締め切り間近の10月半ばすぎ、蛍さんから「おまけ」が添えられたメールを頂戴しました。
その文字を見ただけで「今度はなにかな〜」と期待がふくらみます。今回も「心に残る言葉」からだそうです。それでは「蛍ワールド」へ、ご一緒にどうぞ。
(平成16年10月)



るいさんの見た綾錦木


『御宿かわせみ』と出会ってから、ン十年になります。
読み始めて直ぐにるいさんのファンになりました。
るいさんの、健気さ、可愛らしさ、女らしさ、ひとりの男性を一途に慕い続けるるいさん、すべてに憧れでした。その気持ちは、るいさんよりもずっと年上になってしまった今でもまったく変っていません。
若い頃には理解出来なかった心の動きも、何回も読み返し、自分も年齢を重ねるとともに共感もしました。
るいさんは、好きで好きでたまらない東吾さんに、嫌われるのが一番怖いことですね。だから、東吾さんに『堪忍して…』とすぐに謝ってしまいます。『嫌な事は言いません。だから嫌わないで…』と。それは、女心として凄くよく分かります。健気で可愛らしくて、素直なるいさんを、だから東吾さんも可愛くてたまらないのだとは思います。反面、「もっと強くなって」と感じるときもありました。
可愛らしさと強さの両面を持つるいさんもまた、憧れの素敵な女性でもあります。

『江戸に住もうが、奈良井で暮そうが、女の幸せは、殿方次第でございますよ』
(錦秋中仙道より)
それは、旅立つ若い二人への心の底からの言葉であった。
殊に、奈良井と言う見知らぬ土地で暮らすおしまにとって、新助だけが頼りであろう。男女の中は、些細なことで崩れ去る、陽炎のようにはかなくもろいものだ。それだからこそ、嘘偽りのない熱い気持ちを新助に持って欲しかった。
一度生じた心の隙間は、どうあがこうとも埋め尽くせるものではない。
隙間の出来ぬように、新助の愛情でおしまの心を埋め尽くして欲しかった。おしまには、自分で結んだ心の糸を、その手で解くようなことをして欲しくない、同じ女として、心からおしまの幸せを祈らずにはいられなかった。
今日も大川は穏やかに流れている。
目映いばかりにキラキラと輝く川面は、まるで氷のかけらが舞っているようだ。
大川端に「かわせみ」を開業して何年になるのだろうか…。
多くの人を出迎え、見送った。様々な人生を垣間見もした。心の闇を覗いてしまった時もあった。
この世には、好むと好まざるに拘らず、いろいろなしがらみが渦巻いている。そのしがらみの中にるいも叉、居た…。
川面を漂う木の葉のように、流れのままにこの身をゆだねられたら…。
ぼんやりと見つめていたるいの胸に、不意にせつなさがこみ上げて来た。大川に架かる永代の橋を渡りきるように、しがらみの川を渡りきることが出来るのだろうか。
るいの眼は、いつしか哀しい闇に覆われていた。
東吾はきっと夫婦になると約束してくれた。それだけにすがって生きていた。男には男の世界があるのは承知していても、男の足が遠のいた時、自分一人が取り残されたような不安や苛立ちをいつも感じていた。
だが、この身から東吾に会いに行くことは出来なかった。いや、それをしてはならないと強く心に言い聞かせていた。
希望を胸に旅立つ二人に比べ、このまま曖昧な暮らしを続け、果たして東吾との旅に行き着くあてなどあるのだろうか。
東吾の愛を知った今、一刻一刻を無事に過ごせたらいいと、臆病に暮らす日々であった。東吾を跡継ぎにと望んでいる通之進に気兼ねをし、ことさらに見えない振りをした、そんな暮らしに今にも悲鳴を上げそうであった。
東吾を愛していればいるほどに、その愛に押しつぶされそうになる。先の見えない希望を持ち続けるほど、るいの心は強くなかった。
どんな川でもいずれは海に辿り着くだろう。おぼつかないるいの心の川は何処へ流れていくのだろうか…。
深い溜息とともに、暗い眼をしたるいの瞼から、あとからあとから涙が噴き出していた。諦めにも似たこの苦しみから逃れられるなら、いっそるいを捨ててしまいたい…。
捨てられるものなら…。
それさえも出来ない自分がいた。
思い出をたどれば、どこにも東吾の姿があった。東吾を失っては、まるで生きた屍のように、寂しすぎる暮らししかないのもわかっていた。
と、
「お嬢さん、どちらにいらっしゃるんですか…」
お吉の明るい声が、るいを現実に引き戻した。
るいの心に、お吉の声がともし火を灯した。暗いことばかりを考え、心の闇に呑み込まれそうになっていたようだ。
つま先までも冷え切った、凍えたようなるいの体に生気が戻って来た。
お吉がいた。嘉助もいる。
なによりも「かわせもみ」が其処にあった。
「かわせみ」は、いつも傷ついたるいの心を優しく癒してくれた。
「かわせみ」があれば、この先どんな我慢もして見せよう。
その「かわせみ」を背に、東吾の眩しい笑顔があった。
そう、女の幸せは殿方次第…。
東吾との愛を守るためならば、鬼にも蛇にもなってみせる。
感傷を振り切りきったるいの頬が、桜色に染まった。
穏やかなるいの笑顔は、高く澄み渡った空のように、活き活きと東吾を迎えていた。


     

るいさんの性格を自分勝手に変えてしまっているのかも知れません。
でも、どんな風に変っても健気に東吾さんに尽くするいさんは、きっと変らないでしょうね。るいさんの一番の魅力だと思います。
(蛍さん)
これを頂戴したのは、ちょうどS.ファロウですみれさんの「こころ模様」がUPされた日でした。
今月のお題から、思いがけずこのような広がりを持たせてくださって、ご常連の皆さんに感謝しています。
蛍さんのこのお話は、どこまでもるいさんの気持ちを見つめていて、本当にるいさんがお好きなんだなと思いました。木曾に旅立つ二人を見送った後の、ほんの一瞬のことのようにも思えるし、長い逡巡のようにも感じられるお話です。
タイトルはついていなかったのですが、蛍さんの今月のお句から勝手にいただきました。
何かの拍子に沈み込みそうになる心を、サッと切り替えたこの時、るいさんの目にも木曾の綾錦木が見えたようで…。
(ここの管理人)