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 江戸の初春
            は る
「新装版 水郷から来た女」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
皆様、お健やかに新しい年をお迎えのことと、お慶び申し上げます。
また先月の「幼なじみ」をはじめ、昨年は大変にお世話になりまして、ありがとう存じました。今年も、どうぞよろしくお願いいたします。

さて今月は、「江戸の初春」を選びました。

題名からもわかるように、お正月の雰囲気が随所にあふれるお話ですが、冒頭から何やら東吾さんがただならぬ様子です。

さあ、今月はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成十七年一月)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
読みました、読みました!
はあぁ、相変わらず内容が濃くて、読み応えがありますね。
五七五には不調法な私ですが、皆様の力作を読んで原作のお話を思い出したり、
「ああ、こういう解釈も有るのね…」と感心する事しきりです。
この頃のるいさんは、幸せなんだけれど、
いつも泣きそうに切なくて、可愛らしくて、目が離せないイメージ。大好きです。
いつかは私も挑戦できるかしら、と精進しております。
(ああ、こんな宣言をして、自分の首を締めている…)
(あきらさん)
今日初めて拝見させて頂きました。
投稿は私には無理ですが、又お邪魔して拝見させて下さいね。
(ひまひまにゃーさん)
拝見させていただきました。
予習として(?)「江戸の初春」をじっくり読み、
「あ、今月はここがポイントかな?」なんて予想してましたので、
UPが楽しみでした。
東吾さんと兄上が年始まいりするところはどう表現されるのかな、
と思っていたらやっぱりたくさん詠まれてましたね。
(それでも「さる者」には気がつかなかったなー。)
(小式部さん)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 TERAIさんの五七五 

「江戸の初春」は読んだのは多分初めてだと思いますが、新鮮でした。本年もよろしくお願い致します。
 (UP後に)
今回は原作本文の字句をそのまま転用してしまった句が多くて(数は多いのですが)反省です。
(TERAIさんの談)

その年の初春は、神林東吾にとって、いつもの正月と勝手の違う幕開きになった。
例年なら一人で出かける年始廻りに、兄の通之進が、どういうつもりか、東吾を連れて行くといい出したものだ。
「江戸の初春」より
   
何事か!? 兄上と行く 年始廻り
   
出かけます 義姉上にだけは ことわりを
   

「出かけます〜」怒ったお姿は想像できませんが、万々が一、敵に回したら、一番恐ろしいのは、香苗義姉上でしょうね。
(ななかまどさん)
兄上さまと東吾さんが連れ立って新年の挨拶に出向くこの場面は凄い競作ポイントでしたね〜。 「!?」に東吾さんの戸惑いを感じました。とてもお句の雰囲気作りに効果的だと思います。
(蛍さん)



兄の指図だろうと東吾はいった。義姉は気のつく女だが、決して独断で物事をやってのけることはない。
「よろしいのでしょうか」
るいはおどおどしていた。
「江戸の初春」より
   
通之進 かわせみ主従に お年玉
   
櫛かんざし 貰うも不安 東吾様〜
   

「東吾様〜」の「〜」と伸ばすところが効いていますねぇ。まだ正式に妻の身ではないるいさん、どうしようかと東吾さんを待ちわびている様子が感じられました。
(蛍さん)



   
もぐりかい? 実は盗っ人 猿回し
   
手口かえ 敵もさる者 猿回し
   
すわ用心 奥へはいった 猿回し
   

「猿」三部作ですね。私も猿廻しを詠みたかったんですが…。



「山の気温は油断すると、茶畑をひどいことにしてしまいます」
自然と戦いながら、良い茶を育て、茶摘へたどりつくまでの生活は自分にとってはなによりも生甲斐のあることだと、徳之助はいった。
「江戸の初春」より
   
大店より 茶畑育てる 心意気
   
ふたおやの 狭間で動けぬ 恋模様
   

「お茶作り」にかける徳之助の気持はさわやかですね。つい「父親や先代みたいにはなるなよ〜」と、言いたくなります。
「ふたおやの〜」私もここを詠んだのですが、いまいち納得のいかない出来(←この句に限った事ではないですが…)だったので、拝見した瞬間、うま〜い!こういうふうに詠みたかった〜!って、思いました。
(麦わらぼうしさん)
「ふたおやの〜」あー!うまく言葉が収まってるって瞬間的に思いました。
(紫陽花さん)



 ななかまどさんの五七五 

北国の冬景色と重なる箇所ばかりになってしまいました。難しいです。
 (UP後に)
「梅」が入ったお句を読んで、まず絶句した私です。道内の温暖地では、梅はゴールデンウィーク明けに咲きます。道内の寒冷地では、梅の木は育ちません。サクラは、かなり寒い日が続いても、春になって気温が上がればぱーっと咲くそうですが、ウメは、最低気温±0℃くらいの日が一定期間続かないと、いきなり気温が上がったからといって、咲くことはできないそうです。「梅は五月!」の私には、「江戸の初春」の梅が目に入っていなかったのでした。どのお句も素敵だなと思いますが、感想を書くのも、句を作るのと同じくらい難しいですね。でも、気持ちよく味わわせて頂いています。
(ななかまどさんの談)

   
策略が 裃着ける 年始め
   

「策略が裃着ける」という表現はなるほど!と思いました。お互い胸の内は色々あるのに、年始まいりは並んですました顔で挨拶しているんですよね。
(小式部さん)
兄上さまのポーカーフェイスにはさすがの東吾さんも敵いませんね。兄上さまの思惑を「策略」と詠み、「裃」を着けて、あっこれは兄上さまのことだ〜と納得です〜。
(蛍さん)



   
申追ひて 初酉物の 巻羽織
   

干支をお上手に詠みこんで!
捕り物を「酉物」としたところに感服です〜。な〜る、まったく気がつきませんでした〜。
(蛍さん)



「こっちだって宿屋商売だ。問屋で買って悪いわけはあるまい」
東吾がいえば、お吉までが調子に乗って、
「そうですよ、お嬢さん、一年分のお茶をまとめて買っておいでなさい」
「江戸の初春」より
   
一年の計は 茶の葉のまとめ買い
   




「世の中、何事も繰り返しだといいますけども因縁って怖いと思いましたよ」
そもそも、今の徳右衛門が、先代の長女の聟になって駿河屋を継いで、
「最初のお今さんが生まれた同じ年に、隠居していた先代が、こともあろうに、よそに子供を作ったんですよ」
「江戸の初春」より
駿河屋の代々の人々への、私の感想のつもりです。
   
繰り返す恨みと恋が 雪崩打つ
   

「恨みと恋が雪崩打つ」という表現がすばらしいですね。雪崩というのは、溜まりに溜まった雪がおしよせてくるもの。長年の恨みと恋が溜まりに溜まって…う〜ん、うまいなぁ〜
(麦わらぼうしさん)
やられた〜と思いました〜。因果は巡ると言いますが、積もった因縁がまさに「雪崩打つ」という感じがしました。北国にお住まいの、ななかまどさまならではのお句ですね。
(蛍さん)



そんな喜之助の本心にあったことは、長いこと、日かげで忍従を余儀なくされた男の怨念が、そんな形で爆発したのかも知れない、と東吾はいった。
「江戸の初春」より
暖地の皆様へ。軒先のつららを放置しておくと、積雪の重みや気温のゆるみによって屋根の雪がずれてきたとき、つららが、家を突き刺す方に向きを変えるのです。早く落とさないと、ガラスが割れることなどがあります。つららは喜之助さんのつもりです。
   
捨て置きて 母屋貫く つららかな
   

さすがにこちらで見かけるつららとは違いますね。「家の方に向きを変える」なんて。つららと喜之助さん、哀しいくらいに似ていますね。
ドラマ化されるときは、「喜之助」の存在感に期待したいものと思いながら、自分では詠めなかった所なんですが、ななかまどさんの、「つららが家を突き刺す…」というお話は、とてもインパクトがありました。
(たまこさん)
つららの話は北陸でもないことなので関心を持って読ませていただきました。
(TERAIさん)
大きいつららほど、時間をかけてじ〜っくりじわじわ出来ていきますもんね。つららと喜之助、確かに似ている…
(麦わらぼうしさん)



 千姫さんの五七五 

まだ昨年のお気に入りアンケートの余韻が残っているのか、毎月の五七五が、なかなか出来なくて困っています。それでも毎月参加を目指して一つは捻り出すのですが…大変です。
 (UP後に)
早いものでもうUPの時期だったのですねー。最近の私は五七五で一ケ月の日付に気づいているみたいです(笑)月が変わるとお題発表、10日前後に投稿して、20日頃UP月末までに感想を送る・・・あきらさんもハマっちゃいますよぉ〜
(千姫さんの談)

どの屋敷でも、兄弟揃っての年賀を好意をもって迎え、むしろ、兄弟の歿った父親の想い出話に花が咲いたりする。
「江戸の初春」より
団十郎も菊之丞もかなわないと言われた殿様、通之進と紋服に裃つけ正装した東吾の二人が年賀の挨拶に現れて玄関に立っていたら(きっとマンガなら二人の背景にはピンクのバラを描くでしょうね…)、出迎えた屋敷の女性たちには目の正月です(女性の目にはきっとハートマークが入っていますよね)
   
兄弟が揃いの年賀 春来(きた)
   

その胸中はいざ知らず、見かけた人はまさに「目の正月」ですね。
「春来る」という表現がいいですね。
(TERAIさん)
たしかにこの兄弟が正装して玄関に現れたらぽーっとしちゃうでしょうねぇ。まさに春来るって気分だと思います。こでまりさんのコメントもいけてます(笑)
(紫陽花さん)
いつもながら、お千さまの視点には感心しています〜。挨拶に出向く二人の側ではなく、出迎える側からのコメントは、ここもお千さまの独占ポイントですねぇ〜。
(蛍さん)



ちょうどBSかわせみの「花冷え」でるいと東吾が一緒になれない理由を通之進が東吾に言い聞かせていましたね。通之進、香苗さま、東吾、るい、それぞれの立場、思いがせつなかったです。
   
添えられぬ人の屋敷(いえ)より贈られし ふるえるてふが君を見上げる
   

「添えられぬ人」の響きは、るいさんの哀しい立場そのものですね。「君を見上げる」に不安な様子のるいさんを凄く感じ ました。
(蛍さん)



男が女を制し、足早に通りすぎた時、屋台の親父がそっといった。
「はあてな、けもの臭いねえ……」
たしかに、かすかだが、けものの臭いが夜気の中に残っている。
「江戸の初春」より
ここは、ちょっとした穴かな?いやいや◆さんも詠むかな?(たまこさんの真似ですぅ) 私はこれが一番に出来た五七五です。
   
一番の手柄はあんた 親父(おやじ)さん
   

ふっふっふ、ここは独占ポイントでした!
さすが千姫さんの独占ポイント!文字どおり鼻のきく、屋台の蕎麦屋のおやじさん、今でいうなら警視総監賞ものですよね。
(たまこさん)
やられた〜!って感じです。今月の「ここは気づかなかった!大賞(?)」だと思いました。(←そういうのを独占ポイントというのですね)
(麦わらぼうしさん)
爆笑しました。この嗅覚を見込まれて、お手先にスカウトか?
(ななかまどさん)
え〜こんなところを詠むなんて。千姫さんらしい。
(紫陽花さん)



 七歩さんの五七五 

 (UP後に)
みなさん、さすが「敵もさる者」でしたね。かなり、同じポイントや同じ言葉に集中したようで、微妙な違いが楽しめました。言葉遊びも多かったですね。
(七歩さんの談)
「今のところ、三軒とも口を揃えて、ないと申しております」
「敵もさる者だな」
「江戸の初春」より
申年から酉年になったな、と考えながら、「敵もさる者」というセリフを読んでいたら、こんなお笑い系の句ができました。
   
厠かり敵もサルもの疾風のよう
   
門松やサルとり合戦巻羽織
   

この「敵もさる者」が気になった人、多かったみたいです。(実は私も詠みたかった〜)
「猿」を「サル」と詠まれたのは七歩さまらしいですね。
(TERAIさん)
「敵もさる者」大競作ポイントだったのですね〜。私は全然気がつきませんでした…まだまだ、読みが浅いです。七歩さまのサルがらみのお句、みんな素敵ですね。
(麦わらぼうしさん)



「まず、疾風小僧の一味に駿河屋を襲わせて、邪魔な徳之助を殺させる。自分はお上に訴え出て、一味をお縄にすれば、無論、亭主も島送りか、獄門か、どっちにしても二度と娑婆には戻れない。自分は実家に戻って、駿河屋の財産を一人占めする魂胆だったのさ」
「江戸の初春」より
落ちぶれると人の心は、奈落の底に落ちるように荒んでいきます。特に都会に住む者には誘惑が多い。
   
サルも棲む女ごころや江戸の春
   

『厠かり敵〜』『門松や〜』『サルも棲む〜』 東吾さんのこのセリフの場面は競作ポイントだったのですねぇ。東吾さんにそう言わせておいて、実際に猿を使っての仕業にする平岩先生のサービスには気がついたのですが、ここがポイントになるとまでは うっかりでした〜。(>_<) 初春らしく愉快なお句ですね。女心は猿のように掴まえ所がないということですね。
(蛍さん)



「手前は、江戸へ出てくるんじゃありませんでした」
「そんなことはないでしょう。お小夜さんに逢えたのは、江戸へ出てきたからだから、遠州にいたら、一生、逢えませんよ」
「江戸の初春」より
それでも幸せを掴む若者達が多くいるのも、この世の中です。
   
初春や江戸が結びし赤い糸
   

「サルも棲む〜」「初春や〜」のお句、江戸の善と悪の部分を、対で表しているのですね。うまいなぁ〜。
(麦わらぼうしさん)
蛍もねぇ、少女の頃は(あったのですよ、少女時代が…笑)私の赤い糸は誰の小指と繋がっているのかな〜などと夢を見たこともありましたよ〜。
(蛍さん)



なんのなんの、若者だけでなく、強く正しく生きる者には、苦労の後に喜びが付いてくるようです。たまこ姐さんと酒を酌み交わす源さんの姿が見えてきました。
   
梅一輪背に酒をくむ巻羽織
   

ほほほ、この頃はまだ、お千絵さんもいませんしね。
「梅一輪」の句にも納得です。
(TERAIさん)
私も梅一輪という言葉を入れてなんとか詠もうとしたのですが、ダメでした。一件落着したあとに、飲む酒は格別でしょうね。
(麦わらぼうしさん)



 すみれさんの五七五 

年末年始は病人と格闘しておりました。形ばかりの参加ですが、ご常連の皆様方、来月も参加できたら挑戦してみますね。
(すみれさんの談)

兄が、もし、弟をよろしくとでもいったら、直ちに反撃に出るつもりの東吾は弱った。
まさか、自分のほうから、そんな話を持ち出すわけには行かない。
「江戸の初春」より
冒頭場面より
   
兄弟(あにおとうと) 年始まわりの もの思い
   




例によって二人の部屋で
   
冬の蝶 鬢(びん)の香りに 酔いしれて
   

「鬢付け」っていい匂いがしますね。その香りに酔うのは、東吾さんも…ですね。
「鬢の香り」という表現が素敵です。
(TERAIさん)
お加減が良くないと伺いました。今月はすみれさまの巧みな言い回しのお句を拝見出来ないのかな…と思っていましたから、嬉しいです〜。(*^。^*) 形ばかりなどと、なんの何の、「鬢(びん)の香りに」とは、色っぽ〜いですねぇ〜。蛍もるいさんの「初島田」で詠んで見たかったのですが、「♪貴方のリードで〜島田も揺れる〜」が頭を駆け巡ってしまいました〜。(^^ゞ 古〜!(笑) 酔いしれているのは、東吾さんかな〜。
(蛍さん)



決して、後味のいいとはいえない事件だったが、僅かに幸せがあったのは、徳右衛門が思いがけず元気になって、 (略)
「江戸の初春」より
このお話の中にも病人の看護の様子がありますね
   
雪の朝 みまもるいのち 温もりて
   

ご病人の看護にお忙しい中、ありがとうございました。すみれさんのような前向きな方が傍にいらっしゃって、ご病気の方も安心だろうと思います。どうぞお大事に。
看護されているすみれさまの、あたたかいお気持ちが伝わってくるようなお句ですね。徳右衛門さんのように、すみれさまのお家の方も元気になりますように…どうぞお大事に。
(麦わらぼうしさん)



 たまこさんの五七五 

「初春の客」で始まった東吾とるいのかわせみ物語は、「師走の客」で初めて二人そろって除夜の鐘を聞き、次の年は「幼なじみ」の事件と共に年を越し、その次がこの「江戸の初春」事件だったんですね。並べてみると何だか「はいくりんぐ」の歩みも一緒に感じられて面白いです。今のかわせみのお正月は、子供たちが集まって大はしゃぎの賑やかな初春…と思っていたら、その子供たちも早くも十代半ばにさしかかってきて。ますます気のもめる今後の展開ですね!
 (UP後に)
新しい年が明けたと思ったら、どんどん日が過ぎていきますね。巻羽織句も、畝様人形のところの句も、いろいろありそうで嬉しいなー。「源氏車」も「さるもの」も、全く気がつきませんでしたわ。皆さん、ますます腕をあげられているご様子で、焦っちゃいます〜
(たまこさんの談)

で、東吾としては、一言でも兄がそれを口にしたら猛然と逆らう気であった。
なのに、年始に連れて歩くだけで、言った先でそれらしいことを兄もいわず、上役も口にしない。
「江戸の初春」より
ドラマでは原作より、兄上の反対が強硬だという話を時々掲示板で目にします。私はまだその場面を実際に見ていないので何ともいえませんが、兄上としては、障害の多い恋をつらぬくには、二人の気持ちが本物かどうか、よくよく見極める必要があると思っていたんじゃないでしょうか。正式に結ばれた後で結局うまくいかないという事になった場合、東吾よりもるいのほうが傷が大きいことを考えて、ここは自分が悪者になっても、事を急がずにじっくり進めようという深謀遠慮だったのでは?という視点から一つ。
   
手の内は見せぬが花よ名与力
   

ドラマの兄上は方斎先生と一緒に東吾さんを責める場面もあったと思うのが原作とは違うところですが、原作ではたまこさんのおっしゃるように、先々までを考えていたように思いますね。
確かに、原作では、どうやったら一番いい形で添い遂げさせてやれるか、深く考えていたように思います。名与力だから、ちゃんと決着がつくまでは手の内は見せぬ…な〜るほど!
(麦わらぼうしさん)



畝源三郎がやって来たのは、翌日の朝で、東吾はるいと差しむかいで遅い朝飯を終えたところであった。
「正月早々、不粋なことで申しわけありませんが……」
「江戸の初春」より
源さんの挨拶は、季節にかかわらず、「おめでとうございます」よりも「お邪魔します」が似合っているような(笑)
   
明けましてお邪魔しますと奴が来る
   

ユーモアたっぷりの句ですね。楽しませていただきました。
(TERAIさん)
これも、うま〜い!と思いました。「女がひとり」の時の「そうなのだ気になる男はやはり奴」のお句を思い出しました。「源さんの事をつぶやく東吾さんシリーズ(?)」ですね。
(麦わらぼうしさん)
たまこ様にしか作れないお句ですよね。源さんとたまこ姐さまの「深い仲」に、ちょっと羨望したりして…。いえ、わたくしは、新参者でもあり、そっと見守らせて頂くだけで、しあわせです。
(ななかまどさん)
爆爆です〜。「奴が来る」と東吾さんのぼやきが聞こえてくるようですねぇ〜。お邪魔しますといいつつもあまりそうは思っていそうもない源さんとお邪魔されないとそれはそれで手持ち無沙汰の東吾さんの二人は、憎まれ口を言い合い ながらも気持ちの良い二人ですね。
(蛍さん)



遠州から来た徳之助は「16歳になったばかり」と原作にありますが、16歳といえば高校生、いくら今よりも大人になるのが早かった江戸時代とはいうものの、このような複雑な家庭事情の中で自分の将来を決めるのは荷が重いはずと可哀想になってしまいました。でも、事件はめでたく解決したし、きっとお小夜ちゃんと夫婦になり、江戸と遠州を行き来しながら、立派に事業を継いでいくことでしょうね。
   
茶の花に揺れる心を預けたし
   

「茶の花」は白くて小さい冬の花と、徳之助さんにもお小夜ちゃんにもよく似合う花ですね。
たまこさまのコメントを読んで、私と同じような事考えておられたと思ってうれしくなりました。お句も、おそらく同じ事を詠まれていると思いますが出来が違いますね。やっぱり、たまこ姐さんには、まだまだ、かないません…
(麦わらぼうしさん)



その猿は家中を走り廻って、手を焼かせたあげく庭の松の木の上でちぢこまっている。
「江戸の初春」より
最後は言葉あそびで…
   
悪事とは知ら「猿」哀れ江戸の初春
   

ありがとうでご「猿」 m(__)m
平岩先生の洒落も「猿」事ながら、それにも増してお洒落なお句ですねぇ〜。生き物には罪はないのに人間の欲は醜いですね。
(蛍さん)



 のばらさんの五七五 

東吾さんと徳之助、駿河屋の喜之助を対照的に書かれたお話のように思えました。東吾さんは次男、もしかしたら喜之助と同じように一生うだつが上がらないままかもしれない、でもクサクサしたり兄をうらやんだりもしていない、それは東吾さんの「考えすぎる、自分を不幸がることはしない」性格で、そしてけじめなのかもと思いました。おるいさんとの付き合いももし突き詰めて考えてしまう性格だったら、自分たちを今とは違う辛い状況に追い込んでいたかも知れない気がしました。
(のばらさんの談)

どこを読んでもその場面場面が映像として目に浮かんでくるようでした。いろいろ考えが頭の中を回りながら、東吾さんが兄上の背中を見て途方にくれているのが見えてくるようでした。
   
兄の背に答え探せず冬木立
   

葉をすっかり落とした「冬木立」の中で、迷ってしまっている東吾さんのようですねぇ。『まだまだ青い東吾などに、俺の気持ちがわかってたまるか!』 と兄上さまが笑っているようですね。
(蛍さん)



「心配するな、どっちにしたって、俺はるいの亭主なんだから……」
お前の他に女房は持たないときめている男の眼にぶつかると、いざという時は、どんなに苦しくとも自分が身を引かなければと決めた覚悟もどこへやらで、るいは、ただ東吾にすがりついて泣いてしまった。
「江戸の初春」より
不安定な恋人だからこそ、恋人の様子の一つ一つが心に響いてくるものがあるので しょうね。
   
恋人のまなざしが呼ぶ冬の奥
   

お句の「恋人」は東吾さん?それともるいさんでしょうか。やっぱりるいさんかな。
るいさん・東吾さんカップルに限らず、恋人同士には、こういう情景がありそうです。じーーん。
(ななかまどさん)
「冬の奥」はるいさんの心のことなのかな〜。ってことは「恋人」は東吾さん? いや、そうではなくて、るいさんの熱いまなざしが東吾さんを引き付けているのかな〜。やっぱり「恋人」は、るいさんですね。
(蛍さん)



「実は妙なことがわかりました」
るいが立った間に、源三郎がちょっと声をひそめた。
「江戸の初春」より
たまこさんちのトップに入れてくださった「食べて飲み〜」が常の源さんですが、このお話ではさすがの源さんも「正月そうそう東吾さんを連れ出すのもヒンシュクだよな〜」とは思いつつ、知恵を借りたくて来た…、と言う感じでちょっと遠慮気味。るいさんが席を外した後の男三人の様子が妙に子どもじみていておかしかったです。
   
巻羽織隅に小さく「手伝って」
   

何でるいさんが立った時だったのかなっ〜て、思っていたんです。なるほど〜。
本当にそんな感じですね。のばらさんらしい句だと思いました。
(TERAIさん)
のばら様の巻羽織句には爆笑!そうそうこの人、こうなのよねえ、と我が意を得たり、スッキリでした。
(小式部さん)
源さんは若くしてご両親を亡くしたし、東吾さんと違って一人っ子だし、実は心細いと思うんですよ。「女性恐怖症」も、助けてくれる家族がいないせいもあるのでは。東吾さん、やっぱり手伝わなくっちゃ!
(ななかまどさん)
笑えました。いつもこんな感じで連れていちゃうんですよね。源さんの心の声が聞こえた気がしました。
(紫陽花さん)



「敵もさる者だな」このひとこと、気になってしょうがないんです。平岩さんの駄洒落なんでしょうか…。
   
おどろいた敵もさる者猿遣い
   




江戸の町は、どこも正月気分で、獅子舞いが通り、万歳が行く。
今年の歳徳神は深川の富岡八幡に当るとお吉がいうので永大橋を渡って、一の鳥居をくぐった。
「江戸の初春」より
東吾さん、(嘉助さんもなんですが)信心深い方ではありませんよね。初詣もるいさんに付き合って行ってるだけで、自分はお参りはそこそこにブラブラしていて、拝んでいるるいさんの背中を見ていたんじゃないかなあと。東吾さんは神様にお願いするより「今年こそ…」とるいさんの背中に誓うんじゃないかしらと思いました。かわせみ恒例、初春は「はる」と呼んでくださいね〜。
   
年あらた町行く人の顔晴れて
   
手を合わす恋人の背に誓う初春
   

お正月の晴れやかでにぎやかな情景が見えるようなお句ですね。
(麦わらぼうしさん)
お侍さんはむやみやたらに神仏に頼るものではなく、拝むときは命をかけるときだけだそうです。それも、命をかけるから願いを聞き届けてくれ…というのではなく、命を掛けるほどに真剣な己に対しても恥ずかしくないように振舞うという誓いのような気持ちで神仏には接するのだそうです。なので、神仏は神仏として敬う心さえあれば良いと聞いたことがあります。「るいさんの背中に」というコメントに納得です〜。るいさんが何を拝んでいるのかちゃんと知っている東吾さんですから、るいさんの背中が愛おしく感じるのではないでしょうか。本文にはない描写を想像するあたりは、さすがにのばらさんならではですねぇ〜。
(蛍さん)



 あっちの管理人さんの五七五 

フウ、本年最初の「今月のお話」もなんとか提出出来ました。今年も一年、「かわせみ」と「俳句」で楽しみながら詠めたらいいなと思っています。
 (UP後に)
やっぱり1月は江戸のお正月を満喫出来る「江戸の初春」ですよね。猿が競作ポイントになっていたり、紫陽花さんのお猿ちゃんが登場したり、初春らしい楽しさでした。このころの東吾さんとるいさんの仲を詠んだお句も多くて正月の華やかさと二人の恋の行く末が気になるお話でしたね。私はなんと偶然にも宗匠と2つ同じ言葉を詠んでいて、ウフ 「やったーっ!」だって宗匠と一緒だもん、嬉しい!(笑)感想の方はみなさんのを楽しませて頂くばかりで、まだ自分の感想をお送りしたことがないんだけど、自分の句に感想を頂くととっても嬉しいものですよね。だからいつか私も皆さんのお句を拝見した感想をお伝え出来たらと思っています。
(あっちの管理人さんの談)

それは、なにも元旦早々、急に思いついたことではなく、暮の中に、兄嫁の香苗と打ち合せが出来ていたらしく、東吾のために、年始廻りの紋服から裃まで、真新しく用意されてあった。
「江戸の初春」より
まだ忍ぶ仲だったころのるいさんと東吾さんにとって、ことにるいさんにとってお正月は少し寂しいものだったのではないかと思います。嘉助さんもお吉さんもいるけど、一番一緒に迎えたい東吾さんは三が日が過ぎないとやってこられない。東吾さんだって、るいさんの傍にいてやりたいと思っていても冷や飯食いの居候の身分では年末年始はなかなか抜け出すこともままならなかった。
明けて新年ともなれば、兄と二人年始廻り。例年の行事であれば、尚更真新しい紋付の意味が気に掛かるところですね。
   
兄と行く年始廻りや初春の風
   
真新し源氏車や二つなり
   

「兄と行く〜」なんでもなく詠んでいらっしゃるようですが、いいなぁ!と思いました。お正月らしくて、さわやかで…宗匠と一緒の「初鏡」や、神林家家紋の「源氏車」を詠みこむというのもさすが〜〜巨頭競演をたっぷり楽しませていただきました。
(たまこさん)



やっと抜け出してるいさんの許に飛んでいった東吾さん。待ちこがれていたるいさんの髪に揺れるのは、蝶の銀かんざし。
   
待遠し笑み(ほほえみ)うつす初鏡
   

今月はあっちの管理人さんと、二つもかぶりました。その一つが「初鏡」です。こちらは嬉しい「初鏡」ですね。
「初鏡」ってこうゆう風に使えばいいんだ〜と思いました。『お嬢さ〜ん、東吾さまですよ〜』とお吉さんの声が聞こえて来て、鏡を見ながら襟元をちょっと直してにっこりするるいさん、真野るいさんが彷彿として来ますね。
(蛍さん)



「通之進様に、もし、私達のことが知れたとしたら……」
「とっくに知っているさ」
東吾は笑った。
「江戸の初春」より
この頃のるいさんは神林家から送られた年玉のかんざし一つにも自分と東吾さんの仲の不安を感じていましたね。4年越しの仲であっても忍ぶ恋であれば、その贈り物をどう解釈していいのか、ことに一緒に過したい年始ならその寂しさも一層。心は不安で一杯だったでしょうね。
   
年玉の銀かんざしにゆれゆれて
   

るいさんの心を表す「ゆれゆれて」が素敵。
るいさんには悪いけど、この「ゆれゆれて」いる頃のお話が、みんな好きなんですよね〜。
私はこのときのるいさんの気持ちを「不安」とストレートに書いてしまったのですが、「ゆれゆれて」という表現素敵だと思います。
(TERAIさん)
私も、この、るいさんのとまどいを詠んでみたかったのですが、もともと女心を詠むのが苦手(一応、女なんですけどね…)な私には無理でした。本当に、「ゆれゆれて」が、るいさんの気持ちをうまく表していますよね。
(麦わらぼうしさん)
そうなんですよ。私もこのときのるいさんの気持ちを詠みたかったんですが、「ゆれゆれて」かぁぴったりです。
(紫陽花さん)
皆様の仰るように「ゆれゆれて」がとてもお句の雰囲気を引き立てているように感じました。るいさんの黒髪を飾る銀簪がちりリと揺れる様子と心の揺れ動く様子が重なって感じられました。
(蛍さん)



初午まで、あと幾日という「かわせみ」の居間はもう春らしい陽の光がさし込んで、そこから見渡せる大川も、きらきらと輝いてみえる。
  (略)
南むきの庭に、梅が一輪、もうほころびている。
「江戸の初春」より
そして最後はお馴染みの事件解決、かわせみの居間での種明し。源さんも新年早々幸先のいいスタート!
   
初春(はつはる)の手柄一番梅一輪
   




 麦わらぼうしさんの五七五 

毎度の事ですが、詠みたい場面はいっぱいあるのですけど…これ以上考えてもダメそうなので、送ってしまいます。みなさまが、どこを詠まれているか楽しみです。
 (UP後に)
いつもみなさまのお句やコメントを拝見するたび、自分の読みの浅さを痛感するのですが、今回は蛍さまが、徳之助とお小夜さんが叔父と姪の関係だと指摘して下さるまで、その事にぜ〜んぜん気が付きませんでした…でも私、この二人は、お似合いだと思うので、平岩先生のうっかりだと、信じております。
(麦わらぼうしさんの談)

人はなんといおうと、次男坊の冷飯食いが一向に苦にならない男である。兄がそれを望むなら、一生、兄の傍にいて、力になりたいと思ってもいるし、「かわせみ」の女主人、るいと夫婦のつもりでいる東吾にとっては、むしろ、生涯、無役が有難い。
「江戸の初春」より
先日、たまこさまのページで、東吾さん嫌いを宣言してしまった私…理由はいくつかありますが、その一つ、源さんや宗太郎さんに比べて、苦労を知らないというか、子供っぽいというか…冷飯食いが苦にならないのも、兄上という良き庇護者がいて、生活が保障されているからこそ、自由にやりたい事がやれるわけで…そんな東吾さんを、ちょっと皮肉を込めて詠んでみました。東吾さんファンのみなさま、ごめんなさい…
   
お気楽な 冷飯食いは やめられぬ
   

「冷飯食い」の身分、私もなってみたいですね。結構居心地いいかも…(笑)。
(TERAIさん)
麦さま〜、岩でも槍でも飛んでこ〜いですよねぇ〜。(笑) 兄上さまの心の中ははっきりと書かれていないのですけれど、東吾さんを跡継ぎと決めているから一緒に挨拶に出かけたのですね。東吾さんて本当に仕合わせな人だなぁ〜って思います。冷や飯食いの身の辛さ、特に次男の微妙な立場は漠然とですけれど察しはつきます。でも東吾さんは、兄上さまや香苗さまの深い愛情のお蔭で、次男でありながら跡継ぎとして廻りからも認められていますね。反対に駿河屋の喜之助さんは、徳右衛門さんが養子に入ったと言うのですから男の子はいなかったのですし、なにも番頭という使用人にされなくてもいいのではないでしょうか。番頭という身に甘んじていなければならない本人が一番思っているのでしょうね。でも廻りが身内だとは思ってはいないようですし、なによりも父親である先代にしろ、喜之助さんへの愛情を誰からも感じられないのです。それが不幸だと思います。まして自分と同じ庶子の徳之助さんが引き取られ、自分はまた番頭として仕えるなどとは惨いです。捻くれるなと言うほうが無理なような気もしてしまいました。平岩先生は、人の世の醜いいざこざを良く書かれていますが、やっぱりいつも思うのは、東吾さんて仕合わせな人だなぁ〜なのですよね。自分では何もしないで、いつの間にか廻りがお膳立てをしてくれて、いい方に物事が進んで行きますね。麻太郎君のことも、もしるいさんにわかってしまったとしても、きっとるいさんが我慢してしまうのではないかな〜。済みません、麦さまのお句に便乗して、長くなってしまいました。
(蛍さん)



兄上も、東吾さんの気持ちなどお見通し。結局は、兄上の手のひらで転がされている東吾さんではないかと。
   
振り上げぬ 剣に反撃 できもせず
   

いかに剣の達人でも、手も足も出せないですね。



疾風小僧に押し入られた家には、必ず数日前、もしくは当日の午、猿廻しが来ていた。
猿が逃げて、猿廻しが猿を捕えるために奥へ入っているのも、同様である。
「江戸の初春」より
猿の気持ちはこうだったのでは?
   
本当は やりたくないぜ こんなこと!(by猿)
   

うふふ、猿はそう思っているでしょうね。
麦さま〜猿の心情?に注目したのが一緒で、嬉しいです!
(たまこさん)
ですよね〜。猿だって悪事に使われるのは本意では ないですよ〜。蛍も猿の気持ちを詠みたいと思ったのですけれど、上手い言葉が見つかりませんでした〜。(泣) ヤマト君の気持ちさえいまひとつ判らない情けない飼い主です〜。(-_-;)
(蛍さん)



「手前は親不孝者でございます。お小夜さんと夫婦になれるなら、遠州に待っている母を一人にしてもよいと思ったり、お小夜さんが遠州に行くといってくれれば、病床の父をおいても帰りたいと思い……」
「江戸の初春」より
徳之助さんはまだ、16歳なんですよね。それで父と母とお小夜さんとの間で思い悩むのは当 然だと思います。草若葉という言葉は、季節的には合わないのかもしれませんが、若々しい徳之助さんを表現したくて使いました。
   
草若葉 父、母、恋、と 揺れうごく
   

似合わないなどと、「草若葉」ってこれからの季節にお似合いですよ〜。朴訥な徳之助さんを上手に表していると思いました。
(蛍さん)



 紫陽花さんの五七五 

提出済みの皆さんが多いようで焦ってしまいました。最後にはなりたくなく大急ぎです(笑)。こんなんでいいのかと心配です。
 (UP後に)
今月は“敵も猿もの”がポイントだったんですね。猿回しは多そうだと思いましたが、敵も猿ものかぁ思いつきませんでした。猿回しってお正月の行事だったんですね。じゃあ普段はどうやって生活していたんでしょうか。やっぱり縁日などで稼いでいるのかなぁ。だけどそう毎日縁日があるとも思えないし、寅さんみたく縁日求めて旅しているのかなぁ…でもなわばりがあるようだし…ちょっと疑問です。
(紫陽花さんの談)

「これと、櫛を頂きましたの、立派なものですわ」
細工も見事だが、高価なものでもある。恋人の屋敷から、そうした配慮があったことを喜んでいいのか、怖れるべきか、不安そうなるいであった。
「江戸の初春」より
“かんざし”を詠む人は多いと思うんですけど…
   
年玉のかんざし揺れる心みだれる
   

「かんざし」はポイントの一つでした!
この場面のるいさんの気持ち、紫陽花さんは「心みだれる」と詠まれたのですね。これにも納得です。
(TERAIさん)



その夜の東吾と源三郎は神田を張っていた。敵はいつ現れるかわからない。
「猿を使って、おそらく掛け金をはずさせているのだろうが……」
「江戸の初春」より
   
猿廻し懸け金はずしも芸のうち
   

人間に悪いことに利用されて気の毒なお猿くん。今度は鍵屋さんに就職して、外れなくなった懸け金はずしをして、働いてみては(^-^)。
(ななかまどさん)



オマケもお猿です。こんな格好で忍び込ませるとは思わないけど、お正月だし(?)派手に行ってみました。図書館で一生懸命調べたことだし… 懸け金は適当です。湯飲み茶たくは「やめなよ」と止めているようです。

図書館で調べてくださったんですか。お正月らしく「派手に」ありがとうございました。(あの青い紐は、どこに繋がっているんだろう…。)
紫陽花さんの、いつものトリオ+猿がいいですねぇ!湯のみ&茶たくの、意外な正義感と勇気を見て、ますます応援したくなります。
(たまこさん)
猿の服の朱色が映えていますね〜。
(TERAIさん)
いつも、紫陽花さまのイラスト、どこを描かれるか楽しみにしていますが、今月はこの場面だったとは!サル君の表情と手つき、湯飲みくんと茶たくくんが一生懸命ひっぱっているところが、かわいらしくていいですね。
(麦わらぼうしさん)
イラストもますます 好調ですね。おサルさんの衣装も綺麗でした。
(小式部さん)



 花みずきさんの五七五 

このお話「猿廻し」がキーポイントになっていると思うんですが、それをなんとか、句にと、ない知恵しぼりましたがだめでした〜。これをと思うものが句にならない… はあ〜また、精進いたします。
(花みずきさんの談)

しかし、謹厳な兄の気性からすれば、そうした上役の配慮に甘えるわけがなく、無事、東吾を与力見習に出せば、遠からず隠居願いを出して、正式に家督をゆずる気であろうと、兄弟だから、東吾には兄の気持が手にとるようにわかる。
兄にそれをさせてはならないと東吾は考えていた。
「江戸の初春」より
   
兄思い、弟思う、江戸の初春
   

この場面は東吾さんから見た兄弟の気持が丁寧に書かれていて、途方にくれる気持もわかるんだけど、それ以上にあたたか〜な気持になりますね。
読点(、)が生きていますね。どちらも素敵な句です。
(TERAIさん)



「あの兄上が気づかずにいると思うか。こっちはもう四年越しの深い仲だぞ」
ひき寄せたるいの髪に、銀細工に珊瑚をあしらった蝶のかんざしが揺れている。
「江戸の初春」より
   
抱き寄せる、髪にゆるる、蝶の舞
   

蝶の舞、という表現が素敵ですね。
(麦わらぼうしさん)
「蝶の舞」なので、不安の中にも、先への希望が見えますね。
(ななかまどさん)



 こでまりの五七五 

発刊されたばかりの「祝言 御宿かわせみ傑作選2」にある「麻生家の正月」「祝言」などを並行して読んだので、「江戸の初春」の頃からの東吾さん、るいさんの来し方がいろいろと思われました。それにしても〜!あっちの管理人さんとバッチリ言葉が重なって、今月も「ギョ!」っとしました。(汗)
(こでまりの談)

通之進さん・東吾さんの二人が紋服に裃姿で並んで歩いたら、それは頼もしい景色だったでしょうね。先の心配はさて置いて、香苗さんも少し肩の荷が軽くなったような、晴れやかな気分で見送ったことでしょう。
   
並ぶ背の源氏車や年賀の日
   

兄弟の良く似た背中を見送る香苗さんを詠んだ宗匠のお句「並ぶ背の源氏車や・・」の視点はさすがですねー。香苗さんの優しげなまなざしまで想像できます。
(小式部さん)



お歳暮にお年玉、目の前に並べてるいさんは、一人とまどったでしょうね。東吾さんが来てくれるまで、何度も挿してみたように思いました。
   
銀の蝶おそれつつ挿し初鏡
   

「おそれつつ挿し」この時のるいさんの気持ちは、まさにこうだったのでしょうね。
(麦わらぼうしさん)



「ところが、いけません」
源三郎が頭をかいた。
「その手口は十二月までで、こっちがそうと気がついた今は、むこうも変えてしまっているようです」
「江戸の初春」より
流れる時間は同じなのに、たった一日で去年と今年に分かれる。それと同時に盗賊の手口も変わって…。
   
去年今年向き変えて吹く疾風かな
   

強盗団の手口が変わったことを「疾風の向き」ととらえるところ、さすが宗匠!と膝を打ちました。
(たまこさん)
手口の変化を「向き変えて吹く疾風」と詠まれたのですね。さすが宗匠です。
(TERAIさん)
盗賊たちの事も詠みたかったのですが、サルの気持ちを詠むぐらいしかできなくて。手口が変わった事を、疾風小僧というだけあって、「向き変えて吹く」なんて、うまい表現だと思いました。
(麦わらぼうしさん)
私もとても詠みたかった場所ですが、どうにも歯が立ちませんでした。なるほど、なるほど…。
(ななかまどさん)



「猿って、猿廻しの猿でしょうか」
るいが気味悪そうにいった時には、東吾はもう路地を入っていて、
「おい、こっちだ」
と、るいに手をふっている。
八丁堀育ちの人間は、いくつになっても野次馬根性が抜けないのかと、るいは可笑しくなりながら、やっぱり東吾について走って行った。
「江戸の初春」より
「江戸の初春」では、好奇心旺盛な「八丁堀育ち」の東吾さんを思わず笑うるいさんが書かれていましたが、傑作選2の中の「矢大臣殺し」ではその逆が書かれていて、面白かったです。どっちもどっちということで。
   
恵方より心躍らす人だかり
   




 ぐりさんの五七五 

 (UP後に)
本当に毎回アーこういう解釈もあるのかとなるほどといつも思います。今回は毎年年末年始は寂しく迎えるるいさんの気持ちに挑戦してみました。祝言までのるいさんの東吾さんを信じているけど不安な気持ち妻になってはいけないという悲しい気持ちがあっていじらしくて好きです。
(ぐりさんの談)
未だ夫ではないのですが
   
美しき人 夫待ち年の瀬 夜はふけて
   




与力として有能な兄であり、人望も厚い。健康に恵まれていないとはいっても、勤めに支障を来たすけではなく、まだ十年や二十年は立派に職責を果すことが出来るものを、若隠居を願うのは、一にも二にも、東吾に対する心づかいであり、弟思いの兄なればこそであった。
「江戸の初春」より
   
兄思い 弟思いて 年始まわり
   




母親は遠州のほうの茶畑主の娘で、徳右衛門が若い日、茶の出来具合や買いつけに遠州へ毎年出むいている中に、そういう仲になったらしく、 (略)
「江戸の初春」より
   
朝霧の 茶畑の中 恋生まれ
   

徳右衛門さんの恋は茶畑で生れて、長く離れたままでしたが、息子の徳之助さんの恋は茶畑で実を結びそうですね。
「茶畑」と恋模様は私も詠みましたが、なるほどこういう表現もあったのですね。
(TERAIさん)
私は、徳之助さんの両親にはまったく思いがいかなかったので、このお句は、目からウロコでした。とても綺麗なお句ですね。その後の二人はうまくいったとはいえませんが、徳之助さん、お小夜さんはうまくいってほしいです。
(麦わらぼうしさん)
茶畑に朝霧というきれいな風景が一瞬みえました。しかし、現代の茶畑には霜避けに扇風機(?)がついているので、せっかくの霧が吹っ飛んでしまっている風景も想像しちゃいました。
(紫陽花さん)



「又、猿廻しですか」
ぽつんと源三郎が呟き、東吾は思わず源三郎をみた。
「源さん……くさいぞ」
「江戸の初春」より
   
猿回し 事件の糸口 おいていき
   




山本君が東吾さんで竹内結子さんがるいさんで藤原君が宗様でというお話が出ていましたが、私もいいかなと思います。そうなると源さんは?香月様が黒木瞳さんならお兄様は誰?私的には田村正和さんはどうかなとか思いました(でもやはり高広さんが一番) 実現したら見てみたいなーというあくまでも私の妄想です。
   
宗様が 藤原君では 黒こげよ
   

私的には「小野寺東吾さんと真野るいさん」で安定しているのですが、やっぱり時々妄想しちゃいます。



 蛍さんの五七五 

今月のお話は、初期四冊の単行本には集録されていないので、単行本で読んでいましたから、ご本家のタイトル集で知り吃驚しました。慌てて本屋さんに走って文庫を手に入れて読んだときは、単行本出版社を恨みましたよ〜。(笑) 今回のお話には色々な要素が絡みあっていて、ますます難しかったです。
 (UP後に)
今月のお話は事件のわりにはさらりとした感じのせいか、皆様のお句も爽やかなお句が多いいですね。とても気持ちよく拝見させていただきました。東吾さんの「さるもの」ひとことは平岩先生の茶目っ気なサービスとはわかったのですが、競作ポイントとになるとは気がつきませんでした〜。(>_<) 「梅」の場面も皆様もお詠みになられていますけれど、それぞれに表現の仕方が違っていて、どのお句も味わいがありますねぇ〜。以前に花世さまもご指摘だった若い二人の関係ですが、新装版で平岩先生が訂正なさるかとも思ったのですけれどそのままでした。お茶の本場としては詠みたかったところなのですが、ちょっと二の足という感じで複雑な心境です〜。
(蛍さんの談)

お江戸の時代では、正月二日に宝船の絵を枕の下に 敷いて寝たそうです。七福神または宝尽くしの絵が描かれていて、元旦と二日の宵に売り巡りました。道中双六の絵も一緒に売ったので、その売り声は 『道中双六、おたからおたから〜』だったそうです。この夜の夢を初夢と言うので、吉夢を見ようと宝船の絵を敷いて寝たそうです。絵の横には、『なかきよのとおのねぶりのみなめざめ なみのりふねのおとのよきかな』という、初めから読んでも終わりから読んでも同じ「廻文」の歌が書いてありました。『守貞漫稿より』
何にでも興味を持つお吉さんならきっと、枕の下に敷いて寝たのではないでしょうか。
   
吉の夢 積み過ぎ運べぬ 宝船
   

「積み過ぎ」っていうのが、いかにもお吉さんの初夢っぽいですね。でも自分のことばかりでなく、「これはお嬢さんの」「こっちは若先生の」「畝の旦那の」なんていろんな人のいい夢を積んでいそう。
お吉さん句が出て嬉しいです。「北前船」の話だったか、源太郎と麻太郎が、「自分たちが大きくなったら、船に乗って、お吉さんをもうけさせてあげる」と言うところがありましたよね。お吉さんは 「とんでもないです」とか言っていましたが、実はやる気まんまんかもしれませんよねー(笑)
(たまこさん)
いつも、お江戸の情緒が感じられるお句をお詠みですよね。お江戸の正月と、お吉さんのキャラクターが感じられる楽しいお句ですね。
(麦わらぼうしさん)
お吉さんらしーい。笑えました。どんな荷をつんでいるのか見てみたい。
(紫陽花さん)



年の始めを、東吾は途方に暮れて、兄について歩いた。
やっと、解放されたのが三日目で、
「ちょっと出かけて参ります」
「江戸の初春」より
そのままのまったく芸のない句でお恥ずかしいです〜。のんびり屋の東吾さんにしては、珍しく緊張のお正月ですね。それだけ兄上さまには頭が上がらないということですね。
   
挨拶に 耳そばだてて はや三っ日
   




東吾さんが「かわせみ」に現れるときの感じって、「ふわぁ〜」という感じがします。るいさんを初め、「かわせみ」の人たちの心の中まで温かくしてくれる東吾さんなのでしょうね。
   
柔らかく 春やおとなふ 君に似て
   

東吾さんの太刀筋も「春風駘蕩」ですものね。東吾さんって、季節でいっても「春」のイメージかもしれませんね。



福寿草は、十二月二十五日から春になるまで売っていたそうです。お江戸のひとたちは、福寿草を別名「元旦草」と呼んで、縁起の良い花として珍重しました。歳末に福寿草売りから買って床の間に飾り、お正月の来るのを待っていたそうです。『三谷一馬著』
縁起物の福寿草ですからるいさんも床の間に飾って お正月を待っていたのではないでしょうか。この頃のるいさんは妻になりたくてもなってはならないと思いつめていました。福寿草は床の間に飾られても、自分は妻の身にはなれないと、そう思っていても東吾さんが「かわせみ」にいるときだけでも妻としていたい…。るいさんと福寿草を重ねてみました。
   
かりそめの 妻とならむや 福寿草
   

福寿草をモチーフにした蒔絵の作品を知っていますが、蛍さまのコメント興味深く読ませていただきました。
(TERAIさん)



「暮から正月にかけては、商家によってはかなりまとまった金が入って居ります。そいつをねらっているようで……」
疾風のように押し入って、疾風のように引きあげ、なんの証拠も残さないところから、いつの間にか、誰がつけたのか疾風小僧と盗賊に名がついた。
「江戸の初春」より
お正月早々、東吾さんも源さんもきりきり舞いをさせられてしまいましたね〜。やっとお屋敷から解放された東吾さんですから、るいさんとしてもゆっくり過ごしたいでしょうに、源さん以上に野暮な(笑)奴です。
   
闇を裂く 疾風や街を 凍らせて
   




さて、これから先、どうなりますかと源三郎は、お吉の酌でこの正月、はじめての酒を旨そうに飲んだ。
「江戸の初春」より
『お吉さんのお酌で上手そうにお酒を飲んだ…』とありますが、 もうじきお千絵さんのお酌でもっと美味しいお酒が飲めますよ〜 とつい応援してしまいました〜。お吉さん御免なさい。
   
粋だねぇ 寒梅に酔う 巻羽織
   




 はなはなさんの五七五 

さて、「江戸の初春」 うーん、どこ詠もうかなぁと迷いつつ、競作ポイントは「あそことここ」だろうなぁ…。「歳時記」が少しだけ情念系なので、こちらはあまりくどくならないように、また、お話自体があまりあくどくなくて、気持ちのいい仕上がりなのでそれを引き立てられたらいいな、と思って。何とか間に合いそうでしょうか。またトリかなぁ…。
(はなはなさんの談)

ここは、たぶん誰も詠まないだろうなぁ…というかはなはなの妄想です。元旦にきっと若水を汲んだり、お雑煮を作ったり、おるいさんもきっとお正月のあれこれをこなしながら、東吾さんのことを考えているだろうなぁと思って。ステキな季語を見つけたので。
   
初御空あのひとの愛を信じつつ
   

ぐりさんが大晦日の、はなはなさんは元旦のるいさんを詠んでくださいましたね。寂しいけれどきっと来てくれる、「初御空」にそんな気持も表れているようです。



香苗さんからのお歳暮とお年玉を嬉しく感じながら、東吾さんの立場や自分達の愛の形を思ってとまどうおるいさん。その心根がいとおしいです。
   
戸惑いを受け取る礼や去年今年
   

神林家からお歳暮とお年玉を貰って戸惑うるいさんの気持ちがよく表現されていますね。同じ場面でも私の句とは切り口が違うので参考になりました。
(TERAIさん)



門松のある玄関へ近づくと、内から太鼓の音がしていた。
土間に猿廻しの男が立って太鼓を鳴らし、烏帽子に御幣を持った一匹の猿が上がりがまちで舞っている。
「江戸の初春」より
「かわせみ」の面々が猿回しを眺めるシーン。うらうらとした江戸のお正月ですね。
   
門付けをよろこぶ声に初春来たる
   

初春の喜びが伝わってきそうな、福々しいお句ですね。
(麦わらぼうしさん)



あっけにとられたのは、そこに思いがけない光景を見たからである。
お小夜が徳右衛門をかばうようにして土間に追いつめられていた。その前に脇差をふりかぶった男が一人、喜之助であった。
「江戸の初春」より
本当はこんな使い方はしないのかも知れませんが、 正月7日を「人日」というそうですね。それを転じて「人間」ととらえてみました。歳時記にも例句がいろいろ載っていて「いいのかも」と勝手に判断して作ってみたのですが。喜之助の豹変が心に残りました。
   
人日は明けぬることも遠き闇
   

私も喜之助やお今の心を思い描きましたが、詠めませんでした。
「初御空」「人日」などの季語も、深い味わいがあって、素敵でした。
(たまこさん)



「徳之助の母親を江戸へ呼んだそうですよ。でも、徳之助は、やっぱり、茶問屋より茶畑のほうが性に合っているといっているそうですがね」
「江戸の初春」より
徳之助が自分の幸せを求めて思い乱れている様子、 父の徳右衛門が回復して、遠州の母を呼び寄せることになって、さて、自分はどう生きるのが幸せなのか…なんだかてんてんと転がる毬のようですね。お正月の季語に「手毬」「毬」「毬つき」があるとははじめて知りました。
   
幸せは手毬の如く転がりぬ
   

誰かさんが「ゴムまり」と笑っている気がする…。
ゴム、じゃなかった「手毬」が正月の季語って私も初めて知りました。凧とか羽子板はわかりますが、毬はオールシーズンだと思っていたんですよね。昔の子供たちが、今の子供たちに比べて、いかにお正月を楽しみにしていたかということを思ったりしました。
(たまこさん)
人生というのは、現状一つではないという事ですね。てんてんと転がって…最後には、みんな幸せになりますように…
(麦わらぼうしさん)
「この先どうなる」と「きっと良い方に転がるよ」という二つの思いが感じられます。トリにふさわしい、明るく温かいお句だと思います。
(ななかまどさん)