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 雪の朝
「新装版 酸漿は殺しの口笛」より  (平岩弓枝著:文芸春秋刊)
平成十五年一月



「ちょいと、ごらんなすって下さいまし」
宿帳を開いてみせた。
駿河国沼津、百姓惣吉、妹町と書いてある。
「百姓じゃありませんよ、あんな華奢なお百姓があるもんですか」
お吉がいい、るいが帳面の筆蹟をのぞいた。
「帳面を書き馴れてる字じゃないかしら」
「手前もそう思います。まず、商家の手代か、若旦那かと……」
「女の人は、なにかしら」
「女中じゃありませんか。手が荒れていましたし、着ているものも木綿もので……」
「若旦那と女中なら、かけおち……」
「まあ、そんなところでございましょうな」
「雪の朝」より
かわせみのるいの居間、打てば響くように謎解きをしていく会話は、小さな雪の玉を転がして大きくしていく雪まろげの遊びのようですね。
   
謎ときの とまることなし 雪まろげ



東吾の狸穴の稽古は明日で終りの筈であった。夕方にはむこうを出て、まっしぐらに大川端へやってくる。
だが、この雪の様子ではそうも行くまいと思えた。大川端ですでに一尺以上の積雪である。狸穴あたりは更に雪が深かろう。「かわせみ」の客たちのように、東吾も方月館へ足止めをされるのではないだろうか。
それに、方月館にはおとせがいた。
「雪の朝」より
   
やきもちは 綿入れにいれ 糸かけて

幸せな気持でせっせと東吾の綿入れを仕立てながら、でも外の大雪を見ては方月館のおとせが気になる…おるいさんの焼餅が可愛い!
(あっちの管理人さん)



「男と女の仲って、熱しやすくてさめやすいって本当なんでしょうかねえ」
昨夜から居つづけの東吾へむかって、もやもやしたものをぶつけてみたが、笑っているだけで取り合ってくれない。
少し前までのるいならば
「るいがお飽きになったら、いつでも捨てて下さいまし」
などと涙ぐんでいったものだが、この頃は到底、怖くて、そんな言葉は口に出せなくなった。
東吾に捨てられたら、生きてはいられないと思う一方で、東吾が決して自分を捨てるような男ではないと信じきっているるいでもあった。
「雪の朝」より
   
さめやすき人責める吾(あ)に笑み返す 夫(つま)の目見れば さめざるを知る



 たまこさんの五七五 

初春を「はる」って読むと五七五になるかな?って
もぉー俳句なんて小学生のときに宿題で無理やり作らされた「春の海 みんな仲良く 潮干狩り」以来だから…笑ってやってください。
(たまこさんの談)

この正月、日本橋の越後屋の初売りに出かけて買って来た東吾の小袖で、身頃の部分にだけ、薄く真綿を入れて、軽やかな綿入れに作っている。それというのも、出入りの植木屋から今年はどうも雪が多そうだときいたからで、東吾が狸穴の方月館の出稽古から帰ってくるまでには、なんとしても仕立上げようと、このところ、昼も夜も、せっせと針を運んでいる。
「雪の朝」より
   
主待つ 初春の小袖の 薄真綿

東吾さんを思うるいさんの優しさが「薄真綿」という言葉に、そして仕立てているときの嬉しい気持ちが「初春」ということばからも明るく伝わってきますね。



「まあ、この大雪に町廻りをなさいましたの」
るいの声で、源三郎が鼻の頭の赤くなった顔でふりむいた。
  (略)
「この雪では、動けますまいから、東吾さんがお帰りになる時分に、又、うかがいます」
嘉助の報告をきいただけで、あっさり帰って行った。
  (略)
別に源三郎に気があるわけではないが、せめて居間で一休みして
「東吾さんのことですから、明日は必ず、お帰りになりますよ」
と、そんな気休めの一つでもいってもらいたい心持である。
「雪の朝」より
   
(つま)恋し 畝と懐炉は使い捨て

「源さんの方から見るとホッカイロなみの一時しのぎみたいに使われてて笑えますよね」とは、源さんファンのたまこさんのらしい一言です



 あっちの管理人さんの五七五 

「はいくりんぐ」の毎月の五七五、いつも楽しみにしていますが、今月のお話「雪の朝」にちなんで、私もつたない一句を詠んでみました(笑)ほんと、ルールも何も知らなくて恥ずかしい限りですが、こんな歌でもいいでしょうか?
でもお話を題材に句を考えるというのもなにか新鮮で楽しいです。
(あっちの管理人さんの談)

   
雪の朝 人待つ居間に 夫(つま)の声

東吾さんの声を聞いたとたんに花が咲いたようになるるいさんが目に浮かぶようですね。



 はなはなさんの五七五 

本当におるいさんの女心にはつまされるのです。
最近はここまで思いをかけても答えてくれる繊細な男性もあまりいませんが。
やっぱり東吾さんはいい男性だなぁ。
(はなはなさんの談)

大雪が降って、狸穴のおとせさんが気になってるのにそのやきもちを恥じるおるいさんがいじらしい。
   
降り籠めよ 雪しろく埋めよ 焦がれし想い
真綿ひく 冬の衣の 針はこぶ
   



市五郎や沼津の若い二人の結末を見るにつけて、東吾さんの気持ちを疑うわけではないけれど、心のうつろいに耐えてゆけるかわからない、その不安。
そのときがきたらきっと心強く、自らの想いに縋っていきたいとは思うのだけれど。
   
雪空に吸われそうな道 恋ひたすらに抱きしめて

吹雪の日に空を見上げていると、吸い込まれそうな気がします。「ひたすらに」という切実な思いは、雪の日にはいっそう強く感じられますね。



 千姫さんの五七五 

「やきもちは 綿入れにいれ 糸かけて」が頭から離れないなぁって思っていたら浮かんできて、つい送りたくなってしまいました。
どうぞ、笑ってやって下さい。
(千姫さんの談)

   
綿入れが 焦げ臭いぞと 夫(それ)が言い

これは「返句」というのでしょうか。こういう掛け合いも、面白いですね!ありがとうございました。