戻る

 鯉魚の仇討
「犬張子の謎」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
先月の「美男の医者」にご参加くださいました皆様、ご覧下さいました皆様、ありがとうございました。

さて、今月は「鯉魚の仇討」を選びました。
ある日るいさんはお千絵さんに誘われ、評判の書画会を見に行きます。「鯉魚」しか描かないという絵師の絵は見事だったにもかかわらず、それを扱う人々の打算が見え隠れし、何も買わずに帰ってくるのですが……。


さあ、今月はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成十九年四月)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
何とか考えようと思ったのですが
思っていた以上に仕事がかかってしまい、
終わったら気力がなくなってました。
なんとなくここで読もうって所は決めていたのに、ちょっと残念です。
来月は頑張りますのでまたよろしくお願いします。
(茜雲さん)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 たまこさんの五七五 

鯉幟の季節をひかえての今月のお題だったと思いますが、はからずも「華麗なる一族」に登場のあの「将軍」鯉の話題も出たりして、今月も皆さんの御作が楽しみです!このお話もとても好きなものの一つで、意外な展開が印象に残っています。
 (UP後に)
「黄蝶」が黄ー(違った)キーワードの一つになってたんですね〜。お千さんのツッコミも相変わらず油断もスキもなく入っていますが、おかげで拙宅の看板が完成! 歩くのは好きだからいいんだけど、さらに「ゴロゴロ転がったほうが速い」と言われないように「テクテク」レベルを死守したいと思います!
(たまこさんの談)

うらうらと光のどかな午後に、八丁堀の組屋敷から、畝源三郎の妻女のお千絵が大川端の「かわせみ」へやって来た。
とりとめもない女同士の世間話の末に、お千絵が話し出したのは、近く柳橋の中村楼で催される書画会のことであった。
「鯉魚の仇討」より
お千絵さんに誘われたおるいさんが帰宅すると東吾さんが来ていて、「わ〜出かけなけりゃよかった」っていうのが、よくあるパターンですが、ではお千絵さんは家事をせず出歩いてばかりいる悪妻なのか?というと、そうではなく、お千絵さんは源さんの非番の日は世話女房に徹し、源さんが外で忙しいときに自分も出かけるようにスケジュールを組んでるんですね。で、それに友人を引っ張り込んでいるわけで、遊びスケジュールは先に作ったほうが勝ちという訳です。他人の亭主より自分の亭主(笑)
東吾さんの仕事のスケジュールが事前にわかりにくいぶん、おるいさんのほうが不利かも…。もちろん、東吾さんも源さんも女房が留守で腹をたてるようなケツの穴の小さい輩じゃありませんが、そういう男に限って、女は世話を焼きたくなるのかも(笑)
   
主婦遊び先に動くが秘訣なり
   

このお話しに限らず、かわせみの主婦遊びではお千絵さんが誘いにくるのが定番になっていましたね。たまこ様の解説でよく判りました。自分も職住一緒の暮らしを長くやってきているので、主婦遊びはいつもお誘いがあってから考える立場です。このはいくのお陰で初めて、るいさんとの共通点を見出せました(嬉)
(すみれさん)



「浮かれ黄蝶」という題名もありましたが…「黄蝶」では字が足りなかったので「小」をつけてみたのですが、こんな言葉はあるのかしらん。
   
小黄蝶の水先案内柳橋
   

競作ポイントですが、詠み方でこうも変わるものなんですね〜。「水先案内」という言葉がいいなぁ、と思いました。
(はなはなさん)



ちょっと気になる部分が、展示会で絵師が倒れた時の「おしのの薄笑い」なのですが、この薄笑いは何かの伏線だろうなと思いますよね?最後まで読むと、おしのは絵師が偽者であることを知っていたんだなと見当がつくわけですが、父親が殺人犯になってしまい、もちろん、お屋敷づとめは駄目になるだろうし、おしの母娘の今後が気がかりです。平成の世のホリエモンの事件などを見ても、華やかな名声のうつろいやすさを思わされます。
   
浮き沈み浮世のならい花の影
   

コメントに納得です。このシーンが事件の種明かしなのですが、 綺麗な言葉でぴたりと決めるあたり、さすがおたま姐さんですね。
(はなはなさん)



深川のなんとやらいう寺の住職が、遊魚斎楽水の鯉魚の絵を持っていて、檀家の人々がそれをみたところ、まるで、夜になったら掛軸の中から抜け出して、寺の庭の池へ水を飲みに行きそうな感じがすると大人気になっているという。
「鯉魚の仇討」より
本物の遊魚斎善兵衛さんですが、紫陽花さんのイメージとすごくかぶるんです!善兵衛さんも、人前に絵が出ることを望まず、絵を誉められると照れまくるタイプの人だったと思います。紫陽花さんのイラストに「彼ら」への愛情があふれていると同様、鯉の絵にも善兵衛さんの愛情と別れを惜しむ気持ちがあふれていたことでしょう。
   
真心の筆に生かされ鯉遊ぶ
   

お句から伝わってくる善兵衛の心、鯉たちの心、そしてそこに紫陽花さんを思い浮かべるたまこさんの心が重なって、何度読んでも良いなあと思います。
(こでまり)



【おたま姐さんの現場検証 柳橋・橋場】
大川端から柳橋まで、さして遠い距離でもなく、長助は舟を柳橋の船宿に着け、女達はそこで身じまいを直して、中村楼へ乗り込んだ。
「鯉魚の仇討」より
 『その1 柳橋』
柳橋は、神田川の一番最後の橋、ここで隅田川に流れ込んでいます。
水路の要として船宿が並び賑わっていましたが、江戸後期より、料亭や粋なお姐さんたちのいる歓楽街・花街としても有名になりました。
「かわせみ」にも何度も登場している場所で、古い版では、「御宿かわせみ」自体が大川端でなく柳橋にあったことになっているんですよね。

中の写真は柳橋の上から見た隅田川と両国橋、右の写真は両国橋から見た神田川河口と柳橋です。


一つ手前の浅草橋から柳橋の間は、このような船宿が、今でも軒を連ねています。先に載せた左の写真に「手むきあさり」の小松屋さんの暖簾がちょっと見えていますが、この店と柳橋をはさんで反対側に、亀清楼という大きな料亭があります。
本文中に「中村楼は、柳橋では万八楼に続く大きな料亭」とありますが、亀清楼が、もともとはこの万八楼だったらしいのです。万八楼は明治に入ってから廃業し、現在と別のところにあった亀清楼がそれを買収したのだとか。

詳しくはこちらに・・・【神田川のページ】
(このサイトは、神田川とその支流、流域のあれこれについて非常に詳しい情報があり、よくお世話になっています)

中村楼のほうは、架空の店のようですね。
いずれにしても、江戸期数多くあった料亭で現在も引き続き営業しているのは、亀清楼だけということです。


 『その2 橋場・妙亀塚』
このあたり、川っぷちには町屋が建ち並んでいるが、一つ奥へ入ると田畑で浅茅が原と呼ばれる原がある。
日が暮れて来て、人通りもない道はえらく寂しくなる。
「鯉魚の仇討」より
橋場は、浅草地域の一番北にあたり、通りを一本越すと南千住になります。
「剣客商売」で秋山大治郎の道場兼住まいがあったのも橋場でしたね。
江戸時代、隅田川には現在のように多数の橋が架けられていなかったので、多くは渡し舟で渡っていましたが、橋場も、今戸・御厩などと並んで、渡し場のある所として有名でした。

橋場にある中村楼の別宅近くの「妙亀山総泉寺」は、実在のお寺で、江戸三刹の一つと言われるほどの名刹だそうです(曹洞宗・建立は建仁元(1201)年)。
ところが、関東大震災で焼失してしまい、再建にあたって、元の土地でなく北豊島郡の小豆沢という所に移転されました。現在の板橋区にあたりますが、今もここで佐竹家の菩提寺として墓所が守られているほか、子育て地蔵のお参りに訪れる人も多いそうです。

それじゃ橋場のほうは何もなくなってしまったのかというと、「妙亀山」の名にちなむ「妙亀塚」のほうは、現在も橋場のこの地に、小公園として残っています。都指定旧跡になっていますが、知る人ぞ知るという感じのひっそりとしたたたずまいでした。
妙亀とは、あの「梅若伝説」の、梅若の母が出家して名のった尼名だったのですね。梅若伝説については、はなはなさんの「お能『妄想』日記…隅田川」の解説と訪問記をご覧下さい。
<説明板より>
この妙亀塚のある地は、かつて浅茅ヶ原と呼ばれた曠野で、近くを奥州街道が通じていた。妙亀塚は、「梅若伝説」にちなんだ名称である。「梅若伝説」とは、平安時代、吉田少将惟房の子梅若が、信夫藤太という人買いにさらわれ、奥州へつれて行かれる途中、重い病にかかりこの地に捨てられ世を去った。我が子を探し求めてこの地まできた母親は、隅田川岸で里人から梅若の死を知らされ、髪をおろして妙亀尼と称し庵をむすんだ、という説話である。謡曲「隅田川」はこの伝説をもとにしている。 (中略) なお隅田川の対岸、木母寺(墨田区堤通)境内には梅若にちなむ梅若塚(都旧跡)があり、この妙亀塚と相対するものと考えられている。
平成十五年三月 台東区教育委員会
今月も素晴らしい現場検証を、ありがとうございました。柳橋も橋場も、時代小説ではお馴染みの場所ですが、江戸から今日まで続く料亭なんて、いっそう魅力的ですね。またここで「梅若伝説」が出てきて、「お能妄想日記」とも繋げていただき、ありがとうございます♪
(こでまり)
現場検証では、私のお能妄想日記にまでリンクしていただいてありがとうございました。「隅田川」の哀れな母が尼になっていたとは、塚になって対岸から子の塚を見守っていようとは、思いもよりませんでした。ぜひまたお能探訪もまとめたいなぁと思っています。
(はなはなさん)
たまこさんの現場検証もますます充実でお江戸が楽しめます
(ぐりさん)
読むほどにお江戸へと気持ちが誘われ ている自分を感じてしまいます(笑)
(すみれさん)
屋形船って今はいくらくらいで利用できるのかと検索したら結構なお値段でびっくりしました。↑ですが、「彼ら」にとりたてて愛情はありませんけど…
(紫陽花さん)



 すみれさんの五七五 

掲示板にも書いたように、花見のついでに池の鯉も観察してきました。一句浮かぶと良いなぁと期待したのですが…。
 (UP後に)
鯉を見たせいか、むりやり鯉を詠み込んでいるなぁと、赤面しきりです。皆様のお作からは春爛漫の風情が感じられて、黄蝶の詠み方のヴァリエーションもそれぞれに楽しめます♪はいくりんぐの真骨頂ですね♪
(すみれさんの談)

「それが、このたびのは遊魚斎楽水先生の会なのですよ」
お千絵の言葉に、あら、ま、と声を上げたのは茶うけの草餅を運んで来た女中頭のお吉で、
「それじゃ、あの、鯉を描いたら日本一と評判の先生ですか」
と膝をのり出した。
「鯉魚の仇討」より
お千絵さんとお吉さん、話好きで話し出したら止まらない感じがします。パクパク口を開けている魚のように感じられました。
   
春の川おしゃべり弾む緋鯉かな
   




お話しの中の鯉の絵画、見てみたいですね。先日、折り良く見た鯉は、とても活発に泳ぎまわっていました。かわせみの頃の鑑賞用の鯉…緋鯉や錦鯉はまだ多くなかったと想像しています。灰色や黒色の真鯉の中にほんの一尾、白色や緋色がいるのも素敵に思えます。
   
花びらを着たり呑んだり遊び鯉
   

一句目も二句目も、実際に鯉をご覧になったことが効いているなあと思いました。「着たり呑んだり」が鯉の模様やパクパクとした口を思い出させて、楽しくなります。
(こでまり)
鯉が花びらを「着たり呑んだりする」様子が浮かびます。実際に見て作る俳句と想像で作るのでは違うんでしょうねぇ。
(紫陽花さん)
ほとんどどの御作にも「鯉」が入っていてさすがですね。きちんと取材なさったのが御作のあざやかな詠みっぷりにも現れていますね、すごい♪ とくに「花びらを着たり呑んだり」が好きです。
(はなはなさん)



源さんと東吾さんは、長助さんの勘に信頼で応えて動いてくれます。すごく素敵な関係で、良いなぁ。
   
勘の冴えあ・うんで応えいよよ春
   

「いよよ春」も言葉の楽しさが東吾さんたちの呼吸のよさを表していていいですよね。 「いよよ」が爛漫の春を引き立ててます。
(はなはなさん)



「お金はいらねえっす」
おくわがさばさばといった。
取り戻してもらった父親の形見の鯉魚の絵も、売る気はなくて、
「好きな人に、もらってもらうべえと……それが一番、供養になると、和尚さんもいってくれたです」
「鯉魚の仇討」より
鯉の仇討ちは、鯉の画の評判→おくわさんのご主人の病気→おくわさんお江戸へ→中村楼へ見学に…と、いくつもの段階を踏んだ後に果たされていて、こうなる様に、あの世の游魚亭楽水さんが筋書きをしくんでいたのかもしれませんね。
   
彼岸会や供えし鯉画滝登り
   




 麦わらぼうしさんの五七五 

今月も難しかったです〜どうにか出来た二句送ります。今月もどうぞよろしくお願いします。
 (UP後に)
やっぱり「おしのさんの薄笑い」は競作ポイントだったのですね、私も詠みましたが、みなさまの深い洞察力にはやはりかなわないなと思いました。そして大競作ポイントの「黄色い蝶」には全然気づきませんでした…え?どこどこ?と読み返してみてやっと見つけました(^_^;) こういうところに目がいかないからダメなんだなと反省することしきり…
(麦わらぼうしさんの談)

「御商売にお障りがなければ、お吉さんもお連れなさいましな」
お千絵が気をきかせ、それでなくとも、お供をしたくてうずうずしていたお吉は大喜びで支度をした。
  (略)
「まあ、長助親分も行くんですか」
お吉にいわれて、ぼんのくぼに手をやった。
「鯉魚の仇討」より
るいさん(or東吾さん)と千絵さん(or源さん)が出かけるとなれば、お吉さんと長助も一緒、というのはお約束、そしてこの顔ぶれがそろえば、なにかが起こるのもお約束〜(^^♪
   
おなじみの面子そろって幕上がる
   

出かける時のお供、お吉さんはお供という名目にすれば気兼ねなく一緒に行けるからでしょうが、長助さんは本当のお守り役ですね。
(すみれさん)



この場面、なにかの伏線かと思ったのですが、その後おしのさんの登場は無し。なのでよけい印象に残りました。詳しい事情は知らないまでも、遊魚斉楽水になにか後ろ暗い事があるというのを、おしのはわかっていたのでしょうか。店の繁盛のため、さんざん愛想をふりまいていたけど、心の中では軽蔑していたのでしょうね。
   
舞台裏 看板娘だけが知る
   

ここは私もとても気になったのですが、けっこう競作ポイントでした。美しい娘のことだけに、とっても印象的な場面でしたよね。
(こでまり)
「鯉魚の仇討」を、ずばり言い表しているように感じました。今月のお気に入りです。
(bf109さん)
ストレートにすとんと納得できました♪ 平岩先生らしい印象的なシーン、ご一緒できて嬉しかったです。
(はなはなさん)



 浅黄裏さんの五七五 

このお話の本題ではないのですが、おしのさんはその後どうなったのかとても気になります。また、父母とニセ遊魚斎を見た彼女の顔に浮かんでいたという表情の謎が気になります。それからお吉さんと嘉助さんが「回れ右」じゃないけどそそくさといなくなりますね。おるいさんの部屋や廊下以外でそうなったのは珍しいように思ったのですが。読めば読むほどもっと読み込みたくなります。
 (UP後に)
やっぱり競作ポイントのお句が多いですね。私は今月もポイントははずしてしまいました。皆さんの分析や表現や工夫やいろいろなところに感じ入りました。
(浅黄裏さんの談)

水中を自在に泳いでいる鯉の姿を的確に捉え、描写し尽している。
鯉の勇ましさ、凛々しさの上に、穏やかな春光を感じさせるものもあれば、真夏の白日の下に躍動する姿もある。
「鯉魚の仇討」より
最初、絵は墨一色のものだと思い込んでいたのです。日本画の絵の具は高いだろうし、色に頼らずとも描き出す技量もあっただろうと思ったので。でも鯉ならではの色彩のあった方がきっと華やかさもあってよいかと思い直し、詠んでみました。
   
鯉魚おどり緋色とけ出す春の水
   

実際に鯉を見ているように感じられる素敵なはいくですね。自分が見た鯉かと思いました(それなら、自分が 詠みなさいよ…と、独りつっこみを入れますね(^_^;)沢山の真鯉の中に一、二尾の緋鯉が泳いでいたのが色彩的に印象に残っています。
(すみれさん)
やられました〜。なんて綺麗な表現なんでしょう。「春の水」と来てますますステキ。
(はなはなさん)



何日ぶりかで亭主が帰って来たのに、女房が家を留守にしているというのは、るいの気持としては、たまらなく恥かしい。
「気にするなよ。俺も、たった今、帰って来たんだ」
「鯉魚の仇討」より
お吉さんを振り返って思わず文句を言ったおるいさんが可愛くて詠んでみました。他の女中さん相手ならきっとそんなことはしなかったと思うのです。主従ではあっても時には姉とも従姉とも思うお吉さん相手だからですね。
   
留守の間のひと足違いに花曇
   

相手がお吉さんならではのこの場面、おるいさんのしかめ面が見えるみたいですが、「花曇」がとても上手だと思いました
(こでまり)
「花曇」がおるいさんの顔の曇りにも見えて、こちらもステキ。
(はなはなさん)



「連れ来る出世運」とした方がおさまりが良いのですが、東吾さんの無事を祈る気持ちの方が強かっただろうと思って、「運と守り(もり)」と詠みました。
   
うららかや鯉魚が連れ来る運と守り
   




 はなはなさんの五七五 

今回もポイント満載、円山応挙ばりの因果応報譚、寓話的な面白さがこのお話だと思うのですが、私の一番詠みたかったポイントは、作品を作ることに邪心は無用、ということ。無心で描いたからこそ楽水の絵は人の心を打ち、それゆえに人を選んだ…偽楽水に相応の仕打ちを被らせた、と信じます。もちろん偽楽水が不埒故の事件なのですが、絵とは、モノを作るとは…を改めて考えさせられました。
 (UP後に)
今月は競作ポイントがはっきりしていて読み比べが楽しかったです。競作ポイントに御作が集中していても、表現の違いでこんなにも情感や風景が変わるのか、とまたまた目からウロコです。愉しみ甲斐があって嬉しいです。「はいくりんぐ」ならではの楽しみですね〜。「兼題」でもあり「お話内吟行」でもある、こういう楽しみを思いつかれた宗匠のアイデアに改めて感動です♪
(はなはなさんの談)

今年は暖冬の末の春ですが、お話の描写の中に「黄色い蝶」とあって大川の青い水面との色彩のコントラストが鮮やかに眼に浮かびました。春らしい描写です。
   
舳先裂く大川の紺碧(あお)黄の蝶
   

ここは今月一番の競作ポイントでした。黄蝶に注目したお句は多かったのですが(私も)、それと別の色…(ここでは大川の青)とハッキリ対比して詠まれたのが、いかにもはなはなさんらしい視点だな〜と感じ入りました。
(こでまり)



あっけにとられて見送っている客とは少し離れたところに、おしのが立っているのをるいはみつけた。
驚いたのは、おしのの美しい顔に、さげすむような薄笑いが浮んでいたことである。
「鯉魚の仇討」より
直接事件に関わるようには見えないのですが、事件の底に流れる「人の欲」を見据えていたおしのの「さげすむような笑い」に凄みを感じました。無心で描いた楽水と対照的でありながらどちらも真実を見据えていたのではないでしょうか。おしのはこのお話の中のもうひとつの極点だと思いました。親たちの騒ぎようをつめたく、蔑んで見つめ、なおかつそれを利用して享楽的に生きていたおしのは、中村楼の廃業ののち、どうなったでしょうか。したたかに生きて行ったでしょうか。
   
くれないの牡丹に夜叉の微笑みて
   

おしのの「薄笑い」、私を含めて多くの人が「遊魚斎」に対するものと思ったのですが、「親たち」に向けられたというコメントに、年頃の娘の冷めた感覚や親への反発などが一気に重なって、なるほどと思いました。
(こでまり)



「絵を描くのが好きで、子供の時に絵師に手ほどきをしてもらっただけだそうですが、自分の育てている鯉を写生した。売られていく鯉との別れを惜しみながら、一匹一匹、精魂込めて描いていたのことです。
「鯉魚の仇討」より
寓話的であるだけに、モノを作る者として笑えない結末でしたが無心というものは何よりも強いです。モノを作ることに対して真摯に向き合いたい、と思いました。ホンモノの楽水のように絵を描いていこうと思います。
   
性籠める真澄の画布に鯉棲めり
   

はなはな様の芸術家としての心根のコメントに、納得しきりです。芸術を創り出す方の基本…純真で無垢な精神を改めて教えていただいた思いになります。鯉への愛情があってこそ、その絵を見る人へ感動が生まれるのですね。実際に芸術と真に向き合っておられるはなはな様だけに皆様も大納得と思います。それと共に日頃の精進の厳しさもこのお句からひしひしを伝わってきます。
(すみれさん)



今回は情念系ポイントは3ヶ所。東吾さんの足を濯ぐおるいさんと居眠りをする東吾さんのそばで針仕事を引き寄せるおるいさん、そしてラストです。もう夫婦になって時間も経っているので、ことに及んだとかああしたここうした(笑)はないのですがしっとりとした情愛が伝わってきます。それでは物足りない情念系は(汗)勝手に妄想、いまだらぶらぶの夫婦の夜に、楽水の鯉は照れているようです。
   
春深し濃やかの閨鯉が跳ね
   




 コシキブさんの五七五 

「鯉魚の仇討」は書画会や鯉の掛け軸の描写が印象的で、私の中では華やかなイメージのお話でした。事件はあっけなく解決してやや拍子抜けですが、東吾とるいの相変わらずのラブラブぶりやお吉の料理やおしゃべりなど、かわせみらしさが溢れて楽しい一篇でした。
 (UP後に)
黄色い蝶はやっぱりポイントでしたねえー。私も詠んだの ですが、楽しい場面から「浮かれ黄蝶」という言葉をその まま使いそうになってしまいそうでした。おしのの薄笑い は気になりつつも手が出なかった〜。くやしいわ。
(コシキブさんの談)

のどかな春のお出かけ場面です。舟を使うところがまた粋で江戸時代らしい。東吾の留守の気晴らしに、というお千絵さんの思いやり、鯉の絵をお守りに、というお吉さんの発想が、堅実な性格のおるいさんを動かしたんですね。
   
黄蝶舞ふ舟相乗りて妻ふたり
   




「まあ、おしのさん、相変らずおきれいで、また一段と女ぶりが上りましたね」
お千絵がいったのも、満更のお世辞ではなく、おしのという娘はまるで牡丹の花のような美しさであった。
「鯉魚の仇討」より
中村楼の夫婦はおしのという美しい娘を持ったばっかりに、人生を狂わされたという気もします。「牡丹百合」はチューリップのこと。江戸時代には既にオランダから渡来していたそうです。あまりの美しさに本国オランダでも投機対象となり破産した人が多かったという話を知り、おしのと重ねてみました。親が人殺しとなった後、この美貌の娘はどう生きていったのでしょうか。
   
日なた出てやがて野に咲け牡丹百合
   




もしかすると、夜中に軸の中から抜け出して、大川へ水を飲みに行くかもしれないと真顔でいったるいの肩を、東吾が軽く叩いた。
「よせやい。円山応挙じゃあるまいし……」
晩春の一刻、「かわせみ」は床の間におさまった鯉魚の絵を眺めて、ひとしきり賑やかであった。
「鯉魚の仇討」より
鯉魚の掛け軸を前に語り明かす東吾とるい。この二人にとっては絵の出来がどうであっても関係ない気がします(笑)。東吾が船に乗るようになって二人で過ごす時間はますます濃くなったのでしょうね。
   
絵を語る目は君映す春夜なり
   

うふふ、そうなんでしょうね〜絵を語ってても絵を見てなくて、見てるのは東吾さんばっかり。そんな感じが「春夜」とよく合っていると思います。
(こでまり)
上手いなぁ…二人の楽しい様子と春夜の季語の使い方にうっとりです。
(すみれさん)
うっとりと春の宵に酔うような御作、堪能しました。「君映す」がにくらしいほどらぶらぶな東吾さん・おるいさんらしくて…♪
(はなはなさん)



 あっちの管理人さんの五七五 

紫陽花さんのおまけ、どんな仕掛けでくるのかとっても楽しみ!たまこさんの現場検証もますます充実詳細になってきて、こちらも楽しみだし、今月もなんとか参加出来たので良かった♪
 (UP後に)
今月の競作ポイントは薄笑いと黄蝶だったんですね!どちらも逃してしまいました、残念。 紫陽花さんのみんなの期待の裏をかいたおまけも楽しいし、たまこさんの現場検証も益々充実! 同じ話を読んでいるのに、これだけバラエティに富んだ作品が出来上がるって、やっぱり素晴らしいですよね。皆さんの感性に触れて自分のも磨かれて行くといいんだけどなぁ…
(あっちの管理人さんの談)

「鯉魚の絵」というのが、なんとなく見たことがある気がしてすごーく不思議なんだけど何故でしょう。生き生きと泳ぐ鯉の絵、まさか紫陽花さんの絵?
   
掛軸の水音聞こゆ春長閑
   

水音が聞えそうな掛軸、見てみたいですね。ピチャピチャというのではなく、静かな音なんでしょうね〜。
紫陽花さんの「鯛」の絵はお気に入りです!
(こでまり)
「春長閑」と「掛軸の水音」、おだやかな春の風情が漂ってきます。どんな水音がしたんでしょうか、水琴窟のような神秘的な音だったのかも。
(はなはなさん)



「どうだ、鯉の絵は買えたのか」
まっ黒に陽に焼けた東吾の笑顔に迎えられて、るいはお吉をふりむいた。
「だから、あたし、出かけるのは気が進まなかったのに……」
「鯉魚の仇討」より
るいさんが出かけている時に限って東吾さんが帰ってくる。そんな時のるいさんは出迎えることが出来なかったとすごーくガッカリ。以前にもそんなことがありましたよね〜お吉さんに当ってもしょうがないのに(笑)るいさんの性分として大事な旦那様はちゃんと三つ指ついて出迎えたいんですよね〜
   
春の航終えて出迎え三つ指の
   

るいさん目線を忘れない管理人様ならではのはいくですね。三つ指をついてのお出迎えは現代でも見習っても良い習慣かもしれませんが、今は畳の部屋が無い家が多くなったから、やはり無理かな。
(すみれさん)
いいですねぇ。東吾さんを迎えるおるいさんの奥ゆかしさ、私も三つ指ついてお出迎えする相手が欲しいわ♪
(はなはなさん)



「長助には随分と厄介をかけていますから。それに、わたしは、長助の捕物の勘を信用しているのです」
「俺も同じさ。こいつはなにかあるよ」
「鯉魚の仇討」より
さて今月の競作ポイントはどこだろうと考えてここもそうかな?と思った のは、長助親分のとりとめのない話に、それでも親分の捕り物の勘を信じて、東吾さんも源さんも探索に乗り出すところ。長助親分にしたら 感激ですよね。
   
春日永 勘を信じて右左
   




 花みずきさんの五七五 

さて、今回ですが(今回も)難しかったです〜。あっちこっちに目移りしてしまって八方ふさがりでした、結局同じようなものしかできませんでした。
(花みずきさんの談)

「長右衛門は三百両を当分、自分にあずからせてくれと遊魚斎に頼んだ。しかし、遊魚斎は自分の絵を売った金だから、自分に渡せ、残りの絵も返してもらいたいといい張った。事情があって、自分は上方へ発つから至急、金と絵を返せと長右衛門を責めたのが命取りになったのさ」
「鯉魚の仇討」より
中村楼のおしのさんのことを詠みたいと色々考えてみたのですが、これだと思う言葉が浮かばずニセ遊魚と中村楼の旦那を抱き合わせてしまいました。
   
欲と欲ぶつかり落花の牡丹あり
   

おしのさんの競作ポイントは読み応えがありますね。艶やかな牡丹のようなおしのさんのその後はどんな人生だったのでしょうね。
(すみれさん)



この遊魚はニセ遊魚をあえて、遊魚と言ってみました。「たまやたま」はシャボン玉売りの掛け声なので季語ではありませんが、語呂が気に入って使ってみました。
   
たまやたま遊魚の夢も消えにける
   

ニセ遊魚斎の夢も命も、シャボン玉のようにはかなく散ってしまいました。「たまやたま」は、初めて知った掛け声ですが、聞いたら一日中耳に残りそうな言葉ですね。
(こでまり)
「たまやたま」ってシャボン玉売りの掛け声なんですか。こでまりさん同様はじめて知った言葉です。面白い掛け声ですね。
(紫陽花さん)
猫を、いやおたま姐さんを呼んでいるのでもなくて(笑) しゃぼん玉売りの掛け声とは、びっくりです。でも偽楽水はしゃぼん玉みたいなヤツだったんですね〜。
(はなはなさん)



「驚きましたねえ。こんないい絵を、お素人の方がお描きになっていたなんて……」
遊魚斎という落款が堂々として、鯉魚の絵をひき立てている。
「鯉魚の仇討」より
「鯉魚」を「遊魚」にしようか迷ったのですが「鯉魚」にしてみました。
   
晩春の居間に陣取る鯉魚なりけり
   




 みちころんろんさんの五七五 

今月のお題ですが、読み返しては、「ここを詠みたい」、「あの場面を詠みたい」と頭をひねってはみるのですが、私にとっては超難題!皆様が続々と提出されているのを羨ましく思っています。今月は欠席届けを出してしまおうかとも一瞬頭を過ぎったのですが、いやいやと思い直すこと数日…なんとか川柳もどきができました。恐る恐る提出させていただきますm(__)m
 (UP後に)
いつものことながら、皆様の洞察力・季語等ポイントを得た言葉の用い方…本当に素晴らしく、それを吸収できない自分のもどかしさ…(ーー;) なんとか末席にぶらさがっている状態の私…振り落とされるのも間近かも…
(みちころんろんさんの談)

互いの信頼があってこそ、今までのお手柄があったわけで、ちょっとしたことでも骨身を惜しまず相手の為にできることはなんでもするという心がなんともいえず好きなんです
   
長年の 勘を信じて 助け舟
   

コメントの「ちょっとしたことでも〜」は、かわせみファミリーの皆に共通していますね。特に命がけの仕事をしている源さん、長助さん、東吾さんには強い信頼があるのでしょう。
(こでまり)
長助は果報者ですよね。身分は違っても源さんと東吾さん、長助のトリオは厚い信頼でむすばれているんですね。「助け舟」が「舟で行く」のとかけてあって、うまくまとまってましたね〜♪
(はなはなさん)



「今の話を伝えてやったら、あいつは泣くでしょう」
「源さんだって、たいしたものだ」
定廻りの旦那が自ら、聞き込みに歩いている。
「鯉魚の仇討」より
   
捕物勘 信じればこそ 巻羽織
   

競作ポイントにどうやら自分も参加できたここちになりました。この主従の関係は素敵ですものね。
(すみれさん)



 じゃからんださんの五七五 

すっかりご無沙汰していまして…先月は思った通り、大賑わいでしたね。何しろあの方の初登場でしたもんね。さてさて、そんな賑わいの中、欠席してしまった先月の雪辱を 果たすべく、今月のトリ争いに参加させて頂こうと参上いたしました。今月のお話は長助の勘が冴えたり、東吾さんのひっかけがあっ たり、女性陣の遠出場面があったりと、詠みたいなあと思う場 面が結構あったのですが、どうも詠みたい場面と詠める場面は 違うみたいで…皆様の作品を拝見するのが楽しみです。
(じゃからんださんの談)

大川も春爛漫であった。
どこから飛んで来たのか、黄色い蝶が舳先で舞っている。
「鯉魚の仇討」より
物語の始めの春爛漫の大川での舟旅…いいですねえ。きっと川風も冬の冷たさから、春の温もりとさわやかさを感じさせるものになっていたことでしょう。
   
さみどりに風透きとほり差しまねく菜の花便りの黄色い蝶々
   

春から初夏に移る、爽やかな感じがよく出ていて、お舟とまではいかなくても、どこかにちょっと出かけたくなるようなお歌ですね。
(こでまり)
このお歌を読んでいると、本当に大川(隅田川)を舟に乗っているようです。流れるようなリズムがあるからでしょうね。
(すみれさん)



かわせみの床の間におさまった鯉の絵は、きっとおるいさんの予想通り、大川に水を飲みにいったのではないでしょうか。二首目はそんな場面を想像してみました。
   
春おぼろ銀の鱗のきらめきて夢かうつつか残像結ぶ
   

幻想的ですね〜。無心に描いたからこそ命が宿るような絵になったのだと思います。
(はなはなさん)



 bf109さんの五七五 

今月もよろしくお願い致します。HPにご訪問の皆様、またリンクどうもありがとうぞざいます。徐々に、充実させていきたいと思いますのでよろしく〜〜。
(bf109さんの談)

中村楼は、柳橋では万八楼に続く大きな料亭だが、この日は上も下も、立錐の余地もないほどの人出で、部屋ごとに遊魚斎の鯉魚の掛軸が並べられ、客は気に入ったものをみつけると手を叩いて係りの者を呼び、商談をまとめている。
「鯉魚の仇討」より
料亭にたどり着いた遊魚たち、買われていった鯉魚もあればおくわさんに遇った鯉魚もいて、運命のいたずらですかね。
   
遊魚たち 葛籠を出でて料亭に あるはかわれて あるはくわれて
   

掛軸の鯉魚が料亭にたどり着いたというのが、面白いです。「くわれて」は「食われて」かと思いましたが、おくわさんのことだったんですね。おくわさんのもとに戻ることが出来た鯉魚も、喜んでいるでしょう。
(こでまり)
宗匠のコメントでbf109様の掛けどころが解りました。毎回の掛け言葉もすっかり当たり前に思っていますが、自分だったら、とっても出来ないことです。
(すみれさん)
そうか、と膝を打つような掛詞ですね〜。言葉遊びも楽しいですね。
(はなはなさん)



 千姫さんの五七五 

新装版に比べると随分小さな活字に驚きました…
 (UP後に)
黄色い蝶には気づいていたけれどまったく詠めず・・・はいくりんぐを読んでいて、たまこさんの現場検証は私のかわせみの水先案内だから、頭の中で、小黄蝶=たまこさんになってきて…?…なんか飛べなくてテクテク元気に歩いてる蝶を想像して、笑ってしまいました。(たまこさん、ごめんなさい)
(千姫さんの談)

品川に上陸して、まっしぐらに帰って来た東吾は午飯を食べそこねていて、お吉が早速、お膳を運んで来る。
「鯉魚の仇討」より
風雲急を告げる幕末に、軍艦に乗務しているのを、お千絵が「東吾様はお船だそうですし」って、なんだか「かわせみ」らしくっていいな〜
   
るいの待つ 急ぐ草鞋に 陸の春
   

東吾さんがどれくらい陸を離れていたのかわかりませんが、帰ってきてまっしぐらにかわせみに向う途中にも、大地を踏む感触を楽しんだり、春を感じたりしたんでしょうね。
(こでまり)



「暮れ遅し」が春の季語だと知ってから、お気に入りなんです。「叱られて」は大げさだけど、るいにたしなめられて、ほんの少し肩をすくめてみせて、嬉しそうで、幸せな居間からみえる風景に、お寺の鐘が「ご〜〜ん」そしてカラスが「アッーホー」……自分で落としてしまいました。ぎょ魚っ!!
   
暮れ遅し 叱られて聞く 寺の鐘
   

かわせみから離れて、童謡の一節を思い出させるようなお句だと感じました。「叱られて♪あの子は町までお使いに♪…・コーンと狐が鳴きゃぁせぬか♪」からすじゃなかった♪
(すみれさん)
楽しいコメントに噴出しそうな「暮れ遅し」の御作、 でもかわせみの平和な夕暮れが眼に浮かびそうです。
(はなはなさん)



 紫陽花さんの五七五 

もしかして最後かな?一生懸命考えたけど一句しか出来なかったです。
 (UP後に)
ざーっとですが見てきました。見ただけで読んでいないんでが… 競作ポイントは「つけもの」かと思っていました(笑)が、蝶ということにちょっと驚きました。私がこのお話の中で気になったのは残された母と子のその後と漁師が「土左衛門を見つけたら女なら引き上げる男なら棹でつついてそのまんま」というところ。この違いは何?なんか気になります。
(紫陽花さんの談)

いい具合に、当日は風もない穏やかな陽よりであった。
  (略)
番頭の嘉助に見送られて豊海橋の袂から舟に乗る。
「鯉魚の仇討」より
   
大川の船先案内春の精
   

いいなぁ〜。蝶々は妖精みたいですものね〜。 綺麗な表現がお気に入りです。
(はなはなさん)



月のなかば、例年より遅れて咲いた藤の花がぼつぼつ散りはじめたところへ、長助がやって来た。
東吾は軍艦操練所から帰って来たばかりで、るいのいれた番茶を飲みながら、藤棚を眺めていた。
「鯉魚の仇討」より
おまけ!
みなさん“鯉と湯のみ茶托”を想像しているんじゃないかと思うと描きにくくて描けませんでした。私もそれしか思いつかなかったんだけど(笑)無理やり描いたけどどこの場面かわかるかなぁ〜今回は狐火もいます。

今月も「おまけ」をありがとうございます。
そうだよね〜、皆が想像してると思うと、描きにくいよね〜、でも想像しちゃう、うひ。
(こでまり)
拝見しましたが、でもどこに「彼(女)」がいるのかがわからないんです。あの二人はすぐに分かったんですが、「彼(女)」の居場所だけが不明です。皆さんはおわかりになりましたか?
(浅黄裏さん)
藤棚のシーンよいですね〜☆ここ詠みたかったんですが…無理でした…彼らもあのシーンがすきなのでしょうか?
(みちころんろんさん)
漬物私も詠んでみました、トリオも私も鯉かと思いました藤がきれい 花見をしているのかな ところで狐火くん私も分かりませんどこにいるのかな?
(ぐりさん)
「彼ら」も爛漫の春を愉しんでいるようで、ますます紫陽花さまのアイデア・画力に脱帽です。
浅黄裏さま、「彼(女)」は身を縮めてとってもキレイに装っていますよ〜〜。季節柄名所の春日大社へ行きたくなりました、紫陽花さまありがとうございました。
(はなはなさん)
藤棚は強引に描きました。最初に描いたのは「鯉とあいつら」だったんですが、皆さん想像しているんだろうなと思うと出せませんでした。藤棚は締め切りぎりぎりに描き直しました。もう完璧な本末転倒で俳句が後回しになっています。
浅黄裏さんがお探しの「彼(女)」は最近書き忘れることが多かったので今回は意識してこっそり描いてみました。いつも出来上がった後一番いい場所に描いてあげようと思って描き忘れるんです(笑)そういう時はいないんじゃなくているんだけど昼間で見えない見えにくいだけだと思ってくれれば幸いです。
(紫陽花さん)
夜になったせいか?「彼(女)」の居場所がわかりました、うふふ。昼間はまったくわからなかったんですよ〜。なんだか一番いいところにいますね。ありがとうございました。
(浅黄裏さん)
紫陽花さんのイラスト、藤棚に隠れたあのキャラにも、完全にしてやられました。
(たまこさん)
綺麗な藤棚に遊ぶトリオが可愛いです♪それと、5月のお題発表のイラストを拝見しました♪ 皆の想像に応えていただいてありがとうございます。鯉の滝登りの図に見えたのは自分だけかしら?そうなら うれしいなぁ。
(すみれさん)



 ぐりさんの五七五 

今月こそは早く作ってゆっくり考えてと思いますが 他の話を読んでいたり迫ってこなければ出来ないところは学校へ行っていた頃試験が迫らなければ勉強できなかった頃とちっとも変わっていないかも〜それでも何とか参加したいんですー相変わらずですが今月もお願いします
 (UP後に)
競作ポイント完全に外れました、黄蝶全然きずかず薄笑いは以前から読むたび気になっていた箇所なんですがそうか偽だってきずいていたのかわからなかったです両親にも向けられたものーそうかもしれないですね 皆さんの読みの深さに脱帽です
(ぐりさんの談)

庭から廻って来た長助をみて、
「おい、また厄介な捕物の話かい」
不謹慎に嬉しそうな顔をした。
「ここんところ、源さんもさっぱり御無沙汰で、いささか退屈していたんだ」
「鯉魚の仇討」より
東吾さん源さんがご無沙汰だと退屈だとか やはり八丁堀育ちの血が騒ぐのでしょうか
   
日永かな 晩飯(ばんげ)の前に ひとまわり
   




「たしかにいい絵だが、高くついたんじゃないのか」
そっとるいにささやいたのは、おくわの帰りがけに、るいがお餞別といって紙包を渡したのをみていたからである。
  (略)
「殿方は、お金のことなんかおっしゃるものではありません。いい絵はどんな人が描いたっていい絵に違いないのですもの」
「鯉魚の仇討」より
『金はいらねっす」 お百姓さんだからいえる言葉でしょうか? 商人だとなかなかいえない言葉かもと思いました 其れもある程度豊か(使用人が雇えるくらいだから) お金にあまりこだわらない生き方をしてきたのでしょうねそんなおくわさんにすがすがしさを感じます るいさんも頂いたらお返しをしないとすまない性分なところはおくわさんと似たもの同士かもというか庶民のほうがお金にこだわらないかもしれないですね でも300両なかなかいえる言葉ではないですね〜
   
春の夢 見ていたような 潔さ
   

「お金」と「百姓と商人」に対するぐりさんの考察、スルドイッ!と思いました。農家の人には確かに、「とりあえず食べるものだけは何とかなる」という大らかさがありますよね。
(こでまり)
わたしも「金はいらねえっす」というのは気になりました。詠めないとさっさとあきらめたんですが「百姓と商人」なるほどねぇ。このお話ではるいさんが絵と引き換えにお餞別といってお金を包み、次の十軒店では東吾さんがお祝いだといってお金を渡す。両方とも本人たちは要らないって言っているのになぁ。似たもの夫婦ですね。
(紫陽花さん)
おくわさんの潔い心情への考察になるほど〜納得です。地に足をつけて生きている人の志が、植物を育てるぐり様なればこそ、よく理解できていることに感服しました。
(すみれさん)



春暮と春夜の間『春宵一刻値千金」 からきている季語だとか 東吾さん、源さん、長助さんの間の気持ちの つながりも値千金の価値があると思い使ってみました
   
春の宵 思いおもわれ 義に熱し
   




何百枚もかかれた絵には多分春の鯉も書かれていたとおもうのです 夏の強い日差しに飛び跳ねる鯉も勢いがあると思いますが雪解けで満々とした池に日差しが暖かくなってきて水がぬるみのびのびびと泳ぐようになった鯉も描かれているとおもうのです
   
春の水 鯉の背きらり 跳ねたよう
   

今度は本命の鯉ですね、「鯉の背きらり」がとても好きです。
(はなはなさん)



板前が手早くおろした鯛の刺身を、わさび醤油にひたして飯の上に並べ、上からぱらぱらと胡麻ともみ海苔をふりかけたのを、東吾は半分はそのままで食べ、残りはお茶漬にする。
「鯉魚の仇討」より
前回も鯛が出ました がこっそりと食べた鯛 だけど今回はおおっぴら 文句なしに美味しそう 熱々のお茶をかけたら身がちりちりと白くなって ああーたまらない
   
桜鯛 どんぶりにして あと茶漬け
   

鯛茶漬け、独占ポイントでしたね〜。私も鯛茶漬け、好物です♪
(はなはなさん)



 のばらさんの五七五 

今月のお話し、面白いし詠みどころもいっぱいに思えるのに、何とか2句できただけ…という情けなさ〜(−−;) でも参加させてください!
 (UP後に)
競作ポイントに「おしのの薄笑い」と今月は気になるポイントも重なっていて 面白いです。いろんな様子の鯉のお句も楽しいですね(^-^) すみれさんの昼ののどかな鯉の句もはなはなさんの夜の鯉もそれぞれ鯉らしく感じがしました。実家の池で鯉を飼っていましたが産卵するのは夜で、普段は静かなのに産卵する夜はバシャバシャと水面を打つように跳ねていました。お昼はのんびりした雰囲気だったなあ、とかいろいろ思い出しました。
(のばらさんの談)

「先生、どうなすった……」
肩へ手をかけると、遊魚斎はまっ青な顔でぶるぶる慄えていたが、
「いや、なんでもない、なんでもござらぬ」
と返事をした。
しかし、目はすわっているし、腰が抜けたような恰好で、顔には脂汗が流れている。
「鯉魚の仇討」より
地に足のついた暮らしをしていた本物の遊魚斎と娘夫婦。それと対照的な中村楼一家と偽遊魚斎。みんな、遊魚斎の鯉の絵を見た。そして素晴らしいとは思ったのに、それを描いた人の想いも暮らしも想像してみることは無かったのか。そしておしのは何をさげすんで笑ったのか。気になりました。
   
春陰や眼のなかに鯉動く
   

「しゅんいん?」「はるかげ?」はじめて聞く言葉で辞書引きました。このあと↓でもこでまりさんが使っているし一般的な季語だったんですね〜言葉知らずのわたし…
(紫陽花さん)



「でも、結局、この鯉魚の絵が栄吉って人の命とりになったんですから、 いってみれば、鯉の仇討ですよ」
お吉はいそいそと床の間に鯉魚の軸をかけはじめた。
「鯉魚の仇討」より
お吉さん、今回も始終ポンポンと悪態をついてくれて気持ちいい! お吉さんの良く動く口と、鯉のぱっくりした口がかぶって思えました。 そしてラスト、かわせみに届いた鯉の絵。 絵の中の鯉も「ああ、ヤレヤレ…」という心境かもしれないな、と思いました。
   
風光り鯉のびのびと口開く
   

鯉の口とお吉さんの口、面白い連想です。それにしてもこの「鯉の仇討」というお吉さんの言葉、名台詞ですね。
(こでまり)
お吉さんの口と鯉の口、よく動くのが似ているとの視点は実際に鯉を見た方のものですね。自分も鯉を眺めていて口がパクパクよく動くのがとても印象に残りました。
(すみれさん)
コメントに思わずクスリ♪鯉ってお口パクパク、まるでしゃべっているみたいですものね。
(はなはなさん)



 こでまりの五七五 

今月も見事(!)大トリでした〜。それですっかりアップも遅くなって、申しわけありませんでした。それにしても今月の私、いつになく競作ポイントにはまってしまいました!マイッタなあ……。
 (UP後に)
競作ポイントって、独占ポイントに比べるとちょっと分が悪いような感じをうけますが、一つも絡んでいないと、それも残念なんですよね〜。
(こでまりの談)

いつも先導役の長助さんの、その先を行く、かわいい先導ですね。
   
舳先行く黄蝶の舞いの右ひだり
   

競作ポイントの大トリに相応しい華やかで春らしさがあって大好きです♪黄蝶もこれだけ多くの五七五に詠みこまれて喜んでいることでしょう。一羽の蝶も色々に詠めるところがはいくりんぐならではと感じます。
(すみれさん)
いいなぁ〜これ♪こういうふうに詠めたらいいなぁ。 春らしくて、蝶々の飛び方も眼に浮かぶよう。
(はなはなさん)



これはたまたまおるいさんが気づいたけれど、ほんの一瞬のことだったんでしょうね。思いがけないその表情に出会い、時間の流れが遅く感じられたでしょうね。
   
春陰や薄き笑ひの浮きて消え
   

美しいだけになんとなくぞっとするような… そんなおしのの雰囲気が伝わってきます。御作全体がかもし出す凄みかな。
(はなはなさん)



「立派な寺ですよ、境内も広いし、そういえば佐竹家の菩提寺でもあるそうです」
  (略)
「手前が方丈へ行った時、佐竹家から使いが来ていましてね。家中の侍、といっても身分は低いようですが、その女房が佐竹家の下屋敷で穫れた大根だの青菜だの、草餅なんぞまでお供えに運んで来たんだそうです」
「鯉魚の仇討」より
ここで突然「佐竹家」や「女房=おくわさん」の話が出てきますが、源さんがとても巧妙にそれを切り出して、東吾さんに聞かせている気がします。この浅茅が原辺りの奥州街道には松並木があったそうで、並んで歩く二人からも見えたかもしれませんね。
   
花松や伏線を張る巻羽織
   




「おくわさんの父親は鯉を飼育するのが本業だったんです」
美しい鯉を育てて、然るべき筋に売る。
「鯉魚の仇討」より
鯉も鯉の絵も、とても心をこめていたんですね。掲示板ではグレーの鯉のような気がすると書きましたが、「美しい鯉」とあるので、やはり観賞用の錦鯉だったかと思いました。
   
丹精の鯉魚が仇打つ晩き春
   




皆様とご同様に、夜中の二人にあてられて、「熱〜」とか言いながら掛軸を抜け出した鯉を想像してしまいました♪
   
春宵の川に抜け出す軸の鯉