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 麻生家の正月
新装版「神かくし」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
先月は「お気に入りアンケート」のためお休みにしましたが、お待たせしました〜、今月からまた、いつも通りに戻ります。

さて今月は、「麻生家の正月」を選びました。

大晦日、世間のみんなが忙しく立ち働くこの日、一人の女の子の誕生からお話は始まります。
今や「次世代かわせみ」の主役の一人、花世ちゃんです。
彼女を迎え喜びにわく中、「かわせみ」にはまた長助さんが事件(?)を運んできます。

さあ、今月はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成十八年一月)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俳句…皆様お上手ですね。
五七五という簡単な文字であれだけ簡潔に
かわせみの場面の喜怒哀楽が表現できるのですから、すごい!!
ボキャブラリーのなさの私は読み方だけですが、
十分楽しませてもらっています。
(moeさん)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 TERAIさんの五七五 

「麻生家の正月」は自分では何度も読んでいるかと思いましたが、意外と新鮮でした。一度校閲しましたが、最初の印象を大切にしたいので送ってしまいます。
 (UP後に)
今月はいつにも増して見どころいっぱい。皆様力が入っていますねえ。オマケも楽しみ♪
(TERAIさんの談)

そういう男が、父親になって息子に凧を作ってやれる道理がないので、東吾は数日前、凧に使う紙を持って畝家へ行き、源三郎と二人で、それに絵を描いた。
「麻生家の正月」より
   
東吾描き色塗り仕上げる巻羽織
   




私事ですが、姪のときは、父はエレベーターに大勢で乗っているときに、義弟から(携帯)電話があって出産を知ったそうです。
   
初めてのお産に立ち合いあたふたと(by鬼おこぜ)
   
照れ蛙 めでたく生まれて 頬濡らす
   

「三婆」に続いて照れ蛙の登場ですね。花世ちゃん、産声も蛙の潰れた声だったのかしら…。
(コシキブさん)
「初めての〜」お産の時の男性陣はいつもあたふたと何もできずにいるんですねー。私もじっと病院のソファーで待っていました。
(bf109さん)
TERAI様の照れ蛙の句もいい名と思いました
(ぐりさん)
「照れ蛙」は花世ちゃんの代名詞になりそうですね。TERAI様の一日投句素晴らしいです(#^.^#)
(みちころんろんさん)



居間へ通ると、ここも正月の飾りつけが出来ていて、なにかが違うと思ったら、東吾の座布団が新しくなっていた。
「本当はお元日からと思っていたのですけれど……」
どっちみち、元旦は兄のお供で年始まわりの東吾だから一日早く初下しだと、るいが笑う。
「麻生家の正月」より
   
座布団を一日早く出すこころ
   

前にもこんな場面があった気がしますが、るいさんらしい心配りですね。せっかく用意したんだから、元日より前だっていいじゃない、早く喜んでもらいたいですよね。
今月も一日投句でしたよね?巻羽織句はあるし、「はいくりんぐ季語」の鬼おこぜや照れ蛙の五七五もあるし。す、すごい。いったい頭の中がどうなっているのか見てみたい気がします。
元旦は、東吾の立場では祝言を挙げるまで共に過ごせない、るいにとっては淋しい日だったのですよね。だからこそ、大晦日には必ず顔をみせる東吾との「二人にとっての元旦」をさらりと詠んでいて惹かれました。「こころ」という言葉が丸ぁるく包み込む感じがしていいですね。
(千姫さん)
いやあ、そんなに深い意味があったのですね。そこまで深読みして詠んだわけじゃないんですよ。感想を読むと2度3度と楽しめるというのはこのことですね。ありがとうございました。
(TERAIさん)
出す「こころ」とズバリきますねぇ。なるほど座布団一枚♪
(にこにこ忍者さん)
わたしも“こころ”に座布団一枚(笑)
(紫陽花さん)



   
祝言の話出されて夢のよう
   




 七歩さんの五七五 

「麻生家の正月」のお題句、なぜかすらすらと早くに出来上がりました。珍しいことです。思うに、これは私がつねづね伊助のように女房孝行をし、かつ、宗太郎のように子供べったりの考えでいるため、その気持ちがよく理解できた所為(?)ではないかと涙ながらに反省しているところであります。また、東吾のように純真無垢のこころで若夫婦を見守っているから(?)でもありましょう。…すこし屠蘇を飲みすぎたかな?!
(七歩さんの談)

成程、これでは亭主なんぞいなくとも、と女房が突っ張る筈だと、店の外を廻って裏へ行くと、井戸端でせっせと洗い物をしている男が顔を上げて、東吾に気がつくと、立ち上ってお辞儀をした。
「麻生家の正月」より
   
初春の亭主関白腰くだけ
   
女房の腰巻あらう事始
   

「事始」を可笑しく、そして上手く使っていらっしゃるなあと思いました。でも伊助さんはこの「事始」で、自分の居場所を確かめたような気がします。
「女房の〜」一年の計は元旦にありというのにその元旦から女房の腰巻を洗うなどとは…と思う方もいらっしゃるでしょうね。この「事始」の使い方に七歩さんの普段は関白さまなのではとふと考えました。ふふふ。真偽は如何に。
(浅黄裏さん)
これはきつい突っ込みだ…。でも、残念でした。我が家の洗濯係りは七歩であります。ここ数年洗濯機へ風呂の残り湯をポンプで汲んで、洗剤に柔軟剤も適量を入れてスイッチを押すのは七歩の仕事なのです。正月だって同じですよ。ただし、洗濯物を干すのは、近所の手前もあってか奥方様が重い腰を上げられます。東吾さんが羨ましい。
(七歩さん)
七歩さま浅黄裏さまの洗濯問答にもフフフと笑ってしまいました(^-^)。
(のばらさん)
関白さまではなかったんですね。失礼しました〜♪
(浅黄裏さん)



「お前、なんだってここにいるんだ」
訊ねた東吾に、たて続けに頭を下げて、なんにもいわずに、又、洗濯にとりかかる。
暫く、その姿を眺めて、東吾は路地を出た。
「麻生家の正月」より
   
去年今年ひとそれぞれの性(サガ)に生き
   




七重にも、乳の出がよくなるようにと漢方の薬を飲ませ、
「乳もみまでして下さいましたの」
東吾のほうが真っ赤になった。
「お前、赤ん坊を産んでから、凄いことをいうようになったな」
「麻生家の正月」より
   
「乳もみ」と聞いて東吾も赤ん坊
   

あはは。笑うより汗が吹き出そうな五七五ですぅ。あっ、東吾が真っ赤になって「赤ん坊」なんですね。深く考え過ぎました(^_^;) 時々、ドキッとする五七五がありますねぇ。
(千姫さん)
そ、そのとおり、東吾が赤くなったので、[赤ん坊]なのですよ。千姫さんの深読みには、こちらが赤くなりましたよ。当方はもう古稀を過ぎましたので、とてもそんなことは思いも及ばなかった…なあ〜んちゃって!でも、千姫さんにそのように深読みさせるものがあった、ということは、意外に名句かも・・・・へへへっ
(七歩さん)
七歩さんの「へへへっ」の後には、とってもお茶目なペコチャンみたいに舌を出したイラストがついていたのですが、載せられなくてごめんなさ〜い。実は「名句」のおかげで私もちょっとだけ千姫さん的深読みをしちゃいました〜、あは。
(こでまり)
え〜とぉ、浅黄裏はまだまだお子ちゃまなので深読みはできませんでした〜(笑)。
(浅黄裏さん)
○○は弱し、されど母は強し 母になった時、もう「東吾」さんとは世界が違うのかも?
(bf109さん)



   
七重八重花のある世に生きる身は
   

七重さんと花世ちゃんの名前をうまく詠みこんだだけでなく、心に余韻の残るお句だと思います。
(コシキブさん)
七重さん、花世ちゃん二人の名前を上手に織り込まれ、これからの幸せな将来を暗示しているような御句ですね
(みちころんろんさん)



 すみれさんの五七五 

昨年はアンケートで思いがけずも沢山投票をいただいてしまって、ほんとうにびっくりしました。上手でないのはよーくわかっているのでのぼせてはおりません(^_^;) こつこつマイペースで進みます。干支が丑で正座は山羊なのです。素の私を知っている人は皆、はぁーん納得!、の顔つきになるのですよ(^_-)-☆
 (UP後に)
「麻生家の正月」拝見してきて、今月のポイントが「おむつ」だった!あれ〜詠めてない〜。宗太郎さんがあこがれの旦那様であると皆様に認められた証明ですね♪明るいお話ですから、みなさまのはいくも明るくて威勢がよくて気持ちよいものばかりでした。読み返してみると、沢山の夫婦模様があったのだなぁと 気づきました(遅い!) 通之進、香苗(武家代表で理想) 宗太郎、七重(現代風) 長助、おえい(商人代表) 東吾、るい(友達夫婦) 木村庵の夫婦(鬼嫁風) それに源三郎、お千絵(勤め人代表) 他人がなにを言おうと二人が好ければそれでよいのだ(きっぱり)
(すみれさんの談)

組屋敷のほうは静かだったが、八丁堀を出ると、大晦日らしく慌しい人通りがある。まだ掛け取りに歩いているらしい者や、正月用の買い物を下げて行く者、届け物を背負って行く者、みな気忙しげであった。
「麻生家の正月」より
新年に相応しい好きなおはなしです。読後感が良いのは誰も死なないし、不幸せになった人もいないからでしょうか。年の瀬の様子も武家と町人衆との違いがさりげなく描かれていますね。
   
商いは年惜しむより掛取りに
   
気ぜわしく行き交う町や年の空
   

ココ、私も詠みました〜♪
「干支が丑で正座は山羊なの」納得してど〜するの!!って軽く突っ込んでおきましょう(笑)「鬼おこぜ」って「はいくりんぐ季語」を考えたひらめきの良さは忘れていませんよー。
「商いは〜」今と違って昔は結構、年の暮ギリギリまで働いていましたよね。大掃除も家族総出だったし、畳も上げてましたよね。除けた家具の後ろに豆まきの時の豆が残っていたりして。集金の人も大晦日に来ていたような気がします。懐かしい昔をふっと思い出す句でした。
(千姫さん)
「気ぜわしく〜」忙しそうな大晦日の町を家路につくときの雰囲気は日本人として格別ですよね。
(にこにこ忍者さん)



麻生家、神林家みんなに待ち望まれて生まれてくる幸せな赤ちゃん。三大誕生話(源太郎、花世、千春)それぞれに家族の喜びにも事情の違いがあって、今回は明るく♪おめでとう♪ 宗太郎パパは現代風で全部のママにとって理想の旦那様ぶりですよね
   
愛し児や福はこび来て年の夜
   




「義父上がつけられたのです。いい名前でしょう」
「麻生家の正月」より
一番感激しているのはやっと念願のおじいちゃんになれた「鬼おこぜ」さんでしょう
   
初孫や墨の名おどる金目鯛
   




伊助とお静の夫婦は今でいう鬼嫁と気弱な亭主。夫婦のことは他からどう見えようと二人の間でしか解からないことが多いのは今も一緒。嫁がきついと色々言われるけれど、亭主がきついのは誰も気にしないのは何故かしら?
   
犬食わぬ喧嘩疲れて蕎麦湯かな
   

お蕎麦屋さんの夫婦らしさが効いている一句ですね。コメントの「亭主が…」が受けました!
あははは(^^ゞ確かに疲れたときに蕎麦湯は体に優しく染み渡りそう。すみれさん、お疲れ気味なのでは…。
(にこにこ忍者さん)
かわせみの面々はもう夫婦喧嘩には関わらないでしょうねえ。大喧嘩のあと、何食わぬ顔で向かい合って蕎麦湯をすする二人が想像できました。
(コシキブさん)
夫婦喧嘩は犬も食わぬとはよく言ったものですねー、本当に。
(bf109さん)
先日大喧嘩をしてまだまだ後を引いている私にも蕎麦湯があれば…(-_-;)
(みちころんろんさん)



 たまこさんの五七五 

「麻生家の正月」は、花世ちゃん誕生のおめでた話もさることながら、もう一つの物語がとても面白いんですよね。普通は、かわせみの人々のお節介が功を奏して事件解決となるのに、この話は、全く要らぬお節介だったというのが可笑しい。男性って、女性が思うほどには「世話女房」を求めていない、というのは、うちの亭主を見てもそう思うんですけど… (うーん、やっぱり悪妻の言い訳?かなぁ) しかし、面白いこちらの物語からは一句も出来なかったのが残念。
 (UP後に)
「麻生家の正月」UP拝見しましたよ〜〜 明日かなと思っていたんですが、休日返上のUP本当に有難うございました!「花世ラー」もウケちゃった。そして皆さんの「はいくりんぐ」に「参加したい!参加できて嬉しい!」という熱気みたいなものを感じました。これって「愛」だわよね〜♪
(たまこさんの談)

その七重は、布団に横たわったまま、親馬鹿丸出しの父親へ、嬉しそうな微笑をむけている。
「麻生家の正月」より
「鬼」といえば、「おこぜ殿」ですが、たぶん「鬼おこぜ」はたくさん集まると思ったので、元目付のほうを入れてみました。
   
初孫に鬼の目付も目尻下げ
   

やっぱりここは目付の目尻ですよね。目の付けどころがさすがー♪
(にこにこ忍者さん)
いいですね〜、目付けの目尻!!
(bf109さん)
たまこさまの目付けも流石に目の付け所が違うと思いました
(ぐりさん)
さすがでございます。何を隠そう私はオコゼで作ってしまいました(-_-;)
(みちころんろんさん)



「誰にもさせませんの」
襁褓を替えるのから、風呂に入れるのから、赤ん坊の世話は一切、宗太郎がやっているという。
「優しい人だとは思っていましたけれど、あんなにまめだとは知りませんでした。
「麻生家の正月」より
「男の育児」をうながすポスターになった芸能人夫妻は、結局離婚しちゃったみたいですが…宗太郎さんは実に時代の先を読んで いますねぇ。それともただの親馬鹿?
   
平成の世にも範なり美男医師
   

宗太郎さんはもちろんですが、このお句も添えてポスターにしたいです!



すみません、なんだかオムツの五七五ばっかりになっちゃって。例によって、源さんは登場しないお話でも、無理やり町廻りの源さんを詠むという「マイルール」に従って…本所を廻っているとき、麻生邸に ひるがえるオムツを目にした源さんも、さすがにオムツ干しの「下手人」までは気づかなかったのではないでしょうか(笑)。
   
初春の風に連れ舞う襁褓かな
   
小名木川襁褓背に行く巻羽織
   

「小名木川〜」さすがスト・ファのおたま姐さん。今回の巻羽織句無いと読んで詠みましたね。しかもオムツ干しの「下手人」には思わず噴出してしまいました。恐れ入谷の鬼子母神ですぅ。
(千姫さん)
たまこさまのマイルール貫徹は流石!おむつと巻羽織のミスマッチな取り合わせも何故かお江戸の風景の中では自然ですね。
(コシキブさん)
たまこさまがムリヤリの「巻羽織」にも脱帽です♪きっとよそながらに麻生家も見回っているのですね、心優しい源さんの背中が見えるようです〜。
(はなはなさん)
マイルール!さすがおたま姐さんです。無理にでも読む。その心意気をみならわなくては。
(紫陽花さん)



 みちころんろんさんの五七五 

今月の御題ですが、新年にふさわしく、そして今年秋からの「かわせみ」の主役になるかもしれない最初のキッズの誕生のお話ですね。いつの時代も、子ども&孫の誕生に右往左往するのは、男達!その表情が詠めれば…☆♪そして、夫婦の機微…☆♪難 しいですね…(-_-;)
 (UP後に)
皆様、華やいだ感じの御句が多いように思いました。お正月ですものね〜、それに「花世ちゃん」誕生!皆様、参加せずにはいられない!ってところでしょうか(*^-')b☆ 今月は「おむつ」が競作のポイントだったのですね。私は「おむつ」よりも出産当日の待つ側の人たちが気になってしまいました。自分の時のことと重ね合わせて考えてしまったからかもしれません。皆様の御句から新年を迎えて「はいくりんぐ」によせる熱き思いを感じさせていただきました〜\(^o^)/
(みちころんろんさんの談)

「義父上も、いよいよ、祖父様ですな」
源右衛門を落ちつかせるつもりで、東吾は喋り出したのだが、声が上ずっていた。
「手前も、叔父さんになるわけで……」
「麻生家の正月」より
いつの時代もこのときばかりは…(^_^;) 
   
おろおろと 爺やも叔父も 出番なし
   

花世ちゃんのお祖父さんも叔父さんもおろおろでしたが、何よりお父さんがしっかりしていて安心でしたね。でも東吾さんが「伯父」でなく「叔父」なのは何故?と思ってしまいました。
そうですね、こればっかりは出番と言っても…。私も姪や甥の時、おろおろとしかしょうがなかったですわ。
(千姫さん)
そもそも東吾さんは「おじさん」なんでしょうか…?という疑問が出てきました。通之進さんが花世ちゃんの義理の伯父なのは間違いないのですが、東吾さんはおじさんではないような気がしてきました。花世ちゃんは、東吾さんから見たら義理の姉の妹の娘。東吾さんは、花世ちゃんから見たら義理の伯父の弟。現代では、すでに叔父とも伯父とも呼ばない関係なのではないかと思い始めました。難しいですね。正解はなんだろう。
(浅黄裏さん)
そうなんですよね、「小父さん」でもいいかもしれないと思うくらい。普段から漢字にこだわりがあると思われる平岩先生が、何故「叔父」にしたかということに、やっぱり興味がわきます。
お句に直接関係ない話なのに、みちころんろんさんの所で盛り上がっちゃって、ごめんなさいね。
(こでまり)
「はたして東吾さんは、花世ちゃんの叔父さんなのか?」っていうのも、私も疑問だったんですよね〜。自分の家族に置き換えて考えてみると、結婚式で会っただけの完全な他人っていう感じだし(笑)。作者もあんまり深く考えなくて「伯父(通之進)の弟だから叔父」って書かれたのかもしれません、もしかしたら、通之進・東吾兄弟はご自分のご親戚の中にモデルがあるようなことも書かれていたし、遠い関係だけど自分の意識の中では「叔父さん」という存在があったのかもしれませんね。とにかく伯父でも叔父でも小父さんでもいいから身近に東吾さんみたいな人がいたら嬉しいわぁ。
(たまこさん)
東吾さんがなぜ「叔父」を名乗っているのか?!というのも、そういえばそうですよね。常々東吾さんは自分にとっても麻生殿を「義父上」と呼んでいるし、七重さんを「義妹」と思っている、それプラス七重さんの出産を麻生殿と一緒に緊張して待っていて東吾さんも若干逆上気味な場面、と言うことで東吾さんの気持ちを表して「叔父」と言う漢字を当てられたのかなとか。日ごろから行き来も頻繁ですし、たぶん当の東吾さんが自分を「叔父」なのだと思っているということなんじゃないかしら〜とも思いました。
(のばらさん)
たまこさんの「伯父(通之進)の弟だから叔父」案は目からウロコでした。私は一般的な「父母の兄=伯父、父母の弟=叔父」の発想しかなかったので、すごく納得です。またしても、みちころんろんさん、すみませ〜ん。
(こでまり)
やっぱり「伯父の弟で叔父」が一番ストレートかもしれませんね〜。みちころんろんさまのお句であらためて出産を外で待ってる方もなんとも気をもんで心もとないものだろうなあと思いました。
(のばらさん)
そういえば私も東吾さんが『叔父」というとこちょっと引っかかっていました皆様の意見を伺ってめからうろこのところがおおかったです
(ぐりさん)
東吾さんの「叔父」の件ですが、もともと麻生の殿様を「義父上」と呼んでいること からしてかなり近しい親戚感覚があったのでは、と思いました。あるいは江戸時代は 姻戚関係でもそう呼ぶしきたりだったのかも。
(コシキブさん)
叔父?って私も思ったけど義理の兄さんの弟も叔父なんだとすなおに思ってしまいました。みなさんの意見なるほどと拝見しました。近所に住む従弟のお嫁さんが私のことを「おねえさん」と呼びます。これは正解なんでしょうか?私はなんか違和感を感じているんですが。
(紫陽花さん)



いつも強面の麻生源衛門様も産声をあげた姫にはメロメロですね〜(^v^)
   
鬼おこぜ 破顔一笑 姫誕生
   

破顔一笑、姫誕生、の韻をふむ感じがリズミカルでいいですね。
(コシキブさん)



帰りがけに、深川の長寿庵へ寄ったのは、宗太郎が年越し蕎麦を註文するのを忘れていたといったせいで(略)
仕方なく深川まで行き長寿庵をのぞいて、長助に
「忙しいところを、すまないが……」
と事情を話すと、長助が真っ赤になって怒った。
「麻生家の正月」より
大晦日もお正月もこれにかかっちゃ後回しですよね〜♪
   
大晦日 蕎麦も忘れる 一大事!
   
東吾さまの優しさと、長助さんの心意気!
   
蕎麦と聞きゃ 俺の出番だ まかせとけ めでたさひとしお 腕ふるいやす!
   

「大晦日〜」わが奥方も年末28日だそうで、周りの方もさぞや と思いました。
(bf109さん)



東吾が声をからしても、宗太郎には馬の耳に念仏のようであった。
「麻生家の正月」より
理想の父親であり夫ですね〜!七重さまが羨ましい!
   
親馬鹿と 言いたい奴には 言わせとけ by 宗太郎
   




どのようなことがお互いの関係を深く結びつけているのか…十人十色いろいろありますよね〜☆
   
わからぬは 夫婦と親の 気持ちかな
   




 コシキブさんの五七五 

大晦日からお正月にかけてのお話だったので季語がふんだんに盛り込まれていて嬉しかったです(^。^) 花世ちゃん誕生のエピソードを懐かしく読み返しました。平岩先生は花世ちゃんへの思い入れが強いように感じるので、「明治篇」は花世ちゃん中心のお話になるのでは、と大胆予想しています。
 (UP後に)
昨日、寝るまぎわに発見!おかげで布団に入るのが1時間遅れました(^_^) 大晦日からお正月にかけてのお話だったのですが、それぞれの時間と空気の違いが鮮明に出ていて興味深かったです。盛りだくさんのエピソードでどこがポイントになるのかなと思ってました。オムツのお句多かったですね。視覚的にも絵になりますね。
(コシキブさんの談)

「大晦日に産気づくとは、七坊らしいですね」
駕籠脇について歩きながら、東吾は兄嫁に話しかけた。
「ほんに人さわがせな子で……」
「麻生家の正月」より
大晦日の突然の陣痛の知らせに皆あたふたとしている様子がほほえましいですね。神林家にも麻生家にも久しぶりの赤ちゃんなので緊張感もひとしおなのでしょう。
   
暮れの町早駕籠走る本所まで
   




「若先生らしくもねえ。水くせえことをおっしゃらねえで下さいまし。麻生様に赤ちゃんがお生まれなすっただけでもおめでてえのに、明日は元日、なにがなんでも年越し蕎麦はこの長寿庵のを召し上って頂きてえ。これから、あっしが仕度をしてお屋敷へうかがい、出来たての奴を差し上げます。どうか、あっしにおまかせなすって下さい」
「麻生家の正月」より
東吾のたのみに答える長助の啖呵が気持ち良いですね。さすが深川育ちの江戸っ子!拍手したいような気風のよさです。
   
晦日蕎麦人にゃ任せぬ男気よ
   

ここは私も気に入っていた所なんですが どうも言葉が出てこなかったのです。
(bf109さん)
この場面、このように17文字で端的に表現されてこのように表現できるようになりたい…(#^.^#)
(みちころんろんさん)



「すまないが、年越し蕎麦を食ったら、屋敷へ帰る。兄上も義姉上も、本所なのでね」
大晦日に、屋敷が奉公人だけというのは具合が悪いからといいわけして、東吾はるいをみつめた。
「その代り、来年の年の暮は晴れて夫婦で年越しが出来る」
「麻生家の正月」より
この時のおるいさんの胸中は計り知れないものがあると思います。長年耐えてきた日々がやっと 報われるのですから…。
   
訪いを待つ日遠くへ除夜の鐘
   




赤ちゃんはいるだけで周囲を幸せにするパワーがありますよね。一子誕生、お正月と華やぐ麻生家の空気が伝わってくるお話でした。
   
花の世の息吹聞こえし初御空
   

昨年は掲示板でも姪御さんの誕生のお知らせがありましたが、その書き込みからも、まわりの大人たちが「息吹」をもらっているのがわかりましたね。「初御空」がコメント通りの雰囲気をよく伝えてくれています。



お正月から東吾さんは伊助夫婦の騒動や宗太郎夫婦に唖然とさせられてました。でも夫婦のありようは様々ですからね。おるいさんという恋人がいても、まだそのへんの機微がわかってないのかもしれませんね。
   
泣き笑い夫婦双六またひとつ
   

本当に夫婦の姿はそれぞれなんですね。双六に見立てたのがうまいなぁって思いました。
(千姫さん)
千姫さま、コメントありがとうございました!今月は同じ言葉を使ったお句が多いだけに、使いかたに個性が表れてますよね。
(コシキブさん)



 紫陽花さんの五七五 

「麻生家の正月」いいお話ですよね。読んでいて楽しくて幸せを分けてもらえる一話で大好きです。五七五ができるかどうかはまた別の問題ですが(笑)
 (UP後に)
今月のお題が発表されているのに先月の感想を送ります。きっとTERAI先生から今月分の五七五が届いているんだろうなぁ(笑) 競作のポイントが襁褓だったとは!。わたしも詠んだけど(笑) 皆さんのを拝見するとそういう見方もあるんだなぁとはっとさせられます。それにしても今では襁を干す光景を見ることはないでしょうねぇ。
(紫陽花さんの談)

濃い紫に梅を染めた正月の晴れ着姿のるいが、いそいそと出迎えて、東吾は嘉助やお吉に、おめでとうをいいながら、居間へ通った。
「麻生家の正月」より
   
迎え出る晴れ着の君に目をほそめ
   

「迎え出る」って、いかにも待っていたという感じが出ていますね。それに「晴れ着」を着るのも全部東吾さんのため、ということがちゃんとわかっている二人なんでしょうね。
こんなときの照れくささ、女性がお詠みになるとまた新鮮です。
(にこにこ忍者さん)
こんな風に迎えてもらいたいなーと思いました。 迎えるほうと迎えられるほうの気持ちが一つなのを感じます。
(bf109さん)



   
襁褓干す手の冷たさも気にならず
   

宗太郎が襁褓を洗っている事に気を取られすぎて、水が冷たい事を忘れていました。あの宗太郎が父親になったのですねぇ(しみじみ…)。
(千姫さん)
このような殿方が今後多くなりますことを… でも、母でも父でもやっぱり子どもの為なら何でもできますよね〜!
(みちころんろんさん)



麻生家へ行ってみると、嘉助がいた。
「いい鯛が入りましたんで、お祝にお届けに参りましたので……」
「麻生家の正月」より
あまり“鯛”っぽくないのですが…
最初に動くまで30秒かかります。その次の動きまで5秒です。その次まで45秒。この3つの繰り返しです。

おめでたい(旨そーな)イラストをありがとうございます!
湯のみ&茶たく君が狙ってる鯛(あ、動いた!) 立派ですねぇ!
(あっちの管理人さん)
紫陽花さんの鯛も鮮やか!動くのを 見逃すまいと瞬きもせず見つめてしまいます。
(コシキブさん)
やはり競作ポイントはここなのねぇと思ったり、鯛や凧の鮮やかさにみとれたりしていました。そうそう、鯛は砂時計を傍に置いて見てました(笑)。
(浅黄裏さん)
おめで「鯛」の動くのを数えて待ってみていました。
(すみれさん)
茶托くんと湯のみくんじぃ〜っと動くのを秒数を数えながら待ってました〜(*^_^*)
(あるみさん)
湯飲み君とお茶托君を凝視して待ってみました〜。うう、なおさら愛らしい…。
(のばらさん)
今月は鯛の鮮度が悪くなるといけないから狐火君はいないのかなぁ?動くのがわからない間、桶と鯛の腹の部分あたりが騙し絵になっているのかな?って考えたりしていました。鯛がお口を開けて跳ねてびっくり!!紫陽花さん、こうきたかって(笑)
(千姫さん)
80秒間、お正月をしみじみと味わいました。
(にこにこ忍者さん)
茶托くん達もイキのいい鯛にビックリ!本当にオメデ鯛イラストで素敵です
(みちころんろんさん)



 千姫さんの五七五 

東吾の大晦日の日、ほんのちょっとの間もかわせみに通うマメマメしさを、なんとか五七五にしたかったのですが、出来ません〜。UPされた後、悩んでも詠めなかった所を人がどのような句にしているのかとても楽しみで、力の無さをつくづくと思い知ります(一時だけなのですが… 開き直らないと、とても続けられませんものォ)
 (UP後に)
引用部分は私に関して言えば「何処から考えたと何も書いてないのに、どうして此処がわかったのやろ」とUPされてからびっくりして、喜ぶこと喜ぶ事。分かってくれてるんやって、嬉しくなっちゃう。感想も雪掻きや月末締めの邪魔にならなければよいけれど、と思っています。まだ寒い日が続いています、お身体に気をつけて。
(千姫さんの談)

方月館は、次男坊の部屋住みだった東吾にとって心の支えであったし、方斎は尊敬出来る師であった。おとせや正吉や善助、そして大勢の門弟達と別れがたい思いがある。
「麻生家の正月」より
東吾の気持ちを考えると、胸がキュンとなります
   
去りがたし わが青春の 方月館
   

ココ、私も詠みました〜♪「去りがたし」は出てこなかった言葉で、東吾さんの気持ちをよく表していて、思わず「そうそう」と言いたくなりました。
今度出仕することになった東吾さんとお兄様にまつわる方月館でのエピソードだけが唯一しんみりというか、兄弟愛を交えた将来への決意と青春への惜別が籠っていて、自分で詠みたいと思いつつも詠めなかった名場面なので、作品を拝見して目から鱗の思いです。
(じゃからんださん)
うっれしいな〜、宗匠と同じところが詠みたいと思うなんて!!私のは体育系の青年で、宗匠のは知的な青年の青春でしたね(笑)出来た時よりUPされてからの方が、颯爽とマントを翻しながら言う台詞みたいで好きになりました(早々に自我自讃)。「御宿かわせみ」からの引用部を私に頂いちゃって、おかたじけです。
(千姫さん)
「かわせみ」の大きなくぎれの一つを感じる句ですねー。
(bf109さん)



冬の陽の中に取り残された東吾の目に、ずらりと竿に並んだ襁褓が壮観であった。
「麻生家の正月」より
宗太郎が東吾に意見されなからも、襁褓を洗って晴れ晴れとした態度が気持ちいいです。襁褓を竿にずらーって干して、風にはためいている姿から、谷に掛けたこいのぼりが浮かびました。
   
青空に 千代田のお城 凧・襁褓
   

わあ、「千代田のお城」がお正月らしくまさに天晴れ!遠くにお城、目の前には壮観なおむつ。まさに絵のようなお句ですね。
(コシキブさん)
お城と凧と襁褓がならんでいるのがなんか気持ちよくて好き。
(紫陽花さん)
青空にはためくものは真っ白なおむつ!壮観でしょうね〜!その後ろにお城が!気持ちいいかも〜
(みちころんろんさん)



 あっちの管理人さんの五七五 

今年の目標は掲示板でも書いたけど、もう少し早く提出するぞ!と気持ちだけは持って望みたいと思っています。いつも締切りぎりぎりでご迷惑をおかけしていましたので、そうならないようにがんばります!2006年年明け第一弾は大好きな「麻生家の正月」。暮も暮れ、なんと大晦日に誕生した花世ちゃん。東吾さんとるいさんの祝言前の最後の年越しの様子も描かれて、初春に相応しいお目出度いお話ですね。ラストシーンの東吾さんと宗太郎さんのやりとりも詠んでみたかったけどどうもうまくまとまらなくて、皆さんのお句に期待することにします。
(あっちの管理人さんの談)

不安が胸をかすめ、思わず源右衛門をみる。
老人は唇を慄わせていた。
「手前が……」
みて参りますといいかけた時、鮮やかなほど大きく赤ん坊が泣いた。一度途切れて、又、大きく。
「麻生家の正月」より
産室に入ってもなかなか産れてこない子に、思わず手を合わせとにかく無事でと願うものなのでしょうね。
   
神仏に無事を願いて合掌す 春待つ部屋に産声高く
   

赤ちゃんと七重さんのことを思う二人の気持ちに、こちらまでジンとしましたね。その長い不安が「産声高く」で一気に喜びに変わった瞬間を、よく詠まれていると思いました。
息子は病院だったので産声を聞けませんでした。聞きたかったですねー。男にも実感がわくと思います。
(bf109さん)
新しい生命の誕生!いつの時代も皆、落ちつかなくてやはり手を合わせて無事の誕生を願っていたのでしょうね
(みちころんろんさん)



花世ちゃんの誕生に、大晦日に産れた粗忽者と東吾さんは笑いますが、なんの麻生家には一日早く初春がやって来たということで、源右衛門爺様は「でかしたぞ!」と豪快に笑ってそう。
   
待ちわびた吾子の笑顔に初春(はる)来る
   

これは親になった宗太郎さんと七重さんの心境かな。宗太郎さんと七重さんが喜び合う場面は出てきませんでしたが、宗さまのことですから、さぞ優しい言葉をかけてねぎらってあげたことでしょうね。
(コシキブさん)



「六月から、奉行所へ出仕するんだ」
見習として正式に御奉公に出ることが決った。
「兄上が、そうなってから祝言をあげたほうがよいだろうといわれてね」
「麻生家の正月」より
年末年始はなかなか家をあけにくい東吾さん、るいさんにしてみれば毎年寂しい大晦日と三が日をおくっていたけど、それも今年で終り。来年は晴れて夫婦に…このシーンも詠んで見たかったけど「年の暮れ」のところを「除夜の鐘」としてもどちらも師走になっちゃうし… うーん、どうしたらいんだろう。
   
来年は晴れて夫婦(めおと)で年の暮れ
   

あっちの管理人さんがどれだけこの日を待ち望んでいたか、詠みながらウルウルしているのではないかと思うくらい気持ちが入っていて、それが伝わってきます。思わずあっちの管理人さんに向かって「おめでとう!」って言ってしまいそうです。
(千姫さん)



 浅黄裏さんの五七五 

今月のお話は何と言ってもおめでたいので、きっと皆さんも楽しい気持ちでお句を作られたのではないかと思っています。さて、七重さんに赤ちゃんが生まれたと聞いたその日に来年六月に祝言をと東吾さんに言われて、るいさんは本当に嬉しかっただろうと思いました。るいさんの性格ならきっと七重さんの無事な出産を祝福したでしょう。でも我が身を振り返るとき一抹の寂しさを感じないわけではなかったと思うからです。
(浅黄裏さんの談)

東吾が源右衛門をうながして、そこから遠くもない、若夫婦の居間へ入った。
ここも、午後の陽が障子に当っていて、明るく暖かい。
「麻生家の正月」より
祖父と叔父になるふたりが待つ部屋で、冬の陽が差す障子。産声が聞こえた瞬間に白く輝いたのではと想像してみました。
   
目出度さに白さ弥増す障子かな
   

コメントの意味、よおく解かりますぅ。心配事があると、見ているものに色があることさえ忘れていますもの。そしてある日突然、色を感じて「ああ、今まで気を張り詰めていたんだなぁ」と気が付くことがあります。
「弥」が、眩しいほどの障子の白さをうまく表わしているなぁ、と感心しています。「障子の白さ」が分かる私達はやはり、東吾に言われた初老なんでしょうかねぇ…
(千姫さん)
初老なんでしょうねえ…
(こでまり@同い年)
障子の白さをめぐっての惑惑3人組の慨嘆が笑えた♪
(たまこさん)
「障子の白さ」問答、そこはかとなく笑えました〜。
(のばらさん)
「障子の白さ」がわかるのは初老ゆえかの問題ですが、これは去年あたりから老眼が始まった私にしてみればたしかにそうかも、としか言えません。平岩先生のおっしゃる40歳初老説もこれで定説となりますか…。いずれのコメント(千姫さん、こでまりさん、私)もラストに「…」がつくところが歯切れ悪いのですが(苦笑)。
(浅黄裏さん)
「初老」という言葉はどうやら40歳の年の異名だそうです。よく耳にするのは40歳「不惑」なのですが、どうも「初老」というのも正式のようです。
(さっとさん)
そうですか。異名として正式なんですか。じゃあ、もう逃れられないんですね、わはは。
(浅黄裏さん)
惑惑組の方々、「不惑」を過ぎればあとはもう開きなおるだけですよ(^^♪
(すみれさん)
惑惑組が初老なら〜はなんになるのかことばにするも。。。しい すみれ様のおっしゃるように開き直ってしかないか
(ぐりさん)
産声とともにお正月を控えて張り替えた障子がパァ〜っと光り輝いたのでしょうね。こちらの御句も皆様で盛り上がってらっしゃる(^v^) 「不惑」に「初老」ですか…耳ふさいでちゃダメですよね〜
(みちころんろんさん)



米つきばったのようにあっちこっちへお辞儀をして、まだ鳴り続けている除夜の鐘の中を帰って行った。
  (略)
長火鉢に土鍋をかけ、味噌仕立ての汁の中へ蛤や大根などを入れていたお吉が早速、喋り出した。
「麻生家の正月」より
大根は薄いイチョウ切りか千六本でしょうか。分厚いとなかなか煮えなくて、味噌仕立ての汁が煮詰まってしまいそうなので…。ここのところはいつも涎が出そうになります。
   
蛤に大根煮えて年かわる
   

ごっくん♪大根は千六本だと思います。「仕掛人梅庵」に似たような料理が出てきて、再現したことあるのですが、さっと大根が透明になった頃合いが美味です?
(にこにこ忍者さん)
かわせみの鍋料理でもこの蛤鍋が一番美味しそう! このお句を読んで味噌仕立てのこのお鍋を絶対再現してみようと決心しました。
(コシキブさん)



腰巻を洗う夫がいて、襁褓を洗う父がいる。東吾さんがどんなに呆れようとも二人は満足なんですから仕方ないですね(笑)。
   
腰巻も襁褓もゆれて松とれる
   

「腰巻も襁褓も」が、それぞれの幸せや楽しみをよく表していて、「松とれる」で新年の明るい雰囲気も感じられるお句ですね。
本当にいろいろな形の夫婦がいますねー。二人でバランスをとってやっていればいいんですよねー。
(bf109さん)
いろいろあった忙しい正月だったなぁ…という東吾さんの声が聞こえそう。
(紫陽花さん)



 はなはなさんの五七五 

「麻生家の正月」皆さん腕が鳴ったのではないでしょうか。ポイント満載で、私もどこにしようかなぁ、と迷ってました。正月のうらうらとした雰囲気が充満した、おめでたい話ですよね。伊助とお静も元の鞘、花世ちゃんは生まれるし、宗太郎先生は幸せなお父さんしてるし、七重さんも源右衛門のとのさまも天下泰平、兄上から出仕を言い渡された東吾さんだけがちょっとあたふた。るいさんも祝言の約束をもらって幸せな年暮れでしたし♪たくさんできたのですが、今年こそ取捨選択と推敲を肝に銘じて、季語もちゃんと入れて提出しようと思っています。〆切もちゃんと守って…できるかな〜早々に心配になってます(爆)
 (UP後に)
「わ〜私もここ詠みたかったんだ」「うーむ、オムツはこういうふうに詠めるのか」と感心しきりです〜。 ほのぼのとした江戸のお正月がいっぱいで、思わずにこにこしてしまいそう。
(はなはなさんの談)

なにもすることのなくなった東吾が自分の部屋へ閉じこもって、凧作りを始めたのは、同じ八丁堀の畝源三郎の長男、源太郎に、正月は凧あげにつれて行ってやると約束していたのを思い出したからである。
  (略)
兄の声がしたので、東吾は凧をおいて立ち上った。
「麻生家の正月」より
ここもポイントだろうな、と思っています。東吾さんが器用に凧を作っていますが、あの凧、「七重、産気づく」の知らせに放り出されてしまって、ちゃんと完成したのかしら…。源太郎くんは凧揚げできたのかなぁ
   
明日は空夢見て凧の支度して
   

冒頭の凧作りの場面、私も気になったのですが難しくて詠めませんでした。さすがはなはな様、凧上げ前でも空を感じさせるお句を作られたんですね!
(コシキブさん)
実は「明日は空」の意味がわからなかったのですが、コシキブさんのおかげでわかった気がします。(感謝!)凧を作りながら、「明日にはこの凧も高々と空に上がっているだろう」と思っていたんですね。
(こでまり)



東吾さん、大晦日に二回も「かわせみ」にやってきたのですね。嬉しくって仕方がないのでしょうね。つくづく思うのですが、大晦日から元日へ、時間はちゃんと繋がっているのに、全然ちがう時間がはじまるように思えてしまう、その不思議さ。大晦日の午後11時59分59秒、その一秒後には来年になっているなんて… (05年は60秒目があって、06年1月1日午前0時0秒がはじまったんですよね〜)という私の気持ちも込めてみたんですが…。
   
あした来る歳の契りや除夜の鐘
   

詠みたくても読めなかった場面です。同じところに目をつけたってだけなのに、とっても嬉しいです。「明日は空」の五七五もはなはなさん独特のリズムがあって「はなはなさんの世界」らしい句って気がします。
(千姫さん)



兄の笑い声に屈託がないのを、東吾は感じていた。
少年の頃から学問好きで、和歌や詩文に才能のあった兄であった。
父亡きあと、若くして吟味方与力の職を継ぎ、風雅とは無縁の日常であったことを思うと、東吾はなにもいえなくなった。
「麻生家の正月」より
兄上が隠居の決心を東吾にとっては青天の霹靂、とも言えるようなシチュエーションで告げられましたね。晴れ晴れと広尾の原を前にして、兄と弟のやり取りが微笑ましく、引き締まるような東吾さんの気持ちを詠めないかなぁ、と思いました。
   
淑気充つ天地広大兄の愛
   

おぉ、「淑気」を使いましたね。この日の東吾さんの家督に対する真摯な思い、何より通之進さんに応えようとする切実な気持ちが胸に迫ります。
淑気→瑞祥→祥瑞…電子辞書をひいた流れでしたー^^;
(にこにこ忍者さん)
「淑気」は一度どうしても使ってみたかった〜。あの場面でいいのか、と最後まで悩みました。
(はなはなさん)
“淑気”初めて知る言葉でした。国語辞典に載ってなかったもので検索しちゃいましたよ。きれいな言葉ですね。勉強になりました。
(紫陽花さん)



麻生家は本当に幸せなお正月になりましたね。本当はもうひとつ、花世ちゃんを詠んだのがあるのですがこちらのほうがユーモラスで自分で気に入ってるので。麻生の姓も地名も多いのですが、麻が生えていたところ、というのが一般的で、麻というのは成長も早いとか、武術の鍛錬のために植えるとかともいわれますね。武家の家らしい名前だなぁ、と思って見ています。
   
襁褓干すうららに晴れて麻生の初春
   

麻生という地名は、川崎市にもありますよね。最近まで「あそうく」だとばっかり思っていたんですよ。正しくは「あさおく」だったそうで・・・かわせみと鬼おこぜ殿のせいだわ〜〜
(たまこさん)



このお話、麻生家ののんびりと幸せなムードに包まれているのですが、伊助とお静のことも忘れちゃいけないし、宗太郎と七重、長助とおえい、通之進と香苗、源さんとお千絵、そして東吾とるい…それぞれのパワーゲーム(笑)を感じました。うっ、季語なしだ〜、決心したばっかりなのに(泣)
   
やじろべえ振れてもちょうど夫婦かな
   

やじろべえは良かったですね。お互いでつりあっていればいいんですよね。
(bf109さん)
どちらに振れても釣り合いがとれていればいいのですよね。でも、このバランスが難しい…(-_-;)
(みちころんろんさん)



 麦わらぼうしさんの五七五 

今月のお題を知った時から、これは絶対参加しなければ〜!と思っていたのですが、気持ちとはウラハラにさっぱり出来なくて…今回、欠席だけはしたくないので、提出できるようなシロモノではないのですが(←いつもの事だろ!)、送ってしまいます。どうぞ、よろしくお願いします。
 (UP後に)
みなさまお書きのように、華やかでおめでたい作品が多くて、読んでいるだけで幸せな気分になりますね。たまこさまがお書きの『「参加したい!参加できて嬉しい!」という熱気みたいなもの』がビシビシ伝わってきます〜(^^♪
(麦わらぼうしさんの談)

「凧屋で売って居りますのより、ずっと立派なのが出来ましたこと」
源太郎の母のお千絵がお世辞抜きに感心したようなのをこしらえた。
「麻生家の正月」より
♪凧屋の店先にな〜らんだいろんな凧を見〜ている♪…な〜んちゃって、し、失礼しました〜(^_^;)見てのとおり、SMAPの名曲のパクリです。母親にとって、子供がこしらえた物は、どんな名人が作った作品よりも価値のある物だと思います。私も、何年も前に子供が書いた絵が、いまだに捨てられません…
   
すばらしや!世界にひとつだけの凧
   

東吾さんが源太郎クンの為にいろいろな思いを込めて作り上げた凧ですものね
(みちころんろんさん)



長助が口をとがらせた。
「やさしいのは女、勇ましいのは男と、むかしから相場が決っているんだ」
「でも、人は、それぞれですよ」
「麻生家の正月」より
東吾さんは、尻に敷かれている伊助さんや、襁褓まで洗っている宗太郎さんに憤慨していますが、人はそれぞれ、はたから はわからないけど、それぞれの幸せがあると。このセリフのとおり、おえいさんはそこの所をよくわかっているようですね。
   
それぞれの 幸せ連れて 初春が来る
   

明るくてやさしくて、麦ちゃんらしいですね。
(にこにこ忍者さん)
「それぞれの…」 このおえいさんの台詞が全てを言い得てますよね。
(コシキブさん)



初空って元旦の朝の空の事だそうですが、この場面の空にぴったりのような気がして使っちゃいました(^^ゞ ずらりと竿に並んだ襁褓がはためいている様子が、花世ちゃんの夢と希望あふれる未来を象徴しているようで、好きな場面です。
   
初空に はためく襁褓 夢のせて
   

写実も大切ですが、詠みたいことが詠めるような場面を選ぶことも大切らしいので、この場合の「初空」はいいと思いますよ。青空に真っ白な襁褓が並んでいる、新しい年を迎えて自分にも我が子にも希望の一年であるようにという、清々しい気持ちになりますね。
「初空」が元日の朝だと初めて知りました。まさに今日のこの日のこの場面、ですねっ!!
(千姫さん)
一言 きれいです!!気に入りました。
(bf109さん)



 ぐりさんの五七五 

12月はアンケートがあったのでお題はお休みだったのですね 私は『アレー今月の御題は〜?」と思ってしまいました 花世ラーを自認している私には大好きなお話です 大晦日に生まれるなんてやはり大物の予感をさせます
東吾さんが講武所・軍艦操練所に出仕するようになっ手からは 年始周りはどうなっているのでしょうか そういうお話は出たことあったでしょうか 東吾さんは講武所と軍艦操練所の上役宅へ行っているのでしょうか?
(ぐりさんの談)

「華甲」還暦という意味の季語だそうで 先日知りました 麻生の父上に 是非使ってみたいと思いました
   
華甲にて 初孫授 夢ごとし
   

“華甲”これも初めて知る言葉でした。検索しました。
(紫陽花さん)



「なんだか、夢のようで……」
そっとうつむいたるいの肩を東吾が抱いた。
「麻生家の正月」より
いよいよ祝言のお話が 具体化してきましたね
   
待たせたな 肩に置く手に 涙わき
   

東吾さんのささやく声が甘そう…。るいさんも晴々とお正月を迎えられるでしょうね。
(コシキブさん)
東吾さんの優しさとおるいさんの感極まった涙…その場面が思い浮かびます
(みちころんろんさん)



宗太郎が呼びに来て、東吾は離れに行って赤ん坊をみせてもらった。
枕許に「花世」と大書したのがおいてある。
「麻生家の正月」より
花世って言う名前も 可愛くていいですね
   
「花世」と 大書してあり 若菜の日
   

「花世ラー」のぐりさんにとっては、ここは外せないポイントですね。
いいなぁ。花、大書、若菜とたたみこまれると、落ち込んでる人も一気に元気になりそうです。
(にこにこ忍者さん)



「面白がって、かゆいところに手が届くほど面倒をみたんでございますが、今朝になって伊助さんが、突然、家へ帰るといい出しまして……手前が、今、帰ったら一生、女房に頭が上らなくなると申しましたんですが、ふり切るようにして出て行きまして……」
「麻生家の正月」より
   
夫婦は 人それぞれの つがいかな
   

つがいって面白いなぁ。伊助夫婦がいかに変わっているか、ぴったりの表現ですね。
(千姫さん)
本当にそうですね。私の内も周りから見るとどんな夫婦に見られているのか?
(bf109さん)



   
むつき干す 上に奴が 上がってる
   




 bf109さんの五七五 


さすがに、凧のように自由な身の次男坊は凧作りがうまいようですね。でもしっかりひもは「るい」さんに持たれている「東吾」さんです。
   
糸つけて 「るい」に持たれて風に乗る 凧になったり 凧作ったり
   

紐を持ってもらっている安心感から、余計にふらりと飛んでるのかもしれませんね。
昨年の「恋がらみ」の五七五を思い出しました。調子がいいし、揶揄が柔らかくって好きだなぁ。
(千姫さん)
東吾さんを凧に例える発想が面白い!
(コシキブさん)



「残念ながら、このたびは女の子にて……義父上には申しわけなく……」
「なにを申すか」
源右衛門がどなった。
「女の子でなにが悪い、一姫二太郎と申すではないか。女の子でよかった。七重、でかしたぞ。良い子を産んだ」
「麻生家の正月」より
   
なに悪い でかした七重 一姫よ
   




宗太郎を探すと、なんと裏庭で、洗い上ったばかりの襁褓を干している。
「麻生家の正月」より
お正月は凧をあげると相場は決まっているのに 宗太郎さんは「東吾」さんの心配をよそに こんなものをあげている。
   
冬の陽に 襁褓をあげる 名医かな
   

襁褓を凧にみたてる…私にもこのような発想ができればと思ってしまいます
(みちころんろんさん)



 のばらさんの五七五 

いい場面がいっぱいの「麻生家の正月」で、改めてジーンとしたり笑ったり、楽しめました♪詠むのには苦しみました(^-^;)
 (UP後に)
今月は競作ポイントがここだったのか!とかここはやっぱり人気の場面なんだ〜とかお話と同じく、楽しくうれしいあったかいお句がたくさんで年明けにピッタリ(^-^)
(のばらさんの談)

花世ちゃんの誕生にまつわる場面はみんなの暖かさ、出産を待つ間の緊張感と不安と期待、いろんな思いが混じっていて読み応えがありました。何度読んでも心改まるような、いい場面で大好きです。なかなか思いがまとまりませんが是非一句、と思いました。
   
子は生(あ)れし慈愛の光の待つ中へ
   

のばらさんの五七五には独特の世界があるようです。モノの見方や感じ方というか、五七五の表現に、はっと惹き付けられるものがありますわ。
(千姫さん)
とても透明感のあるお句ですね。
(浅黄裏さん)



来年の六月といえば、まだ先のようでもあり、今までの東吾との歳月を思えば、すぐ近くにも思える。
「麻生家の正月」より
長い間、無理なことと自分に言い聞かせてきた東吾さんとの祝言が、兄上の配慮や周りの人々の想いによって、今そっと目の前に示された。その重みに戸惑うようなおるいさんの気持ちを詠みたいなと思いましたが…難しい…。新年の晴れ着の帯に思いを託しました。
   
新しき帯の重さよ去年今年
   

戸惑いを「帯の重さ」で詠まれるあたりが、るいさんらしくて&のばらさんらしいですね。
やはりのばらさんの読みは深いです。おるいさんの胸中は嬉しいだけではなく新しい生活へのとまどいもあったでしょう。体にまだ馴染まない初おろしの帯に例えるのもすごいです。
(コシキブさん)
「新しき帯」いいなぁ〜。おるいさんが帯に託す気持ちがしとやかでそれでいて引き締まるような。帯がむすぶもの・締めるものだというのがまたいいのですよね〜。
(はなはなさん)



方月館の東隣りは竹林になっていた。
道場に一人、座っていると、風のある日はさやさやと竹の葉の音が聞えて来たものである。
  (略)
「そのような、けしからぬことを申しましたか。屋敷へ戻ったら、きっと叱ってやりましょう」
「兄上……」
途方に暮れている東吾の前を、明るい笑声が流れて、竹林がざわざわと風に鳴っている。
「麻生家の正月」より
方月館横の竹林の会話のところは、兄上の今までとこれから、おるいさんの今までとこれから、どちらも大事な東吾さんの心のうちが胸に迫る場面で印象的でした。それにきっとお話しに出てきたのはここの筍だったんだな、と食い気も…。
   
竹林の清けし音の中に居り
   
大事あり心励ます年始かな
   

「竹林の〜」とても惹かれました。通之進と香苗の幸せを願うのばらさんの気持ちが重なります。ボクが今読んだところまででは、お兄さま夫婦の隠居暮らしがどうなるのかわかりません。
(にこにこ忍者さん)
方月館での場面は詠みたいと思いましたが詠めませんでした。とてもいいシーンですよね
(みちころんろんさん)



めちゃくちゃな感じの本村庵夫婦。「かわせみ」の面々や長助はすっかり野暮な役回りになってしまいましたが、こちらはこちらでいい味出してて好きです。唐突ですが年始なので「おみくじ」に思いを託しました。
   
結ばれしおみくじさまざま年初め
   

おみくじといえば「50本に1本」ぐらい「大凶」が入っていますね。
(bf109さん)



 にこにこ忍者さんの五七五 

もはや締め切りぎりぎりの言い訳も尽きたにこにこ忍者、今年も見捨てないでください。
 (UP後に)
なんだか今月はストファ板が、ボクも含めて、昔の番組の話題で盛り上がってしまい、レス(感想)が少ないようなので、責任感じてしまいました(^^ゞ 文庫本、手許に戻ってきましたー♪ 来月は何でもどーんと来ーいです。
(にこにこ忍者さんの談)

堅川にかかる橋は、大川に近い一の橋から東に四の橋まで番号のついたものがあります。渡る通りも、橋の数字に合わせて一つ目通り、二つ目通りと呼ばれ、現在でも本所深川を南北に貫いています。神林東吾が、大晦日に麻生家からの帰路を急いだのはおそらく一つ目通りだと思われます。彼の足ならばおよそ30分弱、長助親分が同じ道を年越しそばを担いで往復する頃、深川浄心寺の鐘は静かに撞き始められていたことでしょう。
   
除夜の一つ目 鐘は静かに 浄心寺
   

さすがに場所をよくご存知のにこにんさんらしい一句で、私には絶対詠めないなあと感心しました。
きれいな句と画にしばしみとれてしまいました。
(bf109さん)



「知らんぞ。俺は……」
どなりつけるように叫んで、縁側へ腰を下した東吾が、そのまま空を眺めると、大きな奴凧がいい具合に風に乗っている。
「麻生家の正月」より

自分が鳥になったような、また縁側から見上げている東吾さんになったような気分です。ありがとうございます。
「凧」もお正月らしくて素敵です。
(すみれさん)
鯛に旭日凧、本当におめでたいですね。言葉だけではなくてこうして目からも楽しめるのはステキです。紫陽花さま、にこにんさま、ありがとうございます。
(はなはなさん)
にこ忍さまの凧揚げも晴れ晴れしていていいですね!!
(のばらさん)
眩しくって、綺麗な光ですね〜!
(千姫さん)
あの凧できたんだ。凧揚げできてよかった〜と思ってしまいました。
(紫陽花さん)
まさにお正月!すがすがしい気持ちになります
(みちころんろんさん)



 花みずきさんの五七五 

さて、「麻生家の正月」ですがこのお話とても好きなのですが、内容が盛りだくさんでポイントがしぼり込めず頭の中でお話が飛びまくってました。そんな訳で、相変わらずのものです。よろしくお願いします。
(花みずきさんの談)

「女のお子でございますよ。宗太郎様と七重のよいところばかりを頂いたような、愛らしいお顔をして居ります」
「麻生家の正月」より
   
新しき命生れし大晦日
   

おお、これで花世ちゃんの誕生が大晦日だって忘れないぞ、って「かわせみはいくりんぐ」らしい五七五ですね。
(千姫さん)



「あの夫婦は別れませんよ。あれで、けっこう惚れ合っているんですから……」
長助の女房が太鼓判を押し、長助が反対した。
「うまく行ってるわけじゃねえ。伊助が辛抱しているんだ」
「いいえ、そうじゃなくて……」
「麻生家の正月」より
まとめてしまいました、ほんとはそれぞれを詠んでみたかったのですが…、もっと勉強します。
   
幸せのかたちそれぞれ江戸の初春
   

「それぞれ」を詠めればいいのですが、「それぞれなんだ」というのも、結論の一つのような気もしますね。今月はそれを、皆さんがいろいろと工夫して詠んでくださっていて、それも見所のひとつです。
まとめてしまってよかったような気もします。それぞれが思い浮かんでくるようで。
(bf109さん)
本当にいろいろですよね。妙に納得してしまいましたm(__)m
(みちころんろんさん)



 じゃからんださんの五七五 

花世ちゃん誕生のお話は是非参加したかったのが、とにかく詠めなくて、それでここ数日ちょっと体調を崩しているうちになんとかひねり出したのはいいのですが、元気になってみたらば、もう今日は20日じゃん!!とあせったわけです。
 (UP後に)
はいくりんぐ、拝見してきました!締め切り破りの拙作までUPして頂いて感謝しています、宗匠〜。次からは気をつけますね(廊下に立たされたくないし(笑))。今月は特におめでたいお話とあってか、華やいだ作品が多くて、拝見しているだけでこちらも浮き浮きとした気分になれて嬉しいです。
(じゃからんださんの談)

旭日に波をあしらった平凡な図柄にしたのは、それなら素人にも描けると考えたからで、東吾が下絵を描き、源三郎が色を塗って
  (略)
あとは、東吾が一人で竹をけずり、骨組みを作って、その図柄の紙を張っておいたものを、今日は丹念に仕上げをして糸をつける。
「麻生家の正月」より
源さんと東吾さんが共同して源太郎くんの凧を作る、というエピソードが前から好きだったもので、かなり無理矢理詠みました。
   
吹け風よ天駆ける凧あらたまの年新しく友と祝いぬ
   




   
口出して手出し足出し角も出し鍋釜飛びても今年も夫婦
   

手と足こそはでませんでしたが(-_-;)、喧嘩初めの2006年となってしまった我が家です
(みちころんろんさん)



そんなことは女中にさせろ、と東吾がいいかけると、
「我が子というのは、こんなにも可愛いものかと思いましたね」
すっかりしまりのなくなった表情で、宗太郎がいい出した。
「麻生家の正月」より
   
今日明日と指折り数え待ちし吾子見れども飽かぬ花ぞ咲きける
   

生まれたばかりのお子さんを見ている時って、こんな気分なんでしょうね〜。まあ、宗太郎さんは七重さんのことも飽きずに見ていると思いますけどね!
本当にそうでした。どんなにおもしろいテレビ番組よりも 子供の顔のほうが良かった。(たとえが悪いかなー) 飽きずにじっと見ていたものでした。
(bf109さん)



   
初春の空に舞いしは奴凧襁褓のぼりと子等の歓声
   

襁褓は競作ポイントでしたね。じゃからんださんとは、のぼりを思い浮かべて詠んでいるのが一緒でうれしいです。
(千姫さん)



 こでまりの五七五 

自分で選んでおいてナンですが、これは本当に良いお話でしたね。親子・夫婦・兄弟姉妹・師弟など、人と人との情愛が読むほどに感じられました。
その割にはUPが遅れて申しわけありませんでした。ともかくも、「続ける」ことを第一目標に今年も励んでまいりますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。
(こでまりの談)

原作では、組屋敷と町屋の大晦日の違いが鮮やかですね。みんな目的は別々なんだけど、「忙しい」という共通点があるのが「大晦日」ですね。
   
人ごとに急く理由(わけ)もあり暮れの街
   

この「も」がなかったら中が七になるのに宗匠は何故ゆえに…と考え込んでしまいました。 「も」があれば江戸時代の町中の通りを背を丸めて急ぐ市井の人々が動画で思い描かれるし、「も」がなければ写真のように一枚の風景画として人々を見るような気がするし。う〜ん、とても深い・・・ってか?
(千姫さん)
アレ、ひょっとして「急く(せく)」を「いそぐ」と読んでます?「も」があっても7字なんだけど、「も」がなければ「わけ⇒りゆう」と読んでもらって7字にと…。私もここを「も」にするかどうか迷ったんですよ。「の」だと説明っぽい気がして、何となくいろいろありそうな「も」にしました。(わはは〜曖昧さがバレた!) 「動画or風景画」なんて深い読み方ですぅ♪
(こでまり)
ほんーっとにそうですよね。渋滞の隣の車の一家にまで、挨拶したくなる年の瀬。
(にこにこ忍者さん)



「こんな思いをしたのは、初めてのことだ」
  (略)
「男でも、女でもよい、無事に生まれてくれれば……」
正座し、目を閉じて、源右衛門が合掌した。
それをみて、東吾も心の中で手を合せた。神仏にすがりたい気持ちというのは、こういうことかと思う。
「麻生家の正月」より
このあと、まず源右衛門さんが発した言葉が「七重は…」でしたが、娘の初産に対する親心だなあと思いました。
   
(こ)の母となる短日の長さかな
   

お師匠さま、ボクは父親になったことはないのですが、ここは「子」にしてほしいような…。
(にこにこ忍者さん)
にこにんさん、ご指摘ありがとうございます♪「母になる子=娘」なんだから、おっしゃる通り「子」でいいですよね〜、アラ〜目からウロコだわ。ワタクシも母親になったことはないのですが、何となく娘の初産と嫁の初産では、心配のポイントが違う気がして、そこにこだわり過ぎました。ありがとうございました!
(こでまり)
この「娘(こ)」は七重さんのことだと思ったのですが。にこさんのコメントを読んで:「子」は花世ちゃんのことで、あえて性別を前面に出さなくても良いかもということでしょうか?それともこでまりさんと同じ七重さんのことだけどこれも普通に「子」で良いのではということでしょうか。感想じゃなくて質問ですみません。
(浅黄裏さん)
娘を産んで「母」になるのですから…「娘」で良いような気がしますが。どうなんですかね。
(bf109さん)
にこ忍さんのコメントも、とても興味深いです。娘が母になるだけでなく、息子が父になるのも含めるとすると「子の親となる…」になりますよね。孫が産まれるときの気持ちとしては、どちらであっても本当にそのとおりだと思うんですが、「子・親」になると、ちょっと対象が広がりすぎるというか一般的になりすぎて印象が薄れるような気がして、私はオリジナルのままに一票かな。
(たまこさん)
宗匠の「娘と子」ですが、わたしも「娘」に1票かな〜。「我が娘が今まさにお産に挑んでいる」その時間を詠まれているので、「今はもう立派に大人にはなっていても、赤ちゃんで生れて、見守り育ててきた我が娘が子ども産む」それを待つ間って、なおさら色々感慨があって思いが入り乱れる気がして。わたしは「娘」となっているほうが「産もうとしている人」が具体的なので臨場感が出るように思えました。 「孫が生まれるのを待っている」という瞬間や時間でなくて、「我が子が親になる」というもっと大きい意味のときだと「子」も納得だと思います。
(のばらさん)
ボクも(^^;) 娘に一票(^_^;) ボクはお句を拝読した瞬間に、源右衛門さんの脳裏に去来した像を、幼い頃(子)の七重さんと想像したのですが、どうもおきゃんでやきもきさせた「娘」の方がしっくりきます。かわせみ初心者の勇み足でした<(_ _)>
(にこにこ忍者さん)
私は最初「娘」を花世ちゃんと思ったので「にこにん様の言うとおり『子』でもいいかなぁ」と思ったのですが、麻生のとのさまが「七重は…」と心配する様を詠んでおられるなら「娘」のほうがぴったりかな、と思いました。いろいろなとらえ方・読みこなし方があるのが楽しいですよね〜。
(はなはなさん)
↑の私のコメントですが、どうも的外れですみませんでした。ペコリ。にこさんも七重さんのことだという前提でコメントされていたのですよね。失礼しました。私もここは「娘(こ)」とする方に一票かな。理由は、たまこさんとのばらさんのおっしゃるのと同様です。
(浅黄裏さん)
にこ忍さま、勇み足なんて〜。感じたのは似た風景ですね。言葉選びは人それぞれで違っていてあーだ〜こーだ〜言うのも面白いです。アップを一人で読んで、また皆さまの感想伺ってから改めて読み返す、その繰り返しも楽しいです♪
(のばらさん)
拙句の「娘」についてご意見がいただけて嬉しかったです。自分の句ながら、皆さんの示してくださるイメージに目からウロコの連続で、まな板の上に載せてくださったにこにんさんに感謝です。ありがとうございます。
(こでまり)
遅ればせながら「娘」に1票!「娘」を花世ちゃんだと思ったので…でも、捉え方によってはいろいろに解釈できますよね?
(みちころんろんさん)



千姫さんとちょうど同じ場面、同じ気持ちを詠めて(「青春」まで一緒)、嬉しかったです♪
   
年新た青春一歩遠くなり
   




途中、ちょっと寄り道をして横網町の本村庵をのぞいたのは、亭主が留守で、どんな商売をしていることかと興味があったからだが、表からみたところ、客はけっこう入っていて、釜場では女房と息子が威勢よく働いているし、店のほうは娘が客に愛嬌をふりまいている様子である。
「麻生家の正月」より
勢いで飛び出し、はた目からは申し分のない「かわせみ」での新年を迎えたものの、だんだんと落ちつかなくなる伊助。それは家族も同じだったのではないかと思います。この日東吾さんが見かけた明るい店の風景は、一週間ぶりの伊助の帰りにホッとした思いが表れていたように感じました。(↑引用の部分を詠みたかったのに逆説的な↓句になってしまいました)
   
良いようで何か足りない初寝覚
   

逆説的、というより深い推量だと思います。伊助も家族も離れている間はこんな気持ちだったのでしょうね。お店が繁盛していること自体がそれまでの家族のチームワークあってこそ、でしょうから。
(コシキブさん)



考えてみれば、晴れた青空に映える真っ白な襁褓の眺めって、ホントに幸せな景色ですね。
   
竿占める襁褓の白さ寒日和
   

全〜然、敵わないですね、俳句って気がしますもの。
(千姫さん)
今回は褓だったんですね、私も読んだんですけど恥 宗匠の流石に句になっていますね
(ぐりさん)
情景が目の前に広がりました!素晴らしいですね\(^o^)/
(みちころんろんさん)



 あるみさんの五七五 

すみませ〜ん。今回は白旗あげようと思ってたのですが、掲示板に本日のUPはないということでしたので本当に遅くて申し訳ないのですがやっぱり参加した〜い。m(__)m ひとつなんですが…
(あるみさんの談)

「まあ、大晦日で、さぞかし大変でございましたでしょう」
という。
「宗太郎も七重もそそっかしいから、生まれて来る子もそこつ者さ。一日遅けりゃ、日本国中の人に祝をいってもらえるのになあ」
「麻生家の正月」より
   
「花」誕生一足先に初春(はる)が来た!
   

あるみさん、ご参加ありがとうございました。勢いのあるお句で、勢いのある花世ちゃんともピッタリ似合っていますね。
駄目だと諦めていて一句が浮かんだ時、嬉しかったでしょう。その気持ちよぉーくわかります(笑)本当に勢いがあってリズムが気持ちいいですね。
(千姫さん)
思わず童謡を口ずさみたくなる軽やかさ♪
(にこにこ忍者さん)
おっ!! 江戸っ子。といった感じの句ですねー。
(bf109さん)
本当にいつも勢いのあるみごとな御句を作られるあるみ様、今後の花世ちゃんを髣髴とさせるとてもよい御句ですね
(みちころんろんさん)