戻る

 清姫おりょう
「清姫おりょう」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
先月は「花の雨」にご参加くださいまして、ありがとうございました。また、ご覧下さいました皆様も、ありがとうございました。UP後にちょうど「花の雨」となった所も多かったようですが、まだしばらくは花の季節が楽しめそうですね。

さて、今月は「清姫おりょう」を選びました。

まるで「女がひとり」を思わせるように始まるこのお話は、後半で一人称の主が変り、おりょうの心の内が明かされます。また「安珍清姫」や「紅葉狩」などがからみ、不思議な雰囲気を漂わせるお話ですね。「かわせみ」では珍しく、犯人が捕まらなかったお話としても、印象深い一話です。
…と、このお話に決めていたら、はなはなさんに当てられていました!

さあ、今月はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成二十年四月)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
恐らく4月は欠席になると思います…。
本類はすべて船便にしてしまうし、きっと頭がついていかないかも。
(先月の投句の時に、帰国前の浅黄裏さんから)
今月の「清姫おりょう」ですが、残念ですが欠席させていただきます。
お恥ずかしい話なんですが、本が見つからないんです(-_-;)
単行本で持っていたのに…。
探しているうちにこんなに遅くなってしまいました。
皆勤の目標が早くも潰えて残念無念ですー。
来月こそは参加させていただきますので宜しくお願いいたします!
(コシキブさん)
=======================
「清姫おりょう」のお話は細部までは不確かなのですが、
大体のストーリーは覚えてました。
冒頭の雨宿りの場面、清姫おりょうの心のうちなど、
競作ポイントをじっくり 堪能させていただきました。
すみれさんの「骨のつぶやき」は真実味があって怖いくらいですね。
たまこ姐様の現場検証、紫陽花さんのおまけも楽しませていただきました!
欠席は久々だったのですが、やっぱりちょっと寂しいですね。
スタメン落ちしてベンチで 試合を見守るスポーツ選手の心境?
 また「清姫おりょう」からお題が出るかもしれないし文庫本を買いなおそうかなあ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 千姫さんの五七五 

トライアングルではすっかりご無沙汰してしまっています。が、たまこさん曰く「仲間」の一人として忘れられない為にも、月一のお題と尽句だけでも参加しようと頑張っています♪ 丁寧な牡蠣殻のUP作業、いつもありがとうございます。日々に遅れがちな私は、とても助かっています。
(千姫さんの談)

大丈夫だったか、と、まだ青い顔をしている女房をのぞき込んだ。
「こないだ、お吉が雷よけの御札をもらって来てくれましたの。それを持って蚊帳に入っていましたから……」
「清姫おりょう」より
ここは競作ポイントだろうなー、と思いながら。
お吉が貰ってきた怪しげなお札の効力を、いつものようにからかわなかったのは、るいに甘い、甘ぁ〜い亭主だから(笑)
   
春雷におびえる小鳥胸に抱く
   

この「小鳥」はとっても好き!もちろんこのお句も大好きです。
(こでまり)



「そのあとの気配からして、女主人の色男だろうな」
田原屋の女主人というのは、いくつだと東吾が訊いた。
「四十六だそうです」
「婆さんじゃないか」
「清姫おりょう」より
東吾には「婆さん」でも…
   
姥桜いいえ「桜」とつぶやけり by惑惑組
   

お千ちゃん、よくぞ詠んでくださいましたっ!(そういえば今夜から「おせん」というドラマが始まるんだ) 私も一緒に「桜」とつぶやきますです。
(こでまり)
46歳のおばあさんにはブーイングお千さん賛成今は40台なんて洟垂れですよーーーね
(ぐりさん)
「46歳」は競作になると予想はしてたんだけど(笑)作れなかったです。というか渦中の方々におまかせしておけばいいんだけど。江戸時代の常識だと、二十歳過ぎたら年増、三十過ぎは大年増で、四十以上は全部バアサンなのね〜。パワフルな惑惑組と、ますます盛んな後期○○者の方々にはさまれ、影のうすい中老組です。
(たまこさん)
私も「46歳」は詠めませんでした。きっとどなたか詠んで下さるだろうなと期待していましたし♪まあ、人生五十年と言われていた時代の四十代だからね、と割り切っています。
(麦わらぼうしさん)
「46で婆さん」…きっと反応があるだるうな…期待どおりでした。お千ちゃん、惑惑組を代表して下さいましたね。とっくに通過してしまった私(苦笑)は、たまこ姐さんと同じく、もう良いや…状態でございますわ♪作者がこのお話を書かれた時は、この年齢よりずっと若かったという証しなんだろうなぁ。
(すみれさん)



駆け落ちまでしたほど愛した人が、生まれ故郷の人からもお金を盗んだりしているのは、自分を供養する為だなんて…。そんなおりょうを傍で見ているのもつらいし、そんなお金と一緒にされているのは、名も無き坊主でも、つらいだろうなぁ。
   
清姫のあわれなりけり鐘供養
   




今回は看板句狙いではないのですが、いいトコを全部、東吾に取られちゃった感があるから、源さんふぁんの於千としては頑張って一句作りました。
(巻羽織を「たまこ」さんに替えて、たまこさんの現場検証の応援句に♪)
   
巻羽織西に東に朧月
   

お千さん、「西に東に」のエールありがとうございます。今回たぶん源さん句は私たちだけでしたよね♪
(たまこさん)



 すみれさんの五七五 

大守り子守りの合い間になんとか、かわせみの世界に入ってみました。情念の世界はもっとも苦手なところにて、三句だけですが、これにてお願いします。参加できることだけで、ほっとしております。
(UP後に)
「清姫おりょう」の気持ちに沿った皆様のお作を読みました。人を殺した加害者だけれど、憎み切れないところがある女性なのでしょうね。恋人を愛しすぎた所為かもしれません。
(すみれさんの談)

雷から始まるお話で色っぽく進むのかと思いきや、哀しい女が悪の道へと深入りしてしまいました。死んだ恋人への供養の為に始めた盗み、繰る返す間に、悪のスリルと快感が彼女の生きがいになってしまったように思われてなりません。お話しの最後の構成が、かわせみの中で一風変わっていて余韻が残ります。東吾さん、るいさん達が去った後の場面からは、別の清姫おりょう話が展開しそうでしたね。
   
春雷や般若の面(おもて)現われり
   

「大守り子守り」の合間に、ありがとうございます!
本当に印象深いラストでしたね。↓でもおっしゃっているように、読み手によって想像が広がるお話で、読むほどに面白さが増しました。
(こでまり)



東吾が盃をおき、お吉が重箱を風呂敷包みにした。
藤棚の下を歩いて帰りかける。
  (略)
たった今、清姫おりょうの噂をした男と女の一行が池を廻って山門のほうへ出て行くのを見送って、茶店の女は立ち上った。
「清姫おりょう」より
この後、源さん達の探索の手が彼女へと伸びていったのか?逃げとおしたのか?読み手によって色々な展開が想像できるお話でした。そして、幸せそうなるいさんと孤独な清姫おりょうとの対比が印象的です。
   
藤の香や修羅の旅路の慰めに
   
ふるさとや盗み遍路の鐘朧
   




中には骨壷が入っている。骨壷の上のほうの骨は女の恋人のものであった。
「清姫おりょう」より
骨のつぶやき
南無阿弥陀仏  南無阿弥陀仏
故郷を離れし二人の夢やぶれ 骨と変わりしこの我を
供養せむとて、君、盗人になりしとは
だまし取り盗みて集めし小判の布団 なんでぬくぬく眠らりょか
南無阿弥陀仏  南無阿弥陀仏
まして人を殺めても 鐘を寄進せむとてや
鐘の音の哀しき響きを君知るや 我の嘆きを君知るや
南無阿弥陀仏  南無阿弥陀仏
君を悪事へ駆り立てし 我の思いはもう果てた 願うは君がこれ以上
地獄道へと堕ちぬ様 仏の道へと導かむ
南無阿弥陀仏  南無阿弥陀仏

すみれさん「骨」恋人の霊がのり移ったかと思いました
(ぐりさん)
すみれさんのオマケが最高〜〜このつぶやきは意表をついている!拙作と「藤の香」つながりも嬉しかったです。
(たまこさん)
骨つぼに恋人の骨と盗み貯めた黄金を一緒に置いてあるのは、都合の良い隠し場所だったからでしょうが、骨の気持ち(?)はどうなんだろう…浄土真宗のお国柄で、生噛りの親鸞上人の教えを称えてみました。
(すみれさん)
でのすみれさんの「骨のつぶやき」は意表をつかれました。着眼点がスゴイです。
(花みずきさん)
いろんな「つぶやき」がありましたが、今月の「骨のつぶやき」はビックリしました。今までもあの世に行った人のつぶやきはあったけど、「こう来たかぁぁ」と。千姫さんも詠まれていましたが、確かに亡くなった恋人(骨)の立場になれば、いたたまれないような気持ちになりますね。でも観点がおもしろい!
(こでまり)
すみれ様の“つぶやき”にただただうなづくばかり…
(みちころんろんさん)



 のばらさんの五七五 

このお話は以前も話題になりましたが、数少ない「未解決事件」でしたよね。冷静に犯罪も無事成し遂げるだけの思考力も行動力もある、清姫おりょう。本当に自死してしまったのでしょうか。
(のばらさんの談)

住職には老婆の昔の知り合いの娘だといっているらしいが、そんなことは老婆にとってどうでもよかった。
苦しい時に背中をさすってくれたり、粥を親切に養ってくれるのが、なによりもありがたい。
「清姫おりょう」より
身寄りがないという茶店のおばあさんの「そんなことはどうでもよかった」というのが飄々としているようでなんとも重いような、不思議な印象です。清姫おりょうも、ほんとは普通に年をとりたかった…のですよね。
   
かげろひや問わず語らぬ老いの背な
   




夕風が小屋の外にまで、藤の花の香を運んで来る。
井戸のほとりで、女は米を洗いはじめた。
「清姫おりょう」より
ご飯のしたくって面倒だけど当たり前で普通のことです。いろんな秘密や罪をかかえる清姫おりょうも普通にご飯食べてなければ川に沈まなくてももうとっくにいなくなっている。それでもお米といで炊いて食べて盗んで、寄進する。矛盾を抱えてもまだ自分は生きている。清姫の毎日を思うとくらーい気分になりました。
   
米をとぎ一人見送る春暮れる
   

こういう場面は男性と女性の違いをよく表している気がします。女性って少々のことがあっても現実的なことへのパワーは落ちないというか、いろんなことを抱えられるんでしょうね。
↑の老婆もそうですが、おりょうのどこか距離を置いて自分を見ている感じが、「米をとぎ」でよく表れていると思いました。
(こでまり)
炊事、洗濯、人の世話をするのは、女性には現実を生きている実感がもてる時間ですよね。おりょうにとって、本来の自分になれていると思いたい時間なのでしょう。それをのばらさんらしい、繊細さで見事に詠まれていて、嬉しくなりました。
(すみれさん)
すみれさん、お米とぎの句に感想をありがとうございます〜。艶のあるシーンや春らしいところで詠めずにめっちゃ地味いいいな句になったなと思ってたんです(^−^;)。宗匠も麦さんも書かれてましたが、あの一人称が変わるラスト、面白いですよね。
「雨がいけなかった」の清姫の回想は、あの日の雨がなくあの時ばれなかったとしても、このままの暮らしと生業を続けていたら、いつかはどこかで殺しにも踏み込んだんじゃなかろうか、とも思ってしまって、なんというか、今回改めて読んでこういう生き方に踏み込んでしまった清姫おりょうの、ずるさや強さ・しぶとさ、それに裏返しの弱さとか、いろいろぎっしり感じていました。それがなかなか言葉にはまとまらなかった〜。でも皆さんのお句を読んで鱗ボロボロで 気持ちもスッキリしました(^-^)/
(のばらさん)



 たまこさんの五七五 

「かわせみ」には、犯人をつきとめたものの、同情すべき事情を知って見逃す…というパターンは数多くありますが、これは完全に犯人に「してやられた」珍しい話ですよね。悪女ものの一つに入るのか…ヒロインの「おりょう」の背景説明や描写が、もう少しあればいいのに、と読者に思わせるくらいさらっと止めてあるところが、余情があって良いのかもしれませんね。
(たまこさんの談)

源さんも、あちこち走り回った上、過去の事件の記録を調べて、 ようやく犯人を探り当てたのに、もうちょっとの所で残念でしたよね〜
   
春嵐過ぎ一服の暇もなし
   




「それより、うちの近所のもの知りの先生が御開帳をみに行って、あの鐘をよくよく見たところ、天保何年とかに作ったと裏のほうに彫ってあるのがわかったそうで、とんでもねえ話だと怒ってましたよ」
「それがどうだってのさ、勇さん」
  (略)
まだ、きょとんとしているお吉の横顔に春の陽がうららかであった。
「清姫おりょう」より
回向院といえば、「浅草天文台」の事件のときも、「頼朝公三歳のしゃれこうべ」という話が出ていましたが、多少理屈に合わない事でも、あまり気にせずに有難がってくれる善男善女が世の中には多いようで…今でも「テレビで言ってた」という話が一人歩きすることも多いですからねぇ。
   
うららかや善き人集う回向院
   




恋人と幼い日から一緒に遊んだ美しい紀ノ川には、身を沈めるには充分の深さがある。
「清姫おりょう」より
川端の桜の散る頃は、川面が花びらで真っ白になり、コーヒーに入れたクリームのように渦を巻いている光景が見られますね。紀ノ川は、ぜひ行ってみたいと思いながらまだ訪れていない所の一つなので、私が実際このような光景を目にしたのは神田川とか目黒川で、紀ノ川ではないんですが…
   
遠き日よ瞼に霞む春の川
   
花屑の渦に消えなむ身も罪も
   

おりょうがひたすら目指しているのが故郷の紀ノ川というのが切ないですが、「花屑の〜」のような気持に支えられているのかもしれませんね。うっ、余計に切ない。
(こでまり)
「遠き日よ…」のお句には故郷の風景を懐かしむ思いが溢れていますよ。恋人が元気でいてくれたなら、こんな人生にはならなかったのにとの思いがあるのでしょう。
(すみれさん)



藤はやっぱり「情念の花」という感じがします。「無間道」は映画の好きな方なら「あ〜あの香港映画ね」と思われるあれですが、なんか「文化の共有」って感じで印象に残ったタイトルでした。
   
藤の香のまつろひ渡る無間道
   
【たまこさんの現場検証】
「藤」は「情念の花」はわかる気がしますが、「無間道」はわからない〜。
気を取り直して「藤の香」を想像しながら、今月も現場検証を楽しませていただきましょう。
今月の現場検証はこちらからどうぞ!
たまこさんの現場検証もますます充実ですね
(ぐりさん)
回を重ねるごとに本格的になり、歴史探訪のようで毎回ワクワクしながら拝見しております。
(みちころんろんさん)



 麦わらぼうしさんの五七五 

お題を聞いた瞬間にストーリーやセリフまで、ぱっ!と浮かんでくる程大好きなお話なのに…さっぱり出来ません。 そして、あろうことか冗談系で平岩先生を詠んでしまうという恐れ多い事までやらかしてしまいました。平岩先生、ゴメンナサ〜イ!
(UP後に)
今月も、一人で読んでいるだけでは気づかなかった点がいっぱいあって、みなさまに感謝です。
(麦わらぼうしさんの談)

「かわせみのような、ちっぽけな宿だと用心がいいんだがな」
「あちらは格別でございますよ。鬼の番頭さんに鬼のお吉さんの目が光ってます」
「清姫おりょう」より
番頭さんは当然として、お吉さんは「鬼」と言われたら反論するかな?でもこの二人なら本当に鉄壁の守り(ゴールデンコンビ)ですよね。
   
鬼二人守る宿には悪も来ぬ
   




こでまりさまが、お題発表の所で書かれている「後半で一人称の主が変り、おりょうの心の内が明かされます。」この点がこのお話のツボなんですよね。はじめのままの視点で書かれていたら、「盗みで貯めた金で鐘を寄進されたって、恋人が喜ぶはずがないよ、バカな女」というような感想を持ったと思うのですが、実際は、「出来れば無事逃げ延びて恋人の願いを叶えてほしい」「田原屋の女主人もなんで気付いたのよ、知らないままなら、おりょうも殺人の罪まで犯す事もなかったのに〜」というおりょう寄りの気持ちになってしまいました。
読者がこういう気持ちになる事を狙って平岩先生も書かれたのかなと思いまして。そうなら見事先生の術中にハマッた私でした。
   
ハマったよ!清姫おゆみの品玉に
   

「品玉」は江戸時代の手品の呼び名だったんですね。確かに東吾さんたちの視線だけで見ていたら、麦わらぼうしさんが書かれているように思ったでしょう。この後半は本当に「ハマり」ましたね♪
(こでまり)
麦さんがコメントに書かれていたように、私も、たとえ詐欺の霊おろしであっても、女主人(名前忘れたけど46歳の)が満足し、おりょうは金を得、おりょうの前にいた老いた祈祷師が最期に手厚い介護を受けられたのだったら、何も問題はなかったのに…と思ってしまいました。やっぱり水に濡れても落ちないコスメグッズが開発されていれば…ってそういう話じゃないだろ!それにしても、これまで、水にすぐ溶けちゃうようなものでホクロとアザを描いてごまかしてこれたってのもすごいですよね〜
「おゆみの品玉」(座布団10枚)には、明治編になって益々わくわくさせられますよね。来月号いったいどんな展開になるのか全く読めず本当に待ち遠しいです。
(たまこさん)



 みちころんろんさんの五七五 

ここのところ、雨ばかりで鬱々としておりますが…今月のお題のような雷が鳴らないだけいいのかな…と思っております。久々に提出するお題は、難しくて難しくて…。不出来ではございますが、欠席はしたくないと思い、提出することにいたしました。今月も皆様の御作を楽しみにしておりますo(^-^)o
(みちころんろんさんの談)

「おや、誰だい。そんな所から入り込んで」
  (略)
別に耳をすませたわけではなかったが、部屋の中で何が起っているのかを暗示させる妖しげな気配を聞きとって、東吾は苦笑した。
「清姫おりょう」より
   
あまおとに  漏れ聞く声は 誰が声ぞ おもわせぶりに 見事騙さる
   

東吾さんを相手に、瞬時にこういうストーリーを考えて自ら演じられるなんて、大した才能ですよね。その力で祈祷師としてもそれなりに人の役にたってたみたいなのに……。
(こでまり)



もう一働きすれば、恋人の寺に釣り鐘の寄進が出来る。
それが死んだ人への自分が出来る唯一の供養だと女は信じていた。
「清姫おりょう」より
   
七変化 思う心は 一途なり
   




 あっちの管理人さんの五七五 

「清姫おりょう」を読み返して、藤の花が見たくなりました。久しぶりに亀戸天神に行ってみたいなと。
(UP後に)
今月は締切りギリギリの滑り込みかと思いましたが、そうでもなかったようで少しホッとしました(笑) 皆さんのお句の他にすみれさんの「骨のつぶやき」、たまこ姐さんの「現場検証」、紫陽花さんのオマケと読みどころ見どころ満載でしっかり楽しませて頂きました。今月のキーワードは「春雷」と「藤」でしょうか。
(あっちの管理人さんの談)

軒先での雨宿りといえば「女がひとり」の冒頭のシーンがまず浮びますが、「清姫おりょう」も同じような雨宿りのシーンから始まりましたね。「かわせみ」では軒先の雨宿りのシーンが何度か登場しています。「女がひとり」では東吾さんが香苗さんと一緒に雨宿り。「女主人殺人事件」や「雨月」では下手人が「かわせみ」の軒先で雨宿り。そうなると…
   
軒先の雨宿りには事件あり
   

雨宿りといえば、「三つ橋渡った」や「菜の花月夜」なんかもありましたね〜懐かしい♪
(こでまり)
「雨宿り&雷」、やはり競作ポイントでしたね。あっちの管理人さまの「軒先の雨宿りには事件あり」になるほど!です。雨宿りの出てくるお話って、こんなにいっぱいあったんですね。
(麦わらぼうしさん)



「いやだ。あんたなの」
含み笑いに、雷鳴が重なった。
  (略)
雷と色事の結びつきは、芝居や小ばなしの常套手段でもある。
具合の悪い顔で東吾は空を眺めた。雨はややおさまって来ている。
「清姫おりょう」より
雨宿りしながら雷が苦手のるいさんのことを心配する東吾さんですが、「女がひとり」の時といい今回の雨宿りといい、「うまいことやりやがって」と自分もこんなところで雨宿りしてないで家にいたら早速蚊帳つって…
   
春日中雷なっておおっぴら
   

ちょうど今日、ご本家にオール読物5月号の話題が!「東吾さんの遺書」とか書いてあるし、ドキドキします。いろいろ頭の中で想像しますが、そんな時こそ、蚊帳吊ってるような東吾さんが懐かしい〜!!
(こでまり)



稲妻と雷鳴の中で人殺しはあっという間だったと思う。
清姫おりょうが人殺しをしたなんて、他人事のように女は頭をふって、その思い出を消した。
「清姫おりょう」より
意表をつくラストが印象的でしたが、東吾さんきっと「清姫おりょう」がすぐ傍にいたことは一生わからずじまいでしょうね。故郷の寺へ鐘の寄進をするためのお金はもうすぐ貯まる。そしたら江戸を離れあの世で待っている恋人のところへ行くというおりょう。恋人が旅の途中で息絶えることがなかったら、小さな村で静かに年をとっていったかもしれないのに。どこでおりょうの人生が狂ったのか。哀しいですね。
   
男ゆえ鬼にも蛇にも身をかえす
   
紫の花房にほふ春風の
   




 シュミット(bf109)さんの五七五 

この物語、何回か読むごとに「娘道成寺」のような感じがしてきました。
(UP後に)
UP、ありがとうございます。「娘道成寺」のお話が本文中に出てくるのが分かるような気がしました。
(シュミットさんの談)

「あんたの黒子、描いてたの、それじゃあ、そのあざも……」
女主人が大声を出した時、女は逆上して台所から出刃包丁を取って来た。
「清姫おりょう」より
   
軒先を 借りた母屋は道成寺 黒子流れて清姫変化
   

あの時本当の「清姫」みたいになってしまったのは、ふいにバレたからではなく、百両をだまし盗ってやろうという下心があったからでしょうね。でも「春雷」が気持に拍車をかけたような気もしました。
(こでまり)



 ぐりさんの五七五 

雨宿りしているところ姉上と一緒だったよねーと思ったらあれは「女が一人」でしたね今回は長助親分と一緒なんで
すね東吾さんって雨宿りすると何時も。。。。な場面に出会うんですね
おりょうがC姫稲荷で配っていたお札は良く効いたということでした 多分おりょうは心をこめてお札に祈りをこめたんでしょうね だから効き目があったような気がします 明治になって新潟のほうでという後日談があるお話しが合ったような気がしますがおりょうも明治になって後日談で出てこないでしょうか 気になるその後ですね

(UP後に)
どきどきしながら読んだ姫おりょう、競作ポイント雷,鐘供養でしたね興味深く拝見しました皆さんのお句何時もどおり冴えていらっしゃいますね
(ぐりさんの談)

宗匠が掲示板で「娘から鬼へ」にC姫みたいとかいていらっしゃって おりょうは綺麗な心のもの主だと思うんですけど其れが盗みを働いたり 挙句人殺しまでしてしまったそんな時は鬼の心になっているんでしょうか 清姫が龍に変身して安珍を焼き殺してしまったように
   
清姫と 龍の狭間に あるものは
   

掲示板に貼られた「高山祭」の「娘が鬼になる」お写真、とてもタイムリーな一枚でした。人は誰でも「綺麗な心」と「鬼の心」を合せ持ってて、何かが縁になった時にどちらも表れてくるんですよね。お句の「狭間」も含めて、人間なんでしょうね。
(こでまり)



家にいれば、すぐにも蚊帳を吊ってその中に二人で入って、しっかり抱いていてやれるのだが、あいにく、講武所の帰り道であった。
「清姫おりょう」より
雷が嫌いなるいさんを心配する東吾さん そんな時はもうるいさんで一杯になっている胸の内
   
春雷の 凄さに妻を 案じては
   




おりょうの一計に引っかかった東吾さん
   
春嵐 艶な演技に 惑わされ
   




旅に死んだ恋人は、紀州の小さな寺の跡継ぎであった。諸国を行脚し、浄財を集めて、自分の寺に釣り鐘を寄進するのが夢であった。
  (略)
釣り鐘の寄進がすんだら、女の行く先は決っていた。
「清姫おりょう」より
おりょうは鐘を寄進したら行く先は決まっていると 死んだ恋人のところへは行くことができないと覚悟しています せめてあの世では添わせてあげたいですね
おりょうは鐘をきしんできたのでしょうか その鐘はどんな音がするのだろうか 恋人が二人で聞きたいと願ったような澄んだ人の心を癒す音? 多分したように思います
   
佐保姫や 来世でせめて 添わせてよ
   




東吾もその辺りは心得ていて、るいから円光寺の藤の話を聞いたとたんに、
「それなら、お吉を連れて行って来いよ、俺も講武所の帰りにそっちへ廻る。円光寺で待っていてくれ」
と約束した。
「清姫おりょう」より
藤を見にどんな着物で行ったのでしょうね たまの夫との楽しいお出かけ偲ぶころのように目立たないということはしなくてもいいんですよね
   
春袷 夫に寄り添い 香に酔って
   

「何を着て行った」は全然思いつかなかったポイントです。春だしお出かけだし、きっとキレイにして行ったんでしょうね。
(こでまり)



 茜雲さんの五七五 

いつも本当にぎりぎりで申し訳ありません。もう今月も諦めようと思っていたのですが、何とか一句だけ頑張ってみました。
(茜雲さんの談)

風のない午下りは、花の香が境内のすみずみまで漂っている。
「面白い話を源さんに聞いたよ」
清姫のおりょうと仇名のある女盗賊のことであった。
「清姫おりょう」より
結局正体が明かされる事もなく東吾さんの推理だけで終わったお話で、しかも名ではなく“女”と称された事で余計に謎めいて、それまでの話とも一線を画した作品としてすごく印象が深い話です。
   
藤棚の下に噂の“女”あり
   

「梅一輪」の時にもこういう接近がありましたね。今回は直接絡むこともない分、ちょっと物足りないような、でもやっぱり「謎めいて、一線を画した作品」でした。
(こでまり)



 こでまりの五七五 

今月は読み始めても、なかなかお話に入り込めなかったです。おりょうのその後については漠然と「逃げ切った」印象だったのですが、今回改めて「こんなお話だったんだ」とちょっと切なくなりました。後半の一人称が老婆になったりおりょうになったりしていますが、やはり効果的ですね。
(こでまりの談)

冒頭のような描写を読むと、つくづく「東吾さんて優しい人だなあ」と思います。
   
春雷や不愍さつのる家路かな
   




ちらと見上げた神棚の上に、金色の御札に赤の御幣を添えつけたのがのせてある。
「清姫おりょう」より
「金のお札に赤い御幣」って、かなりエキセントリックな感じがしません?クリスマスじゃないんだし、あは。
   
春の風赤き御幣をひと揺らし
   




池のこちらにも、むこう側にも大きな藤棚が続いている。そして松の林のあたりにも、長く紫の花が雲か霞のようにたなびいてみえた。
「清姫おりょう」より
藤を見るためにわざわざ出かけたことってないのですが、こんな風景も一度見てみたいし、香りも感じてみたいです。
   
けむるごと花房続く藤の寺
   




部屋のすみに四角い風呂敷包があった。
  (略)
骨の半分は捨て、半分は残した。
「清姫おりょう」より
今月一番気になったのは「半分の骨」です。何故恋人の骨を半分捨てたんでしょうね。半分は亡くなった土地の寺にでも預けたというのならわかるのですが、捨てたって……。それとも女の一人旅を続けるためには半分がやっとということだったのか。でも半分になったら余計に愛しさが増したように思います。
   
藤の香や半身の骨の箱を抱き
   

「なぜ骨を半分捨てたのか?」という疑問にはまったく気がつきませんした。本当になぜなんでしょう?
(麦わらぼうしさん)
「骨を半分捨てた」というのは、単純に、壺の中に盗んだ金を入れたので入りきらなくなったからと思っていましたが…最初から半分捨てたんじゃなくて、金を入れるたびにそれと同じ容量の骨を捨てていくうち、現在は骨と金とが半々に(おっ五七五になった)
(たまこさん)
骨壷の骨にはまったく気が行ってなかった。そういえば疑問、そして、たまこさんの「最初から半分捨てたんじゃなくて、金を入れるたびに…」になるほど〜〜〜と。この後も骨はどんどん減ってお金が増えていくとしたら…怖いなあ(汗)と思ってしまいました。
(のばらさん)
骨を捨てたことには思いがいかなかったですね捨てたってどこへ海へ散骨とかは今でもありますがめったなところへは捨てられないですねー恋人をよりどころにしているのにチョット変な気もします
(ぐりさん)
骨にこだわって申し訳ないんですけど、江戸時代っていわゆる「土葬」だったんでしょ?それなのにまず骨にしてるのも不思議だし(火葬でなく骨になるまで待ってた?)、その骨を半分持っているっていうのもすごく不思議だな〜って思ったんです。だからそこに何かおりょうの特別な気持ちが隠れていそうな気がしたんです。(わはは、メッチャ深読み)なので、骨に反比例してお金が増えたというのは新鮮な視点でした〜。
(こでまり)
みなさまのコメントを読んでいるうちに、骨の事がすごく気になってきまして、私なりに考えてみました。たまこさま、こでまりさまの考えをミックスさせていただいて。
最初の犯行は、ほんの出来心というか、うっかり置き忘れてあったのを咄嗟に盗んでしまって、計画的じゃなかったから、とりあえず骨壺の中に入れた(わずかだから骨を捨てる必要は無し) で、犯行後、己の罪を自覚した時、(私はついに罪を犯してしまった、もう死んでも恋人のいる天国には行けない、こんな私は恋人の骨のすべてを持っている資格は無い、これから罪を一つ重ねるたび、骨を一つずつ捨てていこう、罪の重さを忘れないように…)と決めた。
そして、壺の中がお金で満たされた時、つまり罪で満たされた時、おりょうは “ダークおりょう完全体”と成り、川の底へと沈んでいくのであった…        
ま、ま、どうぞ軽く読み流して下さいませ(^_^;)
「土葬」が一般的なのになぜ骨にしたか?も、まったく気づきませんでした。本当にみなさまのおかげで目からウロコだらけです。
(麦わらぼうしさん)
私も気になりましたので妄想(^-^;  確かに江戸時代は土葬が一般的でしたが、まったく火葬がなかったともいえないらしいです。もっと古い時代は鳥葬・風葬。京都の東山は鳥辺野というあたりは今でも墓地ですが、その名残だそうで。恋人といつも一緒にいたかったから、何とかして火葬にしたかもしれませんね。(自ら恋人の遺体を焼いたかも。それも壮絶)
(はなはなさん)
はなはなさんと同じですが、「荼毘に付す」という言葉もあるように、火葬そのものは、主流ではなかったけれども結構古くからあったのでは? 旅先で死んだ場合、やはり骨にして故郷に持ち帰るという必要があったでしょうし(「おりょう」の他にも何かの話にあったような気がする)、おりょうの場合はこれに当たると思いますが、はなはなさん案のように「自分で」というのも考えられますよね。
「道成寺」で盛り上がるかと思いきや、骨で盛り上がるとは意外♪麦さんの「ダークおりょう完全体」は爆受けです!ゲームソフト「清姫おりょう」が出来たりして…
(たまこさん)
うひひ、いろいろな「骨」の話をありがとうございます。 麦さんも久々にお話を書いてくれたらいいのに〜(おねだり♪) 「ダークおりょう完全体」はアニメ好きな麦さんらしくて、やはり爆受けです!!言われてみれば、土葬オンリーというわけではなかったのでしょうね。でもはなちゃん説の「自分で」は壮絶すぎて考えたくない〜。みなさん、ありがとうございました。
(こでまり)
麦さんの「ダーク おりょう完全体」それ!良いです! どうして骨がつぶやく様になっていったのかまでのストーリーができそうではありませんか?皆様の素敵な妄想力がどんどん膨らんで何かの形になりそう…期待でワクワクします\(~o~)/
(すみれさん)



おりょうは恋人の寺に鐘を寄進し、半分残した骨を抱いて紀ノ川へ帰ることを、ひたすら願っているような気がしました。
   
紀ノ川の水の恋しや鐘供養
   

同じように望郷の思いが込められていて、おりょうが帰郷する時は=鐘を寄進=恋人の後を追って川へ…思いつめている心が哀れを誘いますね。
(すみれさん)



 はなはなさんの五七五 

今月のお題は、自分自身の思い入れも強くて、イメージもあざやか、お話自体も凝った作りで、詠みたいポイント満載でしたが、いかんせん時間切れで、到底満足とは言いがたい出来で、お送りするのが恥ずかしいのですが…。 心惹かれたのは、春雷を避けている東吾が色事に粋な配慮をしたつもりが事件を見逃してしまうところや、藤の花見に船ででかけるるいとお吉主従、殺人の現場にそれと知らず行き合った東吾を心配するるい、などありましたが、やはり、おりょうの述懐は鬼気迫るものに感じました。
(UP後に)
アップを拝見して、詠む切り口がこんなにも多彩に展開できるお話だったんだ、とびっくりして、自分の消化不足が身に沁みました。すみれ様の「骨のつぶやき」にはすっかり脱帽です。たまこ様の現場検証も緻密だし…紫陽花さまのおまけは本職のアニメーター顔負けですねぇ〜♪御幣を振る湯呑みが可愛いです♪「清姫おりょう」は不思議なお話で、かわせみにはめずらしく、犯人であるおりょうの視線・名もない登場人物の視線、いろいろな視線が絡まりあって事件の全貌や登場人物の心情が明らかになっていく、とても好きなお話でした。道成寺については皆様もよくご存知だし、おりょうという名前一つとっても、道成寺を想起させることもできて…平岩先生の手腕にうっとりしながら拙い句をひねりました。
(はなはなさんの談)

雨がいけなかった、と女は呟いた。
あの日、死者の口よせが出来ると材木問屋の女主人をだまして百両用意させ、出かけたのはよかったが、突然の雨で顔の黒子が流れてしまった。
「清姫おりょう」より
もし、春の嵐が痣と黒子を洗い流していなかったら…。それでも詐欺ですから罪は罪なのですが、おりょうはまだ救われたかもしれません。
   
春雷は打ちをり恋のぬけがらまでも
   




けれども、自分がたどりつくのは恋人のいる極楽浄土ではない。盗みを働き、人を殺した罪人は無間地獄へ落ちて行く。
「清姫おりょう」より
おりょうが今の境遇に身を置いたのは、自業自得かもしれませんが、紀州から流れ流れて、遠い江戸で恋の形見の鐘を寄進する金を作る為に、独り盗人稼業に身を沈めています。恋人を追うことが究極の目的であることが、哀れを誘います。罪を犯すことで、死に場所を探しているおりょうではないかと思いました。
   
恋凝りて自ら沈む渕となりぬる
   




平岩先生は、淡々とおりょうの気持ちを独り言のように書いています。彼女にとって、一日一日は、死に向かっていて、泡のように消していく記憶なのではないでしょうか。おりょうの罪を鮮やかに解いた東吾たちの話を美しい藤ごしにききながらも、おりょうの気持ちは揺るがなかった、それが悲しいです。藤蔓の絡んだ様が、能の道成寺で男への恋がつのって蛇に変じた女の情念を思わせて、おりょうの恋もただ美しいのではなく、罪を犯し、異形に変わってまでも成就させたい、それがあわれです。
   
藤揺れても揺るがぬ恋は蛇と変じ
   

「道成寺」の清姫は自分のために恋の相手を焼き尽くしてしまいますが、おりょうは一人になっても死んだ恋人のために尽くしているのが胸をつかれるというか、少し救われますね。(方法はマズイんだけどね)
(こでまり)
思いつめた心は清姫と同じく 蛇へと…何とか救いの道はないものでしょうか?
皆様の五七五をつなぐだけで、立派におりょうのお話しが出来上がってしまいますね(*^_^*)今月も多いに楽しみました。
(すみれさん)



 花みずきさんの五七五 

今月はなんとか出来ました〜と言ってもギリギリですが… 毎月言ってますが来月こそ早めに取り組みたいです。「清姫おりょう」はラストが印象深くお題を聞いたときもすぐラストシーンが頭に浮かびました。というわけで、今回はポイントを最初と最後にしぼり作ってみました。
(UP後に)
今月はなんとか(ギリギリでしたが)提出することができましたが、みなさまのお句を見ると詠みの深さにダメだ〜もっと読み込まないと思います。紫陽花さんのオマケはあいかわらずかわいいし、たまこさんの現場検証はますますパワーアップしてますね〜。
(花みずきさんの談)

講武所を出たとたんに稲妻が光った。
雨はまだ降り出していないが、少し間をおいてかなり大きな雷鳴が轟いた。
  (略)
大川端の「かわせみ」のほうはもう降り出しているかも知れないと思い、神林東吾は神田川沿いの道を大股に歩き出した。
「清姫おりょう」より
雷を怖がっている、るいさんを思って道を急いでいる冒頭のこのシーンはきっと競作ポイントだと思います。
   
春雷の轟く中で妻思う
   




「藤の花の匂いって、こんなに強いんですねえ、まるで酔ってしまいそう……」
東吾に寄り添って行くるいの呟きは、茶店のところで洗いものをしている女の耳にも入ったようであった。
「清姫おりょう」より
最初から化けるのがうまかかったのか?でも、こんなことはいつまでも続けられないのは本人が一番わかっていることでしょうね。
   
藤の香(こう)惑わせ煙(けむ)にまく女
   

いつまでも続けられることではないですよね、でもおりょうはもう一回くらいはやるつもりのようですねあと少しで~といっているから、でもあのおばあさんの御茶屋でしばらくは雲隠れするつもりなのでしょうね、なんとなくつかまって欲しくないような気がしてしまうというのもおりょうに獲られた紀州のご開帳もこの分なら元が取れるとか書いてあっておりょうに好意的なんて思うのは変でしょうかでもいいことではないんですけど
(ぐりさん)



全ての根源がここにあるんですよね〜
   
一念の思いがさせた悪事なり
   

↑のように、「いつまでも続けられない」という気持と背中合わせだったのでしょうね。でもいつか、自分のしていることは、本当は恋人が望んでいないことだと気づいてしまったらどうなるだろう……とも思いました。
(こでまり)



 紫陽花さんの五七五 

遅くなりました。まだ間に合う?間に合わないようでしたら皆さんの感想を載せるときでいいですよ。面倒くさかったら載せなくてもいいし。このお話のポイントは“46が婆さん”だということでしょう。あちこちから非難の声が上がっているような気がします。
(UP後に)
。「藤の香」も競作ポイントの一つでしたね。がんばったけど詠めなかったところです。「46」はムッッと思って詠む気力がうせたところです(笑)またゆっくり楽しませてもらいます。
(紫陽花さんの談)

神田須田町から日本橋へ通う道は雨上がりですがすがしかった。大店の小僧達が自分の店の前に出来た水たまりを箒で均している。
「清姫おりょう」より
   
通り雨小僧の仕事が一つ増え
   

お句の「小僧」って彼らのことでいいですか?雷が鳴るたびに、こうやってお祈りしてるってことなのね〜。
(こでまり)
こでまりさん「小僧」はあいつらのことではなく人間の小僧(変な言い方だなぁ)です。お店の前をお掃除していた場面があるでしょう。あそこです。
(紫陽花さん)
うぎゃ、またやってしまった。読み直したらありました。ってことで、即訂正〜。
(こでまり)



「今日だって、あたしがあの赤い御幣をふってお祈りしたら、忽ち、雷が退散しましたもの」
「そいつは豪儀だ」
「清姫おりょう」より
オマケを作るのに一生懸命になってしまい肝心の俳句を作るのを忘れていました。オマケも直しても直しても変できりがないので適当なところでやめました。目がちかちかして疲れちゃった。

今月もお句を作り忘れるくらい凝ったアニメを、ありがとうございました。「くわばらくわばら」が受けました!
「46」については、お察しのとおりです!!
(こでまり)
紫陽花さんおまけすご〜い御幣がきらきらして〜みんなの期待でくができなかったなんてごめんなさい
(ぐりさん)
動画もどんどんカットが多くなってきて、楽しめました♪それぞれお札をもって雷封じをしているのって、可愛いですね
(すみれさん)
おまけの子達は雷にも雨にも負けずひたすら祈っているのがメチャかわいいし…♪
(みちころんろんさん)
おまけの子達もかわいい♪
(のばらさん)