最近ではすっかり紫陽花さんのオマケをあてにしている当ホームページですが、今回は思いがけず読売屋のたまこ女将からもオマケが届きました。
ということで、今回はお二人のコラボです!
どうぞお楽しみください。
(平成16年3月)



「狐の嫁入り」番外編



「狐の嫁入り」を読むたびに、この芝居の筋書きを誰が作ったのだろうというのが気になっていたんです。で、今月は、「実は…」というおまけの妄想つきです(!)。 歌舞伎や芝居のことについては何も知りませんので、とんでもない勘違いをしているかもしれませんが…(たまこさん)
今年の目標としては毎月投稿!なんて思っていたんですが、もう挫折です。でもなぜかオマケはできるんです。こいつらは見つけることができれば描くのは簡単だから。これはどう見ても目玉焼きに見えてしょうがありません。(普通に描いてあってもなぜ湯飲みと茶たくに手と足があるのか謎だと思いますが) たまこさんのオマケって何でしょう。コラボ楽しみです。(紫陽花さん)






朝まだき、深川八幡の境内に立つ影ふたつ。

「今度のことでは、お忙しい河竹新七先生にすっかりお手数をかけちまって」

「とんでもないよ梅之丞さん、礼を言うのはこっちのほうさ。
花嫁の新床でトンボを切って花婿に泡をふかせるたぁ、さすが今一番の売れっ子若女形…お前さんがいなかったら、こうはうまく行かなかっただろうねぇ」

「嫁入り行列が出発しようという時に、木曾万さんにあらわれた長助親分から、『畝の旦那も八丁堀の若先生も、みんなお見通しだぜ』と言われたときは、全く生きた心地がしなかったけれど…おとがめを受けるかと思いきや、『あんた達一座の心意気はよくわかった。悪いようにはしねえ、俺たちも及ばずながら手を貸すぜ。でも今日の一件が終わった後は、いたずらはすっぱり止めて大人しくしていることだ。』と …さすが深川育ちは以心伝心。大川端のかわせみの女将さんのお陰で、木曾の栗駒屋さんにまで力を貸してもらえたんだものね。
ああ、でも長助親分や畝の旦那も、まさかこの芝居の大元締が先生だってことまでは気がついちゃいませんから、安心しておくんなさいな。それにしてもさすがは河原崎座の立作者さ、見事な筋書きだったねぇ。」

「木曾万の旦那には、私も大きな恩があるのさ。
小僧っ子のうちから放蕩の味を覚えて勘当になり、行く先の見えない俺を、『お前には芝居を作る才能がある』といって励ましてくれたのが万兵衛さんだった。芝居の人たちに紹介してくれたり、仕事の世話をしてくれたり、あの旦那がいなかったら、私は今ごろどこでどうしていることか。旦那が生きているうちに何も恩返しが出来なかったのが本当に悔やまれる。」

梅之丞はかすかに笑って新七を見た。
「ほほ、旦那の恩もあろうけれど…知ってますよ、先生はおよねちゃんのおっかさん、木曾万のおかみさんにぞっこん惚れてたってことをね。初恋の人だったんで しょう。」

「ははは、昔むかしの事さね。
でもこれで私も芝居の道に生きる決心がついた。今までは自分の書いた芝居が当っても、今ひとつ腹が決まっていなかった。これからは命がけで本を書くよ。私が何か人の役にたてることがあるとすれば、それは芝居しかないという事が今度のことでよくわかった。梅之丞さん、有難うよ」

「さて、そろそろ朝風呂にいって支度にかからなきゃ。おや、きのうは蕾だった桃の花が咲いているよ、朝から縁起がいいじゃないか。」

「こいつは朝から縁起がいい、か。いや、こいつははなから縁起がいい…こいつは春から縁起がいい、かな。うーむ、春というより初春から、といったほうが受けるかもしれねぇなぁ…」

坪内逍遥に日本のシェイクスピアと賞された二代目河竹新七、後の河竹黙阿弥(1816-1893)が「三人吉三廓初買」で大当たりをとったのはその翌年の正月であった。


夢芝居追うてゆく河竹の秋
                   (く、くるしい…)




※「三人吉三廓初買」の初演は1860(万延元年)の1月だそうなんですが…
「かわせみ」の初期の話が、だいたい安政年間くらいかなぁという感じで
(ものすごく大雑把なカン)
うーん、でも麻太郎クンが13歳で、まだ明治になってないってことは、
初期の話はもっと前かなぁ。
傑作選の「初春の客」からは、老中の名とか
具体的に時代がわかる手がかりが消されていましたよね。
(たまこさん)

ちょうど同じ日に届いた二つのオマケ。
これはもうコラボにさせてもらうしかないでしょう、という管理人の独断で
作らせていただいたページです。
紫陽花さんのオマケは、こちらでは初めてのアニメーション。
例のコンビも、ちゃ〜んとお手伝いしていますね。
そしてたまこさんのオマケは、さすが読売屋の貫禄十分!
「三人吉三廓初買」の「大川端」の場面、
お嬢吉三の名台詞が、実はこんな風に生まれたとは(?)
最後のお句も、「河竹」と「竹の秋(春季)」を詠みこんだ粋な一句。
お二人ともどうしてこんな発想が出てくるんでしょうねえ。
そしてこういう出会いが、管理人冥利につきる瞬間です。
ありがとうございました。
お二人にあやかり、壁紙は「八重垣姫の帯柄風」を使ってみました。
(こでまり)

たまこさんの知識の広さ、深さに脱帽です。
このお話も時間がたてば、
「御宿かわせみ」の物語で読んだものと思ってしまいそうです。
紫陽花さんのイラストは
漠然と考えていた「狐の嫁入り」がとっても解かりやすくてよかったです!
茶たく君が狐火をつかもうとする動きが、
かわいくてほのぼのした気持ちになりました。
目玉焼きだなんて、ちゃんと提灯に見えましたよぉ。
(千姫さん)

素晴らしいおまけでした!
紫陽花さまとたまこさまのコラボ、平岩先生も納得の読み物ですね。
(すみれさん)

たまこさんと紫陽花さんの素敵なコラボまで拝見できて
もういつにもまして何倍も楽しませて頂きました。
紫陽花さんがアニメーションを手に入れたということは、鬼に金棒。
ますます楽しい創作品を拝見出来そうですね。
たまこ姐さんは、もう何も言うことはありません。素晴らしい!
だてに・・・あ、いえ、と、とにかくさすが姐さん。
まだまだいろんな爪を隠していそうですねぇ。
(あっちの管理人さん)
たまこさんのオマケは本編の続きかと思って"へぇ〜そうだったのか"と
うっかかり読み込んでしまいました。
そんな作品とご一緒できて大変うれしいです。
あいつらも草葉の影で喜んでいると思います。
紫陽花としては落ち込んでいるときに描いたので、なんだかすごく
暗い物になってしまったと思っているんですが…。
いつもなら早く出来ても結構ぎりぎりまでいじくっているのですが、
今回は早めに送ったところ体調をくずしまして、
"狐のたたり"かとちょっと思ったりしています。
(紫陽花さん)

(紫陽花さんのおばあ様・お母様の、とっても興味深いお話をご紹介します。)

では、祖母の話を一つ。
大正時代のこと、祖母は山で畑仕事をしていたそうです。そこに女の人が現れたそうです。山道を下ってきた人は祖母の姿をみると「○○(地名)に行くのはこの道でいい?」と聞いたそうです。祖母が言うにはこのへんの人ではないし、手ぶらだし、山仕事をする格好でもなかったそうです。変な人だとは思ったそうですが、「こっち」と教えたそうです。この時点では狐とは思わなかったそうですが(尻尾もなかった)、 教えたすぐ後で分かれ道があることを思い出し、まっすぐと教えなくては、と追いかけたそうです。本当にすぐだそうです。でも分かれ道までいってもその人の姿はなく、絶対追いつけるはずなのにおかしいなぁと思いながら、引き返してくると、木が立っていたそうです。きのうまで無かった自分よりちょっと大きいくらいの木が山道に立っていて、これは狐だと思ったそうです。さっきの女の人は実は狐で、祖母が追いかけてきたので、今度は木に化けたんだと思ったそうです。私としては、狐にもどったら山に逃げ込めばいいんだし、木に化けなくても人の姿のままいればいいのにと思うんですが…私は枝折ってみた?と聞いたんですが、そういう時は見てみぬふりをしなければいけないそうです。こどもの時聞いたら子供に聞かす昔話として信じなかったかもしれませんが、大人になってから聞いたのでちょっと信じています。でもねぇ〜という思いも当然あります。

母は狐が化けた人間が、畑を突っ切り森の中にすごい勢いで走り去ったのを見たと言っていたのを思い出しました。私としては"おいおいそれば普通の人間だろ"と思うのですが、おもしろいでのそんなこともあるかもねとも思っています。

紫陽花さまの「おまけ」すごい!!絵が動いてる!!!
イラストはすっごいほのぼの感があって
色合はシックで例の二人組もキュート♪
たまこさまのもすごい〜〜。さすが丹波屋のおたま姐さんです。
わたしはどうも木曾万、甘えてるよ〜商売人やろ〜
借金したら返さないといけないの、はじめっからわかってるやんか〜。
縁談断りまくってた、と言うのもどうもイケスカン!と思って
全然同情する気になれなかったし(自分でもかわいげないなって思うんですが)
お上まで肩もってどうする!と思ってたのですが、
たまこさまのおまけ読んでから「ああそうだったのか…」と
素直に納得してしまいました。
(のばらさん)

紫陽花さんがアニメーション作成ソフトを入手されたというのは、
風の便りに聞いていたんですが、
うーむ最高のタイミングでのアニメ登場ですね!
茶たくクンが手を伸ばして狐火をつかまえようとするところが、
もうたまりません!!何度見てもまた見たくなります。
素晴らしい八重垣姫の帯柄と、
紫陽花さんの アニメーション入りイラストのお蔭様で、
馬子にも衣装にしていただき 大感謝です。
皆様のご感想も、本当に身に余るものばかりで…(^O^)
(たまこさん)

たまこさま、やっやられました〜♪うまいっ!
紫陽花さまも可愛いよぉ〜。
さすがご常連、ぴったり息の合ったコラボに脱帽です。
(はなはなさん)

「おまけ」にもビックリしました。
紫陽花さまの「おまけ」はなんとなく想像していましたが、
想像も吹っ飛んでしまいました。
「動いてる〜」なんて、だ〜れも想像しませんよ〜。
茶たくちゃんとお湯のみ君もしっかり存在をアピールしています。
火の玉に飛びつこうとしているのが、可愛いです。怖くないのかな〜。
久し振りに「おたまワールド」浸りました〜。
筋書きを誰が考えたのかって、考えても見ませんでした。
そこから、新しい筋書きを考え付くのはさすがですね〜。
このまま、平岩先生の本文にくっつけても見劣りしないですよ。
お話には裏があるのですね〜。
裏を探すのも楽しくて新しい読み方と発見しました。
(蛍さん)

紫陽花さま、例の二人組?も可愛いです!なんともオチャメだわぁ。
たまこ様、さすがですね。
今後もこのような歴史的裏付けのあるオマケ話を創ってくださいませ。
(浅黄裏さん)

素晴らしいオマケを一人でこっそり持っているのは、苦しいものです(笑)
私が早くUPしたい〜と叫んだ気持ちがわかっていただけるでしょ。
紫陽花さんのイラストは「かわせみ」の一面を見事に切り取っていて
「五七五」と同じですね。
今回は狐の顔のとんがり具合と、着物から出ているシッポがお気に入り!
そしてたまこ女将はさすが東大生のイケメンあんちゃん達を
顎で使える貫禄の内容ですね。
できれば前回の「東吾・るいの再会の場面」も拙宅のどこか(初春の客とか)に
リンクさせて頂きたいほどです。(その後めでたく「初春の客」からリンクしました♪)
(再びこでまり)

イラストの行列にちゃっかりくっついている湯呑と茶托・・かわいいです。
湯呑君がぶら下げている物は?赤い点滅があるのが謎…
たまこ様の裏話篇も面白かったです。
私ものばら様と同じく金貸し=悪という図式には疑問を感じていました。
検校がお金貸すのは公認でしたし…
法定利息(検校の場合にもあるのかどうかわからないんですが)
越える遺法な利息をとっていたなど明確な違反がないかぎり
取り締まれないんじゃないか?というのも疑問ですし…
その裏話に河竹黙阿弥を持ってくるのは斬新ですね。
残念ながら「三人吉三」は発表したときに不入りで
黙阿弥の生前には再演されませんでした。
黙阿弥はこれは自信作だったのですが、同時に上演されていた
他の芝居(福助の「水滸伝」だったか?)に喰われてしまったのです。
何があっても不思議でない幕末をよく表した作品のように
思えますが、回り合わせが悪かったのですね。
(黙阿弥に改名するのは明治になってから)
(麻生花世さん)
最初、幕末生まれで明治に名を成した作家で、
少年時代におよねさんに優しくしてもらって恋心を・・・という設定に
したかったんですが、やっぱり明治の作家じゃ年齢が合わないし、
初期の話は幕末よりもうちょっと前みたいなので、同じ歌舞伎業界で
あんまり意外性がないけれども河竹黙阿弥にご登場願い、
相手も急遽おっかさんに(これは、むしろそのほうが良かったかな?
という気も)してしまいました。
しかし、図書館で河竹登志夫先生の本を見たら、
花世さんのおっしゃるとおりで「三人吉三」が人気となったのは
明治になってから、という事でありゃ〜と思ったのですが、
いつもの「ま、いっか」精神で口をぬぐっていた次第です(汗)。
確か天保年間の火事の話を嘉助さんが話していて
若先生やお嬢さんはご存知ないでしょうとかいうのがありましたねー。
どっちみち、時代のことは何度も言われているように、
適当に伸び縮みさせて(?)読むしかないんでしょうね。
(たまこさん)
盲人の金貸しというのは相当にあくどかったようですよ。
盲人を管轄するという「総録屋敷」というのがあって、
自分の資金は何もない盲人にもお金を貸し出して上げていたので、
盲人であれば誰でも金貸しは出来たそうです。
公定利息は、年一割五分以上は取ってはならない決まりはありましたが、
元の金額とはどんどんかけ離れてしいっていったようです。
でも、あくまでも借りたお金を返すのですから、
借り手の家の娘さんやらをお金の変わりに取り上げるのは
さすがに幕府といえども許してはいませんでした。
通之進様のお裁きは、その辺りことなのではないでしょうか。
およねさんの「嫁入り」という体裁はとっていても、
お金の代わりの取り立てとして判断したのだと思います。
こうゆう事になるとわかっていてお金を借りた方も甘いと言えば、甘いですが…。
およねさんは幸せになりましたが、二人の息子が哀れでならないです。
両親が嫌われていればその息子とて嫌われ者でしょうから、
ひとりでは生きていけない息子の生い先がどうなるのでしょうね〜。
ここだけが、このお話の辛いところでした。(^^ゞ
(蛍さん)
麻生花世さんの質問にお答えします。
あの2人組は、昼間は動くとどうやら問題があると気がつき、
夜移動することにしたようです。
この日も、夜な夜な散歩をしていると、おもしろそうな行列を見つけたので
ついていっただけのようです。
湯のみが持っているのは狐火で、頭上をうろうろしているところを捕まえたようです。
堤燈のかわりにしたかったようですが、
狐火は赤く光り“離せ,離せ”と抗議しているようです。
茶たくも真似してほしがり捕まえようとしているのですが、なかなか難しいようです。
その後この2人組の行方はわかりません。
もしかして木曾行きの荷物に入り込んでしまったのかもしれません。
(紫陽花さん)
「狐の嫁入り」でのお裁きですが、
金貸しであくどい事をやっていた事に対する罰なら、
木曾万の事件の前から早く動けよ奉行所!ってことになるので、
おとら達のほうが「自分たちが被害をうけた」といって
奉行所に訴えたというのが鍵なのでは?
それで踏みこむきっかけが出来て「被害者といっているが調べて見ればそもそもは・・・」
ということになったのではないかと思っていました。
「検校の身でありながら金貸しを云々」というのは、金貸しそのものでなく、
検校という高い地位なら、どこから見ても適法な金貸しをしなければいけないのに、
裏金利?や裏商売などあくどいことを、という意味なんでしょうね。
「白藤検校」のほうは取りたては厳しくても適法な貸し金をしていたんでしょう。
花世さんがおっしゃっているように、この2つの話を比べてみるのは面白いですよね。
(たまこさん)