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 百千鳥の琴
新装版「雨月」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
先月は「夜鴉おきん」にご参加くださいまして、ありがとうございました。
出番は思ったより少ないおきんさんでしたが、誰もが詠みたくなるような女っぷりでしたね。

さて、今月は「百千鳥の琴」を選びました。

ゲストの女性お二人は、おきんさんに比べると何とも儚げで、思わず手を貸したくなるような風情ですね。ってことで東吾さんはもちろん、源さん、長助さんも大活躍。最後には八丁堀の粋な計らいもありました。
そして今月のお話は、二つの季節に分かれますので、季語選びも楽しんでくださいね。

さあ、今月はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成十八年六月)

  
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『百千鳥の琴』読ませて頂きました。
物語をよむのも楽しいけれど
こんな楽しみ方も有ったとは…目から鱗の連続です。
それぞれの方々の熱い思いが伝わってきて
何ともいえずよい気分を味わせて貰いました。
ありがとうございます。
(メグさん)
これだけの作品を毎月おまとめになられるご苦労を知りながら
いつもロムだけで申し訳ないと思っております。
皆さまのお句を拝見して一つのお話でもこんなに詠みどころがあるのだと、
その感性に唸ってしまいました。
(春霞さん)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 TERAIさんの五七五 

このお話は何度か読んでおり好きな話です。ですが句の方はあまりいいのが出来ませんでした。
 (UP後に)
今月はコメントにも書いたのですが、好きなお話なのに何故か句が出来なかったんです。駄句さえも出来ないって感じで…。でもまだざ〜っと見てきただけなのですが、皆様の御作、なるほどこういう詠み方もあったのかと感心しきりです。
(TERAIさんの談)

好きこそものの上手なれ、というように、好きではじめた稽古事ではなかったせいか、一緒に入門した和世が「ひなぶり」からはじめて「黒髪」「六段」と進んで行くのに、るいのほうは、いつまでも「六段」止りで、結局、師匠にことわりをいって稽古をやめてしまった。
「百千鳥の琴」より
   
同門もひなぶり六段奥許し
   

好きで始めたお稽古なのに、少しも上達しないこでまり@ニ胡苦戦中〜としましては、るいさんがお琴が苦手だったというのは、ホッとする情報です!



もう一人が匕首を抜き、長助が呼び笛を吹いた。吹きながら、匕首が突いて来るのを十手で叩き落す。が、別の一人が脇差をふり上げて、和光尼は抱えていた琴を振り廻した。
「百千鳥の琴」より
   
長助の命救った父の琴
   

柾目の通った良いお琴はきっと重かったでしょうが、だからこそ賊撃退の役に立ってくれたのでしょうね。それにしても、何sくらいの重さでしょうか。
(ななかまどさん)
私もななかまどさんと同じことを考えました。中は空洞とは言っても重たい筈だと思ったのですが、「振り舞わした」んですよね。
(浅黄裏さん)
「るい」さんの父上の気持ちもいっしょに戦ってくれたんでしょうねーきっと。
(bf109さん)
お琴って中は空洞でもとても重いものでしょう?それを振り回すっていうのは普通では出来ないことですよね。火事場のなんとか力が出たんでしょう。必死だったんですね。
(春霞さん)
TERAIさまの「長助の」のお句の視点に目からウロコでした!そして「お琴は重かったのでは?」と言うのもそういえばそうですよね〜〜、わたしは持ち上げたことないのですがどのくらいの重さなんでしょうね。
(のばらさん)
お琴って重いんですよね、其れを振り回した和世さん 長助親分を守ろうと必死だったんですね この場面の和世さんの活躍、おるいさんのことを守ろうという思いが好
(ぐりさん)
のばらさまに同じく目からウロコです。{父が長助の命を救った}そうだったのね〜
(麦わらぼうしさん)
これは私も詠みたくて、挫折した場面なので、う〜ん、すごい!と感心しきりです。和世さんにおるいさん親子の想いも加勢して、さすがは元八丁堀のお琴!
(じゃからんださん)
おるいさんのお琴について詠みたかったのですが私は出来ませんでした。ここは和世さんの勇気に拍手したい場面ですね。
(コシキブさん)



   
巻羽織粋なはからい百千鳥
   

読んでいるだれもがほっとしたことでしょうね。東吾さんも源さんも本当の情けを知っている八丁堀の人間なんですね。
(はなはなさん)
このような被害者への配慮は今の時代には通用しないんでしょうねぇ〜
(紫陽花さん)
ぐりさんの御作と五・七まで同じで、下五でそれぞれの個性にぱっと分かれるところが、俳句の面白さだなぁと思いました。
(たまこさん)
たまこさまの感想で初めて気付きました!拙作はぐりさまと五・七が同じですね。とても嬉しいです。ぐりさまは「巻羽織 粋な計らい 事のあと」面倒見のよい源さんを詠まれたのですね。
(TERAIさん)
TERAI様と5.7が一緒だったんですね たまこさまに言われるまで気がつきませんでした とても嬉しいです
(ぐりさん)
そうなんですよね、《粋》なんですよね。私も同じ場面を詠んだのですが、《粋》などという粋な言葉が出てきませんでした。
(みちころんろんさん)



 ななかまどさんの五七五 

和世さんの強くなった姿が印象的なお話です。
(ななかまどさんの談)

長助は疲れ切ったらしく、すみで丸くなって鼾をかいている。その長助に、住職が出してくれた夜具を着せかけてやり、源三郎は東吾の傍へ来てすわり直した。
「百千鳥の琴」より
いつも細やかな心配りを見せる源さんですが、この時は「父親のキャリア」が見え隠れしているようです。
   
梅雨寒に 夜具着せかける 無骨な手
   

ここは私も詠みたかったのですけれど。「源」さんの優しさが良くわかりますよねー。
(bf109さん)
梅雨寒に、というのが効いていますよね。いつもさりげなく優しい源さんがよく表れていると思います。
(じゃからんださん)
源さんの優しさがよくあらわせている句ですね 私も詠みたかったな〜
(ぐりさん)



本当のところ、るいの琴は和光尼が長助を助けようとして賊をなぐりつけたために割れたのだったが、それだけはどうか、おるい様におっしゃらないで下さいと和光尼に両手を合せられて、東吾は長助の名誉のためにも口に出せない。
「百千鳥の琴」より
「兄の非業の死は止められなかったが、今度は私が守る。ましておるいさんは、兄が想いを寄せていた女人だから、その方の友情のためにも」… 生きるか死ぬかの瀬戸際なので、表面には出ないけれど、潜在的には思っていたのではないでしょうか。
   
友の琴 振りて夏花(げばな)を 咲かせけり
   

若い頃から苦労続きなのに、いつも自分を見失わず自棄にもならず生きてきた和世さん、強くてかわいい人ですね。
いいな〜私と同じところを詠んでいらっしゃるのに全然違う 勉強になります
(ぐりさん)
友人のお琴は大事、でも命はもっと大事。和世さんの咄嗟の判断は正しかったと思います。「夏花」という季語を初めて知りました。
(コシキブさん)



八丁堀の粋な計らいで、和光尼さんも、大名の姫君も、おみわさんも、ふさわしいお琴を手にすることとなりました。お姫様も庶民もない、大変革の時代へ、それほど時間はありません。琴を弾いてたくましく歩んで下さいとの願いを込めました。
   
おのおのの 踏み出す道に 千鳥飛ぶ
   

これはこでまりさんのお句「出直しの」と競作になっていませんか。優しい視線を千鳥に託して詠まれたお句ですね。
(浅黄裏さん)
なぜか平岩先生は千鳥を旅立ちの象徴にされますね。千鳥の意匠は可愛らしくてふっくらとして、何だか優しい気持ちになれますね♪ ななかまどさまもそんな気持ちになられたようですね〜。
(はなはなさん)
3人の女性が、それぞれの琴を…という視点が素晴らしいです。新しい時代を視野に入れたコメントも鋭いですね〜
(たまこさん)
このお話のシメにぴったりの、明るく希望に満ちたお句で素敵です。
(麦わらぼうしさん)
3人の方がそれぞれことを手にされたんですね 気がつかなかったです 千鳥飛ぶが希望を感じさせて素敵な句ですね
(ぐりさん)
3人の女性の将来に目を向けられたというのは素晴らしいです。
(みちころんろんさん)



 すみれさんの五七五 

週末に義母の傍に居る時間を使って今月のお題を考えておりました。百万石祭りのパレードやイベントの中継を見ながら、頭の中では五七五をぶつぶつ…これでは良い句ができるはずがないですね(^_^;) でも、この楽しみ(苦しみ)に私もはまってしまって、今月も参加できて嬉しいです。
 (UP後に)
百千鳥がにぎやかに飛び交っているような今月のはいくりんぐです。感想を書きそびれている間に月末になってしまいました。いろいろと感想をいただいた皆様、ありがとうございました。和世さんがのれんをくぐる一場面だけでも、色々な解釈があり、お吉さんのぼやきでも粋なはいくができ、源さんや東吾さん、るいさんの心情も織り込まれて今月は盛り沢山でした。
(すみれさんの談)

梅雨の入りかと思うようなしとしと降りが四日ばかり続いたあとに、抜けるような青空が広がった。
  (略)
「お久しぶりでございます、お吉さん」
「百千鳥の琴」より
和世さんは仏門に入ってから落ち着いて暮らせるようになってよかったです。兄、兵馬の所業のせいで世間の荒波に揉まれて気苦労も随分とあったでしょう。仏に仕え、仏に守られて清貧ながらも安らかな生活を過ごす中に…幼なじみのるいさんが好きな男性…東吾さんと晴れて夫婦になって幸せに暮らしている事や、自分も東吾さんに淡い想いを抱いていた事を妬まずに世俗のことと割り切って考えられるようになって、御宿かわせみにもこだわりのない気持ちで訪ねて来る事ができたのでしょう。
   
梅雨晴れやしがらみ脱ぎし墨衣(すみごろも)
   

このお句、大好きです。私もこのような心境で生きてみたいです。毎日すったもんだの我が家も、それはそれで幸せなのですが。
(ななかまどさん)
澄み切った和世さんの心が感じられるお句ですね。私もこのような心境には憧れますが、とても         なれそうにはありません…
(麦わらぼうしさん)
和世さんは「御仏とともに思えば寂しくはない」 と言っていますよね すみれ様のコメント本当にそうだと思います
(ぐりさん)
なんとも言えず素敵な御句ですね。透明感のある和世さまの心をそのまま表現されたのですね。
(みちころんろんさん)



「かわせみ」へ戻って来ると、東吾が縁側で足の爪を切っている。
「久しぶりで『千鳥』の曲を聞いたよ。この節は義姉上も滅多に弾かないからな」
「百千鳥の琴」より
和光尼の和世さんが奏でる千鳥、きいている東吾さんの胸中には、兵馬さんとの思い出が去来していたのではないでしょうか
   
端居して友ある日々や琴の音や
   

たしかに、和光尼さんのお琴を聞きながら、兵馬さんのことは思い出したでしょうね。それにしても、東吾さんが「千鳥」の曲名を知っていたとは、見直しました。
琴の音から東吾さんが兵馬さんを思い出すの視点で詠まれたのが新鮮でした。
(浅黄裏さん)
東吾さんがそっと千鳥の曲を聞きながら、旧友のことを思い出す、絵のような風景ですね。お話に書かれていない部分を想像する楽しみが「はいくりんぐ」にはありますよね、すみれ様の視線に「目からウロコ」でした。
(はなはなさん)
そうか!東吾さんとしては、和世さんの兄の兵馬さんのことを思い出していたことは確かですね。最大の「やられた」ポイントに!
(たまこさん)
私も目からウロコでした。逆にそう見ればこそ、あの場面の深みが増して、青春時代やあの哀切な事件を今しみじみと振り返られるありがたさ、東吾さんとおるいさんのやり取りの暖かさが心に沁みてきます。
(じゃからんださん)
東吾さんが兵馬さんを思い出していた、という視点はまったく気がつきませんでした!さすがすみれさま。優しさいっぱいの大好きな場面にまたひとつ優しさが加わった気がします。
(コシキブさん)



人間、一寸先は闇…おみわさんには真実になってしまったわけで、この先また別の男性と出会って新しい暮らしをすることは大いにありそうだけれど、それまでは自分の力で生きてゆかねばなりません。
   
一芸が渡る世間の道しるべ
   




最後の落ちは映画「シャレ―ド…値打ちものの切手が最後のカギ」を連想してしまいました。その後の処理も源さんと東吾さんらしくて気持ちの好い始末ですね。
   
講釈師謎を残して渋団扇
   
琴千鳥値千金名捌(めいさばき)
   

「シャレード」は見たことがありませんが、アガサ・クリスティの短編に「遺産を稀少な切手に替えて、巧妙に隠す」という手法が出てきました。
(ななかまどさん)
アガサ・クリスティにも「切手」があるのは知りませんでした。「シャレード」で、ケーリー・グラントが切手を見てハッと気がつく顔をすぐに思い浮かべました。「琴千鳥〜」漢字だけでこのお話を表しているようでおもしろいですね。本当に面倒見の良い「源さん」ですね。
(bf109さん)
アガサクリスティに切手の話しありましたね、一昨年のアニメでクリスティの作品をやっていました、結構面白くて声優さんもよかったのでついつい見ていました
(ぐりさん)
「ヘップバーン」話題にも、そういえばそうかあ〜〜切手かあ!と目からウロコです。アガサ・クリスティにもあるんですね、そちらは知りませんでした〜。
(のばらさん)
「琴千鳥〜」以前、録画してあった「シャレード」見ました。よく切手商が返してくれましたね。ステージ上の犯人がどの奈落の上にいるのか息詰まるシーンでした。
(春霞さん)



 たまこさんの五七五 

文庫17巻の「雨月」からの出題は初めてですよね?実は私、第1巻から順々に「かわせみ」を揃えていったわけではなく、ご本家のHPに出会って、図書館で単行本を読み進みながら、文庫をぽつぽつと目についたものから購入していったのですが、なぜかこの「雨月」が一番最後になってしまったんです。表題作の「雨月」をはじめ、ぱっと派手な話はないのですが、心に残るしみじみとした話が多いですね。「百千鳥の琴」はその中では、アクションシーンやユーモラスなシーンもあり、和光尼さんの活躍も楽しいです。
本文中の「12年ぶりに老中に返り咲いた」殿様は、歴代老中の表を見ると、堀田正篤(⇒正睦)ではないかと思われますが、開国・攘夷や朝廷との交渉を巡って非常に苦労した方のようで、御用人が骨董などやってる暇はなかったのじゃないかと思いますが、これも水面下での根回し工作の一つだったのだろうか?などと思うと興味深いです。
 (UP後に)
いつもにも増して力作が揃っている感じでしたね!私はこのお話、後日談のほうが印象に残っていて、年末の話のような気がしていましたけど、事件そのものは今ころの話だったんですね。惑惑組は「江戸の旬」に、知命組は「オードリー・ヘップバーン」に反応した、というのも不思議な偶然…「シャレード」懐かしいです〜切手のトリックがクリスティにあったのは知りませんでした。「シャレード」のオリジナルではなかったのかな。ヘップバーンといえば、俳句の一派にもありますよね。「女の人生」関連のコメントも興味深く拝読しました。明治編への移行もだんだん近くなってきて…維新に伴って廃仏毀釈などの事件もあったとか、和光尼さんの明治以後も気になります。
(たまこさんの談)

るいから琴をもらって行く和光尼に、恥かしい思いをさせないようわざと挨拶に出て来なかった。
「うちの旦那様は、優しいから……」
「百千鳥の琴」より
ずっと放りっぱなしだった琴を和光尼さんが弾くのを聞いておるいさん「この琴がこんな音色を…」と感心したことでしょうね。私も紫陽花さんのイラストを初めて見たとき、誰のPCにもタダでついているあのソフトでこんな絵が描けるとは、と「ペイント」に惚れ直しました。でも、亭主に惚れ直す機会は残念ながら未だに…。男の器量がわかる場面っていろいろあるでしょうが、妻の友人への心遣いというのもその一つですね。ただ愛想よくサービスふりまけばいいってもんじゃないし、度が過ぎれば怪しげになっちゃうし、ここは黙ってやりすごして、東吾さん、点を稼ぎましたね。
   
惚れ直す名残の琴と旦那様
   

「見直す」時って、思いがけないタイミングですよね。それにしても、たまこ姐さまはいつも粋だわー。
(ななかまどさん)



ここを読むたび「ローマの休日」の乱闘シーンを思い出してしまうのですが、オードリー・ヘプバーンが振り回したのもギターか何か、やっぱり楽器でしたよねぇ、確か。原作に何もない「姫百合」が突然出てきたのは「秘め」にかけてみたんですが(自分で言っちゃぁ形無しだなぁ)
   
尼御前(あまごぜ)の姫百合香る武勇伝
   

知命組の方々が、お話から名画を思いだされたというのも興味深いです。「姫百合」は和光尼さんに、似合っていますね。
たまこ様は映画「ローマの休日」を、bf109様は私と同じく映画「シャレード」を連想されていて、おお♪♪♪ヘップバーン主演作のつながりも一緒で嬉しくなりました。
(すみれさん)
G・ペックのファンでしたので「ローマの休日」は何回見たことか。船上の乱闘で振り上げていたのはギターです。
(春霞さん)
素敵な詠み方ですね 尼御前という詠み方も姫ゆりもいいです 春霞様のゆりの花を思い出しました ゆりって清楚ですよね(チョット日陰にひっそりと咲いていたりするとはっとしますよね) 和世さんにぴったりだと思いました
(ぐりさん)
私も和世さんをお花にたとえて一句詠みたかったんですが、どうしてもみつからなかったんです!姫百合、そうですよね〜和世さんは夏草の陰にひっそり咲く小ぶりの姫百合のイメージが似合ってますよね。やられました(笑)
(コシキブさん)



東吾が嬉しそうに「かわせみ」の連中を見廻した。
「けっこう上等の琴が五十両で三面買えた。そいつは西行庵に届けられて、半分の五十両はおみわの年越しさ」
「百千鳥の琴」より
「なんてったって相手は尼さんだ、功徳を積むいい機会じゃぁねえか。それも三面一度にお買い上げ、即金で払おうっていってるんだぜ。さぁ江戸っ子ならもう一声!」 「まったく旦那にあっちゃぁかなわねぇや。えーいこうなりゃもうヤケクソだい。三面でちょっきり五十両、もってけドロボー!!」
   
巻羽織琴を値切るも役のうち
   

う〜ん、相変らず台詞回しが上手いねえ、座布団も、もってけドロボー!
今月のお気に入りです。うまいですね〜〜。
(bf109さん)
コメントのほうが面白いです〜q(^▽^)p こでまり宗匠まで!! 私も座布団大盤振る舞いだぁ〜♪
(はなはなさん)
台詞もお句もいいです〜♪
(麦わらぼうしさん)
さすがおたまねーさんだ コメントも爆笑 句もうまい
(ぐりさん)
山口源さんがコメントにある台詞を言っている図が即座に浮かびました。う〜ん、粋だわあ。
(じゃからんださん)
御句も台詞も天下一品!さすがです!
(みちころんろんさん)



【おたま姐さんの現場検証 普門寺・西行庵周辺】
和光尼様が庵主を勤めておられる「普門寺・西行庵」は、「江戸東京散歩」の切絵図「根岸谷中日暮里豊島辺図」にちゃんと載っていますね。西国十一番札所とあり、なかなかどうして立派なお寺だったようです。検索してみると、ここは現在の田端3丁目18番地にあたり、普門寺境内の六角堂の中に木彫等身大の西行法師坐像があったために西行庵と呼ばれていたのだそうです。というわけで、JR山手線の田端駅と駒込駅の中間あたりに位置する田端3丁目18番地、訪れてみました。 結果は…ご覧のとおりの、何の変哲もない住宅地(>_<)
切絵図を見ると、普門寺西行庵と並んで東覚寺という大きなお寺があり、反対側には常養寺・光明院・大龍寺・仲台寺とお寺が並んでいます。このうち、仲台寺は昭和36年に練馬に移転したそうですが、東覚寺・光明院・大龍寺は現在も田端にあります(もっとも切絵図で見るとぴったりくっついていて、お隣さんという感じですが、それぞれかなり離れて位置しています)。普門寺と常養寺だけがなくなっています。平岩先生は、読者の想像を生かそうとして、わざと現存していないものを選ばれたのでしょうかね。それにしても西行像はどうなっちゃったんでしょう? さっきの写真だけでは、あまりにわびしいので、東覚寺(普門寺はこの寺の末寺だったという説も?)の金剛力士像の写真を入れておきます。江戸に流行った疫病を鎮めるため造られたものだそうで、患部に赤紙を貼り祈願すれば治るとされ、全身に赤い紙が貼られるようになり赤紙仁王と呼ばれて有名だったとか。先の写真の住宅前の道にも「赤紙仁王通り」という看板がありました。

いつもありがとうございます。たまこさんの現場検証は、ただ行ってきました、だけではなく、いろんな歴史的事実や知識にまで広がりがあるのがすごいですよね。あっ、だから「検証」なんですね、失礼しました。
(浅黄裏さん)
赤紙不動は迫力ですね〜なんか借金の方に持っていかれそうで(大爆)「かわせみ」の時代にも赤紙は貼られていたのかしら(笑)
(はなはなさん)
西行庵は実在したんですね、と言う事は明治以後も残っていたんですね、たまこさまの廃仏稀釈のお言葉に心配しましたがチョットほっとしました 赤紙不動も面白いですね いつも丁寧な現場検証ありがとうございます
(ぐりさん)

【おたま姐さんの現場検証 普門寺付近の大川】
ここでまた山手線に乗って帰ってくれば、何の事はなかったのですが…、ついついひっかかってしまったのが「おみわさんの家は、この裏の道を少しばかり行った村のむこうで、大川のそばにございます」という和光尼さんのセリフです。
確かに、切絵図でみると、普門寺の後ろに小さな道があり、その横に「梶原村」という記載があって、蛇行した大川と「豊島村渡場」が描かれています。しっかし!この、1センチほどの小道というのが実は、JR山手線・上越新幹線・宇都宮高崎線、および都電荒川線の線路を越えて、延々と歩かなければならない所なのです。どうもこの切絵図、右ページの現在の地図と比べてみると、縮尺が、町家のある所と田畑の所とでかなり違っている模様…ただ、都電荒川線にはちょうどここに「梶原」という、切絵図の村の名前の駅があるのは嬉しいことでした。
このあたり、旧古河庭園や、浅見光彦探偵の平塚亭も通り道ですが、暗くならないうちになんとか大川にたどり着きたいと、わき目もふらずに歩きに歩く…しかしこの辺はウォーターフロントと違って、隅田川はぜんぜんスポットになっていないようで、王子や飛鳥山への案内図はそこここに見られるものの、隅田川をPRするものは全く見られないのが寂しい。もうこのへんが川辺のはずだがと思ってウロウロするが、団地と「王子ポンプ」工場に阻まれて川が見えない。よよよこれまで歩いてきたのは無駄だったか?と思ったら、ようやく大分東寄りの所に、サイクリングロードになっている河川敷が見つかりました。おぉ〜大川の流れです!しかし「大川に沿って目をこらすと、遥か川上に豊島村の渡しがみえるのだが、そこまでの間も田畑で、川とは反対の方角に、ぼんやり寺の屋根がみえる」という景色はのぞむべくもないのでありました。
ちなみに、この物語で言う「豊島村」は、東京23区の「豊島区」(池袋のある所)ではなく、その北東部の北区豊島1〜8丁目にあたります。

今月も、現場検証をありがとうございました。とてもたくさん歩いてくださったみたいで、恐縮です。平岩先生が「今はない普門寺をわざと選んだ説」は、なるほどと思いました。それから梅雨空の下の大川の眺めも、このお話への想像を膨らませてくれました。(うひひ、役得)
現場検証にも感想や労いのお言葉を頂き、まことに有難うございます。大川を確認したあと、都電荒川線の「梶原」駅まで戻り、そこからJR山手線の大塚駅まで乗って帰宅したのですが、その翌日、なんと、この荒川線の梶原駅から早稲田へ向かった電車が、試運転中で停車していた電車に追突するという事故があったそうでニュースを見て吃驚仰天しました。幸い死者や重態はなかったようですが、数人の骨折を含む数十人の負傷者が出たようです。
(たまこさん)
現場検証は回を追うごとに充実、たまこさまの健脚ぶりには脱帽です。
(はなはなさん)
現場検証、お疲れさまでした。今回は相当歩かれたようですね。読売屋の女将の名に恥じぬ取材ぶり、いつものことながら称賛の言葉すら思いつかない。私が版元ならお手当て割り増します。
(春霞さん)



 こでまりの五七五 

うっひっひ〜〜、今月は久々に早く出来ちゃった!今月は感想にも書きましたが、名画を思い出されたという声が多くて面白かったですね。それと惑惑組の面々が、同じポイントに同じように反応したのも面白かった〜!
 (UP後に)
UPに対しての労いの言葉も、その後の感想も、ありがとうございます。今回UPしてから一番びっくりしたのは、狐火が鋏を持っているというじゃからんださんの指摘。わぁぁーホントだ、全然気づきませんでした。それに、「シャレード」と「ローマの休日」がともにヘップバーンの作品で(知らなかった…)、そこから黛まどかさん主宰の結社「ヘップバーン」まで話題が飛ぶとは、またまた「感想が感想を呼ぶ」って感じで、月末まで楽しめそうです。
(こでまりの談)

「まあ、和世様、いえ、あの……」
「和光尼でございます。おるい様は御在宅でしょうか」
「百千鳥の琴」より
仲の良いるいさんの所とはいえ、この日の目的を考えて、しばし入るのをためらっていた和世さん。その耳に聞えてきたお吉さんの大きな(?)声。それでやっと訪ねる決心がついたように思いました。
   
懐かしき声をたよりに夏暖簾
   
香華の香つれて尼僧の夏衣
   

「懐かしき〜」お吉さん、和光尼さん、おるいさんの、華やかな声が聞こえるようです。
(ななかまどさん)
こでまりさんと競作できて嬉しかったです。かわせみに和世さんが現れるところとその衣のこと、やっぱり詠みたくなりますよね。
(浅黄裏さん)
「懐かしき〜」コメントを読んで、きっとそうだったんだろうな、と思いました。時にはそのおしゃべりで人を困らせてしまう事もあるけど、邪気の無いその声がこの時は和世さんには救いの神だったんでしょうね。
(麦わらぼうしさん)
「香華の香〜」仄かにくゆる香の描写が好きです。清楚で気品があって、和世さんそのものだと思います。
(じゃからんださん)
「懐かしき〜」宗匠のコメント本当にそうだと思いました お吉さんの声で救われた思いだったでしょうね
(ぐりさん)
ああ、ここも詠みたかったんです〜。和世さんが現れていつものかわせみの空気がちょっと変わる、その微妙なところ。「香華の香」字面も綺麗で、さすがです。
(コシキブさん)



どうせ出すなら旬のものを…、お膳の上にはお吉さんの江戸っ子としてのプライドものっていたんですね。
   
江戸っ子の意気も添えたし茄子胡瓜
   




源三郎と東吾は八丁堀へ帰り、長助だけが残って供養の末席についていた。それも宵の中に終って人々は去り、おみわは和光尼と西行庵へ戻る。
この日も一日中降り続いた雨が、あいかわらず軒端を濡らしていた。
「百千鳥の琴」より
お話の最初に和光尼さんが「人間、一寸先は闇」と言いましたが、まさにその通りになってしまいました。通夜・葬式の日の雨は、まるでおみわさんの涙雨のようです。
   
人の世の闇にひた降る虎が雨
   

「虎が雨」ってステキな季語ですね。虎縞のように降る雨、という意味なのでしょうか。そろそろ私も「入門歳時記」から「季寄せ」に進級しても良いかなぁ。この御作と「出直しの」は大好きです〜。むずかしくない言葉でこのお話のテーマを衝いているのがかっこいいです♪
(はなはなさん)
「虎が雨」使ってみたいけれど、使い方の難しい季語の一つです。とてもしっくりと使われているなぁと思いました。「かわせみ」や平岩先生以外の小説をこれから読む時にも、時折思い出しそうな御句ですね。
(たまこさん)
「虎が雨」は曾我十郎の恋人であった遊女・虎御前が、陰暦の5月28日に討たれた十郎を偲んで涙の雨を降らせると言われたことにちなんだ季語です。おみわさんの心情とともに、陰暦のその日はちょうど森助の亡くなった頃(ご本家の旧暦カレンダー参照)かと思い、使ってみました。
(こでまり)
「虎が雨」って季語だったんですか。初めて聞く言葉です。解説よんでやっと理解できました。わたしには難しすぎるお句です。
(紫陽花さん)
「虎が雨」もとんちんかんなこと書いちゃってごめんなさい。ちゃんと調べればよかった〜(恥)本当に日本語って奥が深いです。
(はなはなさん)
あ〜、実際の季節のみならず、おみわさんは確かに大磯の虎とかぶるなあ、と目からウロコでした。
(じゃからんださん)
虎が雨って季語あると思ったんですが どう使えばいいのかわからなくって さすが宗匠ぴったりの気がします
(ぐりさん)
「虎が雨」という言葉自体始めて知りました。季語として用いられているのですね。最初、虎のような雨って…?と変な想像をしてしまった自分がとっても恥ずかしいです。
(みちころんろんさん)



八丁堀や東吾さん・るいさん・和光尼さんはもちろんですが、この見事なお琴を作った職人も、顔は知らない持ち主となる人の幸せを願っていたのでしょう。百千鳥がそんな願いをくんで、おみわさんを新しい暮らしに連れて行ってくれたように思いました。
   
出直しの道のあとさき百千鳥
   

本当に琴によって人の人生が左右されたようなお話ですよねー。
(bf109さん)
「新しい生活with琴」の句想はなんとなく思いつくとしても「出直しの道のあとさき」という表現までに至らないのが未熟者です…「道のあとさき」が特にいいですよね〜
(たまこさん)
皆さん読み込みが深いですね 私は表面しか読み取っていないなーと つくづく思いました
(ぐりさん)



 麦わらぼうしさんの五七五 

今回読み返して気になったのが『天保十二年、十三年、十四年と老中の座にあって、御改革で退いた。「十二年ぶりに返り咲いたところなので、〜』という記述。「かわせみ」でこれだけはっきりと年が書いてあるのって珍しいですよね。という事は、このお話があったのは、天保十四年の十二年後、安政三年(1856)。つまり明治まであと十二年なんですね〜
 (UP後に)
読み応えタップリ!なのは毎度ですが、今月は感想も出足が速く、いちだんと味わい深い感想がたくさんな気が。読み返す度に新しい発見があって、いつまでも楽しんでいます(^^♪
(麦わらぼうしさんの談)

女同士のティータイムって、尽きませんよね。この場面を読んでいたら、こんなのが出来てしまいました。女だけの宴という事で花の宴。もちろんかの名曲「荒城の月」から拝借。天国の土井晩翠氏、滝廉太郎氏、こんなのに使われていると知ったら嘆くだろうなぁ〜
   
茶に菓子に 話も尽きぬ 花の宴
   

何も、特別なご馳走など要らず、おしゃべりに時を忘れて楽しめるのが、気の合う同性の友人達の有難さですね。
(たまこさん)
男にはわからない世界のお話のようですね。
(bf109さん)
麦様と同じ場面を詠めて、嬉しいです!「花の宴」とスッと一言でまとめられたのを読んで、すごい!と感心しきり。おるいさんと和世さんにぴったりだと思います。
(じゃからんださん)
おるいさんがこんなに心安く迎える女友達って和世さんだけではないでしょうか。「花の宴」はそんな親しい二人の再会の喜びを表すのにこれ以上ないほどぴったりですね。
(コシキブさん)



「川むこうのおけいか……」
東吾が思い出し、源三郎がいった。  
「相変らず後家を通しています。近頃は畑仕事の他に、花作りまでしているようで……」
「百千鳥の琴」より
一般的に、つれあいを亡くして男はどっと老け込むそうですが、女は悲しみを乗り越えると、趣味やなんやらで残りの人生を楽しむとか。おけいさんはその典型みたいですね。おみわさんもそのタイプのような気がします。人の手で大切に育てられた花でなく、野山でたくましく咲いているという事で野ばら。(けっしてのばらさま個人、という訳ではないですよ〜)
   
嵐過ぎ なお咲き誇る 野ばらかな
   

お話を何度も読んでいくと、儚げだった彼女たちがずい分しっかりしていて、強いという印象に変ってきました。
麦さまの「野ばら」のお句、勝手に喜んでます〜〜
(^▽^)わたしもそうありたいです♪♪「HNつながり」(?!)でコシキブさまに「麦の秋」とあって、それも奇遇に思えました〜〜。それに何より「野ばら」も「麦の秋」もそれぞれお句の情景にぴったりはまっていてしみじみ味わいました。
(のばらさん)
「女は悲しみを乗り越えると…」のお話、興味深く読みました。
(浅黄裏さん)
「野ばらかな」は女の生命力を表しているようでステキですね。嵐の後に来る静けさと野ばらのつよさが印象的です。
(はなはなさん)
麦さまのコメント通り、亭主亡き後おおいに羽を伸ばしておりま〜す。でも、ご夫婦が仲良く寄り添って歩いておられたりすると ちょっと蹴飛ばしたくなったりして…(やっかみ?)
(春霞さん)
男やもめにウジが沸き 女後家には花が咲くと言いませんでしたか? 野ばらがいいですね 女のほうが一般的にたくましいみたいですね でも江戸時代は生活は遺族年金もないし 働く場所も限られているから大変だったでしょうね
(ぐりさん)
本当にいろいろなことを乗り越えてしっかりとひとり立ちをしていく女性たち☆「のばら」にたとえられるとは…素敵です☆
(みちころんろんさん)



「源さんの話だと、百千鳥という銘がついていてね、金蒔絵で千鳥が一面に描いてあるんだそうだ。どうしたって、こりゃあ大名物だろう」
「百千鳥の琴」より
<おまけ>
当時の五、六百両って、どれぐらいの価値だったんでしょう。現代の感覚に置き換えると?一億とか二億?{金蒔絵で千鳥が一面に描いてある}なんて聞くからに豪華そう〜それほど高価な琴、一目見てみたいものです。琴の事など何もわからないのですが…
   
芸無しも おがんでみたい 百千鳥 (by麦わらぼうし)
   

ひぇ〜億もするんですか?
同感です!引退するというビル・ゲ×ツ氏の資産は見当も付きませんが、美しく良い音を持つお琴ならば…。
(ななかまどさん)
100両あれば商売を立て直すにも家を建てるにも何とかなると 書いたところがありましたから 100両ー2000〜3000万くらいに為るんでしょうか? でも江戸も後期そんな凄いものを持たせられる大名家とは よほどの大家とかんぐってみました
(ぐりさん)



 浅黄裏さんの五七五 

今月も読後感のいいお話ですね。るいさんの性格のよさが出ている箇所が一番好きです。和光尼の和世さんに声に出しては謝らないところ。「私の考えが足らずに笑ってしまって申し訳ないことをしました」などとは言わないところです。謝れば何より自分の気は済むけれど和世さんを余計に恐縮させることになってしまうから。もしこれが七重さんならきちんと膝を揃えて言いそうですね、「申し訳ありません、七重が悪うございました。」と。どちらが良いとかではないですが、るいさんらしい心の動きだなぁと思いました。東吾さんもあえて出てはいかずにいましたし、やっぱり似合いの夫婦なのかなと思います。
(浅黄裏さんの談)

「なんだか、夏を通り越して秋が来ちまったみたいですねえ」
と「かわせみ」の女中頭、お吉が暖簾越しに表を眺めているところへ、一人の尼僧が近づいて笠を取った。
「百千鳥の琴」より
   
墨染めの影さす宿や青簾
   
現し世を捨てし単衣は墨染めの
   

「墨染めの〜」こでまり様のお句は聴覚的におきれいでしたし、浅黄裏様のお句は視覚的にすっきりと美しいですね。
(ななかまどさん)
初夏らしい視覚的に美しい御作ですね。雨上がりに洗われるような和世さん=和光尼の登場にほっとしました。
(はなはなさん)
「墨染め」二句、湿っぽい梅雨の空気を さらりとさわやかにしてくれました。
(たまこさん)
「墨染めの〜」うーん、絵になりますねぇ。制作のヒントになります。
(春霞さん)
これは上級のお句ですよね〜。場面がまるで日本画のようです。こんな表現できてうらやましい…。
(コシキブさん)



「お江戸は、こんなに旬のものの出廻るのが遅いと思われちゃ癪ですものね」
「百千鳥の琴」より
お吉さんにとっては「うちのお嬢さんのこと」がなにより大事で、その次が「お江戸が、八丁堀が、悪く言われないこと」なんですよね。
   
江戸者は旬もはしりも癪の種
   

ここ、何故か惑惑ポイントみたいですね。こういうお吉さん、かわいいです。(しかも↑のお句も競作ですわ〜)
友人から先日「県民性」(祖父江孝男著:中公新書)という本を貰ったのですが、それによると、上方では「初鯛」というような考え方はなく、たくさん出回る時が一番味も良いという考え方なのに対して、江戸では味よりも、入手の難しいものを入手したことを誇示するという、消費主義的な価値観が発達して「初鰹」などが珍重されるようになったとか。それをこの御句で思い出しそういう内容がピタリと詠みこんであるのに感心しました。
(たまこさん)
句もおもしろいですが、たまこさんの解説もおもしろいです。実利を取るか形をとるか!
(bf109さん)
たまこさまの県民性のお話面白いです
(ぐりさん)



本当にお琴を源さんが背負って歩いたとは思わないのですが。
このお話って、梅雨から一気に師走の頃に飛びますよね? 連載当時は何月号に載ってたんだろう?普通に5月号?
   
皹きらす牡蠣の背中の百千鳥
   

あくまでも「牡蠣」にこだわる浅黄裏さま、天晴れ♪「皹」が牡蠣の殻を連想させますね〜。百千鳥とのギャップがまたいいの♪
(はなはなさん)
{本当にお琴を源さんが背負って歩いた}シーンを想像してしまいました…冗談はおいといて、それぐらいの気持ちで真剣におみわさんの為に奔走したという事ですよね。
(麦わらぼうしさん)
私も想像しちゃいました(笑)。源さんの律儀さと豪華な百千鳥のお琴の対比が大好きです。文字通り、千鳥を背負っている牡蠣の図もいいかも。
(じゃからんださん)
源さんらしさの感じられる句ですね
(ぐりさん)
今回も「牡蠣句」登場!源さんなら、お琴をかついで歩きかねないですよね〜♪おみわさんの為になんとかしてやろう!と必死になっていたと思います。源さんのお人柄がよくあらわれてますよね♪じゃからんだ様のおっしゃるように、「千鳥を背負う牡蠣」これって、紫陽花さま〜おねだりできないものでしょうか〜♪
(みちころんろんさん)



 紫陽花さんの五七五 

今月は皆さん宿題の提出がお早いようで…焦ってしまいます。
 (UP後に)
東吾さんの爪を切る場面…わたしは世話焼きの姉さん女房のるいさんと甘えん坊の東吾さんの図しか思いつかず、みなさんの俳句や解説を読みそうだったのかぁと今頃思いいたっています。これじゃあ情念系は無理だなぁ。
(紫陽花さんの談)

   
琴の音が梅雨の晴れ間の時止める
   

美しい琴の音に時が止まったような気がするひと時。今のことのようであり、遠い日のことのようにも思えます。
梅雨のことを忘れ、琴の音に聞き入る雰囲気を感じますね。
(bf109さん)



夫が盗賊だったことが世間に知れて肩身せまく暮していたおみわのために、どこか知らない土地に住いをみつけ、そこで琴を教えて生きて行けるように。
「百千鳥の琴」より
   
やさしさは百の小鳥に姿変え
   

やわらかなやさしさの込もったお句で、ほっとした思いになります。
(ななかまどさん)
詠まれている通りとてもやさしいお句ですね。
(浅黄裏さん)
とても優しい御作ですね♪ 私も「百」という数字の発想をしたのですごく嬉しいです〜。
(はなはなさん)
「千鳥」の季語は冬で「百千鳥」だと春の季語なんですね。わたしの「百の小鳥」は「百の千鳥」でもいいかなと思ったのですが、「百千鳥」のたくさんの鳥が賑やかにさえずっているという意味のほうをとり「小鳥」としました。でも頭に浮かんだのは千鳥の文様がいっぱい描かれた琴でした(笑)
(紫陽花さん)
わっ「百千鳥」は春の季語なんですか〜。私は「千鳥」で調べてちょうど冬の季語だったので、そのつもりで「百千鳥」と使ってしまった〜。しかも百千鳥の「たくさんの鳥が賑やかにさえずっている」という本来の意味も知らず、漠然と「たくさんの千鳥」っていうイメージのまま。そうか「百千鳥」って銘は、いろいろな音色を響かせる素晴らしいお琴ってことなんですね。勉強になりました〜ってことで、感想に付いてきた百千鳥をどうぞ!
(こでまり)
みなさまに同感〜あったかい気持ちになるお句ですね。
(麦わらぼうしさん)
コメント勉強になりました 百千鳥と千鳥では季節が違うんですね面白いです 百千鳥はいろいろな音を響かせるすばらしい琴ーに目からうろこでした 句も優しくてほんのりした気持ちになりました
(ぐりさん)
優しくて、暖かくて(おまけにトリオまでいるし!)、紫陽花様らしい御句だなあ、としみじみしました。
(じゃからんださん)
どうにかして百千鳥を詠みたいと思ったのですが、   とうとうできませんでした。このように言葉を変えて   表現するという方法もあるのですね。とっても優しく温かみのある御句ですね。妖しい3人組みも健在でとっても好きです。真似事がお上手!とほめてあげてくださいね。
(みちころんろんさん)


わぁ〜!百千鳥が飛んでいる!そして三人組も…おみわさんの今後の幸せを願っているんですね(^^♪
(麦わらぼうしさん)
「百千鳥」のイラスト、追加でアップですよね?すごくかわいい〜〜〜。もう話題にでてましたか?わたしボンヤリだった?わたしも今月のトリオ君はここにいるのかな〜なんて思ってたので「キャ〜♪」と喜んじゃいました(*^-^*)
(のばらさん)
千鳥のイラストは私も昨日気づいてたんだけど帰ってきたのが遅くってねぇ♪あざやかな青海波にまぎれるもののけトリオと可愛らしい百千鳥、あやしくって可愛くってもうたまりません〜〜。それにしても「百千鳥」が春の季語だなんて知らなかったわ〜紫陽花さま、ありがとうございました。
(はなはなさん)
鋏を持っていたアイデアもすごいけれど、流行をいち早く取り入れて第二弾が出来ちゃうなんて絵師、紫陽花さんは絶好調ですねっ!
(千姫さん)
実は私も土曜日にアップされているのは気がつきました。感想を送ったときイラストは「表に出さなくていいです」と釘をさしておいたのですが…
(紫陽花さん)
千鳥が海中に入ってお魚に変身したのかな?って思っていました。青海波も爽やか〜〜UP後も全く目の離せない「はいくりんぐ」です。
(たまこさん)
うっひっひ〜、紫陽花さんからは釘をさされましたが、糠のようなこでまり、釘がささらずちゃっかりUPしてました。お千ちゃんも言ってるように、絶好調のイラストですね〜。
(こでまり)
牡蠣殻アップ、ありがとうございます。殻がいっぱいだ〜と喜んで見ているうちに紫陽花さんのイラストを発見しました♪どこにでも出没する三人組で楽しめますね。
(浅黄裏さん)
今月はトリオも2度の出番ですね 百千鳥が飛んでいてトリオも一緒に〜 素敵だな
(ぐりさん)
これ、看板句のパロディーみたいですね。茶托くんの隠れっぷり(笑)が見事!
(コシキブさん)

近所の大学グランドに朝の散歩にいったら、10人くらいの学生が列になって、わっせわっせと走っており、最近こういうのをどこかで見たなと思って考えてみたら、今月のお題の千鳥の列のイラストでした。彼らの白いランニングシャツがイメージかぶったようです。そして、今度はそれがカラフルに変身!して楽しそうに泳いでいるんですね!3人組も一緒に楽しそう〜〜〜
(たまこさん)



「まあ、お名前を出すのは憚りますが、さるお大名の家で二百両ほど盗難に遭ったと申すのです」
  (略)
「どうも三人組の盗賊の仕業らしいのです」
「百千鳥の琴」より
おまけは超怪しい“三人組”です。
こいつらは何をやっているのか…

怪しい三人組って、あの三人組だったんですか〜楽しい御作にニッコリ♪今月のおまけは「金蒔絵で千鳥が一面に描いてある“百千鳥”」かな?なんて密かに予想してたりしてました。(^^♪
(麦わらぼうしさん)
「三人組」と言われるとギョッとする?あの三人組も、相変わらずの味出していますね〜
(たまこさん)
トリオは爪の切り合い?をしているんですか、可愛い〜!もののけも爪が伸びるんだあ、と感心しています。
(じゃからんださん)
狐火くんが爪切りを持ってるのはじゃからんだ様のおかげで気が付きました♪
(はなはなさん)
もののけトリオが爪を切ってるなんて!芸が細かい!「3人組」と言われて「ドキッ」とするなんて紫陽花さんの知らないところで悪さでもしたかな(#^.^#)
(花みずきさん)
爪を切っていたとは、私も全く気づきませんでした。紫陽花さんもじゃからんださんも、絶対に只者ではないわ〜。
(こでまり)
狐火くんはハサミ持ってたんですね!わたしも「今月は百千鳥のなかにいるのかな??」とか思ってたんです。いいわ〜〜、この「3人組」!
(のばらさん)
じゃからんださんよく気がつきましたね〜そのとおりです。でも爪が伸びたから切っているんじゃなくて「甘えん坊東吾」の真似をしているんだと思います。
(紫陽花さん)
トリオの爪切りは、別に私が格別鋭い目をしているので見つけたのではありません。ぱっと見た時に湯呑みくんと茶托くんが手を狐火くんに差し出しているので、「あれ?爪を切ってもらっているのかな?もののけも爪が伸びるのかあ」と思ったら、思った通り、狐火くんが鋏を持っているのが見えただけで…でも実は真似しているだけだったんですね、ちょっと残念。それにしても、いつもながら紫陽花様の細かなお仕事には脱帽です〜。
(じゃからんださん)
茶托くんの「えっ何?」がさりげなくいいぞ〜♪ 「怪しい」のも彼らなら許しちゃえ〜〜♪
(はなはなさん)
私も「爪切り」は、教えられるまで全く気がつきませんでした!「甘えん坊東吾の真似」ですか〜湯呑も茶托も甘えてみたいわけね〜〜ってことは、(そういえば前々からの疑問) 狐火は女性なのかな?確か茶托とミニ千姫がカップルで湯呑+狐火でもう一組?
(たまこさん)
え 何? は爪きりに興味を示しているんですか? 爪きりには初め全然気がつきませんでした
(ぐりさん)



 千姫さんの五七五 




「そんな上等のものではありませんよ」
しかし、それは一人娘のために、同心だった父が買ってくれたもので、いわゆる高級品ではないが、柾目の通ったいい品である。
「百千鳥の琴」より
父との思い出の琴を手放すのは辛かったでしょうね。私なら惜しむとはちょっと違うのだけれど、父との思い出の品を手放してしまう事に、涙がぽろぽろと落ちそうだわあ。
   
琴の音に 別れを惜しむ 梅雨の空
   

千姫さんの感想に反応してしまいます。私もきっと手放せないだろうと思います。それが出来るのは、るいさんが今の生活というか状況に満足しているからではないかと思いました。
(浅黄裏さん)
琴の音が久しぶりの晴れ間に吸い込まれて行きそうな感じですね。形見となれば、いざ手放すとなると名残も尽きないことでしょう。おるいさんも人の困っているのを黙ってみていられない、八丁堀の人間なんですね。
(はなはなさん)
千姫さんのコメントにジンと来ました。でも手放すといっても信頼出来る人の手にあって、いつでも聞きにいけるわけなのでおるいさんとしては安心だったでしょうね。だけど物語の結末で言われていた琴の代金の内訳に、おるいさんの琴の修理代が入ってなかったのが、ケチケチおたまとしてはちょっと気になっています。
(たまこさん)
「るい」さんは、自分のことよりも琴の将来のことを考えられる人なのでしょうか。
(bf109さん)
どうせ自分で弾く事はもう無いとわかっていても、心のどこかで手放したくない、という気持ちは確かにあったでしょうね。浅黄裏さまの{今の生活〜満足しているから}というコメントもなるほど、と思いました。
(麦わらぼうしさん)
お父様の形見のお琴、やはり胸中複雑だったのでは…と思ってしまいました。娘のためを思って買い求めたお琴ですから…☆でも、このお琴が、琴としての役割を果たせるようにとも考えたかも…☆それが和世さまの願いとあらば…
(みちころんろんさん)



「こんなですと、田のものも、畑のものも、不作になりゃあしませんかね」
  (略)
枝豆も実りが悪いとぶつぶついっているところへ、畝源三郎が東吾とつれ立って来た。
「百千鳥の琴」より
お吉の苦労をねぎらって「梅雨寒し膳にも江戸の心意気」「降り続く梅雨の膳にも心意気」が出来ました。コメントは「あっぱれ、お吉!!」って考えていました。どちらにも絞りきれず、悩みながら一日経ったらこんなになっちゃいました。お吉さん、ごめんなさい。
「気が短けぇーのが江戸っ子よォ、枝豆が丸々太るのを待ってられるかッてぇんだ」(←播州人が考えた江戸弁ですぅ)
   
枝豆は 細身が江戸風と 見栄を張り
   

最初の二句もいいけれど、これが江戸風と言いきる、このお句の視点も大好きです。いざとなったらお吉さん、こう言いそうな気がします。
うん、お吉さんなら、そう言いそうですね。でも、江戸っ子って大変〜と、ちょっと同情しますよね。
(ななかまどさん)
「旬」つながりのお句もそれぞれ好きです。千姫さんの「枝豆」なるほど、わはは〜〜と受けてしまいました。ここはお吉さんらしいいいシーンですね。わたしったら読み飛ばしてたなあ、とちょっとガックリしました(^-^;)
(のばらさん)
これ、良いですね!思わず笑っちゃいました。お吉さんなら絶〜対言ってると思いました。
(浅黄裏さん)
江戸っ子の枝豆はいなせなんですね♪こういう発想は私には「目からウロコ」♪
(はなはなさん)
朝顔の話でも、「赤や桃色を買うのは素人で…」とか言っていたお吉さん、ぜったいそう言うと思います!!
(たまこさん)
江戸弁の台詞もいい!ななかまどさんの「江戸っ子って大変〜」っていう感想にも同感(笑)
(紫陽花さん)
お吉さんらしい きっとそうですよね ななかまど様の感想にも同感です
(ぐりさん)
コメントがなくとも、これは絶対にお吉さんとわかります。いかにも江戸っ子なのが嬉しく、この時期にかわせみに泊まってみたい(笑)。
(じゃからんださん)



苦界から抜け出せたのは幸せだったけれど、二人とも同じような季節に辛い目にあってしまって。おけいは自分の手で、おみわは八丁堀の計らいで、やっと人並みの生活が出来るようになって、良かったです。
   
五月闇 おみわおけいに 陽はのぼる
   

もう一つ 五月闇〜「おけい」って誰でしたっけ?どのお話にでてきたのか思い出せません(泣)これにひっかっかっているのは私だけのようですねぇ…
(紫陽花さん)
「おけい」は「江戸の田植え歌(夜鴉おきん)」に登場しました。お吉さんが贔屓にしていた物売り舟の良吉と一緒になったんだけど、その人に死なれて、今はひとりで暮しているようですね。
(こでまり)



 あっちの管理人さんの五七五 

先日久しぶりに初代「かわせみ」のDVDを見て、やっぱりいいなぁと続けて何話か見てしまいました。
掲示板で提出済みの書き込みを見るたびに焦ってました。毎月1日に今月のお話が発表になって、その時はまだ大丈夫だなとのんびり構えていても、あっというまに締切り間際になってしまい焦ることの繰り返し…月初めにさっさと提出出来るとぐっと気が楽なんだろうなぁ(笑)
 (UP後に)
今月もまた沢山の方のご参加がありましたね。恒例たまこさんの現場検証もあり、名画の発想あり、もちろん例の怪しい三人組も参加して、盛り沢山の中に皆さんの素晴らしい句が勢揃い!本当に一度拝見しただけでは味わい尽くせない作品ばかり。じっくりもう一度拝見してきます。
(あっちの管理人さんの談)

物語は梅雨の晴れ間に和光尼が「かわせみ」を訪ねてくるところから始まりますね。
   
梅雨晴れの懐かしき友訪ね来る
   




和世は兄の悪事を全く知らなかったので、おとがめはなかったものの、世を憚る気持が強く、今から二、三年前に、とうとう髪を下して、日暮里の普門寺にある西行庵の庵主となってしまった。
「百千鳥の琴」より
和世さんは兄兵馬の犯した罪の重さに、歿った人々の供養を弔って生きる道を選び仏門に入った。兄は兄として自分の幸せを見つけて生きることは出来なかったんでしょうね。まだ十分若く美しい人に墨衣は少し哀しい気がします。
   
花を捨て供養に尽くす墨衣
   

捨てたのは、現し世での幸せですね。私は、もう墨衣を着慣れてしまっている和光尼さんの姿しか詠めなかったので、ハッとしました。
(浅黄裏さん)
「墨衣」の御作は「花を捨て」との対比がステキですねね。兄に似て一途な和世さんの気持ちが表れていますよね。
(はなはなさん)
「花」と「墨衣」の対比がきいていますね。おるいさんやお千絵さん、七重さんたちに比べて、寂しい境遇の和世さんですが、優しく美しい庵主様に、ひそかにあこがれている男性も実はいるんではないかな…と、今後の 物語を期待している私です。
(たまこさん)
花を捨てと言う言い方が素敵です 和世さんの生き方を綺麗に詠んで見えると思いました それにしても墨衣なんて言葉全然浮かびませんでした(恥)
(ぐりさん)



東吾の手から鋏を取り上げて、るいは夫の足を膝にのせ、要心深く爪を切りはじめた。
「百千鳥の琴」より
「千鳥」の曲をそっと聴いていた東吾の優しさに、またもやるいさん惚れ直したかな。きっと縁側で東吾さんの足の爪をうっとりしながら切っていたことでしょう。雨は降っていなかったかも知れないけど、なんとなくしっとりと細かな雨が降っていそうな雰囲気で爪切り鋏の音だけがパチンパチンと…
   
梅の雨 爪切り鋏の音響く
   

東吾さんのこういう心遣い、なかなかできないなあと思います。原作とは違いますが、少し明るい空から細かい雨が降っているのも、いいものですね〜。
夫への感謝の気持ちを爪切りで表す…。新婚ほやほやでもなく、長年連れ添った老夫婦でもなく、この頃らしいふたりの仕草ですね。
(ななかまどさん)
「梅の雨」ステキな季語ですね。耳からも目からも、雨という触感も感じられる御作でおるいさんと東吾さんの睦まじい様子が眼に浮かびます〜。
(はなはなさん)
梅雨空の中、静かな部屋で爪を切る音だけが響く。画になりますねー本当に。
(bf109さん)
この場面私も詠みたいなぁと思ったけど結局あいつらが出てきてお笑いで終わってしまいました。私のイメージとしては「東吾さん爪くらい自分で切れば〜」という感じだったのでこれじゃあ俳句は詠めないなと管理人さんのお句や解説を読みながら反省してしまいました。
(紫陽花さん)
ななかまどさまの{夫への感謝の気持ち〜}というコメントを読んで、「ああ、そういう事だったのね〜」とやっと気付きました。私もあやうく「大の男が女房に爪切ってもらって…」と麦恒例のアンチ東吾さん発言が出るところでした…(^_^;)
(麦わらぼうしさん)
かわせみに登場する数多のご夫婦の中でも、一番この図が似合うのはおるいさん&東吾さんでしょう。しっとりと暖かい風情が「梅の雨」にぴったりですね。
(じゃからんださん)
「梅の雨」☆という表現の仕方、素敵です。この二人ならではのシーンですよね。
(みちころんろんさん)



 花みずきさんの五七五 

今回はポイントを思い切り「ピンポイント」に絞りました。捕り物の場面も詠みたかったのですが今回は断念しました。
(花みずきさんの談)

「それじゃ、お琴をお名残りに一曲、弾かせて頂きます」
和光尼が心をこめて演奏したのは「千鳥」の曲で、それは、るいが好きな曲目でもあった。
「百千鳥の琴」より
和世さんが琴を弾く場面これはどうしても詠みたくって梅雨に似合わない句になってしまいました。
   
青空に名残の調べ風薫る
   

「梅雨に似合わない句」と仰っていますが、そんなことはないと思います。梅雨の湿気を晴らす琴の音色を詠まれたお句ですよね。
(浅黄裏さん)
綺麗な御作だと思います。梅雨の晴れ間の琴の音は清らかで、つかの間の涼風を運んできたのでは、なんて思いました。それが父上の思い出の籠もった琴ならなおのことでしょう。
(はなはなさん)
気候の良い時などよりもかえって風情があるようにも思いますが。
(bf109さん)
私も似合わないなんて思いませんです。さわやかで素敵なお句ですね。
(麦わらぼうしさん)
梅雨の晴れ間に名残の琴の音 梅雨である事が効いていると思いました
(ぐりさん)
梅雨の晴れ間に響き渡る琴の音必ずやその音色は心にしっかり刻まれたことでしょうね。
(みちころんろんさん)



「御註文のお琴が漸く出来上って参りましたので……」
立派な琴を届けに来た。
最初は間違いかと思ったのだか、よくよく訊いてみると、
「御主人様が半年前に店へおいでになりまして……」
「百千鳥の琴」より
森助さんがおみわさんのために琴を頼む本文中にはない場面なのですが詠んでみました。
   
仰天す妻を想いて百千鳥
   

森助は、おみわさんのお琴にかける覚悟までは知らなかったとは思いますが、習っていたことは知っていたはず。お金の隠し場所にお琴を選んだのには、やっぱりおみわさんの喜んだり驚く顔を思い浮かべたんでしょうね。
本編には名前以外登場しない森助さんの想いが篭ったこの御句のお陰で、おみわさんの切なさがより感じられるようになりま した。
(じゃからんださん)



ここはそのままをです!う〜芸がない(ってもともとそんな物はないのですが)
   
琴談義むし返しして掃納
   

暮になって初めてわかった琴の顛末。「かわせみ」の人たちのことだから、悪いことは何度も言わないでしょうが、こういうお話は大晦日の日まで何度も何度も、話題になったんでしょうね。
これでやっと、「かわせみ」の人々は年を越せるんじゃないでしょうか。気にかかっていたでしょうから…。
(ななかまどさん)
「掃納」これも使ってみたい季語でした!かわせみの人たちのにぎやかな盛り上がりと、きっちり綺麗好きな気風のよさが伝わってきますね。
(たまこさん)
『掃納」と言う言葉いいですね
(ぐりさん)



 じゃからんださんの五七五 

実は今月は身辺がかなりバタバタとしており、気分的にも余裕が持てなかったのもあって、例によって17日ぎりぎりにまで引き延ばしたにも関わらず一首しか詠めませんでした。出来もいまいちなのですが、こんな作でも御笑納頂けると幸いです。他にもいろいろ詠みたい場面があったのに、残念です。皆様の作品に期待しています〜。
 (UP後に)
拝見しました〜!今月も大盛況ですね。これで一首も送れなかったら、さぞかし寂しかったろうと思います。ヘップバーンに江戸の旬、意図してではないのでしょうけど、揃っていて愉しいですね。「シャレード」も「ローマの休日」も確かにこのお話にぴったりです。UP後もぞくぞくと増えていく感想や紫陽花様のイラストも楽しくて楽しくて。だから、というわけでもないのですが、今月は私も感想を送ってみたくなりまして…
(じゃからんださんの談)

女友達の気のおけなさで、茶だの団子だの小豆の煮たのだのと、るいが手当り次第に並べたのを嬉しそうに押し頂いて食べながら、和光尼がためらいがちにいい出した。
「百千鳥の琴」より
昔、知り合った頃には想像もしなかった境遇に今はお互いになっており、何年か音信不通だった時も経て、それでも変わらぬおるいさんと和世さん=和光尼の友情が暖かくて、今回一番心に残りました。
   
雨上がり友と愉しむお茶お菓子年を経てなほ変はらぬものあり
   

幼なじみって、少しくらい会っていなくても、本当にあっという間に心を許しあえるものですね。ましてこのお二人には共通の辛い思い出があり、普段のこうした時間が本当にかけがえのないものに思えるのでしょう。
「手当り次第に並べた」るいさんの様子は、嬉しくてたまらない気持ちが表れていますね。このお歌でやっと気が付きました。
(ななかまどさん)
和世さんの「嬉しそうに」は自然な感情で、「押し頂いて」は仏門にある者の慎ましさの表れなのでしょうか。私もこの場面が好きです。
(浅黄裏さん)
私にも大人になってからの友人がたくさんありますが、境遇が変わっても語り合える付き合いを続けて生きたいものだと思いました。
(はなはなさん)
学生時代の友人たちとの交流、この歳になると「年を経てなほ変はらぬものあり」は、しみじみ実感するものがあります。
(たまこさん)
男にとっては、少し笑ってしまうような風景が、手に取るようにわかるようです。
(bf109さん)
古くからの友達は心が許せて、懐かしくっていいものです。同期入社の9人と毎年会うのですが全て関西在住、すごいですよぉ、帰ってきてしばらくは舌がもつれます。
(春霞さん)
私もこの場面心に残りました。うわつらだけ詠んだ拙句と違って、二人の暖かい友情が感じられて素敵です。
(麦わらぼうしさん)
同じ場面を詠むことができてうれしいです。うれしくて手当たりしだいお菓子を並べ、おしゃべりに興じるるいさんの嬉しそうなお顔が浮かぶようです。おしゃべりは昔語りから始まったのでしょうね。でも、心の繋がりは昔のまま…それはこれからも続くのでしょうね。
(みちころんろんさん)



 のばらさんの五七五 

和光尼が訪ねてくる場面、おるいさんのお琴の思い出、凄惨な事件に謎解き、蒔絵のお大名物のお琴、お話しでミュージカル(?)や舞台になっても見ごたえがありそう、と思いながら読みました。なんだか今月はお話しを思い返すのと一緒に、またいろいろ妄想してしまいました。
 (UP後に)
わたしの句にもありがたいようなもったいないような感想ありがとうございます。自分で作っただけの時よりいい句になった気がします(^▽^;)!今月はもう出来ないかもと思ったのですが参加できてうれしいかったです。
(のばらさんの談)

「随分、苦労性なお方なのね」
るいは、つい笑ったが、和光尼のほうは真剣な表情をしている。
「でも、人間、一寸先は闇と申しますでしょう」
「百千鳥の琴」より
家の近所に蛍を見に行った時、蛍が近くに飛んできたときに、思わず手を伸ばして手のひらでつつんで捕まえました。ひっそり小さくても、たしかに光があったにのに、包んでからは、急にそばの山裾から闇がヌメヌメと迫って来るような感覚がしました。このシーンや本編を、思い出し、思い出し、しながら句を考えていた時に、蛍を捕まえたときのことをなんとなく思い出してしまいました。
   
蛍を包みてよりの闇深し
   

光を手に包んだからこそ感じる闇の深さ…それをこの場面で重ね合わせられたのは、いかにものばらさんらしいなあと感心しました。幸せを手に入れたはずなのに、どこかで不安をぬぐうことができない、そんな感じですね。
「蛍」を「ほうたる」と読んで字数を合わせるのはいかにも俳句的工夫ですが、このお句もそのように読ませていただきました。
「ほうたるを」は読めませんでした(恥)。俳句的工夫ですね。教えていただきました。
(浅黄裏さん)
たしか牡丹も、数を合わせて「ぼうたん」と読ませることがあったと思います。面白いですね。
(こでまり)
幸せを手に入れてからなおのこと苦しみが始まるのですね。それでも手に入れたい、失うことなど考えることなど出来ないのですよね。「ほうたる」というやさしい語感もステキですよね。
(はなはなさん)
なんというか、感想などを言葉で表すよりも、折にふれていつまでも思い出したい作品として、心に残っています。
(たまこさん)
宗匠、「ほうたる」の読みありがとうございました〜。「ほうたる」では読みにくいかな、と思い、「ほたる」で読むようにしたり、ああだこうだと推敲してるうちに「読みにくいかな」と思っていたことは忘れて上5に置いてしまってました。この読みは前に俳句王国でたまたま耳にしたのですが、不思議ですよね。
(のばらさん)
字数を合わせるワザもすごいけど、お句全体から闇の怖さが感じられるようで、すごく雰囲気のあるお句ですね、さすがのばらさま、絶対私には詠めないお句だと思いました。
(麦わらぼうしさん)
ほうたると詠むんですね、素敵な言い方ですね 宗匠のコメントを読んで意味の深い句だと思いました のばらさまの作句への真摯な姿勢もうかがえますね 凄いです
(ぐりさん)



森助は三人組の一味だったが、おみわと夫婦になってから、盗賊の足を洗いたいと考えるようになった。
「百千鳥の琴」より
盗賊だった森助ですが、所帯を持ち、先のことを考え思い悩み、暮らしをかえるように行動したのでしょう。わたしはというと「こうしたほうがいいかな」と思うことがあっても変化が面倒でつい何もせずダラダラしてしまう。そんなときは夏の日差しや勢いのある植物、そういうものに、押されてしまうというか、目をそらしたくなるときもあります。
森助やおみわ、和光尼も迷ったり先のことが無性に心配になったりするとき、そんな気分になったりはしなかったかなあ…とか考えていて、できた句です。
   
夏草の迷いの無さよ寺隣り
   

夏の短い北海道の夏草は、迷う暇もなく必死に伸びて、やがて雪に埋もれてゆきます。「生き急ぐ」という言葉が似合うほどに。のばら様のお気持ちと、ずれてしまったと思いますが、胸にこたえました。
(ななかまどさん)
いつも自分でも感じていながら、言葉にはなっていなかったことが、まさにぴったり表現されているときの悔しさと気持ちよさ…「夏草の迷いの無さ」ほんと、そうなんですよね〜〜 ある意味うらやましいっていうか。
(たまこさん)
夏草の2句それぞれに考えさせる句でした 『生き急ぐ」飛騨の夏もそんな感じでしょうか チョット悲しい言葉だけど 花たちは懸命に咲いていると思います
(ぐりさん)
夏の強烈な日射しや、草いきれまで感じさせて、ぐんぐん伸びる夏草の「迷いの無さ」の表現に思わず頷きました。
(じゃからんださん)



和世にとって兄が盗賊であったこと、その死は消すことも忘れることも出来なかったと思います。おみわの亭主の死は、和世にとっても衝撃だったことでしょう。幸せの中でも、先は分からないと思っていたおみわの心配は本当になってしまった。それでも和光尼もおみわも生きていくためにまたお琴を弾くんだろうなあと思いました。そんなことを妄想しながらひねった句です。
   
夏草に踏み出す足の白さかな
   

「夏草」の御作がふたつ揃って、のばら様のお人柄までうかがえるようなさわやかな夏の風情を感じました。
(はなはなさん)
足の白さかな…なんだか考えさせられる言葉ですねー。新たな気持ちで進むのでしょうか。
(bf109さん)
これからは、自分の足で歩いていかねばならない…☆「足の白さ」はこれから一歩踏み出すことを強調しているのでしょうか?
(みちころんろんさん)



 ぐりさんの五七五 

今月もトリかな?このお話後が意外な展開で嬉しい結末で大好きです
(ぐりさんの談)

東吾さんの思いやりに
とっても嬉しいるいさん
   
身を寄せて 爪を切る妻 梅雨晴れ間
   

ここは競作ポイントにもかかわらず、詠めなかったところです。「身を寄せて」が、とっても素直にこの場面をとらえていらして、私にはなかなか出て来ない表現だと思いました。
つつましいおるいさんの人柄を感じさせますよね。私のあられもない情念系とは大違いで、奥ゆかしいですよね。しっとりとした大人の色気でしょうか。
(はなはなさん)
私も「身を寄せて」がいいなぁ!!と思いました。ほんのちょっとした距離感の違いっていうのか、お礼やお見舞いの言葉などでも、儀礼的な言葉の中に、さりげなく「身を寄せて」くれる気持ちのあるものは、すぐに感じられるし、いつまでも忘れられない有難いものですよね。
(たまこさん)



「こっちはどうだ」
和光尼が男に体当りしたのは、その琴が、るいからもらったものだったからである。
「百千鳥の琴」より
このお話でいつもはおしとやかな和代さんが必死で活躍するところ 大好きです 其れを内緒にと長助さんを拝むところもほほえましいです
   
るいさまの 琴は守ると おてんばを
   

お琴を弾く和世さんにとって、そのお琴を目の前で壊されることは、身を切られるような辛さだったでしょう。それでも最後にはその大切なお琴を長助の命を守るためにふり廻す、というところに、無我夢中の中に自ずと表れた和世さんの強さと勇気が見えて、大好きでした。
(じゃからんださん)



いつも行く末までの面倒を見る東吾さんと源さん 其れを花を持たせる東吾さんも好きだなー二人とも
   
巻羽織 粋な計らい 事のあと
   

「事」と「琴」をかけてます?
事は琴と掛けてあるわけではないんですーいつも事件のあとの面倒見のいい源さんを詠んだつもりです
(ぐりさん)
お琴の余韻が響いてくるようですね。年の暮れなら、お正月に向けて練習している琴の音が、あちこちから聞こえているのでしょうか。
(ななかまどさん)
八丁堀の粋な計らい、現代にもほしいような気がしますね。人情がわかる人が多かったのでしょうね。
(bf109さん)
源さんの人柄が端的に表されていていいですね。
(みちころんろんさん)



「どうなりましたんですか。そのお琴……」
暮も押しつまった「かわせみ」で、再び、琴談義がむし返された。
「百千鳥の琴」より
いよ〜八丁堀って言うような計らい
   
百千鳥 身寄りない女(こ)に お年玉
   
年の暮れ おなじみそろい 琴談義
   

「百千鳥〜」優しいお句ですね。かわせみの面々だからこその計らいでしたものね。
(浅黄裏さん)
「百千鳥〜」暮れだから{お年玉}、な〜るほど、全然気付きませんでした!
(麦わらぼうしさん)



 はなはなさんの五七五 

今月も何とか提出できます、初挑戦の短歌も添えます♪ 今回はお話の流れを追う、というより、3人の女性に目が行きました。和世さんこと和光尼さんとおみわとおけい。おるいさんも入れれば4人なのですが、「薄倖」という言葉が似合う女・3人。でも結末は3人とも(おけいは「すでに」ですが) たくましく生きていくわけですが…。流されていくようでそうではない生き方に、つよさとしなやかさを感じています。
 (UP後に)
今回は本当に読み応えがたっぷりでした。やはり女性の生き方、ということで皆さんもお話に同調しやすかったのでしょうか。いまさらですが、「萍」は「うきくさ」です〜とふりがなをふらせていただきます。漢字の感じがとてもステキだったのでそのまま使わせてもらったのですが…。水草の、としても良かったかなぁ…と今頃になって思っています。
(はなはなさんの談)

おみわの目から涙があふれ出した。
「あたし、ありがたいと思って……いい人にめぐり会えたと手を合せていたんです」
「百千鳥の琴」より
ヨシキリは川岸の葭の茎に棲む虫を食べる鳥、「葭雀」「葭原すずめ」ともいうそうです。ヨシキリのしきり鳴きは苦界から逃れたと思ったのに不幸に見舞われたおみわの悲しい絶唱のようにはきこえないでしょうか。
   
葭きりの呼ぶ声止まぬ独り夜の
   

小学生の頃ヨシキリを「行行子」と書くと習ったことがありましたが、それは鳴き声によるそうです。ひとりの夜に聞えてきたら、悲しさもいっそう募りそうです。
おみわさんがかわいそうで…。せめてこの後は幸せになってほしいです。
(ななかまどさん)
「葭」わからなかったです。解説があってよかったです。「萍」も読めなかったです。
(紫陽花さん)
ヨシキリの鳴く声はチョットかん高いのでしょうか? おみわさんの悲しい声なんですね
(ぐりさん)



「……あたし、扇屋の傍輩でおけいさんという人が、やっぱり身請けされて、川むこうにいるんです。おけいさんに頼んだら、谷中の名主さんの隠居所があいているって聞いて来てくれて……扇屋のほうで話をつけてくれたんです」
「百千鳥の琴」より
ここでおけいが登場するとは思ってもみませんでしたが、吉原の女性はただはかない運命をたどるばかりではないのでしょう、芯のつよさを感じました。
   
萍も花咲かせ居る川向こう
   

「萍も」 これは読めませんでした(恥)。一瞬「はかり?」と読んでしまって自分で赤面しました。
(浅黄裏さん)
「萍:うきくさ」は、私も読めませんでした。もちろん即、検索しましたよ〜ははは。
(こでまり)
はなはなさまの「萍」と浅黄裏さまの「皹」は、知らない、読めない!と思い、何度もお句を読んで、もしかして、と予想してあたり(?!)ました。うわーい。漢字が違うと情緒も違ってきて、皆様の工夫が感じられました〜。
(のばらさん)
やっぱりふりがなつけるべきでしたね〜「萍」。視覚的に「ああ、これって『うきくさ』の姿をあらわしてるよな〜可愛い」と思ってそのままにしちゃったんです。「皹」は自分でも変換したことがあるので読めたのですが…書けといわれるとイマイチ不安…。
(はなはなさん)
このお話にも「扇屋」が出てくるんですねー。今は、「扇屋」ビルになっていますけど、玉子焼きは有名で今も売っていますよ。日暮里で生まれて、王子で育ったのでちょっと身近に感じるお話です。
(bf109さん)
しっかりと自分で道を切り開いているおけいさん、いいですよね。おみわさんも、何事も起きていない時から先の心配をしていたぐらいですから、きっと自分なりの幸せを見つけて生きていくと信じています。
(麦わらぼうしさん)
萍読めませんでした はなはなさまは素敵な季語をたくさん知っていらっしゃいますね 扇屋は今でもあるんですね、其れを身近に感じていらっしゃる bf109さまはさすが江戸住まいですね
(ぐりさん)



和光尼にしても兄には泣かされました。夫を失ったおみわにしても、したたかに生きているように見えるおけいも、流した涙は人知れず多かったのではないでしょうか。おるいさんも…きっと。
   
をんなの泪で流るるか大川よ
   

いつもの「かわせみ」に出てくる、大川端や深川の都会の大川とは違う、当時は草深い上流の大川の風情は、とても良いですね。「はいくりんぐ」に取り上げられたおかげで、改めて「ここにも大川が」と認識できたのは、非常によかったです。
(たまこさん)



百千鳥の琴は、森助の残した形見ですね。悪事の片棒を担いだとはいえ無念に殺された森助の思いが琴の音に蘇るのではないかと思いました。
   
亡き人の声届け来る百千鳥百も千もと波に揺れ啼く
   

初挑戦の短歌を、ありがとうございました♪一句目からここまでのお作は、すべて大川を上り下りしながら彼女たちの暮らしを眺めているような感じがしました。
短歌初挑戦ですか?哀切でとっても素敵〜〜涙が出そうです。悪事を働いていたとはいえ、自らそれを止めようと思い、無念の死をとげた夫のことは、おみわさんもきっといつまでも忘れられず菩提を弔うことでしょう。
(たまこさん)
私も百千鳥の琴=森助の形見、という視点で詠みたかったんですが…こんな風に詠みたかった!です(まぁ無理だけど…)それと、形見という他に、おみわを最後まで幸せに出来なかった事と今まで自分がしてきた事に対する罪滅ぼし、という意味も百千鳥の琴に託した想いにあるのではと思いました。
(麦わらぼうしさん)
短歌初挑戦とは思えません、さすがははなはな様!「亡き人の声」と「揺れ啼く」百千鳥が重なり合い、哀切な雰囲気で素晴らしいです。
(じゃからんださん)
森助さんのこと、このようにお読みになるなんて!私もこのように表現できれば…(^_^;) 森助さんの心の声が聞こえてきそうです
(みちころんろんさん)



冒頭にらぶらぶ、というのは「かわせみ」の「お約束」だと思いますがおるいさんが東吾さんの足を膝に載せて爪を切る、というのがなんだかとても色っぽく感じました。「じゃ、そのあとは…?」と妄想してしまったはなはなはやっぱり情念系だとつくづく因果に思いました(笑)
   
花茣蓙に散る白き爪さぐる指
   

う〜ん、そう来ましたかって感じです。 指でさぐったのは東吾さん?るいさん?
(浅黄裏さん)
こういう風に表現されると切った爪でもきれいに見えるのが不思議、「さぐる指」は、はなはなさまでなくてはなかなか詠めないですね。
(春霞さん)



 みちころんろんさんの五七五 

なかなか落ち着いてパソコンの前に座ることができず、いつのまにか19日!『百千鳥の琴』、なんとか今回も参加することができそうです。今回のお話、お題をきいてもピン!とこなかったのですが、最初の数行で、はいはい、もちろんわかりました。好きなお話なのに題と内容が結びつかなくて…反省…(-_-;) 今回もよろしくお願いいたします。m(__)m
 (UP後に)
私の拙い句への優しいお言葉の数々、ありがとうございます。とても励みになります。皆様の、さまざまな視点から詠まれた御句の数々、いつものことながら目から鱗状態(^_^;) 本当に勉強に、そして楽しませていただいております。
(みちころんろんさんの談)

おるいさんと和世さん、久方ぶりの団欒に、この先あのような事件が起こるとは思いもよらなかったでしょうね
   
茶菓ならべ 梅雨の晴れ間の 語らひは 波乱万丈 予感せしかな
   

私も同じ場面を詠んだので、嬉しいです!なんだか過去を向いている拙作に比べて、未来に目を向けていらっしゃるところが、目からウロコでした。
(じゃからんださん)



「お帰りになっていらしたのなら、和世さんにお顔をみせてあげればよろしかったのに」
「るいが、女長兵衛をきめてるんだ、俺が顔出したらぶちこわしだろう」
「百千鳥の琴」より
   
思ひやる つま(夫・妻)の心の 優しさは 琴線のごと 奏であうかな
   

お互いにストレートに言うのではなく、少し角度を変えて互いの思いやりを感じあっている…。どちらか一方の思いだけでなく、「奏であう」と詠まれたのがとてもいいと思いました。
「奏であうかな」のあとは…と続くのでしょうか。いいですね〜。
(bf109さん)
優しさが奏であう、という表現がきれいでとても素敵です!
(麦わらぼうしさん)



   
人の道 取り戻させた 恋女房
   

森助(この名前が好き)を詠んでおられて良いですね〜。人を好きになると人は変わるのですね。
(はなはなさん)



調べによって、その琴は、森助が殺害される前日、井筒屋に註文したものと判明した。
  (略)
ひょっとすると、女房への贈り物のつもりだったのかもと、源三郎が笑っている。
「百千鳥の琴」より
大切な人の為に…おみわさんって素敵な方なんですね
   
思いたい 妻への思ひ 琴に替えたと…
   

おみわさんと一緒になって、足を洗おうと思ったんですもの、きっとその通りですよね。
(ななかまどさん)
私もそう思いたいです。はっきりとは書いてなくてちょっと口惜しいですよね。
(浅黄裏さん)
私もきっとそうだったと思います 苦労人の和世さんと森助さんのおみわさんへの思いが実を結んで おみわさんのこれからへのプレゼントになったんですね
(ぐりさん)



最後の場面、源さんの、そして東吾さんの優しいそして温かい心が満ち溢れていますよね。必ず、どうすればその人がこの先の人生をきちんと歩んでいけるか考えてくれているんですよね。その分、気苦労も多いと思うのですが…(^_^;)
   
気働き 人情熱き 巻羽織
   

巻羽織句、今回も有難うございます!「き」の音が4つ入っていて、リズミカルですね。
(たまこさん)



 コシキブさんの五七五 

梅雨入りしましたね。いかがお過ごしでしょうか。「百千鳥の琴」は事件そのものよりも、かわせみらしい、人への思いやりの場面が多く描かれたお話として印象に残っていました。特に冒頭の和光尼さんとおるいさんが再会するシーンが好きです。
 (UP後に)
ちょっとバタバタしてましてPCの前になかなか座れなかったのですが、今日は少し時間がとれました。早速ですがはいくりんぐ「百千鳥の琴」をまた拝見しにいき、堪能させていただきましたので拙い感想など書かせていただきました。
(コシキブさんの談)

たしかに、和光尼の今日までの人生を思えば、明日、何があるか知れないと考えるのが本当だろうと、るいは笑ったことを後悔した。
  (略)
「やはり、自分のお琴が欲しいようですけれど、この節、なんでも高くなってしまって」
「ようございますとも。喜んで、お役に立てて頂きます」
「百千鳥の琴」より
心ならずも大きな事件に巻き込まれ髪をおろす身になった和世さん。おみわさんの世話を焼くのも自分が苦労人だからこそなのでしょう。不勉強で「麦の秋」が初夏の季語とは知りませんでした。この思いやりが後々おみわさんの人生に実を結ぶことになるのだから、ぴったりですね。(自画自賛?)
   
友の瞳(め)に慈愛の灯り麦の秋
   

和世さんがいなければ、おみわさんの幸せはなかったわけですが、和世さんがそうなれるまでには、やはり年月がいったことでしょう。
「麦の秋」とか「竹の春」とか、俳句には面白い季語がいっぱいありますね。「自画自賛」いいじゃないですか〜、詠みたいことに使えそうな季語と出会えたら、ワクワクしますね。
思いやりが実を結ぶ、な〜るほど目からウロコです!表現の仕方も綺麗でステキなお句ですね。
(麦わらぼうしさん)



こういうしぐさが自然に出来るおるいさんが素敵!でもこの場面、東吾さんの気配りも感動ですよね。
   
梅雨晴れや優しき人の爪を切る
   

さり気ないけどるいさんと東吾さんがお互いに思いやっているのがわかるお句ですよね。
(浅黄裏さん)
優しい人が優しい人の爪を切る様子が梅雨晴れとマッチしてステキですね〜。私もここのシーンはとても好きです〜。
(はなはなさん)
この場面、どのように詠めばいいのか悩んだあげくギブアップしてしまったんです。このように素直に表現できるコシキブ様も素敵です。
(みちころんろんさん)



例年なら葛西舟が夏の野菜を積んでくるのに、今年は胡瓜も茄子もまだのようだと、お吉は泊り客の献立に苦労している。
「百千鳥の琴」より
お吉の心意気、さすがはお江戸の宿屋の女中頭!苦心のお膳にはどんな献立が並んでいたのでしょう。
   
もてなしの心が宿る初夏の膳
   

とても爽やかなお句ですね。ぜひ泊まってみたい、という気分になります。
(麦わらぼうしさん)



ぬかるみの中を往復した長助に夜具をかける源さん。こうした場面もかわせみらしいですね。
   
老練の手下(てか)を労わる巻羽織
   

長助さんを朝寝させてあげたし、源さんは本当に優しいです。
(ななかまどさん)
こちらの巻羽織句もありがとうございます!源さんの部下へのいたわり、本心からの厚意が無ければ続けられないことですよね〜
(たまこさん)
本当に部下思いですねー。ここは詠んでみたかったのですが、できませんでした。
(bf109さん)
本当にやさしい源さんだから長助さんも其れに答えようとがんばるんですよね 私もここ詠んでみたかったです
(ぐりさん)
自分の手下とはいえ、長年の付き合いの長助に対するさりげない源さんの優しさが滲み出ていて、好きな御句です。
(じゃからんださん)



 bf109さんの五七五 

このお話は、琴の使われかたをみて、映画「シャレード」の「切手」を思い出しました。
(bf109さんの談)

冗談らしく笑っている東吾の肩を軽く袂でぶつ真似をして、るいは東吾の心遣いに気がついていた。
「百千鳥の琴」より
   
顔出さず 影で聞いてる優しさに 琴の音色を 爪の音色に
   

足の爪を切っている場面だと思いますが、私は琴爪を連想しました。たおやかな指に固い琴爪…というのも、想像力をかきたてられますね。
(ななかまどさん)
「爪の音色」は男性の優しさが現れていますよね。掛言葉満載で楽しい御作ですね〜。パズルみたいです。ななかまど様の「琴爪」も掛かっていますよね〜。言葉って面白いですね。
(はなはなさん)
琴の音色を爪の音色でおるいさんが爪を切っているのをあらわして見えるんですね
(ぐりさん)



   
琴の音を 聞き分けられるお人柄 琴の値を分け 事を整う
   

bf109さんも「シャレード」の結末を思い浮かべたそうですね。私は見たことがないのですが、面白そう。
今月も掛け言葉いっぱいのお歌が並びました。「琴」と「事」、↓の「こねる」と「つく」、↑の「爪」は「妻」にかけている?と深読みまでしてしまいました。
掛け言葉いっぱいのお言葉ありがとうございます。「妻」と「爪」ですか…考えていませんでしたー。自分では琴の「音」・琴の「値」と「琴」・「事」と 「こねる」・「つく」は考えていたんですがー…。
(bf109さん)



「源さんってのは、全く面倒みがいいからなあ」
自分も一緒になって奔走したことは棚に上げ、東吾は長助が届けて来た年越し用の蕎麦粉で、一足早く作った蕎麦がきを旨そうに食べている。
「百千鳥の琴」より
   
巻羽織 良しなに計る面倒見 こねる源さん 俺はつくだけ
   

年越しだから「こねる」「つく」なんですね?
(浅黄裏さん)
東吾さんの独り言短歌?七七が何度読んでもおかしくて笑ってしまいます!東吾さんは力まかせにつくだけで、いろいろ調整して仕上げるのが源さんなんですね♪
(たまこさん)
「こねる源さん 俺はつくだけ」という表現、二人の性格を見事に表していて、うまいなぁ〜と思いました。
(麦わらぼうしさん)
お餅つきに掛けているんですね 面白い表現ですね
(ぐりさん)
思わず天下餅を思い出してしまいました。座りしままに食うのはおるいさん、お千絵さんにお吉さん?天下泰平ですね。
(じゃからんださん)
まさに東吾さんと源さんを表現していて素晴らしいです。
(みちころんろんさん)