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 花御堂の決闘
「八丁堀の湯屋」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
先月は「妄想の神様」が駆け抜けた月でしたね。「花冷え」にもたくさんご参加くださいまして、ありがとうございました。
また先日は、はなはなさん、のばらさん、浅黄裏さんとご一緒に、「音の一句」の佳作入選の報を聞くこともでき、嬉しゅうございました。

さて今月は、「花御堂の決闘」を選びました。

冒頭は「あの源さんにいったい何が…!」という場面からお話が始まります。かわせみの女性たちもひどく心配したのですが…。
たしか以前にたまこさんが、源さんにまつわる「三大悪女話」と名付けたお話の一つでしたね。(あとの二話は「女難剣難」「源三郎の恋」)
また、来月から始まるドラマの一話目にもなっているようです。

そして今月から「投句数の設定」にご協力くださいまして、ありがとうございました。さらに磨きをかけた句作になりそうで、拝見するのが楽しみです。
さあ、今月はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成十七年四月)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
お師匠さまからのお願いのためかどうかわかりませんが、
まだちらっとしか拝見していないのですが、
皆様のお句の中身が濃いいですね〜。
今月は悔しいのですが欠席させていただきましたけれど、
感想の方はまたまたゆっくり送らせていただきま〜す。(笑)
もう一度、うかがって来ますね〜。
(蛍さん)
「花御堂の決闘」拝見して来ました。
今月は私も欠席届になってしまいましたが、
参加されている方は今月からの句数制限もあって
皆さん推敲に推敲を重ねられて更に充実したお句の数々ですね。
源さんが惚れられるという東吾さんもビックリの出だしから
最後の兄上から贈られた名刀まで、
読みどころ、競作ポイント満載のお話でしたね。
参加出来なかったのはやっぱり残念。
来月はぜひしっかり 参加させて頂くつもりです。
(あっちの管理人さん)
ざっと拝見してきました、やっぱり素敵ですよね
ここしばらく、「おサボり」(すいません)
私、みなさんの作られたお句に刺激され
次こそ参加!と意気込んでいます、
さてもう一度いって来よう〜。
(花みずきさん)
「花御堂の決闘」拝見してきましたよ。
皆さんもおっしゃっていましたが、句数制限のせいか
レベルの高い作品ばかりで、一句一句堪能させていただきました。
今月はギリギリで涙を飲んで欠席届を提出させていただいたんですが、
それで良かった(?)かも!この中に混じったら 辛かったなあ、なんて。
春雨、お香、花御堂、決闘とポイントがたくさんあったので
皆様の競作をとても楽しみにしていたんです。
やっぱりそれぞれの個性があって一句づつかみしめるように味わっております。
のばらさんのコメント部分は私も疑問に感じていたことだったので
「同じ!」とうれしくなりました。
(小式部さん)
拝見しました。
私も欠席組の一人ですが、今月のあまりのレベルの高さに、
欠席で正解だったかも〜と、思っております。
みなさまのお句はもちろん、コメント、目の付け所、
すべて、なるほど〜と思えることばかりで、
「花御堂の決闘」また、読み返したくなりました〜
(麦わらぼうしさん)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





 TERAIさんの五七五 

編集のご苦労お察しします。詠みたいところが詠めず、詠めるところだけで詠んでしまいました。
(TERAIさんの談)

   
召しものに 薫(た)き物お香か さて怪訝(おか)
   

たしかにひと口に「お香」と言っても、いろんな匂いとそれにともなう想像ができるものですね。



長助が、さっき、ばたばたやっていた半纏をすみにおくのを見て、東吾はいった。
「変った匂いがするな」
長助が、ぼんのくぼに手をやった。
「蕎麦屋に、こういう匂いは禁物でさあ」
「花御堂の決闘」より
   
(こう)の香(か)が 妙に不似合い 長寿庵
   

「香の香」きれいな言葉ですね。字面も面白くて好きです。それに長寿庵には「香の物」のほうが似合うしね。
(紫陽花さん)
長助さんとお香ってホントに妙な取り合わせですね〜。でも、お千絵さんはそのお香に不審を持って心配しましたけれど、 おえいさんも長助さんが妙な匂いをさせて帰ってきてやっぱり心配だったでしょうねぇ〜。 あっ、ふたりとも「おえい」さんですね、って関係ないですね。(笑)
(蛍さん)



   
石頭 のめり込んだら恐ろしい
   
身の果報 女に惚れられ 巻羽織
   

惚れられてもねぇ、そうと気がつかないところが源さんらしいと言えますね〜。『女難剣難』でも迫られて右往左往していましたし、源さんて可愛い〜。(笑) うわっ!たまこさ〜ん、石投げないで〜。(爆)
(蛍さん)



「我が家重代の銘刀、備前国長船在義光じゃ」
「兄上」
「辞退することはない。今後は斎藤先生のお言葉を忘れぬように。生兵法は怪我のもとと申すぞ」
兄の眼が優しくて、東吾は鼻の奥がつんと熱くなった。
「花御堂の決闘」より
   
師の言葉 伝えて銘刀授けたり
   

ここは今月の競作ポイントの一つ。兄上の温情が伝わる場面を、スッキリと詠まれましたね。
TERAI様は毎月早々と提出されていながら、高いレベルを保っておられるのは当然ながら、実力の違いですね。
(すみれさん)
私は、東吾さんがかわせみに持ち帰った備前長船の手入れを している所のほうにしましたが、TERAIさんは兄弟シーンを選ばれましたね。ここも名場面で、まさに名場面を目の当りにしているような御句ですね〜。斉藤弥九郎先生のお言葉は史実なんでしょうか?平岩先生のお父様は刀剣の目利きでいらっしゃったとか、デビュー作「鏨師」を始め刀の描写はさすがですよね。
(たまこさん)



 すみれさんの五七五 

畝様人形も春風にのってお花見バージョン、日頃は東吾さんに野暮天の代表扱いされている源さんとて、どうして隅にはおけません。今回はるいさん並みのやきもちをお千絵さんがやくほどですからねぇ。それにしても源さんって悪女ばかりに好かれますね。どうしてかな?
 (UP後に)
先月欠席したこともあって、今月句作だけは早くにしたのですが、さすが皆様限られた句数、推敲されてまたレベルが上がっているような(汗) 競合場面も多かったですね。誰にシンクロするかでいろんな五七五が生まれる、今回に限らず、この企画の面白いところなんですね。参加してるだけで嬉しい♪
(すみれさんの談)

「かわせみ」の女達は、これでも遠慮がちに話しているので、お千絵がいって来たことは、もっといろいろあるに違いない。
なによりも、女の勘というか、女房の第六感が怪訝しいと意識して「かわせみ」へ相談に来たとすると、親友の身になにかが起っているのかも知れない。
「花御堂の決闘」より
源さん今回は東吾さんが引けをとるほどもててますね。お千絵さんもわが亭主殿にこんな心配をさせられるとはーー 殿方は油断できないですからーー東吾さんだったら、どうなってたでしょうか?
   
花御堂妖し香りや生き仏
   
春灯(はるともし)もてて妬かせて巻羽織
   

お千絵さんとお栄の立場に寄せて一句ずつですね。ところで事件が解決して、実は東吾さんを案じて張り込みをしていたということを、お千絵さんがすんなり信じてくれたかどうか……、気になります。
のばらさんに「巻羽織句、なんでもお好きなので看板をお願いします!」と依頼して「私ならこれを選ぶな〜」と密かに思っていたところ、のばらさんもやっぱりこれで作って下さって、拙宅掲示板の暮春ムードも最高潮!すみれさん有難うございました!!
(たまこさん)
『花御堂』という言葉も競作ポイントですね。『花御堂』が季語だったとは知りませんでした。綺麗な言葉ですね。別なお話でお千絵さんがほんのりと焼餅を焼く場面があったと覚えています。源さんは、冗談じゃない…とか言っていましたが、結構嬉しかったりして…。
(蛍さん)



本所深川を縦横に流れる水路は、今夜のような場合、まことに便利であった。
小さな屋根舟だが雨をしのぐには充分だし、ぬかるみの夜道を行くより遥かに楽である。
仙台堀へ出て、東に下り、横川へまがって扇橋のことろから小名木川へ入る。
「花御堂の決闘」より
かわせみの付近は江戸でも水路の発達した地域で、小船がタクシー代わりに重宝していたわけで、江戸の水路や橋を知り尽くしていた船頭の心意気を表現してみたかったのですがーー江戸情緒がーーむずかしいですねぇ。
   
さおさして何処へなりと春の船
   

何だか「道行」を思わせるようなお句でもありますが、「何処へなりと」というところに、猪牙などの小回りがきく感じがうかがえますね。
実は私は「秋の橋」シリーズ(?)をねらっているんですが船は「春の船」がぴったりですね。江戸の水路の情景は毎回詠んでみたいものの一つですよね。
(たまこさん)
江戸の船頭さんのプロ意識を感じました。「道行」を思わせるというこでまりさんのコメントにもなるほどなぁと思いました。
(紫陽花さん)



最後の場面からです。妄想の嵐の中でももみくちゃにされている感のある、るいさん、二人の穏やかな幸せを壊すものは外にも心の中にもいるわけですから・・ この先、麻太郎さんのこともあるし、幸せなんて虹のようで遠くにあるような、近くにもあるような、掴まえようとするとするりと消えてしまいそうで、はかないものではありますね。
   
銘刀や守りたまえよ春の虹
   

幸せ過ぎて怖い…という事、ありますね。るいさんも念願が叶って東吾さんと一緒になれたのですから、その幸せを壊したくないという気持ちは凄く分かります。「守りたまえよ」に、そんなるいさんの願いが込められているように感じました。
(蛍さん)



 紫陽花さんの五七五 

まずは「音の一句」入選おめでとうございます。のばらさん、はなはなさんとあわせ3名の入選は本当にうれしいです。「はいくりんぐ」はますます格調高くなってしまって、参加するのが恐ろしいといった感じです。で、本題なんですが、「花御堂の決闘」で不思議に思ったのが、虫よけのお札を4月8日に逆さに張るとありますよね。虫は下から上るから、下から読めるように張るって。最初はなるほどなぁと私も東吾さん同様笑ったのですが、下から上ってくる虫はやっぱりちゃんと正しく張ってある方が読みやすいのではないかと思うのですが…むしろ上から降りてくる蜘蛛のような虫に対して逆さに張るほうが効果があるのではないかと真剣に考えてしまいました。何を読んでいるのやら。
(紫陽花さんの談)

紫陽花さんの「虫のためにさかさに書いて貼り付ける」というの、私も長らく疑問だったんですよ。虫はゆっくり這ってくるからって事なんでしょうけど、書いたものを単にひっくり返すという逆ではなく、文字の向きはそのままで、一文字ずつ下からになるようにするっていう事なのかなぁと思っていました。
(たまこさん)
そうなんですよ〜たまこさん、「虫よけのお札」をそのまま逆さに貼ると、文字の順番は逆さになるけど文字の形も逆さになるので、頭を上にむけて上がってくる虫には結局読めないんじゃないかと思っていました。紫陽花さんの「蜘蛛」の発想もおもしろいですね。
(こでまり)
「千早振る〜」は想像するだにおかしいです〜。そうか〜一文字ずつ下から書いて行くのかなあ、と想像していたんですがそれも面倒ですよね。源さんの臑に貼るってのはもしかしたらポイントだったかな。
(はなはなさん)
それにしてもお札のこと、わたしは深く考えてなかった〜〜。 そういえばそうだあ!と膝を打ちました。
(のばらさん)
「虫よけのお札」は普通に書いたものをただ単に逆さに張るのかと思っていました。一文字づつ下から書くなんて想像しませんでした。なるほどねぇ。でもただ単に逆さに張るのは変だなぁとは思ったんです。読めるのは蜘蛛だけじゃんと真剣に考えていました。お馬鹿です。
(紫陽花さん)
「虫よけのお札」の紫陽花様のコメントに爆笑です〜。逆さに貼り付けたのでは虫も読み難いですよねぇ。東吾さんは自分のことは棚に上げていますが、るいさんとしたら東吾さんにもペタペタと貼り付けたいのではないでしょうか。(笑)
(蛍さん)



「蓼食う虫も好き好きか」
「あちらも、東吾さまのことを、そうおっしゃっていらっしゃるかも……」
「それじゃ、るいは蓼食う虫か」
「花御堂の決闘」より
以前「女がひとり」で浅黄裏さんが「相棒の牡蠣とは俺かと巻羽織」と詠んでいたのを最後の場面で思い出しました。“貝になったり”は“牡蠣になったり”のほうがいいかなぁと今でも迷っています。
   
巻羽織 牡蠣になったり蓼になったり
   

「貝」でいいと思いますが、浅黄裏さんの巻羽織句を知っているご常連には、「牡蠣」とした方が「通好み!」と喜ばれるかもしれませんね。
貝より牡蠣のほうがいいかな。牡蠣に直してもらえますか?
(紫陽花さん…ということで「貝」→「牡蠣」に)
「貝」とするか「牡蠣」とするかで悩まれていたようですが浅黄裏さんの名作の本歌取りの効果をねらえば「牡蠣」ですが「貝」も悪くないですよね〜。掲示板に使うとすると、夏もの背景で貝殻模様なんかのときに合わせてもいいかな、なんて。
(たまこさん)



「若先生、こんなものを投げ込んで行った奴がございます」
手紙であった。表には神林東吾どの、裏を返すと、左封じになっている。
左封じは果し状であった。
「花御堂の決闘」より

"あの"嘉助さんの目を盗んで投げ入れられた果たし状は、こうして届けられたのかぁ。なるほど、バレなかったわけだ。
もののけトリオが果し状を届けたとは知りませんでした。どうりであの目聡い嘉助さんも気が付かなかった訳ですね。
(あっちの管理人さん)
果たし状はトリオが持ってきたのですね、だから嘉助さんにも分からなかったのかな おかしいですね、笑えますって言うか発想に座布団3枚、毎月のトリオの登場ほんとに楽しみです
(ぐりさん)
「果たし状」を運んできたのは、もののけくんたちだったんですねぇ…。どこで拾ったんだろう?それとも花御堂で頼まれたのかなぁ…。
(はなはなさん)
紫陽花さまの例のトリオが名脇役で大事な仕事をしていたなんて・・・すてきですねぇ。
(すみれさん)
悪戯トリオは思わぬところで活躍ですね〜。巻紙がヒョコヒョコと動いていたら、もう吃驚ですワ。紫陽花さまの奇抜な想像力は、毎回の楽しみになっています〜。って、プレッシャー掛けてしまった…。(-_-;)
(蛍さん)



 たまこさんの五七五 

「音の一句」の3人そろい踏み、本当に快挙でしたね。毎月の「はいくりんぐ」で、拙いながらに苦吟(?)したり、皆さんの御作を拝見して、自分の思いつかなかった視点を発見したり同じ場面の違った表現に膝を打ったり、さらには拙作について丁寧な感想を頂いたりという繰り返しを重ねていくのは、素晴らしいことだと改めて思います。言葉の感性は一朝一夕に磨かれるものではなく、たゆまない研鑽の賜物ですよね。来月の「花御堂の決闘」初の映像化も楽しみですね!
 (UP後に)
私はいつも、5句でも無理やり作るっていう感じで推敲には程遠いです(とほほ)。しかし、やっぱりどんなに未熟であっても、続けるということには、それなりの力があるような気がしています。お話も「源さんもの」なので、巻羽織句も人形句もウッハウッハとあって悦に入っています。皆様、あちこちで書いていらっしゃるように、「はいくりんぐ」お仲間の腕の磨かれ方はすごいと思います。とくに何か教わったりしごかれたり(?) しているという訳ではないのに、お互いに作品を作ってそれに触れ合うということが、こんなに素晴らしい効果をあげるのですねぇ。人の個性の光を受けて自分の個性も出てくるのかもしれないですね。来月も楽しみです!
(たまこさんの談)

駕籠は豊海橋ぎわを左折して八丁堀のほうへ去り、白銀町の方角から戻って来た東吾は、その後を見送った恰好になった。
  (略)
畝源三郎の女房、お千絵は、女にしては背の高いほうである。その上背を窮屈そうに折りまげて駕籠に乗り込む様子には特徴があった。
「花御堂の決闘」より
最初は、最後を「女駕篭」としていたのですが、そうすると大奥女中の乗り物みたいになってしまって、お千絵さんの乗ったのは普通の(男女共通?)町駕篭を拾ったんだったと思って直しました。
   
春雨や遠ざかりゆく駕篭一挺
   

風情を感じるお句ですね〜。春雨って細かな雨がシトシトと降っている様子を思い浮かべるのですけれど、お千絵さんの心の中にも、源さんが心配で春雨のようなおぼろげな雨が降っていたのでしょうね。土砂降りでないところがいいですね。るいさんだったらきっと洪水でしょうね。(笑)
(蛍さん)



NHK平成版の「源三郎の恋」では、寄進が「布団」から「香炉」に変わっていて論議を呼びましたが、もしかしたらこの場面の「香炉」が脚本家の印象にあったのかしら?なんて思っちゃいました。
   
降り籠むる花の御堂に香燻る(くゆる)
   




本当は「備前長船」をそのまま入れたかったんですが、どうしても字余りになってしまって。兄上の慈愛のこもった銘刀、渡されるシーンも、最後に東吾さんが見入っているシーンも大好きです。原作のこのシーンには、桜も何も花は出てこないですが、「江戸の子守唄」に、居間のほうの庭の桜は八重桜で開花が遅いと書いてあったのでしめしめと入れました。
   
銘刀をかかげ見上ぐる遅桜
   

わたしは「備前長船」で一句、と思ったのですが出来ず残念(>_<)!長船と言う地名は今でもあって(そういえば長船町も合併したとか)大きな河の流れるひなびた穏やかな感じの所なんですよ〜。現代でもあんなに穏やかそうな土地で名刀が鍛えられていた、それを握って江戸の町を武士が行く・・・と言うギャップが面白いなあ、って思いました。
(のばらさん)
たまこさまの「遅桜」にもはっとしました。草もののお花は神林家のお庭では印象的ですが、桜の描写があるのにはうっかりでした〜。さすがですねえ。
「長船」って地名なのですね〜。現存するなんてステキです〜。瀬戸内は穏やかな気候のところが多いですけど、備前は焼き物といい刀といい、職人さんが多いのですね。
(はなはなさん)



「源さんが惚れられるかね」
「御立派なお方ですもの」
「花御堂の決闘」より
「御立派すぎて」というのは、見合いを断る常套文句でしたが、今は死語かもしれませんねぇ。ところで、るいさんが源さんのことを「御立派な方ですもの」というこのラストシーン、私的には「女がひとり」のあの問答と共に印象的なんですよ〜。演出もいろいろ考えられそうで(真面目に言うのか、茶化したように言うのか、私が演出だったら、るいが何か忙しく仕事をしながら、何にも考えてない感じに軽〜く言わせる)第三章ではどうするのか楽しみ。でも、あっさり省略されそうな気も・・・
   
「御立派」と「惚れた」とは別 暮の春
   

「御立派」という言葉でここまで話題を展開し、こんなお句が作れるとは、千姫さんの「さすが甲羅が厚い」という声が聞えるようです(うひひ) でも確かに若い女性の心理を突いているお句ですよね〜。で、私もやっぱり「軽〜く言わせる」に一票。
やっぱりですか…。たまこさんとはまったく別な角度なのですが、私も印象に残った場面でした。平成版では、残して欲しい台詞を簡単に削ってしまうので、今回も心もとないですね〜。私はるいさんがしみじみと言うように感じるのですが…。
(蛍さん)



「は」「な」「み」「ど」「う」です。
   
春嵐 波風の果て 見定めて どこまでも行く 浮世我が道
   

わぁ、「は・な・み・ど・う」のお歌ですか。ありがとうございます!
凝ってるぅ〜\(^o^)/ 転んでも唯では起きないおたま姐さんですものねぇ〜。(笑) 「花冷え」と同じに「はなみどう」の響きも競作ポイントになるような気がしていたのですけれど、「はなみどう」からお歌を連想するとは考えも及びませんでした〜。「かわせみ」のお話に登場する人たちの生き方のようなお歌ですね。
(蛍さん)



 のばらさんの五七五 

「音の一句」今年はトリプル受賞でうれしいです♪ これも日ごろの「はいくりんぐ」あってこそ、今月もどうぞよろしくお願いいたします。決闘シーンも珍しくて、派手で動きのあるお話ですね。改めて面白く読みました。で、今月も例のごとく本文から脱線気味で妄想も(^-^;) お栄と兵馬は結局のところ、どういう結びつきだったのでしょう。源さんと東吾さんを狙った真の目的は仇討ちなのか功名心なのか?功名心といっても、ただ東吾さんや町方の源さん切ったら捕まるに決まってるのに・・・金儲けの知恵もある様子なのに後のことをどう考えてたんでしょう。気になりました・・・。
 (UP後に)
いつもより欠席の方も多いとのことでしたが、今月も読み応えがたっぷりでした〜。わたしはついダジャレ系に走ったり、なんとなく数ばっかり多くなる月があるので句数制限のアイデアに気持ちを引き締めて取り組みました。
(のばらさんの談)

春の雨の日っていろんな花や雨の匂いが立ち上ってきます。そんなときに香がたきこめられた中にいたら、さぞや、と思います。
   
春雨や匂ひをこめて町煙る
   

春の雨はあたたかな雨。そんな日には、普段感じない匂いに気づくこともありますね。
「春」と「匂い・香り」と「こめる・こもる」のイメージ、のばらさんと共通して使っていたな〜と嬉しかったです。でも私は原作の風景に頼っただけなんですが、のばらさんはイメージを自家薬籠中のものにしておられてさすがだと思いました。
下総時代の五井兵馬の気持ちも、私は深く考えたことなかったのですが、きっと、のばらさんの想像どおりではないかと思います。もしもお栄と間違いさえ起こさなければ、田舎剣客ではあってもそれなりに兄妹幸せな一生を送れたかもしれない・・・本当に人生はままならぬもの。
(たまこさん)



「雨でお寒うございますもの。一杯、召し上って……」
そっちを眺めて、東吾はやれやれと思った。
堂内の狭いところに源三郎が突っ立っている。小さな床几が一つ、女がそこへ腰をかけていて、運んで来たらしい徳利と盃がお盆ごとおかれていた。
「花御堂の決闘」より
いやらしい目つきで女を見ないタイプの、「野暮」とよく表現される源さんのまっすぐさや丁寧な物腰に、引きつけられたのでしょうか。お栄が今まで会ったことのないタイプだったのかも。この花御堂で、どんな想いがお栄にあったのかなあと考えてしまいました。
   
夜叉と野暮対峙しており花御堂
   
夜叉となるこの身を救え仏生会
   

実直を絵に描いたような源さんですから、お栄さんにもその人柄が分かったのかもしれないですね。女の心の中にはいつも夜叉が隠れ棲んでいるそうです。その夜叉は、抱えきれない哀しみを心に持った時に顔を覗かせるとか…。お栄さんを『夜叉』と喩えたところはのばらさんならではですね。
(蛍さん)



第二の襲撃者が、東吾の背後からもの凄い突きを入れた。
「東吾さん」
「若先生・・・・・・」
絶叫に近い二人の叫び声が耳に届く前に、二つの刀がぶつかり合って火花を散らし、同時に東吾の体は春風に吹かれた柳のように、軽やかに反転しながら、下からすくい上げるように相手の両膝を正確に斬りさいていた。
「花御堂の決闘」より
わたしにしては珍しく(?)事件のシーンから読んでみました。
   
春塵の寺に一陣剣光る
   




ここはきっと競作ポイントな気がしてます。るいさんの願い、きっと多くの人も願うことだろうと思います。お栄にとっては、兵馬はそう願う大切な人だったのでしょうか。
兵馬は下総でどんなつもりで東吾さんの名を口にしたのか。いろいろ疑問が浮かんだのですが、案外下総で道場をしていた時は、兵馬にはそれなりに満ちたりた時だったのかも、とも思いました。そして少年の日にともに稽古に励んだ東吾さんや源さんのことも、ただ懐かしく誇らしく、江戸にはこんなやつらもいるんだ、そして、俺はもっと強かったんだ〜なんて、弟子に自慢したかったのかも。なのに、今度もまた踏み外してお引越し・・・。
そしてお栄の心はなお荒れて、東吾さん源さんが死に関わったと耳にしたとき、暗い感情の渦に囚われたのかも知れないなあ、なんて本文とは別に妄想したのです。
   
大切なひと春一日胸のなか
   

兵馬についてののばらさんの考察、目からウロコです。最初から東吾さんを陥れようというより、確かにこんなふうに自慢したのかもしれませんね。その言葉に東吾さんへの友情を感じていたお栄は、兵馬の死とともに東吾さんの名を聞いて逆上した・・・、なるほどそう思えば、この数年がかりの仇討も納得です。
「源さんが惚れられるかね」東吾さんったらそんなこと言ってましたが、どうしてどうして。源さんって女から見ても惚れるに充分いい男なんですよ。顔じゃない心で惚れられる、そんな人ですよね。だから悪女と言われる彼女達も源さんのそんな魅力にいつの間にか心を寄せてしまったんでしょうね。
(あっちの管理人さん)
お栄さんは確かに「かわせみ三悪女」の中に数えられるような女かもしれませんが、何となくくっきりと人となりが浮かんでこなかったのです。兵馬さんと源さん、このふたりにどんな心をあずけようとしたのでしょうね、お栄さんは。何だかもっと読みこんでみたくなりました。
(はなはなさん)
蛍はお栄さんの行動がよく分からないのですよ。それほど悪い女性だとも思えないのですね。るいさんの言うように、果たし状は結局東吾さんに届けられたのですから、なぜお栄さんは源さんに「東吾さんを敵と狙う者がいると耳にした」と告げたのかな〜。お栄さんが、光蔵寺の茶店で働いていたことと、源さんが津軽藩の下屋敷に出入りしたのは偶然だったと思うのです。弟たちは肉親でもない兵馬さんの敵を打つことよりも、剣の使い手の東吾さんを討ち果たして名を挙げたいという功名心の方が強かったのでは ないでしょうか。(ですが、いくらお江戸の時代でも私闘は禁じられていましたから、ましてお寺社の境内などで刀を振り回わしたりなどはもってのほかですから、東吾さんを討ち果たしたところで仕官はもとより、お咎めを被ってしまうのですけれどね〜)
東吾さんが、「なんだってお栄は源さんに近づいたんだ」と言っていますね。「折りをみて殺そうと思った…」のではなくて、弟たちの暴挙を止めて欲しかったのではと思うのです。弟たちが仇討ちを企てているから止めて欲しい…とそう本当のことを言ったとしても果たして信じてくれるか心もとなく、ならば遠まわしにでも『耳にした…』と知らせる振りをしたのではないでしょうか。仇と狙うにはお門違いなのですが、お栄さんは兵馬さんが亡くなってしまった当初は東吾さんたちを、俗に言う、同じ釜の飯を食った仲間なのにと恨んでいたでしょう。弟たちは恨みよりも自身の腕試しの気持ちが方が強く、其の為に剣の腕を磨くのですが、お栄さんとしては年月とともにあだ討ちよりも弟たちが馬鹿な考えを起こさないで欲しいと願っていたのかも知れないです。剣の腕前が上達するのを待って江戸に出できたというのではなく、無謀な企て止めようとして仕方なく江戸に出て来たと思えるのですが…。それに同心の源さんに仇討ちのことを言ってしまっては、東吾さんが警戒してしまいますしねぇ。
兵馬さんがお家を潰してしまったのは自分の不器用さからですね。自分を責めて自分を恨んで傷ついていたところにお栄さんと出会い、お栄さんも決して幸せな境遇ではないです。東吾さんは兵馬さんのことを『女に手が早い云々』と言っていますが、(東吾さんがそれを言うかぁ… 笑)そんなふたりの気持ちが引き合ったのも自然の成り行きだとも思えるのです。弟たちの命を助けたいと言う心と兵馬さんを失った心の痛みをぶつけたいと言う気持ちが入り乱れていたのではないでしょうか。でも、結局失敗してしまいますね。弟たちの命を救うことも出来ず、お白洲で復讐とだけ自分の気持ちを言ったのも、自分だけ罪を逃れても却って辛いだけと思ったのでは…。お栄さんを買い被り過ぎかな。
(蛍さん)



 千姫さんの五七五 

はいくりんぐから「音の一句」に三人の入選、こでまり宗匠率いる「毬門」がいよいよ実を結び始めましたね〜、おめでとうございます。相変わらず、賑やかしにしか役に立てませんが、一門の一人だと思うと嬉しいです!
(千姫さんの談)

「お帰り遊ばせ」
上りかまちで、るいが手拭を出し、東吾の濡れた肩のあたりを拭き、お吉が汚れた足袋を脱がせる。
「花御堂の決闘」より
   
春雨や そぼ降るしずく 肌ぬらす
   

“春雨”って本当“そぼ降る”って感じに降りますよね。今月は“春雨”や“春の雨”がポイントのひとつでしたね。
(紫陽花さん)
この場面での御作でなければ、なんとまぁ色っぽいワ〜。「春雨」は東吾さんのことで、「肌をぬらし」ているのはるいさんで…。(^^ゞ 御免なさいね〜、勝手に解釈してしまいました〜。でも、しっとりとした雰囲気がとても好きです〜。それにしても東吾さんてば〜、こんなところでも上げ膳据え膳なんだから〜。(笑)
(蛍さん)



元祖かわせみで、寺田農さんの五井兵馬を見てから、兵馬に対する見方がまるっきり変わりました。武士としては未熟でも、生き方は真っ直ぐな人だったと、源さんの次に好きな人になっています。命を狙われながらも、亡くなった五井兵馬を悪く思っていないような、源さんも同じ気持ちだと思いたいです。
   
己知る 流浪の果ての 友悲し
   

寺田農さんの兵馬、私も印象に残っています。妹を思い、心ひそかにるいさんを思っている一途な一面が、よく表れていましたね。
兵馬さんは本音と建て前を使い分けることが出来ない不器用なひと だったのですね。兵馬さんの人生を『流浪の果て』と上手く表現なさっていると思いました。東吾さんは、『俺が斬ったのではない…』と言っていますが、追い詰めたことには確かてす。兵馬さんとしては、東吾さんや源さんには落ちぶれた自分を見られたくなかったろうし、(自業自得と言ってしまえばそれまでなのですが、そう言い切れないものがあります) お栄さんにはそんな兵馬さんの心の内が分かっていたのではないのかな〜。東吾さんて、色々な場面で感じてしまうのですが、いまひとつ微妙な心を理解出来ていないのではと思ってしまいます。(また言ってしまった… お千ちゃんの御作とは関係ないのに、ゴメン) 苦労人の源さんは友だからこそ、辛さも悲しさも悔しさも全部分かっているのでしょうね。
(蛍さん)



のどかに笑っている東吾の横で、るいがそっと目をつぶって合掌した。
この穏やかで幸せな日々を、誰かが理不尽にぶちこわすことのないように、と。
「花御堂の決闘」より
思わず「君がため〜」って出てきたけれど、後が続かず・・・
こでまりさんのコメントや、後から頂く感想に励まされ、私も心の中で両手を合わせています。
   
君のため 合わせる両の手 刃に映る
   

無事を祈って両手を合わせるるいさんに、実は東吾さんは気づいていたと詠まれたんですね。ここも人気のポイントです。
私、一門を率いているなんていっぺんも思ったことはないのですが、私こそ皆さんに毎月こうしてお付き合いいただいて、心の中で手を合わせています。
な〜るほど〜、「刃に映る」か〜。これは一本取られました〜。るいさんのその心を東吾さんなら言葉にしなくても分かっていてくれるでしょうね。 『誰かが理不尽にぶちこわすことのないように云々…』 ううん…、意味深ですねぇ。ここからはネタバレです〜。『小判商人』で、危ないことばかりする東吾さん、るいさんにしっかり叱られてしまいましたね。
(蛍さん)



 こでまりの五七五 

「音の一句」では、たくさんのあたたかいお言葉を、ありがとうございました。これを機に「敷居が高くなった」というよりは「おっ、こでまりでも取れるじゃん」と、更に多くの方が挑戦してくださるといいなぁと思っております。
(こでまりの談)

「傘を持って行ってよかったよ。春雨って奴は、たいしたことはないようで、気がつくとじっとり染み込んで来やあがるからな」
「花御堂の決闘」より
春雨と着物の関係ですが、何故かこの日の女性たちの気持のようで、気になりました。
   
春雨のごとく憂いの重く染み
   

春雨の中をお千絵さんは「かわせみ」まで出向いて来たのですね。そおか…、お千絵さんて普段は割合にカラッとした女性だと思うのですが、少しずつ少しずつまるで春雨のように不安が染み込んで 行ったのですね。なるほど…、ザーザー振りだったらお千絵さんの心は滅茶苦茶に感じてしまいますし、真っ青に晴れた日というのも似合わないし、「春雨」だからこそ微妙に複雑な心が感じられるのですね〜。さすが!読みが深いです〜。
(蛍さん)



雨の日は「高下駄」を履くということ、当時としては当たり前のことですが、いかにも江戸時代らしいなあと思いました。
   
高下駄の響く永代春の雨
   

高下駄や草鞋の紐を結ぶ描写を読むと、お江戸だな〜と思いますね〜。当たり前なのですけれど、履く物にもTPOがあるんだ〜と改めて思ったりしました。高下駄の御作にはお江戸の情緒が溢れているように感じました。現代では橋もコンクリで固められてしまって下駄の音が響くことも無くなってしまいましたね。
(蛍さん)



ここも競作ポイントになりました。
   
花御堂追いつめられし巻羽織
   

「追い詰め」たのはお栄さんですね。迫られて困りきった源さんの顔が浮かんでくるようです〜。源さんの一言が揮っていますね。お栄さんから迫られたことを真面目な顔で東吾さんや長助さんに言うのは、まったく源さんらしいですね。
(蛍さん)



東吾は大小を取って立ち上った。
「るいには、なにもいうな」
帳場へ出て、嘉助に草鞋を一足出してもらい、それを手にしたまま、まっしぐらに永代橋を渡る。
  (略)
舟の中で、東吾は草鞋をはいた。念入りに紐を結ぶ。それから刀の下げ緒をといてたすきにした、その上から羽織を着直す。
「花御堂の決闘」より
前もって源さんから聞いていたにしても、この時の仕度は本当に素早いですよね。理不尽な「果し合い」であっても、少しも迷わず受けて立つ東吾さん、武士としての潔さと勇気を見たように思います。
   
ためらわず地を駆け向かう果し合い
   




このお話では二振りの刀が出てきますが、私は折れた「関の兼定」の方に心惹かれました。刺客と刀を合わせた時には、「ガキッ」とか「キーン」とか、凄い音がしたことでしょう。
   
ひこばえを撃つ兼定や大気鳴る
   

関市も刃物の名所ですね。こでまりさまのお句は迫力!コメントにも納得!なんていうか男っぽい印象「兼定」東吾さんに似合ってそうだったのに、折れてもったいない〜〜。
(のばらさん)
関の兼定、たしか土方歳三の佩刀も兼定だったと聞いています。土方が持っていたのは代々兼定を名乗る刀鍛冶で「ノサダ」といわれる代のものだったとか。なぜ「ノサダ」と呼ぶかというと、銘の「兼」を略して「ノ」と彫るのは何代目かの刀匠だけ、それがまた良く切れるのだとか。東吾さんのはそんな怖ろしげな刀であって欲しくはないですが、名刀には違いないようですね〜。
(はなはなさん)
「高下駄の〜」「ひこばえを〜」これらも「音の句」ですよね!とくに「兼定」の御句の緊張感とスケールの大きさ、「納めの二射」の御句とも共通すると感じ ますが、素晴らしいなぁと思います。
(たまこさん)
“ひこばえ”の説明をお願いします。辞書を引いたけどどうもしっくりしません。出来の悪い弟子ですみません。破門されちゃうかも〜
(紫陽花さん)
紫陽花さん「破門」なんてとんでもないことです。こちらこそお見捨てなきよう(平伏)
「ひこばえ」は切り倒された切り株から芽を出した若い枝のことで、春の季語ですね。「切り株=兵馬」「若い枝=大村兄弟」と見立てて、倒れた木の思い(恨み)を受けて刺客となった若枝という連想で詠んでみましたが、わかりにくくてすみません。
たまこさんのおっしゃるように、これも「高下駄」も音の句でした。
(こでまり)
「ひこばえ」は単に春の季語、としか思ってなかった私・・・ そうかぁ深い意味があったんですね。勉強になるなぁ。
(たまこさん)
「ひこばえ」言葉自体知りませんでした… 深い意味もうかがって、さらになるほどです。本当に、ご本家もはいくりんぐもたまこさまのところも勉強になる事ばかりです。
(麦わらぼうしさん)
「ひこばえ」については、ちょっとひねりすぎだなあと思っていたので、紫陽花さんがお尋ねくださって良かったです。歳時記で見つけた時に、すぐに兵馬とあの兄弟に結びついてしまったので、使ってみたかったのです。でも、パッとはわからない句で、すみません。
(こでまり)
「ひこばえ」問答面白かったです〜。わたしは「ひこばえ」という言葉自体は知ってたのに、なんとなく「生えなくってもいいのに、いらんこと生えて来ていらんことしてる親知らず」のイメージを思い浮かべてしまってましたが「そうじゃなかったんだあ〜、なるほどなあ〜」と思いました。ここ数ヶ月「感想をお送りしよう」と思ってるうちに日は過ぎて〜の繰り返しですが、皆さまの感想&問答もいつも楽しみです。
(のばらさん)
「ひこばえ」なるほどねぇ。国語辞書引いて意味を調べたけどどうもぴんとこないし、季語辞典や歳時記で調べた方がいいのかなぁと思っていました。兵馬と兄弟だったとは… そんな深い意味があったとは思いもよりませんでした。
(紫陽花さん)
私も意味を知りたいと思いましたので歳時記をみました、でも深い意味があったのですね この句とっても好きです『大気鳴る」いいですよね 東吾さんの剣の音が聞こえてきそうな感じです この場面私もとっても読みたかったのですが、どうしても句になりませんでした とても勉強になりましたって私にはまだまだ読めそうに無いですけど
(ぐりさん)



 ぐりさんの五七五 

先日チョット初代版を見たら、あーやっぱりいいな 「花御堂のー」を読みながら源さんはやっぱり山口源さんです 新しいお話を読んでも、私の中で想像するのはやはり初代版の人たちです。。。とかなわぬ愚痴を失礼しました
さて「花御堂の決闘」、これは東吾さんにとってはうそだろうって言うお話ですよね、身に覚えのない逆恨み、其れを心配して張り番を続ける源さんのやさしさと言うか誠実さに、打たれます
 (UP後に)
今月はやはり欠席されて方が多かったのですね。やはり新年度皆さん忙しい方が多かったのですね、でも句の中身はこ〜いですね。決闘のシーン私も読みたかったのですがどうしても言葉がうまく浮かびませんでした、皆さんうまく読んでいらっしゃいますね。
(ぐりさんの談)

   
移り香に 心を乱す 妻なれば
   

お千絵さんて源さんがお役目で遅くなっても、その留守を文句も言わずに守っているしっかり者なのですけれど、「かわせみ」にまで相談に来るのはよくせきの事ですね。現代でも旦那さまから色っぽい香りが漂ってきたら、そりゃ心配ですワ〜。幸か不幸がその経験はまだ無いのですが…。(笑)
(蛍さん)



「実は、そうなんです。ですから茶店のほうで張り込みをするのは剣呑だと、御堂の内陣へ移ったんですが、雪駄の鼻緒はすげてくれる、茶だの、酒だの運んで来て、今日も東吾さんが来てくれなかったら、どうなっていたことか……」
「花御堂の決闘」より
源さんにまつわる3大悪女のお栄さんのあだっぱさも 源さんには通じなかったようで、かえって。。。。。
   
こちこちを 溶かそうとして 凍て解けず
   
憎しみと 好きのはざ間で 春芝居
   

源さんの困惑もお栄の当惑も目に浮かぶようです。「こちこち」が可笑しい!
“こちこち”いいなぁ。可笑しくて、可愛い言葉ですよね。「こちこちの石頭」源さんを表現するのにぴったり。
(紫陽花さん)



東吾が何度見ても見飽きないように、長船義光をみつめた。小丁子まじりの直刃がまことに上品で穏やかな感じのする名刀である。
「花御堂の決闘」より
   
名刀に 見ほれるほどに 冴え返る
   

丁子刀は、刃にあるもやもやっとした刃文が丁子の花に似ているのでその名が付いたようですね。備前の刀にはその刃文が多いそうですが、刃文から「穏やかな感じのする」という雰囲気が伝わってくるようですね。蛍は浅博なので確かかどうか疑わしいのですけれど、「長船義光」と言う刀工は随分と昔の方のようですね。秀吉さんの頃に、刀剣王国だった備前の長船は吉井川の氾濫で壊滅状態になってしまったそうです。それ以前の刀ですから、通之進さまが、「我が家重代の名刀」と言うのも頷けますね〜。東吾さんならずとも、日本刀は日本武士の魂と言われるだけあって、日本人の魂を魅了する妖しさや神秘性を持っているのでしょうね。でも〜、「見ほれるほどに」って、東吾さん、るいさんにも結構見とれていますよ〜。(笑)
(蛍さん)



   
宵節句 回りまわって 花御堂
   

兵馬がこうなることを望んでいたかどうかは疑問ですが、お話の題をとったお句、面白いですね。



 はなはなさんの五七五 

「花御堂の決闘」を送ります。今回ははなはなにとってはちょっと苦手な部類のお話だった気がしますが、これも修行のうちですね〜。とりあえず5句限定ということで。はじめからオキテ破りはいけない、と自戒してみました〜。限られた中で表現するというのはいい訓練ですよね、宗匠のナイスアイデアですね♪
 (UP後に)
今回の句数制限はとってもナイスなアイデアで、いつもだらだら作ってしまいがちな拙作も、練り上げてから出さなくては、という気持ちになりました(その割には…?な出来上がり) 拝見させていただく側からしても、ひとつひとつ御作をじっくり味わいながら拝見できるのが嬉しいです。
(はなはなさんの談)

追いついた東吾が傘を並べるようにして光蔵寺の門を出ようとした時、亀戸天神の方角から二人連れの侍がこっちへ来た。
源三郎の全身に緊張の走るのを東吾はみてとった。
「花御堂の決闘」より
このお話の軸は、東吾さんと源さんの友情かな、と思います。東吾さんの代わりに自分が死んでも、と源さんは思っていたのかもしれません。
   
ともがらを気遣い気遣われて花御堂
   

やだ〜、源さんが死んでしまったらお千絵さんはどうなるの〜と、つい突っ込みを入れてしまいました〜。御免なさい…。兵馬さんとは友情を持つほどに親しく付き合っていたのではないのでしょうけれど、同じ師に付いて稽古をし合った仲間として、別な意味で忘れられない人なのでしょうね。源さんが東吾さんに向かって、『持つべきものは云々』とか良く いいますが、東吾さんは本当に幸せな人ですね。男同士の友情も「かわせみ」にはなくてはならない大事な要素ですね。
(蛍さん)



実は長助の心配の仕方もとても好きなんです。東吾さんを気遣いつつ、源さんへの忠誠・源さんの男気を尊重している…。本当は兄上さまのシーンで一句、と思っていたのですが長助の忠誠に一本、でこの句ができました。
   
雨しきり船も心もじぐざぐと
   

長助さんの気持は、独占ポイントでしたね。
はなはなさんの独占ポイント、長助の源さんと東吾さんそれぞれに対する信頼感(「しんと考え込ん」でから「決心のついた顔」で東吾に打ち明けるところ)が泣かせますよね。また、源さんの長助への思いやり(「小さくなっている長助をいたわるように眺めて、その視線を東吾へ移した。」)ここもいいんだわ〜〜。と思いながら五七五になるなんて、思いもよらなかった私でした。やられたぁ。
(たまこさん)



予想したように花御堂の前は人で埋まっていた。花祭りの当日なのである。
  (略)
東吾の手から、いつの間にか脱いでいた羽織が相手の顔へ叩きつけられた。よろめいて立ち直ろうとするところへ、東吾の峰打ちがきまる。
「花御堂の決闘」より
決闘のシーンが実は好きです。時代物ではやはり剣戟シーンがないと…と思うのですが、かわせみはどちらかというと人情モノ。華やかな花まつりが一転して決闘の場に変わる、それが詠みたかったのです。
   
花まつり一閃の光に切り裂かれ
   

私は音でこの場面を詠みましたが、朝の決闘ということではなはなさんものばらさんも、「光」を詠まれたのがなるほどと思いました。
コメントで仰るとおりに、女子供に似合いそうな楽しさにあふれた花祭りと血生臭い決闘との対比が凄くよく感じられました。はなはなさまの御作は、柔らか〜いのにドキッとする雰囲気もあり、そのアンバランスも魅力のひとつになっていると思います〜。
全然関係ないのですけれど、「東吾の峰打ちがきまる」とありますね。「峰打ち」は刀の刃とは反対側で打つことだと思うのですが、そこは「棟(むね)」と呼ばれています。なので、「棟打ち」なのではないのかな〜とつまらないことを考えてしまい ました〜。(^^ゞ
(蛍さん)



最後のシーンで新婚のるいさんがひそかに東吾の安全を祈りますね。ここは切ないなぁと思うと同時に、女房の心配を知らずに新しい玩具をもてあそぶように「長船」に夢中の東吾さんがおかしくて。でも真剣の美しさというのは本当に魅入られるような感じがして。鏡のように回りを映しこむわけではないのに、あのように光っているとじっと見つめていたくなりませんか。
   
幸ありてなお祈ることあり春の部屋
魅入られて刃の下のいのちなり
    

「幸ありて〜」いつもながら、はなはなさんのこういう心理描写の五七五、うまいなぁと思いますね。
不幸から抜け出したいという祈りよりこの幸福を失いたくないという祈りのほうが切実なのかも・・・「春の部屋」で部屋の中にいる他の人物、るいの心配にちっとも気づいていない東吾との対比も暗示されているんですよね。
(たまこさん)
お江戸の時代になると平和になり、合戦の場もなくなって、刀の出番もそうあるものではないのですが、本来刀は人を切るためにあるものですから、るいさんとしては刀に見入っている東吾さんを傍で見ていては、やはり心穏やかにはいられないでしょうね。「なお祈ることあり」には、そんなるいさんの切実な願いを感じました。日本刀に接する機会は全くありませんが、去年小田原城にお邪魔 させていただいたときに、沢山の日本刀を拝見させて頂きました。現代では日本刀など持って歩いていたら、即不審人物に間違われてしまいますけれど、お江戸ではそれが当たり前というのも、実際に 日本刀を見て何か怖いものがありました。「刃の下のいのちなり」を実感しました。
(蛍さん)