今月の「源三郎子守歌」は「源三郎祝言」に端を発するお話で、当時は単なる「わがまま娘」として描かれていたおいねさんの、その後が明かされています。
詠みたいことはいろいろあるのに、すっかり苦吟モードに入っていたある日、やはりお話に入り込んだというすみれさんからメールが届きました。「今月の五七五を考えだしたのですが、それより前にこんなのが…何だか一気に書いてしまいました」と届けられた、まるで手紙のような作品を、どうぞお楽しみください。



おいねの独り言



市三郎様
二人共こちらに来てしまいましたね。つい三日前までは長松と三人でつつましくも穏やかに暮らしておりましたのにね。
もう少し長松が大きくなったら、笠原の父上に長松をお目通りして、
「お父様のお名前を一文字いただいて名づけた長松です。お父様には多大なご迷惑とご心配をおかけして申し訳ございませんでした」
と、お詫びしようと思っておりましたのに・・・
あの日、市三郎様があの侍を助けなければ・・・いえ・・・もう過ぎたことは言うますまい。貴方様を責めているのではございません。貴方さまのお優しいのは私が一番よく知っておりますもの。
あの侍の懐からあの密書が出てきた時はたまげましたねぇ。
駆け落ちして勘当同然の私達といえ、幕臣の端くれでございますもの・・あのまま、あの侍を旅立たせることなんて出来ませんもの・・殺めてしまえば自分達が罪人になってしまうし・・江戸へ向かうことを決断された貴方さまの考えに私も同意いたしましたこと、けっして後悔しておりません。
私が長松を背負って出発したものの、どうも追いかけられているようだからと、貴方さまに長松を預けて、二手に別れる時が一番悲しゅうございました。貴方さまから「自分が盾になるからお前はこの密書を江戸へ届けろ」と言われ、長松にお乳を吸わせる余裕もなくお別れしてしまいました。(泣き)
あの後、貴方さまはいよいよ危険を察して長松をお寺に置いて・・追ってきた侍達に・・アー無念でございます(号泣)
でも、この事件を探索されたのが、畝源三郎様だったとは・・これも因縁でしょうか。市三郎様と駆け落ちしたときは、私のお腹にはもう長松が宿っておりましたし、如何に源三郎様が寛大なお方といえども長松の父親を押し付けるのは申し訳なくて・・・それに、市三郎様も駆け落ちして親子三人で一緒に暮らそうと言ってくださいましたから、私も父上を悲しませるのは辛うございましたが、思い切って駆け落ちをしてしまいました。
畝様も誠実な好ましい殿方でしたから、もしも長松がお腹にいなかったら、私は市三郎様と源三郎さまと・・どちらの三郎様を選んでいたでございましょう(これは内緒でございます)
松戸の暮らしで可愛い長松が生まれた後も畝源三郎様や父上に大きな迷惑をおかけしてしまったと、二人で江戸へ向かって手を合わせておりました。
それなのに、畝様も私との婚儀が嫌だったなんて・・ねぇ・・びっくりいたしますね。ウフフ。お互いに婚礼の前に本当の気持ちや事情を打ち明けていたならどうなっていたのでしょう?
畝様の奥様のお千絵さまには、ほんの少しだけお目にかかりましたよ。背がお高くて落ち着いた素敵なお方でしたよ!私のことを気づいてはいないようでしたけれど、匿ってくださると言って下さいました。 さすが!畝様の奥様ですね。八丁堀のお人になっておられると身にしみたのでございます。
ありがたかったけれど、あのまま畝様のお屋敷内に留まるのは何故か出来ませんでした。少し妬きもちの気持ちがあったのでございましょう?我が身の安全を第一に考えたなら、わざわざ八丁堀まで行かずに笠原の実家へ逃げ込むのが一番でしたのに、自分でも良く解らないのでございます。
別れてきた市三郎様のことも気になるし、それよりも乳が張ってくると、つぶらな瞳で私を見つめながら乳を飲む長松の口元が思い出されて切なくなり、舟の中で泣いていましたのに・・・
本所へ差し掛かった時、ここで下りずに八丁堀へ行こう!と決めていたのございます。畝様は町廻りにおでかけでお屋敷にはおいでにならないのに・・。やはり一目、畝様に会いたい自分がいたのでしょうか・・・ 畝源三郎様にこの密書をお渡しなければ・・の思いが強かったのでございましょう。
その所為で追っ手に斬られてしまいましたが、ご浄土で市三郎様が待っていてくださって、私が共に生きたのはやはり市三郎様なのだと悟ったのでございます。
長松は神林東吾様とるい様にお助けいただいて、無事に笠原家に入ることが出来ましたし、安心して成仏できそうでございます。
父上様には、私の度重なる親不孝のお詫びもできないままに永久のお別れになって、それが心残りでございます。親不孝のついでにこれからの長松の行く末をどうぞよろしくお願い申し上げます。(泣き)
ねーん ねーん♪ ころりーよ♪ 
あら!源三郎様が長松をお膝に抱いて子守歌を歌っておられますよ!
もう私達は抱っこもしてやれませんが・・・源三郎様・・・ありがとうございます。源三郎様ご夫妻にも可愛いお子様がお生まれになると よろしゅうございますね。
長松や!
父と母は浄土から貴方の成長を見守っていますよ。元気で大きくなって、母が出来なかった分、お爺さまに孝行してくださいね。
母の子守歌も聞こえますか?
ねーん ねーん♪ ころりーよ♪ おころりーよ♪
坊やは良い子だ♪ ねんねーんよー♪



うっひっひ〜、すっかりおいねさんになりきったお手紙、拝見しました。何かが降りてくるというか、書きたいっていう思いとはそうそう出会えるものではないので、一気に書いてくださって良かったと思います。
おいねさんの心情は察してあまりありますが、それをとても素直に表現なさっていて、特に長松を思ってのくだりには胸に迫るものがありますし、二人の三郎さんへの気持ちが「自分でもわからない」 というのも、本当のところその時はそうだったんだろうなと、思いました。このお手紙を拙宅にお預けくださって、ありがとうございました。
(こでまり)
「あの世からシリーズ」が、素晴らしい作品に開花しましたね♪宗匠がうひひと言っていたのはこれだったのかぁ。
(たまこさん)
すみれさまの「独り言」はいいですねぇ。私もおいねさんに惹かれたんですが、こうして書かれるといっそう深くあれこれと考え込んでしまいます。「そうなのよ」とシンクロしてしまいました〜。ぜひぜひ今後も新作を〜♪
(はなはなさん)
三つ目のおまけはすみれさんでしたね。いつもながらするどい読み、深さに感動しました。これからも続くよね〜このシリーズ(じんわり期待)
(千姫さん)
あのう、じんわり期待されているようですが、あれは七夕の夜においねさんが一晩だけこちらにおりてきたので、年に一度あれば良いほうかと(恥)
(すみれさん)
なるほどと思いいれて読みました、天国で市三郎さんと幸せになり長松ちゃんを見守ってくれるでしょう
(ぐりさん)
俳句より先においねさんの独りごとができたんですか?すごーい。おいねさんの気持ちは最後まで藪の中だったのに、なんかスッキリ納得できた気分です。
(コシキブさん)
すみれさまの「お手紙」も、なるほど〜でした。わたしもおいねの心情は想像し切れなくて謎は謎でもいいか…と居直ってしまったのもあって、何も句になるような具体的なことが思い浮かばなかったのですが、すみれさまに拍手です〜〜。
(のばらさん)
読みながらなんとなくわかったようなわからないような気持ちになったおいねの心情ですが、すみれさまの「おいねの独り言」を読んで、ストン!と納得。そう!きっとそうだったんでしょうね。「少し妬きもちの気持ちが〜」のあたり特に大納得!そして2、3回と読み返すうちに終章のねんねんころりよ♪のあたりでグッ!っとくるものが…「もう私達は抱っこもしてやれませんが」というフレーズで涙が出てきてしまいました。子を想うおいねの気持ちが痛いほど伝わってきて…うう、名作です。
(麦わらぼうしさん)
もう一度読ませていただきました!すみれさんのこれまでの「あの世シリーズ」もそうだったと思いますが、非業の最期をとげた人なのに、あっけらかんと明るい口調なのがまずちょっと驚きで、とても後味が良いというか面白かったです。おいねがなぜ父のいる実家でなく、遠い畝家のほうに向かったのかというのは、浅黄裏さんの「そのことを市三郎は知っていたのか」という問題も含めて、諸説ある興味深いポイントだと思いますが、私も「市三郎はもちろん、おいねも実家に行くつもりでいたが、懐かしい江戸に入りまさに実家に着くというところで、急に自身でも理解できない気持に押されて思わず八丁堀に向かってしまった」という解釈だったので、すみれさんの物語がとても納得でした。
原作のおいねの登場シーンはとても短いので、具体的なキャラとしてはいろいろな想像が可能ですが、父親の地位と美貌を鼻にかけた単なるワガママお嬢だったら、駆け落ち後の厳しい生活にもすぐ嫌気がさしてしまったはずですよね。すみれさんが描かれているおいねは、ちょっと天然(?)な所もあり考えるより先に行動するタイプ…ということは、お千絵さんとも決して共通点が無いわけではないので、おおいに共感できてとても面白く、そしてしみじみしました。「あの世から」シリーズと共に、ぜひ「畝様人形お取調べ」に続く「妄想もの」も期待しております!
(たまこさん)