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 名 月 や
「春の高瀬舟」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
先月は「夕涼みの女」にご参加くださいまして、ありがとうございました。
全体的に面白いお話でしたが、日本海側の方たちの郷土愛が見えて、微笑ましかったですね。久々に登場の宗太郎さんにも、愛のあるお句が寄せられました。

さて、今月は「名月や」を選びました。

「かわせみ」のタイトルには「花冷え」や「雨月」のように、季語が使われているものがありますが、「名月や」もその一つ。
読後に「人の幸せのあり方とは」を考えさせられる内容ですが、長助さん、お吉さんの肩入れで、毎日お団子を食べるはめになった東吾さんにつられて、月を見ながらお団子が食べたくなる人も多かったかもしれませんね。

さあ、今月はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成十八年九月)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ちょっとバタバタして早々と欠席届を出してしまった管理人です。
今月のお題は秋らしいお話だけど、発句となると難しそう・・・
皆さんの秋らしいお作、拝見するのを楽しみにしていま〜す♪
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暑い夏もやっと終り秋の風情が 感じられる頃に合わせたような
「名月や」でしたね。
皆さんの素敵なお句にたっぷり秋を感じさせて頂きました。
(あっちの管理人さん)
実は今月は…ギリギリまで引き延ばしたにも関わらず、
どうしても人様にお見せできるような歌にはならず
(いや、いつも酷い出来なのですが、今回はそれに更に輪をかけて
酷いものなので)、今月は欠席させて頂きたいと思います。
(じゃからんださん)
秋らしくなってまいりました。はいくりんぐの「名月や」拝見しました。
いつも同じコメントですがこうもいろいろな視点があるのに感嘆しています。
皆さんお上手です。人形作りでは“ここを作ろう”と思ったら
パッと絵が頭に浮かぶのですが俳句の方はそうはゆきません。
と言うことでロムばかりですが毎月楽しませていただいてます〜。
(春霞さん)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 TERAIさんの五七五 

このお話は読んだのは初めてでした。面白いお話だと思いますが句は3つしか出来ませんでした。
 (UP後に)
今月はあっちの管理人さまが書かれているごとく発句は難しかったです。皆様のお句を見てあ〜なるほどと感心しております。
(TERAIさんの談)

「東吾さんは今日、かわせみで団子の味くらべがあるのを御存じですか」
  (略)
「それじゃ、うっかり早くは帰れないな」
「団子は八種類もあるとききましたから、まあ、君子危きに近よらずですな」
「名月や」より
   
ツ−カ−だ幼馴染は巻羽織
   

「ツーカー」カタカナを上手く取り入れてあるのが、好いなぁと感じます。自分は(齢のせいか?) 時代小説のはいくにとらわれて、古い言い回しを考える傾向があるので、なかなか今の言葉を取り入れられません。(苦笑)
(すみれさん)
同じような場面で同じような事を詠んで、しかも巻羽織句、ご一緒出来て嬉しいです♪
(麦わらぼうしさん)



   
団子とて八個は食べれぬ五個でいい
   




「また、別口の厄介が舞い込んだのか」
「へえ、そいつがその……」
  (略)
「かまわないから奥へ来いよ。かわせみで遠慮することはない」
「名月や」より
   
かまわない奥へ来いよと亭主面
   

ま、亭主なんだからいいんですが、こんな風に招かれて、長助さんは嬉しいでしょうね。
招いた側も招かれた側も、嬉しそう。ここも男同士の味わいですね。
(ななかまどさん)
かわせみー源さんー長助親分はかわせみトライアングルみたいなものですね、其れに宗太郎さんところが絡んでカルテットになるんでしょうか 東吾さんの亭主面にももう年季が入っていますね
(ぐりさん)
「亭主面」東吾さんはやっぱり名実ともにかわせみの大黒柱なのですね。それが実感できる御作でした。
(はなはなさん)



 浅黄裏さんの五七五 

今月のお話は「団子のお話」として記憶にありました。たまこさん他のみなさんが「麻生家の正月」との類似をおっしゃった時には「ハッ」としました。団子しか記憶に無かった情けない私…。結局、弥七さんの意識はおやすさんには向けられていなかったのではないでしょうか。だから弥七さんは本気で怒ることもしなかったのでしょう。前夫の大工との時は、怒鳴りあいながらも「割れ鍋に綴じ蓋」状態で結構ちゃんと保たれていた夫婦だったのではないでしょうか。弥七さんとはそれすらなくて、おやすさんも自分が女房として意識されていないし居場所もないとわかっていたのでしょう。そう思うと切ないですね。
 (UP後に)
お団子のところがいろんな方と競作になっていて嬉しかったです。あらためてふと疑問に思ったのですが、この時の団子は「串」だったのでしょうか? それとも「つぶ」だったのでしょうか? 「串」なら一本二本と言うだろうし、本文では「二つ、…三つ」と言っているのでやはり「つぶ」だったのでしょうか。それならそんなに大きくなかったはずなのに「大変」だったというのが、不思議なんです。
(浅黄裏さんの談)

「私も二つ、嘉助は三つも食べさせられましたの」」
「案外、旨かったよ」
「お午より前の時が大変でした。八種類もございましたから……」
「名月や」より
最初は八色あったという団子。採用されなかった三色が気になるんです。何色で何のお味だったのでしょうか。午前には甘すぎたり、しつこすぎたりした味が、言われて直して持ってきた午後にはちゃんと美味しくなっていたのですから腕は良いんですよね、庄吉さん。
   
採られずの三色思う秋の空
   

私は「しゃばけ」の栄吉をチョット思い出してしまいました。栄吉も、ガンバレ〜〜。
『しゃばけ』では栄吉さんの作ったまずいお団子を黙って食べている若だんな(時々、鳴家やあやかし達にあげてしまうけれども…)、かわせみでは、お吉さんに勧められるままに庄吉さんの作った五色団子を何も言わずににこやかに食べている東吾さん、どちらも人を思う優しさをもっていて読んでいるとほんわか心地よくなってきます。
(みちころんろんさん)
浅黄裏さんの「採用されなかった三色の団子」、わたしも気になってたんですよ〜。 たしかに八色だんごより五色だんごのほうが語呂はいいですけど、お吉さんもバッサリ 切り捨てたもんですよね。いったい何色で何の味だったんでしょうね?
(コシキブさん)
どの作品でも浅黄裏様の読みは深いですね。本筋以外の脇の方まできっちりと読まれた上で、さらりとはいくにされているのがお見事だと感じ入っています。
(すみれさん)
私はてっきり「串」だと思っていましたが、そういえば「二つ、三つ」ですよね。それなら五つだろうが八つだろうがいくらでもイケます!(←私だけ?)
(麦わらぼうしさん)



互いの思いを分かり合えるふたりの月見の宴は静かだったろうと思いました。
   
やもめ家の宴しずかに尾花添う
   

やもめ、この言葉が浮かびませんでした〜。この2人は似たもの同士なのかもしれませんね。 2人の穏やかな日常がつづくといいな、と思いました。
(はなはなさん)



そして、おやすはどこで、今年の十五夜を迎えているのか。
「名月や」より
おやすさんは、家を出て、どこで月を見たのでしょうね。ふと足を止めた路地裏で自分に付いて来る闇を感じて振り切るように急ぐ姿が見えました。
   
十五夜に薄い闇あり振り返る
   

おやすさんがどこで月を見たかは、私もすごく気になりました。(けど、詠めず…) 今は思い出したくないことも、いつかは思いながら月を見ることがあるような気がしますが、それを月でなく闇で詠まれたのが印象的です。
本筋の話もきっちりと押えて、おやすさんの心情を詠み込まれていてさすがだと感じ入りました。
(すみれさん)
コメントも句も心に残りました 薄い闇は子どもをなくした闇なのでしょうか? おやすも年をとってくると子どもを亡くしたことを 悲しむこともあるでしょうね 新しい幸せを得ることもあるかもしれないけれどそうなればなおさら〜と思いたいです
(ぐりさん)
「十五夜に」の「薄い闇」がいいですね。おやすの感じた「薄い闇」はどんなだったでしょう。
(はなはなさん)



 すみれさんの五七五 

 (UP後に)
やはり、おやすさんへの反応は子育て最中の方々が鋭いように思いました。男と女、親と子、相性の良し悪しは大事なことですね。
(すみれさんの談)

天秤棒に大きな籠を二つ下げ、その中に季節の野菜を、よくこれだけ持ち運べると感心するほど積み込んで、いの一番に「かわせみ」へやって来る。
「名月や」より
困りごとはまずかわせみへ、が、長助さんのモットーなのでしょうか?東吾さんや源さんが探索はまず長助に頼むのと五分五分かな♪お吉さんだってズケズケと嫌味は言うけれど、困っている人には親身に世話をやいてくれますからね。
   
秋野菜たわわ採れたて厨入り
   

私は気付かなかったのですが、実りの秋を迎えた喜びも、このお話の隠し味だったのですね。
(ななかまどさん)
トリオたちのイラストを見て作ったかと思わせるほどあっていますね
(ぐりさん)
秋収穫のありがたさが感じられます。「たわわ」という言葉も好きなんですよね♪
(はなはなさん)



「左様でございますか。若先生が太鼓判を押して下さったのだから、庄吉さん、もう安心して、せいぜいお売りなさいよ。うちも及ばずながら贔屓にしてあげるから……」
「名月や」より
庄吉さんへのお吉さんの叱咤激励は微笑ましい限りです。お世話するなら最後まで、の、心意気ですね。 現代にお吉さんが居たら、食べ物商売のコンサルタントになっていたかも知れないなぁ。
   
人情と五色団子や芋の秋
   

そうそう、この団子の一件といい、ほんとうにかわせみの面々はワケあり人の世話好きですよね。五色団子の裏にある事情ごと引き受けて、力を貸そうとするかわせみの人情をよくお詠みになっていると思います。
(コシキブさん)
お吉さんにぴったりですよね、「芋の秋」。ほのぼのとしたすこしユーモアのある暖かい秋の風情ですね。
(はなはなさん)



庄吉さんと弥七さん、苦労をしたもの同士で心が通いあうのでしょう。女に懲りた?二人の友情のきずなは固そうです。
   
野の草や咲いて踏まれて友がいる
   

不自由がなければ、こういう隣人関係のある暮らしもいいでしょうね。「野の草」はこの二人に似合いの言葉ですね。
男ふたりを「野の草」と詠まれたのがいいですね。女ならなにか個別の名のある花になぞらえそうですが、男ふたりのここは、すみれさんが採られた「野の草」がはまっていると思いました。
(浅黄裏さん)
みなさまおっしゃるように「野の草」がいいですね。東吾さん&源さんコンビとはまた違った男の友情、いいですね。
(麦わらぼうしさん)
野の草という言い方がいいですね 二人にお似合いです 友がいるがあかるくさせていますね
(ぐりさん)
この2人は野の花のようにしっかり大地に根を下ろして生きているのですね。こんなふうに生きることの大切さを改めて感じました。
(はなはなさん)



 こでまりの五七五 

いつものように競作はたくさんありましたが、そのポイントは幾つかに絞られていたように思います。加えて今月は「独占ポイント」も多くて「へぇぇ〜ここで一句か」と楽しませていただきました。
(こでまりの談)

今よりずっと労働条件も悪い時代だからこそ、どんな主に仕えるかは幸不幸の分かれ目だけど「こんなご主人様に仕えられる自分は本当に果報者」ってお吉さんは本気で思ってますね。東吾さんは立派で、るいさんはきれいで優しく、そして千春ちゃんは可愛い、そんな主人たちを心から誇りに思っているのが、他のお話からも伺えます。
   
秋の空主じまんも高々と
   

宗匠の独占ポイントでしょうか。お吉さんはじめ奉公人皆の思いでしょうね。この御宿だからお客がリピーターになってくれるのに違いないです。
(すみれさん)
お吉の主自慢は毎度のことですが、やはりそれはおるいさんを大事にしてくれた感謝と尊敬の思いがあるんでしょうね。 宗匠のコメント通り、かわせみを支えている根底の信頼関係を感じさせるお句だと思います。
(コシキブさん)



東吾はきぬかつぎにするような芋の類は好きでも嫌いでもないが、何故かお吉は好物と思い込んでいる。東吾のほうも、それを訂正する気はなくて、
「そいつはいいな」
笑って帳場に続く廊下を表へ出て行った。
「名月や」より
なんで東吾さんのことを芋好きと思ったかは謎ですが、自分の好き嫌いを言うよりも、主人を喜ばせようとするお吉さんの気持ちを大切にする東吾さんがいいですね。
   
思い込みあえてたださず芋の秋
   

主人思いのお吉さん、そのお吉さんの気持ちを大事にする東吾さん、いいですねぇ〜
(麦わらぼうしさん)
里芋は通之進様の好物、とどこかに書いてあったような気がします。兄上様がお好きなら弟御様も…とお吉さんは思ったのでしょうね(笑)。
(ななかまどさん)



「とにかく、味をみて頂きましょう。ちょいと、誰か、若先生にお団子をお持ちして……」
自分は早速、長火鉢の横にすわってお茶の支度をはじめた。
「名月や」より
お茶もコーヒーも熱いのが美味しい〜って思う境目みたいな時が、秋の初めにはありますね。
   
新涼や五色団子は熱き茶で
   

団子はやはり熱いお茶ですよね お茶という視点が一緒なのが嬉しいです
(ぐりさん)



座布団にあぐらをかいて、東吾が訊き、単衣を衣紋掛けに通していたるいがうなずいた。
「名月や」より
おしゃれなるいさんのこと、初秋になると単衣も、色目の少し濃いものを選んだように思います。この日の東吾さんは、こんな色かな〜。
   
勝色の衣を抜けて秋の風
   

どんな色かな?ここも独占ですかね。どんな場面でも切り取って上等なはいくになる、見本をみせてもらった気分です。
(すみれさん)
上等だなんて…。過分なお言葉に感謝します。ここは「藍色」とか「お納戸」とかも入れてみたんですが(東吾さんて、藍とか紺のイメージなんです)、選んだ「勝色」は「褐色」への当て字なのではないかと思うのですが(武家だからでしょうか)、調べたら以前のお話にも出ていたので使ってみました。
(こでまり)
勝色ってどんな色だろうと検索してしまいました。今ではスポーツのユニホームに多く使われているようですね。なんか納得です。
(紫陽花さん)
綺麗なお句ですね。色といい、風の動きといい…。
(ななかまどさん)
勝色は鉄紺でむかしの鎧にも用いられているんですね 縁起のいい色なのですね 想像したら東吾さんに似合いそうな色ですね
(ぐりさん)
宗匠とは対句のようになって嬉しいです。風を通すのも初秋の汗ばむような陽気には似合いますね。
(はなはなさん)



名月の下、いろいろな人の暮らしが思い浮かびますが、この男二人の月見は心が通い合って穏やかで、しみじみとしていたんでしょうね。
   
名月や男同士もいっそ良し
   

月を愛でるのに男ふたりでも何の不都合もないのでしょうが、「女こどもが賑やかに」若しくは「好き合った男女がしっとりと」または「女か男がひとりで誰かを思って」するのがお月見のような思い込みが実は私にはあったので、「いっそ良し」という言い切りで男同士の月見の良さを強く詠まれたのが新鮮でした。
(浅黄裏さん)
思い切り良く、気持ちがいいですね〜。お月見は情念系だけの専売特許ではありませんでした(笑)
(はなはなさん)



 コシキブさんの五七五 

「名月や」は食いしんぼのワタクシは五種類のお団子ばかり覚えていたのですが、様々な人生模様が交錯し、笑いも哀しみもある余韻の残るお話だったんですね。
(コシキブさんの談)

お団子の味も色々なら、宿屋を訪れる人も様々。「かわせみ」が訪れる人みんなを暖かく迎え入れる様は広く爽やかな秋空のようですね。それにしても東吾さんが目を白黒しながらお団子を食べる場面は笑えます。
   
秋爽の酸いも甘いも飲みこめり
   

「酸いも甘いも」が団子のことでもあり、人生のようでもありますね。
こでまりさまのコメントになるほどです。酸いも甘いも飲みこんで生きていくのが人生だと… 今回のお話のテーマをズバリ表したお句ですね。
(麦わらぼうしさん)
甘いも酸いもの使い方がうまいですね 麦様のコメントになるほどと思いました
(ぐりさん)



「若先生、今日はお好きなきぬかつぎが入りましたから、どうぞおたのしみに……」
と東吾に告げた。
「名月や」より
東吾さんの好物と思い込まれてる衣かつぎ。お吉さんの手料理の衣かつぎを食べてみたいです。
   
玄関に土の香りや衣かつぎ
   

土の香りは幸せな家庭の香りですね。
(ななかまどさん)



ただ、二人の子は母親が居なくなったことに不安を感じているのか、弥七にまつわりついて離れようとしない。
「名月や」より
おやすに置いていかれた二人の子供達は不安で夜も弥七から離れなかったでしょう。不憫です。
   
生さぬ仲ひとつ蒲団の長き夜
   




「実は、おやすが帰ってきた翌日に、二人の子が仙台堀へはまって死にました」
弥七は商売に出て居り、おやすは家で午寝をしていた。二人の子は仙台堀のふちで遊んでいたらしい。
「名月や」より
この場面、辛いです。こんな無責任な母親でも帰ってきたときに喜んで飛び込んでいった子供達なのに。大人の勝手で犠牲になるのはいつも幼い子ですね。
   
月白や堀に浮かんだ子供下駄
   

月白と子ども下駄が悲しさをよくあらわしていますね 切なくなりました
(ぐりさん)
月白ということばがなお子供達の哀れを際立たせているような御作ですね。悲しいのだけど清澄な感じがして好きです。
(はなはなさん)



最後のお月見の場面の冴え冴えとした雰囲気が印象的ですね。訳ありの人生をおくる人々にも平等に満月の光は届いて…。
   
それぞれの満月ありて朝を待つ
   

「それぞれの満月がある」という見方はいいなあと思いました。
満月は見る者のこころを映しだすのでしょうか。泣いたり、笑ったり、昂ぶったり、鎮まったりしながら朝を迎えるのですね。
(すみれさん)
それぞれの満月がいい言い方ですね
(ぐりさん)



 ななかまどさんの五七五 

あの暑かった日は、夢のように去ってしまいました。9月7日の名月は、閏7月の満月だったのですね。閏7月なんて、ぴんときません。部分月食は見ないで寝ていましたzzz。
 (UP後に)
最近ちょっと忙しく、落ち着いて句を詠んだり、鑑賞したりできないでいますが、ずうずうしく感想を送ります。こちらは一気に寒くなりました。朝晩ストーブを焚いている家庭も増えたようです。
(ななかまどさんの談)

このお話は、実は神経に障ります。私も時には、「あー、子供なんぞいなかったら、いい服も着られて、ホテルのレストランにも行けるんだろうに」と思いますから。北海道には、高級ホテルも多いです。自分は一生泊まれないホテル(このお話なら箱根か)に、苦労して育てた野菜を納め、命懸けで捕った魚介類を納め、掃除や布団の上げ下ろしに雇われて…。「夕涼みの女」の時は、今の時代だって、津軽海峡を渡って嫁に来る奇特な人は少ないんだから、と気にならなかったのですが、今回は、どこかに小骨が刺さったような読後感でした。
   
万人に 菩薩と夜叉の 分かれ道
   

さっ、と見た中で一番印象に残ったのが、ななかまどさまの「万人に〜」のお句。コメントと合わせて心にズシンと響きました。
(麦わらぼうしさん)
麦さま、今回は「親しいご家族が、不景気でとうとう店を畳み、道内の豪雪地帯へ引っ越す」という事件(?)があったのです。夜逃げも一家離散も少なくない中、家族揃っての再出発なので、気持ちよく送ることはできましたが、何だか悔しくて悔しくて。コメントが感情的過ぎるかなと思いましたが、何度も考えてからそのまま付けました。
(ななかまどさん)
世の中にいい人と悪い人がいるのではなく、人の中に菩薩と夜叉の心があり、誰でも菩薩にも夜叉にもなりうると。う〜ん、重いお言葉です…
(麦わらぼうしさん)
私も麦様と同じように思いました おやすも普段は子どもをかわいがる普通の女かもしれなかったですね
(ぐりさん)
おやすのご亭主が死ななければ、また湯治の誘いが無ければ状況が変わってきたのかもしれません。菩薩のようでありたいと思いつつ時には夜叉になりたい時もある…。悲しい人間の性ですね。
(コシキブさん)



「近所の子がみていたそうですが、上の子が蜻蛉を追いかけていて、足許にまつわりついて来た下の子に蹴っつまずいて二人共、仙台堀へ落ちたようで、たまたま通りかかった猪牙の船頭が浮び上って来たところをみつけてすくい上げた時には二人とも息がなかったと申します」
「名月や」より
死んだ幼子への手向けに…
   
名月や 跳ねよ遊べよ 餅食めよ
   

子ども達は短いながらも楽しいことやいいこともたくさんあった人生だと思いたいですが、最期は可哀相でしたね。
餅食めよという言い方が独特で面白い言い方ですね
(ぐりさん)
「食む」という言い方がまず好きで、「跳ねよ遊べよ」と畳み掛けてくるようなリズムも大好きです。子どもたちが月の世界でウサギのように永遠に元気でいてくれるといいのですが。
(はなはなさん)



深川の長屋では弥七と庄吉の二人が、一日の汗を流してしみじみ月を眺めているかも知れない。
「名月や」より
夫婦円満で子宝にも恵まれ…というのが「満月」かも知れません。でも、満ち欠けに応じた風情の変化がお月様の魅力。三日月、半月、寝待月、男ふたりで、いい幸せを積み上げていって欲しいです。
   
満ち欠けに似た幸せの形かな
   

意味が深くて大好きです。幸せの形はそれぞれのこころの持ち方で決まるものだから、他人がどうこう言えるものではないからね。
(すみれさん)
まさに幸せは月の満ち欠けのようなものですね。深い心の御作だと思いました。
(はなはなさん)



 麦わらぼうしさんの五七五 

確かひどい母親が出てくる話だよなと思って読み返してみたのですが、そうでもないかも、と思い直しました。現代風に考えてみると、出産を機に退職して子育てに専念したものの、24時間年中無休の母親業はストレスが溜まるばかり。そんな時OL時代の元社長に旅行についてこないかと誘われ、(当時の庶民にとって湯治なんて一生に一度行けるか行けないかぐらいの夢、ぜひ行きたい!)出かけてしまえばなんとかなる、と思ったのでは。水の事故だって現代でも、どんなに気をつけていても毎年起こってしまうし。ちょっと軽率だけどどこにでもいる女、という印象を受けました。前の亭主が亡くなった時も、子供と三人、どうにか生きていってみせる、と覚悟を決めていたのかもしれないし。そこへ長屋の人たちのおせっかいで、好きでもない人と一緒にさせられた(この点は弥七も同じですが)、軽率な行動はそれらへの反発もあったのかもしれません。
(麦わらぼうしさんの談)

「助かったよ。芋と団子の食べ合せは体に悪い」
「お吉さんが買い込んだんですね」  
幼馴染の有難いところは、万事にのみこみが早くて、
「そういえば、間もなく月見ですな」
「名月や」より
ツーと言えばカー、さすが修二と彰、じゃなくて東吾と源三郎!
   
芋と聞き 出どころわかる 巻羽織
   

修二と彰というあたり、お若い♪「青春アミー○」は名曲だと思いますが、東吾さんと源さんも万年青春なのかも…。
(はなはなさん)



「おやすはどうした」
と東吾。
「あっさり出て行ったと長屋の連中が申しますんで……糊売りの婆さんには、子供がいなけりゃ、どこへ行ってもお天道さんの陽が当るといったってことでして……」
「名月や」より
あっさりとおやすは出て行ったそうですが、心の内はどうだったんでしょう…前の亭主があんまりいい男じゃなかったにしても、まるっきり子供に情が無かったとは思えないんですが。おやすが湯治から帰って来た時、子供たちは喜んで飛び込んでいったし、結構かわいがっていたように思います。死んでしまったのはしょうがないと、心を切り替えて旅立っていったのでは。
草鞋酒とは{旅立ちなどで別れのまぎわに汲みかわす酒}だそうで、こういう使い方でいいのかなと思いつつ使ってしまいました。そんな母親を、星になった子供たちは空から見守っているのかも。(双子じゃないけどゴロがいいので…)
   
一粒の 涙振り切る 草鞋酒
   
母星(ははぼし)の ゆくえ見守る 双子星
   

最初のコメントでもおっしゃっているように、「おやす」については読者の年代によっても、感じ方が変わるのかもしれませんね。彼女に心寄せたお句が多いのも、印象的でした。
母親の毎日のこころが一番解る年代だから作れるお句だと思います。おやすが、また母になれる日があるなら、賢くなって子育てできるのではと、このお句を読んで思いました。
(すみれさん)
「草鞋酒」って初めて知りました。読み方も教えてください。
(紫陽花さん)
「草鞋酒」は「わらじざけ」でいいのでしょうか。旅の別れの酒ですか。おやすは、どこにいてもずっと草鞋酒の女なのかもしれませんね。
(浅黄裏さん)
「わらじざけ」でいいんです。今月の五七五を作るにあたって、国語辞典でみつけた言葉なんです。ニワカに覚えた言葉なので、まだよく身についていません…
(麦わらぼうしさん)
私も初めて目にした言葉でした。「水盃」みたいなことなんでしょうね。誰だ?水ではなく酒にしてくれと言ってるのは〜。
(こでまり)
コメントを拝見して、「良かれと思って」が裏目に出ることって、多いですよね。おやすさんの再婚を急がなければ、もう少し何とかなったかも知れませんね。
(ななかまどさん)
草鞋酒初めて知りました 普段から句を作るときに使う言葉を見つけるようここがけ手いらっしゃるんですね その姿勢に脱帽です
(ぐりさん)
草鞋酒は“わらじざけ”なんですか。草鞋を“わらじ”と読めなかったもので…お馬鹿紫陽花と呼んで下さい。
(紫陽花さん)
「草鞋酒」初めて知った言葉です。水杯ではなく、本物のお酒でお願いしたい(笑)
「母星の」子が母を見守るというのがとてもステキです。冷たい母でも子供達にとっては愛しいものだと思います。
(はなはなさん)



最後の月見の場面は競作ポイントでしょうね。私も拙句をひとつ…
   
十五夜に 団子と尾花 寄り添って…
   

団子と尾花は弥七と庄吉のように感じました。家族に恵まれなかった二人はお互いの寂しさをわかりあえる存在に やっとめぐりあえたのかも。(ちょっとアブナイけど…)
(コシキブさん)



 たまこさんの五七五 

以前にお題になった「麻生家の正月」では、一見悪妻に虐げられているようでも、本人は案外幸せという男性の話でしたが、この「名月や」はさらに進んで、女房なんかいないほうが幸せ?という、かなり辛口な話になっていますね。子供たちが死んでしまうという結末でなければ落語的な味わいになったと思うのですが、罪のない子供たちが犠牲となるのが、どうもやりきれない話です。しかし、源さんが言っているように現実にこういう事は多々あったのでしょう。美しい月との対比で、現実の厳しさがさらに印象的になっていると思いました。
(たまこさんの談)

「かわせみ」の場合は最初から大川端町にぽつんと一軒だけの素人宿屋であって、近くに気のきいた飯屋もなかったから、せめて朝飯だけは客の希望に応じて用意したほうがよかろうと考えたのが、思った以上に客から喜ばれ、だんだん晩の御膳も頼めないかといい出す馴染みが増えて来た。
「名月や」より
独占ポイント狙いだけですみません。
   
大川や宿屋と飯屋歩み寄り
   

ここで一句は、もちろん独占でした!
この部分にもある、かわせみで食事も出すようになった経緯はたびたび出てきますよね。江戸の宿屋は素泊まりが基本だったなんて驚きでした。ここはたまこさまの独占でしたか。
(コシキブさん)
平岩先生の言われる「時代劇の衣を着けた現代劇」まさにそのあたりが表現されているような御作ですね。かわせみはたぶん明治になっても重宝される「ほてる」になるのではないでしょうか。
(はなはなさん)



「今の平清さんの御主人は先代のお内儀さんの産んだ子なんですけど、おしなさんも庄吉さんも他に出来た子なんです。 (略) 庄吉さんのほうは平清の女中の子で、お内儀さんが立腹して暇を出し、実家へ帰ってどこかへ嫁入りしたもんですから……」
「名月や」より
芸者を囲うのは公認するが、女中に手を出したのは許せないという平清の内儀の気持ち、理不尽ではありますが、なんとなくわかるような気もします。
   
蔦かづら散る葉もあれば残る葉も
   

たまこ様のコメントを読んで、そうかなとも思えますね。この時代、大店の主なら芸者遊びは相手が玄人だから半ば公認でしょう。店の女中では、正妻の面子が丸つぶれの感じがします。そのとばっちりが子供にいってしまうのですねぇ。このポイントで一句は自分も一考だけはしたのですが、詠めませんでした。
(すみれさん)
この御作は好きです。蔦かづらが寄る辺ない身を語るのですね。
(はなはなさん)



あら〜お吉さんたら、せっかく八色作ってきたのを五色に減らしてしまうなんて、もったいないことを…売れ残ったら、うねうね横丁に持ってきてくれれば、いくらでも引き受け手があるのにさぁ。で、売れ残りは半額で、ってことでどう?ちょっと古くなって堅くなったお団子、炊きたての飯の上に乗せて蓋をしておけば、またほっかほっかになるし、ちょっと焼き網であぶって焦げ目をつけたりしたのもまた、オツなもんだよ、ねぇ?
   
売れ残り横丁の皆が待っている
   
秋色の深川を行く団子売り
   

わーい♪私も売れ残りのお団子待っています〜。
(はなはなさん)



どう考えても分の悪いのはおやすのほうですが、それでも前の亭主とは曲がりなりにも上の子が4つになるまで子育てをしてきて、帰ってくれば子供たちも「おっ母ちゃんが帰って来た」と飛び込んでくる存在ではあったわけです。弥七さんも、自分の稼いだ金なんだから、多少は酒を飲んだり自分の楽しみに使い、そのかわり、まだ大人になりきれていないおやすも含めて「え〜い子供が3人いると思って引き受けるぜ!」みたいな度量の大きさがあったらと思うのは、無いものねだりでしょうか…
   
月白や巻羽織の影遠ざかる
   

ほの白い月夜に、影法師のような源さんの背中が見えてきます。
たまこさまのコメントに同感!です。子供たちの最後はかわいそうでしたが、弥七は子供たちをかわいがっていたようだし、おやすもかわいがっていたような気がします。子供たちは生きている間はそれなりに幸せだった(と思いたい)のが、せめてもの救いです。
(麦わらぼうしさん)
う〜んそこまで弥七さんに求めるのはかわいそうな気がしますがそういう度量の大きい男だとよかったですよね でも子どもはおやすになついていたんだから子どもはかわいがっていたんですよね
(ぐりさん)



【おたま姐さんの団子検証 深川のお団子屋さん】
今月はどこへ行ったか?というのは実は「深川のお団子屋さん」でした〜
天気も悪いし、深川はもういろんな所で紹介されてるから、今月はパスでいいや、と思っていたのに、昼過ぎに牛込で用事がすんだら雨があがっていたので、なんとなく地下鉄で神楽坂から門前仲町まで行ってしまったんです。
「名月や」では、深川の丸勘というお菓子屋さんが出てきますが、現在の深川に「丸勘」さんというお菓子屋さんはどうも見当たらないようです。
深川のお菓子屋さんといえば、深川不動尊入り口のすぐ横にある「伊勢屋」さんが代表格のようですが(ビルの1階、鳥居の間に見える暖簾のお店です)、このお店はお饅頭・串団子・大福餅・きんつば等の和菓子類から、煎餅・飴・アイスクリームと何でもござれ、そのうえお赤飯や稲荷寿司も売っているという、かなり大きな店なのに構えたところのない気軽に入れる所です。



食堂も併設されていて、「桃太郎セット」という串団子のセットが食べられます。かなりでっかいお団子が4つ串になっているのが2本、甘辛のタレがたっぷりかかっているのに、カマボコ・麩・椎茸・三つ葉の澄まし汁、お新香、お茶で¥350、ゆっくりテーブルに座って食べられるのはすごいお得感でした(マクドナルドに圧勝だ〜)。
串ではなくて、胡麻のとか、赤紫蘇・抹茶味のお団子はないのかな?なんて思わず探してしまいました〜♪
う〜お団子検証、ありがとうございます。って言うか目の毒です〜。すっごく美味しそう!それにしてもお団子とおすましのセットなんて、面白いですね。
たまこさん恒例の現場検証、今月は無茶苦茶美味しそうなお団子&お澄ましでしたね。今度ぜひ本物を味わいに行ってこようと思います。
(あっちの管理人さん)
五色団子、私なら…「抹茶、ゆず、黒胡麻、蓬、だだちゃ豆」…あら??緑色のお団子ばかりになってしまった(^_^;)!
(みちころんろんさん)
お腹が鳴るのが(笑)たまこさまの「現場“美味しい”検証」〜。お団子にお澄ましって美味しそうです。
(はなはなさん)
みたらし団子とお吸い物の取り合わせは初めてですが、とっても合う感じです♪食べてみたいなぁ。いつも検証が楽しみですが、今月は特に美味しそうです♪
(すみれさん)
飛騨のみたらし団子は醤油だけで味をつけてあります 焼くと醤油のいい匂いが漂って食欲をそそります 団子ってこういうものだとおもっていました 「桃太郎セット」にお澄ましが付いているのもいいですね 団子はやはり甘辛い味なのでしょうね
(ぐりさん)
つやつやした美味しそうなお団子ですねー。お澄ましも具沢山でおいしそう。「桃太郎セット」の名の由来は何でしょう?
(コシキブさん)
たまこさんの現場検証もたのしみです。富岡八幡宮辺りの商店街を歩くのは楽しいですね。伊勢屋さんではお饅頭を買ったりしてますが、食堂には入ったことがないので、今度行ったらぜひ桃太郎セットをと思っています。それにしても大きなお団子ですねぇ。
(春霞さん)



 はなはなさんの五七五 

正直言って今月は苦吟でした〜。そりゃ、情念系は私の得意分野かもしれませんが(笑) 五七五ではやはり季節のたたずまいを大事にしたいもの。「はいくりんぐ」はいい修業の場だと思っておりますです♪ 今月も拙いですがよろしくお願いしますm(__)m
(はなはなさんの談)

講武所の稽古に出かけるところだったから、さっぱりした単衣に袴をつけ、脇差を腰にして大刀を下げている。
「名月や」より
ムリヤリ情念系をやるなら(笑)「ここだ♪」と目を付けたのはオープニング、お吉の声で目を覚ますおるいさんと東吾さん、と思ったのですが、千春ちゃんもいることですから…。きっとさわやかな朝の出勤におるいさんが愛を込めて着物を着せ掛けているんだろうな〜♪当然東吾さんも嬉しいだろう、と思いました。字数をあわせるのに「衣通姫(そとおりひめ)」にならって「そどおす」としました(ちと苦しいか)
   
新涼や衣通す肩で愛伝ふ
   

はなちゃんは着せるところで一句ですが、私は脱いだ着物(中味じゃないよ)で一句でした。



その夜、夕化粧もひときわあでやかなるいと並んで「かわせみ」の縁側から大川の上の満月を眺めて、東吾は人はそれぞれだと改めて思った。
「名月や」より
男同士の愛、とは言いませんが(笑)弥七と庄吉はお互い苦労人、しみじみと互いを思いやる気持ちを持って生活するようになったのでしょう。東吾さんに、おるいさんやかわせみ、源さん・宗太郎さんがいるように、弥七と庄吉が毎日正直に精一杯働いて助け合って生きていく様子がなんだか尊く思えました。なにもかも丸い月が見ているような…そんな気がします。
   
明月や人の世まるく照らしけり
   

「人の世まるく」がお気に入りです。何だかほのぼのと幸せな気分になるお句ですね。
「まるく照らす」いい言葉だなぁと思いました。名月じゃなくて明月っていうのも好き。
(紫陽花さん)
「まるく照らす」本当にいい言葉ですね。弥七と庄吉だけでなく、おやす、かわせみ、長寿庵…この世のすべてのものたちをわけへだてなく照らす月、月の大きな愛が感じられてホッとするお句ですね。
(麦わらぼうしさん)
コメントも句もほのぼのとした気持ちになりました 「人の世をまるく照らす」がいいですね
(ぐりさん)



おやすは今頃どこにいるでしょうか。彼女が思うとおりに生きるには、源さんの言うとおり、子が足手まといだったのでしょうが、ふと、どこかで月を眺めながら失った子を思うことがあるのではないかと思います。お腹をいためた子ですものね。子に限らず、恋だったり夢だったり、親だったり身上だったりいろいろなものを思いがけず失ったり、自分で捨てたりしながら、世間に後ろ指を指されても、どうしても譲れないものが人それぞれにあるのだろうと思います。それがあるから生きてゆける。また、生きていかなくてはならないのがこの世です。そんなことを思いながら…。
   
身過ぐ世をそれぞれの月いだきつつ
   

含蓄たっぷり、はなはな様らしいお句ですね。このお話に限ることではなく、「月の一句」があったなら、これでどうでしょうか?
(すみれさん)
そういうすみれさんは「山の一句」送りました?うひひ、一句送っただけなのに、この余裕〜。
(こでまり)
「それぞれの月」がいいですね。同じところにいても離れていてもそれぞれの月…。
(浅黄裏さん)



 のばらさんの五七五 

弥七とおやすはまったく相性が悪かったんでしょうね。バカヤロウとか言える男の方がまだよかったのかも。何か話して、話がはずむことなんてなかったんじゃないか、黙っていたらいたで、ギスギスして、子どもがはしゃいだり甘えたりしても、家族の一体感はかもし出されない。そんな妄想しました。今月もむつかしかったです。
(のばらさんの談)

「弥七さんってのは、子供好きだったから、おやすって女と夫婦になったんですかね」
「いや、そうじゃなかろう。一緒に暮していて、子供に情が移ったのさ」
お吉と嘉助がいい合いをし、るいは、
「どういうんでしょう、自分の子が二人とも歿ったっていうのに、おやすさんって人は子供がかわいくなかったんでしょうか」
信じられないという顔をした。
「名月や」より
おやすがどんな人なのか、今どうしているのか、どうして子どもは死んだのか、きっと他人が考えても分からない、おやす自身にも分からないのかもしれないと思いました。考えても仕方ない、分からない、すっきりはしないし、世間も長寿庵ファミリーも「かわせみ」ファミリーも、たぶんそれぞれの生活の中でほかの家族の事は記憶から遠のいていく。どんな話題にしても、それで当たりまえなわけで、そんな繰り返されていく一瞬を詠みたくなりました。って前書きないと、訳の分からん句になってしまいました…。
   
木犀の香りて思い途切れたり
   

前書きがなくても、誰にでも何となく思い当たる節がある、そんなお句だと思いました。最初のコメントも、弥七の一家をよく見ているなと思いました。
香りにハッとしてそれまで考えていたことを忘れて香りを探す…そんな経験はきっと誰にでもあると思います。日常の中でふっと何かを考える時間…「名月や」はそんなお話でもありました。
(はなはなさん)



弥七と庄吉は、二人いてだまーっていても、なんとなく和めるのではないかなあと思いました。 お互いそれと口に出すことはなく、名月に子どもの冥福をそっと祈っている気がします。お月様はただ空を行くだけですが・・・。
   
思うこと芋名月は知らぬ顔
   

芋名月と詠んであることで、雰囲気が柔らかい感じになっていますね。月を見ている人の思いはもう無限でしょうから。
(すみれさん)
そうですね、きっと静かな月見だったんでしょうね。言葉は交わさなくても、安心して一緒に月を見ていられる…こういう関係、いいですね。
(麦わらぼうしさん)
庄吉には子どもはいたのでしょうか? いたとしたら思い出したでしょうね お互いに口に出さずおもっているのは子どものことだったかもしれないですね
(ぐりさん)



 みちころんろんさんの五七五 

まさに「秋ですな…」を感じられるようになってきました。暑さの苦手な私には本当によい季節となってきました。
(みちころんろんさんの談)

「庄吉の奴が、毎日、こちら様で買って頂いていると申して居りましたが、若先生のお茶請けが毎日これとは、いやはや何とも申しわけのねえことで……」
しかし、東吾は長助に手を振って、麦湯を飲み、団子を一つつまんだ。
「五色あるんで助かってるよ。毎日、一つずつ、好きな奴を食ってる分には、そうも飽きない」
「名月や」より
   
日替わりの 茶請け団子に 苦笑い 今日は何色? 明日は何色?
   

ふふふ、「七七」の部分はbf109さんの詠みぶりみたいですね。五色ありますが、白隠元のって、どんなお団子なんでしょう。見てみたいです。



   
邪気の無い 幼子なくし 絆断つ
   

絆が子どもの存在だけだったというところが 切ないですね
(ぐりさん)



   
名月や 何を思ひて 仰ぎ見る
   

この日、どれだけの人がどんな思いを抱いて月を眺めたことか。その中に、きっとおやすもいると思うのですが。
(麦わらぼうしさん)
お月様が出ていて(雨や曇りでなくて)よかった、としんみり思わされました。
(ななかまどさん)
月は何か想いを秘めているような、しんとした気持ちにさせてくれますね。
(はなはなさん)



「こいつは売れ残りじゃございません。今夜はせめて、弥七さんとお月見をしようと約束して居りますので……」
いそいそとした足取りで永代橋を渡って行った。
「名月や」より
   
ひとのいい 物売り二人 背に刻む 過去の試練が 絆深める
   

よい人だからこそ、苦労を背負うのが人の世の辛いところですね。
(すみれさん)
人のいい二人だからこそ 穏やかな今後があってほしいですね 二人の今を良くあらわしていると思いました
(ぐりさん)



 あるみさんの五七五 

今月は参加しま〜す。台風がきてるので停電しないうちに送らないと…
(あるみさんの談)

「家主に、弥七がいったそうです。子供がかわいかったから我慢をして来た。もう一緒には暮せないから三下り半を渡したと……」
「名月や」より
   
連れ子でもかすがいの子等哀れかな
   

かすがいになりきれなかった子供達は哀れでしたが、弥七さんは彼なりに精一杯のことをしたから、一時は寂しくても納得して前向きのこころで歩いていけると思います。
(すみれさん)



   
名月もかすんでしまう夕化粧
   

ここは「月見」を詠む方が多い中、るいさんで詠まれたのはあるみさんの独占ポイントでした♪
るいさんの夕化粧いいですねぇ。
(紫陽花さん)
こでまりさまがおっしゃるように、ここでるいさんを詠まれるなんてスゴイ!そして名月もかすむほどに美しいるいさん!いいですなぁ〜♪
(麦わらぼうしさん)
私もあでやかな夕化粧のるいさんがいいな〜と思ったのですが詠めませんでした
(ぐりさん)
ここは見落としてしまいました〜。残念です。あでやかなおるいさんがいれば東吾さんには思い悩むことなんてホントはないはずなんですがねぇ(ついつい「紅葉散る」を読んで溜息が…)
(はなはなさん)



 茜雲さんの五七五 

みなさんが苦吟されているものが、早々できるわけもなく昨日からうんうん唸っていましたが、どうにもならずかなり言葉足らずでお恥ずかしいのですが、提出します。句の中に盛り込めず説明で補ってます。(^_^;)
(茜雲さんの談)

「本当は、八種も作って来たんですけど、そんなにいろいろ作ったって仕方がない。五色ぐらいがちょうどいいといってやりまして、白は白隠元豆の餡、赤は梅紫蘇入り、黒は胡麻餡、緑は抹茶入り、黄色のは卵の餡でございます。まあ、食べくらべてくださいまし」
「名月や」より
源さんが確か紫蘇餅がお好きだったから、きっと赤い団子もいけるかなと…。お吉さんにばれたら、畝家のお茶請けは毎日赤いお団子になったりして。
   
五色団子 赤は親友(あいつ)が好きなはず
   

「S.ファロウ」の「畝家の食卓」で調べたら、そのお話は「酸漿は殺しの口笛」でした。秋になると芋の餡の入った餅もうまい…なんて言っていますよ。でも、お吉さんには聞かれないほうがいいでしょうね。
おなじ言葉を使って、こんな粋なはいくが出来ることを教えてもらった心地です。
(すみれさん)
東吾さんの口調ですね。最初は赤紫蘇の団子のお味は果たしてどうだろうかと思ったのですが、たしかに「紫蘇餅」もありましたね。
(浅黄裏さん)
すかさず「源さんが紫蘇餅が好きだった」と思い出されるのがさすがと思いました。ホント粋で素敵なお句ですね。
(麦わらぼうしさん)
粋な言い回しですね そうでした紫蘇餅の講釈をするんですよね
(ぐりさん)
「親友(あいつ)」がいいですね♪源さんと東吾さんらしくておもわず笑っちゃう御作です。源さんはいかにも、甘いだけじゃないところがお似合いかもしれません。
(はなはなさん)



東吾さんが人それぞれだなぁといったセリフがこの物語のすべてかなって気がしていました。おやすさんがせめて月を見て、幸薄く逝った子供達の幸せを願ってくれれば…の思いを込めたのですが彼女は次の夜の自分の幸せしか願っていなかったら悲しいな。
   
それぞれに想い願い込め月眺む
   
次の世の幸せ願い 月見酒
   




 千姫さんの五七五 


だが、るいは知っていた。お吉や嘉助が、自分にとってかけがえのない忠義者であるのを、誰よりも東吾が理解して、どんな小さなことでも、彼らの気持を大事にしようと考えていてくれる。それはとりもなおさず、るいに対する東吾の愛であり、女房への思いやりだとわかるだけに、胸が痛くなるほど幸せを感じるのでもあった。
「名月や」より
久々に東吾の深い愛情に心が熱くなりました。「かわせみ」に惹かれるのは、 この優しさ、思いやりにほっとしたり、じぃ〜んときたりするからなんですよ。
   
はぜて跳ぶ お吉豆拾う 君のその手
   

お、久々の「君」の句ですね。おるいさんの幸せの深さがこちらにまでジワッと伝わってきます。
内容と言葉の響きが、ここちよいです。
(ななかまどさん)
はぜて跳ぶがいいですね コメントもそうです そうなんです
(ぐりさん)
お吉豆!! ぴったりの表現に膝を打ちました♪「君のその手」もいいなぁ。東吾さんの女房思いには本当に感心します。
(はなはなさん)



庄吉と弥七に、人並みに月を愛でる心にゆとりが出来て、冷んやりとした秋の夜でも、人の温もりが嬉しいなぁって気持ちを込めて。もう少し生活に余裕が出来て、もっと人生を楽しめるようになったら月の兎も見えるでしょうね。(う〜ん、これって自分に言い聞かせてるみたいです)
   
やっと見た 月がこんなに 綺麗だと…
   

自分に言い聞かせ?イヤイヤ、だれでもそうですよ。人生の折々、忙しかったり、こころに余裕がないと月見の支度をすることは出来ませんよ。現代は季節の飾りなどをしなくなる傾向にあるのは嘆かわしいことですね。
(すみれさん)
ふと涙がにじむようなお句ですね。大げさな涙ではなく、もらい泣きの涙の粒が目尻に溜まるような…。
(浅黄裏さん)
庄吉と弥七だけでなく、おやすもこういう気持ちになってくれる事を願ってます(どうも、おやす寄りの心情の麦です)ところで私事ですが、子供の頃は、月を見ても「うさぎになんか見えないじゃん!」と思っていたのですが、最近はちゃんとうさぎの形に見えるようになってきたのです!これって喜んでいいのかな?
(麦わらぼうしさん)
二人ともやっと月をしみじみ見られるようになったんですね やっと見たがこれまでの辛い人生を思わせます 浅黄裏様のコメントにじ〜ンときました
(ぐりさん)



 紫陽花さんの五七五 

静岡は午前中結構大きい雨が降ったりやんだりしていたのですが、今はくもりって感じです。日本海側が心配な台風です。宿題です。まだ“取り”ではないですよね。
 (UP後に)
皆さんの思い入れはいろいろと深いなぁと感心しています(団子と芋と月だけじゃないのね・笑)このお話最後に子供が亡くなるのがつらいところですよね。でも話をまとめるにはここは子供たちに亡くなってもらわなくてはオチがつけられないものねぇ…最後おやすは十五夜を迎えたかで終わっていますが、おやすは月が丸かろうが半分だろうが気にしないタイプだったのではとわたしは思っています。
(紫陽花さんの談)

夕月は冴え冴えと、江戸の町を白く照らしている。
「名月や」より
ちょっと不思議に思ったのがお団子に一般的なみたらし団子がなかったこと。それに普通の餡団子もないし。普通すぎてやめたのかなぁ…
   
よき友と月を見るのも悪くない
   
月明かり真白き障子に桟の影
   

「桟の影」では、一昨年、湯のみと茶托が覗き見していたイラストを思い出してしまいました。
簀戸ってどんなのだっけと調べたらすごく上品な感じでここを詠みたいと思ったけど無理でした。身近でよく知っているもののほうが詠みやすいんでしょうね。それにやっぱりお月見は障子でなくっちゃ。
(紫陽花さん)
障子の白さと影を詠まれるのは、絵師の紫陽花さんならではだと思います。
(浅黄裏さん)
みたらし団子は、京都で考案されたお団子だそうですよ。
(ななかまどさん)
宗匠のコメントを読んでわたしもトリオのイラストを思い浮かべました
(ぐりさん)
「桟の影」絶妙ですね〜。秋のそこはかとない寂しさが「桟」に現れていて素晴らしいと思います。
(はなはなさん)



土間においた籠に大根だの、枝豆だの芋だのを取り分けながらお吉がはずんだ声でいっているのを耳にして、東吾はひょいと台所を覗いた。
「名月や」より
おまけは最初は5色の団子にしようかと思ったんだけど“団子とお茶”あまりに当たり前すぎてやめました。この日かわせみが買った野菜という雰囲気にしたんですけど、ナスは夏、大根は冬だけどまぁいいか…ねぎは江戸時代のこの季節にとれるのか、ごぼう(茶色い細長いの)はあるのかと疑問は多かったのですが、彩りよく適当に並べてみました。つっこまないようお願いします。

つっこみません。(笑) 本当に彩りがいいですね。むふふ、茶托はあんなところに…。
またまた、紫陽花さんのオマケは意表をついて♪
(たまこさん)
紫陽花さま、約1名まだみつかりません!頑張りま〜す!!!
(みちころんろんさん)
紫陽花さんのオマケが、ちょうどすみれさんの御句とコラボしているんですね!ご心配のナス・大根も秋茄子・秋大根ちゃんとありますよ〜(秋大根は冬のよりやや小ぶりでちょうどイラストのような感じ?それに大根は平岩先生が原文にちゃんと書いているし) 葱も季語では冬となっていますが、日本書紀に「秋葱」という記述があると出てきたので、秋でもオッケ〜!にしましょう! みちころんろんさん、お探しのものは見つかりましたか? 「芋」「イモ」って、ヒントを出してくれていますよ〜
(たまこさん)
お葱も大丈夫!今うちの庭に生えてますから〜!彩り鮮やか、豊かな秋の実りですね(^-^)こんな鮮やかなお野菜のぼて振りさん、うちにも来て欲しいです。
(のばらさん)
オマケ、三人共見つけました〜(^^♪
(麦わらぼうしさん)
綺麗な色彩特に茄子の色の綺麗なこと茶たく君があんなところに見つけましたよ
(ぐりさん)
約1名♪みつかりました☆ほっ(#^.^#)!
(みちころんろんさん)
あいつらで遊んでいただいてありがとうございます。たまこさんのお団子をみて野菜より5色団子のほうが良かったかなと思ったりしています。
(紫陽花さん)
イラスト拝見しました。茶托くんはあんなところにいたんですね。
(TERAIさん)
おまけはどんどんエスカレートしてますね〜(*^-^*) かれらもかくれんぼしていて楽しそうだなぁ♪豊饒な秋の風情がきれいな色彩で表現されていてお腹が空いてきます(笑)
(はなはなさん)
ワーイワーイ♪イラストは正に自分のはいくとドンピシャ♪紫陽花様、ありがとうございます。湯のみくんが懸命に運んでくれているのに、茶たくは中に紛れ込んでいて、愉快♪愉快♪お団子にすればよかったは無しですよ♪どの野菜も瑞々しくて美味しそう♪
(すみれさん)
あいつらへの感想がいっぱいあり、調べもせずいい加減に描いちゃったので気がひけています。
(紫陽花さん)
紫陽花様のイラスト、パッと見た時に、まず茶托くんに目が行ってしまい、その一瞬後に「ああ狐火くんと湯呑くんもいるんだな」と…これってお芋がまず目に入った=食い意地が張っているせいでしょうか(苦笑)。
(じゃからんださん)
トリオくんも楽しいアイデアと色彩のきれいなのが素敵です。これがPCで描ける紫陽花さんてきっと素敵な方なんだろうと想像 しています。
(春霞さん)



 ぐりさんの五七五 

春の高瀬船はゆうつうというか暗い話が多いですね、ずーと読み進めてくるとこのお話でほっとします、かわせみらしいお話ですね
 (UP後に)
寒くなったり暑くなったりでカーディガンを着たり半そでを着たり 体温の調節が難しい日が続いています (お孫さんが産まれたとの報告があり)今日はお祝いの言葉をありがとうございました
(ぐりさんの談)

袂から手拭を出して、るいは東吾の口許をそっと拭いた。
「お団子、五つも召し上ったんじゃございませんか」
「名月や」より
るいさんの何気ないしぐさに 妻としての安心と愛情が感じられますね
   
さりげなく 口を拭く妻 秋日和
   

この場面は読み飛ばしていましたが、こうして見ると、艶っぽい場面ですね。
年上女房の面目躍如の場面をちゃんと捉えて詠まれていますね。東吾さんのにやけた顔を想像してしまいます。
(すみれさん)
東吾さんは姉さん女房の幸せを実感していることでしょうね〜。アツイアツイ。
(はなはなさん)



白いんげん豆の餡、抹茶餡、卵の餡 団子とはいえ上品な和菓子みたいですね 美味しそうです
東吾さんは甘いものや芋などは苦手なんですね
お酒のみの人には多いらしいけど
   
味見役 私に変って くださいな
   

「味見役〜」のお句に同感〜!!
(麦わらぼうしさん)
団子があまりに美味しそうなのに東吾さんはどうもいやいやの感じでこの句がすぐに出来ました 麦様同感くださってありがとうございます
(ぐりさん)



「庄吉も木更津では、さんざん女房に泣かされたといいますし、どっちも女房にはつくづく愛想をつかしていますんで、男同士、助け合って暮しているてえ案配でございましょう」
「名月や」より
秋になると打ち捨てられる破れ団扇のように 惨めな結婚生活だった二人 やっと今ほっとできるのかもしれないですね
   
捨て団扇 慰めあって 暮らしてる
   

コメントにある「秋になると打ち捨てられる」にハッとしました。たしかにそういう経験をしてきた二人ですね。
(浅黄裏さん)



「食べ物を売る商売の人が、病気持ちじゃ困るだろうって、長助親分が宗太郎先生の所へ庄吉を連れて行って診て頂いたそうです。 (略) それから文吾兵衛さんの所へ行って行商の手続きをしてもらったんですと……」
「永代の元締めまでかつぎ出したか」
「名月や」より
お吉さんやかわせみの面々、長助親分、永代の元締め 宗太郎さんみんな気風のいい人ばかりですよね
   
竹を伐る 気をそろえては 肩入れし
   

「竹を伐る」がわからなく辞書ひきましたが辞書にのってなかったです。歳時記でようやく発見。勉強になります。
(紫陽花さん)



変な意味じゃなくって しみじみとした月見だったんじゃないでしょうか
   
月の宴 お茶に団子で つつましく
   

お団子の他にお酒があるのではなく、この二人なら「お茶に団子」で良いお月見ができたでしょうね。



 花みずきさんの五七五 

今回のお題ですが、むずかしかったです。何度も何度も最初から読み直し、歳時記とにらめっこしました。
(花みずきさんの談)

「お吉にゃ勝てぬ」のあとがどうしても出来ず困り果て、こういう結果になりました。
   
味くらべお吉にゃ勝てぬ秋の八ツ
   

あんなに考えてお八つの時間を避けたのに、お吉さんからは逃げ切れませんでしたね〜。
「八ツ」は時刻のことでしたか。最初に八つあったという団子がお吉さんに五つにされた、という処を詠まれたのだと思いました。食い気が勝ると何を見ても団子から離れられないという見本ですね、すみません。
(浅黄裏さん)
ちょっとぐらいの小細工じゃ、お吉さんにはかなわない、うっふっふ〜♪お吉さんと東吾さんの関係が楽しく表現されていていいですね〜
(麦わらぼうしさん)
お吉さんには誰にも勝てないですよね〜。秋のお八つはお吉さんの独壇場ですね。
(はなはなさん)



ふとみると、荷のすみに尾花がひとつかみ束になっている。
「そいつは、得意先に頼まれたのか」
  (略)
「売り物ってわけじゃございませんので。その、今夜のお月見にちょいとお供えしてえと思いまして……」
「名月や」より
これは最初に出来ました。 で、「あおぐ月」は当初「月あおぐ」にしていたのですが、メールを打っている時に「月」の前に「あおぐ」を入れてしまって、見てみるとこれもいいかもと思いこっちのままにしました。
   
細々と男がふたりあおぐ月
   

私もこの方が好きです〜。
あおぐ月と月あおぐとの推敲を直に見せてもらってとても勉強になりました。自分もいつも迷っています。自分でどっちが良いのかが判る時は来るのかなぁ?
(すみれさん)
あおぐ月と月あおぐ 皆様すいこされていらしゃるんですね 私などいつもやっと出来たと安心してしまうんです
(ぐりさん)