大川のお散歩



目が覚めると、6時半だった。
ここは銀座の、築地よりにあるホテルの一室。
一晩中つけていたエアコンのせいで冷えた体を温めるため、少し熱めのシャワーを浴びながら昨日のことを思い出す。
と、ここで思い出すのが男のことならありきたりだが、私が思い出していたのは、素敵な二人の女性のことだった。


一度視線を合わせたその女性の姿は、見つめる私の向うで一旦商品棚にさえぎられてしまった。次に商品棚の端から姿が見えたときには、真っ直ぐにこちらに向かって歩いてくる。
「私は上がベージュで下は黒のスカートだと思います。」 事前に知らせてくださった服装を頭の中で確認する。
こちらの言葉が声になる前に、女性の方から声を掛けてくださった。
「こでまりさんですか」
「たまこさんですね。」
と言ったはずだが、よく覚えていない。
とても落ち着きのある声。たとえて言えば元NHKの看板アナ、加賀美幸子さんのような感じか。
そして印象的な大きな目。この目があの鋭くユニークな観察眼の源なのね、と思う。
「一人会えたから、まずは安心ですね」
「イメージとそんなに違いませんよ」
掛けてくださるそんな言葉に、こちらまでホッとする。
出会えた安堵から、次の関心は待ち合わせたもう一人の女性にと移る。
待ち合わせた場所は2階のフロア。でもこの建物には中2階があった。もしかしたらそこで一人、待っていらっしゃるのかもしれない。
約束の時間を1、2分過ぎたところで、私たちは中2階に降りることにした。
階段はコの字型になっていて、1階からの階段を見ながら下りていくと、駆け上がってくる女性がいる。黒地に花柄のワンピース、間違いない、あの女性だ。
と、思う間もなくその人は、私たちを見て笑顔になった。
その時も何と言ったか覚えていないし、何と言っていらしたかも思い出せない。
ただその人の肌が、はっとするくらい白いことと、 「1時間前には着いていたのに、荷物を送る手続きに手間取ってしまって」 と話すお声がとてもかわいらしいことに、驚いた。
そう、目の前に、管理人さんがいた。

     街中の 秋暑忘れし 出会いの日


そんなことを思い出しながら、手早く身支度を整えて朝の散歩の準備をする。
昨日はホテルオークラに行くということもあって、少しかかとのあるサンダルにしたが、今朝は鞄の中から履きなれたぺったんこのサンダルを取り出す。手には日傘と巾着をブラブラさせながら、隅田川を目指して歩き出した。
ホテルの前の道を右に進めば佃大橋、この道を歩いて行けば自然に隅田川を渡ることができる。でも、もしかしたら車しか通れない橋かもしれない。それで、道を渡って進み、少し先を右折することにする。ホテルで貰った地図を見れば、500mくらいかな、とにかく右折の道はすべて隅田川に通じるはずだ。
日曜の早朝の中央区、人の姿がない。もともと住む人が少ないのかもしれない。
ふと見るとシャッターに「ゆ」の文字、こんなところにも銭湯があるのだろうか。そしてさすがに中央区、路上に止められた車もドイツ車が多い。前方に目をやるが、堤防らしきものが見えない。もう一度左折して、また少し先を右折する。
歩いていた歩道の先に、黒猫がいた。猫好きの私は嬉しかったが、黒猫は明らかに私を警戒している。新参者としてはこの町の猫に敬意をはらって、反対側の歩道へと道を渡る。
さらに歩いていくと、突き当たりに公園のようなものが見えてきた。その公園の向こう側には堤防らしきものも見える。近づくと「第1児童遊園」という小さな看板が見えた。公園の広さは10坪くらいで、動物の乗り物や水飲み場がある。公園の向こう側のフェンスに「隅田川テラス→」の看板が取り付けられている。公園のフェンスが、ひと一人分くらい四角に開けられていて、堤防へ続く階段が見えた。フェンスをくぐり抜けて辺りを見渡すと左右は空き地と建物で、この公園を抜けなければ、堤防への階段を見つけることは容易ではなかったろう。幸運に感謝しながら堤防へと上った。
眼下にゆったりと流れる隅田川が広がっていた。

     鈍色(にびいろ)に 光る大川 秋暑し


なぜ東京に来ることになったのだろう。
「かわせみ」が縁となりネット上で知り合った方と、実際にお会いする日がくるとは思いもしなかった。
掲示板にお邪魔するようになり、管理人さんやたまこさんと知りあえた。たまこさんが、管理人さんも信頼する初期からのご常連ということは直ぐにわかり、お二人からレスを頂くと先生に声を掛けられた子のようにとても嬉しかった。
何度かオフ会の話が掲示板上にでることはあったが、管理人さんがその件に関しては慎重な姿勢をとられていることを感じていたので、オフ会はないものと思ってきた。
その後たまこさんがサイトを持たれ、その個性をさらに開花されているのはご存知のとおり、遅れて私もサイトを開くことになった。自分がサイトを、しかも「かわせみ」関連のサイトを持つとは、これも思いもしなかったことだ。
サイトを持ち五七五を送っていただくようになって、管理人さんやたまこさんをはじめ、ご常連の方々とのメールのやりとりも増え、それとともにお互いの理解も深まっていったように思う。
平岩先生の講演会のことを知ったのは、そんな時だった。
たとえば去年、講演会のことを知ったとしても、果たして東京まで来たかどうか。
たまこさんが講演会について掲示板で呼びかけてくださって、結果3人で集うことになったが、振り返ってみれば、時が来て実が熟すような出会いだったように思う。
リフレッシュ休暇を3週間も貰える管理人さんは、きっと切れるキャリアウーマンだろうし、世田谷在住のたまこさんは、普段の私なら声も掛けられないような都会の奥様かもしれない。田舎に暮らし夫と二人でのんびりと仕事をしている私は引け目を感じないでもなかったが、やはりお会いしたいという気持ちは募っていった。
それに今月は誕生月。自分へのプレゼントと言いわけし、東京行きを決めた。

     時満ちて 叶ひし出会い 秋日傘


掲示板の嬉しさは、やっぱり自分の書き込みにレスを頂いた時。
初めから白旗を揚げて掲示板を設けていない私は別として、丁寧なレスをつけていらっしゃる管理人さんとたまこさんには本当に頭が下がる。
ご本家のアンケートやお気に入り名場面のコーナーを見るとよくわかるが、掲示板に書き込みをされなくてもいろいろな形で参加されている方の多いこと。皆、かわせみとご本家のファンなのだ。おそらく企画物の時だけでなく、メールで管理人さんとコンタクトをとっている人もいるだろう。一日で動くカウンターの数は、ドラマが放送されている時で500、今は落ち着いたとはいえ300くらいだそうだ。
仕事をし、主婦をし、サイトの企画を考えて更新し、掲示板にレスを入れ、メールにも応える。(これは、たまこさんにもあてはまるが)
ご本人は優しく笑って何もおっしゃらないが、楽しい時ばかりとは思えない。

オフ会については、今後どういうふうになるのかわからない。
こういうことには臆病な私だが、今回のような小さな出会いをいくつか重ねた後で、管理人さんに負担のかからない形でできるならと思ってみたりもする。


水辺というのは、気持ちのいいものだ。
隅田川をはさんだ正面には灯台のような白い建物があり、左手に目をやれば大きな橋がかかっている。颯爽と弧を描くのは、ゆりかもめか。
大きな川なのでうねりは見られないが、この下にはいろんな流れがあるのかもしれない。
対岸ではゆっくりとマラソンをする人がいる、散歩をしている二人連れはご夫婦だろうか。
いつまでも眺めていたい気がする。
今度来た時には水上バスに乗って、この流れや風景をもっと間近で感じてみたい。
優しくてたおやかで、ちょっぴりおきゃんな管理人さんと、穏やかであたたかく、でも好奇心いっぱいのたまこさんとふたたびご一緒に。

2003年8月