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 阿蘭陀正月
    オランダしょうがつ
「清姫おりょう」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
今年度の「文化功労者」が発表され、そのお一人に平岩先生が選ばれました。ネット生活を始めてから、「ご本家」「S.ファロウ」のおかげで、このように多くの方々と出会うこともできましたが、それも先生の「御宿かわせみ」があればこそ。心から感謝申し上げるとともに、先生のますますのご健勝とご活躍をお祈り申し上げます。

さて先月の「錦秋中仙道」、そして「お気に入りアンケート」にもたくさんご参加くださいましてありがとうございました。
お蔭様で二年目の見出しにも、すべて題名を入れることができました。
今月から三年目に入りますが、これもご参加くださる皆様と、ロムして下さる皆様のお蔭と、改めて感謝しております。

そして三年目のスタートには、「阿蘭陀正月」を選びました。東吾さんにとってはもう一人の大切な親友、宗太郎さんとのお話です。
冒頭の暦のお話も興味深いですね。

さあ、今月はどんな五七五になりましたでしょう。
(平成十六年十月)

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「はいくりんぐ」二周年記念ということで、いつもロム子だけで
なんの協力もできなくて、申し訳なく思っていたので、
こういう形でお祝いさせていただきました。
無理矢理西洋の花の種にしちゃいました…すいません。
(ゆいさん)
花の種はこちらの「後日談」から
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 TERAIさんの五七五 

今回は医師が出てくるお話でしたが、医師うんぬんというより人間性の問題ではないかと思いました。

 (UP後に)
今回は医師のお話ということで、何か共感できることがないかと思って探してみたのですが、どちらかというと「男性の妬み」のほうが、他人事ではないなあと思いました。感想を書くことで、皆様の五七五もより堪能できるのではと思い今月も書いてみました。
(TERAIさんの談)

「宗太郎先生は御立派でございますよ。お若いのに、あれだけ出来たお方はそう滅多にいらっしゃるものじゃございません。御器量といい、お人柄といい……」
「長崎屋を訪ねて来た医者は人柄が悪いのか」
「阿蘭陀正月」より
   
人柄も 治療のうちか ふたり医者
   

本職のお仕事がらみのお話で俳句作りにも思い入れが濃い様にお見受けしました。「人柄も〜」お医者さまならではの見方ですね。TERAI様も素敵なお医者さまに違いありませんもの
(すみれさん)
『「男性の妬み」のほうが、他人事ではないなあと…』この言葉、何か微笑ましいです〜。(ごめんなさい) お医者様って、何となく怖い…というイメージがありますから、やっぱりお人柄のよさそうなお医者さまに診て頂きたいですね。
(蛍さん)



「宿屋の店先で医者がさわいでたんじゃ商売にさしつかえるだろうが。とっとと奥へ入れ」
東吾にどやされて、漸く腰を上げた。
「阿蘭陀正月」より
   
お節介 帳場に腰すえ 講釈師
   
立春に 雨水啓蟄 春雷
   

店先の場面は詠んでみたいところでした。二十四節気を重ねるのも、楽しいですね。
いつにもましてすばらしいお句ばかりですね。「人柄も〜」「お節介〜」のお句が特に好きです。
(麦わらぼうしさん)
今月はTERAIさんがどのように詠まれるかとても興味がありました。「医師うんぬんより人間性の問題」というご指摘は流石ですね。「帳場に腰すえ」のお句がいいですね。この場面は是非詠みたかったんですが、無理でした。講釈師に当てはめられたのがうまいです。
(浅黄裏さん)



「気の毒だな」
「ここへ来た時ぐらいしか、心の休まる余地がないといいますからね」
「阿蘭陀正月」より
   
神様とも 鶴とも鷹とも 呼ばれけり
   
寂しいと 訪なう心に 妬みあり
   

家族から「神様のような」と思われたり、家族をそのように尊敬できるのは、幸せなこと。そんな一家と親しくなりたいと思いながらも、妬む心を抑えられなかったのでしょう。
貴一郎の気持ちをぴたり言い表して見えると思いました。
(ぐりさん)
「寂しいと〜」幸せに満ち溢れた、明るい麻生家を訪れることで自分もつかの間の幸せを味わいたかったのですね。でもあまりに自分の身の上との差があり過ぎて、羨ましさが妬みにすりかわってしまったのですね。
(橘さん)
「寂しいと〜」貴一郎さんも初めから妬みの心など持ってはいなかったのだと思います。気持ちも寂しい、心も寂しい、寂しすぎたのですね〜。その心の内を宗太郎先生が処方出来ていたら…。
(蛍さん)



   
とりかえた 怪我の功名? 助かった
   
親友の 勘が救った 依ト加拉垤
   



「品川には龍宮の乙姫様のような妓が揃って居りますとか」
「冗談いうなよ。昨夜は俺と宗太郎と源さんと、男ばっかり、膝小僧を揃えて……」
「阿蘭陀正月」より
   
恋仇 ふたりで東吾 迎えたり
   

いつも一番早くできているのに、やはり競作ポイントはしっかり、押さえていますね〜 と思ったら「おまけ」だったとは…恐るべし。「恋仇」って、言葉を選んで使っているんですね。私のPCでは、変換出来ませんでした(汗)
(千姫さん)



 ぐりさんの五七五 

アンケート集計もあり大変と思います。結果楽しみです。今月も参加させていただきます。宜しくお願いします。

 (UP後に)
皆さんすごく深い読み込みで感心しました。出来ない難しいといいながらすごい出来でいつもよく言葉を知っていらっしゃると感心しています。皆さんの句を拝見すると素敵だなと思い、私もこういう句を作ってみたいと思います。やはり競作ポイントは朝帰りのところでしたね。暦のところもと思ったのですが句に出来ませんでした。3人も思わずどこどこどこと探しました。素敵です。
(ぐりさんの談)

床の間には一応、依ト加拉垤の画像の掛け軸を飾り、その前に花や菓子が供えてある。
が、別に儀式めいたことはなく、すぐに盃を取った。
ギヤマンの盃に、唐津屋光左衛門が持って来たという赤い酒が注がれて、それが宴のはじまりになった。
「阿蘭陀正月」より
   
ギャマンの 赤い酒に かくれしは
   
あんこうの 肝は食べたし 死は怖し
   

以前茨城に行った時、本当に美味しい鮟肝をごちそうになったことがあります。あの鮟肝はちょっと無理しても、もう一度食べてみたいと思います。
「あんこうの〜」私はまだ、食べた事ないですが、それほどおいしいのでしょうね。
(麦わらぼうしさん)
「ギヤマンの」赤い酒に隠そうとした妬みの感情。飲み干すことで消し去ってしまえたら良かったのに。隠しきれずに、表に出してしまったのが悲しいですね。
(橘さん)



   
朦朧と してても友を 助けたり
   

東吾さんほどの剣の使い手ならば、なんとなく殺気のようなものを感じたのかもしれないですね。
(蛍さん)



「二人とも、さぞ心配しているんだろうよ」
「昨夜は眠れなかったのかも知れません」
いそいそと居間へ入ると、向い合って話していたるいと七重が、つんとすわり直した。
「阿蘭陀正月」より
   
さぞかしと 帰ればなんと 角が出て
   

ここは今回一番の競作ポイントでした。夫たちが「さぞかし」と思って帰ってみると、妻たちの思わぬ反撃にあって慌てる、その落差が面白いですね。
私はここが競作ポイントとは思わずに、最後にたまたま一句おまけで作っただけでした。
(TERAIさん)
この場面すごい競作ポイントだったのですね。帰りつくまでの道までで わたしは句作を終わってしまっておりました。
(すみれさん)
東吾・宗太郎の気持ちVS七重の態度が絶妙に表現出来ていて、場面が場面なのに何故か、ほのぼのと笑みが出てきますね〜
(千姫さん)



茶を運んで来たお吉が廊下でくすくす笑い出し、遂に東吾が宗太郎にいった。
「俺もお前も、どうやら人徳ってのに欠けているんじゃないのか」
「阿蘭陀正月」より
   
仁徳が ないんじゃないか しおれ花
   

「人徳が」のお句ですが、「ないんじゃないか」は、東吾の「欠けているんじゃないのか」というセリフをふまえてのものですね。東吾らしくてとてもいいですね。
(浅黄裏さん)
「しおれ花」がヒットです〜。\(^o^)/ 東吾さんも宗太郎先生も、ホントにシオシオですね〜。
(蛍さん)



 浅黄裏さんの五七五 

なかなかの難題話で苦労しましたが、それは何故かといえば、描かれている「男の嫉妬」に思いを至すのが女の私には難しかったからだと思います。男の嫉妬は直接相手に向かうらしく宗太郎に毒を盛ったのですが、女なら七重にその毒を向けるかもしれません。そして大事な人を失って苦しむ相手の様を見て復讐心を満足させるような気がします。
貴一郎が何時頃から宗太郎に殺意を抱いたのかはわかりませんが、おそらく宗太郎に再会するずっと前から心を病んでいたのでしょう。哀れとしか言いようがありません。
今月のお話では期せずして東吾と宗太郎との人生経験の厚みに差があることが露見したようにも思います。長兄と年の離れた次男坊でさしたる苦労も知らない東吾、家を離れて苦労した宗太郎。宗太郎にしてみれば貴一郎の末路はひょっとして自分の姿であったかもしれないと思ったのではないでしょうか。周りの人に恵まれたのも家族に恵まれたのも宗太郎の人徳であり努力であると人は言うかもしれませんが、宗太郎自身はそうは思わないのでは。ほんの少しの道の踏み外しがどんどん広がって、貴一郎のような末路を迎えたかもしれないと、殺人者である貴一郎を思いやっていたような気がします。東吾には甘いと言われても。
なんだか前置き?がものすご〜く長くなってしまってすみません。東吾さんファンには叱られるかもしれませんが、どうしても↑のように読めてしまって…。

 (UP後に)
今月はなんだか暗い気分で句を詠むことになってしまって、そのまま少し引きずり気味です。ラストの場面で明るくなれる筈だったのですが、私はその場面も詠めずに終わってしまいました。みなさんのお句を鑑賞して、なるほどと思ったり、ユーモア系に和ませられたりです。
(浅黄裏さんの談)

石蕗の根茎がフグ毒の毒消しになると歳時記で読んで、今月の季語はこれで決まりと思いました。貴一郎の周りに石蕗になって毒を消してくれる人がひとりでもいてくれたならこんなことにはならなかったろうと思うのです。
   
石蕗(つわ)の根のなくて妬(ねた)みの毒ぞ満つ
   

石蕗の根は毒消しなんですか。私も見つけたら、絶対使いたいと思ったでしょう。貴一郎に限らず人間誰しも、身近にそういう存在がいてほしいものですね。
浅黄裏さんの「前置き」は、目からウロコで、「こころ模様」に頂いていきたいくらいですが…私は単純に、その人物と付合いのあった宗太郎と、なかった東吾の違い?くらいにしか思っていなかったのですが、「ほんの少しの道の踏み外しがどんどん広がって、貴一郎のような末路を迎えたかもしれない」という思いが宗太郎にはあったのでは…という考えに、膝を打ちました。人間、他人の持つ幸福の部分にすぐ目がいき、羨んだり妬んだりしがちですが、その幸福を得るため、維持するために、見えない部分で人がいかに努力しているか、という点にはなかなか考えが及ばないものですよね。石蕗が河豚の毒消しになる、って、そういえば、去年の冬に「歳時記」で紫陽花さんに石蕗の絵を描いて頂いた時に載せたのですが、今回、まったく思い出しもしませんでした…(汗)。
(たまこさん)
えっ!「はなはな歳時記」に載っていたんだ〜しまった〜。紫陽花さんのイラストは覚えていたのに…。
ところで、(と話を替える)たまこさんもおっしゃるように、浅黄裏さんには「こころ模様」へのデビューをお薦めしま〜す♪
(こでまり)
(浅黄裏さんの談)を読んで、なるほど〜と思いました。今回のお話、楽しい場面もいっぱいあるけど、かなめは貴一郎の嫉妬とか、東吾、宗太郎、それぞれの気持ち…男の気持ちなんですよね。私はそういったところはぜんぜん詠めませんでした。「石蕗の根の〜」浅黄裏さまの解説文にも、なるほど〜だし、表現の仕方がすばらしいですね。
(麦わらぼうしさん)
石蕗の根が毒消しになる…すっかり忘れていました。確かにあの時にたまこさんの解説を読んでへぇ〜って思ったんですが、今回全然思い出しませんでした。きっと憶えているのはたまこさんぐらいだろうと思ったんですが、たまこさんも忘れていたようで、ほっと(?)しています。
(紫陽花さん)
浅黄裏さんの談って、すごく意味が深いんですよね。なんとなく引っかかっていたけれどうまく理解出来なかった細かい部分が、サッーとシワの無い一枚の布になるような(たとえが変なぁ?) そんな浅黄裏さんらしい人物評価、物事への見方、とても 参考になります。「新コーナー」が生まれるかも…
「石蕗(つわ)の根の〜」 結局、石蕗の根になる人がいないのも貴一郎自身のせいなんだ、こう考えれば私の貴一郎を哀れむ心も少し薄くなれるってもんだ。ちょっとすっとした。(浅黄裏さんの考えを勝手にすり替えてしまって、すみません)
(千姫さん)
「石蕗の根」が毒消しとは知らなかった。この上五が生きていますね。人の心の中にも「石蕗の根」が育つといいですね。「冬ざるる」も勉強になりました。
(七歩さん)
石蕗のねをうまく使って情景をあらわして見えると思いました。
(ぐりさん)
石蕗の根が河豚の解毒になるとのこと。初めて知りました。とても勉強になりました。妬みという心の毒を消す、心の石蕗の根を持っていてほしかったのにと思いました。
(橘さん)
天邪鬼の蛍ですので、前書きの東吾さん評にはもの凄く納得です。(やっぱり言うと思った〜と笑われそうですね) 宗太郎先生の「自分の末路だったかも知れない…」には、全くの不意打ちのように響きました。考えてもいなかったな〜。いつも独特の詠みの深い浅黄裏さまならではですね。貴一郎さんの妬み心は自分が悪いのですが、宗太郎先生の恵まれた環境に、その心を持ってしまう気持ちもわからなくはないのですよ。でも、持ってしまったその心をどうするのかが大事なことですね。宗太郎先生は、その心を救えなかったことが一番辛いのでしょうね。
(蛍さん)



「依田が死んだことを気にしているのか」
「下手をすれば、わたしも東吾さんも、あいつに殺されていたのですから、かわいそうだとは思えませんが……」
「阿蘭陀正月」より
東吾は殺人鬼に同情する馬鹿があるかと言い切りましたが、宗太郎にはそう簡単には思い切れないものがあったと思います。親しくはなかったとは言っても共に学んだ仲だったのですから。その貴一郎の自分への殺意を知って宗太郎の心のなかは荒涼としたに違いありません。家族や友人の暖かい心に触れて癒されて欲しいと思います。
   
かりそめにも朋(とも)と呼びしに冬ざるる
   

宗太郎さんの胸中は複雑でしょうね。その心を表す「冬ざるる」がきいていると思いました。
「石蕗の根」「冬ざるる」など普段よく言葉の勉強をなさっているなあと思いました。
(TERAIさん)
失礼ながら…などととんでもないことですよ〜。宗太郎先生の遣る瀬無い気持ちが、このお句から伝わってくるようです〜。貴一郎さんは、東吾さんとは面識もなく、東吾さんにとっては「殺人鬼」でも、宗太郎先生はずっと以前とは言え、知り人であり、その身の上もわかっていますから、東吾さんのようにスッパリと割り切れないのでしょうね。そして、そんな宗太郎先生に向かって、東吾さんは言い切り ましたが、それは冷たいというよりも宗太郎先生の胸のうちがわかっていればこその、励ましのように感じたのですね。友を救うことが出来なかったと宗太郎先生は自分を責めているのではと思いました。その心の重荷を少しでも軽くしてやりたい…と東吾さんが思ったというのは買いかぶりすぎかな〜。↑ではあんなことを言っているのにねぇ〜。このお話の中で、一番心に残る場面でした。
(蛍さん)
「…冬ざるる」もいいなぁ。聞いたことがないのですが、一般的な言葉なんでしょうか?きれいな言葉ですね。
(紫陽花さん)



「依田先生が……」
本来なら宗太郎の左隣にすわっている筈の依田貴一郎がよろよろと立ち上り、そのまま、つんのめるように障子へぶつかって行った。
「阿蘭陀正月」より
貴一郎は死ぬその刹那、まぶたに浮かんだのは何だったのでしょうか。宗太郎にではなく自分に毒がまわったと知って、何故だという思いと最期のときまで自分は不首尾であったという思いとがあったでしょう。まぶたに浮かんだものはどこまで行っても花咲かぬ一本の道であったような気がします。
   
閉じし眼に浮かぶ末路や枯野道
   

貴一郎さんの哀しくてさびしいこころ模様を深く読んで、また詠み込んでおいでになり、感服して拝見しました。自分のおろかさ、無念さ、複雑ですね。悪い人だけど何となくかわいそうに思えたところまでは、同じだったけど、こうも違うのかーーと思い知らされました。
(すみれさん)



 橘さんの五七五 

先月に引き続き、今月も参加させていただけて嬉しいです。難しくて「みなさんはどこを詠まれているのかしら?」とお聞きしたいと思いました。どうぞよろしくお願いします。

 (UP後に)
「はいりんぐ」拝見しました。とても楽しい時間を過ごしています。今月もみなさまの素敵な句に感動の連続。どうしてみなさまこんなに素敵な言葉の数々を紡ぎだせるのでしょうか?とってもうらやましい!
(橘さんの談)

お吉さんや嘉助さんが相手の人柄を見抜く眼力はすごいと思います。お吉さんは時々間違うこともありますが。「私も最初からいけ好かないと思ったんですよ」って、最初と違うじゃないですか!お吉さん!!と突っ込むことも。
   
人格も 才も見抜くか お吉さん
   

私はお吉さんが…という観点がすっかり抜けていました。
(TERAIさん)
お吉さんをうまく読んで見えますね。
(ぐりさん)



東吾はまだ講武所から帰って来ていなかったのだが、るいが居間へ通れというにもかかわらず帳場に腰をすえて、これは体がぞくぞくして風邪をひきそうな時に煎じて飲め、とか、食いすぎでもたれたら、これが効くのだと講釈をいったあげく (略)
「阿蘭陀正月」より
宗太郎さんが持ってくるとても良く効く薬を常備しているかわせみでは、風邪の神様も裸足で逃げ出すくらいでしょうね。風邪薬とお腹の薬、それと体が温まる薬湯の素私もほしいです。
   
風邪の神 暖簾くぐれず 疾く逃げる
   

風邪の神がのれんからチラリとのぞき、すぐに踵を返したように思いますが、私がパッとイメージしたのは「風神雷神図屏風」の絵でした。風邪じゃないけど…。
「風邪の神」のお句は私も風神雷神を思い出しました(風邪薬のCMのですが)。「疾く」がとても効いていると思いました。
(浅黄裏さん)



「つまり、春になるとあったかくなり、夏には暑くなり、秋からはどんどん涼しくなって、寒い冬がやって来るというのは、お月さんとは関係ない。こいつは、おてんとさまの仕事なんです。 (略)」
「阿蘭陀正月」より
農業を生業とする人たちにとっては、太陽と太陽暦ほど重要な物はないですよね。「お彼岸過ぎたらじゃがいもを植える」「お盆過ぎたら白菜を蒔く」等は今でも活かされている経験と知恵ですね。
   
生業の 道標となる 農事暦
   
万物の 生きる糧なる お天道さん
   

「生業の〜」「おてんとうさまの仕事なんです」と言われてもねぇ〜。現代では、地球は太陽の周りを回っていると学校で習いますから理屈ではわかっていても、実感として感じているかとは別ですから、お吉さんたちが目を白黒するのも当たり前ですね。
(蛍さん)



「そいつが、今年は二十八日に当たるのだそうです」
「冗談じゃありませんよ。師走にもならない中にお正月になっちまうなんて……」
「阿蘭陀正月」より
お吉さんの疑問を詠んでみたのですが、この句実は失敗作!季語が二つ入ってしまいました。でもぜひ残したいなぁと思い、思い切って投句させていただきました。
   
あら不思議 霜降り月に お正月?
   

先日「陰暦から陽暦に変わった日」を紹介して下さいましたが、その当時の人にしてみれば、本当に不思議だったでしょうね。
失敗作だなんてとんでもない!拝見した瞬間、こういうふうに詠みたかった〜!って思いました。私なんて季語考えてたら、はいくりんぐ参加できないです。
(麦わらぼうしさん)
お吉の陰暦からみた、陽暦の正月、私達の陽暦からみた、陰暦の正月、えーと、こんがらがっちゃっいました〜 お吉さん同様、私も今まだよくわかっていません。
(千姫さん)
『失敗作』などと、どうしてどうしてとても楽しいお句ですよ〜。蛍の句も、季語ばかりだったり季語が無かったり、字余り字足らずなんでもございですから、麦さまも仰ってお出でのように、考えていたらはいくりんぐには参加出来ませ〜ん。(笑)
(蛍さん)



「それに、その時の宗太郎が、何故か東吾に来てもらいたがっているのがよくわかったからでもあった」名医は顔色で病気を診立てるだけではなく、悪巧みも見抜くのかも。
   
顔に出た 悪も診立てるか 神農様
   

宗太郎先生も確信はなくても、なんとなく不安な思いがあったのですね。事件が起きていれば源さんの出番ですがまだその段階ではないし…。その宗太郎先生の揺れる心の内を見抜くのも親友ならではですね。
(蛍さん)



「なんにしたって、依ト加拉垤の罰だよ。よりによって蘭方の医者を祭る日に、医者が人殺しを企むとは、許せねえと、依ト加拉垤は判断したのさ」
「阿蘭陀正月」より
医者が人殺しを企むなんて許されないことだと言う東吾さんの言葉。医師の神様が裁いたのですね。
   
心の闇 見破り裁く 神農様
   



宗太郎さんが無事だったのは、きっと医者の神様のご加護があったから。まるで神様のような宗太郎さんを守ってくれたのでしょう。
   
仁術に 優れし人を守りたる 依卜加拉垤の 光を受けて
   



 のばらさんの五七五 

今月のお話、思い入れもあるお話(S.ファロウ「こころ模様」で取り上げたお話)です。依田は運や何か、自分に負けたのかもしれませんね。宗太郎さんや七重さん「かわせみ」の明るさでホッとできる所で好きなお話です。
(のばらさんの談)

「そういうわけではございませんが、なんと申しますか、仁徳秀れたって感じがしないんでございますよ」
「驚いたな、お吉から儒学の講釈を聞かせられようとは思わなかったよ」
「阿蘭陀正月」より
バッサリ!!お吉さん今回もさえてます!!
   
剣豪も顔負けお吉が医者を斬る
   

のばらさんが今月も参加してくださって、本当に嬉しいです。「お吉が医者を斬る」には、結城美栄子さんや鷲尾真知子さんが薙刀か何かを持ち出して「えいやぁ」とやっている所を思い描いて笑ってしまいました。
(たまこさん)
こういう詠みかたもありですね。最近TVで有名人をネタにして『残念!』と歌ってる?着流しの芸人さんを思い浮かべてしまいました。(^。^)
(すみれさん)
うま〜い!です。バッサリ!斬る、という言葉から、なぜだかお笑いの「波田陽区」(ギター侍)を思い出しました。「♪依田貴一郎、男前の医者〜って言うじゃな〜い?だけど、アンタ、仁徳秀れた感じがしないんですから〜〜!残念!!」…のばらさま、勝手にスミマセン…
(麦わらぼうしさん)
「医者を斬る」を読んで「江戸を斬る」を思い出しました。私のイメージは鷲尾さんです。
(浅黄裏さん)
胸のすくような句です。
(ぐりさん)
のばらさ〜ん、蛍も嬉しいですよ〜。お吉さんのこの場面は結構な競作ポイントだったのですね〜。『薙刀でエイッヤッ』ってあまりにもそのとうりなので、爆笑です〜。「剣豪」って東吾さんのことかな〜。お吉さんのことだけでなく、 東吾さんも入っているのには、脱帽です〜。
(蛍さん)
私も麦わらぼうしさんと同じで、ギターの音色と「残念ー!」という場面を想像しました。お吉さんにかかったら、どんなに上手く隠しても見透かされそう。
(橘さん)



「その後がいけませんの。それほどの秀才が町医者のような仕事に甘んじているのは何事かと……何故、今大路家を継いで、お上のお脈を取る身分にならなかったのか……」
  (略)
「町医者のどこが悪い、困っている病人の治療をし、元気な体にしてやる。なにも御典医になるだけが医者の出世ではあるまい」
「阿蘭陀正月」より
依田という男、あちこち知人をたずねて、眼を見開いてすごい勢いでベラベラしゃべりまくっている…ような気がして。でも辛い状況にある自分とそうではなさそうに見える知人を、ついくらべてねたんで…。もしかしたら、依田のそばにも小さな幸せがあったかもしれない、でもそうであったとしても彼は気付くことができなかったのでしょう…。
   
見開きし眼に映らずや冬の菊
   

逆境にあっても身近にある小さな幸せを見つけられる力、感謝できる心根…、できればそうありたいものです。
「冬の菊」との表現なるほどと思いました。句の響きもいいですね。
(TERAIさん)
「冬の菊」の解説は喜一郎のイメージそのものですね。目に浮かびます。TV化の際の配役は是非これを参考にしていただきたいものです。
(浅黄裏さん)
のばらさんのコメント、こでまりさんのコメント、ほんとうに「その通りだ」と思います。私は、きっと目の前の「冬の菊」も見えていたいし「冬の菊」の全てを理解出来る人間でありたいと思います。「冬の菊」たった五文字にこんなに深い意味があるなんて、秀作ですよね…
(千姫さん)
人間って、「良い人」にコンプレックスを抱くことが多いと思います。悪人を憎むことに口実は要りませんが、「優れた(恵まれた)人が傍にいるせいで、自分が劣って見える。あいつさえいなければ…」 というような思いは、複雑なだけに、意識下で異常に増殖するのかも知れません。宗太郎さんは、よくわかっていて、つらい気持ちだったでしょうね。依田貴一郎も、自分が持っている「宝物」に目を向けることができたなら…と思わされました。自戒を込めて。
(ななかまどさん)



本文のどこ、というのではないのですが麻生家の明るい感じのつもりです。宗太郎さんと七重さん大好き♪
   
小春日や庭から妻の笑う声
   

また、「小春日や庭から妻の笑う声」って、本当に、麻生家の情景そのまま!という感じで、いいですねぇ。
(たまこさん)



 すみれさんの五七五 

阿蘭陀正月、宗太郎さんがあわや!のはなしだけれど、お吉さん、宗太郎さん、七重さんの明るいふんわりとしたキャラクターの所為でか、ほのぼの感が感じられます。るいさんと源さんの出番が少なくて、あっちの管理人様やたまこ姐様には、ちと寂しいかな?それに、とんでもない事をしてしまった依田貴一郎さんのこと、そんなに憎めないです。歯車が少し狂ってしまって、仕事も何も上手くゆかなくて、調子良く暮らしている宗太郎さんを妬ましく思ってしまう…大なり小なり、私にも覚えのある事でもあるし… そんな事を言えるのも、東吾さんがほろ酔いながらもしっかりと守ってくれたからなんですが…

 (UP後に)
今月は本当にお世話さまでした。アンケートの集計から定例の今月分まで大変なお仕事量でしたね。少しはやせられましたか?(^。^) 二十四節気に五七五、いくつかは試みていたのですが、見事に腰砕け(+_+) やはり、むずかしいです。
(すみれさんの談)

「どちらかといえば、男の方にしては小柄で痩せぎすでしたから、女形にでもなったらさぞかしきれいな八重垣姫だの、顔世御前が出来るんじゃないかと思いますけど、お医者では、ちょっと……」
「阿蘭陀正月」より
お吉さんが貴一郎さんの性格判断をする場面から
   
客のかおながめ続けた野菊なり
   

「野菊なり」は素敵ですね。お吉さんはなかなか花には喩えにくいのですが、野菊の一面も持っていますね、なるほどです。
(浅黄裏さん)
お吉さんが野菊って、ホントそんな気がしますね〜。お吉さんのことを花に喩えて考えたこともなかったです〜。 おっちょこちょいなようでいて、見てるところは見ているお吉さんに、東吾さんも知らず知らずに助けられていたのかも…。
(蛍さん)



「阿蘭陀正月というのは、むこうさんの暦の正月なんですよ」
嬉しそうに酒を飲み、土手鍋に箸をのばして、宗太郎が話を元に戻した。
「阿蘭陀正月」より
宗太郎さんが暦の講釈をするところ、お吉さんがおもしろいです。
   
阿蘭陀の暦かぞえて鍋奉行
   

すみれさんの「お吉さんのイメージ↑」は、野菊なんですね。いつも二十四節気に合わせてお句を詠んでくださるので、実はその辺の一句も期待していました。(笑)
すみれさんの「鍋奉行」は、同じところを、こういう言い方があったんだ なぁ!と、これまた膝を打ちました〜
(たまこさん)
阿蘭陀暦を私も使いたかったが、どうにもなりませんでした。これはうまく使っていると思います。
(七歩さん)



「この店の鮟鱇の肝は、旨いのだ。主人にいって追加をもらって来た」
たしかに、肝の煮たのは絶品といってよかった。
我も我もとおかわりを所望して、依田貴一郎はまめにみんなの小鉢に肝をすくって入れてやっている。
「阿蘭陀正月」より
愚かな貴一郎さん、東吾さんに見破られて…
   
客ひとり独り芝居や冬座敷
   
ふぐの毒まわりまわって我がもとへ
   
良き友も持てぬ哀れや冬の月
   

本当に「独り芝居」のようですね。貴一郎は倒れる寸前まで、芝居の成功を疑わなかったように思います。
(「ふぐの毒」の句について)私もこう思ってはいましたが上手く表現できませんでした。なるほど!です。
(TERAIさん)
客ひとり〜」「ふぐの毒〜」「良き友も〜」ひとり芝居…貴一郎は成功したら、今より幸せになれると思ったのでしょうか…現実で起こる殺人事件の犯人の心理も貴一郎と同じようなものなのでしょうか…本文を読んだ時よりも、みなさまのお句を拝見してからの方が、いろいろと考えさせられました。
(麦わらぼうしさん)
「ふぐの毒…」そうなんですよね。うまく表現しているなぁと思いました。
(紫陽花さん)
「ふぐの毒〜」うまい表現ですね〜、してやられたって感じです これは私の妬み?かな(笑)
(千姫さん)
こういう読み方もあったのですね。うまく読んで見えるなーと思いました。ほんとうに貴一郎の一人芝居だったかもしれませんね。
(ぐりさん)



宗太郎さんが東吾さんに一緒に来て欲しかったのは、虫の知らせだったのでしょう。
   
白い息真実(まこと)語れる友といて
   

東吾さんの言うように蛍も甘いのかも知れないですが、そこまで追い詰められてしまった貴一郎さんを憎めないのですね。貴一郎さんも宗太郎先生に胸の内を明かしていれば違った人生を送れたのかもしれないのに、宗太郎先生の人となりがわからなかったのが残念です。
(蛍さん)



 紫陽花さんの五七五 

ぎりぎりに送りつけるより余裕があったほうが片付け(?)やすいかと思いまして早めに送っておきます。

 (UP後に)
皆さん依田さんに結構同情的で、わたしもやっぱり哀れだなぁと思っていたのでなんか安心しました。
(紫陽花さんの談)

それにくらべて、宗太郎の周囲は明るかった。
「いい女房がいて、いい子がいて、ものわかりのいい舅どのは、宗太郎を息子のように頼りにしている。患者は押しかけて来るし、貧乏人に高い薬料を取ることをしないから、みんな、宗太郎を神農様、いや、依ト加拉垤だと思っている」
「阿蘭陀正月」より
   
妬まれてわが身の幸せかみしめる
   

本当にそうですよね〜その幸せも、努力して自分で作り上げたものなのですよね。
(麦わらぼうしさん)
しみじみとしました〜。自分では気がつかないうちに他人を傷つけていることって あるのかも知れないですね。勝手に妬まれて宗太郎先生には迷惑ですが、仕合わせって案外自覚していないのも事実ですね。
(蛍さん)



東吾が、冬空のむこうに目をやった。高輪の海が朝の光の中に広く続いている。
白い大きな帆をあげた船が品川の沖を房州へ向っているのが見える。
「阿蘭陀正月」より
オマケもつけておきます。いつもとちょっと雰囲気が違います…あんまり違わないか…本当はいつもと同じふざけたものも描いたのですが、たまには変わった物もいいかなぁと思いこっちにしました。旅するトリオここはどこ?って感じです。
広重の東海道五拾三次の品川を見て描いたんですが、実物には参勤交代の大名行列が描かれています。が、私はすべてはぶきました。描けないもん。でも、人が全然いないのも不自然だったんで、ちょっと反省して(?)3人描いてみました。

今回も秀逸ですね。ありがとうございます。街道筋の風情が出ていて浮世絵みたい〜と思ったら、やっぱり。ここに例のトリオが登場するとは、広重もビックリでしょうね。
紫陽花さんのイラスト、今回は遠景で、小っちゃ〜〜い湯のみ君と茶托君(狐火も、ちゃんといる)ですが、遠景もいいですね!「旅ゆけばぁぁぁ」(これは、紫陽花さん・蛍さんは本場でしょう)とか応援したくなっちゃう♪
(たまこさん)
今月もとてもラブリーな三人組を拝見できて、こちらもとても楽しいですね。品川宿からさらに旅を続けたりして。小田原、箱根と旅をして、駿河。蛍さまと紫陽花さまのお宅に行くのかな?さらには京を目指すのかな? 狐火さんがいれば夜旅も大丈夫、心強いですよね。
(橘さん)
「東海道五拾三次」の絵、好きなんですよ。昔、永●園のお茶漬けについて来たの集めてました。例のトリオも発見!です。
(TERAIさん)
はなはなさまと呼応しているように息のあった素敵なイラスト、例のトリオもちゃんと風景に溶け込んでいるしーーお見事です。m(__)m
(すみれさん)
原作の挿絵に使っても、ぴったり!だと思います。
(麦わらぼうしさん)
私もTERAIさんと同じでお茶漬けの素を思い出しました。本当にクリックして動かそうとしてしまいました、相変わらずラブリー♪
(浅黄裏さん)
今月はちょっと趣向が変わっていて、驚きました。 こんなに小さくてもしっかり湯のみ君、茶托君、 狐火君がわかるなんて…すごい!
(千姫さん)
紫陽花さんの絵が何といっても素晴らしい。それは十分承知していましたが、これはその繊細さがとても良かったと思います。
(七歩さん)
アンケート決定になってしまいそうな絵です。一瞬トリオはどこどこと思いましたが、ちゃんといました。
(ぐりさん)
ううん〜、いつもとは全く違ってお江戸にピッタリですね〜。「♪駿河の香り〜茶の香り〜」ですね〜。紫陽花さん、このところ芸の幅を広げられたようですね〜。
(蛍さん)



 七歩さんの五七五 

皆さんの言うとおり、今月の宿題は難しかったです。恐らく、みなさんが同じようなポイントに目をつけているのでないか、と思います。それが判っているだけに、一味違う句作りに苦労されたのではないかと拝察します。しかし、私は初心者ですから、あまりいろいろ考えずに作ってみました。

 (UP後に)
私は大変苦労しましたが、みなさん結構投句が多くて読み応えがあります。男の嫉妬をどのように捉えるのかと興味がありましたが、それはあまり多くなかったようで、男としてはホッとしたような…
(七歩さんの談)

「俺は易者でもないし、神さま、仏様じゃないから、人の心が読めはしない」
ただ、講武所や海軍操練所で働くようになって、妬みということを時折、考えるようになったといい、東吾は苦笑した。
「阿蘭陀正月」より
   
狂い花おとこの嫉み河豚の肝
   
ジェラシーが肝に溜まってフォアグラ化七人の敵を倒さんとてか
   

「狂い花〜」貴一郎の狂気をとてもよく表していると思います。
(麦わらぼうしさん)
「フォアグラ」のお句には思わずのけぞりました。なるほど「ジェラシー」あり「肝」ありですものね、当然「フォアグラ」と来ますよね。受けました。
(浅黄裏さん)
男の嫉妬ですか〜。女の嫉妬もたいして経験したことがないので、よくはわかりませんが、男の嫉妬はねぇ〜、もっとわからないですワ〜。(笑) フォアグラ化するって妙に説得力があって納得してしまいました〜。七人の敵を倒すほどの毒ってのもものすごい威力ですね。
(蛍さん)
妬みも競作ポイントだったのですね 。
(ぐりさん)



「あの時は、酔っぱらっていて、ぼんやりしていたから、どうしてといわれるとよくわからないんだが、 (略) あいつのやってることにどこかで不自然なものが見えてたのかどうか。なにしろ、反射的に取り替えちまったんだ」
「阿蘭陀正月」より
   
酒のカン冴えわたる若 秋の暮れ
   
酔っていてもイホカラテツは見逃さぬ



「あっ、そう(麻生)、七重…」なんて、もうすでに誰かが、どこかで、使用済みの言葉が私の頭の中に残っていたような気もしないではありません。
   
「危うくも河豚の毒にて死ぬところ・・」「あっ、そう、七重は知りませぬ!」
   

今までそこに気付いた人は、いませんでしたよ(笑)「かわせみ」の居間でなかったら、七重さんも、こう言っていたかも。
今度は私の頭の中に残っちゃったみたいです 「あっ、そう、七重」気がつかなかったなぁ…おもしろーい、メモしとこっと。
(千姫さん)



「その通りです。わたしが死んだら、七重が泣きます。花世も小太郎も、義父上も……」
「俺だって死ねば、るいが泣くさ」
「おたがい、生きていてよかったですね」
「阿蘭陀正月」より
   
難を避け家族と喜ぶ宗太郎若先生こそイホカラテツ
   

男性らしい、素晴らしい句(歌)ばかりで脱帽です。
(TERAIさん)
七歩様、リズミカルなお歌で、楽しいですね。イホカラテツも入って面白みがUPしているようです。
(すみれさん)
この場面は何気なく惚気の言い合いみたいですね。「家族と喜ぶ」に宗太郎先生のしみじみした心がこもっているようです。
(蛍さん)



 あっちの管理人さんの五七五 

お気に入りアンケート結果拝見してきました。皆さんのずらっと並んだお句の数々、本当に素晴らしい作品ばかりで、なんだか私達すごいことに参加してるんだなぁって嬉しくなってしまいました。また自分の句を選んで下さった方もいて、すっごく嬉しかったんです。なかなか皆さんのように素敵な言葉もわからず、相変わらずの勉強不足ですが、また作ってみよう!という勇気が出て来ます。
ということで今月の「阿蘭陀正月」提出致します(笑) ほんとは今月はパスしちゃおうかなぁと思ったのですが、だって全然浮かんでこなくて、掲示板では皆さん提出済〜って書いてあるし、どうしようかと思っていました。でもね、アンケート結果を拝見してさっきの感想と相成りました。同じ拝見するならやっぱり参加して拝見したいですもの、ね!
(あっちの管理人さんの談)

まずは宗太郎さんがお吉さん相手に暦の講釈をするこの場面。
   
名医ゆえ女中頭に立ち向かい
   

ここでのお吉さんの問いかけが、本当に面白いですね。
お吉さんそのもののようなお句ですね〜。いつも頓珍漢なことを言っているお吉さんですが、「かわせみ」での存在感は抜群ですものね。流石の宗太郎先生もお吉さんにあっては、「立ち向かう」気力が必要なのかもです〜。
(蛍さん)



「あいつ、なんでも亭主にいいつけるんだな」
「七重は、よくもてなしてくれていますよ。それに依田は少々、けじめがないのです」
「阿蘭陀正月」より
そして麻生家で七重さん、宗太郎さんと二人揃ってのろけられた 東吾さん、今まで散々るいさんとみせつけたんだからしょうがないか。
   
小春日に美男の医者ののろけあり
   

お吉さん=女中頭、宗太郎さん=美男の医者と句にぴったりの言葉がすっと出て来るあたりさすが、管理人さまだと思いました。
(TERAIさん)
「小春日に」はいいですね。宗太郎といえば「美男の医者」ですものね。 いつも妻を大事にする理想的な夫で、羨ましいです。
(浅黄裏さん)



「俺は住んでいる世界が狭いし、兄上や斎藤弥九郎先生、松浦方斎先生のような立派な人格者に接して来た。源さんや宗太郎みたいな良き友人に恵まれてもいる。 (略)」
「阿蘭陀正月」より
今回はどこが競作ポイントかなかなか難しいところですが、ここって案外そうかなぁと思います。東吾さんも宗太郎さんも源さんも、よき妻、よき友、よき師、そしてよき子にも恵まれて本当に素晴らしいことですよね。類は友を呼ぶ、良い人には良い友が集まるんですね。男の友情も素敵!
   
恵まれし妻友師あり我が人生
   
良き妻に良き友のいる幸せよ 心晴れかに立冬の朝
   

人よりは遅いかもしれませんが、男の妬みに気付いた東吾さんは、自分の幸せを手放しで喜んでいるわけではないでしょうね。でもその境遇を素直に感謝する気持ちは大切だと思いました。
あっちの管理人さんの「恵まれし妻友師あり我が人生」って、「妻」⇒「夫」 だけ替えたら、私も含めて皆々様ご常連さんも同じ?もっちろん、「師」とは、我等がこでまり宗匠のことでござるよ〜 毬門テーマソング、ってとこでしょうか?
(たまこさん)
「恵まれし〜」「良き妻に〜」しみじみと、そうだよなぁ〜と思いました。男も女も、よき伴侶、よき友、よき師、よき子に恵まれる事こそなによりの幸せですよね。
(麦わらぼうしさん)
「恵まれし〜」いいなぁ、「かわせみ」の中にあっちの管理人さんの人生も詠んであるような気持ちの良い五七五ですね。
(千姫さん)
ううん〜、人生ってそうなのでしょうね〜。 自分の周りにも一杯大切な人たちがいます。 その人たちがいなくなってしまったら、さぞかし つまらない人生になってしまうのでしょうね。 当たり前のことを気がつきませんでした。 このお句に目の覚めるような思いです〜。 感謝感謝ですね。
(蛍さん)



 たまこさんの五七五 

はなはなさんが、今夜送ると書いているのを見て「ぎゃ〜、トリになっちゃったらどうしよう」と、あせって送ることにしましたが、いや〜今回まったくダメですわ〜 なんとか、アンケート結果発表の勢いで…と思ったのですけど。
このお話、名場面はたくさんあるんですけどねぇ。暦の講釈を始める前に、宗太郎さんがかわせみの入り口で「さわいで」いるところ、七重さんがお吉の「仁徳に欠ける」という台詞を聞いて超うけるところ、事件の動機について東吾と宗太郎の二人のやりとり「お前と話をしていると調子が狂うよ」等など…でも五七五にならない(泣)

 (UP後に)
今月は、男女の「情念系」にはあまり縁が無かったかもしれませんが、人間どうしの関係を深く考えさせるお話でしたね。私は結局、本筋のところはどうしても詠むことができずじまいで悔しかったです。そのぶん、皆さんの作品を一つ一つ読ませていただき「うーん」「なるほど」と味わって時を過ごしました。皆さん全員をカバーできなくて申し訳ありませんが、とりあえず。
(たまこさんの談)

土手鍋を持って来たお吉が早速、素頓狂な声を出した。
「おてんとさんの暦って、いったい、なんでございますか」
「阿蘭陀正月」より
お吉さんの運んでくる土手鍋が美味しそうですよね〜。しかし「土手鍋」にすると字余りになってしまう…
   
熱燗と鍋で暦学傾聴す
   

アレッ「土手鍋と酒で暦学〜」では物足りないのでしょうか。やっぱり「熱燗」を入れたいのかなぁ。でもこの場面をしっかり詠んでいらっしゃいますよね。暦学なんて思いつかない言葉でした。
宗匠お見通しのとおり「熱燗」にこだわってしまったので… 「熱燗」と「鍋」では、季語重なりになってしまうんですけどねぇ。なんとなく、「酒」だと、洋酒もラオチューも入っちゃうみたいで 「ここは日本酒の熱燗だ〜」から逃れられずに自縄自縛でしたわ(笑) 「熱燗があれば暦はどっちでも」←酒飲みの本音?
(たまこさん)
私も(たまこさんの談)と同じです〜詠みたい場面はいっぱいあったんですけど〜でも、なんだかんだ言いながらたまこさまも、素敵なお句ばかりですね。熱燗と鍋の湯気が伝わってきそう。
(麦わらぼうしさん)
うぅ、漢字ばかりですが私にも読めました。宗匠とのやり取りも勉強になります。私も「この言葉ははずせない」と結局、五七五そのものが消えて無くなる事が時々あって、たまこさんの気持ちがわかるような気がします。酒飲みの本音もその通り!「苗談義」、「暦学」「鉄砲」やはり甲羅の厚さ・に脱帽です
(千姫さん)
暦学なんて凄い
(ぐりさん)



「私、そう思います。いちの旦那様のなさっていらっしゃることは本当に御立派で、神様のようなお方だと……」
「よせやい、また、のろけか」
「阿蘭陀正月」より
アンケートでは、七重ちゃん句に票を入れて頂き嬉しかったです。これからも、七重ちゃんが登場するときは、なるべく詠みたいと思ってるのですが…
   
ぶんむくれその後のろけて気が晴れる
   

七重さんの明るくて可愛い奥様ぶりがよく表現されていて好いなあ。宗太郎さんみたいに顔良し、家良し、腕も良しのお婿さんなんてどこを捜してもおりませんものね。
(すみれさん)
「ぶんむくれ〜」のお句も好きです。七重さんのかわいらしさがよく出てますよね。
(麦わらぼうしさん)
「ぶんむくれ…」などは女性の句らしさが十分出ているのでしょうね。男の私にはなかなか詠めない句です。
(七歩さん)
七重さんの幸せ振りが伝わってくる句だと思いました。
(ぐりさん)
おおっ!上手い!!とうなってしまいました。これまで読んできた七重さんの明るくて可愛い人柄が見事に描かれていて素敵な句ですね。
(橘さん)



大川端へ戻る余裕はないので、そのまま品川へ行くことにして、芝口まで来るとむこうから町廻りらしい畝源三郎に出会った。
で、こうこうしかじかと話し、若党に「かわせみ」への伝言を頼んだ。
「宗太郎さんが一緒では、まさか、品川へ泊ってということもできませんね」
「阿蘭陀正月」より
今回、源さん句はあきらめようかと思ったのですが、無理やりひねり出しました。
   
芝口で釘をさされて品川へ
   

東吾さんの機転で、支配違いの(?)源さん登場となりましたね。
(TERAIさん)
源さんの登場場面が少なくて、私もちと、作れなかったです。
(すみれさん)
ハハハ…、源さんには数々の弱みを握られている東吾さんですからねぇ〜、「釘をさされて」には大爆ですワ〜。源さんも何気に上手いことを言いますね。東吾さんにはいい薬ですよ〜。(笑)
(蛍さん)



これが一番最初にできました。河豚は「当たる=鉄砲」といわれるとか… おるいさんと七重さん、結局真相は知らないままだったんでしょうか?
   
鉄砲も裸足で逃げる角四本
   

なるほど「当る=鉄砲」、これはうま〜い!
角四本というのは面白い詠み方だと思いました。
(TERAIさん)
「角四本」のお句いいですね。るいと七重と二人   の気持ちのそろった場面をとてもよく表現され   ていると思います。この場面は私も挑戦したか   ったんですが。
(浅黄裏さん)
「角四本」がピンとこなかったのは、私の読みが浅かったからでしょう。これは「女鬼の角」ですね。
(七歩さん)
こちらも上手い!角四本、確かに何物でもかなわないなぁ。東吾さんも宗太郎さんもこれにはたじたじですよね。女性お二人に一本!
(橘さん)



 麦わらぼうしさんの五七五 

今月も難しかったです〜詠みたい場面はいっぱいあるのですが、ぜんぜん出来ません。これ以上考えても出来そうもないので、送っちゃいます。結局、冗談系ばっかりです。どうぞ、さぁ〜っと、読み飛ばしてくださいませ。

 (UP後に)
はいくりんぐ、すっかり印刷する習慣がついて、今回も印刷して楽しんでま〜す。(寝る前のひととき、布団に入って眺めるのがまた、よいのです〜。ちなみに集約印刷で18枚でした。標準では35枚です) いつもながら、みなさまの深い読みには脱帽です〜。詠みたいけど、自分では出来なかった場面を、みなさま素敵に詠まれているのを拝見して、なおさら冗談系ばかりの自作が恥ずかしいです〜!
(麦わらぼうしさんの談)

丸山の遊女は出島の阿蘭陀屋敷へ招かれて行くことがあるので、江戸の吉原の遊女が大門の外へ出るのを禁止され、籠の鳥であるのと違い、お供がつけば長崎市内をかなり自由に出歩くことが出来ると幸太夫は話した。
「阿蘭陀正月」より
同じ籠の鳥ではあるけれど、長崎の遊女は羽を広げる自由があるということで。カナリア、籠の鳥というと、私はカナリアか、インコをイメージするので
   
長崎の 空にカナリア 羽ひろげ
   

冗談系ばかりで…とおっしゃっていますが、その冗談系の句の冴えが素晴らしいですね。カナリアの句も、良かったです。
(TERAIさん)
長崎を詠むとは目の付け所が意外でしたが、長崎の自由な雰囲気を出すのに成功したと思います。
(七歩さん)
長崎の青く澄んだ空を自由に羽ばたくカナリアの黄色い翼、とても美しい場面が広がるようです。私も丸山の遊郭の様子を詠んでみたくて、あれこれ考えたのですが、結局詠みきれず。この句を拝見して、思わず大拍手でした。
(橘さん)
カナリアと言うと『♪歌を忘れたカナリアは…』と言う曲を思い浮かべました。(古〜 笑) 遊女さんて相当にキツイ仕事(?)だったようですから、その曲に漂っているもの寂しい雰囲気とお句とがシンクロしてしまいました。籠の鳥の遊女さんたちは「羽ひろげ」の自由の身を心底願ったのでしょうね。獏さんのご本といい、麦さまと趣味がご一緒ですね〜。とっ〜っても嬉しいです〜。
(蛍さん)



「殿方はいざというと、必ずかばい合って、決して尻尾はみせないと申しますから、七重様、眉毛に唾をおつけになって……」
「おるい様も欺されませんように……」
「阿蘭陀正月」より
最後の、るいさんたちが怒っている場面、私は全て分かっていて、わざとやっているのかな?と思ったのですが、でも、普段あんなにラブラブなご夫婦たちだし、実際殺されそうだったと知ったら、本気で心配するかな?…るい&七重の句はわざとやっているという前提で、見ての通り、某有名少女アニメのパクリです…ちょっと、おフザケすぎ?
   
河豚よりも 怖いもの待つ 大川端
   
「だんな様!月にかわって おしおきよ!」(byるい&七重)
   
「仁徳が 無いのどうやら 俺たちだ…」(by東吾&宗太郎)
   

今月は、私も実はパクリがあるのだ〜(がはは)。でもアニメではありません。
アニメっぽくて、愉快ですね。すらすらと冗談系の俳句をお作りになるほどやはり、ただものではないですね。(すみれさん) 「河豚よりも」「だんな様!」「仁徳が」のユーモア三句楽しませていただきました。三句を続けて鑑賞すると一層笑えて…受けました。
(浅黄裏さん)
「河豚よりも」男性お二人にとっては、何よりも手強い女性二人が待つ大川端。それも知らずに一生懸命大川端を目指して…やっぱり男性二人、人徳不足?
(橘さん)



(おまけ)全国の宗太郎ファンの声を代表して…キャー!!ゴメンナサ〜イ!!
   
七重さま 一夜だけでも かわりたい…(by麦わらぼうし)
   

石が飛んできても、当サイトは責任をもてませんので、悪しからず、うひ。
では、私が代表して石を投げておきましょう。「おしおきよ」マンガの決めポーズを思い浮かべて笑いました。
(千姫さん)
わぁ〜、麦さま大胆〜。(笑) 五七五仲間と雖も、庇いきれませんワ〜。隠れ宗太郎ファンて多いいのでしょうね。「一夜だけでも」…麦さまの切なる願いが感じられましたよ〜。願いが叶うかどうかは保証の外のことですが…。(笑)
(蛍さん)



 はなはなさんの五七五 

いや〜今月は早めに取り掛かったのですがやっぱり苦吟しましたねぇ。祝言後のお話っていままで御題に乗っかりましたっけ?情念系より今回は冗談系ですね、努力はしてみましたが〜玉砕しました(がっくり)
(はなはなさんの談)

居間の炬燵にさしむかいになって、早速、お吉がお膳を運んで来て、るいは長火鉢で酒の燗をはじめる。
「東吾さんは阿蘭陀正月というのを知っていますか」
「阿蘭陀正月」より
「かわせみ」ならではの居間の風景を詠んでみました。炬燵っていいですよねぇ。宗太郎先生もお吉さんにほめられる仁徳のあるお医者様ですが「かわせみ」のお膳には目がない様子、なんとも微笑ましい冬の風景です。
   
面々が膝突合わす炬燵かな
   
仁徳の医師がつつけり冬の鍋
   

宗太郎さんも交えてのお馴染みの「かわせみ」の場面ですが、今回は特に楽しいですね。
祝言後のお話は、「長助の女房」や「千手観音の謎」がありましたよ。
「面々が〜」「仁徳の〜」おなじみのかわせみの居間の、あったかくて楽しい雰囲気がよく伝わってきますね。
(麦わらぼうしさん)
「面々が〜」かわせみのいつもの情景ですね。大好きな場面です。
(ぐりさん)



阿蘭陀正月をあれやこれやと説明する東吾さんと宗太郎先生が楽しいです。お吉さんのとぼけた応答も絶妙ですね♪
   
阿蘭陀の正月が来たと師走待ち
   



伊豆近海から遠州灘を回遊して品川沖へ戻って来たのが予定よりも早くなって二十八日の夜あけであった。
上陸も早くて、品川の浜辺は漁を終えて帰ってきた漁船で混雑している。
「阿蘭陀正月」より
品川の海に入ってくる練習船、きっと美しいことでしょう。今はビル越しに眺める東京の朝日ですが、江戸の海に射す朝日を背にした帆船の美しさを思い浮かべました。
   
あけぼのをほのぼの映す冬の入船
   

はなはなさん、いつもは情念系の陰になっていますが、叙景句も素晴らしいんですよね〜。「あけぼのをほのぼの映す冬の入船」とても好きです!冬晴れの明るさが大きく広がっていくようで…
(たまこさん)
情景が浮かんでくるようでした。
(TERAIさん)
響きもいいし、字面もいいし、風景が見えるようです。
(紫陽花さん)
「あけぼの…」と「ほのぼの」の音が響き合っていいですね。「入船」は単に「フネ」と読ませるのでしょうね。
(七歩さん)
霧立つ穏やかな海の風景が広がりました。心がふわっとする優しい風景。言葉の響きもとても素敵。
(橘さん)
この場面から、浮世絵のような描写を引き出すとは…。今の東京がまるではなはなさまのお句のように感じられました〜。遣り切れないお話でしたが、「ほのぼの映す」はまるでこのお話の締めくくりのように暖かな気持ちになりました。
(蛍さん)



「東吾さんはわたしの小鉢と、依田のとを取り替えたのですか」
東吾が長寿庵の長助の癖がうつったように、ぼんのくぼに手をやった。
「阿蘭陀正月」より
東吾さんは何を感じて目を覚ましたのでしょう。うとうととしているときの不思議な感覚は私も経験がありますが言葉にはできません。五感、とは違うもののように思われるのですが…。その不思議な感覚が働いて、宗太郎さんとは心の深いところで結ばれている東吾さんが無意識に皿を取り替えたのでしょう。
   
友おもうその心根が皿を替え
   

東吾さんは「男の指が入ったものなんか喰えねぇ〜」と言っていましたが、それとは別にその不自然さにも気がかりなことを感じたのでしょうね。普段は憎まれ口を言い合う二人なのに、いざと言うときの心の繋がりが感じられるお句ですね〜。
(蛍さん)



依田貴一郎の罪は妬みです。それで人を殺めることは決して許されません。でも、生活苦や満たされない名誉欲、縁遠い自分、それは実は自分の弱さだったのかもしれないのに、弱さから目をそらしてしまったのですね。妬みとして東吾さんと宗太郎先生にぶつけたのでしょうね。その弱さが哀れに思われて仕方がありませんでした。
   
よわ弱し浮世に射せる冬陽かな
   

はなはな様流ではこうなるんだーーと、ひざをうちました。情景描写もほんとに美しいです。
(すみれさん)
「よわ弱し」は素敵ですね。風景の描写のようでいて、実は心理描写なんですね。
(浅黄裏さん)



「その通りです。東吾さんのおかげで命拾いをしたのですよ」
宗太郎が続けたが、女二人は顔を見合せて笑っている。
「まあ、さぞかしお美しい河豚さんでございましたろう」
「阿蘭陀正月」より
最後の七重さんと共闘するおるいさん、焼餅やきの面目躍如ですね♪恋敵だったふたりが仲良く焼餅を妬いている様はなかなかよろしい♪こんな妬みだったらなんとも可愛らしいです〜。
   
食いもせぬ品川の河豚にあたりけり
   

この場面、四人の名を一つも出していないのに、うまく詠んでいらっしゃいますね〜。
競作ポイントを、はなはなさんが詠むとこうなるのか〜、こでまりさんのおっしゃる通り場面を上手く詠んでいるなぁ…と感心しきり、です。
情景句も心情がぴったり詠みきれていて深い…ですね。
(千姫さん)
品川と言えばそれは綺麗な河豚揃いですからね〜。 それでも、るいさんも七重さんもお互いのご亭主が一緒ですから安心していたのではないでしょうか。源さんにも釘をさされるし、「食いもせぬ」が妙に可笑しさを増幅させていますね。
(蛍さん)



 千姫さんの五七五 

五七五は出来ていたけれど、なんとなく貴一郎の亡くなった後の両親の事を考えたりして落ち込んでしまって。いざ、五七五にコメントを付けようとすると五七五自体が暗く、重たくって。もう、ほとんどが没になっちゃいました。結局残った五七五は二つだけ。それでも出来るだけあっさりとした文章にするのに時間が随分かかってしまいました。
(千姫さんの談)

「たまたま、唐津屋という薬種問屋で再会しましてね。それ以来、よく訪ねて来る。ものをはっきりいう男なので、とかく誤解を受けやすいのです。それだけに友人も少ないのだが、頻繁にここへ来るのも、結局、寂しいからに違いありません」
「阿蘭陀正月」より
お吉の辛らつな言葉にはいつも拍手喝采の私なのですが、依田貴一郎に対する見方は宗一郎のほうがほっとするなぁ… 妓に逢引きをさせたり、川崎屋で芸者を相手に長崎の廓の話をしたり、男としては感心できないけれど。七重に嫌われた言葉は口が過ぎた、と言えなくもないと思える。きっと、ぼけて寝たきりの両親を看ているっていうのがなんとなく引っかかっているんだろうなぁ。
   
口さみし 心もさみし 一人正月
   

依田の心の内を窺わせます。少しセンチになっているとおっしゃっていましたが、その後いかがですか。
友人も少ないというのも本人の心がけかとも思うのですが、それって寂しいですよね。宗太郎先生のところに来て、きっと一刻でも心が温かくなったと思いたいです。でなければ、貴一郎さんの人生悲しすぎますから。貴一郎さんの背負っているものの大きさやそれをどこかに投げ出したくても投げ出せない憔悴感、「心もさみし」がとてもよく貴一郎さんを言い表していると思います。
(蛍さん)



「随分と、お早いお帰りでございますこと」
るいがいい、七重が
「どうせのことなら、もそっとごゆっくり遊ばせばよろしゅうございましたのに……」
「阿蘭陀正月」より
ここは意外な競作ポイントでは?
   
手を結ぶ 二人は昔 恋敵き
   

おっしゃる通りの競作ポイント。私はこの「恋敵」という視点がすっかり抜けていました。
「恋敵き」は私も詠んだところです。私は「恋仇」としましたが、こういう字の当て方もあったのですね。
(TERAIさん)
ほ〜んとに、かつては恋敵だったのですよね〜それが手を結んで共同戦線を張る(?)ようになるなんて、時の流れを感じます〜
(麦わらぼうしさん)
「恋敵き」はまったく考え付かずでした。なんだかすっかり友達モードになってしまっていますが、裏に表に敵であったのですよね、この二人。
(浅黄裏さん)
そおなのですよね〜。あまりにもほのぼのとした二人の様子に「恋敵き」だったことをすっかり忘れていました〜。宗太郎先生が「かわせみ」に宿を取ったのも縁ですね〜。
(蛍さん)



 こでまりの五七五 

今月は皆さんも忙しかったはずなのに、いつもより出足がいいのは何故だ〜!かえって「五七五熱」がUPしちゃったのでしょうか。今月は自分でも思った以上に苦吟しました。来年が鶏年だからって、トリにはなりたくない〜と思って、消化不良気味ですが出しちゃいます、うひ。
(こでまりの談)

陰暦・陽暦の宗太郎さんの講釈は、こちらまでつり込まれるように読んでしまいました。
   
炬燵にて聴く陽の暦月暦
   

ここの鍋&暦ポイント(?)では、こでまりさんの「陽の暦月暦」もやられた〜って感じだったなぁ。リズムもいいし、なんとなくモダンで 「文明開化も近い」って思わせますよね。
(たまこさん)
「…陽の暦月暦」これも語呂がいいというのか、並びが良くて好き。
(紫陽花さん)
良いか悪いかは別にして、この「陽の暦月暦」という言い回しが、いかにもこでまり風だなあと自分でも思って可笑しいです。
(こでまり)
暦のところを詠みたかったけれどどうしても句にはなりませんでした。こうして詠まれてしまうとガ〜ン…!となります。
(浅黄裏さん)
たまこさんの言うように、「陽の暦月暦」がいい、さすがに目の付け所が違うと感心しました。
(七歩さん)
リズムがすごく素敵ですね。声に出して読んでみて、すごく心が弾んできます。宗太郎さんのお話、私も炬燵で向かい合って聞きたい。橋爪淳さんの宗太郎さんが良いなぁ〜。
(橘さん)



「よせやい、長い講釈はそんなつまらねえ誘い出しの前口上だったのか」 (略)
勧められるままに盃を干し、膳に並べられた肴を一つ残らず平らげて、宗太郎は本所へ帰って行った。
「阿蘭陀正月」より
どうしても、のばらさんのお句が頭に浮んできて、パクリました。(わはは)でも考えてみたら、宗太郎さんも源さんと同じですよね〜。
   
食べて飲み私も借ります毎度あり
   

「毎度あり」は、「巻羽織」に続いてブームになりそうですね〜
(たまこさん)
「食べて飲み〜」確かに、宗太郎さんにもぴったりあてはまるお句ですね。
(麦わらぼうしさん)



源三郎は東吾の目の中を読むようにしていった。
「つまり、東吾さんには真相がわかっているということですね」
「阿蘭陀正月」より
依田が用意したと思われる異国の強い酒、それは企みを隠すためだったのでしょうか。
そして、お話そのままの巻羽織句で恥ずかしいのですが、いかにも源さんと東吾さんの関係らしいなあと思って…。
   
吾が妬み隠せよ琥珀色の酒
   
友の目に真実を読む巻羽織
   

「琥珀色の酒」に目線がいくあたり、宗匠ならではのポイントですねえ。一味ちがいますね。ひとつの場面でも大勢がいろんな角度でながめて、想いもそれぞれで、人間性がちらちら見えるところがこの企画のおもしろいところなんですね。
(すみれさん)
「吾が妬み〜」勉強になります。なかなかこんな風に読めません。
(ぐりさん)



「長崎で、よく河豚に当った患者の手当てをしていました。いったい、河豚のどこに毒があるのか漁師に訊いてみるといって……、そうでした、あの時、肝が一番危ないらしいと話していましたよ。毒をもって毒を制することは出来ないものかと、調べてもいたようです」
「阿蘭陀正月」より
若き日、長崎にあって向学心に燃えていた頃の知識をこんな風に使う日が来ようとは。依田は随分前から心を病んでいたのかもしれません。そして宗太郎さんに出会ったことが引き金となり、こんな計画を立てたけれど、もしかしたら相手は誰でも良かったのかとも思いました。
   
河豚の肝 制するはずの志 忘れて毒に魅入られし日々
   

誰でも最初は高い志に燃えていても、取り巻く環境とかで、初心を貫く事は確かに難しいですよね…う〜ん、考えさせられます…
(麦わらぼうしさん)
私は最初貴一郎は宗太郎を殺すつもりはなかったと考えたんです。河豚の毒に当たった宗太郎の命を助けて、宗太郎以上の全てを得たかったんだと。結局、その人なりの天の配分があったのでしょうか…
(千姫さん)
千姫さんの視点は、全く思いつきもしませんでした。「名医と名高い宗太郎さんを救った医者という名声がほしかった」、そんなことを企むにしては、もうすでに心が病んでしまっていたのでしょうね。
(こでまり)
「毒に魅入られし日々」に、貴一郎さんの心の闇を感じました。どこで間違ってしまったのでしょうね〜。お千さまのコメントには、なるほど〜です〜。毒の使い方は間違っているのかも知れないですが、貴一郎さんの心にもまだ少しの良心が残っていたと思いたいです。お千さまの優しさも凄く伝わって来ました。(生意気を済みません)
(蛍さん)



「妬」という字は「やく」とも「ねたむ」とも読めるんですね。男の妬み心に比べれば、るいさん、七重さんのやきもちなんて所詮愛情の裏返し、可愛いものだと思えたのでは。
   
眉唾と笑いながらも妬く妻に 妬む男の影忘る朝
   

「妬く」「妬む」の歌は良かったです!
(TERAIさん)
理解力に乏しいものですから、コメントの意味が暫らくわかりませんでした〜。(笑) 「可愛いものだと思えたのでは」は、東吾さんと宗太郎先生のことなのですね〜。遅い!るいさんと七重さんの可愛らしい焼餅のほうぱかりに気を取られてしまって、男性人の気持ちにはまったく気がつきませんでした〜。うんうん、確かにそんな雰囲気ありますねぇ〜。この視点はお師匠様ただお一人ですね。サッスガ〜。
(蛍さん)
すみませ〜ん、主語がないので意味が伝わりにくかったですよね。失礼しました。妬みに気づいた時には、すでに貴一郎はこの世の人でなく、砂を噛むような思いを抱いて帰ってきた二人を待っていた、現実的な「やきもち」に、案外ホッとしたのかなと思いました。
(こでまり)



 花みずきさんの五七五 

みなさん、おしゃってたとおり「むずかしい」 何度も読み直してポイント探して「ん〜」って悩み、それでも、出来たときはうれしいです。 (出来、不出来は置いといて)
(花みずきさんの談)

源三郎は調査のため品川に残り、東吾と宗太郎は歩いて品川宿を出た。
徹夜をしたにしては、二人とも疲労を感じていなかった。おそらく、気持ちがまだ張りつめているせいだろう。
「阿蘭陀正月」より
   
肩並べ 歩きし夜明け 心重く
   

帰り道、いつも東吾さんの悩みを聞く側にまわる宗太郎さんが、珍しく東吾さんに胸のうちを明かしますね。宗太郎さんの衝撃の大きさがわかる気がしました。
重苦しい心を抱えて歩く二人の様子が目に浮かびます。
(麦わらぼうしさん)
「肩並べ」は本当にそうですね。ここのところは地味ですが実は大事な場面ですね。家に帰る前に重苦しさを吐き出して、にっこり笑って玄関をくぐった筈だったのにちょっといじめられたりして気の毒な二人です。
(浅黄裏さん)
いわゆる「同じ釜の飯を食った仲間」の貴一郎さんがよもや其処まで…と落ち込んでしまったのですね。その上、一歩間違えば東吾さんまで巻き添えにしてしまったかも知れないのですから、二重三重に「心重く」だったと思います。いつも屈託のない宗太郎先生にしても、その胸の内を東吾さんに聞いて欲しかったのですね。「 肩並べ」…、男二人でもいい雰囲気です。
(蛍さん)



「神罰だな」
神明様の前を抜けて、東吾がまたいった。
  (略)
どこか不安そうな表情で教えたのだが、東吾も宗太郎も、その時の嘉助の心配には全く気がつかなかった。
「阿蘭陀正月」より
   
神罰と 言う東吾にも 罰がまち
   
この場面、どの角度から詠まれたのを読んでも、笑いがこみ上げます。
同じ場面を詠んでいてもこういう表現もあるのだなあと思いました。
(TERAIさん)
フフ、居間に入るまでの廊下を歩く東吾と宗太郎の運命は…ってところですね。
(千姫さん)
東吾さんにとっては何よりも怖いというか、苦手な罰が待つ居間。嘉助さんきっとドキドキしていたでしょうね。私も思わずドキドキしちゃいました。
(橘さん)



 蛍さんの五七五 

お気に入りアンケートは本当に見ごたえがありました。お句の多さもさることながら、皆様の鋭い感性に、ただただ感嘆しているばかりでした。参加させていただくようになって一年以上も経つのに、進歩 しない自分が恥ずかしいのですが、それでも自分なりに気に入った句が一つ二つできたときは嬉しいですね。そのアンケートに精魂を使い果たしてしまったようで、今月の五七五はまるでダメです。と言うより、頭の隅に皆様のお句が残っているのてすね。雰囲気も言葉も似たような句が出来上がってしまうので困りました。それでもめげずにいる自分は、さすがおばさんですね〜(笑) 今月のお話は、珍しく宗太郎先生が主役ですね。それなのに、宗太郎先生のお句が出来てない〜。(アセアセ)

 (UP後に)
滅茶苦茶遅くなってしまったので、もう感想は止めようか…とも思ったのですが、今年の「初春の客」から感想を送らせていただくようになって、締めくくりの今月まではとご迷惑を承知で送らせていただきたいと思います。
(蛍さんの談)

ここを読んだ時に、この場面とは全く関係ないのですが「♪逢いたさ見たさに 怖さを忘れ〜」の「籠の鳥」と言う歌を思い浮かべてしまいました。古い歌なのですよね〜。昔の歌はよく覚えているのですが…。(笑) お江戸の時代は「必要悪」として、あって当たり前の遊郭だったのでしょうが、どれほどの太夫さんになっても哀しい定めですね。
   
枯園や 蝶よ花よと 着飾って 所詮この身は 籠の鳥
   

わ〜い!蛍さまと同じところを詠めてうれしい〜!みかけは華やかに着飾っても、心は華やかではない遊女たちの哀しみ…う〜ん、うまいなぁ〜
(麦わらぼうしさん)



さすが八丁堀育ちのお吉さんですね。うわべに騙されないで人を見る目は確かでした。東吾さんが事件を解決出来たのもお吉さんの言葉がヒントになったのかも知れないですね〜。
   
きな臭い 綺麗な男にゃ 罠がある (byお吉)
   

お吉さん、外見にだまされることなく、人を見る目が確かなのは、さすがですね。長年の八丁堀に関わる暮らしのたま物でしょう。
(橘さん)



「何事も後学のためですよ。なにせ、御時世がこういそがしく動いているのです。なんでも見ておいて損はない。おるいさん、そう思いませんか」」
「阿蘭陀正月」より
つまらない誘いと言いつつも、気は引かれている東吾さんですね。こうゆうことには、付き合いがいいんだから〜。(笑)
   
東吾釣る エサにされちゃ〜 かなわねぇ (byおてんとうさま&おつきさま)
   

空の上から、本当におてんとうさまとおつきさまが言ってそう!
(麦わらぼうしさん)



「おいおい……」
東吾が笑った。
「賢い奥方というものは、亭主の友達を邪険にするものじゃない。少々、気に入らない奴でも、丁寧にもてなすものだ。間違っても亭主の顔を潰すようなことはするな」
「阿蘭陀正月」より
すっかりと奥様が板に付いた七重さんですが、東吾さんを諦めて泣いた日もありました。東吾さんにしても、七重さんの仕合わせは自分のことのように嬉しいでしょうね。惚気くらい黙って聞いてやりなさいよね〜。(笑)
   
いいじゃない 惚気くらいは 言わせてよ (by七重)
   

ユーモア系のほたるワールドがひろがってますね。登場人物の言い分を見事に五七五で楽しく詠まれておいでです。
(すみれさん)



宗太郎先生は、七重さんに一目惚れだったような覚えがあります。東吾さんが取り持ったようなもの、不思議な縁ですね。
   
廻り合う 縁(えにし)の糸や 恋衣
   

こちらも似たもの夫婦、二人とも平気でよくのろけますよね。特に東吾さんの前で!
「縁」を「えにし」と読まれたのは素敵です。「恋衣」もいい表現ですね。
(TERAIさん)



東吾の処置は早かった。
河豚の毒で変死者が出たということになっては、この店に疵がつくので、品川宿の役人には知らせるな、といい、川崎屋の主人に命じて、八丁堀の畝源三郎へ使をやった。
「阿蘭陀正月」より
事件そのものは東吾さんも解決出来ても、最後はやっぱり源さんが締めくくらないとね〜。
   
俺じゃなきゃ 埒もあかねえ 巻羽織
   

「巻羽織」といえば、今回は無理だろうなと思っていたのですが、思いがけず2句も〜〜もうけものです。うしし。
(たまこさん)



東吾さん、源さん、宗太郎先生、何でも話し合える心を許した友情は気持ちがいいですね。(ついでにヒミツも 笑) じつは…、「莫逆の友」と言う言葉を知って、一度使ってみたかったのですよ。(笑)
   
莫逆の 友はいつでも 傍にいて
   

「莫逆」(きわめて親しい)という言葉は、初めて知りました。三人にはぴったりの表現ですね。物理的に近くにいてくれる友はありがたい存在ですが、ネットの普及しつつある今、離れていても毎日のように語り合える「莫逆の友」も、これから益々増えるのでしょうね。
「莫逆の友」はじめて聞く言葉で辞典を引きました。 勉強になりました。
(紫陽花さん)



「おかげで命拾いしましたが……」
宗太郎の表情に残っている屈託をみて、東吾は少しばかりきびしい調子になった。
「阿蘭陀正月」より
深い付き合いではなかったにしても、宗太郎先生の心は無念さで一杯でしょうね。それがわかる東吾さんも、事件が解決しても心は晴れないですね。
   
友なれば 命さびしい 冬の朝
   

「友なれば」はとてもよくわかります。失礼ながら表現は違っても拙句「かりそめにも」と同じ思いを詠んだものと思っています(勝手にです、すみません)。
(浅黄裏さん)
しんみりとして、まさに冬の朝を思わせるいい句ですね。
(七歩さん)
冬の朝の冷気も相まって、宗太郎さんの心の寒さがじんわりと伝わってきます。優しいだけに辛い。でも東吾さんも宗太郎さんも何事もなくて本当に良かったと思いました。
(橘さん)



金杉橋を越えると、人通りが次第に増えて来た。
大名小路は、ちょうど諸大名の登城の刻限でもある。
「阿蘭陀正月」より
「金杉橋」から「江戸は雪」の仙八さんの言葉を思い出しました。上を見てもきりはないし、今の仕合わせを有り難いと思わなければ、不幸になるばかりですね。
   
都鳥 行きつ戻りつ 金杉橋
   

伊勢屋仙八さんも、本当によい人でしたね。ちょうどこの週末に再放送がありますね。あんな人が貴一郎の傍にもいてくれたら…。
「金杉橋」ちょうどテレビ(録画したビデオ)を見たところでした。「阿蘭陀正月」を読みなおしても、この金杉橋と「江戸は雪」の金杉橋が同一のものとは思わなかったです。蛍さんの俳句を読んだあとに放送があったのでじっくり見てしまいました。
(紫陽花さん)



それぞれに辛い頃もありましたが、乗り越えた甲斐がありましたね。悋気しているように見えて、ほのぼのとした温かいものを感じました。心の中では、無事な姿が嬉しいのでしょうね。七重さんが「かわせみ」に来たのも、帰らない宗太郎さんの身を案じてのこと、安心して絡んでみたかったのですよ。(暑い暑い)
   
添えられぬ はかなき夢と 諦めて (byるい)
   
ほろ苦き 乙女の恋は 終わり告げ (by七重)
   
純情可憐や いま何処(いずこ) (by東吾&宗太郎)
   

最後のbyるい、七重、東吾&宗太郎のお句がまた、いいですねえ〜「純情可憐や〜」わぁ〜、自分の事言われてるみたいで、ドキッ!
(麦わらぼうしさん)
るいも七重もこんな昔があったのに…今は!でも、蛍さんのおっしゃる通り安心して絡んでいたんでしょうね。
(千姫さん)



 茜雲さんの五七五 

はいくりんぐ2周年おめでとうございます。こでまりさんが俳句のお部屋を開設したと伺ってもう2年になるのですね。なんか月日の経つのの早さに驚いてしまいます。こでまりさんの選ぶお話は私の好きな作品が多いので、なんとか参加したいと思いながら忙しさにかまけてなかなか参加できなくてごめんなさい。そうこうするうちに皆さん腕をあげられて、足元にも及ばなくなってしまいました。ただ、今月は2周年にもあたるので是非…と思い、仕事場の横に本を置いて考えたのですが、ベテランの皆さんが難しいとおっしゃるお題に私がすいすい出る訳もなく、こんな時期になってしまいました。昨日の掲示板ではもう引用をお付けになっている段階ということで、今送るとものすごい迷惑のような気もしますが、もし間に合うようでしたら宜しくお願いします。
(茜雲さんの談)

   
炬燵の間 天文学から儒学まで(?)
   

確かに、いつも、事件のきっかけ、相談事、解決まで、炬燵の間(るいさんの居間)はなんでもあり、ですよね。
(麦わらぼうしさん)
「炬燵の間…」本当にいろいろなことがある部屋ですよね。わかりやすくて思わずそうそうってうなずいちゃいます。
(紫陽花さん)
元祖かわせみの賑々しくも暖かいふすまと部屋に集まる面々が、わいわい騒いでいる一場面が浮かんできましたぁ〜。
(千姫さん)



「それはいいんだが、あいつ、左手で鉢のふちをつかんでいて、しかも親指を鉢の中へ突っ込んでいるんだ。随分、行儀の悪い奴だと眺めていたら、自分の小鉢に指を突っ込んでいるのと反対側の肝を取った。そうして、次には宗太郎の小鉢に指を突っ込んでいるほうの肝を取った。 (略)」
「阿蘭陀正月」より
   
鮟肝や 悪事を曝す指一本
   
茜雲さん、お久しぶりです♪
この場面、まさに「指一本」が、明暗を分けましたね。
「指一本」は私も使いたかったんです。何度か出てくるんですよね。小鉢に突っ込まれた指について。でもまとめることができなかったんです。「悪事を曝す指一本」いいですね。
(浅黄裏さん)
こちらではお久しぶりです〜。妙にこの場面には引き付けられたのですが、指の扱い方が分かりませんでした〜。たかが「指一本」、されど「指一本」なのですね〜。
(蛍さん)



大川端にたどりつくまでに、二人供、心のすみにあった重いものをなんとかふり落して、威勢よく、
「今、戻ったぞ」
まず東吾が声をかけたのだが (略)
「阿蘭陀正月」より
   
冬の道 謎解き荷捨て朝帰り
   

句の響きがいいですね。今回のアンケートで前に詠まれた句も拝見しましたが、読んでみて響きのいい句をお作りですね。
(TERAIさん)



(番外編)読後感想です。
娘がギャル文字を登録しているので油断しているととんでもない文字が出ます。
   
殺してもなにも変わりはしないのに
   

仮に二人を殺しても依田には、本当に何の利益もないのに…。
ところで最初「なlニも」と送られてきて
「??」だったのですが、その後娘さんの登録したギャル文字(という表現も初めて知った)と判明。
 U ナニ lニ τ は
 し  た   に  て  と、読むそうです。
もう、うちの娘すらついて行けない「ギャル文字」 う〜どんどん世の中から取り残されて行くような気が…
(たまこさん)