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 八朔の雪
新装版「恋文心中」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
先月の「花世の冒険」にご参加くださいました皆様、またご覧下さいました皆様、本当にありがとうございました。競作もいっぱいありましたが、あたたかくて楽しいお句が多かったですね。そして、やっぱり「稲荷ずし」が食べたくなりました。

さて、今月は「八朔の雪」を選びました。
新婚ほやほやの東吾さんとるいさん。お互いの立場を思いながらの、暑くて熱〜いお話です。少し短いのですが、それを忘れさせるような名言の数々も嬉しい一編です。

さあ、今月はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成十九年八月)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
今月は中々時間が取れず、ちょっと仕事も詰っておりますので、
とっても残念なのですがお休みさせていただきます。
時間はかき集めればあるはずなのに、何故かボーっとしてしまうことが多いのは
年のせいではなく暑さのせい…という事にしておきます(笑)
まだまだ残暑が続くようですが、外ではそろそろ秋の虫も鳴き始めました。
季節は少しずつですが動いているのでしょうね。
皆様の作品、楽しみにお待ちします。 来月は参加できるように頑張ります。
(茜雲さん)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 たまこさんの五七五 

「八朔の雪」、新婚の東吾さんが吉原に誘われてしまってのドタバタ(?)騒動と、どこかおるいさんに似ている幸薄い遊女とのしみじみとしたやりとりが好対照をなす佳編ですね。
それにしても、東吾さんの言い訳の下手さ加減にはあきれます(笑) 嘘をつくときは、どうしてもはずせないピンポイントだけに絞ってその他の部分はすべて真実に、というのが常識でしょう。「畝の旦那もご一緒ですか」と聞かれたら、「いや、今日は仕事の仲間なんだ。八朔だから吉原見物に繰り出すのさ」とおおっぴらに言い、おるいさんやお吉が「まぁぁ〜吉原でございますか」と反応したら「こういう特別な日は、よほどの金持ちか、長い馴染みじゃなけりゃ客になれないさ。なぁ嘉助」と嘉助のフォローを求め、「だからきっと男ばかり、夜明かしでやけ酒になるから、朝帰りでも心配するな」とまとめればいいのに。老人たちとうっかり顔を合わせてしまった時だって、登楼した所を見られたわけじゃなし、通りで会っただけなんだから、「いやいや、こちらもご同様です。所帯持ちになっちゃぁもう相手にしちゃくれません」ですむのにね〜何おたおたしてるんだろう。でも、東吾ファンにはそういう所がたまらないんでしょうね。
 (UP後に)
夕方さ〜っと、そして先ほどまたじっくりと、読ませていただきました。皆さんおっしゃっているように、力作ぞろい、そして深い御句が多かったように思います。源さん句がたくさんあったのも嬉しい♪
(たまこさんの談)

ぎくりとして、東吾は友人をみた。
「それで、なんといった」
「持つべきものは、良き友ですな。なんだかわかりませんが、とりあえず、ずっと一緒だったと返事をしておきました」
「八朔の雪」より
そりゃ〜源さんは面喰らったでしょうね。お吉さんがさらに質問をして来る前に、あわてて逃げ出した様子が目に浮かびます。お吉さんがもう少し意地悪く、お千絵さんのほうに確かめていたらアウトでしたね。
   
秋暑し面喰らいつつ友かばう
   

姐さんの「上手な言い訳講座」、とても参考になりますわ♪でも、こういうことは後から思いついても咄嗟に出てこないところに、器の違い(甲羅の厚さとは言いません)を感じます。るいさんは別としてお吉さんを煙に巻いた源さんの方が、やっぱり東吾さんより一枚上手ですね。
(こでまり)
何と言ってもたまこさんの「言い訳講座」が最高ですね。たまこさんの名言には、男女を逆にしても関係を親子に変えても通用しそうな永遠の法則?が見出せます。
(浅黄裏さん)
たまこさんの言い訳講座、立板に水の切り返しに大爆でした!いやいや、さすが年の…アワワ器の違いですね(笑)
(あっちの管理人さん)
東吾さんの「バージョンアップ言い訳」は、今見てみると、しゃべり過ぎで怪しげですね。どっちにしても、おるいさんは騙せないということで観念するしかないですね〜
(たまこさん)
たまこさまの言い訳講座お見事です、でもやっぱり後からああいえばよかったとかこういえばよかったかもしれないとか思えますがとっさにはなかなかいえないような気がします
(ぐりさん)
みなさまと同じく、のっけからたまこ姐さまの言い訳講座に大受けしましたよ〜。そうか、こういうテクがあったのね、と勉強させていただきました。さあすが姐さま! そして吉原への突撃取材(?)もご苦労様でした。江戸時代の風情ある吉原とは全く違う雰囲気ですよね。
(コシキブさん)
はやっぱり何といっても冒頭のたまこ様の「言い訳口座」に大爆笑。横町でおたま姐さんがお茶を飲みながらそんな話に興じている姿が浮かんできました(笑)。
(じゃからんださん)
たまごさんの言い訳講座は、現在に通じる説として、よっく肝に命じておこうと思います。東吾も本当の浮気をした訳ではないんだしねぇ。たまこさんと同じところを詠んだけれど「綺羅」という言葉すら知りませんでした。が、私のイメージ通りの言葉ですぅ。やはり甲羅の厚さ、もとい、器の違いをつくづく感じましたです。
(千姫さん)
たまこさんの「言い訳」は宗太郎さんならとっさに言えたかも?とも思いました。源さんだったら??そもそも誘われても行かないかなあ。
(のばらさん)
おたま姐さんの言い訳講座はさすがですね。言い訳におたおたするタイプの私としては参考になるようで、でもやっぱり私にはこんな見事に言い返せないなぁと思いました。
(紫陽花さん)
たまこさまの「言い訳講座」大爆笑でした。東吾さんもこんなに悩むなら「男の意地」なんてどうでも良いじゃん、断りゃ良いのに〜(笑)読売屋のおたま姐さんの爪のアカでも飲んでらっしゃい、なんて思っちゃいました。
(はなはなさん)



この当時は、まだお千代ちゃんも生まれていなくて、源太郎も幼かったのですよね。片言で「父上はまたお仕事なの」みたいな事を言っていたかも…
   
岸に寄す月見舟より影二つ
   

源太郎くんの気持ちを思いやったお句が、私には思いつかなかった視点で、いいなと思いました。
(麦わらぼうしさん)



お染さんの勤めていた店の主人が、悪辣に妓たちを搾り取るタイプではなく情のある人で、朋輩たちも皆仲良しだったらしいのがまだ救われます。それでも、書き入れ時の夜とあって、仲間一人だけを除いて、皆店に出なくてはならない、そんな中で東吾さんが香華を手向けに足を運んでくれた思いやりが、店の者たちの心を打ったことでしょうね。
   
ひっそりと香炉燻りて秋の通夜
   

「ひっそりと」お染のとむらいの静けさが伝わってきます。東吾と源さんの思いやりの深さが伝わります。まさに「かわせみの世界」ですね。
(はなはなさん)



月光が、川面を白くみせ、それが八朔の吉原の妓達を連想させた。
舟は蔵前の米蔵を右にみて、悠々と下って行く。
「秋ですな」
源三郎が、まことにこの男らしくもなく慨嘆し、東吾は舷を叩く川波を聞いていた。
「八朔の雪」より
このお話のラストシーンは、かわせみ名場面の中の一つだと思います。源さんの「秋ですな」前後は、もう本文そのままで言い尽くされており、句にするのはとても無理でした…
   
新涼や川白々と夜の綺羅
   

今月はしっとり・しみじみとしたお句が多いですね。特にこのお句、最後の場面を十分に現していると思います。あの名言にもピッタリ。
(こでまり)



いつも精力的に現場検証をしてくださる姐さん、今月はいつにも増して「長〜く」なっているそうなので、S.ファロウの方でページを作ってくださいました♪今月もありがとうございます。
今月の現場検証はこちらから



 麦わらぼうしさんの五七五 

しっとりと心に残るお話なのに、まともな句が出来なくて冗談系ばかりです(あ、いつもの事か…)。今月も競作ポイントはいっぱいありそうですね。みなさまのお句が楽しみです。
 (UP後に)
自分は詠めなかった、あたふたする東吾さんと腰をすえたるいさん、東吾さんとお染さんとのひととき、ラストの名場面…などなどたっぷり堪能させていただきました。みなさまも書かれてる、春景楼の主人がいい人だったというのが悲しみの中で救いですが、実際、ドラマで見るような鬼のような主人って多かったのかな?意外と春景楼の主人みたいな方が多かったのでは〜というのは単に私の推測というか希望なんですけど…
(麦わらぼうしさんの談)

軍艦操練所と講武所から頂戴する給金はそっくりるいに渡して、自分は小遣い程度を財布に入れていて、なくなって来ると、るいが補充してくれるのだが、
「こんなには要らない」
と押し戻そうとすると、
「殿方は外へお出になると、なにがあるか知れませんから……」
「八朔の雪」より
平成不況の市民らの家庭では、まっ先に削られるのは亭主の小遣いなのに、出かける時には余分に渡したり、無くなりそうになるとちゃんと補充してある財布、うらやましいと思う人大勢いるでしょうね。
   
俺たちもるいととのえる財布欲し(by世の中のダンナさま方)
   

わはは、「財布をととのえるるいさんのような奥様」でなく、「ととのえた財布」が欲しいというのが、受けるわ〜!でも、誰よりそんなお財布がほしいと思うワタシです。うひ。
(こでまり)
わたしもるいさんの整える財布、欲しいです(^-^)
(のばらさん)
私もそういう財布、いやいや相方がほしいなぁ(笑)
(はなはなさん)



「ついては、お祝に、みんなで祝盃をあげたいと申して居ります」
つまりは、一杯飲ませろということだと承知して、東吾はその連中を同朋町の神田川という店へつれて行った。
「八朔の雪」より
「日本全国酒飲み音頭」、○月はナントカで酒が飲めるぞ〜♪っていう歌がありましたよね。この場面を読んでいたら思い出しました。酒好きには、どんな出来事でも飲む口実になるんですよね(^^♪
   
ひとさまの幸やめでたしそれ、飲めや!
   




久しぶりにあの世からシリーズです。S・ファロウの掲示板でも話題になっていましたが、吉原が舞台という事で、私も「玉菊燈籠の女」を思い出しました。吉原の先輩と後輩にあたる玉菊とお染、二人とも酒好きのようですから、“上”で“下にいた頃”の男自慢でもしながら酒を酌み交わしているんじゃないかな〜
   
菊姐と下をながめて月見酒
   




 すみれさんの五七五 

吉原の風流で商売上手な習慣を巧みに織り込んで、お江戸の風情が楽しめるお話しです。ご新造さん、るいさんのご亭主操縦法に長けているところが微笑ましいです。晴れて女房になったから、堂々と夫婦らしく振舞える安心感が二人の会話にもありますね。
 (UP後に)
皆様の含蓄ある読みと詠みは、味わい深いものがあります。るいさんの賢しさが、皆様方のお作やコメントからも充分に伝わってきます。東吾さんは新米亭主らしくて、たまこ姐さんに弟子入りすると良いかもね♪ 自分的には、お染さんの最期の考察や、源さんの「秋ですな」、競合ポイントに参加できたのかは、怪しいところでしたが、まぁこんなものかな(^_-)-☆
(すみれさんの談)

るいは白地に秋草を染めた着物に亀甲の地紋の帯を締めていて、今日は髪結いが来たらしく、結い立ての髪に浅黄の手絡がよく映えている。
吉原へなんぞ行きたくもない、というのがその時の東吾の心境だが、今更、男の約束を反古には出来ない。
「八朔の雪」より
東吾さんが付き合いと称して出かける場面にも、夫婦らしさが感じられます。るいさんも八朔を意識して、白地の着物に髪を結って、東吾さんを出迎えたのにねぇ。
   
八朔や妻の見送り後ろ髪
   

東吾さんの後ろ髪のひかれ具合が切々と書かれていて、気の毒なくらいでしたね。でも面白かった〜。
(こでまり)
白で演出したおかげでいつにも増して黄金が舞うと。なるほど〜「白うさぎ」のお句といい、色の対比をうまく詠まれていますよね。
(麦わらぼうしさん)



花街の色のイメージは普段は「紅」が浮かびます。年に一度、「白」「夏に雪」で客を迎えて喜ばれていたのは、このお話しで知りました。色々な企画を練って、お客を飽きさせない工夫をしていたのですね。
   
八朔や白の装い舞う黄金
   

商売上手というかなんというか。ついつい踊らされる消費者というのはいつの世も同じですね。
(はなはなさん)



新婚のるいさんに面立ちの似たお染に戸惑いながらも、東吾さんなりに誰にも角を立てずに時を上手に過ごしましたね。抱かずに惚れさすとは、なんて遊びの達人だこと(苦笑)
   
新涼や本音酌み交う四畳半
   




いい月ですな、と改めて空を眺めた。
大川には、月見舟が何艘も出ていて、なかには詩を吟ずる者もあり、芸者に三味線を弾かせる舟もあって、秋の夜はまことに賑やかであった。
「ぼつぼつ、下りますか」
「八朔の雪」より
今回の源さんは、東吾さんのアリバイ(バレバレ)の片棒ぐらいの登場でしたが、最後にあの名セリフがありましたね!お役目大事とはいえ、のんびりとお月見させてあげたいなぁ。
   
大川に灯り揺らして月見舟
   




お染さんの可愛い気性が、お客に好かれ、またそれが仇となって、命を落とすことになってしまいました。その清らかな魂は、お月様の光に導かれて、極楽へ行ったことでしょう。
   
名月や紅に染まれど白うさぎ
   

お染さんは黙っていると寂しげな印象でしたが、飲むほどに語るほどに可愛さが伝わってきましたね。「白うさぎ」もピッタリだなと思いました。
(こでまり)
今回は色に注目されて作っておられるのかな、と思いました。かよわくはかない遊女をウサギになぞらえておられるのが印象的でした。お染もウサギになって、月世界で幸せに遊んでいてほしいと思います。
(はなはなさん)



 bf109さんの五七五 

 (UP後に)
今月もよろしくお願い致します。「るい」さんのような奥方…やはりよろしいですね。
このお話、どうも「るい」さんの賢い女房の姿が目に焼きつきます。 東吾さん・・・幸せ者。
(bf109さんの談)

「畝様がめんくらってお出ででした」
「なに……」
「お吉が、よせばいいのに、お訊ねするものですから……」
「八朔の雪」より
   
八朔の 雪を一夜で染め直す 気づく気づかず 言うか言わぬか
   

「八朔の雪」は一夜のお祭ですが、その前後の心理戦は長く、熱かったようで…。
(こでまり)
麦様の「るいととのえる財布欲し」にも大笑い。もちろんそれに返す形(?)のbf様の「るいさんのような奥方」はやはりいい、というコメントも外せませんし。
(じゃからんださん)
そうですよね、やはり「るい」さんのような奥方がいいですよね、人よりも財布に注目してしまった私、なんてさもしいんでしょう…
(麦わらぼうしさん)
男性ならではの御作ですね。るいさんのような奥方が世の殿方にはたまらないのですね♪でもやきもち焼かない奥方というのも物足りないのでしょう?(笑)
(はなはなさん)



 はなはなさんの五七五 

罪作りな東吾さんですが、こういう江戸時代ならではの情緒がある作品は味わい深くて好きです。現代性のつよいかわせみですが、こうした情緒はやはり、江戸時代を舞台にしているからこその美しさで描かれています。それがたまらなく、とても好きなお話のひとつです。現代のモラルとか貞操観念とか、ややこしいものは抜きにして男の粋を装いながら、野暮な振る舞いをする、江戸っ子・東吾と遊女・お染、やきもちを焼きつつ、東吾を包み込む幸せな、るい。そして、冷やかしながらも温かく東吾を見守る源三郎のさりげないぬくもり。情感が絶妙に絡み合う人間模様を、上手く詠めると良いんですが。
(はなはなさんの談)

八朔、平岩先生は興深く思われたのでしょうね。何度も題材にして書いておられますね。八朔に白を装う遊里の妓たち、そこには「白の清らかさ」への憧れがあるように思われます。普段の身の穢れ(心ならずも身を売ることを穢れとするならば、ですが)を紋日である八朔に清めるという意味を込めて、男達の気をそそろうとする、八朔の趣向を考えた妓楼の主人たちの皮肉さを憎む気にもなります。「雁来紅」は「ケイトウ」のことです。色だけあざやかで、花としては異形のケイトウに惹かれます。
   
雁来紅の恋を隠して白まとふ
   

先日S.ファロウの歳時記でもケイトウを詠まれていましたね。このお句を先に拝見していたので、はなはなさんがケイトウに深く傾倒している(わはは)のがわかりました。ここにケイトウを持ってこられたのは、なるほどと思いました。
(こでまり)
ケイトウは、はなはなさんの夏のテーマの一つなんですね(「ケイトウに傾倒」という宗匠のコメント、座布団10枚!)歳時記は「韓藍」、はいくりんぐは「雁来紅」で、素敵なコラボになっていますね。「雁来紅」というのは久米正雄の小説のタイトルにもあって映画にもなったみたい(戦前ですが…)
(たまこさん)
(はなはなさんの談)もお句のコメントも、とても深くて、なるほどです。「八朔の雪」というだけあって、みなさま、今月は色を詠まれたお句が多い気がしますが、こちらのお句も吉原の色(赤=雁来紅)と白の対比がいいなと思いました。
(麦わらぼうしさん)



もともと、つきあいの悪いほうではない。
それに、新婚早々だからと、こうした遊びに同行するのを断るほど野暮でもなかった。
が、それは表向きのことで、内心、東吾はえらく困惑した。
「八朔の雪」より
東吾さんの振る舞いは、江戸時代の男の意地と粋、義理と人情をうまく表現していて微笑ましいです。美しいおるいさんに心を残しながらも、男の意地は通したい、 そこには困った好き心もちらほらと見えていて、可愛らしいと思いました。こういう時代の男は幸せですが、それだけにつらかったかもしれませんね。
   
粋がるる野暮も愛しき里の雪
   




「ここの抱えになった時、御主人が神奈川へ使をやって、おっ母さんにあたしが無事でいることを知らせてくれたんですけど……その時、もう、親類には居なかったみたいで……」
開けてある小窓から夜風が入って来た。
夜空は晴れていて、星が二つ、三つ。
「八朔の雪」より
男の将来を思えば好きでも会えない、母も行方不明、帰る家さえありません。すべてをあきらめて、それでも年季あけの小商いのあれこれを一夜限り、それも間夫にもならない東吾に相談する、お染のいじらしさ。年季が明けても、それは余生のようなもの。短い夏に短い生を生きるひぐらしのように短い恋の抜け殻を抱いて生きるようなものだと思って、お染に感情移入してしまって仕方がありませんでした。窓から見える小さい星が印象的でした。
   
指に宿ふ忘られ星の行方かな
   
かなかなとかなしく堕ちる恋の渕
   

客観的には不幸せな立場のお染さんですが、彼女の「どんな立場でもその中で幸せを見つける力」みたいなものは、魅力的だと思います。途方に暮れる夜もあるのでしょうが、暮れっぱなしではないと思わせてくれる何かが感じられますよね。今月はお染さんに感情移入したそうですが、堂々の七句、ありがとうございました。
(こでまり)



「吉原の八朔見物だなんて、いえるか」
「どうしてですの」
「どうしてって……」
「むかしのお馴染の方にでも会っていらっしゃいましたの」
「八朔の雪」より
東吾さんの戸惑いも見抜いていたのはさすが、のおるいさんでした。それには念願の祝言を挙げて、女としての自信も感じられて、お染の視線から見るとうとましいぐらいの美しさです。おるいさんとお染の対比のあざやかさですね。でも、誰から見ても薄倖なお染のかなしみと幸せであっても男の心を縛ることのできない、るいのかなしみ。いったいどちらが不幸せなのでしょうか。
   
月影も含みて芙蓉婉然たり
   




最後は、男ふたりが言葉少なく舟に漂う美しいシーンですね。折りしも満月なのに、お染のささやかな願いはどれもかなうことなく散ってしまいました。月の白い光が、八朔の雪を思い出させてあわれです。
   
月白く映して寄せる大川(かわ)なみだ
   
巻羽織逝く妓(こ)悼みて「秋ですな」
   




 千姫さんの五七五 

新婚ほやほやのるいに対する思いやりや、苦界に生きる女にも、人として接する誠実な人柄など、源さん派の私でも、東吾にぐらっとなりそうです。しかしあの世で、東吾を待っている女性が何人いるやら(笑) 私の源さんの名台詞も五七五にしたかったけれど、力及ばず…。「おーい中村君」に引っ掛けて東吾をからかってやりたかったんだけどなぁ(^^)v
(千姫さんの談)

暑い日(今日は34℃です!)に、紋日なのに、美を競う女たち。その借金の為に年季が延びることだってあるだろうに。春景楼の主人が心ある人であったのが救いです。
   
吉原奴(なかやっこ) あわれなりけり 解夏の雪
   




青ざめて唇を慄わせる主人の隣から、おきみという丸顔の妓が泣きながら訴えた。
「お染さんは、年季があけたら、子供相手の駄菓子屋をするって……そうすると、お客さんが必ず、買い物に来てくれる約束だからって……そりゃあ、たのしみだって……」
「八朔の雪」より
東吾と出会ってお染は将来の夢が出来て、生きる事に希望を持った。私からも東吾にお礼を言いたい気持ちです。お染めの人生を思うと、楽しい旅が終わった後、夜のメリーゴーランドの写真を、オルゴールの調べを聞きながら見ているような…そんな気持ちになります。(あれぇ〜、何度も言葉を入れ替えていたら「十五夜の月」が無くなっちゃった(推敲と言えないところがミソ)。川波に揺れている橙色を、思い浮かべて下され〜)
   
幾秋の 川面に映る まぼろしは 儚く生きた 吉原(なか)の賑わい
   

「オルゴール」「メリーゴーランド」、どれも心がほわ〜っとなれるような言葉ですね。お染さんはあの世でそんな気分を味わっているでしょうか。「十五夜の月」が無くなったそうですが、ちゃんと夜の感じが伝わっていますよ。
(こでまり)
「夜のメリーゴーランド」と「オルゴール」が、すごくお染さんの気持ちを表していると思いました。
(麦わらぼうしさん)
「幾秋の」は美しい幻燈の世界を見ているような御作ですね。「オルゴール」「メリーゴーランド」まさに江戸時代には、吉原が男性たちにとっての夢の世界だったのでしょうね。
(はなはなさん)



 コシキブさんの五七五 

「八朔の雪」は、東吾とるいの幸せな新婚生活と吉原の遊女の儚いさだめの落差が対比的でちょっと複雑な読後感でした。実のある東吾がお染の話に誠実な対応をしてあげたことや、お線香をあげに駆けつけてあげたことがせめてもの救いです。
(コシキブさんの談)

新妻を裏切りたくない東吾。でも断ったら男の沽券にかかわるし…。振り子のようにゆれる心中が逆に東吾の誠実さを際立たせていると言えますね。
   
八朔や野暮と粋とのわかれ道
   




それが、何度も不幸せな恋をした女の悟りなのかと東吾はいじらしくなった。
「その時は知らしてくれ。俺も祝儀になにか買いに行くよ」
  (略)
真面目に考えている東吾の肩をお染が力一杯、突いた。
「いやだ、お客さん、本当に実がある人なんだね」
「八朔の雪」より
東吾とお染の身の上話の打ち明けあいがいいですね。確かに肌の触れ合いは無いけれど、充分に一夜限りの男女の情感が漂っていると思います。お染が自分の人生をことさらに不幸がっていないところが、逆に哀しさを感じさせられます。
   
夜更けても触れず語らひ星流る
   

お染さんがこんなに話をする夜なんて(しかもお武家と)、最初で最後のことだったんでしょうね。同じ人同士として過した一夜、忘れられない夜だったでしょう。
(こでまり)
ここは、読んでいてもなにか優しい気持ちになれるいい場面ですよね、その優しい雰囲気がよく出ていると思います。
(麦わらぼうしさん)



「なんだ。すねてたんじゃなかったのか」
ほっとして、東吾は背中から力を抜いた。
ごろりとしてるいの膝を枕に横になる。
  (略)
どこか惜しかったような、反面、安心したような心境で、東吾は目を閉じた。
「八朔の雪」より
るいが怒ってないことを知って安堵する東吾。もうすっかり主導権をとられてますね。るいもそんな東吾の心中をお見通しで、会話で遊ぶ余裕すら。すごいなー。
   
恋女房手綱とられて甘い顔
   

「こんなにほっとするか〜」というほど、安堵していますね、東吾さん。本当に可笑しいくらいですが、それだけるいさんを傷つけたくないと思っているんでしょうね。
(こでまり)
東吾さんはやはりるいさんに手綱を取ってほしいんだろうな。るいさんの掌で踊る東吾さん、とろけそうな顔が幸せの証明ですね。
(はなはなさん)



連れ立ってお月見を楽しむ一行があれば、いい事も無く死んでいった女もいる。そのどちらも見てしまった東吾。彼をひたむきに事件に立ち向かわせるのはこういう経験があるからなのでしょうね。お染は少しだけるいに似ていても、東吾には顔も思い出せない位印象が薄かったようですが、歯を見せず目だけで笑うという描写が心に残りました。
   
十五夜に寂しき笑顔遺しけり
   

いいなあ〜。あきらめもあったかもしれませんがお染は好きな男に殺されて幸せだったのかもしれない、と御作を拝見して思いました。
(はなはなさん)



 みちころんろんさんの五七五 

皆がそれぞれに相手を思いやり、それぞれがその思いに応えようとしている…その気持ちを理解できなかった故に起きた悲劇…本当に優しい気持ちが織り成すお話なので最後の源さんの言葉が際立つんですよね。今月も皆様の御作を楽しみに…(^-^)
(みちころんろんさんの談)

いくら野暮だ野暮だと言われてもやはり心に思うのは…切ないですね(ノ_・。)
   
秋ですな その一言に 思い込め…
   




「あたし、決めたんです。ここの御主人にいわれたように、こつこつ働いて年季があけるまでにお金を貯めて……この土地から出る日が来たら、どこかで小商いでもして食べて行けるといいなあと思ってます」
「八朔の雪」より
お染さん、とても気持ちの優しい、そして物事の分別をわきまえた女性だったのでしょうね。店の主人も道理のわかる人で、可愛がってもらえ、もう少しで年季があけて駄菓子屋を開く夢を叶えられたのに…せめてやすらかにと思わざるをえません。残念…
   
夢紡ぎ 指折り数え 待ち詫びた 最期に思う やすらかな時を
   

お染さんの最後の日々は不幸ではなかったと思えますが、やっぱり一度はお店を開かせてあげたかったですね。
(こでまり)
みちころんろん様が「夢紡ぎ」、と詠んでいらっしゃるお歌を拝見してとても嬉しかったです…私も自作で「夢広がり」にしようか、「夢を紡ぎて」にしようか、などと迷ったので。
(じゃからんださん)
(みちころんろんさんの談)を読んで 本当にそうですよね、春景楼の主人だって、よかれと思ってやった事がこんな結果になるなんて思いもしなかったろうし、清三郎だってお染さんへの愛ゆえに起こしてしまったわけで…根っからのワルが登場しないからこそ、切なく胸に響くお話です。
(麦わらぼうしさん)



いいにくいのを我慢していった東吾に、嘉助は、どちらへ、とも聞かず、
「お留守のことは御心配なく」
と頭を下げ、ちょっと東吾を見送ってからすたすたと「かわせみ」へ帰って行った。
「八朔の雪」より
さすが嘉助さん!物事を万事わきまえ、すべてお見通し!東吾さんを信じているからこそ何も言わずに見送り、帰宅後はお吉さんや老人客の言葉でるいさんが心配をしないようにとフォローにまわる!ナイスです(^^)v
   
すたすたと 万事承知と 知らぬ顔
   
我が役目 諭す言葉は 年の功
   

ナイスですね♪嘉助さん。このポイントは、独占でしたね!東吾さんもるいさんも、やっぱり嘉助さんがいなければ、ただではすまなかったと思います。
(こでまり)
本当ですね!確かにるいさんは何もかもお見通しでも、嘉助さんのフォローが無ければ、あんなにまで落ち着いていられたかどうか…?
(麦わらぼうしさん)
嘉助が「すたすたと」行ってしまうのも「年の功」ですね。ここはポイントだと思ったんですが、やはりお染に目が行ってしまった(汗) 嘉助さんはホント、良い味ですよね♪東吾さんも甘えてる。
(はなはなさん)



 花みずきさんの五七五 

今回の「八朔の雪」ですが最近読み返しところでストーリーはバッチリ頭に入っていたのですが、やはり、浮かんでこない… 今回もなんとかひねりだしました。よろしくお願いします。
(花みずきさんの談)

「すみませんが、朝まで、こうやって話をしちゃあいけませんか」
「俺は、それでもいいが……」
妓楼へ上って、妓の部屋で朝まで酒を飲むというのも間が抜けているようだが、お染がそうしてくれというなら、そうしてやってもよいと思ったのは、やはり、るいに似ている女に、東吾が甘くなったせいだろう。
「八朔の雪」より
お話しの中の東吾さんのうろたえように笑いがでました。
   
女房似の女とさしで飲み明かし
   

お話が進むにつれ、「のん兵衛」とか「力一杯突いた」とか、お染さんの印象もどんどん変ってきましたが、「さしで飲み明かし」が、そんな彼女の男前な感じを出していて良いですね。
(こでまり)
確かに第一印象のはかなげな感じはすぐ覆えされましたね。結構しっかりしているしそういう点も東吾さんと話が合うポイントなのかも。
(麦わらぼうしさん)
お染はさっぱりした気性で、東吾さんとウマが合ったんでしょうね。るいさんに似ていても性格はちょっとちがう?でも東吾さんの実のある風情にほろほろと惚れてしまう、お染の気持ちもわかる気がします。
(はなはなさん)



ここはそのままになってしまいましたが競作ポイントかも?
   
巻羽織十五夜の月みて「秋ですな」
   




 紫陽花さんの五七五 

気がついたら今日は19日。やばっ!という感じです。
(紫陽花さんの談)

帰りは猪牙であった。
月は高くなって、大川の舟遊びも数が少くなっている。
  (略)
あいつは気がついていても、なんにもいわないよ、といいたいのを口に出さず、東吾は大川にきらきらと輝いて映っている十五夜の月をみつめていた。
「八朔の雪」より
新婚で、お月見で、浮かれている自分やまわりの者…自分たちはなんて幸せなんだろうと気がついた、そんな感じを詠みたかったんだけど、わたしには難しい。
   
この夜の月は明るく影は濃く
   

この年の十五夜の出来事を端的に詠まれていて、読むごとにいろんな情景が浮かぶような深みを感じます。
(こでまり)
お染にしても、皆様の深〜い読みには脱帽です。詠もうと思って、どっぷりお話に浸かっていくうちにどうしても近視眼的になってしまうあたりは反省しなくっちゃ。紫陽花さまのさやさやと月光がこぼれてきそうな「この夜の」を拝見して、しみじみそう思いました。
(はなはなさん)
コメントを読んで、さらに句の意味が深く感じることが 出来ました。情景を詠んで心情が込められていたのですね・・・。
(千姫さん)
コメントといいお句といい、深い!今月のお話だけでなく、いろんな場面に当てはまると思いました。
(麦わらぼうしさん)



よせばいいのに、というのは、最初からるいは東吾の嘘を見破っていたことになる。
なんにもいえなくなって、東吾は風呂場へ逃げた。
「八朔の雪」より
おまけ
覗いています。お侍さんは下帯したままお風呂に入るんだよね?下帯ないほうがよかった?(笑)
(こでまりさんが問題あり!と判断したら載せなくていいですぅ〜)

何か問題がありまして?うひっ
(こでまり)


全く予想外だった紫陽花様の風呂場のトリオ君達にも大受けでしたあ。
(じゃからんださん)
おまけのトリオが風呂場の覗き見するって、とっても意外でしたが、みんな、男の子だから何も問題ないんでしょう。私はちょっと顔が赤くなっちゃったけど(笑)
(千姫さん)
私もあの覗きシーンにはのけ反りました。しかも三人とも身体を曲げてしっかり覗き込みモードになっているし。フ○ドシの白さも目に眩しいですね。あの三人は、そういえば男の子だったんでしたね。でも狐火はともかく、茶托と湯呑みはもう何百年も経っているアヤカシだし、実物は茶托と湯呑みは超・爺さんズなんですよね、わはは。
(浅黄裏さん)
紫陽花さんのイラスト、本番は何だろうと思っていたら、またまた、想定外の場面を…トリオのうち、狐火は女性じゃなかったっけ?もっとも、今更、何みても驚くトリオじゃないですよね〜\(~o~)/
(たまこさん)



 こでまりの五七五 

既にお気づきのようにこれは厳密には九月のお話なんでしょうね。でも「八朔」=「八月一日」のイメージが鮮やかで、やはり八月になると思い出すお話です。このお話は「持つべきものは、良き友」とか「秋ですな」とか「声のデカい爺さんたち」とか、詠みたいところがイッパイでしたが、気がつけば全て外れていました〜。
(こでまりの談)

あはは、東吾さんの言えない言い訳、試しに聞いてみたかった♪ 「ここで言わなきゃ、疑われる」「もう言っておかなきゃ、マズイ」などと、心も体も汗をかきながら思っているのに、容赦なく八朔は近づいてきたんでしょうね。
   
日盛りや言えぬ言い訳言い続け
   

東吾さんの“言わなきゃ、言わなきゃ、でも言えない…”という焦りが、よ〜く伝わってきます。
(麦わらぼうしさん)
「言」という字が3つもあってリズミカル♪東吾さんたら、「いつもの粋ぶりはどうしちゃったの?(笑)祝言を挙げたからといっておたおたしてんじゃないわよ」なんてど突きたくなるのが可愛いところ♪
(はなはなさん)



八朔の夜の敵娼と、一晩中酒を飲みながら話をする。こういうことができる東吾さんの「柔らかい」感じがいいですね。
   
来し方を互いに明かし夜の秋
   




足音を忍ばせて離れへ行くと、るいは二つ並べた布団の一つに、ひっそりとねむっている。
袴も着物も脱ぎ散らしたままで、東吾は自分の布団へもぐり込み、すぐ、大きな寝息を立てた。
「八朔の雪」より
東吾さんはるいさんが寝ているものとすっかり思いこんでいますが、それって甘いと思うわ〜。隣の床が空いているのって、目を閉じててもなんとなく感じてると思うんですよ、まして新婚だし。(私は全然気にならないけど…コホン) 星が美しい八朔の夜、知らぬは東吾ばかりなり〜。
   
星月夜隣にもどる気配かな
   

あと爆ウケ!!したのは、宗匠の「(るいさんが本当に寝ていると思うなんて)甘いと思うわ〜」の一言です。う〜むさすが経験者は深いですなぁ。「背中の気配」ってやつ?やっぱりね。すぐに爆睡なのね。ふん。ってこれも何気に17文字。
(たまこさん)



東吾の出かける時は、大抵、枝折戸のところまでついて来て、姿がみえなくなるまで見送ってくれるので、東吾もみる人がいないと二、三回ふりむいて手を上げる。
正直なもので、今朝は、その二、三回が、つい五、六回になった。
「八朔の雪」より
二、三回が五、六回になったなんて、まったく可愛いですね。新婚さんだなあ〜。
   
幾たびもふり返り見る花芙蓉
   

甘甘亭主はいつまでも花芙蓉を見ていたいのね。後ろめたい東吾の気持ちをよく現わしていると思いました。
(はなはなさん)



お染の最期はきっと幸せだったと思います。だって先に希望があったもの。殺されたのは満月の日ですが、お染自身はこれから欠け始める満月ではなく、その一歩手前のまさに満ちようとする月のまま逝った気がします。その顔に紅をさした傍輩たちも、そのことが慰めだったと思います。
   
待宵のまま逝く人に紅かさね
   

“まさに満ちようとする月のまま”に、なるほどです。幸せな気持ちのまま逝ったと思える事が、読者にとっても救いです。
(麦わらぼうしさん)
「待宵の」は夢をかなえる日を待ちわびていたお染がかなしいですね。私も待宵を使ってみたかったのですが、やはり宗匠にはかなわないです。
(はなはなさん)



 あっちの管理人さんの五七五 

新婚早々の東吾さん、吉原に行くのにるいさんにいい訳を考えてるというのが結婚して変ったといえば変ったところでしょうか。今までなら「かわせみ」を横目にどこへでも行けたけど、一緒に暮し始めたらそうはいきませんものね。
 (UP後に)
本当に贅沢ですね〜はいくりんぐのアップとそれに合わせたたまこさんの人形句!「八朔の雪」競作ポイント満載でしたね。東吾さんの慌てぶりや、るいさん似の妓と飲み明かした一夜、そして源さんの名台詞。みなさんの深〜い読みに今月も勉強になりました。
(あっちの管理人さんの談)

その新婚ほやほやの東吾さんが吉原で一晩過ごした?、すわっ一大事となるところだけど、るいさん似の妓と一晩飲み明かしたっていうのが東吾さんらしいといえば東吾さんらしいし、その妓にしっかりのろけてるのがまた可笑しいですね。
   
秋草の恋女房に惚れ直し
   

「俺はべた惚れだったし」「俺は嬉しかった」って、お染さんでなくてもつねりたくなりますよね。確かに東吾さんらしいわ♪
(こでまり)



春景楼の主人と岡本文之助との間で、前もって妓の配分もとりきめてあったらしく、東吾の隣にすわったのは、お染という名の新造であった。
東吾が内心、慌てたのは、お染がどことなくるいに似た顔と体つきをしていたからで、年は若くみえるが、二十になっていそうな感じである。
「八朔の雪」より
白一色の衣装を着たお染さん、顔立ちが似ていてハッとしたということだけれど、白い打掛け姿のるいさんが重なって、ほんとは恋女房といたかった東吾さんに里心を起こさせたのでしょうね。
   
白芙蓉 八朔の雪と重なりて
   

“里心を起こさせた”というコメントになるほどです。だから余計るいさんに似ているように感じたのかも。あとで冷静になって見たら、それほど似てなかったりして。
(麦わらぼうしさん)
るいさんとお染が重なり合う…。だからこそお染と語り明かしたのでしょうね。お染にとっても、東吾にとっても、夢のような一夜だったのでしょうね。
(はなはなさん)



這う這うの体で豊海橋の袂まで来ると、畝源三郎が人待ち顔に立っている。
「実は今しがた、宿帳改めでかわせみへ行ったのですが、だしぬけにお吉が、昨夜、若先生と一緒だったかと申すのです」
「八朔の雪」より
お吉さんに東吾さんのアリバイを聞かれた源さん、長年の同心の勘(?)で、すぐに一緒だったと答えたところはさすが!(笑) 普段熱々の東吾さんをからかっているのが、こういうことになるとしっかりかばっちゃうのは幼馴染みの男の友情?
   
秋風に人待ち顔の橋袂
   

こちらのお句、くっきりと情景が見えるようです。暮れかけてきた空の下、懐手にした源さんの姿が。
(麦わらぼうしさん)



ストファでの源さん名台詞の中で風流源さんの一言に上げられているこの台詞。このシーンになるとなぜか山口源さんの端正な顔が思い浮かびます。絶対ここは競作ポイントですよね〜!
   
舷の川面に染みる「秋ですな」
   
「秋ですな」牡蠣の口から名台詞
   

私も山口源さんのイメージです♪おっしゃるとおり今月一番の競作ポイントでしたが、私は手も足も出ない場面でした。
(こでまり)



 のばらさんの五七五 

お染は殺されながらも恋人のことを許していたのではないかと思えました。淋しげだし仕方ないことはあきらめて生きてきたけれど、ひっそりとした強がりと明るさは失わない、好きな人のことは怨んだりしない人に思えました。いやどうだったろう…。やっぱり辛くて怨みに思いたいこともあっただろうなあ…。ほんとは爺さんたちが大声でガーガー言っちゃうシーンも好きなんですが、そこは…たまこさんが絶妙に詠まれてるかも?!
 (UP後に)
出遅れましたが、今月もありがとうございました。まずたまこさんの「言い訳講座」でバカ受けして、紫陽花さんのお風呂場でビックリしつつムフフと笑い、皆さんのお句やお染とお話しについての考察では唸らされ、今月も読み応え見ごたえいっぱいでした!!
(のばらさんの談)

大門を入ると、そこは白の世界であった。
  (略)
「どなた様がおっしゃったのかは存じませんが、昔から、これを八朔の雪とか、里の雪とか呼びならわして居ります」
「八朔の雪」より
衣装もですが、外で労働するのではない遊女たちたち自身が日にも焼けずお化粧もして白かったのでしょうね。
   
音失くす喧騒の中里の雪
   

八朔は衣装のことばかりに関心が向いていましたが、確かに顔とか手とかも白かったのでしょうね。
(こでまり)



「誰だ。いったい」
照れくさいから、部屋へ入りながら訊くと、
「大和からお出でになった方々ですよ。なんとやらいうお寺の御開帳についていらっしゃったとか」
るいは乱れ箱を出しながら、少しばかり切り口上でいう。
「八朔の雪」より
おるいさんの何気な〜〜い様子にかえってビクビクして聞かれてないのに弁解をしている東吾さん。きっとるいさんは安心したのと同時におかしくておかしくてわざと取り澄ました顔を作って、笑いをこらえていたのでは(^-^)
   
こみ上げる笑いこらえる青い眉
   

宿の入り口辺りでは、嘉助さんもにやにやしてたかも。
(こでまり)
これには笑いました♪余裕の青眉、るいさんの幸せが伝わります。
(はなはなさん)



朋輩に「いつか駄菓子屋を」と語ったお染。今度来たら東吾さんを間夫にすると言った話は「こうするぞ!」という「具体的な努力目標」ではなかったのではないかと思う。心もとない毎日の中の、甘くてやわらかな夢。朋輩へのちょっとした強がりとのろけ。恋した相手とは望みがない、恋した相手ではない人と枕を共にする遊女のささやかな明るさ。
   
灯は遠く夢やわらかし櫂の音
   

“「具体的な努力目標」ではなかったのではないか”というコメントになるほどと思いました。ぼんやりとした夢でも、それで人は希望を持てるものですしね。
(麦わらぼうしさん)
たわいない夢のような言葉でも、「そうなったら」という淡い希望があったかも。罪な東吾さんでも、お染にささやかな夢を見せた、その優しさが櫂の音に託されているようで好きです。
(はなはなさん)



 浅黄裏さんの五七五 

お染さんの年季が明けるのはあとたった2年だというのになぜ待てなかったのか、というのが今回読み返してみての感想でした。清三郎がお店から独立できるまでに7、8年といったってお染さんの年季が明ければ大手をふって会いに行ける日々が待っていたのに何故、ということです。春景楼の主人には、清三郎の周りの反対で、きっとふたりが添い遂げることは無理だろうとの思いがあって、あえて年数のことを持ち出して説得したのでしょう。清三郎は、それで納得していた筈なのに別の男の名前が耳に入って逆上したのではないかと妄想してしまいました。
(浅黄裏さんの談)

「実は吉原で人殺しがありました」
と源三郎が打ちあけた。
「下手人はすぐ召捕られまして、事件は片がついているのですが……その女が死にぎわに東吾さんの名をいって……まあ、別に意味はないのですが、傍輩の話だと、なにかにつけて、東吾さんののろけをきかされていたそうなんです」
「八朔の雪」より
お染さんが東吾さんに本当に惚れたのかどうかはやはり怪しいのではないかと思っています。好きな人を思いきろうとして、自分の気持ちを奮い立たせるようにして、はしゃいで周囲には東吾さんを間夫にしたいなどと言っていたのではないでしょうか。お染さんが今際のきわに東吾さんの名前を出したというのも春景楼に乗り込んできた清三郎の口から東吾さんの名前を出されて、「そうじゃないんです、違うんです、東吾さんには迷惑を掛けたくないのに」の意味だったのではないかと思いました。
   
瞑る目に想いの揺れて曼珠沙華
   

浅黄裏さんもすっかり「お染さんモード」になっていたみたいですね。まるでドラマになりそうな展開だわ♪ お話では傍輩に駄菓子屋をすると言っていたそうですが、例えばそれを女相手の小間物屋にして、好きな男の勤める呉服屋から小物や端布なんかを仕入れて売りつつ、男の年季のあけるのを待つ…みたいなことには、……ならないんですよね〜。よくはわかりませんが、思いつめるとこんなことをしてしまう性格の一端を、春景楼の主人は感じていたんでしょうか。
(こでまり)
「お染さんモード」の深い洞察には、なるほど〜です。「何故2年待てなかったのか」自分なりに考えてみました。恋し、熱くなっている二人には、2年といえども長すぎた事。それと、場所柄、似たようなケースをいくつも見てきて、うまくいかない事の方が多かったから。…いかがでしょうか?
(麦わらぼうしさん)
年季の明けるまで2年、何故待てなかったのか」は全然、頭に残っていませんでした。なるほど、不思議な展開ですよね。その謎に焦点を当て、ズバッと解決してくれた妄想や、深層心理の読みコメントに、毎月、お句よりも(ゴメンなさい)期待していますぅ。
(千姫さん)
「妄想力」(←今、作った)が少々強いようで、句作より力が入ってしまうこともあります。でも楽しんでいただければそれで満足です。今回のお染さんも「雪の夜…」の琴江さんもですが、何故東吾さんを選んだのか…。妄想が勝手に走り出して止まりません。
(浅黄裏さん)
「曼珠沙華」吉原には似合いの花のように思われます。浅黄裏さまの妄想のように、お染の最期の思いはいたたまれないような気持ちを起こさせます。
(はなはなさん)



どちらも女が身にまとう白なのに…。 同じ巻に「祝言」があるだけに一層考えさせられます。
   
八朔に祝言に咲く白ふたつ
   

八朔と祝言と…同じ白でも全く違う意味合いの世界を並立させる…本当に平岩先生も罪なお話を考えるものです。でも、そこがたまらなく好きなんですけどね♪
(はなはなさん)



 ぐりさんの五七五 

今月のお話は祝言も間もない頃のお話ですね 読んでみて改めて思ったのはるいさんがとても落ち着いていること今までのるいさんだったら吉原にいったなんて知ったらとても落ち着いていられなくて 焼餅を焼いたとおもうんです(あの焼餅も可愛かったけど)祝言後のるいさんは本当に焼餅を焼かなくなりましたね、やはり妻の座であることが自信を持たせたのでしょうか
(ぐりさんの談)

白地に秋草を染めた着物に髪結いさんに結ってもらった結いたての髪新妻らしい美しさだったでしょうね
   
薄衣 妻の背艶が あふれけり
   

後ろめたくって、るいさんの顔をまともに見られなかったのかもしれない東吾さん。でも後姿からも色香がただようようなこの日のるいさんだったんですね。
(こでまり)



大夫、新造、禿など、廓の女達はすべてが白の小袖、白の帯、白の打掛といった具合で、まるで吉原に雪が降ったような風情である。
「八朔の雪」より
紫陽花さんの大門の イラストを読んでみました 季語もその季節の言葉でなければ 普通の言葉として使ってもいいのでしょうか?
   
大門は 白帷子で 雪のよう
   

このお句でいうと「雪」のことですね。他に季語があれば「雪」は名詞として扱われると思うのですが。もちろん拙宅ではOKですよ。
(こでまり)
ぐりさん、私の適当でいい加減なイラストで俳句をつくっていただいてありがとうございます。あのイラストで雪のように見えたらいいのですが…
(紫陽花さん)



お染の死顔は思ったより安らかであった。
傍輩が、みんなして死顔に化粧したというのだが、赤い唇からは今にも話しかけて来そうな感じがある。
「八朔の雪」より
るいさんになんとなく似ているお染 るいさんが芙蓉のように陽なら お染は夕顔のような陰の花でしょうか 笑うと寂しい顔になるとありましたから 最後は東吾さんの名を呼んだそうだから 東吾さんのことを思って亡くなったのでしょうか その死に顔はきっと
   
おだやかに 夕顔の君 寝るごとく
   

おるいさん=芙蓉、に対してのお染さん=夕顔、という対比がとてもぴったりだと思いました。
(麦わらぼうしさん)



野暮天 って 何時もそれとなく呼び出してくれたり 粋な計らいもしてますよね 源さんは野暮天な所がいいですね
   
野暮天と 言われたかない 巻羽織
   

まさにそう!!今回、一番かっこいいのは源さんじゃないか、と私も思います。
(はなはなさん)



源さんの名言 それとなく東吾さんの気持ちを 引き立てているのですよね
   
秋ですな 友のなぐさめ 夏が行く
   




 じゃからんださんの五七五 

実は今月もはいくりんぐ参加は絶対に無理だわ〜!と白旗を振ろうと思っていたのですが、えーい、何とかもうちょっとがんばるぞ!と唸り、ようやく一首ひねり出しました。
 (UP後に)
皆様が仰っている通り、今月のお題と歳時記や人形句の見事なコラボのお陰でより楽しむことができました。それもどちらも直結というわけでなく、それぞれの雰囲気を生かした上で大きなテーマの元にまとまっているところがいいなあとホレボレです。
(じゃからんださんの談)

「源さん、俺はその女と寝ていない」
「信用します。お染が傍輩にいったそうです。妓楼へ上って、酒の相手をしてくれて、親身に話をきいてくれて……指一本触れない男がいるなんて、夢みたいだと……」
「八朔の雪」より
突っ込みどころが満載の東吾さんの言動や、八朔見物なんて始めからやりそうにもない(?)源さんや、全てお見通しのおるいさん、と詠みたい場面は一杯あったのですけれど、結局お染さんだけしか詠めませんでした。八朔の新月の日から望月までの短い期間、生まれて始めて持てた確かな夢を、お染さんは一体どのように育んでいたのでしょう。
   
夜ごとに夢は広がり月は満つ葉月八月君の想い出
   

本当に短い間でしたが、日ごと夜ごとに夢がふくらんで、それはお染さんの生きる自信にもつながったかもしれませんね。
(こでまり)
“君の想い出”というのは東吾さんとの思い出だと思うのですが、清三郎との思い出としても読めるかなと思いました。夢のある優しいお句ですね。
(麦わらぼうしさん)
清三郎との恋は、真夏の日差しのような、切なく燃えるようなものだったけれど、あわいぬくもりのような東吾さんとの一夜も、お染にはかけがえのないものだったと思います。「葉月八月」と繰り返されるところに切なさがあるように思いました。
(はなはなさん)