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 幼なじみ
「新装版 江戸の子守唄」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
先月は「二年目のお気に入りアンケート」、そして「阿蘭陀正月」にも、たくさんご参加くださいましてありがとうございました。
お蔭様で三年目も賑やかにスタートすることができました。
この一年も、どうぞよろしくお願いいたします。

さて今月は、「幼なじみ」を選びました。

「あれっ」と思われた方、そうです、これは一度お題になりましたね。
平成十四年の四月、NHKで「新・御宿かわせみ」がドラマ化された記念に、「ドラマで五七五」として、このお話も取り上げました。
ただ、ドラマの評判がいま一つだったのと、サイトとしても初期の頃だったので、今回もう一度お題にしたいと思います。
皆様大好きな、ラブラブな頃のお話です。

さあ、今月はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成十六年十ニ月)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 ななかまどさんの五七五 

怖いもの知らずの初心者、一日であることも意識せず、 勢いで詠んで、勢いで送ってしまいました…。ひえっ〜〜〜 照れくさいのですが、お送りしますね。よろしく お願いします。
(ななかまどさんの談)

群青を溶かしたようないい色の紬は、無論、東吾の初春仕度で、その色に合わせて羽織も袴もすでに仕上がっている。
「幼なじみ」より
   
群青の 冬着仕立てる 赤い糸
   

ななかまど様、ようこそ「はいくりんぐ」へ!そして一日投句も、ありがとうございました。この「群青の〜」という上五は私も使ったので、ドキッとしました。
ななかまどさま、とうとう五七五の魅力に取り付かれ(笑) ましたね〜。一度はまり込んだら抜け出せないですよ〜。蛍も「群青…」を詠んでみたのですが、全然ピントはずれになってしまいした〜。素直な良いお句ですね。「赤い糸」にるいさんの気持ちが込められていると思いました。
(蛍さん)



「そういえば、東吾様が、るいのために屋根から落ちたことがありましたわ」
いつか、るいも遠い思い出の中に身をおいていた。
「幼なじみ」より
   
追い羽根が たぐり寄せたる 赤い糸
   

うねうね横丁の「蕎麦と少女」を読んだ時から、ななかまどさま、ただものではない!と思っていましたが、初参加でしかも一番手で、また、お句のすばらしいこと!大型新人(←すでに新人の域を超えている)デビューですね!
(麦わらぼうしさん)



   
私のも どこかにあるわ 赤い糸(byお糸)
   

今月は「赤い糸三部作」でまとめてくださったのですね。本当にお糸ちゃんがこんな風な気持ちを持ってくれるといいですね。
お糸の立場に立って詠まれたのはなるほどそういう観点もあったのかと思いました。
(TERAIさん)



 TERAIさんの五七五 

初代版「幼なじみ」は私のコレクションにはないんです(再放送が楽しみです)。また平成版の「幼なじみ」も見てませんので、まったく原作のみのイメージで作りました。
(TERAIさんの談)

   
針運ぶ 夫(つま)の紬の 初春支度
   

TERAIさまもとうとうるいさんの縫い物の場面へのデビューですね〜。ひと針ひと針、心を込めて東吾さんの着物を仕立てる、るいさんは本当にいじらしいですね〜。
(蛍さん)



「約束……」
「ええ、いいかわしてるってこと……末は夫婦になろうって……」
なんでもなくいいながら、やはり、るいは赤くなっていた。清太郎もみるみる中に、まっ赤になる。
「幼なじみ」より
   
いいかわし 末は夫婦かと問いかけて 赤くなってる るいもなってる
   
もう来るかも 困ったときの 東吾頼み
   

「いいかわし〜」のお歌の、「なってる」という繰り返しのリズムが楽しいです。るいさんが背伸びして清太郎に問いかけている場面の、ぎこちない感じも表されているように思います。



「だから女は怖いっていうんだよ、俺も気をつけないと、或る日、三百両持ち逃げしたことにされかねないな」
「馬鹿みたい、かわせみは、まだ左前じゃございません」
るいが東吾の膝をつねって、東吾は大袈裟な声をあげた。
「幼なじみ」より
   
ついうっかり 「うちの人」といい 赤面し
   
馬鹿ばっかし 持ち逃げしたたぁ 言われたかねぇ
   

「ついうっかり」が効いていますね〜。るいさんの恥らう様子がよくわかります〜。表立って世間に言えない仲の二人ですから、それでも心の中では夫婦と思っている…。微妙なるいさんの女心を感じました。
(蛍さん)



「るい、もし、俺に好きな女が出来たら、気がつくと思うか」
るいは、あっけにとられた。東吾は真面目な顔である。
「そりゃあ、すぐにはわからないかも知れませんけど……長い日には、きっとわかると思います」
「幼なじみ」より
   
妻ためす 女ごころの 知りたさに
   
想い出す 二人で走った 川の土手
   

幼いるいさんと東吾さんが駆けていく時の風が感じられるような、さわやかなお句ですね。
(麦わらぼうしさん)
「妻ためす〜」 まだ二人の恋の行く末に、不安が多かった頃。でも、愛を貫く覚悟があったからこそ、るいさんを泣かせてまでも女心を知ろうとした東吾さんなのですね。
(ななかまどさん)



   
清さんへの 想い転じて怨みの身
   

このおていさんの複雑な女心の謎が解けると、このお話は様相が一変しますね。



 七歩さんの五七五 

師走にはいり、お師匠さんも走りたい程お忙しいことと存じます。やっと今月の五七五を仕上げました。よろしくお願いします。
(七歩さんの談)

冒頭、るいが東吾のために正月用の仕立物をする場面がありました。このころは、まだ夫婦になっていなかったのですね。「恋人のために」と書いてありました。
   
春を縫う幼なじみの恋ごころ
   

正月のための着物の仕度を「春を縫う」と表現されたのが、とても素敵ですね。
本当に「春を縫う」という表現、素敵です。私なんか絶対思いつかないです。
(麦わらぼうしさん)
「春を縫う」きれいな表現ですね。
(紫陽花さん)
蛍も右に同じです〜。「春を縫う」と描写なさったのが、とても新鮮です。お句の言葉全てに、るいさんの東吾さんへの想いがよく感じられました。
(蛍さん)



師走の夜、寒さも厳しくなり、梁がきしむ音が聞こえてきます。この音は寒さのためだけではない、と「はなはな系」の想像を巡らしました。
   
冷える夜燃えるふたりに梁きしむ
   

こういう表現はどこから出てくるのでしょう。私にはとても真似できません(というか情念系自体が無理なんですが)。
(TERAIさん)



「おていは、子供の時から清太郎が好きだったのさ」
「じゃ、どうして、仙之助なんかと……」
「清太郎が、お糸を好きになったからだろうよ」
あっと、ちいさくるいが声を立てた。
「幼なじみ」より
おていの思いについては、俳句にならず、短歌で…
   
よそを向く男のこころに耐え切れず業火に身をやく女のあわれ
   

「業火に身をやく…」ですか〜。おていさんの気持ちそのもののように感じますね〜。好きで好きでたまらないひとが、他の女性を好きになってしまったら、きっとそんな気持ちになるでしょうね。「業火」という短い言葉に、色々な思いが詰まっているように感じますね。
(蛍さん)



「今度は、俺と源さんが芝居をうつ番だからな」
「あたしに想い出話をなさったのも、お芝居だったんですね」
「るいは正直だから助かったよ。考えてみると、千両役者はるいだったかも知れないな」
「幼なじみ」より
東吾とるいの芝居(?)がおていの口を開かせます。
   
口を割る幼なじみや赤まんま
   
シラをきる小娘なんぞに負けられぬ愛の芝居がオトシの技よ
   




清太郎は七草をきれいに植えた竹籠を持っていた。七草の日の縁起物である。
「これから、おていを迎えに行きます」
「幼なじみ」より
最後は定石どおり、ほのぼのとした円満解決へ。
   
七草ややっぱり幼なじみが良い
   
恋をすて情にほだされ春きたる
   

「七草や〜」のお句の、「良い」と言い切ったところが、この日の清太郎のスッキリした気持ちをよく表していると思いました。
お名前を忘れましたが、吉田茂元首相のお嬢さんと結婚された皇族の方がいらっしゃいましたよね。その時のコメントが「やっぱり彼女がいい!」と言われたとか…七歩さまのお句を拝見して、その記事を思いだしました。確か、そのお二人も幼なじみだったような記憶があるのですが。(違っていたら、ごめんなさい!)
(麦わらぼうしさん)



 紫陽花さんの五七五 

今月の五七五「幼なじみ」送ります。まだもうちょっと詠めそうと思うところもあるのですが、うまく収まらないのでやめました。
(紫陽花さんの談)

「どうして、清さん、植甚のお糸さんを諦めたんでしょう。お吉の話では、清さんだって本心は、お糸さんが好きだったらしいのに……」
「幼なじみ」より
このお話はハッピーエンドなんでしょうか?私としては「本当にそれでいいのか清太郎」の気分です。最初思いついたのは清太郎がおていと対決し罪を認めた場面で、「本当にそれでいいかと巻羽織」なんていうのも考えたんですけどね(笑)
別にお糸ちゃんの味方ってわけではないのですが、おていさんは好きになれないなぁ。というわけでお糸ちゃんを詠んでみました。
   
思い出に負けたお糸の恋心
   

「本当にそれでいいのか清太郎」の気分…私も最初はそう思ったんです。お糸ちゃんが好きなんだし、植甚の婿になったほうが幸せだろうに、と。でも、清太郎さん、もし、今ここでおていを選ばなかったら、あとで必ず後悔する、と思ったのではないでしょうか?「キャンディ キャンディ」の、テリ−が、キャンディに想いを残しながら、自分をかばって事故にあったスザナを選んだ場面を思い出しました(←なんのことやら、と思われたみなさま、スミマセン…)
(麦わらぼうしさん)



あいつらもお正月は実家のお屋敷で過ごすようです。狐火も帰省しているようです。湯飲みの横の女の子はお屋敷で一緒に育った「幼なじみ」のチビ姫です。二人の仲を深く勘ぐる常連さんがいるだろうと想像できます(笑)
湯飲み曰く「タイプじゃない」そうです。
茶たくは重いと言って殴られていました。
チビ姫は「ミニ千姫様にお会いしたい」とてんでばらばらの幼なじみです。

彼らにも幼なじみがいたんですか、しかも「チビ姫」♪てんでばらばらなことを思いながら、実家で一緒にいるのが落ち着くんでしょうね。
引っ張りだこの一年間、お疲れ様でした!
「チビ姫」なかなか可愛いですね。毎月のアイディアの素晴らしさには唸らされます。
(TERAIさん)
思わず可愛いって言ってしまいました。いつもいつも楽しませて頂いて、紫陽花様〜 「次はどんなんかな〜」と楽しみだったりして…。フフフ…、三人の関係に進展あるのかな〜。
(蛍さん)



 たまこさんの五七五 

このお話は、ある意味、現代の若い人たちにも、とても通じるものがあるんじゃないかと思います。二人だけの間では、確かにお互いに特別な存在という思いを交し合ったはず、けれど、それは言葉にも形にもなってはいないし、周囲に認めて貰った訳でもない、そんな中で、自分には勝ち目のないライバルが急にあらわれる。恨めしく悔しい、でもここで相手を責めたりしたら、自分のほうがオバカな勘違い女と後指をさされる、そういう立場にいつのまにか追い込まれてしまった自分…おていさんの、このような切ない思いに共感する女性は、21世紀の今も、そしてきっと洋の東西を問わず存在するのではないかと思います。もし東吾さんとの間がそんなことになっていたらと思って涙を流すおるいさんの心にも、何度読んでも引きこまれてしまいますね。(と、長々と書いたくせに、自分にはそういう経験が無いのよね〜幸か不幸か…)
今回は「きっとここを詠むと思う人」予想をつけてみました。勝率はいかに??
(たまこさんの談)

下五は、最初「春爛漫」しか思い浮かばなくて「春」が重なっちゃって困ったなぁと思っていたんですが、「はいくりんぐ」のお薦め本「吟行・句会必携」をAmazonでGETしたのをパラパラめくって「花朧」という言葉をつけたときは「やった」と思いました。
◆ここを詠むと思う人⇒あっちの管理人さん・のばらさん
   
初春(はる)支度 心はすでに花朧
   

ここは今回一番の競作ポイントでした。でもたまこさんの勝率は5割でした。あの方が詠んでいらっしゃらないなんて、意外だわ〜。
「花朧」という言葉、なるほどおっしゃるように素晴らしいと思いました。私ももう少し資料とかを漁らねば。
(TERAIさん)



おていは自分の前へ連れて来られた清太郎をみても、眉も動かさなかった。
「何度、お訊ね下さっても、同じことでございます。この人が、あたしをそそのかしたんです。  (略) 」
「幼なじみ」より
清さんがもっとワルというかジコチューな男で、すでに深い仲になっていたんだけど、金をやるから別れてくれとか、あるいはまだ深い仲になっていないのを良いことに「お前とは何もなかったんだもんね。文句いわれる筋合いはないもんね。」というような男だったら、かえって思い切りよく忘れられたんでしょうね。
◆このへんを詠むと思う人⇒はなはなさん
   
枇杷の花あの男(ひと)良いひと憎いひと
   

「枇杷の花」は最初清さんのことかと思ったのですが、おていさんのことなんですね。(↓) これもリズムが良いお句です。良いひとだけど憎いひと、複雑な女心ですね。
複雑なおていの心の中を、スパッ!と詠まれていて、うまいなぁ〜と思いました。
(麦わらぼうしさん)



「おていって女ですよ、清さんが白状したので、あの人、牢から出されたんだって、畝さまがおっしゃっていました」
成程、るいが茶を運んで行くと、梅の間におていがすわっていて、源三郎が静かな声で話をしていた。
「幼なじみ」より
季節をあらわす言葉や描写はかなりあったと思いますが、おていさんにぴったり来るようなのが見つからなかったので、歳時記から「枇杷の花」と「凍蝶」を選んでみました。原作には出てこないのですが…
◆今回、巻羽織五七五を作りそうな人⇒???
   
凍蝶の心を知るや巻羽織
   

今月はいつも以上に新しい季語に挑戦されていますね。「凍蝶」もおていさんにぴったりです。
「凍蝶」って言葉が素敵ですね。
(麦わらぼうしさん)
「凍蝶の…」もいいですね。たまこさんの畝さんに対する思いが伝わります。私もS・FのBBSにお世話になっているので、何とか巻羽織の句を詠みたいと毎回苦心するのですが、うまくいきません。この句を参考にしたいと思います。
(七歩さん)
たまこさんの談 なるほどなぁと読みましたが、おていさんの切ない気持ちには共感するし、その手の話は好きだけど、おていさんがそれを表現する方法には共感できないなぁと思うのはそんな経験がないからかとちょっと考えてしまいました。「凍蝶」はじめて知る言葉です。辞書ひきました。読み方もわからず“トウチョウ”かと思い苦労しました。お馬鹿です。
(紫陽花さん)



いつか、二人そろって、改めて礼にくる日もあろうかと、律儀に何度も頭を下げて、清太郎は靄の深い大川端を立ち去った。
「そうか、清太郎が迎えに行ったのか」
るいから七草の籠をみせられて、東吾は感慨深く呟いた。
「幼なじみ」より
牢内で除夜の鐘を聞いたおていさん、きっと生まれ変わって新たな人生を歩いていく決意をしたことでしょう。七草の籠の、控え目で清冽なイメージがラストシーンをきりっと引き締めていて、ここはぜひ作りたいと思っていました。
◆ここを詠むと思う人⇒浅黄裏さん・蛍さん
   
七草の香る朝寝の枕元
   

ハハ…、ばれましたんで…。でもねぇ〜、蛍のはおふざけが多少入ってしまっています〜。「香る朝寝の枕元」…、ううん〜、情緒色濃くて、「かわせみ」 に入り浸っている東吾さんの気持ちそのもものようですね〜。

コメントの中の「共感する女性」のひとりです〜。おていさんはある面、いじらしいですね。自分の気持ちを押さえ込んで、環境にもよると思いますが、どちらかと言うとおいとちゃんの方が、積極的ですね。おていさんは、清太郎さんからその気持ちを言って欲しかったのだと思います。
(蛍さん)



二人はハッピーエンドとなりましたが、お糸ちゃんは可哀想ですよね〜 まぁまだ若いんだし、誰かいい人が見つかると思いますが。(七重さんのように) 「糸」にこじつけてみたんですが…「手毬」も独楽や羽子板と同様正月の季語って、歳時記を見て初めて知りました。
◆ここは、独占ポイントをねらっていますが、のばらさんあたりにやられそうな気もします。
   
糸手毬昨日の涙の跡消えて
   

紫陽花さんの「オマケ」予想もしてみようと思いましたが、これはもう 全く見当がつきません。どうしてあんなに、各回ごとにいろんなアイデアが湧くんだろう?
(たまこさん)



 千姫さんの五七五 

「幼なじみ」って字数がチュ〜途半端ですよね。使いたくても使えないし、「おさななじみ」って言葉も私には言いにくくてつい、♪おーさななじみの思い出は〜ってリズムがついちゃう(笑)
(千姫さんの談)

嘉助とそんなくだらない話をしているくらいなら、五日も顔をみせなかったにの、どうして、まっすぐ奥へ来てくれないのかと、さんざん、じりじりしたあとだから、はしたないと思いながら、声にも動作にも怨みがましいものが出る。
「馬鹿、なにを怒ってるんだ」
「幼なじみ」より
読んで直ぐに出来たのは 「声聞こえ 顔を見る間に 待ち焦がれ 拗ねて抱かれて 涙落つ」ですが、もう一捻り何とかならんか、と一生懸命捻ってみました。捻らんほうが良かったかなぁも?
   
声聞こえ 顔見せぬ君 じりじりと
   

ここは捻りすぎて、却下した私です(笑)
私もこの場面詠みたかったんですが、出来ませんでした。るいさんのじりじりしている様子がよく伝わってきますね。
(麦わらぼうしさん)
注釈のほうにあるお歌も、なかなかいいですね〜。
(TERAIさん)
「捻らんほうが良かったかなぁも?」…。うん、そう思います〜。(笑) 「涙落つ」に凄〜くるいさんの気持ちがこもっているように感じ ましたよ〜。東吾さんのことでは直ぐに涙が出てしまうるいさんの様子を色っぽ〜く表現なさっていますね〜。「顔見せぬ君」にも、待ち焦がれている、るいさんを感じました。るいさんでなくても好きな人の前では、女性は涙もろくなるのかな〜。経験不足だ〜。
(蛍さん)



 すみれさんの五七五 

幼なじみ、この言葉、なんて遠い昔のことになるのでしょう(^^ゞ 東吾さんとるいさんの幼なじみカップルに対して、清太郎さんとおていさんの幼なじみのカップルは親しみの度合いが低いというか、おていさんの片思い度が大きいのですね。そこにこのお話の切なさが沸き出てくるのでしょう。
(すみれさんの談)

この時代、新年には肌着から履物にいたるまでおろしたてを家族の分、そろえるのが主婦の嬉しい仕事でしたね。晴れとけの日のしっかりとした区別があって、気持ちも引き締まった時代でした。正式な夫婦ではないけど夫婦らしくありたいと願うるいさんがいつもながらにいじらしいです。
   
はずむ糸妻の役目の春著ぬう
   

すみれさんの「はずむ糸…」の“春著” こういう使い方もあるのか…いいなぁと思いました。
(紫陽花さん)



「そりゃ、お糸ちゃんったら、いじらしいほど清さんに尽くすんですよ。男だったら気持ちが動かないわけはありませんよ、困ってるんじゃありませんか、お糸ちゃんと幼なじみのおていさんの間に立って」
「幼なじみ」より
清太郎さんはなまじ真面目な人柄なばかりに、おていさんとお糸さん、二人の女性との間を上手くやり過ごすことが出来ず、かえって三人とも苦しむことになってしまいました。
   
木鋏みもおんなごころは刈りこめず
   

女心を扱いかねている清太郎さんですね。そんな清太郎さんを剪定で表すなんて、面白いです。
本当にうま〜い表現ですね!仕事も勉強もバリバリできるのに、女の扱いだけはからっきしダメ!って人、確かにいますよね。
(麦わらぼうしさん)
「木鋏み…」これも好き。麦わらぼうしさんの感想どおりだと思いました。いつだったか東吾さんを詠んだ俳句で「無心流女心に刃がたたず」という感じのがあったのを思い出しました。
(紫陽花さん)



が、三日経っても、おていは申し立てを改めなかった。根気のよい源三郎の取調べに対しても、あくまで、金は清太郎に渡したといい張るのである。
「幼なじみ」より
おていさんも清太郎さんが自分の想いをわかってくれないし、お糸さんという恋敵まであらわれて、だんだん気持ちがすさんできてしまいましたね。
   
冬ざれてやぶれかぶれのえせ芝居
   

おていさんの凍ってしまった心を「冬ざれて」と表現なさったのですね〜。ぴったりな表現と思います。ダメで元々の「やぶれかぶれ」…、蛍にはこの言葉が浮かんで来なかったです〜。(T_T)
(蛍さん)



清太郎は、やはり、おていの本心がわかっていたのかも知れないと、るいは考えていた。
わかっていたから、お糸を諦めて、幼なじみのところへ帰る決心をした。
「幼なじみ」より
清太郎さんはおていさんとのこころの葛藤の後、おていさんと生きていく決心をしました。
るいさんはこれで善かったと思っている様子ですが、そうなのかなー?少し不安になってしまいます。負い目を感じているおていさん、清太郎さんが優しさで癒してくれるのでしょうか?その時に幼なじみのありがたさが実感できるのでしょうね。東吾さんとるいさんが昔の思い出を語り合う場面、皆様がどんな五七五をご披露してくださるか、楽しみです。
   
霜ばしら出なおす道のきびしくも
   
七草に二人のゆくえきいてみる
   

この場面(特に七草)は、全然視点に入っていなくて、皆さんのを読んで改めていい場面だなあと思いました。
確かにこの二人、すんなりと幸せにはなれないと思いますが、山こえ谷こえ、いつかきっと、本当の幸せをつかむのではないかと思います。
(麦わらぼうしさん)



蛇足の追加:浅黄裏様は女中さんでつっこみを入れてお出ででしたが、私は、植甚の主人、甚兵衛さんは五十を過ぎた好々爺、ここにひっかかりました(爆)平岩先生がまだ若い時のお作ですものね。仕方ないか (*_*)
   
五十路すぎ好々婆やか?枯れすみれ (汗)
   

お〜っほっほ、「七夕の客」では「四十で初老」と平岩先生に言われてしまいました〜(苦笑)
句作の素晴らしさはいつも尊敬申し上げているのですが、今回の「枯れすみれ」の句はすみれさまらしからぬ??冗談系で笑わせていただきました(といって私もひとごとではないんですが)。
(TERAIさん)
爆爆爆です〜。(コホン、失礼しました。) でも〜、お江戸の時代は現代よりも平均寿命が短くて「人生五十年」と言われていましたから、大丈夫!すみれさまには当てはまらないと思いますよ〜。あの〜、ネームは『枯れすみれ』さまと変更なさいますか〜。(ごめんなさ〜い)
(蛍さん)



 麦わらぼうしさんの五七五 

先月の阿蘭陀正月は、男の気持ちがテーマ、今月は「女の気持ち」がテーマ。女の気持ちなら…と思うのですが、全然ダメです…先月のお気に入りアンケートと阿蘭陀正月がすごく印象に残っていて、考えていると、みなさまのお句のパクリになったりして…冒頭のるいさんが縫い物している場面なんか、あっちの管理人さまの「うっとりと針運びたる夜寒かな」が、ぱっ!と浮かんで離れません〜
 (UP後に)
今月は、みなさまのお句やコメントを拝見して、少女マンガや、ユーミンの歌や、皇族の記者会見 の場面(?)まで連想してしまい、めちゃくちゃな感想になってしまいました…スミマセン…
(麦わらぼうしさんさんの談)

炬燵へ差しむかいならまだしも、お吉が気をきかして入ってこないのをいいことに、東吾の隣にぴったりすわって、るいは小娘のような声でいった。
「幼なじみ」より
先月の茜雲さまの「炬燵の間」という言葉がとても印象に残って、勝手に使わせていただきました。恋する二人には他の人が近寄れない自分たちだけの世界があるんですよね。
   
炬燵の間 二人っきりの 小宇宙
   

「小宇宙」の句、「まわれ右!」の句ともに麦さまらしいと思いました。
(TERAIさん)
るいさんと東吾さんの熱々ぶりを凄く感じました〜。実は…、恥を申し上げれば、蛍もこの場面を詠ませていただいたのですが、以前自分が詠んだ句と季語を変えただけというお粗末な句を送ってしまって、UP間際に気づき(良かった〜)削除して頂きました〜。語彙のなさを痛感しました〜。(泣) 「小宇宙」の新鮮な感じがいいですね〜。
(蛍さん)



るいの声が筒抜けで、かわりのお銚子を運んで来たお吉が、足音を忍ばせて台所へ戻って行く。
「幼なじみ」より
るいさんと東吾さんがいい雰囲気で、お吉が居間の手前でまわれ右していく場面、いっぱいありますよね。
   
かわせみで うまくなります まわれ右!
   

嘉助さんもお吉さんに負けずに、上手ですよね。
のびやかなお作ですね。気持ちよく笑えます(^-^)。
(ななかまどさん)



浅草へ出て、観音様へおまいりをして、るいにしてみれば、仲見世をのぞいて買い物でもと思っているのに、東吾はどんどん一軒の料理屋の玄関へ入って行く。
「幼なじみ」より
東吾さんが、聞き込み(?)のダシにるいさんを連れだす場面」もいっぱいあった気がします。で、だいたい、聞き込みに行く、とは言わないで連れ出すんですよね。
   
いそいそと ついて行けば 御用の筋
   

「いそいそと〜」「御用なら〜」 どちらのお句もるいさんの初々しさそのままに表現なさっていて、麦さま、純情系ですか〜。「いそいそと」に、るいさんの嬉しい気持ちが凄く伝わって来ました。
(蛍さん)



普段は世を忍ぶ仲の二人、まっ赤になりつつも、堂々と「うちの人」と言えるうれしさもあったと思います。
   
御用なら 堂々言える 「うちの人」
   




この後、実際にるいさんたちが凧をあげたかどうかはわかりませんが、旅立つ方も、それを見送り祝う方も、幼なじみなんですよね
   
凧あげて 幼なじみを 祝う初春
   

ここも、爽やかな場面ですよね。「幼なじみ同士の恋」というところに強い思いいれが芽生えて、二人の幸せを祈るるいさんなのですね。



 ぐりさんの五七五 

今月のお題は読みどころはいっぱいあると思うのになかなか読めませんでした。ここがポイントと思うのに余計できないのです。とても難しく思いました。私だけでしょうか?前回の分は見たかったけど、白い気持ちで作りたかったので送ってから拝見しようと思います。宜しくお願いします。
(ぐりさんの談)

「おぼえているか、俺が凧をあげた時のこと」
東吾が六つで、るいが七歳ぐらいだった幼い日、るいに凧を持たせておいて、東吾が走った。
「幼なじみ」より
   
幼き日 二人で上げた 凧のこと
   

凧あげの頃はるいさんが東吾さんを一生懸命守っていた感じですが、追い羽根の時には東吾さんが守ってくれて、幾つくらいから立場が変わったんでしょうね。そんな想い出話からも二人の繋がりの深さを感じます。
幼いるいと東吾が凧をあげる場面は私も詠みましたが、なるほど作者が違うと表現も様々ですね。
(TERAIさん)



   
愛ゆえに 憎しみ募り 絡まりて
   

「愛ゆえの憎しみ」はおていさん自身を身動きとれない状態に絡めるだけでなく、清太郎さんまで絡めてしまった。そこまでになるというのも、結局は清太郎さんへの思いの強さなのですね。
ポイントの箇所は余計に出来ない…と仰ってお出でですが、なかなかしっかりと掴んでいらっしゃると思いますよ〜。おていさんの複雑な胸のうちは本当に「愛ゆえに」なのですね。「愛」って綺麗な響きですが、哀しい「愛」を持つ女性には共感してしまいます〜。(って、蛍には経験ないのですが…)
(蛍さん)



白い息を吐きながら、清太郎が、るいにいった。
「植甚の親方には申しわけありませんが、畝の旦那がおはからい下さいました。おていと二人、知らない土地へ行って、やり直しをするつもりでございます」
「幼なじみ」より
   
七草の 籠置き立つや 二人連れ
   

私も、七草と旅立ちをからめて詠みたかったのですが、ダメでした。こういうふうに詠みたかった〜!です。
(麦わらぼうしさん)
「七草の…」ここはねぇ〜、麦さまも仰っていますが、蛍も断念しました〜。(泣) 「二人連れ」におていさんと清太郎さんの仕合わせな未来を感じました〜。
(蛍さん)



 浅黄裏さんの五七五 

最初に読んだ時、お糸ではなく何故おていと?と思いました。お吉の意見を待つまでもなくお糸の方がふさわしいと思ったからです。お糸の「恋」に対しておていの「愛」はあまりにも激しくて、そして言いにくいのですが少し汚れているようにも見えて…。そして少し考えて理由がわかりました。「恋」といえば美しく見えるけれど「愛」というときには少し美しくないものも含まれるようです。「愛」には「心」も「体」もひょっとしたら「技」も含まれるから。「心」のみの「恋」と対決させるとどうしても「愛」は汚れたものに見えてしまうのでしょう。お話の結末として清太郎はおていを選んだのですが、これでよかったのでしょうね。おていは清太郎と一緒になってこそ幸せになれますが、お糸はおそらく他のひととでも幸せになれるでしょう。これぞ神仏の思し召しというものかもしれません。
(浅黄裏さんの談)

相手は心得ていて、いきなり、るいの手をつかんで抱きよせた。甘く、体がのけぞって、るいは東吾にすがりつき、それで怒った顔はどこかに吹きとんだ。
「幼なじみ」より
以前に「夏衣」で一句詠みましたので、今月は「冬衣」に挑戦してみました。「心得ていて」の箇所を読んで、東吾の「腕に覚えあり」がこんなところにもと笑えました。
   
冬衣抱き寄す手元は心得て
   

夏に続いて「冬衣」、ありがとうございます。(熱〜)
(以前に「夏衣」で詠まれたとのことですが)普段句作をよく書きとめていらっしゃるので、こんな展開があるのですね。私は送ったきり忘れてしまうほうなので反省です。
(TERAIさん)



「すみません。うちの人が勝手をいいまして……」
すらすらとうちの人といってしまったことで、るいはまっ赤になっていたが、女中は礼をいって、すぐ部屋を出て行った。
「幼なじみ」より
るいさん、ういういしいですね。何と呼ぼうと呼ばれようと今じゃ顔色ひとつ変らない浅黄裏には微笑ましい場面です。
   
「うちのひと」呼んで赤らむ冬座敷
   

うちのひとの場面もポイントだったのですね〜。その時、東吾さんはいったいどんな顔をしていたのかな〜。蛍もやっぱり初々しさを何処かに置いて来てしまったようですよ〜。(笑) コメントにあります「神仏の思し召し」には受けました〜。
(蛍さん)



おていの眼の中にあったものは表面的には憎しみですが、本当は愛ですね。私の愛に気づいて、お願い!と無意識に訴えていたおてい。もう冬に終わりを告げて清太郎と春の季節を迎えてほしいと思いました。
   
まなざしに愛こめて打つ冬の底
   

「冬の底を打つ」という言葉が、おていさんの置かれたぎりぎりの状況を表しているようで、心に残ります。
今月も(浅黄裏さんの談)には、なるほど〜〜!!です。本当にいつも深くお話を読み込んでいらっしゃいますよね。「恋といえば美しく見えるけれど愛というときには少し美しくないものも含まれる」…名言ですね!!「おていは清太郎と一緒になってこそ幸せになれるがお糸は他のひとでも幸せになれる」このお言葉にも、なるほど〜です。
(麦わらぼうしさん)
師匠の書いているとおり、「冬の底を打つ」が効いています。この言葉に私も心を打たれました。
(七歩さん)
浅黄裏さんの談 これまた納得。いつもの事ながら読みが深いなぁと感心します。おていさんは清太郎さんでなくては幸せになれないし、お糸ちゃんは他の人でも幸せになれると私も思います。“冬の底”という言葉自体想像できなし、それを“愛をこめて打つ”なんて…なんでこういう表現ができるのか不思議ですごくてびっくりしました。
(紫陽花さん)



 橘さんの五七五 

「詠みどころがたくさんあるから今月は楽かな」と思っていたら、詠みたいところがあちこちあって付箋紙が増える一方で言葉は一向に思い浮かばず。まだ三度目の参加ですが、一番難しく感じました。九月から参加させていただいた「はいりんぐ」おかげ様でとても楽しい時間を過ごさせていただきました。「とっても文化の香りのする時間。私ってカッコいい♪」と、自分で思ったりして。 また来年も、どうぞよろしくお願いします。
(橘さんの談)

もう半月ばかりで正月が来るというのに、朝から珍しくあたたかな日で、るいは陽のよく当る縁近くにすわって、昨夜、やっと縫い上った男物の結城紬にしつけをかけていた。
「幼なじみ」より
東吾さんのお正月の着物を縫うるいさんの様子を詠んでみました。幸せな気持ちが暖かく立ち上っているようで、読んでいるだけでこちらも幸せな気持ちになります。「群青を溶かしたようないい色」目に染み渡ってくるようです。
   
恋し人の 着姿思う 冬日和
   
裄背幅 着丈肩幅 胸の内
   

「胸の内」は寸法ではなくて、心の内を推しはかるという意味でしょうか。寸法を測りながら心もはかってみたい…、かわいらしい女心ですね。
橘さんの「桁背幅…」こういう語呂よくならんでいるの好きです。最後が“胸の内”ていうのがいいですね。これをはかるのは大変だ〜
(紫陽花さん)



「いやですよ、又、東吾様のことで、胸が一杯なんでしょう」るいさんをいつもそばで見守るお吉さん。だからこそ幸せそうな様子が嬉しくて出た言葉なのでしょうね。
   
胸に満ち あふれる思い 恋してる
   

恋をしているときの女性って本当にこのお句の通りなのでしょうね。何を見てもしてもばら色で、仕合わせを噛み締めているようなるいさんをとても感じました。
(蛍さん)



「固いばかりが脳じゃないさ。男なんてのは若い時分に少々、馬鹿をやっといたほうが、あとへ行っていい亭主になるものだそうだ」
「どなたかさんのようにですか」
るいに流し眼でみられて、東吾は笑った。
  (略)
夜になって、急に冷え込んで、どこかで梁のきしむ音がきこえている。
「幼なじみ」より
えーとですね「色っぽい句」を詠んでみたいなぁと以前から思っていたんですよ。ちょっと直線的過ぎかなぁとも思ったのですが、思い切って出してみました。でもやっぱり照れちゃいますね。ポリポリ…
   
梁きしむ 枕のきしみ 重なりて
   

きゃ、「情念系」デビューですね。ここは七歩さんとも競作になりましたが、ここに気づかれるとは、私はまだまだ修行が足りないと思いました。
「梁きしむ〜」そういえば、尾崎豊の「I LOVE YOU」にも「きしむベッドの上で〜」という歌詞がありましたね。「きしむ」って、情念系の大事なポイントなんですね。私は全然考えつきませんでした…
(麦わらぼうしさん)
うわぁっ!熱い〜!「重なりて」って意味深だワ〜。(失礼しました〜)
(蛍さん)



気の早い子どもが揚げる凧を見上げる東吾さんとるいさん。子どものころからの強い絆を思いました。「生まれる前から結ばれていた」紅い糸。そんなことも思って。
   
縁、絆  寄り添い見上げて 年の空
   




幼い日の想い出が、次から次へと、二人の口から楽しげに繰りひろげられた時、障子の中から、おていの泣き声がした。
「清さん、堪忍して……清さん」
「幼なじみ」より
かわせみの部屋から聞こえた、おていさんの泣き声。結局は悪女にはなり切れなかったおていさんが悲しくて。
   
片恋と 気付きし心 冬の夕
   

その昔、実らずに終わった自分の片想いを思い出しました。
(ななかまどさん)
「悪女にはなり切れなかった…」とことん悪女になっていれば、清太郎さんも悩まずに済んだのでしょうね〜。その「悪女になれない」のも、やっぱり清太郎さんへの「愛」故なのですね。
清太郎さんも本当はおていさんのことを幼馴染以上に思っていたのではないかな〜。一緒にお江戸に出て来て、おていさんは綺麗になって行く…。それを見ていて清太郎さんは、いつまでも田舎者の自分からおていさんの気持ちが離れてしまったと思い込んだのではないでしょうか。おいとちゃんとの仲をハッキリ出来ないのも、そんな清太郎さんの迷いからなのかと思います。初めて知ったおていさんの本心、もっと早く気づいていてやればおていさんに辛い思いもさせなかったのに…自分も本心を言っていれば…、清太郎さんがしてもいない罪を被ったのも、自分への罰のような気がしました。崖っぷちにたってやっとお互いの心が繋がったのだと思います。清太郎さんの気持ちが、同情とか哀れみでは首も飛びそうな罪を認めるなんてこともしなかったのでは…。済みません、長くなってしまいました。
(蛍さん)



「おい、いい風が出ているぞ、何十年ぶりで凧あげをしてみるか」
床の間に、東吾が暮に持って来た大凧が、正月らしく飾ってある。
「ひょっとすると、清太郎とおていにも、俺達のあげる凧がみえるかもしれないぞ」
「幼なじみ」より
清さんとおていさんの旅立ちの場面を詠みました。幸せでさわやかな幕切れでした。
   
松飾り 揺らし希望の 風が吹く
   
すれ違う 道交わりて 松収め
   

旅立ちの場面にふさわしい、とてもさわやかなお句ですね。
(麦わらぼうしさん)
質、量ともに素晴らしいですね。言葉の選び方もよく吟味してあると拝察します。
(TERAIさん)



 のばらさんの五七五 

いじらしいというお糸ちゃんもいざ所帯持ったら豹変するかもしれないし、清さんみたいに生真面目で押しの弱い男にはおていさんのような人も合うかもしれないと思います。「目元の険」もとれて、ちょっと照れて少しすまなそうに笑ってるおていさんを妄想中〜。
(のばらさんの談)

恋人の晴着に針を運んでいる時のるいは、いくらか上気して、幸せな新妻の気持ちになっていた。
「幼なじみ」より
切ない恋に揺れるおるいさんも好きですが、甘い恋にウットリしてるおるいさんも大好きです♪ 読んでいると幸せな気持ちになっちゃいます。
   
冬陽照る針運ぶ指も愛おしく
   

たまこさんの予想が的中!こうして読むと、平岩先生はるいさんに、たくさん着物を縫わせていますね。
)「指も愛おしく」と詠まれたのはさすがです。私もこういう風に気持ちをこめねば。
(TERAIさん)
今回は蛍はこの場面をどう詠んでいいのか全然浮かびませんでした〜。本文のるいさんに当てられてしまったようです。東吾さんへの気持ちを「指」に准えられたお句は、感性豊かなのばらさんならではですね〜。こうゆう比喩的な句を心がけているのですが、なかなかに難しいです〜。
(蛍さん)



もし、東吾に抱かれる前に、東吾に好きな女がいるとわかったら、黙って耐えるより仕方がなかったと思う。片恋を片恋のまま、胸に抱いて、一生、尼のように過ごしたか、それとも、好きでもない男に自分をまかせて、滅茶滅茶に傷ついてしまったか、自分で自分がわからないと思う。
「幼なじみ」より
清さん、ええい!じれったい!絶対に、「ただ飯食ってる」間も話してる間もおていは清さんを見つめて「好き」って思ってたと思うんですよ。でも清さんは江戸にでてからどんどんキレイになっていくおていさんを前に多少びびってしまったり、恋どころじゃなく必死で修行してたかもしれない、自分の思いに気づかないばかりか、何気なくそらされたり挙句に親方の娘とのお安くない様子まで臭わされたらそら逆切れ状態、もういいよ…あたしなんて…という気持ちになる。そして清さんには何も言えない…。そんな時のおていさんの気持ちもわかるように思います。
   
そらさずに見つめて触れて心まで
   
荒星や恋流れ行く夜の果て
   

叫び出したいほどなのに、実際には何も言えないおていさんの気持ち、「そらさずに〜」によく表れていると思います。
「そらさずに〜」おていに限らず、まわりの状況に関係なく自分の想いを率直に言える人ってなかなかいませんよね。言えないけど、気づいて〜!っていうおていの気持ちがよく伝わってきます。
(麦わらぼうしさん)
「荒星や…」は私の胸にはっきりとしたイメージを与えてくれました。とてもいい句だと感じました。
(七歩さん)
「そらさず…」のおていさんの気持ちの表現っていいなと思います。解説もなっとく。ここまでなら可愛くて可愛そうなおていさんと思うんですけどねぇ〜
(紫陽花さん)
コメントにも「アッパレ!」手の早すぎる(笑)東吾さんも東吾さんですが、男女の仲ってタイミングですものね〜。「私の本心に気づいて〜」って言うおていさんの気持ちが、『そらさずに』のお句からよ〜く感じられました。
(蛍さん)



 蛍さんの五七五 

今月のお話は、苦しみました〜。五七五に参加させていただくようになってこれほど詠めない、浮かばないも初めてです〜。読みどころは一杯あるのですよね。なのに、どの場面を詠もうかと迷う前に、文字ばかりが頭の中を通り過ぎて行くようでした。るいさんと東吾さん、おていさんと清太郎さんとの二組の「幼なじみ」をどのように詠めばよいのか、困りました。身分の差はあったとしても、るいさんと東吾さんとは、大人の愛へと素直に育まれて行き、おていさんと清太郎さんは、どこかですれ違ってしまい、傍にいながら心が繋がらなくなってしまった、対照的な幼馴染をもっと詠みたかったのですが、詠めそうでいながら、難し過ぎました〜。本文の中に『おていさんは妹のような存在』とあるのは、まるで七重さんと東吾さんのようですし、この頃はまだ七重さんも苦しんでいるのですよね。るいさんとて、複雑でしょうし…。微妙で繊細な心の動きを詠むには、まだまだ修行が足りないですワ〜。
(蛍さんの談)

「幼なじみ」のお話が十二月の半ばからのようですので、思いつきました。お江戸の時代は、十二月の下旬から正月末の間に、「来年の大小暦とし暦」と売り声を流しながら、暦を売り歩いたそうです。宿屋商売の「かわせみ」にとっては暦は必需品ですし、さしずめお吉さんあたりが呼び止めていたのではないでしょうか。
   
枝折り戸に 声響かせて 暦売り
   

江戸の頃は、そんなふうに暦が売られていたんですか。風情がありますね。
江戸の風情がタップリ感じられるお句ですね。暦売りの声が(聞いたは事はないのですが)本当に聞こえてきそう。
(麦わらぼうしさん)



るいさんが待ち焦がれているのを知っているのに、やせ我慢の東吾さん。油なんて売ってないで〜ってるいさんのヤキモキしている様子が、これまた東吾さんにとっては嬉しくてたまらないのでは…。
   
冬深し 恋(こひ)の炎(ほのほ)や 乱れ髪
   




一泊は泊っても、滅多なことでもなければ二夜続けてるいの部屋に泊ることは殆どない。まだ部屋住みだし、世間体もあって、男がけじめをつけているのは、るいにもよくわかる。わかっていて、やはり、どうにも寂しいのが女心でもあった。
「幼なじみ」より
この頃のるいさんは、東吾さんと心は通い合っていると信じていても、一緒になれない心細さが先に立つのでしょうね。七重さんのこと、兄上さまのこと、ひとりになると夜は長く、眠れない日もあるのではないでしょうか。
   
ひとり寝の さびしさびしい 寒の紅
   

“寒の紅”がすてきです。さびしいがゆえの一途な思いが、 眼に鮮やかです。
(ななかまどさん)



凧と風で髪がこわれ、ころんだり、走ったりで泥だらけになりながら、夜になるまで東吾について来たるいの姿を、東吾は思い出しているようであった。
「幼なじみ」より
片時も東吾さんの傍を離れたくない…、なんとかして東吾さんを喜ばしてあげたい…、いじらしいですねぇ〜。夕闇が迫ってきた心細さのなか、それでも東吾さんのあとをずっと追いかけ続けるるいさん。東吾さんと一緒だからと言う安心感もあったのでは…。
   
追ひかける うしろ姿に 冬茜
   

蛍さんの談を読んで、七重さんだって東吾さんとは幼なじみで悩んでいたんだよなと思い出しました。蛍さんの解説読むまで七重さんのこと忘れてました。そこを踏まえて読まなければならなかったんだ。こんな読者では作者もがっかりかも。
(紫陽花さん)



「幼なじみ」の思い出って、特別なものがありますね。世間の苦労も知らない頃の、ただ楽しかった幼い頃。おていさんは世間に揉まれて、きっと拗ねた生き方をしてきたのだと思います。素直だったあの頃を思い出して、氷のような心もとけて来たのですね。清太郎さんの気持ちを知り、泣いて詫びるおていさん、この場面から「北風と太陽」と言う童話を思い浮かべました。おていさんにとって、清太郎さんは太陽だったのではないでしょうか。その太陽を見失ってしまったとき、おていさんの心は冷えて凍えてしまったのですね。
   
故里の 日向のにほひ 風の音
   

幼なじみといる安堵感って、本当に「日向」みたいですね。そのあたたかさで心がとけるというのも、頷けます。



るいさんが東吾さんの春着を縫っている場面で一句…、と思ったのですが、何故かこうなってしまいました〜。(笑) 暮と正月は神林のお家の行事に忙しくて、「かわせみ」には顔を出せない東吾さんですから、新年を二人で迎えることは何よりでしょうね。せっせと縫った春着を着せ掛けるとき、仕合わせをかみしめているのかも知れません。ところで、東吾さんの筆下ろしは何処なのかな〜。(笑)
   
群青の 仕立て下ろしや 姫はじめ
   

いつもよく読みこんでいらっしゃいますね〜。「冬茜」の句と「姫はじめ」の句が特に好きです。
(TERAIさん)



清太郎の気持ちに、やがて、おていは気がついた。
夫婦約束をしていたわけではない。ただ幼なじみというだけである。おていは、清太郎に、なにもいえなかった。一人で泣くのが、おていのような女にはせい一杯のことだったろう。
「幼なじみ」より
好きな人が他の女性を好きになっていく…。おていさんならずとも辛いですねぇ。幸か不幸かそれほどの経験はないのですが…。(オイオイ 笑) 引き止めたくても、その術もなく、『ひとりで泣くのが精一杯…』 おていさんの心の底からの哀しさを感じました。
   
冬桜 叶はぬ恋(こひ)の 小夜嵐
   
思ひ出を 辿る夜毎の 夢哀し
   




「そんな時、仙之助にいいよられて、俺にはどうもそういう女心って奴がわからねえが、おていは仙之助に身をまかす気になったらしい」
「幼なじみ」より
清太郎さんの気持ちが自分の方に向いていないと気がついた時、おていさんは心を開くのを止めてしまったのですね。七重さんのような潔い身の引き方もあれば、おていさんのように自分を痛めつけることしか出来ない生き方もあるのですね。
   
流されて 凍つる心や なみだ花
   

蛍さまのコメントをよんで、「源三郎祝言」の通之進さまの言葉を思い出しました。「惚れた女と夫婦になれないのならば、誰を妻にしても同じだと考えたのであろうよ」まあ、ちょっと違いますが、おていも清太郎と夫婦になれないのなら、誰に身をまかせても同じ、と考えたんでしょうか。
(麦わらぼうしさん)



おていさんと清太郎さんの旅立ちを詠みたかったのですが、空回りばかりしてダメだ〜。それでも「かわせみ」のみんなと一緒に明日の仕合わせを祈りたいと思いました。今年は色々な出来事もありましたし、蛍の今年の締めくくりの五七五として、お目出度い季語集めの句にしました〜。
   
千代の春 追羽根手まり 独楽回し 双六上がって 福笑ひかな
   

お正月にふさわしいお祝いのお歌、皆さんとともに頂戴いたします。ありがとうございました♪



 あっちの管理人さんの五七五 

一瞬パスしようかな〜とも思ったんだけど、師走だし一年の締めくくりだし、これはやっぱり参加させて頂かないと後悔しそうで、なんとか作ることが出来ました。この「幼なじみ」は私にとっては本よりも初代NHKのドラマで強く印象に残っています。子供の頃からその人が好きで、でも身分違いと諦めていた恋。身分を捨てた時、初めて結ばれた恋。そんな二人が初めて自分の思いを口にした場面がとても好きです。
(あっちの管理人さんの談)

困った時の神だのみではないが、そんなことにかこつけて、るいの女心は恋人の訪れを心待ちにする。
恋をする者の以心伝心というのか、夜になって、東吾は、やっぱり、「かわせみ」へやって来た。
「幼なじみ」より
まず最初は (今夜あたり、東吾さまがみえるかも知れない……) 忍ぶ仲だった頃、るいさんはいつも東吾さんの訪れを心待ちにしていましたね。待って待っていじらしいくらい。東吾さんはそんなるいさんの気持を知ってか知らずか、帳場で嘉助さんと世間話なんかして(笑)
   
待つほどに想いつのりて冬ぬくし
   

ネットや携帯の時代になっても、電話やメールが来ないかな〜って思う気持ちは、こういう時のるいさんと同じですよね。でもやっぱり、違うかな。
拝見しているこちらまでもほのぼのとして来るような、良いお句ですね〜。本当は東吾さんも真っ先にるいさんの顔を見たいのに、素直じゃないな〜。管理人様の言葉の響きは優しくて「かわせみ」の雰囲気そのもののようですね。
(蛍さん)



そして二人が子供の頃の凧揚げの思い出を話す場面、そんな小さな頃から仲良しで、いつも一緒だったんですね。身分が違うとはいえ、お互いにかけがえのない大事な存在だったんだと思います。
   
語らえば同じ思い出かぎりなし
   
思い出は溢れるほどにかの月日
   
幼き日共に夢見た日々ゆえに
   

「語らえば〜」夫とは同じ高校なので(夫が一つ上、当時は他人)○○先生が、とか、○○部の△△君が、とかで今だに話が盛り上がりますが、幼ななじみなら、なおさらかぎりなく思い出が溢れて出てくるのでしょうね。
(麦わらぼうしさん)
学校の卒業式で詠んだら先生が喜びそうな俳句だと思いました。 そういうのと違うという管理人さんの声が聞こえた気がしました。
(紫陽花さん)



「やっぱり、いい人だったんですよ、清さんって人は……」
おていの幸せが、わがことのように嬉しくて、るいは、東吾の胸の中で、うっとりと眼を閉じた。
「幼なじみ」より
七草の日に、清太郎はおていさんを迎えに行くという。子供の頃からずっと好きだったおていさんの気持ちを受け止めてくれた清太郎さん、やっと想いの叶ったおていさん。そんな二人の幸せは同じ幼なじみ同士として、きっとるいさんにも嬉しかったに違いありません。
   
君が幸我がことのよに嬉しくて 光眩しき冬晴れの朝
   

自分達の先行きがわからないだけに、二人の出発をるいさんは、嬉しさと少しの希望を胸に祝ったのでしょうね。清々しい場面です。
声に出して読んでみると響きのいい句をお作りです。
(TERAIさん)



 はなはなさんの五七五 

「幼なじみ」 詠むところはいっぱいあるので困らないんですがそれだけに散漫になってしまうんだなぁ… (と、できない言い訳)頑張って詠んでみます。
(はなはなさんの談)

競作ポイントは一応押さえておかなくては(笑) 管理人さんの「うっとりと針はこびたる夜寒かな」が思い浮かびましたが、はなはな風はこんなかな〜。
   
恋衣縫い冬の陽にぬくまりぬ
   

管理人さんのそのお句を思い出された方(私も)、多いですね。冬の陽に体が、そして恋人の着物を仕上げる嬉しさに心までぬくもっていくんでしょうね。
どの句も素晴らしいですが、「恋衣縫い」の句が特に好きです。
(TERAIさん)



「おまけに、清太郎は固い男だから、おていと逢っても、手を握るでもない。いっそ、清太郎とおていが他人でなくなっていりゃ、こうややこしいことにはならなかったのさ」
他人だから、清太郎もお糸へ心を移すことに罪の意識がなかったろうし、おていのほうは、みすみす離れて行く男心をどうしようもなかった。
「幼なじみ」より
なんだか今回の「おてい」は「女がひとり」の「おかつ」を思い浮かばせました。おかつは不幸にも命を落とし、おていは恋を実らせました。からだとこころと…女は、ひとは、どうして一致させることができないのでしょう。
   
苦しくて冬星の下ひた走る
   
夜もすがら影追いながら揺れながら
   
片恋を抱くひとは道をあやまりて
   
ことばより縋るものとてなくて居り
   

おていさんの気持ちを、おるいさんは東吾さんに言われるまで気付きませんでした。おていが苦しい気持ちで清太郎への思いを抱いていたように東吾さんと結ばれるまではおるいさんも片恋に身を焦がしていたのでした。「女がひとり」ではおるいさんはおかつの気持ちを思いやることができました。おるいさんもきっと女として気持ちの深みを持つようになったのだと思いました。
(はなはなさん)
るいさんの、おかつさんに寄せる気持ちとおていさんへの気持ちの違い、こういう視点が出てくるところに、サイトをやってきた歴史みたいなものを感じ、はなはなさんの視点に感心するとともに、ちょっと嬉しくなってしまいました。 私は全然詠めなかった「おてい」の気持ち…さすが、はなはなさま、すらすらと見事に詠まれて…おていのどうしようもなく苦しい気持ちがよく伝わってきます。
(麦わらぼうしさん)
おていさんのイメージが凄く膨らんできますね〜。「ひた走る」「夜もすがら」には、おていさんの不安定な心を感じました。生身の清太郎さんでも、おていさんにとっては「影」なのですね。どんなに追いかけても影は捕まえられないですから、おていさんの心情が手に取るように見えました。さすが、観念のはなはなさまですね〜。
(蛍さん)



 こでまりの五七五 

今月はすっかり遅くなってしまって、やっとできたので届いていた皆さんのを一気読み!久々に皆さんと同じ感覚を味わいました。それにしても、皆さんギアーチェンジしたんじゃありません?なんだか背中が遠くなったみたい…。(嬉&焦)
(作中の「初春」は「かわせみ」ではおなじみ、「はる」とお読みください。)
(こでまりの談)

わっ、「群青の〜」で始まるお句が三句も〜!
群青の着物にかかる白いしつけ糸を想像したら、その糸を指で追ってみたくなりました。るいさんも、そうしてみなかったのかな〜。
   
群青の初春着のしつけなぞりおり
   

「初春(はる)」という言葉は私もひとつ使いましたが、なるほど素敵な言葉ですね。
(TERAIさん)
「群青の…」がとても気に入りました。「しつけをなぞる」というアクションは、とても男には思い及ばないもので、なるほど、と感心しました。しつけ糸の上を指で辿りながら、深く恋人のことを思っている様子が伝わってきます。
(七歩さん)
「群青の…」の“しつけなぞりおり” そうかそうしながなら着物って仕立てるのねぇと思いました。こでまりさんもそうやって服仕立てたり編物したりしてるのかと想像しましたがいかがでしょうか。
(紫陽花さん)
これって、全くの想像です。(うひ)最近は針も編み棒も持たず、まして着物なんて縫ったこともありませんが、るいさんだったら東吾さんが着たところや、その胸に抱き寄せられるところを想像しちゃうんじゃないかなと思ったのです。フィクションですぅ〜。
(こでまり)
自分が雪景色の中に住んでいるせいか、蛍様のお作と共に、彩度の高い句にひかれます。
(ななかまどさん)



「江戸へ出て五年の中に、よくも、ああ変われるものだ。やっぱり女は化物だな」
よくも悪くも、江戸の女になっているおていに東吾は感心した。
「殿方は、ああいうほうがお好きなんですか」
「井筒屋の主人は好きらしいな。ひょっとすると、井筒屋の主人好みでああなったのかも知れないよ」
「幼なじみ」より
葛西生れのおていさんが「江戸の女」になったのは、仙之助と深い仲になってからだと思うのですが、そこにはやっぱり「私を袖にしたことを、後悔させてやるぅ〜」的な思いもあったのでは…。でもいくら流行の江戸の女になっても、心は満たされなかったでしょうね。
   
片恋の恨みが成せし江戸女
   

コメントを読んで、ユーミンの「♪いつも着飾ってたのに〜今日に限って〜安いサンダルを履いてた〜」(曲名忘れました…)を連想しました。やはり「むなしいこと〜」と気づくんですよね。(←またまた?のみなさま、スミマセン…)こでまりさまとユーミンと、同じことを言いたかったのではないかと思いまして。
(麦わらぼうしさん)



おていはまたたきもせず、清太郎をみつめ、清太郎も茫然とおていをみつめた。
おていの眼の中には、明らかに激しい憎しみがあったし、逆におていをみている清太郎のほうに動揺が窺われた。
  (略)
清太郎が、ふっと視線を落した。
「お手数をおかけ申し、まことに申しわけございません。たしかに、おていの申す通りでございます。金は手前が受け取りました」
「幼なじみ」より
   
極月や幼なじみの恋覚り
   

“極月”の語感に脱帽ですーー。
(ななかまどさん)
月にも色々ありますが、「極月」は初めて知りました。醜い自分を曝け出してまでも清太郎さんに気づいて 欲しいおていさんの命の瀬戸際のようなものを感じました。「身を捨ててこそ…」ですね。
(蛍さん)



幼なじみの二人が共有する想い出って、何か格別な感じがするのは、ある年齢を超えたからでしょうか。そんな好きな人と、途切れることなく語り合えるのって幸せですよね。
   
初春近し想い出語らふ人と居て
   

「ある年齢を超えたから」のコメントに納得です〜。少年少女の頃には、幼なじみの思い出が懐かしいとは思いませんでしたもの。共通の思い出の中に身を置くのはほんわかとした気持ちにさせられますね。清太郎さんとおていさん、まさに「初春近し」ですね。
(蛍さん)