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 ぼてふり安
新装版「山茶花は見た」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
先月の「藍染川」には、年度末で何かと慌しい中をたくさんご参加くださいまして、ありがとうございました。「あの世からシリーズ」「牡蠣句」も定番になりつつあって、楽しませていただきましたね。あ゛〜でも私ったら今月もまた、「湯のみの持っているのはお猪口」などと勘違いして、申しわけありませんでした。

さて今月は、「ぼてふり安」を選びました。

お話は、美しい桜の花弁から始まります。「藍染川」では息子の所業に親が振り回されていましたが、「ぼてふり安」は親の勝手に孝行娘が従うお話。
また花に不似合いな辻斬りを、見事東吾さんが捕えるのですが、珍しく源さんに叱られる場面もありましたね。

さあ、今月はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成十八年四月)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ひゅるるる〜〜 この寂しさはなんだろう〜〜。はいくりんぐを欠席したから〜〜。
前科者の私は昨日宗匠の「今日のUPありません。」をみてもおくれませんでした。
やっぱり宗匠からぶたれても蹴られても(ウソウソ…)
送ればよかった〜〜(T_T)でも早くとりかかからなかった自分がわるいんです。
今月は皆様のお句を拝見して勉強させていただきます。
(あるみさん)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 TERAIさんの五七五 

このお話は初代かわせみの録画(犬塚弘さんが安吉)を持っていましたので、見てみました。安吉をあれこれ構うのは原作ではお吉ですが、初代版ではお民さんが出て来ましたね。
(TERAIさんの談)

そういわれてみると、深川で遣り手に、
「俺は敵娼は要らないんだ」
と、どなったような気がする。
「野暮をやったものだな」
「ぼてふり安」より
   
大河端へ帰ると言ったこと忘れ
   

本当は少し後悔してるんだろうな〜とも思います。
(bf109さん)



「どうも深川が祟るなあ」
るいにはあっさり笑い捨てたものの、夕方、八丁堀へ帰ると、東吾は早速、畝源三郎の屋敷を訪ねた。
「ぼてふり安」より
   
深川が祟ると言って笑い捨て
   

「祟る」っていう字は山口崇さんの「崇」とよく似ていますね。と、TERAIさんの御句を見ながら思ってしまいました。文中の語句をそのまま使っておられるのですが、情景がうまく切り取られていて、お手本にしたいです。
(たまこさん)



   
おこごとを正義の味方に巻羽織
   




   
苦界への道が転じて幸得たり
   

うっ、「苦界」を「句会」と読んでしまった…。



「そいつはいけません。娘はもう売っちまったんだ。親子の縁はとっくにきれてます」
「ぼてふり安」より
「ひとこと」っていうのは娘の世話にならないと言ったこと
   
ひとこともまた功徳なり安のれん
   
嫁にいき一人酒盛り安吉さん
   

自分も傷心を抱え、またそんなことのできる立場ではないと思いながらも、遠くから娘の幸せを祈って一人酒を飲む夜もあったかもしれませんね。
幸い、初代版の第2シーズンに放映された「ぼてふり安」のビデオがありましたので、それも見た上で句を作りました。安さんが嫁にやった娘を思ってひとりでお酒を飲んでいるシーンはもしかしたら原作にはなく、初代版の一場面だったかも知れません。
(TERAIさん)
「嫁にいき〜」本を読んで句を考えていて、ドラマのシーンを思い出して五七五が出来るって事、私にもあります(笑)。初代版の「ぼてふり安」も見てみたいですぅ。
(千姫さん)
「ひとことも〜」人間は神様ではないので、時として信じられない愚かなことをやってしまいますね(私もです)。その安吉のひとことも「功徳」である…。洞察力に感服です。
(ななかまどさん)



 浅黄裏さんの五七五 

今月は早めに取り組んだせいかいつもより早くお届けできて嬉しいです。今月のお話は、安吉父娘の話ばかりが記憶にあって、実は双子の殺人鬼の話を忘れてしまっていたのです。読み返してみて、あらためて思ったのですが、安吉のしたことはやはり許せるものではないです。勿論、時代も価値観も違うことは承知しているのですが。おいちがいい人にめぐり逢えて夫婦になれたからこそ読後感もそれなりにのどかで行く春を惜しむ気持ちにも浸れるのですが、本来ならもっと悲惨なお話に終わるところだったでしょう。
(浅黄裏さんの談)

安吉はそろそろ自分に老いが近いのを意識したのかもしれませんね。娘のことも考えなくなる程に自分の「男」を全うしたくなったのでしょうか。
   
老ひ暮れるつかの間にあり熱の花
   

そうかー、平均寿命30才ともいわれる時代なのですよね。それを思うと、安吉の乱心(?)にも、三分の(盗人と同じ程度)理が あるように思います。
(ななかまどさん)



「まあ、それとなく様子をみるより仕方がありませんな」
困った顔で源三郎がいい、東吾もうなづくより仕方がなかった。
なんといっても、他人の家の事情なのである。
「ぼてふり安」より
世間を知っている源さんだからこそ介入できなかったのでしょう。
   
牡蠣なれば口は挿めぬ柿の種
   

むふふ、「牡蠣」と「柿」の組合せがお上手♪
近くで見てて危なっかしいなと思ったら、「気をつけなよ」ってひと声かけるのが人情ですよね。でもどんなに周りが心配しても、それを聞くかどうかはその家の人自身の判断で、それ以上は立ち入らないのも、世間ですね。
さすが浅黄裏さま、「牡蠣句」といえば浅黄裏さまですね。今回私は巻羽織句は出来たのですが、「牡蠣句」は出来ませんでした。毎回両方作るのは至難の業〜。
(TERAIさん)
浅黄裏さんの「牡蠣句」も快調!宗匠の「周りが心配しても、それを聞くかどうかはその家の人自身の判断」というコメントにも深くうなづけます。ぼてふりの安、全くとんでもない父親で江戸っ子の面汚しという感じで登場しますが、人の助言も聞かずオバカな言動を繰り返しながら、それでも自分の馬鹿さ加減は承知していて、新しい幸せを得た娘の生活には踏み込むまいと痩せ我慢しているラストは、やっぱり江戸っ子の端くれ?調子の良い時はサービス精神旺盛で人当たりが良いのに、ほんのちょっとプライドを傷つけられると逆ギレして何でも人のせいにしたりする最近の若者に比べれば、マシなオトコなのかもしれない、等と思ってしまう老境のおたま姐さんです。
(たまこさん)



女に狂って、娘を売った父親を、せめて怨まないでやってくれという源三郎の心づかいに、おいちはちょっと首をかしげて、訊ねた。
「お父つぁんは、お母さんとうまく暮しているんでしょうか」
「ぼてふり安」より
売られても父親を心配できるのは親思いだからなのでしょうか…。
   
花あはれ売り手は親と知りてなほ
   

最初のコメントのようにおいちがいい人に出会えたから良かったけれど。安の考えも理解に苦しむけれど、いくら時代とは言え、おいちちゃんのあっさり感にも違和感がありますねぇ…。
(千姫さん)
おいちさんは、ちょっとできすぎな娘さんですね。も少し波風を立ててほしかったような気が。
(bf109さん)



春の楽しみをとことん遊び尽くす江戸の人々の姿を詠んでみたくなりました。
   
夜桜や舟からもよし吉原(なか)もよし
   




 すみれさんの五七五 

源さんの真面目な仕事ぶりと次男坊でやんちゃな東吾さんの対比が面白いと思いました。無鉄砲をやりかねない友を本気で心配して諌める源さんは男気があって、大好きです。仕事柄、複雑な人間模様に直面しているから、物事を見る目線が広角レンズみたいに広くて、心の度量の大きさは東吾さんより数倍上の源さん。女性に対する時は東吾さんと逆転するのも対照的だし(笑い) お互いの良さを充分に解かっていて、尊敬の念を持ちながらも、言いたい放題で付き合える羨ましい友情がお話の中に流れていますね。
(すみれさんの談)

今年は花時に雨が多く、風も吹いて、花見らしい日は、ほんの二日か三日で、その日に一せいに繰り出した花見客は、向島で大層な人手となり、花をみに来たのか、人をみに来たのかという雑踏で、喧嘩は起る、怪我人は出る、迷子に掏摸に、警固の町方がひどく手を焼いたときいている。
「ぼてふり安」より
   
花疲れわかっちゃいても向島
   

向島にはご縁がありませんが、花の時期になると、混んでるなあ、疲れるなあと思っても、やっぱり一度は足を運びたくなりますよね。



夕方のひとしきり、忙しい時期がやっと落ちついたというところで、長助がすぐ二階へ案内し、種物で一杯つけて来る。
「ぼてふり安」より
   
春の宵おとこ同士の手酌酒
   

私は悪漢ふたりの酒の場面を詠みましたが、この場面はくつろいだ雰囲気がいいですね。
(ななかまどさん)



お柳が吉三のいうとおりに身売りをするとなると、金を手にするのは吉三で、馬鹿をみるのは安吉とその娘のおいちということになる。
「ひどい話だな」
「ぼてふり安」より
安吉は、女の手練手管に嵌って娘を売り、そのお柳には逃げられ…お柳は吉三に売られて、また女郎屋へと…一番みじめなのは誰なのでしょうか…
   
やどかりを知るや知らずやのぼせ魚
   

とても鋭い視点のコメントに五七五の意味が分かりました。揶揄のようでもあり、風刺のようでもありなんですね。さすがすみれさんだなぁ♪
(千姫さん)
「やどかり」ですか、…いいですね。
(bf109さん)



孝行娘はすてきな若旦那と巡りあえました。良かった…ハッピイエンドのお話大好き。
   
赤い糸つむぐ佐保姫紅格子
   

「佐保姫」などの言葉がすらすら出てくるあたりさすがすみれさまですね。
(TERAIさん)
当方へのコメントも早々と頂戴してありがとうございます。TERAI様、季語がすらすらでてくるなんて、とんでもない(恥) 毎回、歳時記とにらめっこしております。
(すみれさん)
いや〜失礼しました。自分の漆芸作品を見ていただく時は、そんなに簡単に出来たんじゃないんですよ、みたいなことをつい相手の方にも要求してしまうというのに、あっさりと御句が出来るような感想を書いてしまい、大変失礼しました。またよろしくお願い致します。
(TERAIさん)
TERAI様、こちらこそ失礼してしまいました。季語がすらすら〜は憧れですが、実際は程遠いです(汗)
(すみれさん)
TERAIさんとすみれさんの会話、奥床しいですね。
(こでまり)
「佐保姫」ってわからなくて検索しました。勉強になりました。
(紫陽花さん)



 コシキブさんの五七五 

「ぼてふり安」ですが、ドラマにもなってるおなじみのお話ですね。ずっと世話物というイメージを持っていたのですが、改めて読みなおしてみると江戸時代の女性の哀しみをひしひしと感じました。父親のわがままで岡場所に売られる娘…お吉の憤慨は今の時代ではまっとうなものなんですが…。
(UP後に)
拝見していて、いつにも増して「ああ、この方らしい」と思うことが多かった気がします。新しい季語もたくさん覚えさせていただきました。身売り、辻斬り、という重い話ですが、花見で始まり祭りで終わる展開は明るく、東吾さんの二日酔や掏りのまねごと、源さんの友情などポイントが多かったですね!
(コシキブさんの談)

深川に泊まらずにかわせみに帰った東吾さん。おるいさんの嬉しそうな声に照れて背を向けるこの場面、カワイイ!
   
目を細め番茶を啜る春の朝
   




「源さんと夜桜をみに行って来ます」
奉行所から退出して来た兄の通之進にことわって、そそくさと屋敷を出た。
ちょうど、小ざっぱりした顔で、源三郎がこっちへ向ってくるところである。
「ぼてふり安」より
いっしょに湯屋で汗を流し、着替えてなおも夜桜見物がてら長寿庵へ。東吾さんと源さんの仲の良さが炸裂(?)して ますね。東吾さんと一緒の時の源さんはお役目の緊張感も解けてくつろいだ表情を見せているのでしょう。
   
普段着で桜月夜を歩く友
   

お花見もできない源さん、ほっとした様子にこちらもほっとします。
(ななかまどさん)



疲れ果てて、八丁堀へ帰る途中、嘉助からきいたのは、例の棒手振り安の娘が、とうとう、深川の女郎屋へ行き、かわりに、お柳が安吉の女房におさまったという話であった。
「ぼてふり安」より
女郎屋に向かうおいち。これからは自分の体であって自分でない、籠の鳥の生活が待っている。おいちの描写があまり無いので全くの想像です。
   
ここよりは玩具という名別れ霜
   




これは初代ドラマでこんな場面があったなあ、と思い出したので。雨が降り人気の無い岡場所で格子の中につくねんと座って客を待つおいち。客待ちのあの場所をなんと表現するか悩み、検索して(笑)陰見世という言葉を見つけました。
   
陰見世を湿らす春霖人も無し
   

TERAIさんと同じく初代ドラマからの五七五ですね。安の身勝手のせいでおいちちゃんが辛い生業についている姿の哀れさが思いっきり出ているシーンなんだろうな、ってわかりました。
(千姫さん)
「春霖」きれいな言葉ですよね。検索しました。初めての言葉でした。
(紫陽花さん)



これからは一人で稼いで、誰にも厄介をかけないで年をとって行くより仕方がないと魚安はいった。
「ぼてふり安」より
最後に目が覚めたとはいえ、安はとりかえしのつかない事をして娘との縁を切ってしまいました。おいちの様子からはまた仲直りする可能性も感じますが、安は自分自身が許せないでしょう。仕事を終えて帰ってきても女房も娘もいない心細い現実が続くのです。
   
肩の荷を下ろして寂し暮の春
   

長屋に帰ってきて荷をおろす、晩春でも日が落ちると急に冷えるんですよね。そんな時に一人ということを噛みしめるんでしょうが、唯一の救いは瓢箪からコマのようなおいちさんのことでしょう。ぼてふりの娘が、小さいとはいえお店のおかみさんになったんだから、寂しさの支えにはなるかもしれません。
この部分の安吉の寂しい?(複雑な)気持ちを私はひとりで一杯やっている安さんで詠んだのですが、コシキブさまの見方にも頷けるものがあり、ふむふむと読みふけってしまいました。そして宗匠のコメントにも納得できるものがありました。
(TERAIさん)
やっと親としての気持ちが少し出てきたのでしょうか。 複雑なんでしょうねー。
(bf109さん)



 麦わらぼうしさんの五七五 

先月に引き続き、身勝手な父の登場。でも井筒屋にくらべて魚安の方がましに思えるのは、気のせい?結果的に娘が幸せになったからかな。それに魚安は自分なりのけじめをつけていますしね。その辺の心構えが、井筒屋には感じられないですよ ね〜なんかまだ、「藍染川」引きずっているなぁ〜
(麦わらぼうしさんの談)

又、始まったと思いながら、気分がうっとうしい時には、お吉の話に調子を合せているのが一番具合がいいと心得ていて、東吾は柱によりかかったまま、部屋のほうをふりむいた。
「ぼてふり安」より
得意のおしゃべりが、事件の発端にも、解決のヒントにもなるお吉さん。そして宿酔にも効くなんて、さすが!ですね。
   
吉の声 宿酔にも 効き目あり
   

「うっとうしい時」に「お吉さんの話」←この結びつきがピンと来ないんだけど、東吾さんには効くんですね〜。
お吉の話には悪意も作為もなくて、気が置けなくっていいって意味じゃないかなぁ、って思ったんですけど。
(千姫さん)
そうですね〜、私は怒りを含んだままの声が宿酔の頭をズキズキさせそうだなあと思ったのですが、「悪意も作為もなく」っていうのは大事なポイントですね。それが「効き目」に通じるんですね。
(こでまり)
東吾さんは人に好かれる性格に描かれていますが、与力の弟という立場上、怖がる町人も多いはず。屈託なく話しかけるお吉さんはありがたい存在だと思います。
(ななかまどさん)



「晴れて、おかみさんにするそうで、もうすっかり手続きがすんで居ります」
  (略)
「世の中、なにが幸せになるかしれませんねえ」
るいもお吉も、あっけにとられた。
「ぼてふり安」より
父親に命ぜられるままに女郎になったおいち。きっと相当の覚悟を決めてこの世界に入ったのだと思いますが、まさかそこにこんな幸せが待っていようとは…
   
飛び下りた 奈落の底に 新世界
   

この視点、私も詠みました。同じ視点で嬉しいです。
(TERAIさん)
そうですね、今までの生活と比べると「新世界」かもしれないですね。
(bf109さん)



で、結果的にはめでたし、なんですが、この幸せの陰には辻斬りに殺されたいくつもの命があったという事。{板倉屋の番頭、伊三郎}{近江屋五平}等々、名前が出るだけマシで、{千住で二人、板橋で一人。}とか、名も知れず殺されていった人たち、その家族や恋人たちの悲しみは銀河のように果てしない事でしょう。その悲しみの上においちちゃんの幸せがあると。別段それにおいちちゃんが責任を感じる必要はないのですが、そういった犠牲があったからこそ、なおさらおいちちゃんには幸せになってほしいと願います。
   
悲しみの 銀河を超えて 輝けよ!
   

勢いがあって標語のようで「がんばれよ、幸せになれよ」という応援の声が聞こえる感じがします。
(紫陽花さん)



 bf109さんの五七五 

「藍染川」では、たくさんの方からご感想をいただきありがとうございました。それを励みに少しでも上達することができれば良いとは思うんですが…どうなることか。
どこかユーモラスのある中にちょっぴり涙こぼれるお話ですね。男の風上にもおけないような、ありそうな…。いつの世も、男はころりとだまされるものですねー。その逆もあるかな〜。
(bf109さんの談)

   
あなうれし 春風運ぶ届け物 大川からも 深川からも
   

大川から花びらが、深川からは「敵娼はいらない」と言った夫が届きましたね。(源さん宅急便) 庭を見ながらるいさんも、心楽しい昼下りだったでしょう。



肝腎の安吉が、すっかり女の口車に乗って、吉三の手からお柳を救うために、身請けするのだと、信じ込んでしまっている。
「惚れたが因果で、なんとも手のつけようがございません」
「ぼてふり安」より
柳の下のお化けに化かされたような「棒手振り」だと思いました。だから名前も「お柳」かな?「化かされ」と思ったんですが「うけられ」に合わせて「はかられ」にしてみました。
   
棒歩手振りが 後先見ずに歩き出し 柳にはかられ いちはうけられ
   

「ぼてふり安」の「お柳」を「おりゅう」と読むか「おやなぎ」と読むか悩みました(^_^;)。おりゅうと読めば竜馬の妻の器量良しが浮かび、おやなぎと読めば語呂が悪くて。結局おりゅうと読んだのですが、柳に化かされたのだから語呂が悪くても「おやなぎ」で良かったのかも…ですねっ。
(千姫さん)
千姫さんへ 私は「お柳」を、本文では「おりゅう」と読みました。「おいち」と同じように「ひらがな」の名前でよかったのにわざわざ「お柳」として、化かす伏線にしたのかなと勝手に思ったのです。
(bf109さん)
「お柳」話題にわりこみ〜。私も「おりゅう」と読みました。それを「柳の木」にかけて詠んだんですね。実は拙句で「青柳」を使ったのには、このお柳に比較したおいち、という意味もありました。
(こでまり)
なるほど、化かす伏線とは考えつきませんでした(膝を叩いて、納得!)。
(千姫さん)



辻斬りが吉三を斬ってくれたのが、むしろ幸いであった。
「あいつらがやらなけりゃ、俺がやったかも知れない」
「ぼてふり安」より
ほんとうに賊が出てこなかった時はどうしたんでしょうかねー。
   
頭巾して 正義の味方町を行く 俺が先かは 賊が先かは
   

何だか「月光仮面」を想像してしまいました(笑)。
(ななかまどさん)



 千姫さんの五七五 

何となく、気持ちが入り込まないのか、五七五が浮かびません。でも私には「参加する事に意義あり」なので、むりやり作りました(^_^;)。
(千姫さんの談)

「おいちは身請けされました」
身請けしたのは、浅草の小間物屋の若主人で、
「おいちの初見世からの馴染みだそうでございます」
「ぼてふり安」より
おいちちゃんが苦界に身を落として辛い思いをする前に、良縁に恵まれて良かったです。いくら時代とはいえ、訳のわからん思想だねぇ。訳がわからんと言えば、安の「江戸っ子」気質も、よう分からんわ〜。(TVドラマで、左とん平さんが演じていたのが印象に残っています)
   
桜さき 孝行という気も 知らぬ間に 心無い身に 時は流るる
   

江戸の町って女性の数が少なかったそうですから、若主人は「この娘がいい」と思って、どんどん話を進めたんでしょうね。私も左とん平さんの安は印象に残っています。
コメント興味深く読みました。左とん平さんの「安」見てみたいです。
(TERAIさん)
いくら時代といっても、自分の娘と引き換え とは…信じられない考え方です。
(bf109さん)
時が流れた後、新たな父娘のつながりが生まれるといいな、と思わされます。
(ななかまどさん)



 七歩さんの五七五 

皆さんの素敵な句を拝見すると、私など毎月投句するのが恥ずかしくなります。でも勉強だと思って頑張ってみたのですが、今月も難しくて上手くいきません。まるで川柳のようになってしまって、提出を躊躇していますが、まあこの歳だから恥は掻き捨てようと、思い切って送信することにしました。
(七歩さんの談)

もともと、江戸の花見は上野山内、飛鳥山が有名だったが、上野は場所柄、山同心がうるさくて、唄うのはいいが三味線、鳴物は禁じられていたし、おまけに暮六ツをすぎると山内から追い出されるところから、次第に敬遠され、かわりに本所隅田堤、即ち、向島辺りが盛んになって来た。
「ぼてふり安」より
   
桜花本所墨堤向島
   

川柳でも、俳句でもいいんですよー。五七五だったら季語が入っていようと、無かろうと。今月の御題から作ればOKなんです。って私は勝手に思っています。そう思わないと、とても毎月参加は出来ません、おほほ(^_^;)。
(千姫さん)



狸穴から帰って来た足で、東吾は、源三郎の町廻りにつき合った。
今にも降り出しそうな夜だし、それでなくとも辻斬りの噂におびえて、どこの町の辻もひっそりしている。
「ぼてふり安」より
   
夜回りの背中でっかい巻羽織
   




「一日中、あんなふうにごろごろして居りますようで……飯の仕度も安吉が上げ膳据え膳で食わしてやって居ります」
「ぼてふり安」より
   
上げ膳と据え膳で保(も)つ柳腰
   

安にしてみたら大きな代償を払って得た関係の、微妙で危うい感じがよく表現されていますね。
危うい関係が良くわかる「柳腰」ですね。
(bf109さん)



   
ぼてふりて転がる玉の輿に乗せ
   

天秤棒は、片方が上がれば反対側が下がる…ダイナミズムにあふれたお句ですね。
(ななかまどさん)



   
散り急ぐ幸うすき娘(こ)や花筏
   




 ななかまどさんの五七五 

今、雨が降っています。(北海道は)まだ花の季節にはなりませんが、雨の音を聞くと「ああ、暖かくなったんだなー」としみじみ思います。
(UP後に)
自分はこたつで温まりながら、「関東以西は真夏日」のニュースに接し、桜が散る頃の俳句の感想を書く…。今、何月なのか、わからなくなります(^-^;)。さくらもチューリップも、連休明けのお楽しみになりそうです。皆さんがお書きになっていますが、冒頭(暴騰と出た。灯油とガソリンの値上がりに泣かされているせいか)の二日酔いの場面、それぞれ個性的な詠みで、おもしろかったです。
(ななかまどさんの談)

千姫様の「hubのお吉」のイメージです
   
春愁も 二日酔いをも 引き受けぬ
   




「おかみさんが三年前に歿って、娘のおいちって子と二人暮しなんです。お酒もあんまり飲まないし、賭け事もしない、固い一方の人だったのに、なんの因果か、深川のろくでもない女にひっかかっちゃって……」
「ぼてふり安」より
   
独り寝に つと忍び寄る 蜃気楼
   




丑松が懐中から金包のようなのを吉三に渡したのは、お柳が手水に立って行った留守であった。
「兄いも凄腕だな」
「ぼてふり安」より
お柳が手水に立った隙に、吉三と丑松が…。
   
春の灯や 男二人の 金包み
   




源さんも長助親分も、いつも大変な目に遭っていますが、それでも 無事なのは、有り難い屋号の御利益かも知れないですね。
   
「長寿庵」 縮んだ寿命 取り返し
   

長寿庵のお客さんは皆長生きするのかなと…。ほんと、よい屋号ですねー。
(bf109さん)



初会からすっかりおいちが気に入って、裏をかえし、身の上をきいて、それならと早速、身請け話を持ち出したという。
「ぼてふり安」より
おいちと小間物屋の若主人を思って
   
舞い落ちる花受け止めし掌(たなごころ)
   

枝から落ちて地面に着く直前に、いかにも花が大切に受け止められたような感じがしますね。大きくてあたたかな掌のようにも。
かわせみらしいほっと出来る場面を素直に詠めていて、ストンと心に入ってくるいい句だと思いました。何度も何度も声に出して読んで、優しい気持ちになれました。
(千姫さん)
千姫様、声に出して読んで下さって、ありがとうございます。感激!
(ななかまどさん)



 たまこさんの五七五 

「ぼてふり安」、性悪女にはまって実の娘を女郎に売るだの、辻斬りによる連続殺人だの、考えてみれば暗くて恐ろしい話から始まるのですが、売られた娘も瓢箪から出た駒で幸せになるし、落語みたいなとぼけた味が忘れられない、とっても江戸らしくて、好きなお話です。
(たまこさんの談)

冒頭の、宿酔の東吾さんが桜を眺めているシーンは、きっとたいへんな競作ポイントだろうと思いますが、東吾さんを入れて詠むのが難しく、桜だけになってしまったのが残念です。
   
行く先は川風まかせ桜散る
   
ここあそこ名残の飛花の白さかな
   

あー、江戸ならではの光景なのですねえ。北海道には無い風情です。現場検証と並んで、江戸情緒に感謝感謝です。
(ななかまどさん)



「正義の味方も、ほどほどにして下さい。もしも、神林どのに知れたら、手前が腹を切っても追いつきません」
人のいい源三郎から、こっぴどく叱られた。
「ぼてふり安」より
東吾さんにとっては、大きな兄の通之進様と並んで、源さんも小さな兄のような存在なのだろうと思います。最初「叱ってくれる友のある幸せ」というような形で考えていましたが「幸せ」はたぶん言う必要はないだろうと気がつきました。
   
草若葉叱ってくれる友のいて
   

おっしゃるように、「幸せ」は言わなくても十分伝わりますね。省略した分「感謝」とか「喜び」とか、他の気持ちも想像できますね。
叱ってくれる人がだんだん少なくなると寂しいですよね。
(bf109さん)



小間物屋の店は小さいが、面倒な親類縁者もいないし、当人も両親が歿って、気らくな独り身だから、惚れられて夫婦になるおいちは、きっと幸せになるだろうと、長助は、すっかり安心している。
「ぼてふり安」より
「目借時」は、蛙に目を借りられてしまうので眠くなるということから来ているそうですが、動物の求愛の季節「妻狩る」⇒「めかる」 から来ているという説もあるらしいですね(角川:入門歳時記)。
何にしても、幸薄かったはずのおいちちゃん、「面倒な親類縁者もいない」「両親が歿って気らくな独り身」の小間物屋の若主人に惚れられて、おまけに三十両の支度金も!うちにも20歳になる娘がいますが、早速売り飛ばしたいものです。何なら、母娘で身売りしても…と思ってるんですが(-_-)/~~~ピシー!ピシー!
   
目借時婆抜き店付き金も付き
   

がはははは〜(笑い声だけを残して去って行く…)
(季語)つながりだったと言うだけで嬉しいです、たまこさまの季語説明を読んでそうなのそうなのと思っておりました、そういえばあの若旦那は全然登場がないですね、ドラマでは銅だったんだろう?
(ぐりさん)
「目借時」ってそういう意味なんですね!言葉も意味も初めて知りました。
(コシキブさん)
「目借時」って私も初めて知りました。毎月毎月初めての言葉に出会います。勉強になるのですが、身につかないのはなぜだろう。
(紫陽花さん)
目借時を初めて知りました。おいちちゃんは婆抜きだけど、たまこさんのお嬢さんにはたまこさんが付いてくるのですかぁ?。縁遠くならない事を願います(あぁ、指が勝手にキーを叩いているぅ〜笑)。もちろん、お嬢さんだけなら直ぐに良い縁に出会えるでしょう。
(千姫さん)



【おたま姐さんの現場検証 法恩寺橋周辺】
いくつかの路地を走りぬけたが、吉三の姿はみえない。
横川へ出た。
むこうに法恩寺橋がみえる。
「ぼてふり安」より
今日は千葉県の佐倉に行ってきたんですが、帰りに錦糸町で降りて、「ぼてふり安」に出てくる法恩寺を見てきました。錦糸町からだと、東吾さんと反対に、法恩寺橋から業平橋へ向かうことになるのですが、本文にも「このあたりは碁盤の目のように路地が入り組んでいる」とあるように、細い路地があるかと思うと、一つ向こうの通りに行きたいのにずっと工場みたいのが続いていて渡れなかったり、けっこう法恩寺を見つけるまでに時間がかかりました。橋の名になっているだけあって、なかなかの名刹で、三重塔もあります。太田道灌の建立したお寺だそうです。


この法恩寺橋は大川とほぼ並行して流れていた横川にかかっているのですが、今は川としての横川は本所には残っておらず(深川にはまだ横川がありますが)、横川親水公園として、所々に噴水とか小川を残した公園&お散歩ゾーン(写真右)になっています。


間の悪い時は仕方のないもので、先刻から草履の鼻緒がゆるんで、気になっていたのだが、業平橋の袂まで来た時に、ぷっつり切れた。
「ぼてふり安」より
【おたま姐さんの現場検証 業平橋周辺】
東吾さんが鼻緒を切らした業平橋。法恩寺橋と同じく横川にかかる橋ですが、この下にはもう水はなくて緑地帯になっています。このあたりは町名も業平一丁目、「いざ言問はん都鳥」の在原業平ですが、別に水もしたたる好い男がゾロゾロ歩いているという訳ではない(笑)。業平橋を渡ってまっすぐ隅田川に出れば向いは浅草の吾妻橋。東武線の「業平橋駅」を越えて左折して隅田川に出ると、お団子で有名な言問橋です。

法恩寺のまわりはお話のように入り組んでいたそうで、ワクワクします。でも街並みは変わっているんでしょうね。法恩寺門前の桜が綺麗な頃にお出かけくださったんですね。今月も現場検証を、ありがとうございました!
たまこさんの現場検証、より一層お江戸が身近になるようで、毎月ありがとうございます。
(あっちの管理人さん)



 こでまりの五七五 

今年は「ぼてふり安」と同じで、「花時に雨が多く、風も吹いて、花見らしい日は、ほんの二日か三日」でした。そんな気候を感じながら、「できるんかいな」と思った五句、やっとできました。今月は脱「大トリ」成功だ〜♪
(こでまりの談)

台所のほうから、お吉の大声が聞えて来たのは、そんな時で、
  (略)
あたりがひっそりしている中で、障子をびりびりふるわせるような調子である。
「ぼてふり安」より
桜を眺めている東吾さんのことを詠みたいと思っていたのに、詠めたのはお吉さんの怒鳴り声でした。ぼてふり安が持っていた桶の中にいた(かもしれない)魚のつもりです。
   
怒鳴られてウロコ飛び散る桜鯛
   

「ウロコ飛び散る桜鯛」も面白いですよね!これ、紫陽花さんにアニメにしてもらえたら?!って思ってしまったの、私だけではありませんよね?
(たまこさん)
桜鯛を詠んだ時に、「麻生家の正月」の時に頂いたイラストもイメージの一つとして浮かんだんですよ〜〜、スルドイ!あの、ズーッと待ってて「ピクッ」と動く鯛。春の季題「桜鯛」なら、かわせみに売りに来たかもしれないなって思って。でもこの時期の安の魚、心ここにあらずでトロンとした魚だったような気もしますね。
(こでまり)
アニメ版「ウロコ飛び散る桜鯛」いいですね〜!早速想像しましたよ〜(^^♪ あっ、別に催促しているわけじゃありませんよ、紫陽花さま〜
(麦わらぼうしさん)
面白い面白い!本当にありそうですね。
(bf109さん)



「安吉は満足しているようだな」
みていると、いそいそと膳を運び、魚を焼いて、やっと起き上った女とさしむかいで一杯やり出した。
「ぼてふり安」より
三年前に亡くなったという女房とは、誰かに紹介された、当時としては常識的な祝言だったと思うのですが、その女房に先立たれた安は、お柳に会って初めて女に「恋」したのではないのかと思いました。ひどい父親だし人からは馬鹿な男と思われているのでしょうが、お柳のためなら何でもしてやりたい、身請けしてからの暫くは天にも登る気持ちだったのでしょう。
   
替えがたき二人暮しや浅蜊汁
   




何で次男坊の東吾さんが、包を一目見て「三十両」とわかったのかな?と思いますが、その瞬間は周りに気づかれないようにそっと「追いはぎの目」になっていたんでしょうね。
   
追いはぎの眼光消して春の宵
   

迫力ある臨場感に、心臓がバクバクしそうです。こわいよーー。
(ななかまどさん)



「そいつが、お柳は他の男と逃げちまってね」
おいちは嘆息をつき、だが、どこかで、ほっとしたようでもあった。
「ぼてふり安」より
おいちさんは安がお柳と一緒になったことを、孝行したようで実は不孝をしたのだと、負い目に感じていたのではないでしょうか。一時は良くても末は必ず騙される、それがわかっていて父親を思いとどまらせる強さが自分になかったことを悔やんでいたのでは…。二人が別れたと聞いてほっとしたのには、そんな気持ちもあったように思いました。
   
青柳はいつか大樹に 風そよぐ
   

あぁ、なるほど…。おいちの無感情に違和感を感じて、物語に感情移入が出来なかったのだけれど、コメントを読んでなんとなく分かりました。おいちはおいちなりに父の幸せを考えていたのですね。娘を犠牲にしてまでも好きな人と一緒になった。今は一人になってしまったけれど「無」ではないんですものね。「お柳」に比較して、おいちを「青柳」にして詠んだ句だと知れば尚更、深い味わいを感じます。
(千姫さん)
今のままだと、もしこの先ご亭主が行き詰まって「お前、悪いが身を売ってくれ」って言ったら、従ってしまいそうですもんね。それより「あんた何言ってんのよ、あたしも頑張るからさ」って、ドーンと支えられるようなおかみさんになって幸せを守ってほしいです。
(こでまり)



お柳がいなくなり雨は上がってしまったのですが、安の心が晴れるまでには、もう暫くかかりそうですね。
   
行く春や七つ下がりの雨上がる
   

「初めての恋」の後の、痛い痛い失恋なのですよね…。
(ななかまどさん)



 じゃからんださんの五七五 

今月のお話は、片や江戸の町を騒がせる殺人鬼捜査、片や一介の棒手振りの家庭内の騒動に、同時に頭を突っ込む東吾さんとかわせみの面々…これぞ「御宿かわせみ」の世界だなあ、と久しぶりに読み直してしみじみ思いました。毎月「なんでこんなに下手にしか詠めないんだろう」と溜め息をつきながら送っているのですが、それでもやはりいくら下手でも自分でも歌を作ってみた方が、他の方々の作品の素晴らしさがよりわかるようになったり、前よりももっと移り行く季節の変化や風物詩に敏感になったような気がします。
(UP後に)
な〜んだ、滑り込み組は私だけじゃなかったんだ〜、などとうっかり喜んでしまいまして(苦笑) それにしてもみちころんろん様が仰っているように、なんでこう、同じ作品を読んでいるのにこんなにいろいろな感じ方や表現法があるんでしょうね、とても面白いし勉強になります。そして自作の粗ばかり目について落ち込むのですが、来月にはたぶんまた下手の横好きをやりたくなっているんです。ちょっと自虐が入っているのかしら?
(じゃからんださんの談)

「冗談じゃありませんよ。安さん、それが本当なら、あんた、親じゃない、人でなしだよ。歿ったおかみさんに申しわけがたつと思ってるんですか」
「ぼてふり安」より
安吉さんって根はいい人ですし、何も再婚をして(相手はともかく)本人が幸せなのにまでケチをつける気はないんですけど、やっぱりそのために娘を売るっていうのはねえ。お吉さんならずとも「死んだおかみさんに顔むけできると思っているんですか!」と怒鳴りたくなります。たまたまおいちちゃんには幸運な身請け話が持ち上がりましたけど、普通はそんなことはまずあり得ないわけですし…きっと草葉の陰で死んだおかみさんも泣いているだろうな、と思いました(←私だったら泣く 前に化けて出てやりますが)。
   
いそいそと上げ膳据え膳夫婦仲惚れたが因果と母娘(おやこ)の涙
   




東吾は避けなかった。
一人の太刀は東吾の剣に巻き上げられたように宙へとび、もう一人は間合が狂って体が崩れるところを、したたかに蹴とばされた。
「ぼてふり安」より
一度、立ち回りの場面をかっこよく詠んでみたい、と思っていたので…そして百年早いのがよくわかりました( 汗)。
   
どす黒き闇を貫く裂帛の白刃三閃凶盗倒る
   




言わずと知れた源さんの名場面から。ここで下手な歌を詠んだら野暮もいいところなのは承知しているんですが、誘惑に負けました。だってあの男気と友情溢れる源さんの台詞、大好きなんですもん。
   
道を踏み外させまじと巻羽織行ひ諌むも友なればこそ
   

そうなんですよね〜、源さんの東吾に対する懐の大きさに惹かれますよね。たまこさんと同じ視点での五七五と短歌がとても興味深いです。
(千姫さん)
東吾さんは、本当にいい友達、人たちに囲まれて幸せ者ですねー。
(bf109さん)



江戸の町角と一つの家庭に吹き荒れた嵐が過ぎて、晩春から初夏へと季節が移る風景を詠んでみました。
   
棒手振りが魚を売りつつ通る声春嵐過ぎて葉桜の江戸
   

今回のお話を離れたとしても成り立つ一首、さわやかで好きなお歌です。昨日今日こちらは春嵐の日が続いたので、気分もピッタリです。
長屋のおかみさんが大声で棒手振りを呼び止める、そんな風景が目に浮かびます。
(ななかまどさん)



 あっちの管理人さんの五七五 

「ぼてふり安」、このお話もやっぱり私には初代NHKの犬塚弘さんの安吉が印象深いです。女郎を身請けするために実の娘を売ってしまうという、女に狂った物堅いぼてふりを好演していましたよね。
(UP後に)
いつも思うのですが同じ話を読んでいるのに、人それぞれいろんな感じ方があるんだなぁと。その思いが短い五七五の中に込められていて、更に深い思いを感じます。その皆さんの感想を拝見するのもとっても楽しみです。
(あっちの管理人さんの談)

「皆さまは深川へお泊りなすったのに、あなたがどうしても大川端へ帰るとおっしゃったので、お送りしましたと畝様が抱えるようにして来てくださいましたのですよ」
と、今朝になって、るいが嬉しそうに東吾に告げた。
「ぼてふり安」より
まず最初は出だしの東吾さんの嬉しがらせから。るいさんにしたら仲間と深川へ遊びに行ったのだから泊って来ても仕方ないと思っていたかも。でも更けてから源三郎に送られて帰って来たことも嬉しかったでしょうし、更に源三郎から酔った東吾が「どうしても大川端に帰る!」と言ったと聞かされて、忍ぶ恋の寂しさも埋め合わせるほど嬉しかったでしょうね。
   
更けてなお我が家に帰る夫(つま)嬉し
   




「そういう話なら、おそらく、深川の長助が知っていることでしょう」
深川で蕎麦屋をしながら、お上の御用聞きをつとめている男である。
「陽気もいいことですし、ちょっと出かけてみますか」
「ぼてふり安」より
いつもは源さんが東吾さんを捕り物に引っ張り出すところですが、今回は東吾さんが源さんの知恵を借りるため引っ張り出しましたね。2人揃って出かける道の桜はもうすっかり終わり、きっと源さんはいつの年も定廻りに忙しくてゆっくり桜を眺めることはなかったと思います。
   
御用ゆく早足の背に葉桜の
   

江戸の町を歩き回っている源さんには、満開の桜もいいけれど、精悍で勢いのある葉桜も似合いますね。
じゃからんださんとあっちの管理人さんの「葉桜」も季語つながりでしたよね。でも今回は、いつもに比べると「季語つながり」が少なくて、皆さんそれぞれ、いろんな季語を見つけていらっしゃったように思えるんですが。
(たまこさん)



今回の東吾さんの危ない手伝いを源さんはどんな思いで聞いたことか。仮に何かあったら、源さんのこと、きっと責めを負っていたかも知れませんね。幼なじみの親友なればこそ、大事にならずにすんで本当によかった、今後はこんなことは絶対しないようにとしっかり釘を刺しておいたのだと思います。
   
無鉄砲 友なればこそ 諫めえん
   

源さんは、るいと東吾をわざとからかったりするけれど、無意識に仲を取り持ったりして、いつも東吾の味方をしているんですよね。野暮なりに真面目だから源さんに言われた東吾は嬉しかったでしょうね。
(千姫さん)
誰よりも源さんに言われるのが一番身にしみるのではないでしょうか。と思える二人です。
(bf109さん)



最後のこんな結末を当のおいちだって予想しなかっただろうということで、本当に世の中って捨てたもんじゃない、まっとうに生きていればきっと必ずいいことがある、そう思いたいです。るいさんがいつか折を見ておいちちゃんと会えるように取り計らってあげると言っても、当の安吉にしてみたら一度捨てた娘、金輪際世話にはならないと意地を張って。でもそれが江戸っ子なんでしょうね。女郎を身請けするために自分の娘を売っちゃうような安吉でも、江戸っ子の意地だけは持ってるんですねぇ。
   
世の中は拾う神あり春うつぎ
   

「うつぎ」は「おいちちゃん」をイメージしていいんでしょうか。コメントの「世の中すてたもんじゃない…」というのを読むとおいちちゃんだけでなく安吉にも今にいいことあるかもねと思えます。
(紫陽花さん)
捨てる神だけでなく、拾う神も意外に多いのかも知れません。それに気付けば、生きる元気も湧いてきますね。
(ななかまどさん)



 のばらさんの五七五 

「ぼてふり安」ばかばかしいような切ないような安さん。でも事件からは読めずに残念無念、皆さんのお句を楽しみにしてます!!幕末のこの頃と桜の季節が重なって思えて、句作りにウンウン言いながら散る桜を見送っています。
(のばらさんの談)

東吾さんの「野暮」ぶりも好きなこのシーンですが、それよりもそんな東吾さんを「ではわたしが送りますから」と言ってかかえて、そそくさと帰ったであろう源さんがなんだかおかしくて。酔っ払い連れて帰るのは大変だったろうけど(^-^;)
   
これ幸い退散しました巻羽織
   




照れくさいから、東吾は、るいに背をむけて、川風に眉をしかめて梅干の入った番茶ばかり飲んでいた。
「ぼてふり安」より
宿酔いの恋人の背中に照れが見える…かわいい若い恋人同士の二人のシーン、春だからなおさら切なくてあっつあつ♪
   
背なに頬寄せて春の日惜しみけり
   

晩春の、穏やかであたたかで幸せな雰囲気があふれていますね〜。
ほほほ、「背なに頬寄せて」なんて私にはとても浮かばない。春の陽射しの暖かさと人の温もりと頼れる恋人と…う〜ん、のばらさん家もラブラブなんだろうなぁ〜
(千姫さん)
その場面が目に浮かぶような…そんな気がします。
(bf109さん)
うふふ、のばら様は春の日溜まりみたいなお人柄なのでしょうね(^ ^)。
(ななかまどさん)



「世の中、あまりいいことがありませんから、せめて、花見に気散じをしようということでしょうが……」
「ぼてふり安」より
世情の不穏さにこの時代の人もみな漠然と不安を持っていたろうとおもいますが、それでも花は咲くし春が来る。人々は花見に繰り出してゆく。この時代・お江戸徳川の世もあと少し、そして「かわせみ」が今度から明治編に移るというニュースを聞いて、散ってゆく桜と幕末のこの時期が重なって思えました。
   
浮世には桜のありし恋ありし
   




 にこにこ忍者さんの五七五 

18日の迷惑忍者、「句なし」の言い訳です。昨日のお休み、午後は「ぼてふり安」を読み返してゆっくり苦吟、楽しく水彩画…の予定で、納戸の本箱に行くと、なんと祖母に借りている「かわせみ」文庫版の棚が空っぽ!!!「な、な、なにごとー!!ちょ、長助親分、事件でござる!」 …父の仕業でした。夏の間、八ヶ岳で暮らしている父が本を切らし、ボクのところに面白そうなものはないかと先日物色に来て持ち去ったとのこと。あわてて、「はいくりんぐ」の今月のお話にある粗筋を読んで、「美しい桜の…」を頼りに先日行った千鳥が淵を描いてみました。…というわけで、今月はみなさまのお句を楽しみに投句の方は断念いたします。
(にこにこ忍者さんの談)


せっかくご参加くださったのに「句なし」とは残念!
千鳥ヶ淵は皇居外苑の濠の一つ。「千鳥」の形をしているため名付けられたと言われているそうで、土手には山桜と、幕末頃から広まった染井吉野が植えられているそうです。
「千鳥が淵」は今回のお話に出てこなかったので、申しわけありませんが、管理人の判断で見送らせていただきました。いつもありがとうございます。



 ぐりさんの五七五 

このお話を読むとNHKの初代でやった「さんまやく」を思い出します 同じ苦界に身を沈めるお話だからでしょうか、こちらのお話はまだ明るさがあって救われるお話なんですよね
(ぐりさんの談)

いつものるいさんの居間 チョット照れてる東吾さんとるいさんとのやりとり
   
麗らかや 照れる背には 花片舞い
   




ここは、舟からの夜桜見物もよし、更ければ、その足で吉原へ繰り込むのにも便利とあって、年々、人気が上り、向島の花見に出かけなければ江戸っ子ではないようにいう者さえ、出てくる始末であった。
「ぼてふり安」より
花見の後には
   
江戸っ子は 更けて大門 くぐる春
   




仮にも八丁堀の与力の弟が、追いはぎの真似をしようというのであった。
正義のためとはいいながら、どうしてもためらいが先に立つ。
といって、賭場へ入られてしまっては、おしまいであった。
「ぼてふり安」より
東吾さんがお金を取り返そうとするところの泡手振りがおかしい でもこの方がいればあっという間の救いの神なんですよね
   
松さんよ あんたがいれば いいのになー by東吾
   

「美男の医者」ではしっかり活躍してましたね。はっ、これは勘違い、「お役者松」だ。それ以外にも何かあったはずだけど…。明治編で再登場を期待したいような、したくないような気分です。
あっちの管理人さんからさっそくお知らせがありました。松の二度目の登場は「女難剣難」だったそうです。感謝!
(こでまり)
「松さんよ〜」のお句に同感!本当に松さんがいたら、東吾さんが危ないマネしなくてもよかったんですよね。でもそうそう都合よく登場させては話がワンパターンになっちゃいますしね。まあ、かわせみ△的には、松さんが登場したらいっそう盛り上がった事でしょうね。
(麦わらぼうしさん)
同感です。「源さん」にはだれか知り合いはいなかったのでしょうか。
(bf109さん)



「野垂れ死をしても、娘の厄介にはなれませんや。これでも江戸っ子ですからねえ」
「ぼてふり安」より
ぼて振り安 やせても枯れても江戸っ子だいっていうところが潔いけど馬鹿が付くほどお人よしですね
   
江戸っ子だ 娘の世話に なれしねえ
   
目借時 ぼてふり安の 純な恋
   

「目借時」の一句、安のことをうまく詠まれているなあと思いました。先の「目借時句」で↑キョーレツなコメントを読んだ後だから(わはは)、違うタイプの目借時を楽しませていただきました。
「目借時」つながり、嬉しかったです!私はおいちと小間物屋の若主人(名無しだよ可哀想に。この若者はこの物語の救いの神のように描かれていますが、親も親戚もいないということは気楽な代わり、この時代誰にも嫁の世話をして貰えないということで、彼としては案外必死だったのかも)に合せたのですが、ぐりさんは、安さんのほうで詠まれたのですね。こっそりと季語つながりを楽しんでいたかったのに、宗匠がわざわざコメントをつけるから、私のトンデモない駄句と一緒にされてしまってぐりさんごめんなさいでした。
(たまこさん)
目借時をたまこさんは娘に、ぐりさんは父親に使ったんですね。ぐりさんのお陰で正しい使い方を知りました(な〜んて、たまこさん、ゴメンなさい♪)
(千姫さん)



 紫陽花さんの五七五 

もう締め切っちゃったかな。間に合わなかったなら載せてくれなくてもいいですよ。無理やり作ったものだから。俳句はちょっと前にできていたんですが、なんか変でせめて季語を入れたいなんて考えていたら本当にぎりぎりになってしまいました。
(UP後に)
私にしては感想送るのが珍しく早いです。雨が降らなきゃいいけど(笑)
(紫陽花さんの談)

冒頭の場面です。この場面を詠む人は多いのではと思ってます。
   
背を向けてため息ついて番茶飲む
   

間に合ってますよ〜。
この日の東吾さん、お茶の味なんてわからなかったと思いますが、紫陽花さんの所では茶摘みの季節も間もなくですね。
何人かが詠んでいるけれど、それぞれの感じ方で出来上がった句は、その人らしいなぁって思いました。紫陽花さんらしい気がします。ちょっぴりアニメのまる子の1カットを思い浮かべました…あはは、ごめんなさい。
(千姫さん)
同じような場面でも、本当に感じ方が違うものですねー。
(bf109さん)
本当にちびまる子ちゃんみたいです。まるちゃんも茶所・清水っ子ですし。
(ななかまどさん)



永代橋を渡って、深川まではほんの一足で、
「向島の桜も、もう終りだな」
大川をみて、東吾が呟いた。
「ぼてふり安」より
おまけです。 
注意 ずっと見てると気持ち悪くなります(笑)
本当に間に合わないのだったら没でもいいです〜一人で気持ち悪くなっていてください。なんだか揺れてる桜を見てると酔うような感じがするんですよね。そんな危険なものつけるなよという感じです。

今月もステキなおまけをありがとうございます!ところでいつも「湯のみのすることは紫陽花のしそうなこと」って言ってるけど、湯のみと茶托は木をゆらしてるの?それとも支えてるの?(ニヤリ)
又粋な〜しばらく見とれてしまいました
(ぐりさん)
紫陽花さんのオマケ、またまた意表をついてますね!「たま○」のほうが、0.5mmほど幹が太い?という疑惑を持ちましたが、作者の深遠なる意図なのか単なる偶然なのか、深くつっこまないことにします。
(たまこさん)
たまこさん「たま桜」のほうが太いというのは気のせいです。太いのではなく年輪が…これも言ってはいけないか…風格があるんです(苦)こでまりさん、あいつらは桜を支えているんです(うそつき紫陽花)
(紫陽花さん)
ほんの少しの差をつけた(?)紫陽花さんも鋭いけれど、それをしっかり突っ込むおたま姐さんも、鋭い(笑)
(千姫さん)



 みちころんろんさんの五七五 

ようやくひとつできたのですが、やはりいまいち… 本題にあまり関係のないものになってしまいました…(-_-;) まさにお手上げ状態、送ろうかどうしようか迷っているうちに20日になっていしまいました。
(UP後に)
なんとか今月も参加できて妙な安堵感…(^.^) でも、本当にむずかしいですよね、短い言葉の中で表現するということは…☆ 同じ作品を読んでいるはずなのに、皆様の感じ方・表現の仕方がいろいろあって…勉強させていただくことばかりです(#^.^#) 皆様の作品をじっくり拝見させていただいて、感想をお送りできれば…と思います。
(みちころんろんさんの談)

どこから風が運んで来た花片なのか、「かわせみ」の庭に時折、白い桜が舞い下りてくる昼下りに、東吾は珍しく宿酔で、るいの居間の縁側から、大川を眺めていた。
「ぼてふり安」より
   
照れ隠し 背を向け眺む 大川に 桜舞散る 午下りかな
   

私はこの場面、詠みたかったのに結局詠めなかったんですよ。宿酔はごめんだけど、こんな「午後のひと時」はうらやましいです。
のどかなかわせみの春の風景が浮かんでくるようです。みちろんさんにも宗匠の頑張れぇ〜光線が降り注いだんですね。
(千姫さん)
同じ場面を詠んでいるのに…と思ってしまいます。私はどうしても、「七七」にこだわってしまうんです。
(bf109さん)



 はなはなさんの五七五 

ごめんなさい、先に謝ります。「はいくりんぐ」はこれでギブアップ。待ってもらってもこれ以上できないと思うので。
(はなはなさんの談)

春のぼんやりした風情が描きたかったんですが、お話に寄り掛かりすぎるとできないし、今の私の状況ではお江戸の桜が思い浮かばない。そりゃそうですよね、今年は桜を観にいっていませんもの。
   
酔い覚めて大川端の野暮桜
   

十分に春の午後のけだるい風情が感じられますよ。「野暮桜」もきいているし。お花見にも行けないほどお忙しい中、ありがとうございました。(酔い覚めはよくありそうだから、お気をつけて!わはは)
今月のお気に入りです。「野暮桜」いいですね〜。
(bf109さん)



東吾が考え込んだのは、宙に浮いた三十両の金だったが、これは源三郎が適当な人を介して、おいちへ嫁入り仕度にするようにと渡してやることが出来た。
  (略)
無論、安吉の知らないことだが、
「心のすみに、そいつをしまっておいてやってくれ」
「ぼてふり安」より
   
首かしげこれも父の恩巣立鳥
   

はなはなさんの復帰も嬉しいです。「巣立ち鳥」の季語、その「首かしげ…」という発想はいかにも、舞をされるはなはなさんらしいと思いました。
(たまこさん)
私も今月は忙しく感情移入が出来なくて、自分の生活を五七五にして、むりやりコメントでお題と結びつけました(^_^;)はなはなさんのこの句も今の私の感情にぴったりで、言葉の意味にポロリと涙が出てきました…。
(千姫さん)
感想ありがとうございます。巣立鳥、良い季語だなあと、どうしても使いたくなって。本文に「首をかしげて」おいちが30両の話をきいているシーンがあったので、これは使える、と思いました。
(はなはなさん)
おいちちゃんの愛らしさ、優しさの表れたしぐさを、見落とされないのがすばらしいです。
(ななかまどさん)