ご常連のゆいさんは、優しいご主人と可愛いお嬢ちゃんがいらっしゃいますが、大学院では「万葉の人麻呂」を専攻されているそうで、掲示板でも皆さんの疑問に気軽に答えて下さっています。
ここでは「卯の花」と「ほととぎす」についてのお話を、UPさせて頂きました。



卯の花について


(質問 by 八重桜さん)
この時期白い卯の花が咲いています。以前は気にもかけなかったのですが、実際は卯の花は匂いはないようですネ。色のイメージから匂いを感じていたのですね。『卯の花の匂う垣根に』って歌にもなっているのに。

(お答 by ゆいさん)
多分その「にほふ」は香りがたつという意味ではなく、色が映えて美しいという意味の「にほふ」だと…。古語で「にほふ」は「丹(に)秀(ほ)ふ」とされ、丹の色が美しく映えることを指していたそうです。
香りがきわだつ、という意味では「かほる」を使うことが古語では多かったようなので…。あ、でも平安時代になると「にほふ」も「香り」系統の意味で使われることが多くなってきます。源氏の「匂宮」「薫君」はある意味対照的、ある意味同義的な意味合いを持ってるということです。
すみません、私は万葉専攻なので、上代の意味でしかご説明できないので…それに万葉の花しか分からなかったりするんで〜。
「夏は来ぬ」は、有名無名の和歌から題材をとっているとのことなので、古語の「にほふ」の確率が高そうです。

(by 麻生花世さん)
「卯の花匂う」では、荒井清七が「花の匂いが」といって、それを受けた母親が「卯の花ですよ」という。そのやりとりを聞いた息子が仇討ちを思いとどまる。今まで、卯の花には匂いがあるのだと思っていました。

(by 蛍さん)
卯の花が空木と同じだったとは、初めて知りました。空木の花でしたら、お隣のお宅に今白い花の真盛りです。空木とばかり言っていましたので、「卯の花匂う」の卯の花とは長年すぐ側に咲いているのを見ていながら、間抜けな話です。顔をつけるように近づけても香りはしませんね。

(お答 by ゆいさん)
そういや「卯の花匂う」では卯の花の香りが大切なポイントになるのでしたよね…近所の卯の花を嗅いでみて、「意外とニオイないな〜」と思った記憶があったので…微香はあるのでしょうね、きっと。
卯木のことですが、古くから木釘としての利用があり、枝や葉、種子には解熱や解毒作用があるので、民間でクスリとして利用されてきたらしいです。万葉の花ってたいがいクスリや食用になるんで、これも例に違わずです。



ほととぎすについて


(質問 by 蛍さん)
どうして卯の花と不如帰はセットで詠われる事が多いのですか。不如帰ってあまり良いイメージはないんですよね。他人様の巣に自分の卵を産み付けて、孵った雛は巣の持ち主のウグイスの雛より大きいのでその雛やら卵やらを巣から蹴落としてしまったりして、自然界の営みなのでしょうが、好きにはなれません。

(お答 by ゆいさん)
ご質問のホトトギスと卯木の関係ですが…これは万葉時代からよく詠まれている取り合わせというものです。他によくあるのは、萩と鹿(これは鹿の妻が萩であるとし、秋鹿のなきごえは妻である萩を恋うてだと想像してます)が代表的です。ホトトギスと卯木にそこまでの関係があるかどうかは、手持ちの資料が少ないのでわからないです〜すいません!

ホトトギスは仰るように、ウグイスの巣にたまご産み付けて云々というの、万葉集にも詠まれてますが、「いややわ、この鳥」という感じではなく、「鳴き声は母や父(ウグイス)にも似ず、ウグイスの中にひとり産まれて〜」と嫌ってないようです。万葉後期によく歌われ、大伴家持は大好きだったようです。

万葉中期から後期には、ホトトギスは4月1日に啼くもの、と決まっていたようです。それで卯木も同じ時期に咲くので、セットで…。卯木がまだ咲かへんのにもうホトトギスは来て啼いてる、などなどいろいろです。中期〜後期になると、季節を表現する題材を二つ以上取り入れるということが多くなってきます。

このホトトギス、万葉初期には「蜀魂伝説」の鳥として詠まれています。これは蜀の国の話でして…。宋の地理書『太平寰宇記』に、帝位を追われた蜀の望帝が山中に隠棲し、復位を願いつつ息絶えたが、その霊魂はホトトギスとなって往時を偲びながら昼夜を分かたず啼いたと云われています。それで往事を思い出させる鳥として「ホトトギス」が詠まれています。

ホトトギスは万葉集では「霍公鳥」と表記されてまして、不如帰、郭公などなど後代ではいろんな表記があるようです。

(質問 by 麻生花世さん)
ほととぎすの託卵の習性を知っていたということでしょうか?託卵に抵抗が無かったというのは、ある程度以上身分の高い人は乳母に育てられていたからでは?皇族などは乳母の家で育てられていたとも聞きますし・・自分で子供を育てるという今では当り前の生活が一般化するのも、意外に新しい時代なのかもしれないです。

(お答 by ゆいさん)
そうです、万葉人は託卵の習性を知ってました。ほかにも「すがるハチ」というハチがいるのですが、それの腰の部分が細いのにからめて「すがるの腰の〜」と女性の細い腰を形容しましたし、我々現代人の想像以上に自然をよく見ています。

抵抗が無いというか、とにかく啼き声に興味の中心がいってるようで、託卵の習性があるからイヤだなどとは歌われてないようです。託卵の習性を歌う歌も、出だしはウグイスの中でひとり育って、両親(ウグイス)に姿は似ないし、ということが述べられ、結局啼き声に話題が転換していきます。

上代では皇族などは乳母というより、養育氏族のもとで育てられるゆえに、養育氏族の名がついた皇族(大海人皇子は、大海人氏に)や、産まれたり育った場所にちなんで(養育氏族のもとで)つけられた皇族(大津皇子、鵜野讃良皇女など)の2パターンに大きくわかれます。乳母(めのと)が政治的に活躍してくるのは、後の聖武天皇の乳母、県犬養三千代あたりからのようです。 ちなみに雁は遠くにいる人に手紙を渡してくれる鳥として詠まれています。

(質問 by のばらさん)
ほととぎすの話題ですが、確か、あの世とこの世を往復する鳥というのお話からあの世にいってしまった大切な人に、今この世にいる自分の思いを伝えてくれる存在として短歌に詠まれてもいたように記憶しています…。(うろ覚えですが〜)

(お答 by ゆいさん)
そうです、ホトトギスは魂を呼ぶ鳥として、往事を懐かしく、亡き人に思いをはせる鳥でして、初期万葉では額田王と弓削皇子とのあいだのやりとりに出てきます。

私、一応今でも学生の延長でして…ハハハ。万葉の人麻呂を専門にしています。今は子育て中なので、年に数回、お世話になってる大学の研究室から出してる論集に出させてもらってます(実は6月末が〆切…やっべ〜!)