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 藍染川
新装版「一両二分の女」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
先月の「浅草天文台の怪」では、このお話が好きなのに参加できなかったという方も多くて、私も残念に思いました。作品は「太平記」に「ガンダム」に「猫話題」に「オマケ」、またかつての「天文好き少年」たちの姿も垣間見え、最後には「え〜こういう意味じゃなかったの?」という大ドンデン返しもあって、感想を読むのも楽しかったですね。

また、たまこさんが送ってくださった「初恋蔵前」もまるで本編のようで、この作品を拙宅にお預けくださったことに感謝しております。(感想がたまこさんから「船底の牡蠣殻」と命名されたのも受けました〜)

さて今月は、「藍染川」を選びました。
お話は、お雛様を飾る頃から始まります。
子の成長を祝うお祭りの時期に、一組の親子が再会できたのですが…。
前半では、皆様が「だ〜い好きな」雰囲気もいっぱい。今月の東吾さん、皆さんにはどう映るかしら。

さあ、今月はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成十八年三月)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
はいくりんぐ「藍染川」拝見しました。
今月もみなさんのお句の他にオマケがいっぱいですね。
たまこさんの現場検証もすごいです!
紫陽花さんとこのもののけトリオ、まさか東吾さんがいつも麻生の殿様に
届けていた加賀の銘酒に紛れて、麻生家に入り浸ってたりして(笑)
にこ忍さんの夜桜もまた綺麗ですねぇ。
ライトアップされた永代橋 と妖艶な大寒桜の組合せが、昼間とは違った美しさですね。
(あっちの管理人さん)
先月あれほど固く誓ったのは一体なんだったんだろう…
というぐらい茫然としています〜「はいくりんぐ」。
あっという間に20日を過ぎてしまい、宗匠に泣きついたら
優しく「無理しないで」といわれたのに甘えてしまいました…意志薄弱。
今月も皆様のステキな作品を鑑賞・勉強させていただくだけで終わりそうで、
全く不甲斐ない自分にがっくりです。
でも自作が提出できたとしても、あれほどの密度で作れたかどうかは疑問です〜
今月も「かわせみ」度満点の濃い〜「はいくりんぐ」でした。
(はなはなさん)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 TERAIさんの五七五 

姪が初節句なのでお雛様絡みでひとつ詠みたかったのですが…。
また6句になってしまいましたm(___)m
(UP後に)
感想が続々とUPされていますね。自分の句に感想があると、もの凄く励みになります。ありがとうございます。
(TERAIさんの談)

「申しわけありませんが、かわせみに少々、不審な客が居りまして、東吾さんに手伝って頂きたいことが出来ましたので……」
鹿爪らしく畝源三郎がいい、それで東吾は天下晴れて、屋敷をとび出した。
「藍染川」より
   
牡蠣が来て大手を振って寝ずの番
   

一応毎回牡蠣句を詠めたらと思っているのですが、今月は(も?)ダメでした。こういうお役目は源さんだから勤まるのですよね。
(浅黄裏さん)
「一応毎回牡蠣句を詠めたらと思っているのですが」という浅黄裏さんの「牡蠣句」に大反応!源さんと「牡蠣」がこうも結びつくとは想定外の成り行きですよね。今後ますますの「牡蠣句」発展を期待します。
(たまこさん)
同じ視点ですね嬉しいです 牡蠣句〜巻羽織句のように定着するんでしょうか?
(ぐりさん)
ここのお仲間のノリと、言葉遊びの楽しさを感じられて、そのノリと東吾さんが大手を振ってる様子が重なって、フフフ〜と笑っています♪
(のばらさん)



   
あな憐れ育ちの違う悲しさよ
   

そうですよね、私もそれが詠みたかったんです…がうまく、まとめられませんでした。
(千姫さん)



井筒屋を出て、東吾は源三郎と長助にいった。
「俺は新地へ行ってみる。源さんと長助は場所柄、まずいだろうから、先へ帰ってくれ」
「藍染川」より
   
なぜいいの東吾さんだけ新地ゆく
   

そ〜ですよね!源さんと長助はお役目柄まずい、って事もあるでしょうけど、「俺だったら多少の事は大目に見てもらえる」っていう甘い気持ちが東吾さんの心の中に少しはあるような感じを受けました。(ああ〜またアンチ東吾さん目線…)
(麦わらぼうしさん)
本当に!どうしてそのように思ってしまうのでしょう?こうゆう時って、るいさんのことは心の中から消えてしまっているのでしょうか?それとも、ただただ、るいさんに安心感を抱いているだけなのでしょうか?
(みちころんろんさん)
次男坊、お役のない身軽さですかねー。なんかいつも得をしているような気が。
(bf109さん)
何のかんのと言いながらやはり捨てて置けないんでしょうねえ〜 役得
(ぐりさん)



「自分から訪ねて行く気にはならなかったのか」
「全然、そんな気はなかったね。遠い国の人のようで……。自分とは縁のねえ人だと思ってたんだ」
「藍染川」より
   
母恋し父は遠国他所の人
   
出来のいい子が可愛いと父がいう
   

清太郎が名乗り出なかったら、この父親はいったいどんな父親になったのでしょう。
「出来のいい〜」親ならば、出来の悪い子ほど可愛い…が本筋でしょう。この父は都合の良い子だけが可愛いのでしょう。現代に多いタイプか…お医者さまらしい詠み口ですね♪
(すみれさん)
「母恋し〜」新之助は住職から井筒屋の件を聞いたとき、「自分を引き取る云々」のおおごとになるとは思っていなかったでしょうね。犬猫のような暮らしでも、育ててくれた親の方が本当の親ですよね。
(ななかまどさん)
TERAIさまはいつも素直に情景を詠まれますよね。それが言葉以上に余情を誘うこともありますね。「出来の良い」はその典型的な御作ではないかと思います。新之助の悲しみが見えるような気がします。
(はなはなさん)



それまで、ひっそりと新之助をみつめていたるいが答えた。
「紺屋が藍染をこの川で洗うからだっていいますよ。でも、逢い初めと書いて、逢初川だという人もあるんです」
「藍染川」より
   
逢い初めで別れを思う悲しさよ
   




 bf109さんの五七五 


「おるい様のところでしたら、宿酔をなさるほど召し上りませんでしょう」
「いやな奴だな」
「藍染川」より
   
            宿酔 「かわせみ」でなら しませんね
                     酔いもそこそこ 後
(のち)もそこそこ
   

どのお歌もリズミカルですね。意味深なところも外さないし、大人のお作ですね。
(すみれさん)



「あんちゃんと呼んだ子がいたのは、たしかでさあ。ですが、年齢は同じくらい、いや、俺のほうが上だったような気もします」
  (略)
おたがいに、あんちゃんと呼び合って一緒に暮らしていた男の子同士、そのどちらが井筒屋の悴だったのか。
「藍染川」より
   
あんちゃんと あんちゃん二人 紺屋町 どちらが倅 どちらも倅
   

「どちらが〜どちらも」この言い回し、つぼを押さえていて素敵だなぁ。
(すみれさん)
お互いに「あんちゃん」と呼ばせていたおたねさん。「お前たちは(双子の)兄弟なんだよ」 という秘めたメッセージだったのでしょうか?
(ななかまどさん)
ななかまどさんの視点、すごく納得してしまいました。おたねさんの中には、そんな思いがあったのかもしれませんね。
(こでまり)



ちょっと暗い感じの物語ですが、二人ともお互いにどちらも倅だとわかっていたんでしょうね。特に新之助は…清太郎に譲ったんでしょう…と思います。
   
この川で 藍染の布 洗われて それぞれ染まり それぞれ巣立つ
   

この川で別れた日からそれぞれの色に染まっていったのでしょうが、ここに戻って来て、新之助さんには兄としての気持ちが芽生えたようですね。父には何もしてもらえなかったけど、弟のために店を譲ったという思いは、これからの新之助さんを支えるかもしれないし、そのことを東吾さんとるいさんが聴いてあげて、本当に良かったと思いました。
この川で…の短歌ですが、私の最後の2句とちょうどイメージが重なっていて、五七五だと2つになってしまうところが、短歌だと1つにまとまるんだな、と面白く思いました(っていうか、当たり前 なのかな…)
(たまこさん)
新之助、根っからのワルという印象は無いので、このお句のようにそれぞれの、自分にあった道をみつけて幸せになってくれると信じています。
(麦わらぼうしさん)
目から鱗…「巣立つ」とみるんですか!私はこの場面、切なさでいっぱいだったのですが、「巣立つ」とみれば、新たな旅立ちですね。
(みちころんろんさん)
新之助と清太郎の出発点である藍染川。こんなふうに二人の人生にからめて表現されているのがすごいです。
(コシキブさん)
草ですねそれぞれの道に巣立って行ったんですね お互いにあんちゃんと呼ぶ子がいたことは覚えていても よく小説のようにお互いに引き合うなんてことはなかったんですね 双子でも
(ぐりさん)
「新之助が巣立った」という視点になるほど、そうだといいな、と思いました。母の思い出と出会って、束の間父と暮らし離別して…。こういう形での親離れもあるのかも。宗匠の「これからの新之助を支える思い」という視点にもハッとしました。
(のばらさん)
bf109さまは落語のオチのようなユーモアで御作をいつも包んでしまうのですね。七七にはかならず言葉を反復して、すっかりご自分の スタイルにしてしまわれているようです。「それぞれ染まり」は「それぞれ」という言葉が反復することで、新之助が藍染川に託す気持ちがほの見えるようです。
(はなはなさん)



 すみれさんの五七五 

今月分がなんとか出来ました。感想文に五七五が埋もれそうです(汗) 眺めているともっともっと長くなりそうなので、 これで止めました(^_^;)
 (UP後に)
このお話の余韻の良いのは??考えていたのですが、皆様の五七五を読んでいてみえてきました。チョイ悪の新之助は本当は人の心のひだを思いやれる大人だったからなんだ。無理やり居座っても自分も含め誰も幸せになれないってことも見通せる大人(徳右衛門よりもずっーと)、彼が誰も恨んでいない事も…
(すみれさんの談)

東吾は左手に酒樽、右手には同じく加賀の菓子の包を下げて、八丁堀から本所まで春風の中を歩いて来たものだ。
「藍染川」より
加賀の銘酒とお菓子が登場なので、地元としては外せませんね。この時代に加賀から江戸へと長い間運ばれても美味しく食べられる菓子となると…落雁系のお菓子かな?
   
加賀の幸はこぶ袴に春の風
   

お菓子とお酒をまとめて「加賀の幸」と詠んだところは、さすがに加賀の住人、すみれさんです。誇らしさと清々しさが感じられる一句ですね。
すみれさんが詠んでくださると思ってました、加賀のお句。加賀の銘酒と菓子、最強のお届け物ですよね。
(浅黄裏さん)
「加賀の幸」わたしもよい言葉だと思います。さすがすみれさま!
(TERAIさん)
ここは、詠みたかったところなんです。加賀の酒と春風をあれこれいじくり回してもどうしても出来ず…「袴」思いつかなかったなぁ!加賀の「酒」でなく「幸」とされたのも、よりイメージが広がっていいですね。
(たまこさん)
素敵なお句ですね〜!こんな風に詠みたかった、です。同じ場面詠んでも私のは東吾さんへのイヤミだし〜
(麦わらぼうしさん)
この場面、私も詠みたかったのですが、どのように詠んだらいいかわからなくて…(-_-;)でも、加賀の銘酒はともかく、銘菓ってなんでしょう?とっても気になるんですけど〜(#^.^#)
(みちころんろんさん)
加賀の銘酒とお菓子を加賀の幸とされ 袴に結び付けられたところがさすがですね
(ぐりさん)
「加賀の幸」なるほどと思いました。私も詠みたかったのですが出てきたのは湯のみと茶托だけでした。
(紫陽花さん)
加賀の方が詠まれてると思うとますますうれしいこのシーンです♪ ここはいいシーンなのに何も思い浮かばなかった、やられた〜〜と思いました。
(のばらさん)



「すると、新之助の父親は誰なのだ」
「存じません」
子供心におぼえているのは、おたねの周囲には、いつも違った顔の小父さんと呼ぶ人がいたことぐらいであった。
「藍染川」より
お話の中では、清太郎と新之助の二人が本当に兄弟?双子?明確にしないままに終わっています。おたねが母親は、違いないとして、父親は本当に徳右衛門か?おたねが亡きいまでは真実は謎。もしかしたら、おたね自身も父親が誰かをはっきりと特定できずに子供を生み(双子か年子)、二人の息子に父親は徳右衛門と何度も言い聞かせることで、自分もそう思い込もうとしていたのでは…父親候補の中で一番大店の主人だし、将来名乗るときも息子のためになりそうだし…
【あの世のおたねの独り言】
徳の旦那もあんまりさねぇ…おかみさんが死んでから、ようやくせがれのことを探すなんて…新之助をもっと早くに探して、お店へ連れて来てくれてたら、よかったのにさぁ… でもあたしの血をひく新之助じゃぁ、律儀な奉公は無理だったかねぇ…清太郎はガキの頃にあたしから手放しちゃって、ごめんよ…手をあわせたこともあったけど、立派なあきんどになってくれて、顔の良いのはあたしで、商い上手は旦那に似たのかねぇ…皮肉ったらありゃしないねぇ…
   
春の夢観越しの松の遠き日々
   

「あの世シリーズ」もますます充実で楽しみです!だんだんコメントの枠を超えて、「スピンオフ短編」が出来そうな予感がします。
(たまこさん)
わぁ〜すみれさままで「あの世からシリーズ」ノッて下さってありがとうございます!おたねさんの独り言、本当にそう言ってそう。
(麦わらぼうしさん)
妾宅を表す「観越しの松」と「黒板塀」って時代小説にはよくでてくる表現ですよね。おたねの心情まで汲み取る 奥深さはさすがすみれさんです。
(コシキブさん)
見越しの松 『お富さん」からでしょうか? 死んだはずだよお富さんというところがあの世シリーズにぴったりかな なんて思いました
(ぐりさん)
おたねはこの世を去るとき、何を思っただろう、と思うとせつないです。あの世のおおたねさん妄想、ほんとにこうだろうなあ〜と思いました。
(のばらさん)



「もともと、清太郎は手前の眼鏡にもかなし、さきざきお光と夫婦にして暖簾わけをしてやってもいいと考えて居りましたくらいでございますから、もし、清太郎が我が子なら、これに勝る喜びはございません」
「藍染川」より
子は親を選べない、親もまた然り…でも徳右衛門は自分にも店にも、お光にも都合の良い清太郎を我が子と決めてしまいました。大人の選択でしょうが、最後まで勝手な男なのがちょっとねぇ。
   
風見鶏まわしまわされ春北風
   

新之助は井筒屋を継いでもうまくいかなかっただろうから結末にはまあ納得なのですが、でもやはり徳右衛門の身勝手さには腹が立ちます。その徳右衛門を風見鶏とは、ぴったりの表現ですね。
(麦わらぼうしさん)
「まわしまわされ」ですか…。いい感じですね。父親はどちらも倅だ、とは思っていないんでしょうか?
(bf109さん)
なんとなく物語全てを言い表せた句ですね。徳右衛門の身勝手さを風見鶏に見立ててあるとも思い、春なのにの北風のような冷たい仕打ちで運命が別れた兄弟とも思いました。本当のところ、父違いの兄弟なんでしょうか、双子だったのでしょうか、謎ですね。
(千姫さん)



子供の頃の最初の記憶…新之助と清太郎の二人に共通するのは藍染川のほとりで遊んだ事だけ。まっ白で生まれてきてそれぞれの年月でそれぞれの色に染まって…新之助のその後が気になります。おっかさんが望んでいたように、一度は若旦那になってみたが、衣食住は足りても、心までは満たされなかった新之助。清太郎と比べても自分は商人に向いていないし、お光の愛も父親の本当の愛ももらえずに頑張る気持ちを失くしてしまった新之助。
   
紙風船逢い初め川に捨て去りて
   

紙風船を捨てて気持ちを切り替えて、新しい道で生きてくれたら、と思わされます。
(ななかまどさん)



「あいつには、あいつの生き方が…」新之助に向けて言いながら、東吾さんは自分たち二人のことを言っているみたいです。
「あい」に当てる漢字は読む人のご自由に藍、愛、逢い…
   
春の川手と手放さぬあいのれん
   

「あいのれん」、私は「逢いの恋」とあてました。母恋いの新之助、この後どうやって生きて行くのでしょうね。おるいさんと東吾さんの仲もこのころはまだ不確かで、おるいさんは新之助の姿に自分の恋の行方の頼りなさを重ねていたかもしれませんね。
(はなはなさん)



 ななかまどさんの五七五 

ご無沙汰しているのに、いきなりお邪魔してよろしいでしょうか。大好きな「藍染川」なので…。地味だし、主な顔ぶれの大活躍もありませんが、しんみり、じーんとくるのですよ。
(UP後に)
茶室の場面はギブアップでしたが、皆さんのお句に脱帽です。短歌もすてきですね。大量の感想になってしまいました。久しぶりなので嬉しくて。まだ春の雪が舞っていますが、下の娘がもうじき小学1年生になります。今風のピンクのランドセルが、春を運んできました。
(ななかまどさんの談)

「手前の気の弱さから、たった一人の悴に、長い苦労をさせてしまいました。こうしてめぐり逢えたのは、神仏のおかげでございます」
  (略)
新之助のほうは、お吉が茶を持って行きがてら様子をみると、仰むけに寝たまま、ぼんやり天井を眺めていたという。
「藍染川」より
期待に満ちた父の夢、幻を見るような息子の夢
   
夢ふたつ 笑まひて雛は 見送りぬ
   

このお句が心に残りました。父も子も会う前はそれぞれお互いに期待したものがあったのでしょうね。でもやはり離別していた期間の長さは埋められなかった。井筒屋にもお光さんという女の子がいたので雛人形がきっと飾ってあったでしょう。家の中のゴタゴタを微笑んで見つめていたんですね。
(コシキブさん)



「お前、年増好みか」
  (略)
「おっ母のことを、おぼえている妓はいねえかと思ってね。なるべく、年をくっているのを呼ぶんだが、誰も知らねえ」
「藍染川」より
他の岡場所ではなく、「深川」なのですよね
   
面影は 水底深く 春の見世
   

ななかまどさま お久しぶりです!久しぶりと思えぬほど、相変わらずすばらしいお句ばかりですね。特に「面影は〜」のお句が好きです。母親の面影を求める、ちょっと屈折した新之助の心がうまく表現されていますね。
(麦わらぼうしさん)
ななかまど様、おかえりなさいませ。母の面影を探す新之助…目にはみえない優しさを心の奥底にもっているんですよね。それを上品に表現できれば何かが変わったかもしれませんね。
(みちころんろんさん)
「水底深く」がいいですねー。私はどうも五七五にできないんです。
(bf109さん)
お母さんの若いころを求めて新地に通っていた 新之助の心情をうまく詠んで見えますね ここも読みポイントだったんですね 水底深くがいいです
ななかまど様 お久しぶりです 投句する時間がおできになったんですね ななかまど様のお句が見られて嬉しいです
(ぐりさん)
おなじポイント読んだのですが、「水底深く」なんて発想はできなかったし、「見世」という言葉も思いつかなかったです。
(紫陽花さん)



新之助は、深い心を持ったひとだと思います。それを磨く機会を、幼い頃に与えられていたならば。せめて、彼らしい幸せを見つけてくれたらいいなと思います。
   
花筏 えくぼを乗せて 流れ去る
   

ななかまどさん、お久しぶりです。北の大地に花筏が流れるのは、まだまだ先のことでしょうね。
私も詠みましたが、新之助のえくぼは印象的でした。本当に、「彼らしい幸せ」を見つけてほしいですね。
「花筏…えくぼ…」二つの言葉で彼の心持を見事に表現されていますね。同じ所を詠んでも前向きな表現で勉強になります。またご一緒できるとうれしいです。
(すみれさん)
花筏がいいですね えくぼ印象に残りましたよね
(ぐりさん)
お久しぶりです♪のななかまどさん、どのお句も情感があって好きです。新之助と父、家族を求める情の濃さに差があるように思えました。自分で句を作っていたときは、勝手な父親だなあ…と思っただけでしたが、皆さんのお句をひとつづつ読んでいくうちに、親子の求めるものが絡んでいたのがほぐれて内側が見えてくるような気がしました。「夢ふたつ」「面影は水底深く」ときて三句目の「流れ去る」で新しく洗われていくような印象を持ちました。
(のばらさん)
ななかまどさま お元気そうで良かった♪ 「えくぼを乗せて」は綺麗な御作ですよね、藍染の青と花筏のうすくれない、そして、新之助のえくぼ。
平成かわせみでの新之助さんにはえくぼがあったかどうか… ビデオをもう一度見てみたくなりました。しっとりとした「沢口おるいさん」の「藍染川」は見ていて涙がでるような幕切れでした。
(はなはなさん)



 麦わらぼうしさんの五七五 

かわせみではおなじみ(?)の、怖い家付き娘のカミさんに内緒で、よそに女と子供を作る婿さん、のお話。たいていカミさんが悪者で、かわいそうな婿さんという描かれ方ですけど、でもカミさんが正式の妻なんだし、よそに子供が出来れば、怒るのも当然だと思います。今回の徳右衛門、数多くいるかわせみの(よそに子供を作った婿さん)の中でも、特に無責任な気がします。親子の証の品も渡してないし、当時、そんなに熱心に行方を捜した感じもしないし…なんかいつもその場しのぎで対処してきた気がするのです。今回、なんかイヤミな句ばかりだなぁ〜ああ〜性格が真っ直ぐではない所がこんな時表れるのね〜(^_^;)
 (UP後に)
ここは絶対競作ポイントだろうな〜と思った、東吾さんと七重さんの茶室のシーン。微妙な心の内をみなさま見事に詠まれていてさすがだなぁ〜と思いました。(私も詠みたかったけど〜詠めませんでした…)
(麦わらぼうしさんの談)

この部分を読んでいたら、ぱっ!と先月のTERAIさまの「男前自分でいっちゃ世話がない」が浮かんできて、こんな句が出来てしまいました。自分で男前と自覚している東吾さんならこんな事思ったかも〜と。はい、アンチ東吾さん目線で詠んでます(^_^;)
   
春風も 歩みを止める “いいおとこ”
   

先月の拙句を思い出していただき恐縮&光栄です。アンチ東吾さんの麦さまにはどう写ったでしょうか。
(TERAIさん)
そのまま読むととてもアンチ路線にはみえないのですが、誉め殺しでしょうか?ユーモアを忘れない作風は見習いたいです。
(すみれさん)
私は素直に「そうよねぇ」とうなづきましたよ♪ 東吾さんの別名は春風ですものね〜「春風駘蕩」の剣客ですもの(悔しいですか、うふ) 私の中では、小野寺東吾さんが一番春風の似合う東吾さんだと思うのですが。でも、アンチ東吾さん視点もここにきわまれり、の御作の数々、恐れ入りました(笑)
(はなはなさん)
今月の「お気に入り」です。軽快で、楽しくて、…。
(bf109さん)
アンチ東吾さんの麦様が詠まれると アンチ風に詠めますね
(ぐりさん)



「おかみさんに話すんですか。外の女に子供が出来た、ひきとってくれって…」
「仕様がねえだろう、手前のしくじりなんだ」
「藍染川」より
なんか現時点で読み返してみると、すごく意味深なお話ですよね、藍染川って。執筆された時点で平岩先生はすでに麻太郎問題の構想がおありだったのでしょうか…この東吾さんのセリフ、今の東吾さんに言えるかな?
   
そんな事 言ってられるの 今のうち…
   

アンチ東吾さんではないけれど(あはは)、自分のしくじりをおかみさんに押付けるのって、やっぱり釈然としませんよね。まあ実際に、自分がその立場になったら言えないものだから、今の東吾さんはとっても悩んでるんですけどね。
東吾さんもその言葉が自分に返ってくるとはこのときは夢にも思わなかったでしょうね 草思ってみると重い句だなーと思います
(ぐりさん)
そうですよ!東吾さん、ここのこのセリフ、日記にでもつけてたら「うああああ〜〜!」とか叫ぶこと間違いなしです。
(のばらさん)



「好きな女は……」
「いるさ」
「かわせみのおかみさんだろう」
「あいつは、俺の女房だ」
「他には」
「いないこともないが、女房は一人だ」
「藍染川」より
この部分、気になりました!まあ、七重さんの事もにくからず思っているみたいだから、言えないのかな。でも、きっと源さんや宗太郎さんなら好きな女は一人だけ、ときっぱり言えると思うのです。その辺が琴江さんが付け入るスキがあったのかな、とも思いました。
   
言えないの? 好きな女は 一人だけ!
   

麦さんならではの鋭いツッコミに爆ウケ!しかし一般に男性にとって「好きな女」と「女房」って100%一致するのかしら?っていうか私たちにとっても、「好きな男=亭主」って断言できるかと言われると…う〜ん???
(たまこさん)
まあ、私も「好きな男=亭主」と断言できるかと言われると…(^_^;) でも東吾さんはつねづねるいさんに「俺にはるいしかいない!」と言っているわけだし、それがいざとなると弱気な発言になるのは、やっぱりイヤだなぁ〜
(麦わらぼうしさん)
この御句いいですね〜!年末が楽しみでございます(*^-')b☆ 私も「好きな男=亭主」と断言できるかと言われると…(-_-;) でももうテレビや舞台の中の俳優さんだけで十分です〜!
(みちころんろんさん)
え、「好きな男・女=亭主・女房」ではないのですか? 好きでなければ所帯の苦労はできないと思っていた単純な私…。
(ななかまどさん)
麦様の突っ込みなるほどと思いました 源さんや宗太郎さんならああいうことにはならなかったでしょうね いくら同情はしても〜やはり為らなかったと思う
(ぐりさん)



このお話、じっくり読み返してみて思ったのは、結局、井筒屋の優柔不断さがすべての問題の元だなと。いつもその場しのぎでちゃんとした責任をとらずにきた井筒屋の甘さのせいで、いろいろなトラブルが起きたわけで。倅の件は一応、一件落着したけど、きちっとした証拠があるわけでもなく(もしかしたら新之助の方が本当の…)という思いを皆の気持ちの中に残したまま。先々またそのせいで、なにかトラブルが起こるのではないかと、余計な心配をしてしまいます。その辺をうまく詠みたかったのですが…茶道具屋という事で、二つの茶わん…
   
二つめの 茶わんに替えて めでたしや…?
   

徳右衛門に強烈パンチですね。でもあの鈍い父は、はい、おかげさまで、なんて呑気に受け流すのだろうな…
(すみれさん)



 のばらさんの五七五 

いつも色々妄想してしまうのですが、推測しても仕切れないものもあるかも、ずれてるかも、とも思っていたので今月はなるべく本文からストレートに詠んでみたいと思いました。なんとも身勝手な親も出てくるし、切なくも感じますが、春の雰囲気のせいもあってか、そっと静かな物語で読後感が好きです。
(のばらさんの談)

さりげなく、七重が話題を変えた。
  (略)
それが、いつまで経っても、東吾と七重を他人のままにしているようでもあった。
「藍染川」より
七重さんと東吾さんのシーン、言いたくて言えない言葉、言葉に出来ない思いもたくさんあったのだろうなあと思いました。もちろんおるいさんにも新之助、清太郎、お光にも。
   
呑みこみし言葉の沈む春朧
   

七重さんのお点前シーンは、皆さんどんなふうに詠まれるか、今回とくに興味のあったところでした。なるほど〜のばらさんは「春朧」で来たか。
(たまこさん)
「やりだすと妄想が止まらない」…少しお仲間になった気分ですが、あの程度までです(汗)
この場面は上級者の方々がそれぞれ見事に詠まれています。東吾さんと七重さん微妙な空気を「春朧」の季語で表現なさったのですね♪素敵です。
(すみれさん)
このお点前のシーンも詠みたくても読めなかったシーンです。のばら様はじめ皆様がこの二人の空気を、とても素敵な言葉で表現されていて感動してます。
(みちころんろんさん)
読みながらチェックをした所なんですが、詠めなかったところを…。こんなふうに詠むんですねー。
(bf109さん)
のばらさんがこの場面をどう詠まれるかな、と思ってました。さすがです。言われてみればこのシーンはこれから始まるストーリーの伏線とも言えますね。登場人物の誰もが胸の奥にしまいこんでしまったことがあるんですね。
(コシキブさん)
この箇所は私も詠めませんでした。「言葉の沈む」に参りました。
(ななかまどさん)
お手前のところ皆さん秀句ばかりですね 私も一句と思ったのですがダメでした
(ぐりさん)
のばらさま、研ぎ澄ました御作、うっとりと味わいました♪ 「春朧」はすっきりできない・したくない七重さんの東吾さんへの思慕や、新之助の言葉にならないふた親への思い、清太郎の戸惑い、東吾さんの気持ち、おるいさんの胸のうち…いろいろと妄想しました。
(はなはなさん)
何事にもはっきりモノを言う七重だからそこ、東吾への気持ちを言葉にしない事で、るいと東吾を思いやっているのですね。「春朧」が七重が心の中で流している涙をあらわしているようで、好きです、この句。
(千姫さん)



「品川へ帰る気か」
「そのほうが、性に合ってまさあ」
川の流れへ視線を落とした。
「藍染川」より
最後には、新之助は店のものには事情は語らずにあっさりきれいに消えていく。切ないけれど、きっと新之助はどんな生き様ではあっても、生きていくのだろう、これでいいのだろうと思いました。
   
川風や花片も塵もさらい過ぐ
   

きれいな物もそうでない物も、川は運んでいくのですね。この最後の場面から、のばらさんのように新之助の未来に光を見つけている方も多かったです。
とてもきれいな表現ですね。本当に新之助の未来の光が感じられるようです。
(麦わらぼうしさん)
春風にさらわれていくそれぞれの思いのたけを感じました。新之助は今もどこかで強く生きているでしょうか。
(はなはなさん)



 七歩さんの五七五 

やっと少しばかり暖かくなってきましたね。我が家の豊後梅がやっと満開になりました。このところ句作りが難しく感じます。ポイントが上手く絞れない、というか、頭が固く柔軟性がないから、あれこれと悩んでいます。藍染=逢い初め=愛染(かつら)…などと考えても、いい句が浮かびませんでした。
 (UP後に)
みなさんの句を拝見して、ただただ感心ばかりしています。何だか自信を失くして、コメントの付けようもありません。簡単に二点のみ、申し述べさせていただきます。四月からはまた頑張りますので、師匠、よろしくお願いいたします。
(七歩さんの談)

「殿方お三人のお酒盛で、東吾様が宿酔におなりになるほど、召し上りますかしら」
「驚いたな、いつの間に、そんな口をきくようになったんだ」
「女も年をとると意地悪になりますの」
「藍染川」より
   
口でワル言っても七重は薄茶の味
   

東吾さんを意地悪ぶってやりこめている七重さんですが、それでも「薄茶」のようなお嬢様だというのは、面白い見方ですね。
七重さんの心情が七歩様らしい優しさとウイットで詠まれていますね。薄茶のほろ苦くて爽やかな味と七重さんを対比されているところなど、合点しました。
(すみれさん)
薄茶のような七重さん、本当にそうですね。るいさんならジャスミンティーでしょうか。
(ななかまどさん)
なんだかんだと言ってもやはり七重さんは優しいお嬢様なんですよね こういう詠み方もあるんですね
(ぐりさん)



   
好いていても女の意地で身をかわす
   

七重さんいつもさらりと話題を変えて しまうところを心情を詠んで見えますね
(ぐりさん)



畝源三郎が訊き、徳右衛門が上りかまちに膝を突いた。
「なんと申し上げてよいやら……、我が子ながら、つくづく情けないことで……」
障子のむこうでは、若い娘が泣いていた。
「藍染川」より
   
罪の子に棗似合わず業ふかし
   
花に雨すぐに地の出るイケメンで
   

「罪の子に〜」茶道具屋ではなく、川並人足を束ねる仕事とかもう少し荒っぽい家業だったら新之助も納まりようがあったかもしれませんね。たしかに棗を扱うには清太郎の方があっていたかもしれません。
(浅黄裏さん)
なるほど〜男性目線ではこう来たか。
(たまこさん)
「花に雨〜」七歩さまと{イケメン}という言葉が意外な組み合わせな感じがして、それがまた新鮮な感じがしてステキ♪花に雨で地が出る、っていうのもうまい表現ですね。
(麦わらぼうしさん)



「一度、染っちまった色を洗い流すのは、難儀なことなんだろうな」
風にはためいている染物の布は、鮮やかな紺青であった。
「藍染川」より
   
品性は染まらぬものか藍染川はためく布は鮮やかに青
   

そうなんですよね、簡単に染まるようであれば最後のシーンは変わっていたのでしょうね。
(みちころんろんさん)
「はためく布は鮮やかに青」がいいですねー。
(bf109さん)
私も最後の「青」で止まるところが余韻を残していていいと思いました。
(コシキブさん)
鮮やかな青が印象に残りました
(ぐりさん)
七歩さまは男性の視点ですね。「品性」の御作は、同情よりも人生の厳しさに耐える強さを詠んでおられるように思いました。
(はなはなさん)
昔のNHK連続ドラマ「藍より青く」のナレーションを思い浮かべました〜
(千姫さん)



 紫陽花さんの五七五 

このお話でいちばん気になったのが、『下手をすると四十に近いような大年増』 四十近くて大年増、四十超えると○○なのね…
(紫陽花さんの談)

「お袋さんが歿った時、お前、いつくだった」
「七つか、八つか、よく、おぼえてねえ」
「藍染川」より
“お座敷”ではなくて“岡場所”のほうがいいかなとも思ったんですが、お座敷にしてみました。
   
お座敷に母のおもかげ探す春
   

今回この「母の面影を探す」ということを詠まれた方が何人かいらしたのですが、私は目からウロコでした〜。ここでは、母の素性がよりはっきりとわかる「岡場所」を使ってみてもいいですね。
私もここは読み過ごしていた所なので、なるほど、です。
(麦わらぼうしさん)
私は「お座敷に」でよかったかと思います。語調もきれいなようなので。
(bf109さん)
同じポイントでしたね。嬉しいです。難しかったですね。
(ななかまどさん)
私は全然気づかないところでした 皆さんよく読みこまれて見えますね
(ぐりさん)
「母のおもかげ」はずばり、そうなんだ〜と共感しました。あの父にはいえない母恋いの気持ちが伝わってきます。
(はなはなさん)
よく覚えていないのに知りたいという新之助の気持ちがいじらしくて、私も何とか詠んでみました。同じ視点なのが、嬉しいです。浅黄裏さんの仰るとおり茶道具の店でなかったら、新之助が選ばれていたのかも知れないと思うと、根っからの悪とは思えないだけに、心が痛みます。
(千姫さん)



神林通之進の妻の父、麻生源右衛門は酒豪ではないが、最近、夕餉の折に少々の晩酌をたしなむようになったと聞いて、たまたま、到来物の加賀の酒をお届けせよ、と兄がいい出したためである。
「藍染川」より
オマケも付けておきます。
なんだかワンパターンかしつつありますが、こいつらの行動がワンパターンなんだと思ってください。

加賀の酒とお菓子ですね。お菓子を開こうとしている茶托と狐火を放っておいて、湯のみは先にイッパイやってるのかな。
湯飲み君がぐい飲み持ってる〜〜。頭(?)にドプンとたっぷり入れて飲むわけではないんだ!!と新事実を発見した気分です〜。
(のばらさん)
酒と風呂敷包みが、いかにも江戸前でかっこいい!「湯呑はわざわざ、ぐい呑み持ってこなくても、自分の中に入れれば」というのばらさんコメントにも座布団3枚!
(たまこさん)
わたしも以前に五十路をすぎた「老女」の部分に凹んだことがあります。まだ大丈夫ですよ♪
加賀の酒樽と菓子包みを描いていただいて嬉しいです。トリオくん達も早く欲しい様子ですね。お江戸の人達にも評判が良い産物があるのは誇らしいです。加賀の幸を伝える職人さんに感謝です。
(すみれさん)
彼らも御酒がいける口なんですね。ぐい飲みまで持参して… 風呂敷包みの中がとっても気になります。
(みちころんろんさん)
(すみれさん紹介のサイトを見られて)加賀のお菓子どれも上品そうなものばかりですね。お饅頭やお団子を想像しつつ風呂敷包みをかいたので驚いています。それから湯飲みがもっているのはお猪口ではありません…
(紫陽花さん)
え〜♪湯のみくんが持っていたのはお猪口じゃないんですか。ギョギョッ、先月千姫さんの「ハブ」を蛇のハブと勘違いしたばかりなのに〜、失礼しました。ってことは、何だろう、あれは?
(こでまり)
え〜私も湯飲み君がお猪口でいっぱいと思っていました、え〜なんでしょうー知りたいです
(ぐりさん)
え〜お猪口ではないの?と驚いてじ〜っと湯飲み君を見つめてきました。もしかして湯のみ君が持ってるのは酒樽の栓?ですか?栓をあけてお酒をそのまま自分へ注ごうと湯飲み君はしてるのでしょうか?
(あるみさん)
湯飲み君のはお猪口じゃないの〜〜。なるほど!酒樽の栓!はたして正解は??クイズみたいで楽しいです(勝手にクイズにしてゴメンナサイ〜)
(のばらさん)
湯呑みくんの「酒樽の栓」説に一票です。何となくお猪口より合っている気がします。
(TERAIさん)
今月もかーわいい!お話のなかの小道具をよく見つけますね。 そうですね、あれは酒樽の栓かな。酒樽あんまり見たこと無いのですがたぶんアタリじゃ ないかな?
(コシキブさん)
私も栓だと思っていました(笑) 図書館で調べた酒樽にあのような突起物がついていたのです。あの栓を抜き酒をつぐんだと思っていたのですが、(湯のみは栓を抜いて味見をしようとしているらしい)それでは酒樽に酒を入れるのはどうやっていれるのかという疑問がこでまりさんに送った後わいてきました。あの小さな穴から入れるのは大変だし、樽の中を洗うこともできない。それであれは蓋の取っ手ではないかと思ったんです。蓋をパカっと開けて柄杓を使う。なんか納得と思ったのですが、そうすると湯のみは蓋の上に乗って何やってるのかということになるし…本当のところあれは栓なのか取っ手なのかその後調べなおしていないのでわからないのです。いつかどこかの博物館で実物を見かけたらチェックしたいと思います。いい加減ですみません。
(紫陽花さん)
調べたところ、栓らしき物は栓でした。注ぐときはそれ専用の栓に替えるそうです。ただ、最初に空き樽にどうやってお酒を入れるのか、樽を洗うときはどうするのかまでは分かりませんでした。
(ななかまどさん)
紫陽花さん、ご心配無用ですよ。酒樽にお酒を詰めてから蓋を載せる(木槌で叩いてピッタリと嵌める)ので、あれはあくまで注ぎ口の栓でしょう。
(春霞さん)
角樽、蓋は嵌めてしまって栓は別、なのですね〜。 教えていただいてありがとうございました。謎がまたひとつ解けました♪
(はなはなさん)
やはり酒樽の腺なんですね 菰樽はたたいて割るから腺はないでしょうが 草ですか酒を入れてからふたをするんですね
(ぐりさん)



 たまこさんの五七五 

このお話は、藍染川のラストシーンがとても情感があって、印象的なお話です。平成版のテレビで初のドラマ化がされましたが、その中では、井筒屋の父親がそれほど身勝手でなく、優しい人に描かれており、また鬼おこぜの殿様の出番もけっこう作られていましたね。
 (UP後に)
登場人物の背景や心持を、深く考えて作られたものが多いなぁと思いました。また春らしい情感もたっぷり味わえて…毎月の至福のひととき本当に有難いです。
(たまこさんの談)

「いい加減に聟を決めろよ」
つとめて、兄の口調でいってみた。が、自分の言葉が、なんとも虚々しい、七重の心中を知り尽くしていて、そうした勧め方をするのは、我ながら無神経かと思う。
「来て下さる方がありませんもの」
東吾が戻した茶碗に新しい湯を注ぎ、すすいでいる。
「藍染川」より
シリーズの中ではもう「美男の医者」で宗太郎さんが登場しているのですが この時の七重さんはまだ、宗太郎さんに出合っていないんですよね〜 わざと明るくふるまっている七重さんがいじらしいです。
   
春の炉や志野にうつりし心映え
   

備前の水差に志野の茶碗が、麻生家の人々らしいですね。上品で芯が強くて。(私は焼き物に詳しくないのですが)
(ななかまどさん)
志野に写りしというところが綺麗な心の七重さんに ぴったりですね
(ぐりさん)
わたしもお手前のシーンは詠んだことになるのですが、お手前には気持ちが全然向いてなくて、お手前から二人の雰囲気を詠まれたお句は全部抑えた表現が奥深い大人っぽい、雰囲気で感服です!
(のばらさん)
たまこさまの「志野」、紅い素地に白い釉の可憐な茶碗ですが、これが七重さんなのだろうな〜と実感させていただきました。「春の炉」は東吾さんの訪れに浮き立つような気持ちと、もうすぐ風炉に替わってしまうわびしさに、東吾さんのるいさんへの気持ちを感じて淋しく思う七重さんが託されているようですね。
(はなはなさん)



私が不思議に思うのは、父親が実の子を探し始めたときに、なぜすぐに清太郎は名乗って出なかったのかなぁということですが…まさに言おうとしたときに、新之助が現れて、タイミングを逃したということなんでしょうか。あっさりと実の子を手放してしまったあとで、本妻との間に子ができないとわかってあわてた上、離れていた月日がすぐに埋まると勘違いする父親も、「時」というものをわかってないなぁと思いました。
   
茎立や時を知ること難しき
   

いつもの事ですが、たまこさまのお句、みんなすばらしいですね!それぞれのお句につけられたコメントにも、うなづく事ばかり。特に「茎立や〜」のお句のコメントには同感!です。
(麦わらぼうしさん)
私も同じように「なぜすぐに清太郎は名乗って出なかったのかなあ…」と不思議に思いました。しかし、そのことから派生して、「父親が『時』というものを判っていないなあ」と断ずるたまこさんの批評眼の鋭さに感心しました。まさにそのとおりで、そこを詠んだ句も良かったと思います。それに「茎立や」の切れ字が効いていると思います。
(七歩さん)
意味が深いですね。親子に限らず、全てに通じるような気がします。結果が出てからではなく、その時点での最良の判断をビシバシ決められる人には到底なれないけど。
(すみれさん)
“茎立”初めて知った言葉です。調べました。私もテレビ版のお話のオチのほうが好きです。
(紫陽花さん)
本当に、タイミングというのはむつかしい、逃してはもう戻らない、「後で」と思っても自分の都合どうり思惑どうりには行かない。ここのお話しはもちろん、このシーンだけにとどまらず、うんうん…と 頷いて深く印象に残ります。
(のばらさん)
コメントになるほどそうだ、と相槌を打ちました。探し始めた時に名乗っていれば、新之助が現われた時に東吾が、双子だったかも知れないと気づいてくれていたかも知れないのに…。
(千姫さん)



源三郎が、この男らしい寛容さでいった。
「徳右衛門は、清太郎を我が子と信じたがっています。いや、すでにもう、信じているのでしょう。こちらが我が子と親が信じたのです。他人が口出しをする筋ではありますまい」
「藍染川」より
人は誰しも愚かであり、迷いの多いものだということをよくわかっている源さん、苦労人です!
   
親とても凡夫なりやと巻羽織
   

源さんの人となりがよく表されているお句ですね。新之助に安い同情をすることは何の役にも立たないことを知っている源さんならでは、ですね。
(浅黄裏さん)
まさに源さんらしさをあらわしてますよね。さすがです!
(みちころんろんさん)
源さんならではの言葉ですね さすが読売屋のねーさんです
(ぐりさん)
コメントにもほんとにそうだろうなあ…わたしには詠めないお句だああ、と思い、たまこさんならではの視点と芯があるような印象です。
(のばらさん)



たぶんラストの競作ポイントはこのへんですよね…
   
染める色染まる色あり春の川
   
水草の逢うて別れて流れゆく
   

最後の場面とともに、一話を通しての情感が、ゆっくりと伝わり広がるような二句ですね。
「染める色染まる色」…いいですね。私は「染まる色染める色」としてしまいます…。
(bf109さん)
「水草の〜」 たまこさんの今月のお句はどれも深くていいですね!こちらのお句は出会いと別れを繰り返す人生を水草で表現されていてまさに藍染川の世界をあらわしてますね。まるでシャンソンの歌詞のようでステキです。
(コシキブさん)
「茎立」も「水草」も「染まる色」も「凡夫」も深いですよね〜。言葉にするより、そっと味わっていたい。どれも大好きです。
(はなはなさん)



【おたま姐さんの現場検証 神田紺屋町(藍染川)】
神田という名のついている地域は、かなり広いです。JR中央線の神田⇒御茶ノ水⇒水道橋それに山手線の秋葉原のあたりがずっと神田です。大手町に隣合ったビジネス街は内神田――ここは昔はお城から神田橋御門を出た所。またその西側の一ツ橋御門を出ると、本屋街で有名な神保町です。神田川を越えると外神田で、神田明神や湯島聖堂などがあります。そして山手線の環の外側、日本橋と隣接した地域には、鍛冶町・乗物町・ 紺屋町と、昔の職人の町の名が今でも残っているのはとても嬉しいですね。

「藍染川」の舞台となる神田紺屋町は、藍染を手がける染物屋が軒を連ねていたということで、「江戸東京散歩」の切絵図で見ると、紺屋町の中を流れる細い細い水路が見られますが、これが藍染川でしょうか。「狂歌江都名所図会」に「紺屋町近くにありて藍染の川の流れも水浅黄」と詠まれるなど、当時は有名な川だったということですが、今はどこがそうなのか、全くわかりません。

神田紺屋町は、神田北乗物町をはさんで、北紺屋町・南紺屋町と分かれていますが、これは防災用の空き地を作るために、享保年間に、南側にあった紺屋町の一部が、北乗物町を越えて北側に移されたからだそうです。町名の由来をあらわす解説板が、南北に1箇所ずつ設けられています。
神田紺屋町の現場検証、ありがとうございました!町角で町名を見るだけでもワクワクしそうです。当時の「藍染川」はずい分有名な川だったようですね。
現場検証もありがとうございます。最近の市町村合併などで新しい市名が登場して昔の地名がどんどん消えていくのは寂しいと思っていました。神田にこうしてたくさんの昔の地名が残っているのは嬉しいことですね。
(浅黄裏さん)
東京にはお江戸の地名が結構残っているのですね 嬉しいことですね たまこさまありがとうございます 以前平岩先生も大川端から狸穴まで歩いてみたと何かで 書かれていましたやはり自分の足で確かめたりして見えるんだ と思いました
(ぐりさん)
いつも、現場検証ありがとうございます。毎月の御題になった御宿かわせみゆかりの地を知ることが出来て、とても嬉しいです。近くに住んでいるたまこさんが羨ましいですぅ。
(千姫さん)



 浅黄裏さんの五七五 

このお話を読みかえして、「息子」を思い出しました。大工を継がず商家に入った兄。反目しながらも大工を継いで実は誰よりも父親とは理解しあっていた小源。こういうふうに清太郎も新之助もふたりして井筒屋の息子になれていたかもしれないのに何故なれなかったのでしょう。息子の座は何故ひとつきりなのでしょうか。せめてひと言、新之助は決して「騙り」などではなかったと井筒屋に向かって弁護してやりたくなりました。
(浅黄裏さんの談)

志野の茶碗に濃緑の薄茶がやさしい手で点った。
一服すると口中が爽やかになって、心身共にすっきりする。
  (略)
「もう一服、召し上りますか」
うつむいたまま、訊いた。
「藍染川」より
この頃の七重さんの気持ちを読むとせつなくなります。たぎる湯には水をさして、自分の心を抑えていたのかもしれませんね。
   
たぎる湯は濃茶に点てず炉を塞ぐ
   

ここっ、七重さんをこんな風に詠みたかったんですよぉ〜!「たぎる湯」を使って何回も作り直したけど結局ボツ。やられたぁ〜って感じです。
なるほど〜浅黄裏さんはこう来たか。薄茶vs濃茶、「春の炉」と「炉を塞ぐ」… 自分でも茶道をやっていれば、もっと深く詠みこめるのにと、お茶もお花も門外漢のおたまは悔しく思うのでした。
(たまこさん)
素晴らしすぎてもうヘタな感想書けません。こんな風に詠めたらなぁ〜
(麦わらぼうしさん)
このお句で娘時代に少し茶道を習ったことをようやく思い出しました。その作法と七重さんの心情を綺麗に読み込んでおられて、浅黄裏様は茶道も上級者とお見受けしまた。でもお茶目なところも…宗匠のお句に情念系の発想が沸くのって可愛いです
(すみれさん)
見事に七重さんの心情が言い得てますね。素晴らしすぎます\(^o^)/
(みちころんろんさん)
ここも詠みたかった場面ですが、言葉が見つからなかったです。こんなふうに詠むんですねー。
(bf109さん)
私も茶道のたしなみが無いのでこの場面を詠むのがツラかった!そっかー、七重の薄茶にはそんな意味があったのね。
(コシキブさん)
凄いな〜心情的には情念系ですよね でも薄茶に立てるところがさらりとかわして見えますね うなってしまいました 薄茶と言うところが皆さん共通の思いなんですね
(ぐりさん)
“炉を塞ぐ”ってどんな状態なのかわからなくて調べました。お茶の心得まったくなしです。
(紫陽花さん)
そうなんですよ、お湯がたぎっていたんでしょうね、静かな中お茶をたてる音だけがしていたり…そういう音や間が感じられて、二人の空気、心情も感じるような印象でもう感服です!
(のばらさん)
「たぎる湯」は七重さんのひたむきさと「炉を塞ぐ」には七重さんのつつましさと…両面を感じて、ううーむと唸りました。七重さんは本当に良いお嬢さんですよね。
(はなはなさん)
この句は私の今月の一等賞です!釘付けになっちゃいました。七重のいじらしさ、思いやり、意地、全〜部感じられます。「たぎる湯」「濃茶に点てず」「炉を塞ぐ」全てパーフェクトです!!私なら、この言葉が浮かんでも(浮かぶはずもないのだけれど)もったいなくて、それぞれの言葉で三つの五七五を作っちゃうでしょう。
(千姫さん)



日本橋川を舟で上って鎌倉河岸へ、そこから紺屋町までは、歩いて僅かであった。
土手っぷちへ出ると、その下は藍染川であった。
「藍染川」より
初めが一緒でも結局は別々のところに流れていってしまうんだなぁと思って詠みました。
   
臍の緒も川もふたすじ水温む
   

臍の緒につながっている時から、同じ人生はないのですね。改めて納得です。
(ななかまどさん)



 みちころんろんさんの五七五 

東吾さんは「もしかしたら双子だったのかも…」と考えたようですが、果たして…(?_?) 真実を知っていなければならない父からして何もわからないとは… 本当のことは今となってはわからないのでしょうね(^_^;) もしかしたらわからないほうがいいのかも…
(UP後に)
今回の御題『藍染川』は、私にとっては最後の場面が切なくて一番心に染みてきました。どうしてあのようなことになってしまったのでしょう。詠みどころはたくさんあったのですが、なかなかそれを 表現できないのはいつものこと。皆様の御句を鑑賞させていただいて、またまた勉強させていただきました。
(みちころんろんさんの談)

   
長き歳月(トシ) 身に染みつきし 性分は 一夜二夜で 染め替えできず
   

みちころんろんさまは本当に短歌の天才ですね。自分には31文字はとてもできそうにありません(脱帽)。
(TERAIさん)
TERAI様、身に余る過分なお言葉をいただき、お世辞といえども面映い気持ちでいっぱいです。ありがとうございます。
(みちころんろんさん)
お世辞でもなんでもないです。私は31文字の方は全然駄目なんです。
(TERAIさん)
本当に、自分を変えることはむつかしい、そうせずにいられたらいい、でもせざるをえないときもあるけど…。新之助の居場所、見つかるといいなと思います。
(のばらさん)
みちころんろんさまの御作を拝見すると、本編を読まなくても情景が浮かんできそうです。「染め替え」カンタンにできるものならば、きっと新之助もお店を継いでいたでしょうね。でも清太郎もお光も不幸になってしまう。新之助さんは果たしてそれで我慢できただろうか、と考え込んでしまいました。清太郎だからこそ、新之助の不幸を我が身に背負ってもしっかりと生きていけるのではないか… やはり分相応、もって生まれた運命の違いがあったのでしょうね。
(はなはなさん)



「まことに身勝手なようでございますが、手前が、新之助と清太郎をくらべてみても、どうも、清太郎のほうが悴のように思えてなりません」
「藍染川」より
   
逢ひ初めは 我が子と断じ 引き取りて 後は違うと 父(オヤ)の身勝手
   




「お袋は、たしかに、俺を井筒屋の悴といいましたが、清太郎にも、そういったのなら、あいつが井筒屋の悴でしょう」
屈託のない笑顔に、えくぼが浮いた。
「藍染川」より
   
身を引きて 遥か遠くに 思ひ馳せ… 父母への愛(藍)は まことなりけり
   

父親とはうまくいかなかったけど、辛い立場を受け入れる形で、父への思いを表したのかもしれませんね。
そばにいるより遥か遠くから思う…それが父母への愛。辛い場面だけど暖かいものが感じられるお句ですね。
(麦わらぼうしさん)
リズムが良くて、情緒あふれるお歌ですね。
(すみれさん)
新之助の気持ちがよくわかりますね。私もそう思います。
(bf109さん)
愛と藍をかけたのがお上手ですねー。新之助の心には涙が流れていたと思います。
(コシキブさん)
子どもは一途に親を愛してくれます。私自身が最近、わが子からの愛に応えていないなあと反省しています。私事ですみません。
(ななかまどさん)
愛と藍をかけて見えるところが新之助の心情を表して見えますね
(ぐりさん)



 あるみさんの五七五 


 (UP後に)
母が逝って早一年あ〜っという間でした。会社のPCで時々覗いていたご本家からストファ、そしてはいくりんぐ…まさか自分が五七五をつくるなんて一年前には思ってもみませんでした。今はただ言葉を五七五にならべるだけですがもう少し季節や感情や風景とかいろんなものをよめたらとおもってます。(毎月、段々難しいと思うようになりました。)
(あるみさんの談)
「先刻、ごらんになりましたでしょう。井筒屋の番頭…吉次郎さんと申すのですけれど、お店のことで、とても心痛して居りましたの」」
「藍染川」より
   
さりげなく話しをそらすいじらしさ
   

なるほど〜あるみさんは直球勝負で来たか (どこまで「なるほど〜来たか」が続くんだ)
(たまこさん)
七重さんの気持ちを良く表しているようで、いいですねー。
(bf109さん)



別に、七重と、なにがあるわけでもないが、そういうことに関して東吾はいささか潔癖すぎる男でもある。
「藍染川」より
   
潔癖な男が作る恋の罪
   

このお句を読んで改めて東吾さんの作った「恋の罪」、きっと今は七重さんの心の中でちょっと切ないけど、遠い昔のいい思い出になってる…んだろうなあと思いました。
(のばらさん)
お話を読んでいるときはあまり違和感なく過ごしてしまいましたが、東吾さんの潔癖さとは「けじめ」ということなのではないかなぁ、と御作を拝見して思いました。それがかえってあだとなる…。東吾さんそのものずばりの御作ですね。
(はなはなさん)



「源さんが、二、三日、かわせみへ夜番に行けとさ」
そういっただけで、るいも嘉助も嬉しそうな顔をした。
「藍染川」より
   
友思い夜番を命ず巻羽織
   
浮き浮きと命ざられるままかわせみへ
   

(友思い〜」巻羽織句の登場ですね。今回私はできませんでした。さすがあるみさま。
(TERAIさん)
「友思い〜」巻羽織句同じところを詠んで見えますね 嬉しいです
「浮き浮きと〜」東吾さんの気持ちよく分かりますね
(ぐりさん)



源三郎が少しおかしそうに、なにかいいかけたが、それを中途でやめて、長助に訊いた。
「藍染川」より
   
源さんのやめた言葉が気にかかる
   

私も気になります。ナニを言おうとしたんでしょ畝。
本当に何を言おうとしたのでしょうか?ここは、ご常連のどなたかに続く言葉をお考えいただければ…(#^.^#)
(みちころんろんさん)
気になりますね。一方、言いかけて言わないのが源さんらしい気もします。
(ななかまどさん)



「仕方がねえんだよ。これでもせいぜいやってるんだ。ただ、物事がくい違っちまって、うまく行かねえ」
「あんまり、お父っつぁんに心配かけるなよ。猫をかぶれとは勧めねえが、郷に入らば郷に従えっていうだろう」
「藍染川」より
   
猫かぶりそれができない悲しさよ
   

あるみさんが詠まれいてるので「福ちゃんをかぶる源さん(?)」を妄想してしまいました〜〜。ちょっと下ぶくれちゃんという福ちゃんを頭に乗せている源さん♪
(のばらさん)



   
子を探しあの子はいやだこの子がいい
   

まるで「はないちもんめ」みたいですね。こんな思いをしたのだから、そんな時が来たら新之助には、いい父親になってほしいと思いました。
はないちもんめ、確かにそうですね。井筒屋、この子はダメだったからリセットして次の子にと、まるで{たまごっち}で遊ぶ現代の子供の感覚とたいして変わらないのでは…お句とこでまりさまのコメントを読んで思いました。
(麦わらぼうしさん)
私は徳右衛門の身勝手さと新之助の寂しさがめについて… こでまりさまのコメント「はないちもんめ」ぴったりです。本妻にばれたときは「おたねはいらない、本妻がいい」、本妻が死んだあとは「子供がほしい…は〜ないちも〜んめ」でした。それともっと新之助の寂しさをよめたらと思いました。
(あるみさん)



   
手に入れたはずの家族が流れてく
   

{藍染川}だから{流れてく}いい表現ですね。
(麦わらぼうしさん)
気持ちが率直に表現されていて心地良いです。せっかく父、兄弟に会えたのに…共に暮らすのが幸せとの決まりもないからこれでよいのかも。
(すみれさん)
とても好きです。流れていってしまいましたね。切ないです。
(みちころんろんさん)



 じゃからんださんの五七五 

とにかく今月のお話は詠みにくくて往生しました。私の読み込みが甘いせいなのですけど、詠みたい場面を絞るのにも一苦労 、自分が一体何を詠みたいのかを言語化するのには更に苦労しまして…最終的には「いいやもう、皆様の作品で勉強させて頂けば!」と腹をくくりました(汗)。いい加減もいいとこで申し訳ありません。
(UP後に)
いやあ今月も盛り沢山!堪能させて頂きました。自分が下手の横好きをやるようになってから、ますます目からウロコの度合いが増して、とても勉強になります…それを作品に活かせるようになれば理想的なのですが、なかなかそうはいきません(汗)
(じゃからんださんの談)

「なんで、東吾さんが茶道具屋を知っているんですか」
意外そうな源三郎に、東吾はちょいと、ぼんのくぼへ手をやった。
「俺だって、それくらいの風流心はあるさ」
るいにみつめられて、白状した。
「藍染川」より
最初の歌は東吾さんがここぞとばかりに「井筒屋なら知ってるぞ」とどなる場面。どなるっていうところがいかにもやんちゃな東吾さんらしくて、それに怪訝そうな反応を返す源さん、じっと見つめるだけで白状させてしまうおるいさんと、三者三様 、お馴染みの面々で大好きな場面です。
   
たまさかの風流心得いぶかられ女房に尻尾出されて終わる
   

るいさんの眼差し、東吾さんにはこわかったでしょうね。
(ななかまどさん)



新之助は海のみえる部屋で、やや年増の妓と飲んでいた。
「藍染川」より
二番目は深川新地の新之助さん。海は生命の母というだけあって潮騒を聞くだけでなぜか胸が騒ぎます。
   
春や春母の面影尋ねては遠いしじまに聞こゆる潮騒
   

親やお店の人とうまくいかず、母を知る人を探して、毎夜深川に通った新之助さんの気持ちはいじらしいですね。
新之助は結局、お母さんの面影に出会えたのでしょうか、せつないですね。
(のばらさん)
新之助の心中はいかばかりかと心が痛むような気がします。品川も海の見える街、きっと新之助は母の面影を海にも託していたのかも。
(はなはなさん)



三番目は藍染川の辺りで養子に出された清太郎さん。自分の腹を痛めた子でなくとも可愛がって育ててくれた養母やその周りの人々のお陰で、清太郎さんはまっとうに成長できたのでしょう。
   
藍染の川で別れし幼き子人の縁の守りの中で
   

今回のお話、新之助側から書かれているので、なんとなく清太郎が悪者みたいな感じがしてしまいますが、清太郎自身はなんも悪くないのですよね(悪いのは井筒屋!)。その清太郎に向けたじゃからんださまの優しさが感じられる暖かいお句ですね。
(麦わらぼうしさん)



その意味では同じ兄弟でも清太郎さんの方が運が良かった、ということになるのでしょうが、それでも人の縁というのはこの世限り、遅かれ早かれいつかは切れるもの。最初に縁があるかないかは運ですが、その縁をいかに活かすか、というのは当人次第です。端的に言えばほんの刹那だった井筒屋、そして東吾さんたちとの縁をこの先の人生で新之助さんが一体どうやって 活かしていくのか…と思って最後の歌を作りました。
   
逢い初めてやがて別れし人の縁浅きか深きか活かすか否か
   

短歌を作られる皆様はリズムを大事に詠まれているのがよくわかります。自分の言葉を多く持っていないとこんな風に作れないのでしょう♪
(すみれさん)
言葉の使い方がとても素敵です。人の縁…そうですよね、活かすか否かは自分次第なのでしょうか…
(みちころんろんさん)
人生をこのように生きなければいけないなーと思わせていただきました。
(bf109さん)
人との縁を活かすか否かで人生が変わるんですよね 其れをうまく詠んで見えますね
(ぐりさん)



 コシキブさんの五七五 

冒頭の東吾さんと七重さんの会話の場面が一番印象に残りました。ふだんはおるいさん贔屓の私なのですが、こうなると七重さんに肩入れしたい気分になります。狭い茶室で昔好きだった人とふたりきり、七重さんの胸中はどうだったのでしょう。
 (UP後に)
前回、お休みをしてしまい、今月は俳句の作り方の勘を取り戻すのが大変でした(-_-;) 肝心の井筒屋のお話についてはひとつも詠めませんでしたし。皆さんのを拝見して感性の深さに目からウロコの思いがしてます。
(コシキブさんの談)

「深川の長助の孫娘が初節句なんだ。源さんと俺で雛人形を祝ってやることになって、昨日、届けたんだが、長助の奴が有頂天になっちまいやがってさ」
「藍染川」より
東吾さん、前日は長助親分の孫に雛人形を届けたんですね。今日もお使いで忙しいこと。
   
雛の酒過ごして今朝は風光る
   

しんみりしたお話の中、明るいお句で、好きです。長助親分の喜びも伝わってくるようです。
(ななかまどさん)



この娘は、いつもそうだと東吾は思った。
二人きりで向い合っていて、気持が抜きさしならないところへたどりつく寸前に、身をかわして、その場の雰囲気を変えてしまう。
「藍染川」より
会話が進むにつれ二人の心情に静かな波が立ち、空気が濃くなっていく気がしました。
   
語るほど恋の残り香春座敷
   

空気、濃いです〜。この場も七重さんの賢明さに救われたようなものですね。肩入れしたくなるお気持ち、わかります。
その濃い空気が伝わってくるようなお句ですね。
(麦わらぼうしさん)
茶室の場面のはいくはどなたのも秀逸ですね。残り香はすてきな言い回しですね。
(すみれさん)
お茶室・お点前のシーンを詠まれた御句はみな、秀逸な作品ばかり!残り香、春座敷…素敵な言葉ですね。
(みちころんろんさん)
その場の、語るほど身動き取れなくなっていく雰囲気が伝わってきます。
(bf109さん)
本当に茶室の場面は皆さん素敵な句です
(ぐりさん)
やられました〜。確かに息苦しいような茶室だったのでしょうね。七重さんは東吾さんをもう思い切っているのでしょうが… 二人きりともなれば心が騒ぐのも仕方ないと思います。「若みどり」とも呼応して味わい深いです。
(はなはなさん)



兄妹のような関係から遂に発展することの無かった寂しさ。新緑を意味する若緑は季語としては早いと思いましたがお茶の色にかけてみました。
   
妹と思われし身よ若みどり
   

ず〜っと「こう来たか」と見てきて、コシキブさんの、このシーンピンポイント3連打で堪能しました!お雛様のイメージから導入され、「残り香春座敷」で情念系へ突入…? と思いきや、薄茶の「若みどり」で終わる流れ…いや〜まいりました!
(たまこさん)
結局は妹のように思われているんですよね わかみどりが明るいです
(ぐりさん)
最後の“若みどり”って何と思ったらお茶の色なんですね。二人の関係は確かにそんな感じがします。
(紫陽花さん)
七重さん、東吾さんには恋ではなくても、わたしはわたしで、妹のように大事に思ってくれていたんだ…と思うことが心を暖める日もくるんだろうなあと思いました。「若みどり」の言葉が本当にピッタリはまってる、若いふたりにぴったりだとと思いました。
(のばらさん)



 千姫さんの五七五 


るいを好きなのは、もとよりだが、七重にしたところで嫌いではない。嫌いどころか、時には抱きしめたいほど、男心をゆすぶられることがある。
「藍染川」より
大昔、懸命に働く同僚を見ていて尊敬の気持ちから、東吾のような気持ちになったことがあり、好きでもない相手に、と自分でもビックリした記憶があります。その時は私の中の「常識」が勝ったけれど、東吾の場合は七重の気持ちを知ってるわけだし…よく、踏み止まったと思いました。
   
愛おしく 昂ぶる心に るいの泪
   

千姫さんの「東吾のような気持ちになったことがあり」というコメントで「職場に七重さんのような女性がいて、その人を抱きしめたく なったのか?」と一瞬ビックリしましたが(爆)、あぁなるほど、別にふだん異性としての関心がある訳ではないのに、ある一瞬…という意味ですね。そういうことって、職場ではよくあるのではないかと思います。会社人間の亭主を持つ女房族としては、そのへんが気になるところではあるのですがね…
(たまこさん)
上級の競合ポイントで登場していない重要な女性、るいの泪、この語句がすごく効いていると思いました。茶室の清浄さとるいの泪が東吾さんのこころにブレーキを掛けてくれたのですもの
(すみれさん)
るいさんの涙が生きていますね その場を救ってくれたんですね
(ぐりさん)
「るいの泪」この字にはっとしました。東吾さんも罪作りな人ですが、「泪」を思えば心も止まるのですね。抱きしめたいほどの愛しさは、誰にでも感じるもの、東吾さんを責めるだけには留まらないところがステキです。
(はなはなさん)



新之助は父と暮らしたかったのではなく、探していると聞いたから父の口から母の事が聞けると、会いに来たのではないでしょうか。風来坊であっても、亡くなった母と暮らした所に戻ってくるし、母の墓参りもしている。母の、綺麗で元気だった時の面影を見つけたかったから出てきたのではないか…。
「藍染川」でるいと会って、やっと母と出会えたような気がしたのではないかと、私は思いました。
   
逢い初めし 母の思い出 胸に抱き
   

コメントの母への気持ちを拝見し、新之助の真意は本当にそうだったように思えてきました。せめてその思いだけでも、井筒屋に届いてほしかったです。
コメントを拝見してハッとしました。本当にそうかもしれないですね。だただ井筒屋というお店の倅になりたかったのなら今までにとっくに現れていた筈ですものね。
(浅黄裏さん)
千姫さま、こでまりさま、浅黄裏さまのコメントになるほどです。そう、きっとそうだったんでしょうね。
(麦わらぼうしさん)
千姫さまのコメントを読ませていただき、まさに新之助の心は千姫様の思い通りだったのではないでしょうか!!新之助は母の思い出をたどりたかったのでしょうね。
(みちころんろんさん)
千姫様のコメント、参りました。TERAI様の「母恋し…」にも相通じるところがありますね。
(ななかまどさん)
千姫様のコメント確かに父親と聞いても会いに行く気になったのは 母を求めてだったのかもしれませんね 娼妓はしてても おたねさん新之助さんにはいいお母さんだったんですね
(ぐりさん)
千姫さんのコメントにハッとさせられました。皆さまの感想にも。こちらもわたしには思いつかなかった視点です。改めてもう一度、本文を読み返したくなったお句です。
(のばらさん)



「俺の場合は、逢い初めが、お別れだ」
急に二人へ背をむけてずんずん歩いて行く。途中から走り出した。
その姿が、町角を折れてみえなくなった。
「藍染川」より
徳右衛門も清太郎も新之助も、血のつながった親子、兄弟が、やっと出会えたのに。皆が、落ち着くところに落ち着いたのだけれど…。
   
生き抜いて それぞれの春 もの哀し
   

兄弟でもやはりそれぞれの道があるのでしょうから、分かっただけで良かったん でしょうね。
(bf109さん)
清太郎と新之助、互いを思いやる気持ちもきっとあったと私は信じています。ただ、身に享けた「分」というものがそれを許さないこともあろうかと思います。それに思いを寄せられた御作が心に沁みます。
(はなはなさん)



 ぐりさんの五七五 

今月はいつものこととはいえ何か取っ掛かりが出来なくて難しかったです この二人双子だと分かったら井筒屋徳右衛門さん二人をどうしたでしょう、もう清太郎をじ分の子と信じてしまっているのに愛情わいたでしょうか? はじめっから分が悪い新之助対応援したくなってしまいます
(ぐりさんの談)

香苗さんの雛飾り
   
雛飾り 乙女心で 飾りつけ
   

今回のお話、ちょっと重いというか暗い感じもする中で、ぱっ!と明かりがついたような、ほっ、とさせられるお句ですね。
(麦わらぼうしさん)
いろいろな視点で物語を詠まれていてすごいなぁと思います。「乙女心」香苗さんにまでは思いが至りませんでした。清らかな香苗さんのたたずまいが伝わってきます。
(はなはなさん)



「手前は、その男に会って居りませんが、嘉助の話では、どうもまともでないと申して居ります。只今は病人で動けませんが、万一のことを考えて、東吾さんにかわせみへ泊って頂こういう、なかなか粋な配慮だとは思いませんか」
「藍染川」より
源さんの粋な計らい
   
「とのいして」 粋な配慮の 巻羽織
   

同じような視点で嬉しいです!
(TERAIさん)



るいが小さな吐息をついて、川を眺めた。
「どうしようもないんでしょうか」
  (略)
「あいつには、あいつの生き方があるんだろうよ」
「藍染川」より
井筒屋の跡取りにならなくても 宗悪くはなかったって人生を歩いて 貰いたい(人柄は悪くなくて人懐こいみたいだから 結構人に可愛がられそうですものね)
   
片えくぼ 道はいろいろ あるものさ
   
藍の川 愛を無くして 流されて
   
春霞 竿の染物 はためいて
   

井筒屋に執着することなく、「道はいろいろある」と新之助自身がよくわかっているみたいで、少し救われますね。
「人生いろいろ」だとおもいます。それぞれ幸せも違うでしょうから。
(bf109さん)
「春霞〜」目を閉じると、色鮮やかな川縁が目に浮かぶようです。
(ななかまどさん)



 にこにこ忍者さんの五七五 


他愛もないお喋りをしているところへ、麻生源右衛門が帰って来て、結局、東吾は老人の晩酌の相手をし、更けてから八丁堀へ帰った。
大川端の「かわせみ」へ寄らなかったのは、なんとなく、七重にも、るいにも、気をかねたからであった。
「藍染川」より
さて、毎度ぎりぎりでご迷惑をかけている18日深夜のにこにこ俳人、今月も苦しみぬいた末、いじらしい七重を春風にたとえてみました。
   
東風ほのか 香り振りきる 家路かな
   


束の間仕事を抜け出し、大急ぎで永代橋まで夜桜を撮りに往復しました。仕事が終わってからでは、橋のライトが消えてしまうからです。

東吾さんが麻生家から八丁堀に向って永代橋を渡った時は真っ暗だったことでしょうが、今ではこんなふうにライトアップされているのですね。お忙しい中をありがとうございました。
本当に幻想的で素晴らしい!お仕事中にわざわざ撮影に行ってくださったお気持ちにも感謝感激です。
(たまこさん)
綺麗ですね〜!時空を超えて、駆けていく東吾さんが現れそう〜
(麦わらぼうしさん)
夜桜の素敵な写真、お江戸へ昇った気持ちになれてとってもありがたく拝見しております。麦さまと同じく、東吾さん達の往来する姿が見える気がするから不思議です。
(すみれさん)
ライトアップされるとこんなに魅惑的で素敵なんですね。桜もとっても幻想的!別の世界にいるような感じ!一度、夜に行ってみたくなりました。
(みちころんろんさん)
「香り振りきる」いいですね〜。写真もきれいです。
(bf109さん)
東吾さんは振り切って帰宅したけれど、七重さんは一晩泣いたのでしょうか。気になります。
(ななかまどさん)
「東風ほのか〜」七重さんへの思いを振り切ってきたんですね 夜桜というのは妖艶な雰囲気がありますね 昼とは違う顔です
(ぐりさん)
ライトアップされた永代橋に桜なんてきれいなんでしょう。お仕事の合間の撮影大変でしたね。こんな素敵な写真もらってこでまりさんもうれしいだろうな。
(紫陽花さん)
振り切って帰らねばならないもの…そうして歩いていく東吾さんの後姿を想像させられました。お写真もバックのライトアップの色と浮かび上がる桜が本当にきれいです。
(のばらさん)
御作より写真の美しさについ目が行ってしまいました〜。申し訳ありません。東風、花を散らさずに香りまで届けてくれた、七重さんは幸せになれる人なのですものね。
(はなはなさん)



 こでまりの五七五 

はぁ〜〜、今月も苦しかったのですが、「藍染川」はあらためて良いお話だったと感じました。
(こでまりの談)

「俺が、もっと要領のいい男だと、よかったのかも知れないな」
心の底にあるものが、口に出た。
「藍染川」より
宿酔のせいかどうかわかりませんが、七重さんにそんなことを言っちゃダメですよね。
   
春の炉やことりと崩れ桜炭
   

このお句、好きです。最初、このお句は「情念系」かと思ったんです。だって、ふたりきりの茶室で「ことりと崩れ」るんですよ、桜炭が…。でもコメントを拝見して違うのがわかりました。すみません、勝手な妄想モードに入ってしまって(笑)。
(浅黄裏さん)
うーんお点前シーン句、〆はこれで決まりですわ。さすがというか何というか、心の底にあった言葉がぽろっと出たというところを、桜炭がことりと「崩れる」というイメージに…私には百年やっても無理です。「春の炉」つながりだけで光栄です!浅黄裏さんの御句との裏話も興味が尽きませんね。
しかしながら、「要領のいい」って東吾さんの言葉がちょっとねぇ… その後に作者が「潔癖すぎる」と評しているのも、なんか私の中では違和感があるんですけど。
(たまこさん)
「春の炉」つながり、こちらこそ光栄です。私は東吾さん側からですが、たまこさんが同じ季語で七重さん目線のお句だったのも、一読して興味深かったです。それにしても、浅黄裏さんに言われるまで「情念系」とは思ってもみず、ちょっと嬉しいです。
ところで、私もこの「要領のいい」は、七重さんにもるいさんにも失礼な発言だと思っていて、その後の「潔癖」もやはり「?」なんですよね〜。
余談ですが、「桜炭」は「佐倉炭」とも呼ばれお茶席で使う炭だそうです。ちょっと調べていたら見つけた言葉で綺麗なので使いましたが、季語ではないようです。
(こでまり@茶道知らず)
「潔癖すぎる」という表現、私もなんか違和感覚えました。「東吾さん、アンタがはっきりしないからるいさん、七重さん、どちらにもつらい想いさせるんじゃ〜!」と、最後までアンチ東吾さん目線の感想の麦でした…
(麦わらぼうしさん)
桜炭は、千葉県の佐倉地方で作られた良質の炭で、火の粉が立たないので茶席の炉に向いているのだそうです。(以下、余談です。ウバメガシで作る「備長炭」は「ビンチョウタン」と読んでましたが、正しくは「ビンチョウズミ」と読むのだそうです。もっとも今では「…タン」も間違いとは言えないそうですが…。「何気なく」を「何気に」という時代ですから・・・)
(七歩さん)
七歩さん、さすがに地元ですね。それともかをる様と一緒にお茶をたしなまれるのでしょうか。桜炭のこと、ありがとうございました。(ちなみにIMEでも一度で変換できますから、備長炭は「ビンチョウタン」と読んでいました)
(こでまり@茶道知らず)
この場面のお句はほんとにどれも素晴らしい!!これ以外にありません。こころを柔らかく保って、色々な言葉を知らないととっても詠めないです。自分は、ここは一番難しいと、初めから敬遠してしまいましたから。
(すみれさん)
まさに秀逸!トリを飾るにふさわしい素敵な御句ですね。私にとっては詠みたくても詠めなかったとっても難しいシーンだったんです。
(みちころんろんさん)
宗匠、さすがですねー。二人の心情にはひとことも触れずに「ことりと崩れ」でその場の空気を詠んでしまえるんですから。ストレートに「恋」なんて言葉を使ってしまった自分を恥じるしかないです。桜炭ってなんか桜の香りもしそうな気がしますね。
(コシキブさん)
これは最初「春の炉や手に懐かしき志野の碗」という句で、志野のお茶碗(七重さん)を手ばなしがたく思っている優柔不断な東吾さん、ってイメージで作りました。でも編集を始めたらビックリ!先月「漢字ばかり&御開帳」句ですみれさんとバッチリかぶったのに、今月も「春の炉&志野」でたまこさんとかぶってたのです。それでつい「春の炉」だけ残して作り直してしまいました。ごめんなさ〜い。
(こでまり)
宗匠の「志野の碗」もいいですね〜。すごく風情があって好きです。惜しむという雰囲気がちょっとズルい感じなんですね。そこも好きです。
(のばらさん)
この句も紫陽花さんと同じで 心情的には情念家でしょうか?ことりと崩れた桜炭が凄いと思いました 桜炭ー素敵な言葉ですね
要領のいい 潔癖 私もこの部分は?納得いかないところです 要領のいい東吾さんだったら「この後は読んでなかったと思います」
(ぐりさん)
今月は春期や旅の準備もあって忙しく、とうとう「はいくりんぐ」の感想が書けませんでした。すみません。でも、どうしてもひとつだけ。桜炭の「ことり」と崩れる音がいつまでたっても、ボクの耳に聞こえてきます。この句はすごいと思います。
(にこにこ忍者さん)
このお句もいいです〜。「ことり」という音、そしてお茶のお手前の音の感じられるお句で。このシーンの雰囲気が濃厚に凝縮されているみたいですごいです。
(のばらさん)
宗匠のはどれもはんなりと上質の華やかさが感じられる御作ばかりでした。「桜炭」も知らない言葉でしたし(私は情念系よりも心が崩れそう、と拝見しました)
(はなはなさん)
ははは、私はちゃんと理解しましたよ(本当に分かっているのかぁ〜)、こでまりさんの言う通り、言っちゃダメですよね、言った方より、言われた方が辛い言葉ですワ…
(千姫さん)



やっと出会えた喜びも束の間、「若旦那」となるための日々は、新之助にとっても井筒屋の人々にとっても、別れていた間の暮らしの違いを思い知る、辛いものとなりました。
   
掛け違う日々の長さや桜散る
   

今回のお話の主題というべきものを見事に五七五で表現されてますね。こんな風に詠んでみたいものです…
(麦わらぼうしさん)
「掛け違う日々」がいいですね。二人のそれまでの人生が分かるようで。
(bf109さん)
出会うまでの年月は長さと、結果は桜が咲いて散るほどの間に出てしまったという風に感じました。新之助の去り際は、桜の散る潔さにも似ていましたね。後からふぅ〜って淋しくなっちゃう。
(千姫さん)



新之助が、正面から東吾をみつめた。
「旦那に、訊いてもいいかね」
「なんだ」
「親はいるのかい」
「藍染川」より
東吾さんに家族のことを次々と訊く新之助。親とも店ともうまくやれない自分を変えるための何かを、何とか見つけたいという気持ちからだったように思いました。
   
親族(うから)はと真顔で訊ね朧の夜
   

親族は「うから」と読むのですか。目からウロコです!
(TERAIさん)
「真顔で訊ね」に、はっとします。本当に激しく肉親の愛を求めていたのですね。
(ななかまどさん)
親族(うから)こういう読み方があったんですね 真顔で尋ねが新之助の肉親への思いを表していますね やはりおたねさんは新之助には優しかったんではないでしょうか
(ぐりさん)
「桜散る」「朧の夜」も新之助の心を暖かい視線でごらんになっているようでいいなぁ、と思いました。
(はなはなさん)



「そうなんで……、お袋は俺と、もう一人の手をひいて、この川っぷちに来たんでさあ。来た時は三人、帰る時は二人だった」
「藍染川」より
おたねという母親は、なぜ清太郎を養子に出し新之助を手元に残したのでしょう。女一人で二人の子は育てられないと思った時に、もし手ばなすのであれば、行った先で可愛がってもらえそうな「出来の良い子」ではなかったか。人からはどう見えようと、新之助が母を恨んでいないことからも、おたねなりの愛情が新之助に通じていたのだと思います。父親が「出来の良い子」をとったことと思い合わせ、複雑な気持ちになりました。
でも昔三人でやって来たこの場所を一人で訪ね、新之助なりに心の整理がついたように感じました。
   
出来悪しき児の片えくぼ母子草
   
あんちゃんと呼びあふ子らの道分かつ逢初川に藍今日も揺れ
   

藍染川のお話が三十一文字に見事に凝縮されています。短歌で投稿される方が増えて、短歌の流れるリズムの良さを教えていただいています。
(すみれさん)
「母子草」は父親の視点でもあり、新之助の寄る辺ない気持ちのようにも感じた御作でした。
(はなはなさん)