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 源三郎の恋
「新装版 幽霊殺し」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
平成十五年六月


「はいくりんぐ」拝見しました。
皆さん力作ぞろいで凄いじゃないですか。
私は批評する言葉すら持たないです。
(小式部さん)

さきほど「今月の五七五」拝見してきました。
短い五七五の中に深い思いが込められていて、感動しました!
管理人は今月も参加出来ませんでしたが、皆さんの作品を見るにつけ、
やっぱり私の句なんて恥ずかしくて出せません(笑)
(ご本家の管理人さん)
皆さん、お上手ですね。
俳句の中に込められているシーンが 想い浮かびます。
いつもひょうひょうとしている「源」さんの、
心の奥にある温かさが、伝わってきます。
私には、まだまだ遠いです。
(蛍さん)




親のように思っていた老女の最期であった。
八丁堀の役人とはいえ、人の子に変りはない。
「立派だぜ、源さん、流石、みるべきところはみている」
ひょいと立ち上った。
「源さんはここに居ろ。仙五郎を借りて行くよ」
本堂を下りてから、東吾がふりむいてみると、源三郎は悲痛とみえる表情で二人を見送っている。
「源三郎の恋」より
互いに犯人に気づき始めた二人。源さんの気持ちを案じ、一番辛いところは東吾さんが引き受けてくれたんですね。
   
梅雨の闇 友の片恋 見きわめに
   



「源さんが、あれから何度も白金へ行っているのを聞いていないか」
  (略)
「そのことでは、少々、心配をして居りました」
  (略)
「それじゃ、源さんが紫香尼に布団を寄進したってのも耳に入っているんだろうな」
二人がふっと顔を見合わせるのを眼にして、東吾は絶望的になった。どちらかといえば、慎み深く、決して物事を好奇心だけでみない筈のおとせや善助までが、源三郎の紫香尼に対する関心に気がついている。
「源三郎の恋」より
よりによって、尼さんに恋した源さんをはらはらしながら見ている人たち。
悲劇的な結末を予感させて夜は更けていきます。
   
不器用な 恋見守りて 夜半の夏
   



 はなはなさんの五七五 

さて、「源三郎の恋」、紫陽花の印象が薄くていたのですが、理由がわかりました。テレビでは「山茶花」の季節になっていたからなんですね。原作をテレビのイメージで読んでいたんですね。原作のほうが作品的にはいいなーと思いますが、お茶の間には残酷すぎるようにも思います。何はともあれ五七五、紫陽花に寄せてみたいと思います。
 (UP後に)
名作からの出題ですし、なかなか複雑なお話でしたので、むずかしかったですよね。それだけにたまこさまはじめみなさまの五七五がどんなだったのか気になって気になって…。ひそかに心待ちにしておりました。
茜雲さまも千姫さまもどうしてああいう句が思いつくのか…。はなはなは…あんまり考えずに詠んでしまったのでお恥ずかしい…。あえていえば行間を読み取っていただければ、とみなさまに勝手なお願いです。7月とはいえまだまだ梅雨も続いております。紫陽花もまだまだ盛り、本当にぴったりの「今月の五七五」でした。
(はなはなさんの談)

本妙寺で訊いてみると、灸の療治をしているのは、その寺の地内にある小さな庵室で、その周囲には紫陽花がおよそ四、五十株も植えてあって、今が花の盛りであった。
源三郎がそこへたどりついた時、よねは灸を終って、庵主らしい品のいい尼僧に手をひかれて庵室を出るところであった。
  (略)
「こちら様のことは、よねどのから、いつもお話をうかがって居りましたので、はじめてお目にかかるような気が致しません」
「源三郎の恋」より
紫陽花さまがイラストにしていらっしゃったシーン、本妙寺によねを迎えに行って紫香尼に出会う。源三郎がよねにかける暖かい感情が恋に姿を変える瞬間ですね。
   
あぢさいの 濃き薄きに 想ひかけ
知る恋の み寺のあぢさい 咲き初めし
   


寺の紫陽花は、通う源さんを見ていたけど、源さんの方は、気づいていなかったかも。。。いや、やっぱり紫香尼の面影とともにしっかり眼にやきついているでしょうね。
「御宿かわせみの世界」さんの
「紫陽花さんのイラストクイズ」はこちら

今月は「源三郎の恋」にしようかなと思っていたらいいタイミングで紫陽花さんのクイズが出ました。



「幸庵がかけつけてきて、およねが息をひきとるまで、紫香尼はずっと庵室にいたのか」
源三郎の眼が或る反応をみせた。
「いた筈ですが……、ただ、何度か外へ出ています。」
「源三郎の恋」より
想いをかけても、その人は気づくこともなく自ら破滅してしまう… 源三郎にとっては一人芝居のような恋だったのではないでしょうか。
   
いろ移る 青から赤に あぢさいかなし
   
墨染めと 迷ひし恋も をはりけり
   



 たまこさんの五七五 

今月は、出足おそいですか。場面の奥にあるものが深い物語なので、私も難しいと思いました。今回は、どの場面を詠むというのでなく、物語全体の印象からなんとなく…というものになってしまいました。でも この季節の物語としては、やっぱりはずせないですよね。
 (UP後に)
いやー今回みなさまいつもにも増して気合入っておりましたね!私は能書きばかり長くてお恥ずかしいですが…。久しぶりで「お気に入りの一言アンケート」も見直してしまいましたし…。
お忙しい中アップするのに随分無理されたんではないかと心配ですが、はなはなさんと同じく私も実は今か今かとお待ちしておりました。毎月ほんとうに楽しませて頂き、感謝にたえません。
原作本文抜書きと句との組み合わせも絶妙で、私たちが楽しんでいる陰にご苦労も並々でないと思います。
(たまこさんの談)

太市は畑に出ていたが、思いがけない源三郎の姿に仰天して出迎え、慌てて家に招じ入れようとしたが、きいてみると、よねは近くの寺へ灸の療治に行っているという。
「その寺はどこだ。なんなら迎え旁々、俺が行ってみよう」
一刻も早く、よねの喜ぶ顔がみたくて、源三郎は草鞋の紐もとかず、道案内をするという太市をことわって、ざっと教えてもらった本妙寺という寺へむかった。
「源三郎の恋」より
「老い見舞」なんて言葉ないですよねー。でも、源さんのおよねさんへの優しい気持ちを表すものも一つは入れておきたかったので…最後の5文字は何とすればよいのかわからずじまいです。
   
紫陽花の道を急ぎて老い見舞
   



「失礼でございますが、今夜のお泊りは……」
心配そうに紫香尼が訊き、源三郎は少々、顔を赤くして答えた。
「狸穴に知り合いがござれば……」
会釈をして去りかけた源三郎を、紫香尼は白や薄紅色に群がり咲いている紫陽花の間に立って、いつまでも見送ってくれ、それに気がついて源三郎も二、三度、ふりむいて頭を下げた。
「源三郎の恋」より
紫香尼の心情については、原作では詳しく書かれていないのでかなり想像の余地がありますよね。
しんから悪女で、源さんのことも、およねさんのことも、何とも思っていなかったのか。それとも、源さんの想いに応える気持ちが、それなりにあったのか?
私は後者だと思うのですが…
   
黒南風(くろはえ)や吾に罪あり尼頭巾
   

この句は、罪を抱えた紫香尼と「黒南風」の季語がよく効いていると思います。
「黒南風」なんて言葉はじめて聞きました。紫香尼の生い立ちまで想像して句を詠むなんて、「かわせみ」や源さんへの思い入れの深さですよね〜。
(小式部さん)
先ほど図書館で借りてきている歳時記の本をぱらぱら見ていた時「黒南風」と一緒に「白南風(しろはえ)」という言葉も載っているのを発見!へたくそですが、うれしがって返歌?を〜。

白南風の荒れ寺かのひとまぼろしか

『「黒南風」は梅雨の陰鬱な時の湿った南風、「白南風」は梅雨明けか梅雨の晴れ間の南風、天が明るくなるのでいう』とあったので。
事件後も裏付けの為例のお寺を訪れたであろう源さんの気持ちのつもりです(^_^) およねさんも紫香尼さんももう居らず紫陽花もしなびれはじめ…というつもりで。
(翌月、のばらさんから)

「白南風」の返歌は、思いがけなくて、とても嬉しかったです。事件の後、源さんが紫香尼の寺を訪れると、もう荒れ寺になっていて、事件当時よりも夏が近く明るくなっているだけに、荒涼とした感じが胸をしめつける…
(布団も、押し入れの中でかびくさくなっているのか?)
こんなふうに、想像が広がっていくのは、とても楽しいですね。
(たまこさん)



かなり、原作と離れてしまいましたが、私の想像では、紫香尼は生まれ育ちからして恵まれたものではなく、美貌が災いというタイプで、悪徳坊主の手から手へという人生だったのではないかと思います。源さんに会って初めて、まっとうな男性の想いを知り、でも、もう遅いと捨て鉢になっていたのではないか。そんな自分にも、幼い少女のころには、手毬で遊んだ罪を知らない時もあり、そんな頃にあの方に出会っていたら…と思ったのではないか。こでまりばかりでなく、紫陽花のことも「手毬花」と句に詠まれると歳時記にあったので、「手毬」から無理やり想像をふくらませました。
   
穢れなき日々は彼方に手毬花
   
さみだれて紫の香に闇深し
   

こういう発想と展開はたまこさんの独壇場ですね。脚本家たまこさんの腕の見せどころ!こういうの、大〜い好きです。源さんファンだからこその、優しさのある紫香尼のとらえ方なんでしょうね。
今回は「愛する」源さんのお話とあって、やっぱりたまこさまの五七五がぐっと来ましたわ(*^o^*)
(はなはなさん)



 朝霧さんの五七五 

今月の「はいくりんぐ」はお題が、たまこ様の大事な方の恋。仇やおろそかには出来ません。大事に大事に考えましたら(毎月のことですが)難しいです。
 (UP後に)
お忙しいのに毎月ありがとうございます。皆様の句ほんとうになんとも、ただうーーーんとうなってしまいます。一つのお話が読む人によって表現のしかたが、感じ方があるのだ!と読書感想文を読むより面白くて、毎月のアップが楽しみです。ご苦労様でした。そして又今月もよろしくお願 いします。
(朝霧さんの談)

   
よね背負う 紫陽花の道 恋の道
   

事が起こるまでは、よねと紫香尼への思いに満たされた幸せな道のりだったのでしょうね。



なまじ、きれいなだけに、源三郎の恋が真面目なものではないかと不安であった。
恋ばかりは、東吾の神道無念流をもってしても一刀両断というわけには行かない。
「直接、源さんにぶつかってみるか」
大きな嘆息をついて、東吾は夜具をかぶった。
「源三郎の恋」より
   
梅雨寒や 一刀両断 忍ぶ恋
   



「こんなこと、東吾さんにおききするのは、はしたないと思いますけれど……」
香苗が遠慮そうに傍へ来て、
「畝さまに、お好きな人が出来たというのは本当なのですか」
東吾はあっけにとられた。
  (略)
よりによって、源三郎の相手が尼さんと知れていたら、八丁堀のいい笑い草にされる。で
「どうも、その噂はあやしいものですよ。(略)誰かが、あの無粋者をからかってやろうとして仕組んだことではないでしょうか」
「源三郎の恋」より
   
はらからを 煙に巻き居て 梅雨上がる
   



 花みずきさんの五七五 

「源三郎の恋」を読み直して思ったのですが、簡単に人を好きになったりしない人の恋心というのは、一途で真剣で周りが見えなくなるんですね。
いいなあ〜わたしも恋したいな〜ということで今月も作ってみました。
 (UP後に)
こんにちは、早速拝見してきました!いつもながらみなさんお上手です。わたしなんかはあまり考えもしないのでろくなものではないのですが、図々しく載せていただいてみなさんの引き立て役をさせてもらっています。
(花みずきさんの談)

足が弱くなってしまったよねは太市に背負われて療治に来、迎えに来てもらって帰宅するという毎日だという。
「今日は、俺が背負って行く。せめて、そうさせてくれ。よねには子供の頃、さんざん、おぶってもらったんだ」
「源三郎の恋」より
   
乳母を背に 幼き頃を 思い出し
   



大川端の「かわせみ」で、今夜の東吾は一つ、気分が冴えないし、聞き手もしんとしている。
「畝様は、御存知だったんですか」
るいが遠慮がちに訊き、東吾がうなずいた。
「あいつほどの男が、そうやすやすと欺されるものか」 (略)
「俺が通夜の席から仙五郎と出て行く時、源さんは、もう誰が下手人か、はっきりわかっていたんだよ」
  (略)
梅雨は当分、上がりそうもなかった。
「源三郎の恋」より
   
紫陽花の 見ていた恋は 雨に消え
   

「わたしも恋したいな〜」に、単身赴任帰りのご主人はヤキモキしてたりして。。。うふふ。ま、おるいさんのところのように、ご主人と恋してて下さい。(笑)



 茜雲さんの五七五 

こうして五七五を意識して読み直すのはとても楽しいです。あまりに言葉を知らない自分で恥ずかしいですが、こうした楽しみを教えて下さって感謝します。
 (UP後に)
あんなに拙い句でも、素敵な装丁のおかげでなんか晴れがましく思えてしまいます。場面を拾い出す作業、大変だと思います。でもそのおかげで、句にすごく奥行きが出ますね。本当にありがとうございました。
管理人さん、蛍さん:いつも言っておりますでしょう。zmzmが出しているのだから何も恐れるものはないと。お待ち申しておりますよ。
(茜雲さんの談)

そして、よねを背にした時、源三郎の気持は更に悲痛なものになった。木綿の薄い着衣を通して伝わってくるよねの体は枯木のようで、手足はひんやりと生気がなかった。
「源三郎の恋」より
やはり源さんが、およねさんを背負って帰るところは本作品の一番の名場面だと思います。
   
梅雨の風背追ひし下婢の軽さかな
   



「畝の旦那は、あの尼さんにおよねさんが厄介になるからとおっしゃって、先だって、布団を一組、寄進なすったんで……」
ついて来た仙五郎の言葉に、東吾はぎょっとした。
「布団だと……」 (略)
「そいつは、源さんらしくもない、やけに色っぽい寄進じゃねえか」
  (略)
「いいえ、色はねえんです。坊さんのだからって、白むくの上も下も、まっ白って奴なんで……」
「源三郎の恋」より
「ご本家」の「お気に入りの一言」でも投票した “布団だと”・・
どうしてもこれを五七五にしたかった。主のいなくなった布団はどうなるのでしょう。
   
さみだれや積まれしままの組ぶとん
   

この東吾さんと仙五郎さんの掛け合いは、何度読んでも吹き出しそうになります。お布団、どうなっちゃったんでしょうね。
「御宿かわせみの世界」さんの
「お気に入りの一言アンケート」はこちら



 千姫さんの五七五 

今まで、梅雨は家の中が暗くてうっとうしいイメージでしたが、梅雨の雨がざぁーっと降っている時って、部屋の内から窓(すりガラス)の外を見ると、外は明るく部屋の中も白く、明るい事を知りました。
ベットに横になって、ぼんやりしていると幻を見そうな、妙〜な気持ちになりそうです。この不思議な印象を表したかったのですが…。
(ちょっと、言葉に無理がある?)
(千姫さんの談)

源さん派の私は、これは源さんの恋ではなく乳母への孝行の気持ちが梅雨の白さに惑わされたのだ・と思いたい
(説明にも無理が…)。
   
梅雨の白 清き心に幻 尼に見せ
   

梅雨の雨を「幻を見そう」とは、発見ですね。(そういえば雪の深い日も、そんな妙〜な気持ちがします) 源さん派の皆さんにとっては、いろいろな発想が浮かぶ一編のようですね。
   



このあと千姫さんから、「ちょっと勘違いの字余りでした」とのメールを頂きました。
その後、「投稿は出来なくても読んで楽しんでいる人に勇気と希望を持ってもらえるのではないか」との千姫さんの提案で、以下のメール(抜粋)を紹介することにしました。(私も恥ずかしい〜)。
(千姫さんから 7/6)
こんにちはー、至急便です。今月の五七五を見てアッと驚き!だわ。
ざぁっーと降る梅雨の白さの発見に余りにも感動したので、それを表現したくて似たような句を何句も作り、一つに絞った為、二つが一つになってしまった句のように思います。

一文字や二文字ならいいのでしょうが十一文字なんて何考えてんだか、私自身が幻のなかに身を置いていたとしか、考えられない…です、ハイ。

せっかく人様に見てもらいやすいようして頂いたのですが、ゴメンなさい、俳句?の部分の削除をお願いします。これ以上残しておくのは千姫の恥と思し召して、平に平にお願い申し上げますぅぅぅー。
(管理人から 7/7)
至急便、拝見いたしました。そんな、削除なんてもったいない!
あの句の発想、感想にも書いたように、とてもいいと私は思うんですよ。それで、なんとか、少しだけ直せないかなと。。。(私が言うのもおこがましいですが)

例えば、梅雨に降る雨をあらわす「五月雨」を使って、源さんの視点から

  「五月雨や われ惑わせる 尼姿」 とか、

千姫さんが「梅雨は雨が降っていても、明るく白く感じた」ということをはっきり言い切ってしまって、

  「梅雨白し 尼僧姿の まぼろしや」
  「梅雨白し まぼろしと見る 尼姿」

など、なんとか直せませんでしょうか。もしどうしても気に入らないのなら、(泣く泣く)削除いたしますです。
(千姫さん 7/8)
こんにちは、嬉しいメールを頂き、大感謝です

視点をかえて詠むとここまで思いが伝わる句になるんだぁ・とビックリしました。
(もちろん、皆んなの感想にも励まされています。私は只感心するばかりで、気の利いた感想も書けないけれど)
こでまりさんの句もメールの文章と共に載せてもらえると、投稿は出来なくても読んで楽しんでいる人に勇気と希望を持ってもらえるのではないか・と。
(管理人 7/8)
私なんかのでは本当に申し訳ないのですが、千姫さんのおっしゃるような趣旨でよければ、千姫さんのところに付け加えて、UPさせていただきますね。
やっぱり千姫さんの感性は、削除するのはもったいない!