり受け継がれているようです。


父から子へ受け継がれたる同心志





「危く、親から勘当されそこなっていたあっしに声をかけて下さったのが、御先代の畝の旦那でございました」
  (略)
珍しく長助の昔話が出て、酒の仕度をして来たお吉までが、しんみり耳を傾けた。
「残月」より
そんな父子に忠実に仕えた長助の昔話にいつもは口うるさいお吉さんも聞き入っていましたね。


秋霖に昔話もしんみりと





「おきたの親の家は五年前の火事で焼けちまいまして……」
長助が情けなさそうに告げた。
「深川佐賀町の相模屋という木綿問屋がおきたの生まれた家でしたが、両親も弟も、逃げおくれて死んじまいまして……」
  (略)
「それじゃ、身よりたよりはまるでないんですか」
「残月」より
罪を償い長い島の暮しから江戸へ戻って来て誰一人迎えてくれる人もないことを知った時、どんな気持ちで江戸の土を踏んだのか。これから先の人生になんの生きる希望があったのか。


帰るべき家もなく眺む秋の月


おきたが「かわせみ」に身を寄せてから、ずっと出かけなかったのは、近江屋はもとより実家の相模屋の跡を見る気持ちになれなかったからかもしれませんね。
(こでまり)



父源吾の心がかりであった事件を長い時を経て源三郎と東吾が解決した。解決はしたがやりきれない思いが残ったのでは。必死で我が子を守ろうと口を閉ざした母。今度は本当に罪を犯してしまったけれど、子を守ることが出来たという安堵感で、辛い島暮らしを生きて行くのでしょうか。


母なれば秋天のごとく曇りなし



夜明け前 月が見送る流人舟


「月が見送る流人舟」がいいですね。人の目には見えないところに行ってしまっても、月には守っていてほしい……見送る人たちの心が伝わってきます。
(こでまり)



  麦わらぼうしさんの五七五 

今回読み返してみて思ったのですが、そもそもの最初の事件(じいさんが頭打って死んだとこまで)、ありのままをお上に届け出れば、うまく納まったんじゃないかなと思いました。悪いのはじいさんで、誰もおうのを罰しようとは思わないのでは。源さんのお父さんが担当ならなおさら。優しいおじいさんが近所の子供を遊ばせようとしてはずみで転んで、打ち所が悪くて死んだ不幸な事故と。誰も傷もつかず、じいさんも有徳人のままで死ねた…でもおきたは現場をみたとたん逆上しちゃったんでしょうね、なんとかしないとがおうの不幸になると。
こでまりさまがおっしゃるように、さまざまな登場人物に対してお句&コメントがあり、とても読み応えがありました。自分と同じような意見があるとうれしかったり、まったく思いもしなかった事に言及されていると、なるほどなぁ〜と感服したり。 また、じっくり拝見してきます。
(麦わらぼうしさんの談)

「有徳人だからって、あてには出来ませんよ。そういう人に限って、かげでは女たらしの狒々爺いだったりして……」
「残月」より
実は真実を言い当てていたお吉。とんちんかんな事を言う事もあるけど、時には鋭い事も言う。ただのおしゃべりではありません!


おしゃべりに隠れた目は見る真実を


何のしがらみも先入観も無いこのひと言、鋭かったですよね〜〜。
(こでまり)



「これは、御隠居さん、もう、お帰りでございますか」
如才なく嘉助が挨拶し、女隠居は
「どうも、御造作をかけました」
と応じたが、その声音は、なにか重いものでも飲み込んだように、ぎこちなかった。
「残月」より
おきたに理不尽な要求をする近江屋の女隠居、すべてはかわいい孫の為…お話では冷徹に描かれていますが、実は優しい人なのかも。真相を知りながら孫を守り、おまけに息子にまで先立たれて、必死だったんだろうなと思います。本当に冷徹ならショックで寝たきりになんかならないと思うし。


秋燕鬼の面つけ玉守る


二人にとって何よりの優先事項は、おうのの幸せ。二人はそのための役割をそれぞれ演じていたような気がします。でもその結果、家に入れたくなかった人を後妻に迎えるなど、このご隠居さんも苦労が多かったと思います。
(こでまり)
麦わらぼうしさんの「秋燕」も意味がわからなくて辞書引きました。これははじめての言葉。なるほどぴったりだ!と思いました。こんなふうにのんびり読んでいるので時間がかかるのかもしれません。
(紫陽花さん)
紫陽花さま、拙句なんぞの為に辞書を引いていただいて恐縮です…私もはじめての言葉(^_^;) 近江屋の隠居に合う言葉はないかなと、手持ちの「早引き俳句季語辞典」を眺めていたら「燕」秋の場合の説明(子育てが終わり、秋が深まると南へ帰る。空になった巣も寂しい)お!これはいいんでないかい?と思い、例で載っていた秋燕を使った次第です。
近江屋の隠居に注目するのは私ぐらいかもと思っていたので、たくさんお仲間がいてうれしかったです。確かに、この人がもうちょっとしっかりしていれば、そもそも最初の事件は起こらなかったのではと私も思いましたが、もともとお嬢様育ちで、結婚してからも、おっとりとした奥様で優雅に暮らしていた人なのではと想像しました、しっかり者の嫁もいるし。それが「事件」で一変、孫と店を守る為に必死になり、しかし本来得意でない事をやっているので、孫の縁談で、なんだかな〜な相手を選んでしまったりするのではないかなと思いました。

>「そもそもこういう事件になるべきことだったのか?」という疑問を何人かの方がお持ちだったのも、今回の特徴的なことでしたね。(byこでまり)
こちらも同じように感じた方が大勢いらしてうれしかったです。今回のUPを読んでさらに考えてしまったのですが、おきたの「小細工」は本当におうの為になったのか?という事。私のトコでも書きましたが、なにもしなければうまく納まった可能性が高いこの事件、かえって幸せな娘時代を過ごし、良い縁談に恵まれたかもしれませんね。親は、子供が大変だと思うと、つい手を出してしまいますが、長い目で見れば、子供の為にならない事がよくある… と、おきたを見ながら自分の反省もしたりしてます。
(麦わらぼうしさん)
さておきたの最初の判断について、麦わらぼうしさんの言うように、源さんの父上なら必ず力になってくれたはずですが、長助さんのような岡っ引が稀な時代、残念ながらおきたは「信じてはならない」と逆に強く思ってしまったんでしょうね。おきたは自分のしたことに納得しても、それがおうのにとって幸せなことだったかどうかは、やはり疑問を感じますね。
(こでまり)



「残月」というタイトルにはいろんな意味が込められていると思うのですが、こういう解釈もあるかなと思いました。
(残月)=(源さんのお父さんの、「おきたの事件」に対する心残り…)その想いをしっかり受け止めた源さん。


残月の光受け取る巻羽織


麦さまのー巻羽織ーのお句、とても素敵ですね。私が たまこ姐さんだったなら、即お持ち帰りで決まりです!(笑)
(すみれさん)



  たまこさんの五七五 

「先代の畝の旦那」のプロフィールが語られる、貴重なお話ですね。長助親分の若い時に「進路指導」をしてくれた恩人でもあったわけで、親子二代がかりで難事件の謎を解くことができて、親分もさぞ感無量だったことでしょう。
こでまりさんUP有難うございました。本当に力作ぞろいで、いろいろな視点からの捉え方に、次々と目からウロコでした。いつも思うことですが、本文からの引用と宗匠コメントが、ぴたりぴたりと決まった所に配置されているのが、さらに興味と理解を引き出していて、編集作業が大変だろうなと思いつつも楽しみで…「源さん句」も収穫多数(^O^)で、春霞さんのお人形作品写真のあれこれにピッタリ合いそうなのが今回とくに多くて、うはうはです。
(たまこさんの談)

「わけありって、まさか、畝の旦那のいい人ってんじゃないでしょうね」
お吉が笑いながら、若い衆にすすぎの用意をさせているところへ、当の畝源三郎が番傘をつぼめながら暖簾をくぐった。
「残月」より
源さん本人は別に悔しがっていないのに、私が悔しがる必要もないわけですが(笑)
いいも〜ん「花御堂」では、お吉さんもかなりやきもきさせたから… もしかして、お千ちゃんと競作になったかな?


「わけあり」と笑って言われる口惜しさ


もてちゃイヤなのに、もてないと決め付けられると悔しいというご贔屓ならではの心理ですな。ところでこれ、源さんに聞えていたんじゃないのかな〜。
(こでまり)



結局、お吉さんの勘はいい所をついていたわけですよねぇ。もしかしたら、五郎三本人も、自分の二重人格性に密かに悩みつつもどうする事も出来ず、罪を犯していたのかもしれませんが、お姑さんが按摩は後回しにして、孫娘と一緒に金魚を見に行っていれば悲劇は避けられたわけで…とくに意地の悪い姑というわけではないようですが、おうのの婿選びといい、今ひとつ判断力の拙劣な人ですね。(まぁ他人のことは何とでも言えますけど:笑)
ともかくも、今後おうのさんが幸せになれば、おきたさんも姑さんも仲良く幸せを分かち合えるわけなので、それを望みたいです。


白昼の人の心に棲む悪鬼



霧雨に煙る川面や謎深く





おきたを乗せた舟が金杉橋の袂を出たのは、夜あけ前であった。
見送りには、畝源三郎に長助、それに、おうのをつれた「かわせみ」一同が暗い中を岸辺にたたずんで、罪人達が来のを待っていた。
「残月」より
二句めのほうは物語にはない情景ですが、「今度の島暮しはそう長いことじゃない」と言われているおきたさんが、再び島から江戸へ帰る時を想像したものです(その時やはり秋なのかどうか、不明ですが…)
実は八丈島ではなく、北方の島なんですが、先日ちょこっと遊びに行って参りまして、一泊だけの島であっても、船で島を去る時に島影がだんだん遠く薄くなって、水平線と一つになっていく様子は、なかなか感動的だな〜と思いました。そりゃ、島から帰るったって、島流しから帰るのと、ウニやカニやホタテを食べて温泉に入って帰るのじゃ、全然違うだろ!というツッコミは当然ですけど、今度こそもう来ることはないだろう島が見えなくなっていくのを見ながら、おきたさんもきっと感慨が深かったろうと思います。


船送る人の情けと残る月



島影の一線となる秋の海


姐さん、島からのお帰り、お疲れさんですっ。「ウニやカニやホタテを食べて温泉」に突っ込みたいことはやまやまですが(わはは)、それはさて置きまして、「島影」のお句からは、実際に舟に乗られた方の感慨が伝わってきます。「水平線と一つになる」なんて、頭の中だけでは作られないお句ですね。
(こでまり)
島の風景を詠まれた一句は、絵画のようで、一緒に旅した気分になれました。
(すみれさん)
ラストの舟出シーンをたまこさんと競作できて嬉しかったです。
(あっちの管理人さん)
最後の船出のシーンは、物語の題名ともからんで、やっぱり一番の競作ポイントでしたね。私もあっちの管理人さんと感じたことが一番近いみたいで嬉しかったです。その一方、はなはなさんや浅黄裏さんの「月」の感じ方、人間のほうに焦点をあてた紫陽花さんの見方も非常に新鮮でしたし、「事件に対する心残り」と結びつけた麦わらぼうしさんの視点も「なるほど!」、おうのの人生と合わせて詠まれた(これがその後物語へと発展したわけですね)すみれさんの御句も素晴らしいな〜と思いました。
一つの場面からこれだけいろいろ句想が広がるというのが本当に楽しみですね。
(たまこさん)
たまこさんの船からの句とてもいいと思いました
(ぐりさん)
こでまりさんの、島からのお帰りの姐さん=島帰りの姐さん、にひとりニンマリ。「わけあり」はうっかり見逃してしまいましたが(残念です!)、「霧雨に煙る川面や謎深く」は私が苦吟中に、浮かんだ言葉を17文字にまとめられず諦めたのを、きれいに納まっているのに感服しました。きっと同じような情景を思い浮かべていたんだろうなって、嬉しかったです。
(千姫さん)



【たまこさんの現場検証】 少しお忙しいと伺っていたので、出来立てホヤホヤの今季の「現場検証」です。たまこさん、いつも本当に本当にありがとうございます。実はまだ私もゆっくり拝見していないので、これからもう一度行くところ。
では、こちらからご一緒に参りましょう〜〜。
(こでまり)
たまこ様の現場検証、今回は津軽と南部の関係など、お江戸に限らずに詳しく調べていただいたようで、いつもながら、精力的な検証に脱帽です。
(すみれさん)
たまこさんの平岩先生ばりの足で稼いだ現場検証、私も八丈島まで張り切って行っちゃうんじゃないかと心配(期待)しておりました。
(あっちの管理人さん)
たまこさんの現場検証ですが、私は今まで「南部」といえば岩手県としか認識していなかったので、おかげさまで新しい知識を得ることが出来ました。地元のボランティアガイドさんとの会話も興味深かったです。こういう直に聞くことできたお話が面白いんですよね。ちらっと出てきた南部煎餅も子供のころから大好きで、楽しく読ませていただきました。
(浅黄裏さん)
「南部」ですが、浅黄裏さんのおっしゃるとおり、美濃守は盛岡藩なので、岩手県のほうですね。現在青森県の東部にあたる「南部」は、「○戸」の地名の多いところで、「虹のおもかげ」の麻くんの蝉取りコースにあった「南部遠江守」のほうが八戸藩で、これにあたります。ホテルオークラとか派手なのに比べると、現在「農水省生活技術研修館」になっているというのも南部らしいというか(笑)
(たまこさん)
津軽vs南部のボランティアガイドのオバ様の話にも大爆笑でした。津軽と南部の仲が悪いという話は初耳で、読んでとても為になる現場検証をありがとうございます。
(千姫さん)
たまこさんのオマケにいたってはとてもとても一回では読みきれなくて最初の日は写真だけ見て“よし”にしてしまいました(笑)
(紫陽花さん)
南部藩と津軽藩、そんなに仲が悪かったのね〜。「壬生義士伝」にもそんな記述があったかも(うろ覚え…間違ってたらごめんなさい)
(はなはなさん)
「津軽と南部」って、この件名でWikipediaで独立した項目になってるくらいですもんね(笑) でも、浅虫温泉のおばさま(って多分私より若い)がおっしゃってたように、「敵味方になったから仲悪いんじゃなくて、仲悪いから敵味方になった」というほうが、むしろ多いような気がします。AとBのどちらが良いか純粋に考えるんじゃなくて、「なにっ、あいつがAだと?そんならうちらはBじゃ〜」みたいな成り行きで、世の中うごいているかもね。
(たまこさん)



  紫陽花さんの五七五 

遅くなっちゃった。間に合う?
すっかり出遅れています。毎日のぞいているのでアップされているのは気がついたんですが、内容の多さ濃さになかなか読みきれなくってのんびり読んでいました。みなさん感想もコメントもいっぱい書いてあって本当に読み応えがありました。わたしなんて一行でそれも俳句とまったく関係がないし…
(紫陽花さんの談)

「おい、体にだけは気をつけろよ」
東吾が岸から声をかけ、おきたが軽く手を上げた。
「やっぱり江戸へ帰って来てよかったと思いますよ」
娘をよろしくおたのみ申します、といったのが、別れの言葉であった。
「残月」より
最後の場面なんですが、“凛として”という雰囲気じゃなくて、もっと柔らかな雰囲気が漂っている感じがするんだけど五七五にまとまらなかった。


手を上げてこたえる君は凛として


なげやりだったおきたさんがそういう「反応」をしたことが、何となく先々への小さな希望を感じさせますね。
(こでまり)



「雨が上ったら、早速簀戸を障子に代えませんと……」
「残月」より
これでは“簀戸”というより“格子戸”のようです。 それから“簀戸”が変換できません。“すど”でも“す”でもでてきません。なんて入力すれば一発で出るんでしょうか。

いやいや、この桟の細さはやっぱり「簀戸」って感じがよく出ていますよ。ところで私のIMEでは、「すど」で変換できました。「前に単語登録したかな?」と思ったのですがそうでもないみたい。ナゼ?

は先日、吟行で出かけた先で見かけたものです。「簀戸だっ!紫陽花さんのイラストとそっくりだ!」とワクワクして写真に収めました。
(こでまり)
トリオは簾戸越しに居間で寛ぐ二人をこっそり観察でしょうか。見られているのも知らないでさぞやラブラブだったことでしょう!
(あっちの管理人さん)
「彼ら」は簀戸の中の2人に何か言っているのかしら〜楽しそうです。
(はなはなさん)
季刊になっても投稿がギリギリで、紫陽花さんの「遅くなっちゃった。間に合う?」のコメントのあと、三人目で苦笑いです。イラストがとても涼しそうな簾戸に見えました。私も「すど」では一発変換出来なくて「す」と「ど」で変換しないと書けませんでした。
(千姫さん)



  はなはなさんの五七五 

今月も読み甲斐・詠み甲斐のあるお話で、いつもながらにお題の選定の妙に感服しています。かわせみの魅力が存分に盛り込まれた「残月」は、とても印象に残っていたお話でした。それだけに、詠むには手を焼いたかも(汗) そんな言い訳は無視してください(笑) 今回もよろしくお願いします。
今月のはいくりんぐは皆様のあたたかな御作に癒されました♪おきたへもおうのにも、ご隠居にさえも優しい視点が、御作からもコメントからも窺えました。
何よりもいいなぁ〜と思うのは、源さんと源さんパパ、長助親分と源さんパパの関係を情緒豊かにさまざまに描いておられる御作♪がたくさんあること。二代に渡っておきたに関わることも奇縁だと思いますが、そのどちらも情けがあるのがいいんですよね。
(はなはなさんの談)

おきたはどんな思いで江戸へ帰ってきたのでしょうか。娘のことを思って自ら罪をかぶって島送りとなり、そして帰る… 果たしてそれが幸せなのか、もしかしたら、不安に駆られての江戸への船出ではなかったでしょうか。
かわせみに着いてからのおきたの様子から、そんなことを思いました。


芭蕉葉のざわりと揺れる島の夜





雨はまだ降り続いていて、大川の上がぼんやり霧で煙ってみえる。舟が往くのか、櫓の音がくすんで聞えた。
「残月」より
かわせみに落ち着いても、島から帰る船の艪の音や揺れがしばらくおきたの身から去らなかったかもしれません。ましてや大川端の宿のこと、秋の初めの雨風に、船の音も間近に聞こえて置き所のない身の心細さをひとしお感じさせたのかもしれません。


軋む艪の耳朶を離れず仮の宿


島からどれくらい船に乗っていたのか……、確かに江戸での一日目は、お句のような感じだったのでしょうね。
(こでまり)



「あんた、江戸を出るそうだが、あてがあるのか」
東吾が口を切り、おきたは顔を上げて何かいいかけたが、「かわせみ」のみんなの真剣な視線にぶつかると、力なくうなだれた。
「残月」より
近江屋の隠居の訪問は、「帰ってよいのか」と自問自答してきたおきたの不安が間違ってなかったことを思いしらせることになったのではないでしょうか。
娘のことだけが気がかりならば、その消息だけ知ることができれば、それでいい。身は島に置いてきたほうがよかったのだ…。そんなふうに思ったかもしれません。


帰るならこの心だけ夏逝けり


江戸に戻ってから、この日が一番辛かったでしょうね。娘に一目会いたいという思いと、遠くから幸せを祈ろうという思い……、まるで一日のうちに夏と秋が行き交うこの季節のような心持ちだったのではないでしょうか。
(こでまり)



おうのはつくづくめぐり合わせの悪い娘のように思います。でも2度目はおきたが娘を救うことができました。今度はおきたが本当に人を殺してしまいましたが。母子とも男運にもめぐり合わせにも恵まれず、哀れに思います。
それにしても、おうのを2度までも危険な目に遭わせてしまう近江屋のご隠居は不注意に過ぎるのでは…?


修羅めぐる母子かなしや風立ちぬ





護送する役人と、そこまで送って来た役人が挨拶をかわし、船頭が艫綱を解く。
  (略)
舟はゆっくりと、沖に待つ親船へ漕ぎ出して行く。
「残月」より
「残月」というタイトルは、このラストシーンなのですね。 殺人があった夜は無月、そして、島送りの朝は有明の月。
無残な結果ではありましたが、月が照らすおきたの2度目の船出はかすかな希望が感じられます。


船行くや残りて白き月無残





  浅黄裏さんの五七五 

「裁判員裁判…」と聞いてまっさきに思い出したのが、このお話でした。後味が悪いのか、そうでもないのか。
救いは母と娘として、ちゃんと会いもし、話もできたことでしょうか。
一番悪いのはもちろん狒々じじいなんですが、実はおよねも相当悪いですね。普通なら「善意の証言者」のはずなんですが、そこにきな臭さを感じて、乗り込んでいったのさすがです。最初の偽の証言自体は、罪には問えないですよね。では、なぜ、およねは泡を食って逃げ出そうとしたのか。相当の悪行を自覚していたからに違いありません。おそらく最初の証言は本当の善意であったでしょうが、その後の20年ずっと金品を強請っていたのではないかと推察しました。
「およね」といえば勤勉で働き者で、善意のかたまりのような小柄なおばあさんというイメージをぼろぼろにしてくれたことも罪深いですよね。
(浅黄裏さんの談)

およねが逃げ出したのはなぜか、ずっとわからなかったのですが、浅黄裏様の深い読み♪で納得です。
(はなはなさん)

「東吾さんにはお話ししたと思いますが、手前の父が歿りましてから、手文庫の中に心憶えのようなものが残されて居りまして、それは自分の手がけた事件の中で、あとあと心がかりなものが残されて書きとめてありました。おきたのことは、そこに書いてあった一つでして……」
「残月」より
畝さまのお父様が余ほどに気がかりだったのがよくわかります。


手文庫に風の入るなり秋支度



新涼や心がかりに陽の射して


ここ、競作できて嬉しいです♪
(こでまり)



母親にすがりついて泣き叫ぶおうのをるいやお吉がひきはなし、おきたは行列の最後について舟に移った。
  (略)
陽はまだ上らず、有明月が空に消え残っていた。
「残月」より
おきたがサバサバと島へ戻っていったのがなんともやるせなくて、初めて読んだ時になんとも言えない感情が湧きあがってきたのを思い出します。
「残月」は、おきたを見送ったかわせみの人々の心の中に残ったそういう気持ちのことかもしれないと思いました。


罪は罪さはさりながらと月仰ぐ


頭の中と心との距離が、浅黄裏さんらしい「さはさりながら」という言い回しによく出ていると思いました。思わず有明の月に寄せるやるせなさもよく伝わってきます。
(こでまり)



  千姫さんの五七五 

お題が発表された時は、暑くて秋の季語がピンとこなかったのに、もう朝夕が秋らしくなりましたね。日中は暑いといっても、空が高く、空気が澄んで、過ごし易くなり秋を感じる今日この頃です。だからといって自然に秋の五七五が出てくる訳ではないのですが…
現代に生きる私には、真実を隠す意味が何処にあったのかわかりません。最初の事件の時、娘を守る方法が間違っていたように思います。当時も、今もだれひとり幸せになっていないのが悲しい物語ですね。
宗匠、はいくりんぐのUP、ありがとう&ご苦労様でした。今日拝見しました。
いつも出遅れてばかりでごめんですぅ(^^ゞ
(千姫さんの談)

ここ三日、江戸は雨であった。
夏の名残りを洗い流すようなどしゃ降りで、夜になると肌寒い感じがする。
「残月」より
投稿までは「はやる心に」でしたが、書いているうちに、おきたは娘を一目見たいと切に願っていても、自分の立場をわきまえて、晴れて母娘の名のりはしないんだろうなって気持ちになりました。
おきたには、戻ったのが晴れた日より良かったかも知れませんね。


秋の雨昔の面影煙る江戸(まち)


二十年ぶりの町並や人々。よく見たい反面、誰かに気づかれないかという恐れもあったでしょう。おきたさんの立場になってみると、「晴れた日より良かった」というお千ちゃんの優しさが心にしみます。
(こでまり)



守った娘は、日々離れ離れに暮らし、夫は死に、義母は年老いていく。おきたの人生って何んだったのかなぁ、って思います。
居るのに居ない存在、辛すぎます。


岸に立ち姿映らぬ秋雨かな


おきたの孤独にここまで思い至らなかったので、「居るのに居ない」というコメントと「姿映らぬ」のお句に、心をぐっとつかまれたような気がしました。
(こでまり)



「源さんの父上も、律儀なお人だったからなあ」
少年の日の東吾が記憶している畝源三郎の父は奉行所の役人というよりも、学者のような感じであった。
家にいる時は大抵、机に向って調べものをしていた。
「残月」より
机に向かっている父。縁側の庭には色づきはじめた木、空を朱に染めながら沈む大きな夕日。
久々に絵が浮かぶ五七五が出来ました♪


父の背が夕日に染まる秋ですな





  茜雲さんの五七五 

さて、相変わらず季語辞典が不明のままで季語もままならず、まるで小学生のような句になってしまいましたが、今回は欠席だけはいや…と 、恥ずかしながら2句だけですが投句させていただきます。
まだざっと拝見しただけなのですが、皆さんあまりに巧みでますます私本当に参加していいのかしら…と思ってしまいます。まあこういう皆さんを引き立てる役もいてもいいかな(笑)
(茜雲さんの談)

おきたがゆっくり背を向けた。自分から源三郎に近づいて行く。
「二十年前は、旦那のお父つぁん、二代続けて御厄介になるなんて、因縁ですよねえ」
「残月」より
月は年月の月と人々を見守る天の月を兼ねたつもりです。説明すると格好悪いなぁ(笑)


月満ちて子にと託した謎解ける


まさしく「月満ちる」ですね!手文庫の中の心憶えには、まだ託された事件がありそうですが、またいつか「月満ちる」日が来るかもしれませんね。
(こでまり)



「あの子は無事でした」
静かな声で、おきたがいった。
  (略)
かすかに白い歯をみせて笑ったのは、娘を守ることが出来た母親の満足の表現なのだろうか。
「残月」より
全く違うけどでも底に流れる物は同じである二組の親子の物語とつくづく思いました。


親が子を守りぬきたる秋の夜


「親が子を守る」という一点は、何があっても揺るがないのですね。「親」の立場で見る方が自然な年代なのですが、「子」の立場の自分を振り返った時、果してそこまで思ってもらっていい「子」かどうかと、ちょっと反省しております。
(こでまり)



  ぐりさんの五七五 

今季のお話は娘のために2度の島送りになり母として生きた人のお話ですね
今回にお話で一番得をしたのはおよねさんなんですけど およねさんもお金をもらったということは絶えず気にしていたのではないでしょうか だから長助親分が声をかけたとき飛び出したりしたのですね
この場合お金はもらっているけど罪にはなるのでしょうか自分から請求したわけではないし 罪にすればおうのちゃんのことも表ざたになりますし
おきたさんはもう江戸へは帰らないのでしょうか? おうのちゃんもおばあさんが亡くなれば一人になってしまいます 母として娘のそばについていてやりたいと思うのか それともこんなははそばにいないほうがいいと思うのでしょうか
秋なんですねとても皆さんしっとりとした句が多く楽しませていただきました、今回は源さんのお父上、長助親分の若かりし頃が出てくるなどまたいつもと違う展開で昔の事件の真相が知れました すみれさんのおまけでそこが出てきますね でも懐かしい人が登場して明るい展開になりそうでほっとしました 船出のところが競作ポイントだったのですね皆さんのお句楽しませていただきました
(ぐりさんの談)

夏が過ぎ急に冷え込んできた秋のはじめ 一人の女がかわせみへ来ます 昔は簀戸を変えたり障子を張り替えたり季節のことはしないといけないというような気持ちがあったんですよね 髪を洗ったりするのも後はあまり人前にはでなかったのではないでしょうか


簀戸しまう いわくありげな 洗い髪





るいが、いつもの女長兵衛の顔でさわやかに引き受けた。
「よろしゅうございますとも。かわせみが、畝様のお頼みをお断りしたことがございますかしら」
「かたじけない。何分、よろしくお願い申します」
「残月」より
いつものことですが困っていたり気の毒な人を見るとほっとけないかわせみの面々


世話好きは 専売特許 かわせみの





「おきたが島送りになった時、おうのは四つか、母親の顔を憶えているだろうかね」
「どんな娘さんに育っているんでしょう。おきたさんも、せめて一目、顔をみたいと思っていなさるでしょうに……」
が、島帰りの母親が、娘に会うのがいいことかどうか、判断はむずかしかった。
「残月」より
夜になって夫婦でおきたさんのことを話しますが


秋の闇 夫婦の会話 答え出ず


答えは出ないものの、おるいさんとの会話から、東吾さんだけでは思いつかないいろんなヒントを得ていますよね。
(こでまり)



源三郎の父親も亦、代々の町同心であった。
  (略)
「おきたが事件を起したのは、あっしが御先代のお供をするようになって間もなくのことでして、まあ、あっしにとっても自分の町内の出来事ですから、月日が経っても忘れられねえで居りました」
「残月」より
若いころ先代のお父さんに見出された長助親分
江戸でも5本の指に入る名親分になって


三代に わたって仕える 名親分


相変わらず本になるまで最新の「かわせみ」は読まないように我慢していますが、今の源太郎くんにとっても長助さんは無くてはならない人ですね。
(こでまり)



以前に理系に強いという句がありましたが 源さんもこつこつと調べたり理系で考えるそんな人ですね


巻羽織 学者肌は 親ゆずり