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 白鷺城の月
「鬼女の花摘み」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
先月は「おたぬきさん」にご参加くださいましてありがとうございました。思いがけない「お勝考」も届けていただき、興をそそられましたね。

さて拙宅は先日五周年を迎え、今回から新しい年度に入ることができました。これも毎月参加してくださる皆様、遊びに来てくださる皆様のおかげです。心から御礼を申し上げます。新しい一年も、皆様と一緒に綴って参りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

さて、今月は「白鷺城の月」を選びました。

このお話は、おるいさんが箱根の山を越えたお話として、記憶していらっしゃる方も多いと思います。実はこの春、学生時代の友だちを訪ねて、白鷺城に上ってきたんですよ〜(おるいさん気分満喫♪) なので、今年の十一月はこのお話と、決まっていました(わはは)
お話は、題にもあるように月とお城の美しさが文章からもあふれているのですが、そこに暮らす人間模様は、美しいばかりとは限らないようで……。
でも改めて「東吾さんって、自分が無事なら連絡しない人だったんだ〜」ということを思い出しました♪

さあ、今月はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成十九年十一月)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
昨日、木枯らし一号が吹き荒れ、冬に突入致しました。
そちらはもう雪が舞いましたでしょうか?
さて、今月のお題でございますが、詠むポイントはたくさんあれど、
やはり難しく…参加したいという気持ちだけは人一倍強いのですが、
いつものことながらまとまるどころかバランバラン…五七五になりません…
頑張ったのですが…今回は欠席させていただきたくお願い申し上げますm(__)m
(みちころんろんさん)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 たまこさんの五七五 

かわせみの「月」シリーズには「師走の月」「冬の月」などもありますが、この「白鷺城の月」は、「白」も共通に入っているせいか、「白萩屋敷の月」と並ぶ名作という気がします。もっとも香月様と五十枝夫人とは天と地ほどに違う女主人公ですが…
(UP後に)
はいくりんぐ5周年にふさわしい圧巻ですね〜〜宗匠は「今年の締めはこれ」って前から思ってらっしゃったんですね、納得です。素晴らしいの一語に尽きます。
(たまこさんの談)

まったく東吾さんの筆無精のおかげで、たいへんな時間と労力の無駄に!でも、そのおかげで、観光旅行などおいそれと出来ない時代に、二人でゆっくりと名城を眺めることが出来たのだから、まっいいか。
しかし、お江戸で待つ通之進様や源さんはどんなに…きっと早飛脚、八丁堀に一歩入ったとたん源さんや源太郎麻太郎達がとびかかって拉致されたことでしょう。
   
血相を変えて飛脚を絡め捕り
   

長助さんは自分のおっ母さんが「深川から出たことがない」なんて言ってたような…。行きと違って帰りはさぞかし良い旅だったでしょうね。八丁堀に入った早飛脚の運命……わはははは〜これは思いつきませんでした!
(こでまり)
こでまり宗匠のコメントとともに「うはははは!」と大爆笑♪しました。早飛脚はさぞ怖い思いをしたことでしょうね(笑)
(はなはなさん)



「こりゃあ、日本一の眺めでございますね」
長助が大声を上げ、宗太郎が笑った。
「いいのかね、江戸っ子がそういうことを口に出して……」
東吾はるいにより添って遥かな播磨灘を指して教えていた。
「白鷺城の月」より
るいも長助も、東吾の無事に安心して、事件も片が付いて、ゆっくりと城からの眺めを楽しんでいます。でも東吾はきっと、この平和で美しい風景の背後にある時代の動乱にも思いをはせているんですね。お江戸だけでなく日本全国どこの地も激動をまぬがれないであろうことを…
   
霧晴れて寄り添い眺む鷺の城
   
海原は江戸へと続く冬日和
   

東吾さんはきっと根っから自由人なのかもしれませんね。立場が変わっていたら坂本龍馬みたいな人生を歩んだのかも、と妄想することもあります。思想や体面よりもっと大事なものがあることもちゃんと理解していたから、動乱に飛び込まなかったのですが。たまこ様のコメントを読みながら、御作を読みながら、明治編での東吾さんの皮肉な運命を思いました。
(はなはなさん)



【おたま姐さんの現場検証 浦賀編】
まず幕府が相州浦賀で三本マストの西洋型船「鳳凰丸」を建造したのを手はじめに、水戸藩、鹿児島藩が同じく三本マストの西洋型船を造った。
「白鷺城の月」より
冒頭に「まず幕府が相州浦賀で三本マストの西洋型船「鳳凰丸」を建造」とある、「鳳凰丸」です。浦賀の資料館にありました。
この資料館は、市民サークル活動などのための市民センターの一角にあり、私が行った時は隣の部屋の詩吟グループの声が高らかに聞こえていました。
この一行のために浦賀まで行く私もバカだと思いましたが、たまたま、秋の鎌倉を歩く小田急・江ノ電合同のイベントがあって出かけたので、帰りに寄ってみたんです。


江戸湾と相模湾を結ぶ浦賀水道。三浦半島の右肩に深い切り込みを入れたような浦賀港は、品川から京浜急行の特急で1時間弱です。
駅を出ると目の前に長々と続くブロック塀、そしてその中の巨大な倉庫群に目を奪われます。これが「浦賀ドック」跡地で、本編にあるように嘉永6年(1853)幕府の造船所が作られ日本初の洋式軍艦「鳳凰丸」などが建造された後、明治30年(1897)に「浦賀船渠(株)」が設立され、「浦賀ドック」として、日本海軍の軍艦を始め、戦後も青函連絡船やタンカーなど、1世紀以上にわたって1,000隻にのぼる艦船を建造しましたが、時代は航空機時代となり、平成15年に役目を終え閉鎖となりました。
 
写真(左端)のクレーンは、1台だけまだ解体されずにいるもので、昭和18年製造だそうです。初冬の風に赤さびを浮かせている鉄骨は哀感をそそりますが、跡地の広大さは、長年の「造船日本」の象徴を思わせます。
この跡地の利用についてはまだ検討中ということですが、ぜひ、幕末から現代への歴史を肌で感じさせるような有効活用法を考えてほしいですね。

今月は姐さんの現場検証はないだろうと思っていたら、なんとなんと、浦賀までお出かけくださったんですね。ありがとうございました。軍港や造船所は戦争で爆撃の標的にされたと思いますが、よく残っていましたねえ。ここには江戸の名残もあるみたいで、東吾さんが時々やって来ていたのではないかと思ってしまいます。
(こでまり)
「浦賀」現場検証は、さすがですね。たった1行でも記載があればその場所に行って見たくなる、よくわかります♪
造船ニッポンを支えて力尽きた廃墟の風景にも心打たれますが、開国のきっかけである「浦賀」がこんな形で現代につながっていようとは…たまこ様ならではの視点に脱帽です〜。
(はなはなさん)



 千姫さんの五七五 

お題に選んで頂いたのに、胸がわくわくし過ぎて五七五の出来がイマイチです(今月限定の言い訳♪)
(UP後に)
今月から本のタイトルからも五七五が見れるようになっていて、五周年を迎えてますますパワーアップのはいくりんぐですね!!すみれさんの独り言シリーズあり、紫陽花絵師の挿絵有り、毎月投句だけでも精一杯の私まで現場検証しなくちゃ、って気になるほど宗匠のイガパワーも浸透してきましたよね。私以外の三人にはもう外せないぞ〜〜って。
(千姫さんの談)

「私、何としてもこちらへ参りたいと思いまして……兄上様も御苦労だが頼むと目をうるませておっしゃいました。宗太郎様は最初から自分が行くと……そこへ長助親分が……」
「白鷺城の月」より
東吾は捕物の時、素晴らしく勘が冴えるのに何故、一言「私は元気です」と書かなかったのかなぁ。るいの傍には物事をとんでもない方向に考えるお吉がいて、るいはどんな気持ちで庭の山茶花を眺めたでしょう。
   
山茶花に 重ねた月日 無事祈る
   

庭の山茶花は、るいさんの誕生日の頃に咲くんですものね。どんな気持で眺めたのか。そうでした、傍にはハブのお吉さんがいたのでした。
(こでまり)



江戸からしたら姫路なんて、どんな辺鄙な所だろうと心細かったでしょう。昭和の50年代でも「姫路に転勤」と聞いて「もう終りだ」と思った、と聞いた事があります。 姫路城は播州平野の真ん中にあるので、江戸から下ってくると遠くからでも見えます。るい達一行はお城が見えて余計気持ちが焦ったことでしょう。 (11月は秋ですが…旧暦でもいいかなって)
   
冬枯れの 播磨路はるか 西の果て
   




「江戸のお城も御立派なのでございましょうね」
「残念ながら御天守がないのですよ。明暦の大火で焼けてしまいましてね。その後、再建しなかったので……」
幸代は少しばかり驚いた顔をしたが、何もいわずそのまま歩き出した。
「白鷺城の月」より
幸代は奥ゆかしい、いい人です。けっして私のように「えっ、江戸のお城には天守無いのん?そうなん?」なんて俄か、郷土愛丸出しにして、はしゃいだりしません。
   
千代田より 天守で勝った (プチ)胸を反る
   

そりゃぁ、はしゃぎたくなりますよね。お城については、大きく胸を反らしていいと思います!本当に美しいお城ですものね。
(こでまり)
お千ちゃんの、江戸城には天守がない「プチ」っていうのが大笑いです。で、質問ですが、この「プチ」は、胸の反らせ方が「プチ」なのか?「胸そのものがプチ」なのか?
(たまこさん)
←はメールに書いてあったのですが、私も「?」だったので載せちゃった、うひ。
(こでまり)
た、たまこさ〜ん…胸そのものがプチって…幸代の胸の大きさは書かれていないから、私の胸を知っている(◎-◎;)ドキッ!! 皆んなも「ほんと、どっちだろう」なんて思わなかっただろうねぇ!もちろん胸の反らせ方の方ですぅ〜。もっと私の気持ちに沿っているのは「よしっ!!」ってお臍辺りでする小さなガッツポーズに近いです〜。
(千姫さん@即行メール)



姫路の海は四国があるので「瀬戸内海」といい、いつも波が穏やかです。天気がいいと天守から淡路島や四国が望めます。
   
瀬戸の海 夫と寄り添う 眺めかな
   

おるいさんに添った句はひとつもできなかったので、この御作のさりげない幸福感が印象に残りました。初めての長旅、それも不安な道のりの果てのおだやかな時間は、おるいさんにとって何よりだったことでしょうね。
(はなはなさん)



【千姫さんの現場検証 姫路編】
姫路城が出来る前からこの場所にあるという古い社で、中曲輪のかなりの地所を占めている。
その木立のむこうに姫路城の天守が月光に映し出されている。
「白鷺城の月」より
今回は姫路が舞台のお話なので、もしかして私が現場検証なん?と声を上げるのもこわい気がしてダンマリをしていたけれど、 せっかくお題に選んでもらったのに、「私がやらずに誰がやる!がんばれ、自分!」と現場検証に行ってきました〜♪
  【播磨国総社・射楯兵主神社と総社から姫路城】
 姫路城の南にある大きな神社です。この日は七五三のお参りとお茶席が催されていたので、神主さん(?)や、巫女さんが、30人ほど居ました。 どこから城が見えるだろうと(物語と現実が混同している私)神社をひと回りしたけれど、周りには高い建物ばかりで諦めていた頃、普段、人が行けないような所で見つけました♪
一緒に探してくれた神主さんも「こんな所からお城が見えるなんて初めて知った」ってビックリしていらっしゃいました。


  【恵美酒宮神社と神護丸と速鳥丸】


今は海岸線に鉄鋼業が並んで飾磨港はずっと南になっていますが、江戸時代はこの恵美酒神社あたりが「飾磨津湊」だったのかな、と思います。

お城から直線距離で5キロ程だし、山も無い平野だから、江戸時代なら大天守から海に浮かぶ速鳥丸が望めたのでしょうね(きっと、るいは誇らしい気持ちで見たに違いない♪)。
説明文の中に「速鳥丸」の名前を見つけました。
ご本家のアンケートの時は改装中で見る事が出来なかった「神護丸」の絵馬です。「速鳥丸」も同じ時期に造られているのでこんな感じでしょうか。
(奉納の字や年号はほとんど消えていましたが、無造作にマジックで上書きされているように見えました。姫路の指定文化財なんだけどなぁ。)

お千ちゃん、「がんばれ、自分!」と勇気を出して、現場検証に行ってくれて本当にありがとうございます!何だか一緒に歩いているような気分です。神主さんまで味方につけるなんて、さすがの人徳ですわ♪
(こでまり)
さすが地元の千姫さんの現場検証は、素晴らしい見ごたえですね!!中でも、播磨総社からのお城の眺め、これはすごいですね。東京では、愛宕山をはじめ、ランドマークは江戸から残っているものはいくつもあっても、「ここから富士が見えた」「ここから海が見えた」という、当時の人々と共有できる眺めは無理…というか、はじめから無理だと思って探そうともしていなかったけれど、探してみたら、今でもまだ一つか二つは見つかるかもしれないかなと思いました。千姫さんの探訪精神に大拍手です(神主さんにも大感謝!) 明治編になって、かわせみの現場検証スポットも、これから全国に広がっていくのかもしれないですね〜
(たまこさん)
それにしても千姫さまの現場検証は地元だけにさすがです。速鳥丸も本当に建造されたんですね。どこまでが史実で、どこまでが架空のお話なんだろうと楽しい妄想に浸りました。神主さんのご厚意にも感謝♪
(はなはなさん)
姫路城、実は私も行った事があるんです。でもそれは高校の修学旅行で、当時の私は歴史はそれなりに好きだったけど、城や寺にはまだ興味がなくて、なんの感慨も持たなかったんだよなぁ〜今から思えばなんともったいない事をしたんだろう、もっとじっくり見ればよかったと後悔しきりです。まあ天守閣も登らなかったし、城をバックに集合写真を撮っただけでしたが。
(麦わらぼうしさん)
今月は私?とおっかなびっくりの現場検証は、写真を撮って送っただけで「丸投げ」状態だったのに綺麗にまとめてくれて、感謝ですっ♪たまこさんのお江戸現場検証とコラボ出来たのも嬉しいです。
(千姫さん)
千姫さんの初現場検証、私のような「旅人」がやるとどうしてもお城ばっかりに目がいってしまいますが、地元の人ならではの検証でしたね。
(こでまり)
かなり以前姫路城には行ったことがあります。お侍さん(の格好をした人)がいて観光客に大もてでした。いいサービスしているなぁと感心しました。ボランティアだったのかなぁ。
(紫陽花さん)
現場検証を拝見して、「地元ならでは」のゆかしいHNに、千姫さまの郷土愛を感じました♪北陸出の私には、瀬戸内地方は、明るくおだやかな印象で、憧れの地のひとつなんですよね〜。
(はなはなさん)



 すみれさんの五七五 

るいさんにとっては、人生最大の遠出をしたお話しですね。作者がるいさんにも白鷺城を見せてあげたかったのかしら?明治編になってからの悪い癖…東吾さんがどこかで生きていると判ったなら、このお話しみたいにるいさん、宗太郎さん、長助さんの三人で迎えに行くかしら…そんなお話しが読みたいな…
(UP後に)
現場検証は千姫様、たまこ姐さんにこでまり宗匠と超豪華版で、白鷺城の見物を未だした事が無い自分にも、充分楽しめました。紫陽花様のお城の四季模様もとっても素敵でうっとり♪です。 皆様のお作も、るいさんと東吾さんの再会模様の競作でしたね。はなはな様のお句の凄みある情念にうーんとなったり、皆様の詠みは何度 読み返しても飽きる事がありません。
(すみれさんの談)

東吾さんは御用船に乗って姫路へと向かいましたね。るいさん達も長い道程、やはり船を使ったのでしょうか?歩くよりも早いと思いますが、心配と船酔いとで、大変だったでしょうね。
   
海千鳥飛び行く先に待つ人よ
   




「畝源三郎どのも、この際、お奉行所をしくじっても、わたしと一緒に行くと、あのお役目大事の人が逆上してましたよ」
「白鷺城の月」より
源さんも一緒に来たかったのねぇ…良い友達、良い家族に囲まれている東吾さんです。皆の心配に気が付かない筆不精と呑気さは、江戸へ帰ってから兄上にたっぷりと叱って頂きましょう。
   
空っ風負けてなるかと巻羽織
   

登場はしませんでしたが、宗太郎さんが話した源さんの様子には、心打たれました。
(こでまり)



11月の播州は江戸よりも寒くないのか、初冬の雰囲気がお話しから感じられませんでした。夫婦養子を迎えたものの、若い嫁の寝所を伺う義父、家名大事さと嫁への嫉妬で夫を刺して後も自殺したと言い張る家付きの義母…一番寒いのは人の心だったようです。
   
冬ごもりできぬ虫飼う老いの坂
   
冷まじや夫婦の果ての虫退治
   

「冷まじや」私もこの言葉で何か作りたかったのですが、できませんでした。五十枝の心のありよう、この家の現実がぴったりの言葉だと思いました。それぞれの心の暗部が「虫」という言葉に象徴されているのが面白いと思いました。「老い」を「冬ごもり」となぞらえられたのがいいなぁ、と思いました。
(はなはなさん)



東吾達が酒井候の思し召しにより、大天守の拝観を許されたのは、明日江戸へ向って発つという日のことで、谷川彦之進はすでに数日前、駕籠で大坂の骨接ぎ医の許へ去っていた。
  (略)
先頭を宗太郎が上り、東吾はるいに手を貸しながら、その後に続き、最後を長助が上って来る。
「白鷺城の月」より
優美なお城の姿も心配が先立つと目に留まりませんが、最後は東吾さんと連れ立って、天守にまで登ることが出来ました。庶民には出来ないことだったでしょうから、るいさんと長助さんは旦那様を誇らしく思ったでしょうね♪ 長助さんは、江戸へ帰ってから多いに自慢話をしたことでしょう。
   
冬うらら白鷺城よわが誇り
   

このお句からこの後の「おまけ」ができたのですね♪セットで楽しめて、とても贅沢な気分です。
それにしてもおえいさんのお話が面白い!
(こでまり)



【おえいの独り言】
またしょうもない語りで申し訳ない(^_^;)枯れ木も山の賑わい?で、どうかご容赦ください。はいくりんぐの開設記念日のお祝い代わりです。m(__)m ならないよね (>_<)
ちょっと、聞いてくださいまし。うちの亭主ですけどね、若先生のご無事を確かめるために、宗太郎先生とおるいさまのお供をして、姫路のご城下まで旅をしてきましたよね。お怪我をなさった方はお気の毒でしたけれど、若先生はぴんぴんしてらして、本当に安堵いたしましたよ。
おるいさまも行きはご心痛と長旅でたいそうお疲れになっていたようでしたって…そうでしょうとも、お伊勢参りよりももっともっと遠い播州ですものねぇ…向こうでも、逗留先のお家で騒動があったらしいんですが、私にはあまり話してくれないんですよ。かかあが知らなくても良い話しだ、なんてね…
後で、おるいさまからお聞きしたのですが、奥方様がご主人様を○○なさったとかで、そりぁ、剣呑な話ですから言いたくなかったのでしょうね。
それより、うちのひとが自慢するのは、姫路のお城のご天守へ登ったことなんですよ。姫路のお城はそれはもう綺麗で見事なお城だそうで、白鷺城とも呼ばれているんですってね…お侍しか登れないところへ、若先生のお供だから特別にお許しをいただけたそうなんです。
俺は天守まで休まずに、あらっよっ!と登れたんだぜ…なんて言ってましたけどね、途中で息はぜぃぜぃ、足はガクガクしたに決まってますょ。女房に見栄なんぞはっても長い付き合いだもの、お見通しですよね(笑い)
高い天守からは姫路のご城下がそりゃぁ見事に見渡せて、町並みの彼方には播州の田畑、山里、また別の彼方には瀬戸内の海が、島々が、お天道様に照らされてきらきらと光って見えたそうで、まるで鳥になって空から見ているようだったぜ。
初冬なのに、お江戸よりも寒くないし、空っ風も吹いてなくて、住みよさそうなご城下だったなぁ…ってね、江戸っ子にあるまじきことを言うんですよ。

←天守閣から見た今様姫路の町並み
(撮影:こでまり)
それでね、ウフフ♪ お江戸広しといえど、白鷺城の天守閣へ登ってお殿様気分を味わったのは町人の中では俺一人でぇぃ… こんな具合なんです。このごろは、一杯飲むとはその自慢話ばかりなんですよ。若先生、宗太郎先生、おるいさまも一緒だったのに、余程嬉しかったんでしょうね。その話を聞いているとお江戸から出た事が無い私にも、姫路のお城が見えるような心持になってくるんですよ。
あら、こんなにおしゃべりしちまって…お店へ戻らないと…では、ご免くださいな。

ほんとに長助親分がそう言っているのが聞こえるようで、さすが長年連れ添ったおえいさんならではです。
(たまこさん)
自分のお恥ずかしい「独り言」は、留守番ばかりのおえいさんの気持ちに寄り添ってみたものでしたが、宗匠が写真や小道具で飾って下さったおかげで、楽しんで頂けたかしら?
(すみれさん)
まだ途中ですが、勝手に「独り言シリーズ」「お調べ帖」リストを作ってみました。はいくりんぐHP中のお題のリストと違って、味も素っ気もない表ですみません(汗) 独り言シリーズはまだもっとあるはずと思いますので、皆様教えてくださいね〜(他力本願)
(たまこさん)
姐さん、見てきましたあぁぁ〜〜。ちょっと出かけて帰ってきたところなのですが、こちらに来てすぐにわかりました! わーいわーい、すみれさんのリストだ。ありがとうございます。本当なら拙宅でやらなきゃならないところなのに、すっかり姐さんだのみです。
(こでまり)
たまこ様〜読み流しで充分の拙い投稿を取り上げていただいて、有難いやら、恥かしいやら〜恐れ入ります。(^_^;) 自分はノートもメモも残してないので(汗)、その上、年に2-3回という いい加減ぶりだし…たまに後ろで囁いていたら、スポットライトがあたってドギマギしちゃいました。ありがとうございました(*^_^*)
(すみれさん)
すみれさま何時もとっても独り言やお勝さんリストなどとってもタイムリーで楽しませていただいています其れがまとまって読めるようになったのですね嬉しいです
(ぐりさん)
「独り言」はすっかりすみれ様自家薬籠中のお得意技ですね♪ 5周年お祝いにふさわしいと思います。微笑ましい先輩夫婦、長助&おえいの日常が見えてくるようです。
(はなはなさん)



 コシキブさんの五七五 

実はわたくし、「鬼女の花摘み」は単行本を持っているものの、あまり読み返さない一冊で、今回じっくりと読み返し、あらためて「夫婦愛」や「妻のありよう」について考えさせられました。そして!まだ見ぬ白鷺城に、いつか訪れてみたいです。
(UP後に)
皆様の書き込みどうり、盛りだくさんで豪華な内容ですね! お句も今回は競作ポイントが多く、特に白鷺城の景色を詠んだお句をたっぷり堪能 させていただきました。じっくりゆっくり楽しませていただきます。
(コシキブさんの談)

東吾の身を案じ江戸から姫路まで駆けつけるるい。道中どんな思いだったでしょう。無事が確認出来ても安堵感を大げさに表に出さず、自分の中に留める奥ゆかしさが流石です。
   
ひさかたの夫(つま)の身温し小春日や
   




るいは夫にいわれた通り、先に布団へ入って小さな寝息をたてている。東吾の無事を知って、いっぺんに疲れが出たのだろうと、その白い顔を眺め、思い切り抱きしめてやりたいのを我慢して、東吾も自分の布団にもぐり込んだ。
「白鷺城の月」より
江戸から訪れた三人はさぞ白鷺城の美しさに感嘆したことでしょう。今宵の東吾だけはるいの寝顔のほうに見入っていたに違いありません。
   
月と城なほ美しき妻のゐて
   

ここで、疲れた妻をいたわって顔だけ見つめて同じお布団にもぐり込まなかった東吾さん、大人になったのね〜なんて思っちゃいました、うひ。
(こでまり)
これ大好きです♪とろけそうな東吾さんの表情が浮かんできます。宗匠の「大人になったのね」にも大受けです〜(^▽^)
(はなはなさん)



「血まみれの衣類はどこかにかくし、寝巻き姿になる。夜が明けて幸代どのが知らせに来て、とりあえず仰天した風情で万事、指図をしてから、悠々と着物を着る。実に胆がすわっているよ」
「白鷺城の月」より
固く生きてきた小林武兵衛ですが、嫁に邪な想いを抱いたことが全てを狂わせてしまいました。五十枝のとった結末のつけ方は壮絶で陰険ですが、東吾たちを前にしての口上は堂々として威厳すら感じさせます。この人が仏門に入り屋敷を去っても、まだ消えぬその存在感のような物に嫁の幸代さんは怯えて暮らすのでは、と思いました。   
   
枯菊の未だかほりて奥座敷
   

若い夫婦はいずれ真相に気がつくでしょう。そうなったらやっぱり怖いでしょうね〜。寝所へ行くのも怖いだろうし、何よりそこまでした姑の家への執念が。
(こでまり)
これも好きです〜。五十枝の度を越した家への執着がよく表れていると思いました。彼女のやったことは、壮絶で陰険ですが、いっそここまでやれば立派なのかもしれません。それを東吾も理解したからこそのお悔やみの口上だったでしょう。うーん私も、残された若夫婦がどうなるのか、気になるところです。
(はなはなさん)



 麦わらぼうしさんの五七五 

わ〜ん、出来ない〜!いいお話だし、詠みどころもいっぱいあるのに…あきらめようかと思ったのですが、なんとか一つだけ出来たので送ります。もう自分のは置いといて、おそらくは競作ポイントであろう白鷺城と月の場面、みなさまのお句を楽しみにしております。
(麦わらぼうしさんの談)

早速、薬籠を開け、少々の薬などを取り出して宗太郎が出て行く。
「名医というのも気の毒だな。行く先々に病気が待っているようなものだ」
「白鷺城の月」より
実際の病気やケガもそうですけど、心配事や悩みなど心に傷持つ者たちが、宗太郎さんのもとに集まってくるような気がします。そしてそれらを解決してくれるのが東吾さんはじめかわせみレギュラー陣の面々。
   
大木に傷持つ鳥は集まれり
   

面白い見方ですね。東吾さんは憎まれ口を叩いているけど、宗太郎さんにとって「医は天職」ということがわかっているんですよね。そんな宗太郎さんだから、「鳥」もますます安心してやってくることも。
(こでまり)
宗太郎先生ファンの麦さまらしい御作、確かに「かわせみ」のお話の中で宗太郎さんは独特の立場にあって、何かと頼りになりますね。明治編でも三爺の中で唯一残ったのはそのせいかしら、とうがった見方をしてしまいます。
(はなはなさん)



 浅黄裏さんの五七五 

まず読み返してみて、このお姑さんの凄まじさに以前同様「やはり好きになれない」と思ったのですが、同時にひとつ前の「吉松殺し」も読み返してから少し考えが変わりました。「吉松殺し」の大人たちと違って、このお姑さんは責任を取ったのですよね。それが正しいかどうかは別にして、夫を成敗し、自分も髪をおろして寺に入ることで、一応の責任は取ったといえます。お嫁さんの懐剣を持ち出したといっても決してお嫁さんに罪をかぶせようとした訳ではないですし。この「家」ではなくてどこか別に居場所があったなら、その「強さ」も活かしようがあったのかもしれません。
(UP後に)
今月も立派な現場検証やおまけがいっぱいで素晴らしいです。一粒で何度も楽しめる気分です。やっぱりお城自体が絵になるし、地元の方もいらっしゃるし、江戸とのつながりもあるし、で、やっぱりこでまりさんのお話の選び方がよかったのではないかと思います♪
(浅黄裏さんの談)

江戸を出たるいさんの心の声は如何ばかりだったのでしょうか。ひたすらに姫路を目指して、早く早く…と前だけを見つめていたように思います。
   
(と)く疾(と)くと冴ゆる声をば切にする
   

西へ急ぐ宗太郎・るい・長助の気持ちが惻惻と伝わってきます。季語も綺麗におさまっていて技あり〜の御作だと思いました♪
(はなはなさん)



白鷺が一羽、眼下をゆっくりと舞っている。
「るい、正月は江戸だな」
さまざまの思いを振り捨てるように、東吾は白鷺に見とれている女房の背へ話しかけた。
「白鷺城の月」より
天守から見る白鷺は、るいさんの目にどんなふうに映ったか、詠んでみました。
   
風を切る白鷺の羽まぎれなく
   

美しい天守から白鷺と景色に見惚れる妻、その妻を見ながら江戸の正月に思いを馳せる夫。晴れやかで清々しい情景ですね。
(こでまり)



 はなはなさんの五七五 

「白鷺城の月」ですが、そろそろギブアップで、もう少し五十枝さんに踏み込んでみたかったのですが、結局お話に寄りかかってしまいました。
(UP後に)
素晴らしいです!! お話の選択も「日本一の白鷺城」、量も内容も5周年にふさわしいですね♪ さまざまな角度からの現場検証競演に、独り言、白鷺城の四季絵はがき(勝手に〜)これでもかこれでもかと楽しませていただいてます。御作も力作ぞろいで、情景が浮かぶようです。しみじみ味わいますね〜。
(はなはなさんの談)

はじめてこの御城下に入って来た時、白く輝く大天守閣を、なんと美しい姿かと息を呑んで見惚れた東吾だったが、この青木家に寄寓してなにより気に入っているのは、この渡り廊下から眺める姫路城の容であった。
とりわけ、月が中天にかかっている時が、なんともいえない。
「白鷺城の月」より
うらうらと晴れた瀬戸内海を速鳥丸が滑るように走っていく。人の心のあれこれを知らず、美しい眺めです。月にしろ、姫路城にしろ、景色の美しさと、どろどろとした感情との対比がこのお話の面白いところだと思いました。
   
冬晴れて白帆きらめく沖はるか
   
人守る城冬月に鎮まるる
   

五十枝や武兵衛には、白鷺城くらいのものを対比させないといけなかったのかもしれませんね。
(こでまり)



「あの人は、嫁の出て行った後、裏木戸の桟を下した。幸代どのが帰って来ても屋敷へ入れないためだ。そして、夫どのが嫁の留守とも知らず忍んで行くのを追いかけて、かねて持ち出しておいた幸代どのの短刀で武兵衛どのを刺殺した」
その上で裏木戸の桟を開け、すぐに着替えをしただろうと東吾はいった。
「白鷺城の月」より
五十枝さんはどう思って長い年月を暮らしてきたのでしょうか。名家の一人娘として、婿を迎え、子どもも授からず、長い間連れ添った夫がみだらな真似をする。結婚生活に心を通わせたことがあったかどうか、その努力をしてきたか、また、夫・武兵衛が出世目的で結婚したかどうか、そのどれもが負の方向に働いた結果かもしれませんね。五十枝の自業自得、という考え方もできますがその寂寥が私には印象に残りました。
   
陽翳りて残んの菊の眼に沁みて
   
月凍てて血濡れたこの手じつと見る
   

家付娘でずっと来たけれど、この気性では昔からの奉公人も決してよい思いはしていないでしょう。五十枝はこの家の中で、本当に孤独を感じていたのかもしれませんね。
(こでまり)



いっぽう心と心がつながれた、東吾とるい、長助、宗太郎。そして嫁いだ幸代を含めた青木家の家族。冬の陽だまりのようにほっとするシーンが随所にあって救われる思いで読みすすめました。
   
凍蜂の集まりてゐるほのぼのと
   




 紫陽花さんの五七五 

あいつらも姫路まではさすがについていけなかったようで、お江戸で留守番しているそうです。
(紫陽花さんの談)

五十枝は利休ねずみの着付に黒っぽい帯を締めていた。
  (略)
小林家は酒井家に代々仕える名門とのことで、おそらく五十枝も女ながら武芸のたしなみはあるに違いない。なによりもその毅然とした姿が、夫を失った直後だけに痛々しく見える。
「白鷺城の月」より
   
命より重たきものを背負う女(ひと)
   

命より重いもの、この命は自分のではなく夫の命というのが複雑ですが、それを正面きって明かすこともできず、これから一人で背負っていくのですね。それにしても、「誰にも何も言わせない」……そんなオーラが出まくってますね。
(こでまり)
今月は二人の絆に五七五が集中していた中で紫陽花さんの五十枝を詠んだ句が、印象に残ります。コメントがない分色々考えて、平岩先生の書く「女性の生き方」そのもののような気がしています。
私は五七五を考えていると言葉が飛躍し、そのまま妄想が過ぎて物語と関係ない五七五になって無理やりコメントで結び付けてる事が多いです(笑)
(千姫さん)
五十枝とはまさにこの御作のとおり、と膝を打ちました。 凄みがあって好きな御作です〜。すごいです。だれにも理解されなかったかもしれませんが、五十枝にとって重かったのは、ただ家名だけではなかったようにも思われました。
(はなはなさん)



「では、秋が一番ですか」
「雪の積ったお城も、それは凛として美しゅうございます。桜が咲きますと花霞に囲まれてそれは華やかな御天守に見えますし……、夏は……夕立のあとなどさわやかで清々しくて……」
「白鷺城の月」より
開設記念日だったようですね。おめでとうございます。 お城つけておきます。千姫さんが「これはどこのお城?」と突込みを入れそうでこわいです(笑)

おかげ様で6年目に入りました!「お城つけて」くださって、ありがとうございます。
今月も素晴らしいイラストですね。ご覧になった方の感嘆の声が聞えるようです。(もちろん千姫さんのも!)
私は春先に行ったのですが、別の季節にもぜひまた行ってみたいです。
(こでまり)
「お留守番」のあの子達も気になりますがお城の四季もすごい(^-^)
(のばらさん)
紫陽花さんのオマケ、プリントアウトして絵葉書にします!(あ、著作権違反かな?もちろん外には出さないマイ絵葉書よ〜)「彼ら」は江戸でお留守番ということだけど、お城の上のお月様は、ダイエット解禁の狐火じゃないんですね?
(たまこさん)
江戸でお留守番の彼らもさぞ播州まで行けばよかったと残念がっていることでしょう。そして紫陽花絵師の四季のお城、素晴らしいです!四季折々の美しさで楽しませて頂きました。ぜひいつか本物を拝見して、きっとその時は今日のはいくりんぐを思い出すだろうと思います。
(あっちの管理人さん)
「お城つけておきました」って、それがすごい〜♪この発想が素晴らしいです。4枚ともお城がちょっとずつ違うのね♪
3人組もおるいさんたち3人の血相変えた勢いに怖れをなして、ついてこれなかったのかもしれませんね〜。
(はなはなさん)



 花みずきさんの五七五 

「はいくりんぐ」2回もお休みしてしまいました(-_-;) やっぱり参加していないと寂しいけど出来ない。出来ても、ため息のでるような代物で、だからと言って今回は自信アリという訳でもないのですが、とりあえず勢いで提出します。
(UP後に)
ほんとに素敵な御作ばかりです〜!今回はみなさんの力の入り方が違うんじゃないかと思うくらいでした(^^ゞ 現場検証もすばらしかった!さすが白鷺城のおひざ元ですね〜。独り言に頬を緩めたつつ、四季のお城に感嘆しました。
(花みずきさんの談)

「ここのお城は別名を白鷺城と呼ばれているんだ。お城の姫山に白鷺が沢山いるからという説と、お城全体が白鷺を想わせるせいで名付けられたというのと二つあるそうだがね」
「おっしゃるように白い大きな鷺の姿のようにも見えますのね」
「白鷺城の月」より
東吾さんたちが見たお城をみたくなりました。
   
羽広げ月に浮かびし白鷺城
   




「嫁さんの寝所を窺う魔のさした男にとって昨夜はまたとない機会でしたね」
「白鷺城の月」より
武兵衛さんはどんな気持ちで幸代さんの部屋の前にいたのでしょう? お内儀があんなじゃおかしくもなりますよね。
   
長き夜影の色濃く菊散りて
   

私も廊下にじっとしている舅の姿を詠もうかと思ったけど、出来ませんでした〜。
(こでまり)
うーむ、舅の武兵衛までは考えもしませんでしたね。 見下げたヤツ、とは思ったんですが(汗)身の破滅とも思わず、出来心だったとしたら、なんとも五十枝を見くびっていたものと思います。
(はなはなさん)



歳時記を見ていたら秋の季語の所で「冷まじき」を見つけました。意味を見ると「荒れてもの寂しい感じ、調和なく興ざめする景物に用いる」 とあり五十枝さんにぴったりと思ってしまいました。
   
(すさ)まじき家付き娘の末路なり
   

ちょうどすみれさんも五十枝を詠むのに「冷まじ」を使われていましたね。意味を拝見したら、本当にピッタリです。
(こでまり)



 こでまりの五七五 

今月はお話の選び方が良かったのか(うひ)、お句もおまけもいっぱい頂くことができ、参加した方もロム組の方にも、楽しんでいただいていることと思います。本当にありがとうございます。
(UP後に)
UP直後から見てくださって、どうもありがとうございます。今月はお話の華やかさが映ったように、拙宅も華やかになりました。あと、お話からのリストも気に入ってもらえたようで良かったです。前々から「あったらいいなあ」と思っていたのをやっと作ることができました。文庫がまだ出ていない時は、なるべく文庫化されているものからと思ったのですが、ほぼ出揃ったので、最近のお話もそろそろ選ばないといけませんね。なんかもっともっとお礼もいいたいのですが、まとまらなくてごめんなさい。本当に皆さん、ありがとうございます。
(こでまりの談)

それに新しい船が出来上っても、それを動かす者の訓練も必要ではないかということになって、酒井家のほうから軍艦操練所へ相談があって、造船技術が専門の谷川彦之進と、操船指導者として神林東吾が急遽、姫路へ迎えられたものである。
「白鷺城の月」より
まずは姫路への挨拶句…の、つもりです。(コホン)
   
速鳥に招かれ下る播州(晩秋)路
   




紫陽花さんのイラストでも証明済みですが、このお城は花でも雪でも月でも、それぞれの「良い面」を引き出す力があるようですね。春に行った時にはどの角度から見ても、それから昼見ても夜見ても、全部きれいでした。
   
雪月花いずれも活かし大天守
   




東吾の見ている前で、五十枝は大層な剣幕で夫をどなりつけ、徹底的にやっつけた。
その妻に対して、武兵衛は東吾の手前もあるのだろうが、殆どいい返すこともなく、ひたすら沈黙を守り通していた。
「白鷺城の月」より
「冬構」は風雪から家を守る冬支度です。五十枝の武勇ぶりを見ていると、武兵衛はかなり前からこういう態度を身につけてしまったように思いました。それが余計に、五十枝をイラつかせるのでしょうが。
   
いつからか心は冬構のまま
   

とても印象に残る御作ですね。お互いに「いつからか」冬構えを身につけていったのでしょうね。「家名のみ残しし家」「冬構え」の御作とともに、小林家のありようを考えさせる御作だと思います。幕府瓦解に向かっている世相、姫路藩においても、早晩、藩士たちは路頭に迷ったでしょう。それを考え合わせても、五十枝の執着の虚しさが伝わってきました。
(はなはなさん)



朝もそうですが、夜になると息も白くなる季節ですね。特に月が冴え冴えと見える夜などは。それでも見上げずにはいられないような城の風情。今もUPの準備をしている部屋の窓から、満月に近い月が雲に見え隠れしています。姫路からも見えているでしょうか。
   
感嘆の吐息も白し大天守
   




「あの人が守りたかったのは家だよ、家名だな」
「白鷺城の月」より
家名を汚しそうな夫を手にかけ、自分は髪を下して、血の繋がらない若夫婦にあとを託して家を出る。名門の小林家はさながら紅葉のような華やかさですが、気がつけば葉はすべて落ちて、枯れたような枝だけが残っている、そんな空しさを感じます。
   
家名のみ残しし家や散紅葉
   




【こでまりも現場検証 姫路城編】
一階は磨き抜かれた武者走り廊下を廻らし、南に五十四畳もある大広間、北は武器庫になっている。四方は鉄砲狭間、槍窓、石落しが設けられて居り、それは二階も同様な造りであった。
「白鷺城の月」より


←これは曲輪に設けられた狭間です。



大天守は5重6階の構造で、3つの小天守が渡櫓(わたりやぐら)でつながっています。外装は「白漆喰総塗籠造(しろしっくいそうぬりごめつくり)」といわれ、調和のとれた華やかな美しさです。
曲輪はこんな感じ。召集がかかったり、日々の業務でもお武家の方々はこの通りをお城に向って、タッタカと歩いていったんでしょうね。

天守の中にはこんなものも展示されてました。 これは天守閣から見た江戸の方角。東吾さんたち四人も、ここからお江戸に思いを馳せたんだろうなあと思いながらパチリ。

ここは、本多忠刻夫人となった千姫が住んでいたといわれる「西の丸長局」。
実際に中を歩いたら本当に長かったんですが(百間廊下)、一番天守閣に近い「化粧櫓」と呼ばれるのがこの部分です。それにしても本当に美しい建物で、藩主が千姫をとても大切にしていたことがわかります。

時代劇ではお馴染みのお城の風景ですが、知っている人が撮る、というだけでまた違った感動がありますです♪ 私も平岩先生の「千姫様」は読みましたが、その人が住んだ美しい廓が残っているということが、また感慨深いです。きっと姫路の人々に愛された藩主夫人だったのでしょうね。
(はなはなさん)



 bf109さんの五七五 

(UP後に)
深夜のUP、ありがとうございました。姫路城、行ったことはないのですが、若いころお城が好きで城内の配置の地図などを良く見ていましたので、写真を見るとよくわかります。
(bf109さんの談)

「大体、東吾さんが筆不精だからいけないのですよ。軍艦操練所へ知らせる時に、どうして自分の家にも手紙を書かないのですか」
「白鷺城の月」より
たぶん私も、「東吾」さんのような連絡をしたと思います。知り合いのうちで「子供が生まれた」と連絡を受けても、「男の子、女の子?」とあとから奥方に聞かれても「どちらかは聞いてない」、生まれたということが肝心なことで、「男・女」はそのうちわかるという感じですね。
   
姫路から江戸へ走る早飛脚 心配走りまた早飛脚
   

東吾さんはけっこうマメな性格だと思うのですが、手紙は苦手のようですね。今ならメールも返さないとか。でも決して特別でないことが、bf109さんのコメントでわかりました。
(こでまり)
何度も飛脚を走らせなければ必要なことは何一つ伝わらない、という…今にも通じる男性陣のおかしみ(失礼〜)を感じました。一番大事なことが伝わっていれば当座は大丈夫なのはわかるんですが、それだけではあとどうすればいいのよ〜って処でしょうか(笑) とりあえず、東吾さんは省略しすぎです(笑)
(はなはなさん)



 あっちの管理人さんの五七五 

ついこの間「今月のお題」が発表になったと思ったのに、もう20日。また締切りぎりぎりになってしまって申し訳ありませんでした。「白鷺城の月」とくればお千ちゃんの地元だし、参加しないわけにはいきません!なんとか3句出来たので送ります。一年が駆け足のように過ぎて行くようで、今年もこれが最後のお題でしょうか。絵になる話だからきっと皆さんの素敵なお作を拝見出来ると期待しています。
(UP後に)
絵になるお話、舞台にしてもきっと素敵、というような今月の「白鷺城の月」皆さんのお作、本当に読み応えたっぷり!オマケもすごい豪華版で、地元の千姫さんはじめ、たまちゃん、宗匠もと白鷺城の素晴らしさが伝わってきます。
(あっちの管理人さんの談)

徳川幕府は寛永十五年(1635年)以来、商船以外の大型船の建造を禁止して来たが、それから二百年余りも経って、続々と外国船が日本近海へやって来て交易を求め出し、遂に嘉永六年(1853年)、二百十八年ぶりにこの禁令を解いた。
「白鷺城の月」より
鳳凰丸も速鳥丸も実在の船だったんですね。近代造船日本の始まりに東吾さんも一役かっていたかも、と思うとどこまでが史実で何が作者のフィクションか境目がなくなって来そうです(笑)
   
御維新の風をはらんで帆船(ほぶね)行く
   

「御維新の風をはらんで」は時代背景がなければ成立しないお話ならでは、と思いました。「かわせみ」にも維新の動乱は近付いて居たんだなぁ〜と、改めて実感させられたお話でしたものね。
(はなはなさん)



今みたいに携帯電話やインターネットで日本全国、世界各国どこにいても連絡のつく時代と違って、この頃は手紙か人伝てが全て。行き違いや手違い間違いも多かったと思います。今回も一言無事だと書かなかったばかりにるいさん、宗太郎さん、長助親分が遠路はるばる姫路まで。生死もわからずさぞ不安な旅だったろうと思います。道中の小さなお地蔵さんにも無事を願って手を合せていたことでしょう。
   
冬枯れ野 手を合わせ行く道祖神
   

与力の兄上と御典医の息子がついているのだから、道中手形とかはパッと出してもらえたんでしょう。実際のところ、陸路を来たのか海路を来たのかはわかりませんが、どのルートでも折に触れて手を合わせずにはいられない旅だったでしょうね。
(こでまり)



そこから大天守が正面に見える。
月は欠けはじめてはいたが、明るさは充分で、満月の時とはまた違った風情がある。
「まあ、美しい」
「白鷺城の月」より
無事姫路にたどり着き、夢にまでみた再会、でもそこはそれ宗太郎さんや長助親分が一緒で思いきりすがりつくことも出来なかったと思いますが、美しい城を見上げながら、そっと寄り添って夫の無事を実感しただろうと思います。
以前「私がみつけたかわせみ」で千姫さんが送ってくれた「白鷺城と月」の美しさはまさに小説そのものでした。るいさんが東吾さんと見上げた同じ情景を千姫さんのおかげで味わうことが出来ました。ネットで見ていたら 「しらさぎじょう」は誤って伝わってしまった呼び名で「はくろじょう」が正しい呼び名とか。青空をバックに映える天守閣、月明かりに浮かぶ幻想的な美しさは本当に格別ですね。
   
寄り添いて 見上げる月や白鷺城
   

へぇぇ〜そうなんですか。ためしに「はくろ」で変換したら、一度で「白鷺」と出ました。「しらさぎじょう」だとばかり思ってた〜。
あの時の千姫さんのお写真、ステキでしたね。また見たくなっちゃった。
(こでまり)
あっちの管理人さんが調べてくれた「はくろじょう」の呼び方、懐かしいですぅ。土地っ子の私も忘れていたくらい。「しらさぎじょう」は世界文化遺産に指定された頃から自然に変わっちゃった気がします。でも昔からある社名や商品名の「白鷺」は今でも「はくろ」って読みますよ。
(千姫さん)
でもあっちの管理人さんが「はくろじょう」という呼び名を調べてくれて、それでお千ちゃんが思い出したというのも面白い!です。
(こでまり)



 ぐりさんの五七五 

(UP後に)
盛りだくさんな今月の白鷺城の月でした すみれさんの独り言、皆様の現場検証、トリオはお留守番だけどお城の四季とっても豪華でしたね。
(ぐりさんの談)

「長旅をさせてすまなかったが、二人が姫路まで来てくれてよかったと思うのは、この城の御天守だけは見せたかったんだ」
「白鷺城の月」より
   
寄り添いて 城と名月 見とれてる
   

あっちの管理人さんとぐりさんの上の句が一緒だったのが、偶然並んでいたのが印象的でした。
(千姫さん)
今回のキーワードは「寄り添う」なんだなぁ〜と思いました♪ 本当に久しぶりにおるいさんと東吾さんのらぶらぶ度にうっとりしたお話でした♪
(はなはなさん)



中堀に沿って歩いて来て、東吾はむこうから大声で呼んでいる平太郎に気づき、同時にその後に続く三人を見て自分の目を疑った。
  (略)
「るい」
まっしぐらに東吾は恋女房のところへとんで行った。
「白鷺城の月」より
   
いとしくて 高まる気持ち なだめたり
   

このお句は、東吾さんがるいさん達を見つけた時のお句だと思ったのですが、るいさんからととらえてもいいですね。また宗太郎さん・長助さん・兄上や源さんなどの真心に触れてウルッと来た東吾さんの心情とも読めるし、安心して眠っているるいさんを見つめながらの気持とも思えたりと、楽しませていただきました。
(こでまり)



   
名月や 鷺が舞いつつ 城照らし
   




 のばらさんの五七五 

駆け込みでごめんなさいまし〜〜。お世話になります!! 事件は陰惨ですが、東吾さんを心配して姫路まで駆けつけるるいさん、宗太郎さん、長助さん。好きな場面がいっぱいなお話しでした。今読むと改めて切ないですが(;;)
(のばらさんの談)

海原は遠く光輝き、天守閣の下の城下町は穏やかな冬の陽を浴びて温もっている。
その播州平野に凛として聳える白鷺城は人間の愚かな営みをどれほどの長い歳月、じっと見守って来たのかと思い、東吾はかすかな吐息をついた。
「白鷺城の月」より
最後のお城からのシーンの所から。季語ないのですが(*--*)
やはり平岩さんの「千姫様」も好きです。千姫様と忠刻がいた姫路城、おるいさんと東吾さん宗太郎さん長助さんが登った天守閣。わたしも姫路城の天守閣に行った事もあります。姫路城はずうっとある。「時の船」と言葉が浮いてきました。
明治編になった今のるいさんの心の中にも、この日のことは在るのだろうなあと思います。
   
幾久しくめぐる陽の満つ時の船
   

時空を越えた大きな景を詠まれましたね。でもそういう気持を引き出す力みたいなものが、あのお城にはありますね。
あの時代、あの高さからの眺めはほとんど見られなかったはずで、るいさんは忘れられないと思います。駆け込んでくださって、ありがとうございました〜。
(こでまり)
別の世界に連れて行ってもらったような御作でした。大トリにふさわしく、このお話を象徴する御作だと思いました。
(はなはなさん)